妖怪の日常   作:テディア

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饅頭、時々散歩

最近、人里で不思議な噂が立っている。

 

日暮れ時、誰も通らぬ人里の道で幼き少女の声がする。

その声は自分の背後でするにも関わらず、振り返れども声の主はいない。

人はその声を恐れ、恐怖で足早に家へと逃げかえるという。

 

親は子供が夜を出歩かぬようにその噂を利用し、

子供はただ親がそう言い聞かせたいだけだと信じず、

その声に出会った者は真実であると夜を恐れた。

 

稗田の子は妖怪の賢者にその正体を聞くも、賢者すらその正体を知らぬと言う。

半人半妖の店主はその妖怪の噂話をよく知るも、詳しい事は知らぬと言う。

博麗の巫女はその妖怪の存在すら知らぬと言う。

 

知らぬ知らぬは巡り、不可思議な現象は恐怖をさらに煽る。

人の間では噂になり、妖怪の間では常識であり、神々の間では興味を引く。

なんという事はない。今まで通りだ。

 

幻想郷は全てを受け入れる。

それは新しい事柄も綺麗な輝きも残酷な現実ですらも。

この楽園を揺るがさぬ限りは、全て許される。

故に、この妖怪の__私の行いも許される。

 

その正体はただの妖怪が人々の恐怖心を煽り力を得たいだけ。

今まで数多の妖怪を不意打ちし、屠っては共食いして来たように。

摂理に従い、警告に従わなかった幾多の人間を食べてきたように。

特に理由もなく妖怪として自由に振る舞う。

 

それは幻想郷の日常にして常識。

だからこそ誰に咎められる事もない。

好きにさせてもらうよ。

 

今までも、これからも____

 

_________________________________________

 

 

「…暇だなぁ。」

 

光が薄らに差し込む鬱蒼とした森の中、草の上で木に背を預けながら饅頭を食べている。

傍らには人里で買ってきた饅頭の入った紙袋が確かな重みを持って草に沈んでいた。

指に着いた粉を舌先で拭いながら次の饅頭へと手を伸ばしては口に運ぶ。

この暇な現状を紛らわせるかのように少しずつ、少しずつ食べていく。

そうして数分が経った頃、紙袋の中へと伸ばした手をふと止めた。

 

「…どっか別の所に行こうかな。」

 

そうぽつりと呟いた私は両手を軽く払い、勢いよく立ち上がる。

白くふわりとしたワンピースと、その上から羽織った長い灰色の外套(コート)

整えて、後ろ手に服や体の汚れを軽く払った。

屈んで傍の紙袋を腕に掛け、背中の辺りから三つ編みで一本に結ばれた

長い月白(げっぱく)色の髪を揺らしながら気の向くままに宙を浮く。

 

さぁ、何処へ行こうかな。

霧の湖?妖怪の山?それとも旧都?

…その前にこの森を抜けなきゃいけないか。

 

木々の枝葉を避けながら森の上へと浮き上がる。

暗かった視界は急に明るくなり、眼前には迷いの森のそよぐ木々が広がる。

 

指を組んで腕を空へ突き出し、大きく背伸びをする。

普通、こんな油断だらけで隙だらけなら襲われてもおかしくないのだが、

周りを飛び交う妖精や妖怪は誰一人としてこちらに気づいた様子はない。

 

そんな、まるで自分がいないかのような状況に昔を思い出す。

いつからか、『死角に潜む程度の能力』でひっそりと生活していくうちに、

私の能力(ちから)は『誰にも悟られぬ程度の能力』になった。

 

ある日突然、他の妖怪や人間が自分の事に気付かなくなったんだっけな。

最初は誰にも狙われなくなって喜んだけど、次第に寂しさを覚えて…

幸い、自分が相手に知覚して欲しい時は能力を緩めて限定すれば

大丈夫だったから人里で何か買ったりとかはなんとかなったんだけど。

今となっては昔と違ってもう無意識に能力を振るえるようになったから楽…

 

「…って、違う違う。」

 

はっと我に返り、頭を左右に軽く振る。

あんまり長い事生きてるとふとした時に昔の事で呆けちゃうから駄目だね。

さぁさ、気晴らしがてら適当にゆらりと空中散歩でもしようかな。

 

 

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