あるサイヤ人の少女の物語   作:黒木氏

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37.彼女達と、セルが戦う直前の話 

 そして、セルゲーム当日の朝がやってきた。

 

 セルの待つ人里離れた荒野に用意されたリングに、地球の戦士達が次々に集まってくる。

 

「おはよう、ナッツ」

「おはよう、悟飯。良い朝ね」

 

 戦闘服姿の少年と少女が、顔を合わせて挨拶を交わす。元から仲の良い二人だったが、今日の彼らはより親密な雰囲気で。

 

 明らかに何かあったと思われる様子に、父親が顔を引きつらせていた。

 

「……あ、あの野郎……うちの娘に一体何を……」

「オ、オレは何も見てません!」

 

 思わず否定するトランクス。昨夜トイレに起きていた彼は、ナッツがパオズ山の方角へ飛んでいく姿を偶然目撃していたのだが、夫婦(未来)だしそういう事もあるだろうと、赤面しつつ見送っていたのだった。

 

 殺意交じりの視線を向けられ、誤解に気付いた悟飯が必死に言い訳を考える横で、少女は戦いの舞台となるリングを確認していた。

 

 天下一武道会よりやや広いそれは、正方形にカットされた自然石を敷き詰めたもので、四方には磨かれて丸みを帯びた柱が立っていた。大きさも素材も、天下一武道会のそれと遜色無い出来栄えだったのだが。

 

「寂しいリングね……」

「待て。私が作った舞台のどこが不満だと言うのだ」

 

 少女の呟きに、リングの上のセルが反応する。

 

 8日前、瞬間移動でやってきた悟空にせこいリング呼ばわりされた時は、内心ショックを受けつつも、個人の好みの問題だろうとスルーしたのだが、他の人間からも言われたとなると、何か問題があるのではと、流石に気になってしまうのだった。

 

 問われたナッツは、うーん、と周囲を見渡して言った。

 

「リングはまあまあだと思うけど、だってまず、観客席が無いじゃない」

「……必要あるのか?」

「お客に立ち見させる気なの? 一人ずつ戦ってる間、残りの選手は戦いを見るのよ?」

「……一理あるな」

 

 セルは近くの丘へと手を伸ばし、念力で丸ごと浮かべつつ、もう片方の手を目まぐるしく動かし、段差の付いた直方体の形へとカットしていく。

 

 それを繰り返す事3回。約3分でリングの三方を囲む観客席が完成した。

 

 あっけに取られる一同を前に、セルは自信満々で言い放つ。

 

「ふっ、どうだ。これで文句は言わせんぞ」

「うーん……」

「……まだ何かあるのか?」

「正面に大きな建物があったと思うんだけど、あれって何なのかしら」

「……あれは選手の控え室と運営本部だ」

「そうなの? さすが詳しいわね」

 

 大会参加者の天津飯が思わず口にすると、ナッツは感心した様子で頷いた。

 

「やっぱりそれも無いと、まだ寂しいわ」

「……こんな感じか?」

 

 そうしてセルが再び石材を積み始め、それが形になってくると、クリリンやヤムチャといった他の大会参加者達も、気になって口を出し始める。

 

「確か建物の屋根は石じゃなくて木だったような」

「大体、周囲が岩ばかりで殺風景すぎるんだよ。もっとこう、木とか芝生とか」

「ねえ、ピッコロも参加してたわよね。何か知らないの?」

「何でオレが答えなければならん!? 大体お前らそんな場合か!」

「ピッコロさんも何か知りませんか?」

「……建物の上や塀に、魔族の顔のような彫刻があった」

「うめえ飯の出てくるレストランも欲しいな」

「流石にそれは無理だろ……」

 

 そうしてセルを忙しく働かせつつ、元選手達がわいわい話し合う中。話に入れないベジータとトランクスは楽しそうなナッツの姿の撮影に忙しく、16号は小鳥達と戯れて充実した時間を過ごしていたのだが、それはまた別の話だ。

 

 そして10分後、殺風景だったリングの周囲は、天下一武道会を再現したものに生まれ変わっていた。

 

 完成した建物には『第一回セルゲーム』と書かれた看板が掲げられ、周囲には地盤ごと念力で運ばれた草花や木が植えられている。

 

 ビデオで見た本物の天下一武道会の会場に、限りなく近づけられた光景を見て、ナッツは遊園地に来た子供のように、きらきらと目を輝かせる。

 

「すごーい! ……サングラスの審判の人がいないけど、これは仕方ないわね」

「そいつはどこに住んでいる?」

「止めてやれよ迷惑だろ……」

 

 クリリンの突っ込みで、サングラスの審判が間一髪で誘拐の危機を逃れる中、少女はリングの柱を指さして言った。

 

「それと、あの柱は綺麗だけど、観客席から試合を見る邪魔になっちゃうし、選手が頭とかぶつけたら危ないわ」

「なるほど、一理ある」

「いや、頭打ったくらいで死ぬ奴ここにいないだろ……」

 

 ヤムチャが思わず突っ込むも、セルは5秒で4本の柱を引っこ抜いてぶん投げた。

 

「どうだ。これで文句はあるまい」

「うん。完璧だわ」

 

 ナッツがにっこり笑って応えたその時、遠くからばきりと奇妙な音がした。

 

「ん?」

 

 その場の全員が向けた視線の先には、TV局の小型飛行機。まるで何かが高速で衝突したかのように吹き飛んだ片翼から、ゆっくりと黒煙を吹いて落ちていくところだった。

 

「あっ」

「あっ」

 

 ナッツとセルは、同時に間の抜けた声を上げるのだった。

  

 

 

 それから少し後。どうにか不時着した飛行機から、カメラマンとアナウンサーがまろび出てくる。

 

「あ、危なかった……いきなり壊れるなんて、整備不良か……?」

「そうね、きっと不幸な事故よ」

 

 気まずい顔で目を逸らすナッツを尻目に、セルは自信満々で観客席を示して言い放つ。

 

「よく来たな。好きな席に座るといい」

「わ、我々は客じゃない!」

「何……だと……?」

 

 せっかく作ったのに、と軽くショックを受けるセル。

 

「我々はミスター・サタンの戦いを……おお! あれは!」

 

 TV局の男がすかさずカメラを向けたその先で。会場の前に停止した黒塗りの高級車から、カーリーヘアーの体格の良い男が現れた。その男を見て、少女は驚きに目を見開く。

 

「み、ミスター・サタン……! 本当に来たんだわ!」

「……誰だ?」

「ほら悟飯! ミスター・サタンよ!」

 

 セルの問いに答えず、ナッツはあたふたと少年の手を引いて駆け寄っていく。

 

 5年前にクレープをご馳走してもらって以来、彼女の中でミスター・サタンはギニュー特戦隊と同じ、優しいおじさん枠に入っていた。その彼がTVの中で地球の格闘家達を次々に倒して活躍しているのは、たとえ自分の方が圧倒的に強いとしても嬉しいもので、いつしかナッツは、彼のファンになっていたのだった。

 

「あ、あの!」

「ん? 何か用かな、お嬢さん。ここは危ないぞ」

 

 優しく言葉を掛けるサタンの前で、少女はいそいそとカプセルから取り出した、色紙とペンを差し出して叫ぶ。

 

「さ、サイン下さい!」

「はっはっは、そんなに緊張しなくても良いんだよ」

 

 変わった格好をした少女から、サタンは色紙とペンを受け取って、慣れた様子でさらさらとサインする。

 

 いかなる場合でも、彼はファンサービスを欠かさない。可愛い娘のビーデルと、同年代の子の頼みとあればなおの事だ。

 

「ありがとうございます!」

 

 受け取ったサインを嬉しそうに見つめるナッツ。その整った顔立ちと特徴的な長い黒髪に、サタンはどこか見覚えがある気がした。

 

「君、前にどこかで会ったような……」

「は、はい! あの、5年くらい前に、スペシャルカスタードクレープをご馳走してもらいました」

「……あの時の子か! 大きくなったなあ!」

 

 サタンは以前、銃を持った犯罪者から助けた子供の事を思い出す。あの時は同じくらいだったビーデルと比べて、2年分くらい成長が早くないかと思いつつ、正確な歳を聞いていたわけでもないし、まあ個人差だろうと納得する。

 

 そして彼は、少女の隣にいる悟飯に声を掛ける。

 

「君も久しぶりだな、少年。彼女の事を守れるくらい強くなったかな?」

「は、はい。少しは……」

 

 地球最強の戦士の謙遜に、世界チャンピオンは豪快に笑う。

 

「偉いぞ! また何かご馳走したい所だが……」

 

 そこで彼はセルの方に目を向ける。

 

「その前にちょっとあの野郎を倒してくるから、君達はそこの観客席で見ているといい」

「む?」

 

 その言葉を聞いて、セルが訝し気に睨みつけるも、サタンは堂々とした態度を崩さない。

 

「あ、あの、危ないんじゃ……確かTVで、この星の軍隊が全滅したって……」

「なあに、きっと爆弾かを事前に仕掛けておいたトリックさ」

 

 彼の言葉に、ナッツは内心冷や汗を流す。

 

(全然理解してないわこの人……! 確かに今の格闘番組にはあんまり強い人いないけど、昔の天下一武道会のビデオとか観てないの?) 

 

 このままサタンがセルに挑めば、小指1本でミンチにされてしまう事は明らかだった。確か娘さんもいたというのに、流石にそれはあんまりすぎる。

 

(何とかして戦わせないようにしないと……そうだわ!)

 

 ぴこーん! と頭の上に電球を浮かべたナッツが口を開く。

 

「あの、あそこにいる私の父様達、今売り出し中の格闘家なんです」

「そうなのか? うーん、悪いがあまり見た事が無いな……」

「ええ。普段は地方の方を回っているんですけど、TVも来てますし、この機会に、前座をさせてもらえたらって……」

 

 サタンは彼女の父親達を見ながら考える。それほど弱そうではないのに、試合やテレビで見た覚えが全く無かった。年頃の娘もいるのに、生活に苦労しているのだろう。危険なセルとの戦いに出てでも、名前を売りたいという気持ちは十分に理解できた。

 

 彼は悟空達に近付いて、鷹揚に腕を組んで言葉を掛ける。

 

「話は聞いた。セルとの前座試合をするといい。ただし、まだ小さい子供もいるんだ。危なくなったらオレに任せてすぐ降参するんだぞ」

「あ、ああ……」

 

 悟空達は何を言ってるんだと思いつつも、邪魔をされなければいいやと思った。

 

 そして来ていたTV局の人間にも、サタンが前座試合の事を説明したのだったが。

 

「うーん、前座は良いんですけど、それにしても見た事ない人間ばかりですし、盛り上がりに欠けるのでは。視聴率が……」

「チャンピオンから、最初に何かやっていただけないでしょうか」

「うむ、任せろ」

 

 サタンは颯爽とリングに上がり、スポーツバックから取り出した瓦を積み上げていく。その数なんと15枚。

 

「! あ、あれは……!」

「……何だ?」

「静かにして! ミスター・サタンが集中してるわ!」

 

 近づいて見ようとするセルを一喝し、固唾を呑んで見守るナッツ。

 

 そしてサタンは深呼吸をして精神を集中させ、高々と振り上げた手刀を裂帛の気合と共に振り下ろした。

 

「だあああああっ!!」

 

 サタンの手刀が積み上げられた瓦に直撃し、1枚2枚3枚4枚5枚6枚と次々に粉砕していく光景を、その場の戦士達の目ははっきりと捉えていた。 

 

 瞬く間に14枚もの瓦を貫通したサタンの手刀だったが、しかし最後の1枚にわずかにヒビを入れたところで、惜しくも停止してしまう。あー! と思わず叫ぶナッツ。

 

「1枚残っちゃったわ! けど良い記録よ!」

 

 ファンの声援を受けながら、サタンは右手の痛みを堪えて堂々と言い放つ。

 

 

「セル! この粉々に砕け散った瓦を見るがいい!」

 

 

 そこで一拍置いて、カメラ目線で不敵に笑うサタン。

 

 

「これが1分後の、貴様の姿だ」

 

 

 きゃー! とTVの前の視聴者と大興奮したナッツが歓声を上げる。

 

「か、格好良い……ビデオで録画しとけば良かったわ……」

「お前、ミスター・サタンの何なんだよ……」

 

 クリリンに呆れられつつも、ぶんぶん手を振って応援するファンの少女に、微笑みながら手を振り返すサタン。彼の姿を見たセルは、いちゃつくナッツと悟飯を見ている時のピッコロのような顔をしていた。

 

「……わからん」

 

 どう見ても今まで吸収してきた地球人と同じ、ただのゴミにしか見えないのだが。さっきからあの娘をあれほど熱狂させるほどの何があるというのか。それは今のセルには、決して理解できないものだった。

 

「あの、ミスター・サタン……これから前座試合があるのでは?」

「そ、そうか。おい! 私の試合が始まってから1分後という意味だからな!」

 

 サタンの方を、セルはちらりと見る。孫悟空達を倒せば、最後はあの男と戦う事になるらしい。十中八九、期待外れに終わる予感がするのだが、それでも、ほんの少しだけ楽しみだった。




 セルに必要なの、完全体よりも人生をエンジョイする姿勢だと思うのです。ドクターゲロのコンピューターも、誰もそれを教えなかった。
 前にもあとがきか感想返しで言ったかもですけど、10日間棒立ちで待ち続けて負けそうになったら即自爆するのは、もうちょっと何か無かったのかなって……。

 あとお気に入りを2000もありがとうございます! もちろん2000になる前も嬉しかったんですけど、やっぱりキリの良い大きな数字って良いですよね……。確か1000達成したのはナメック星編が終わったくらいの頃でして、次は最終回までに3000いければいいなあと思ってますので、よろしければご協力をお願いします。ついでに評価もいただければより嬉しいです!

 そういうわけで、次からはセル戦です。色々あって続きは遅れるかもしれませんが、エタらせるつもりはありませんので、どうか気長にお待ちくださいませ。
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