あるサイヤ人の少女の物語   作:黒木氏

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36.彼女と彼が、月夜に交わした約束の話

 セルゲームが行われる、その前夜。時刻は真夜中にならんとする頃。

 

 カプセルコーポレーションの自室にて、ナッツはベッドの上に横たわったまま、かれこれ2時間近く、眠れぬ時間を過ごしていた。

 

 カーテンの隙間から漏れた月の光が、発達途中の少女の肢体をまばらに照らす。シーツの上に広がった長い黒髪が、夜の光の中で美しく輝いていた。

 

 もう何度目になるか分からない寝返りをうって、ナッツは小さく息を吐いた。地球に来てからは、いつもぐっすり眠れていたというのに。

 

 原因は明らかだった。少女の脳裏に、父親と弟を倒したセルの姿が浮かぶ。戦いはもう明日で、少なくとも今のナッツでは、万に一つの勝機も無い事は、彼女自身が一番よく判っていた。

 

 いったん眠るのを諦めた彼女は身を起こし、そっとカーテンを開く。ほとんど雲の無い夜空に、真円を描く月が浮かんでいた。

 

 大好きな地球の満月を、どれだけ見つめても身体に変化がない事を確かめて、ナッツは小さくため息をつく。尻尾があった頃は、目を逸らしていても感じられたブルーツ波が、ほとんど感じられなかった。

 

「尻尾さえ切れてなかったら、私がセルを倒せるのに」

 

 大猿化したサイヤ人は、戦闘力が人間の時の10倍になる。尊敬する両親から受け継いだ、サイヤ人として、生まれ持った力が使えない事が、酷くもどかしくて、少女は唇を噛み締める。

 

 セルに尻尾を切られてから、すぐ精神と時の部屋に入ったから、もう2年以上が過ぎている。前に悟飯に切られた時は、2ヶ月もしないうちに生えたのに、いっこうに生えてくる気配がない。

 

 父様に聞いてみたり、宇宙に行って色々調べたりもしたけれど、サイヤ人の尻尾が生える仕組みは、ほとんど判明していなかった。

 

 考えてみれば、当然のことで。そもそもサイヤ人が大事な尻尾を切られる事自体が滅多に無かっただろうし、それでも切られてしまうほど相手の戦闘力が高かったのなら、そもそも生きて帰れないだろう。

 

 仮に生き残って尻尾がまた生えたとしても、切られた事すら恥ずかしくて隠そうとするはずだし、研究のための実験台になるなどもっての他だ。

 

 大人よりも、子供のサイヤ人ほど生えやすいのは確からしいけど。成長期に入ったせいだろうか。ナッツは小さく膨らんだ己の胸を見る。母様のような格好良い大人の戦士に近付いているのは嬉しかったけど。このままずっと、尻尾が生えなかったらどうしよう。

 

 ぶんぶんと、不安を追い払うように頭を振る。ますます目が冴えてしまう。

 

 このままだと眠れないのは明らかだった。休んではいるし、1日寝ない程度で戦えなくなるほど柔ではないけれど。気持ちの問題がある。

 

 こういう時、昔だったら父様が一緒に寝てくれたのだけど。

 

(私が成長期に入ってから、父様もトランクスも、一緒に寝てくれなくなっちゃったのよね……)

 

 精神と時の部屋の中で、身体が大きくなってから、何故だか慌てていた2人の事を思い出す。理由はよく判らないけど、ある程度成長したら1人で寝るものらしいから、たぶんブルマに頼んでも、同じことを言われそうな気がする。

 

「……そうだわ!」

 

 良い事を思いついたナッツは、笑みを浮かべてクローゼットへと向かい、いそいそと支度を始めるのだった。

 

 

 

 

 それから数分後。

 

 パオズ山の自宅にて、悟飯もまたベッドに横たわったまま、眠れぬ夜を過ごしていた。

 

(確かに強くなった実感はあるけど、大丈夫かな……)

 

 お父さんやピッコロさんが言うには、今の地球で一番強いのはボクらしいし、実際そのとおりなのかもしれないけど。まだ12歳の子供に、地球の運命なんて任されて良いのだろうか。

 

 ボクでも無理そうなら皆で戦うという話になってはいるけれど。格上の相手に大勢で挑んでも勝つのは難しいと、今までの経験が告げていた。という事は、一番強いボクで無理なら、勝てる可能性はかなり低くなるわけで。

 

 理屈で考えるほど、不安になってしまって、全く眠れる気がしない。戦いが好きで、相手が強いほどわくわくできるお父さんの事が、心底羨ましいと思う。

 

 戦いが好き。その言葉で、ふと、幼馴染の少女の姿が思い浮かぶ。前から並外れて可愛かったけど、精神と時の部屋から出た後は、信じられないほど綺麗になっていた。

 

 成長したナッツの姿を初めて見た時は、身体の大きさも、気の大きさも圧倒的で、置いて行かれると不安になって。

 

 追い付けるように修行を頑張って、2年近くで同じくらいにまで背も伸びて、超サイヤ人にもなれるようになって、そして気付けば、彼女よりも強くなって。向けられる羨望と賞賛の眼差しは、正直とても気持ち良かったけど。

 

「戦うの、あんまり好きじゃないんだよな……」

 

 結局のところ、その一言に尽きた。そもそも4歳でベジータさん達やフリーザと戦ってたとか、色々おかしいんじゃないだろうか。

 

(? サイヤ人なら、別に普通じゃないの?)

 

 彼女なら間違いなくそう言うだろうなあと思って、悟飯は苦笑する。

 

 ナッツから聞いた思い出。初めてお父さんやお母さんに、戦場へ連れて行ってもらった時の事とか、あの星にはこんな強敵がいたとか、内容は物騒だったり血生臭かったりしたけれど、とても楽しそうに話していたのを覚えている。

 

 あの子の方が強かったら、話はもっと簡単だったんだけど。セルとの戦いにだって、遊園地にでも行くみたいに、わくわくしながら向かっていったはずだ。今頃はきっと、こんな弱気な事を考えず、ぐっすり寝てるんだろうか。

 

 会いたいな、と思ったその時、コツ、コツ、と。窓ガラスから小さい音がした。

 

「?」

 

 不思議に思った悟飯が、窓の外を見て目を見開く。パジャマの上に上着を羽織ったナッツが、こっちを見て嬉しそうな顔をしていた。他の誰かに気付かれないようにするためか、気を完全に消している。

 

 今まで彼女が遊びに来た事は数えられないくらいあったけど、こんな夜中に訪問された事は一度もなかった。

 

「どうして!?」

 

 窓を開けた悟飯の声に、しーっ、と口の前に人差し指を立てるナッツ。

 

「……こんな時間にごめんなさい。もうとっくに寝てたわよね」

「実は、あんまり……」

「そう」

 

 少年の返事に、少しほっとした彼女は、不安げに胸の前で手を合わせて言った。

 

「ねえ、少しだけお話しない?」

「いいよ」

 

 いつもと違う様子の彼女を心配した悟飯は、一も二も無く頷くのだった。

 

 

 

 それから少しして。

 

 都会から離れた大自然の、満天の星々の下。丸い屋根の上に、1つの毛布にくるまれて、肩を寄せ合って座る2人がいた。

 

 触れ合った腕。薄手のパジャマ越しに、彼女の体温が伝わって、少年はどきどきしてしまう。

 

 ナッツもまた、彼の身体の温もりに、離れがたい心地良さを感じていた。こうして肌を合わせているだけで、心配事も何もかも、淡く溶けていくようだった。

 

 いつもしているように、悟飯の手がゆっくりと、彼女の頭を優しく撫でる。ナッツは安心しきった顔で、猫がするように、ぐいぐいと彼の手に頭を押し付ける。

 

 彼女は何も語ろうとしないけど、なんとなく悟飯には、ナッツの来た理由が解ったような気がした。

 

「明日のセルとの戦い……怖くない?」

 

 問われたナッツは、サイヤ人だから怖いはずないわと、見栄を張って答えたかったけど。彼の優しい瞳の前では、自然と本音が口をついた。

 

「戦いは好きだけど、やっぱり怖いわ」

 

 サイヤ人なら、いつか必ず、死ぬ時は戦いで死ぬものだ。だから本当に私1人だけなら、明日がその日でも悔いはない、と言いたいけれど。

 

 いざそう考えると、生まれてから今まで、出会った大勢の人達との、幸せな思い出が蘇ってくる。父様と母様と、ナッパとラディッツと、ギニュー特戦隊のおじさん達と、フリーザ軍の基地の人達と、悟飯とブルマとトランクスと、ブルマのお父様とお母様と、カカロットとチチさんと、ナメック星の人達と、神様とピッコロと、クリリンとその他の地球人達と。

 

 もっともっと、生きてたくさんの思い出を作りたかった。好きな人たちと会えなくなるのが嫌だった。もちろん人はいつか死ぬものだけど、それはもっとずっと先の、十分に生きた後のことのはずだ。

 

 母様が死んでしまった時からは、私が地球でこんなに幸せになれるなんて、想像すらできなかった。この奇跡が、終わって欲しくなかった。

 

 泣きそうになっている少女の肩に、悟飯はそっと、腕を回して抱き寄せる。

 

「悟飯……?」

 

 上目遣いの不安げな少女の顔を見て、彼は決心した。

 

「ボクも怖いけど、君のために、皆のために精一杯戦うよ。だから安心して。たぶん今は、ボクの方が強いと思うから」

 

 少し照れながら、けれど真剣なその言葉に、ナッツは思わず目を見開く。

 

 自分の方が強いと言うのは、サイヤ人の男が異性に対して使う口説き文句だ。他種族からは判り辛いと評判だが、自分より強い相手にしか興味のないサイヤ人の女性にとって、これほど判りやすい言葉もなくて。

 

「もう、嫌だわ、悟飯ったら。こんな時に大胆ね……」

 

 一瞬で真っ赤になって、もじもじしだすナッツ。想定外の反応に、何か間違ったかと不安になる悟飯。

 

 ともあれ元気を取り戻した少女は、威勢よく口を開く。

 

「私も頑張って戦うわ。たとえセルには敵わなくても、腕の一本くらい……」

 

 そこまで言ったところで、ナッツは愕然とした顔になる。

 

「……再生しちゃうから意味ないわ!?」

「あはははは!」

「もう! 笑わないでよ!」

 

 少年をぺしぺし叩きながら、自らも楽しそうに笑うナッツ。

 

 空高く煌々と輝く満月が、笑顔の彼女を美しく照らしていた。夜空よりも綺麗な少女の瞳に、少年は胸を打たれてしまう。

 

「月が綺麗だね」

 

 思わず呟いてから、ちょっとロマンチックすぎやしないかと、あまりの恥ずかしさに悟飯は後悔する。

 

 一方ナッツの方は、月に対してロマンチックな文脈を持たないサイヤ人で。少年の言葉に、おかしくなってくすりと笑ってしまう。

 

 サイヤ人にも月を綺麗と思う感性はあるけれど、それは満ちていない場合の話。満月を見たサイヤ人は、到底そんな悠長な感想を抱けない。だから満月に対してその表現は、一緒に大猿になって暴れ回ろうという意味だ。

 

 けれど今は。少女は改めて月を見上げる。尻尾を失くしたサイヤ人が、2人もいる今は。

 

「うん、とっても綺麗ね」

 

 微笑む彼女の姿が、彼にとっては女神のように見えた。

 

「悟飯と一緒に月を見るのは初めてね。尻尾があったら、こんなに落ち着いてはいられなかったし」

「そ、そうだね……」

 

 満月を見た彼女がどうなるかは、よく知っている。想像して、冷や汗を流す悟飯。嫌いではないけど、あの姿はちょっと怖い。

 

 そんな少年に、ずい、と顔を近づけるナッツ。

 

「ど、どうしたの?」

「ねえ悟飯、今すぐ尻尾が生えてくる気配とかない?」

「いきなり何!?」

「だって今の悟飯が大猿になったら、もうセルなんて絶対楽勝よ」

 

 想像したのか、きらきらと目を輝かせるナッツに、気まずそうな顔の悟飯。今はもう無いけれど、彼女の左肩についた大きな傷を思い出す。彼は自身の大猿には、あんまり良いイメージがなかった。

 

「たぶんボク、変身したら理性がなくなるから、危ないと思うんだ。その、地球とか」

「大丈夫よ。パワーボールをちょっといじって、いざとなったらすぐ壊せるよう月を作ればいいわ」

「対策済みなんだ……けど少なくとも、明日までに尻尾は生えないと思うよ」

 

 それを聞いたナッツは、申し訳なさそうに顔を伏せる。

 

「……父様が生えたばかりのをすぐ切ったのが悪かったのかしら……ごめんなさい」

「いや、謝らなくても……」

「だって尻尾よ尻尾。私達サイヤ人にとって、誇りと力の象徴なんだから。無かったらその辺の地球人と、見分けがつかなくなっちゃうじゃない。それに」

 

 そこで少女は、夢見るような表情になった。

 

「悟飯の大猿、格好良かったのになあ」

「ええ……?」

 

 それを聞いた悟飯は、恋愛についての話を聞かされたピッコロのような顔になってしまう。

 

「凄く強かったのはもちろん、もう本当に殺されるって思って怖かったんだけど、ぞくぞくして、本当に楽しかったわ」

 

 無意識のうちにか、傷跡のあった左肩に手をやって、うっとりした熱を込めて少女は独白した。それを見た少年は、とても複雑な気分で。

 

「……君の事を怪我させちゃうよ。今度こそ、本当に殺しちゃうかも」

「それでもいいの」

 

 とても嬉しそうに、彼女は言ってのける。

 

「あなたと戦って死ぬなら、それでもいいわ」

 

 心の底からの笑顔だった。明日のセルとの戦いを怖がっていたのとは、矛盾するようでも、それは彼女の、偽りない本心だった。

 

 ただ、この場に他のサイヤ人がいたならば、たとえ悟空でも、賛否はともかく、その心境は理解できただろうけど。

 

「……死ぬなんて、言ったら駄目だよ」

 

 半分地球人の少年にとっては、到底受け入れがたい事で。見る間に表情を曇らせた彼を見て、ナッツは慌ててしまう。

 

「え、えっと、ほら! 終わった後、ドラゴンボールですぐ生き返らせてくれればいいから」

 

 自分の手で殺した彼女の死体を前にしたところを想像して、哀しみと吐き気が、同時に襲い掛かって来る。ナッツが変な子なのはよく知ってるけど。いくら彼女の望みでも、それだけは叶えさせたくなかった。

 

「悲しいよ。そんなの嫌だよ」

「悟飯……」

 

 項垂れた彼の姿を見て、いくじなし、とは少し思いつつも。サイヤ人らしからぬそうした優しい所も好きだったから、それでもいいかな、と彼女は思った。

 

「わかったわ。じゃあ殺すのまでは無しでいいけど」

 

 言って少女は、右手の小指を差し出して見せる。

 

 

「約束よ。お互いに尻尾が生えたら、またあの日みたいに戦いましょう」

 

 

 譲歩してもらった手前、それに彼女が真剣な目をしていたから、断り切れなくて。

 

「……本当に、殺すのは無しだからね」

 

 そして月明かりの下、二人の小指が絡まった。

 

 その時が来るのを想像して、ナッツは笑みを抑えられない。

 

 いくら悟飯の方が戦闘力が高くても、大猿の姿で戦うのなら、下級戦士で理性すらない悟飯よりも、慣れている私の方が圧倒的に有利だ。悟飯には悪いけど、最初の数回は私が勝つだろう。

 

 それでも何度もやってたら、そのうち理性だって身に付くだろうし、そしたら負けてしまうかもしれない。お互い全力で戦って、それでも負けてしまったら、その時は。

 

「凄く楽しみだわ」

「ちょっとナッツ?」

 

 含み笑いをする少女を見て、なんだか少し早まったかも、と少年は思うのだった。

 

 

 それから少しして、ナッツの笑いが収まった頃。

 

「ふぁ……」

 

 少女は口元を隠して、可愛らしく欠伸した。眠気を堪えつつ彼女が横を見ると、ちょうど悟飯も欠伸したところで。

 

「ねえ悟飯、久しぶりに、一緒に寝てもいい?」

「えっ!?」

 

 目を剥く少年を見て、ナッツはくすりと笑う。

 

「冗談よ」

 

 いたずらっぽく笑う彼女の、パジャマの上から見える胸の膨らみについ目が行って。こういう事言う子だっけ? と悟飯はどきどきしながら思ってしまう。

 

「お家の人に断らないで、勝手に泊まるなんて失礼だわ」

 

 あ、そっちなんだ、と悟飯は内心胸を撫で下ろす。彼の心の平安のためにも、できれば彼女にはもう少し、このままのナッツでいて欲しかった。

 

「じゃあ、また明日ね。悟飯」

「うん、また明日。ナッツ」

 

 手を振って飛んでいくナッツを、少年もまた手を振って、見えなくなるまで見送っていた。

 

 地球の運命が決まる前夜だったけど、お互いの心から、不安はすっかり拭い去られていたのだった。




 というわけで、100話記念の話です。
 本来はミスター・サタンの瓦割りを興味津々に見つめるセルとか書く予定だったのですが、流石にそれが100話目なのもどうかなあと思って書きました。
 主人公はとても変な子ですが、私はとても好きですので、気に入って下さった方はどうか今後もお付き合いください。

 それと100話までお付き合い頂いた方、感想、評価、お気に入り、支援絵、誤字報告など下さった方々にこの場を借りてお礼申し上げます。
 途中で何度も更新中断してしまいましたし、色々あって多分今後も遅れてしまう事があるかもしれませんが、最終話までの話は考えてましてエタらせたくないと思っておりますので、どうか彼女の物語の最後まで、気長にお待ちくださいませ。
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