あるサイヤ人の少女の物語   作:黒木氏

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最終話.彼女が地球を滅ぼす話

 長い勝利の咆哮を終えたナッツは、倒れ伏す悟飯を見下ろして笑う。

 

 勝ったのだから、自分の好きにしていいだろう。殺すなんて、もちろんしない。

 お互いに傷が癒えたら、またこんな戦いをしてみたいと、ナッツは思った。

 

 そして彼女は、大猿と化した悟飯が見せた獰猛な殺意を思い出し、嬉しくなってしまった。

 甘いのだけが欠点と思っていたけれど、一皮剥けば、凶暴で冷酷なサイヤ人だ。

 

 要は受けた教育が悪かっただけで、これからまだ十分にサイヤ人らしくなれる資質はある。

 そうなれば、きっと私とも仲良くなってくれるに違いない。

 

 悟飯と二人、手を取り合ってたくさんの惑星を滅ぼし、強敵と戦って力をつけ、そしていつの日か、二人で母親の仇であるフリーザを殺す。その未来を想像して、ナッツの尻尾が喜びに揺れる。

 

 

「ナッツ! 大丈夫か!」

 

 父親の声に、彼女は幸せな空想から引き戻される。

 心配そうにこちらを見上げる父親に、ナッツは傷の痛みを堪えて笑ってみせた。

 

『平気です。父様。少し手こずりましたが、この通り、私の勝ちですから』

 

 ナッツは倒れた大猿の尻尾を掴み、必要ならいつでも千切れる事をアピールする。

 

『……グゥッ!?』

 

 たったそれだけで、苦悶の声をあげる悟飯に、彼女の方が驚いてしまう。 

 

『あなた、まさか尻尾を鍛えてないの?』

 試しに力を入れると、悟飯はますます苦しむ様子を見せ、ナッツは呆れてしまった。

 

 

(変な所でサイヤ人らしくないわね。こいつ)

 

 危ないから後で鍛えてあげないと、と思い、そこで重要な事に気付く。

 

(父様から、悟飯を助ける許可をもらわないと)

 

 地球の奴らは全員片付けると言ってしまったし、実際そのつもりだったが、彼だけは例外だった。どうしたら父親を説得できるかと、ナッツは必死に頭を回して考える。

 

 

『父様……あの、こいつは生かして連れ帰った方がいいと思います』

 

「…………」 

 その発言を半ば予想していたベジータは、娘の頼みを聞いてやるつもりではいたが、それでも素直に認めてやりたくはなくて黙り込む。その沈黙を否定と感じたナッツは、慌てて言葉を続ける。

 

『その、ナッパも死んでしまいましたし、私達には戦力が必要だと思うんです。父様の尻尾が無いのを良い事に、フリーザが私達に刺客を送ってくるかもしれませんし、戦えるサイヤ人は一人でも多い方が良いです。もちろん、裏切り者のカカロットまで助けろとは言いませんから』

 

 その話の流れなら、ついでにカカロットも戦力として助けろくらいは言うべきだろうと、ベジータは思う。つまるところ、娘が助けたいと思っているのは、ただ一人なのだ。

 

『地球育ちで甘いのが欠点ですけど、幸いこいつはまだ大猿の姿で理性を保てないようですし、適当な星で月を見せて住民を皆殺しにさせれば、自分がサイヤ人だと、自覚してくれると思うんです』

 

 サイヤ人なら、誰もが通る道ですし、とナッツは続ける。実際に惑星ベジータのサイヤ人がどうだったかはともかく、少なくとも彼女は両親からの教育によって、そう思い込んでいた。

 

 

 言葉を終え、真剣な目で自分を見つめる娘の姿に、父親は折れてやる事にした。

 

「そこまで考えているのなら、そいつの事はお前に任せる」

『ありがとうございます!! 父様!!』

 

 振り回された長大な尻尾が、背後の岩山を破壊する。

 飛んできた石を手で弾きながら、ベジータは言葉を続ける。

 

 

「その代わり、月が消え次第、一旦治療に戻るぞ」

『……そうですね、父様』

 

 左肩の傷の出血は収まっている。本来ならば応急処置もせず血が止まるはずもないレベルの負傷だが、大猿の強靭な身体のタフネスと、膨大な気で無理矢理に出血その他を食い止めている状態だ。今はともかく、人間の姿に戻った時、一度に揺り返しが来るだろうと彼女は覚悟する。

 

 

(そうと決まれば、さっさと地球を滅ぼしたいところだけど……)

 

 ナッツは人工の月を見上げる。変わらず作られた当初よりも、その輝きはわずかに失われている。自らもパワーボールを使えるナッツは、その見た目の変化から、月が消えるまでの時間を把握できていた。

 

(父様の作った月は……もってあと20分。10分と見込んでおいた方がいいわね。私が月を作るのはもう無理。この場の奴らを早く片付けて、残りの地球人は私が傷を癒してから、父様と一緒にやりましょうか)

 

 ナッツは考えながら、動けずにいる悟飯を見下ろす。月が消えるまで起き上ってこられないとは思うが、この星でただ一人、今の彼女と互角に戦える存在だ。警戒しておく必要があった。

 

『父様、こいつが暴れて邪魔しないよう、尻尾を握っていてくれませんか?』

「ああ、任せておけ』

 

 ベジータは大猿の尻尾を、両腕で抱えるように拘束する。たったそれだけで悟飯が苦しむ事に、知っていながらも驚いてしまう。

 

 父親は思う。自分の子供の尻尾を鍛えないなど、カカロットは何を考えていたのかと。そんな状態で敵に握られたりしたら、あっという間に殺されてしまうというのに。そして考え、地球の平和さから、一切戦う必要が無かったのだと思い至り、自分が育った環境とのあまりの違いに内心驚く。

 

 ナッツは自分と同じように戦いの中で育てたが、もし万が一、こんな平和な星で娘が育っていたら、どうなっていただろうか。父親の想像の中、さまざまな娘の姿が浮かぶ。

 

 

 

「と、父様。私、戦いなんてできません。怖い……」

 

 

「父様、お菓子を焼いてみたんです。とっても美味しくできたので、食べてみてくれますか?」

 

 

「さあ遊びましょう、悟飯。私は王族だからお姫様役で、あなたは下級戦士だから、

 家来にしてあげる」

 

 

 

 誰だお前と言いたくなるが、不思議とそれほど忌避感はなかった。

 結局のところ、自分は娘が幸せなら、何でもいいのだろうと思う。

 

 ただ娘の幸せに、自分と亡き妻以外の人間が関わっている事が、腹立たしかった。 

 

 

「悟飯と言ったか。少しばかりナッツに気に入られているからといって、調子に乗りやがったら、わかっているな?」

 

 両腕で抱えた尻尾を、いっそう強く圧迫する。苦しむ悟飯の姿に、溜飲が下がる思いだった。

 

 

 

 

 ナッツは隠れているだろうクリリン達を探して、周囲を見渡す。戦闘の余波で地形の大部分が破壊されていたが、人が隠れられそうな場所はまだ数多くあった。

 

(スカウターが無いと、こういう時に不便ね……)

 

 一つ一つ探していては月が消えてしまうだろうが、容易く星一つを滅ぼせる今の彼女に、そんな地道な作業をする必要はなかった。

 

 ナッツは咆哮と共に赤いエネルギー波を撃ち放って、岩山の一つをあっさり消し飛ばした。さらに一つ、もう一つと、怪しい場所を周辺の地形ごと破壊していく。

 

 連続する爆発に大地が震え、戦闘の影響で脆くなっていた箇所までもが轟音と共に次々と崩壊していく中で、ナッツは口の端を歪め、残酷に笑う。

 

 

『さあ、どこに隠れているのかしら。出てこないと死ぬわよ?』

 

 

 そして十数ヶ所目を消滅させたその時、破壊されていく地形の影を移動しながら、ナッツの背後へ忍び寄っていたクリリンが飛び出した。

 

 緊張と恐怖に汗を滲ませながら、尻尾目掛けて気の円盤を投げつけようとしたその瞬間、気配を察したナッツが素早く振り向き、口からのエネルギー波でカウンターを叩き込んだ。

 

 迫りくる自分の身体よりも大きな光の束に飲み込まれる直前、クリリンが悔恨に叫ぶ。

「すまない、悟空、オレのせいで……!!!」

 

 直後、爆発と共にクリリンは吹き飛ばされ、岩山に激突して意識を失った。その上から崩壊した岩石が降り注ぎ、瞬く間に彼の身体が見えなくなる。ナッツは赤い目でその様子を見届け、上機嫌で尻尾を揺らしながら、満足げな笑みを浮かべた。

 

 

『今さら後悔したって、もう手遅れよ。私はさんざん忠告してあげたのに』

 

 

 確実に止めを刺すべく、ナッツはさらにエネルギー波を撃ち込もうとする。

 その瞬間、彼女の死角から、気配を完全に遮断したヤジロベーが飛び掛かった。気によって強化された刀の斬撃が大猿の尻尾に迫る。

 

 だが命中の直前、その長大な尻尾が鞭のように振るわれ、ヤジロベーを直撃した。

 

「……がっ!?」

 

 全身を強かに打たれ、地面に落ちるヤジロベー。その横に、折れた刀が突き刺さる。

 恐る恐る顔を上げたヤジロベーを、怒れる大猿の赤い目が見下ろしていた。

 

 

『お前が、父様の大事な尻尾を切った奴ね? 絶対に来ると思ってたわ』

 

 

 その口調は優しげですらあった。

 だが彼女は尻尾を逆立て、その全身を激しい怒りに震わせていた。

 

「ひ、ひいぃっ!」

 

『尻尾を切れば変身が解ける、確かにその通りよ。けど、私達の尻尾は手足と同じ身体の一部よ。

 単なる弱点と思い込んだ馬鹿な奴らを、何人返り討ちにしたか知れないわ』

 

 怯えるヤジロベーに向けて、ナッツは邪悪に笑ってみせる。

 

『さて、どう痛めつけてやろうかしら?』

 

 ヤジロベーは滝のような汗を流しながら、大猿を見上げ、必死に言葉を紡ぐ。

 

「そ、その件につきましては……ほら、実際切ったのはこの悪い刀で、もう折れちまったし……オレも悪かったと思ってるし、ゆ、許してもらうわけには……」

 

『駄目ね』

「だよなあっ!!!」

 

 飛び起き、逃げようとするヤジロベーの目の前に、巨大な尻尾が叩き付けられ、地面を砕く。

 逃げ道を塞がれ、思わず足を止めてしまったヤジロベーを、ナッツは全力で蹴り飛ばした。

 

 ヤジロベーの身体が凄まじい勢いで跳ね飛び、ボールのように何度も地形に反射して叩き付けられ、地面に落ちて動けなくなる。その右手に向けて、後を追って跳躍したナッツの、大木のようなサイズの足が振り下ろされた。

 

 上がる悲鳴は、彼女の嗜虐心を甘く刺激した。

 

『まず、その悪い手を潰したわ。次はどこがいいの? 私は優しいから、選ばせてあげる』

 

 

 楽に死ねると、思わないことね。

 

 

 抑えきれない邪悪な歓喜に、ナッツは酔いしれていた。

 

 

 

 

 その時、彼女は尻尾の違和感に気付き、月を見上げた。変わらず光を放っているが、放射されるブルーツ波が明らかに減っているのが、感覚的に判る。まだ変身を維持できなくなるほどではないが。ナッツは不機嫌を隠さず、喉から獣の唸り声を漏らす。

 

『月が消えるまで、もう時間が無いわ……まだカカロットが残ってるっていうのに』

「た、助かった……?」

 

 安堵したような声にナッツは苛立ち、逃げられないよう、両足を踏み潰した。

 悲鳴を聞きもせず、ヤジロベーに背を向ける。

 

『お前とは後で、父様と二人で遊んであげるわ。楽しみにしてなさい』

 

 

 

 ナッツは地面を滑るように飛び、瞬く間に倒れた悟空の元へと辿り着いた。

 その巨体で倒れた悟空を見下ろし、告げる。

 

『待たせたわね、カカロット。あなたの死ぬ順番がやってきたわ』

 

「お、おめえ、ベジータの娘か。強えじゃねえか……。おめえとも戦いたかったな……」

 

 その言葉に、ナッツは嬉しくなってしまった。

 強いというのは彼女にとって、最高の褒め言葉だった。

 

(同じサイヤ人だけあって、判っているわね。悟飯の父親だし、苦しめずに一瞬で殺してあげようかしら)

 

『あなたも強かったわよ。父様をあそこまで追い詰めたその力は認めてあげる。けど所詮、

 尻尾を持たないサイヤ人が、私達に勝てるはずがなかったのよ』 

 

 そして拳を握り叩き付けようとしたところで、カカロットの負傷の状態に、思い当たるものがある事に気付く。確認のため、その身体を拾い上げ軽く全身に触れる。上がる苦悶の声。既に全身の骨が砕けている感触に、やはり、と思う。大猿が人間を握り潰す時、ちょうどこういう感じになると、ナッツは自身の経験から熟知していた。

 

 

(大猿になった父様が、カカロットに止めを刺そうとしていたのね。けど殺しきれていないってことは、途中で尻尾を切られてしまったということ)

 

 ナッツの心に、暗い怒りが込み上げる。尻尾を切ったのは別の奴だが、こいつも同罪だ。

 

 あと一息でカカロットを殺せるというところで、突然尻尾を切られた父親が、悔しがりながら人間の姿に戻っていく光景が、ありありと想像できた。何て可哀想な父様。大猿が口の端を歪め、残酷に笑う。

 

 

(だったら、私がその続きをしてあげないとね!!)

 

 

 ナッツは片手で悟空を握り締め、ゆっくりと力を込めていく。左手は肩の負傷のせいで使えなかったが、それでも瀕死の悟空をじわじわと苦しめ、止めを刺すには十分すぎた。その悲鳴が心地良くて、ナッツは声をあげて笑う。

 

 

『安心していいわ! あなたの息子は、甘さを叩き直して、立派なサイヤ人にしてあげるから!』

 

「や、やめろ……そんな事、悟飯が望むわけねえだろうが……!!」

 

 

 

 その言葉に、ナッツの動きが停止する。

 カカロットを握り潰そうとしても、身体に力が入らない。

 

(何で? まだ月は消えていないはずなのに!)

 

 その理由を、彼女は既に理解していた。

 

 カカロットは当たり前の事を言ったに過ぎない。

 悟飯は冷酷なサイヤ人になる事など望んでいない。

 

 

 

 そんな事、心の奥底では、最初からわかっていたのだ。

 

 

 敵であるナッツを殺したくないと見逃すような、あの変な奴。

 あんな優しい奴が、私のようになんて、なれるわけないじゃない。

 

 

 ナッツの中で、熱に浮かされたような高揚が、急速に冷めていく。自分が今からしようとしている事を、はっきりと自覚する。悟飯の父親を、自らの手で殺す事を。

 

 

 それを知ったら、彼はどんな顔をするだろうか。

 

 

 彼女を思いとどまらせていたのは、その思いだった。

 

 

(本当に、これでいいの?)

 

 手の中の瀕死のカカロット、もう放っておいても死にかねないそいつに止めを刺すのが、どうしようもなく躊躇われた。自分は今、本当に、取り返しの付かないことをしようとしている。

 

 

(何を考えてるの。こいつらは父様をあんなに傷付けたのよ。星ごと全滅させてやるべきよ。今までだって、そうしてきたでしょう?)

 

 ナッツは自分がサイヤ人である事を、誇りに思っていた。冷酷かつ荒々しく、破壊と殺戮を好み、全宇宙で恐れられた戦闘民族。それが彼女の中の、サイヤ人のイメージだ。

 

 両親は彼女がサイヤ人らしく振舞う事をとても喜んでくれたので、彼女も進んでそうあろうと生きてきた。

 

 

 そんな彼女にとって、目の前の敵を殺すべきかと悩むようなことは、まったくもってサイヤ人らしくなかった。敵は容赦なく、皆殺しにすべきだった。まして侵略に向かった星で、ようやく追い詰めた敵を見逃すなど、彼女の常識からすれば、許しがたい事のはずだった。

 

 けれども現実に、ナッツは今、それをしたくないと思ってしまっているのだ。

 

(私は父様の娘よ。王族なのよ。全てのサイヤ人の鑑となるべき私が、そんな事……)

 

 

 

『父様!』

 

 ナッツは助けを求めるように父親を見る。

 

 何をしている、早くカカロットに止めを刺せと、そう言って背中を押して欲しかった。

 

 

 だがベジータは何も言わず、ただ静かに娘を見上げていた。

 

 ナッツが望むのなら、彼は何でも許す気でいた。サイヤ人の手本のように育った娘を、彼は父親としてとても好ましく思っていたが、彼女自身がそれで幸せになれるのかは、また別の話だからだ。

 

 カカロットを見逃す。いいだろう。奴との決着は、自分が大猿になって叩きのめした時点で既についている。下級戦士を相手に大人げなかったかもしれないが、サイヤ人のくせに尻尾を持っていない方が悪い。地球を滅ぼさない。いいだろう。こんな辺境の星、ドラゴンボールさえ無ければ大して惜しくもない。

 

 だが娘の人生を大きく変えるだろうその決断は、あくまでもナッツが自分で行うべきだと、彼は思っていた。

 

 

 ナッツはそんな父親の意図を、完全に理解した。これは自分が決めなくてはならないのだ。

 そして同時に、自分が好きに決めてしまってもいいことなのだ。

 

 

 ナッツは考える。例えばの話だ。

 ここでカカロットを見逃して、地球も滅ぼさないとしたら、どうなるだろうかと。

 

 

 

『結構楽しめたし、もう気が済んだから、許してあげる』

 

 そう言って、カカロットを悟飯に渡してあげる。

 きっと二人とも、私にとても感謝するに違いない。

 

 やがて月が消え、人間の姿に戻る。一度戻って、メディカルマシーンで傷を癒して、また地球に来る。この傷だとカカロットは死ぬかもしれないから、悟飯がどうしてもと頼むのなら、メディカルマシーンを使わせてあげてもいい。

 

 地球に着いたら、悟飯の家に遊びに行って、彼の母親に挨拶して、それで毎日二人で訓練をする。嫌だなんて言わせない。カカロットを助けてあげたでしょう、とか、じゃあ代わりに他の地球人達と遊んでくるわ、とでも言えば付き合ってくれるだろう。

 

 流石に毎日だと大変だろうから、たまには他の事をしてもいい。自分にも王族としての教養は必要だし、悟飯はとても頭が良さそうだから、家庭教師の役を任せてもいいかもしれない。

 

 戦いの方が好きなだけで、別に勉強だって、嫌いではないのだ。

 

 住む場所は、どこか適当な場所に家を買えばいい。フリーザ軍からの報酬をいちいち確認はしていないが、それができるくらいは稼いでいるはずだ。

 

 地球は平和すぎて退屈するかもしれないから、そうなったら、どこかの星を滅ぼしに行けばいい。お金も稼げるし、一石二鳥だ。そうしてまた地球に帰って、楽しく暮らすのだ。

 

 サイヤ人の成長は早い。そうして10年もしたら、きっと自分は母様のような、強くて格好良い大人の戦士になるだろうし、そうなったら、見る目のある男なら、きっと放っておかないだろう。

 

 その頃には悟飯だって、それに見合うくらい立派になってるだろうし、どうしてもと頼んでくるのなら、そういう風になってあげないこともない。

 

 

 それは幸せな空想だった。

 

 そして空想の中で幸せそうに笑うナッツの腹部を、フリーザの手が貫いていた。

 

(……っ!?)

 

 そのままフリーザは、やめてくれと懇願する彼女をあざ笑いながら、悟飯を殺し、地球の全てを壊していった。

 

 

 当然の話だった。フリーザが、サイヤ人である自分を見逃すはずがない。地球に滞在しているとなれば、当然調べられて、悟飯やカカロットといった、他のサイヤ人達の事も知られてしまう。フリーザが生きている限り、自分はいつか母様と同じ運命を辿るしかない。

 

 フリーザによる母親の死は、ナッツの心に、深すぎる傷を残していた。

 空想の中ですら、彼女の安らぐ場所は無かった。

 

 

 

 だからナッツは、諦めることにした。

 サイヤ人である彼女には、選択肢なんて、初めから無かったのだ。

 

(悟飯に嫌われたくない? 一緒にいて欲しい? そんな甘い考えで、フリーザを倒せるわけないじゃない)

 

 彼女が生きる道は、戦い続けて殺した敵を積み上げた先にしかない。いつかフリーザに届くまで。だからカカロットも殺すのも、仕方のないことだと考えると、少しだけ、気が楽になった。

 

 

 淡々と、感情のこもらない声で告げる。

 

『カカロット。何か悟飯に、言い残す事はあるかしら』

「……おめえの名前、何て言うんだっけ?」

『ナッツよ』

 

「じゃあ、ナッツの事を、あんまり恨まないでやってくれって」

『ふさけないで!! 何を考えてるの!! そんな内容、私の口から言えるはずないじゃない!!!』

「……ああ、そうか、悪いな……」

 

 

 カカロットは目をつぶり、そのまま数秒後に目を開けて言った。

「よし。今伝えておいたから、安心しろ」

 

 何言ってるんだこいつと思った。

 

(恐怖で頭がおかしくなったのかしら?)

 

 

 どちらにせよ、甘い奴。悟飯の父親というだけあった。

 戦闘力は父様と同じくらい高くても、こんな奴では絶対にフリーザを倒せないだろう。

 

 ふと、ナッツを見上げるカカロットと目が合った。

 死に瀕した彼の静かな目は、彼女の全てを見透かしているかのようだった。

 

 やめて欲しい、と思った。

 自分を殺そうとしている私を、どうしてそんな、憐れむような目で見るの。

 

「サイヤ人ってのも、ずいぶん大変なんだな」

『あなたもサイヤ人じゃない!!』

 

 惑星ベジータが滅んだ時、こいつの両親もフリーザに殺されたはずなのに、どうしてそんなにのうのうと生きていられるのか。

 

 一思いに殺そうとするも、思うように力が入らない。疲れてしまったのかと思う。

 止まない悲鳴に苛立ちが募る。早く終わって欲しかった。

 

 

 

 

 その少し前の話。

 

 

 娘の決断を見守っていたベジータは、苛立ちを隠せなかった。

 

 カカロットを殺す事を選んだナッツの決断は、とてもサイヤ人らしいものだったが、気に入らなかった。娘が全く、幸せそうでは無かったからだ。敵を殺すのなら、もっと楽しそうにするべきだと思った。それで娘が苦しむ事など、絶対に望んでいなかった。

 

 今からでも止めるべきかと迷っていたベジータは、ふと、拘束していた悟飯の尻尾が、わずかに動くのを感じた。

 

「……何だ?」

 

 不審に思い、尻尾を握る力を強める。だが次の瞬間、彼の身体ごと、尻尾が高々と振り上げられる。

 

「こ、こいつ! まさか、この短時間で尻尾を鍛えやがったか!?」

 

 凄まじい勢いで振り回された尻尾が、岩山に叩き付けられる。全身がバラバラになったかのような衝撃と共に、ベジータは意識を失った。

 

 

 

 

『アオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!』

『何ですって!?』

 

 倒れていた悟飯が飛び起き、父親を殺そうとする大猿に向けて突進する。

 

『悟飯、まだ動けたの……!?』

 

(けど、さすがにまだ本調子じゃないはず!)

 

 ナッツは反射的に口から赤いエネルギー波を放つ。着弾して爆発するも、爆炎を突き破って悟飯は走り、勢いは止まらない。

 

 肉薄する悟飯を前に、ナッツはカカロットを手放すべきか、一瞬迷ってしまう。

 

(こいつ、この高さから落としたらそのまま死にかねない!)

 

 

 それが彼女の敗因だった。同じ大猿からの全力の体当たりに耐えきれず背中から倒れてしまう。

 

『ぐっ……ッ!? けど同じ手は食わないわよ!』

 

 この時ナッツが警戒していたのは、先に痛い目を見た悟飯の噛み付きだった。また来ようものなら、頭突きで返して、逆にこちらから噛み付いてやると身構えていた。

 

 だから次の行動に、反応できなかった。

 倒れたナッツの尻尾を、悟飯が掴み、引き千切っていた。

 

 

『……え?』

 

 ナッツの赤い瞳が見開かれる。彼女は一瞬、何が起こったのか理解できなかった。ただ、目の前の大猿の手に、千切られた自分の尻尾が握られていると認識した瞬間、全てが一度に押し寄せた。

 

 初めて感じる地獄のような激痛、尻尾を失ってしまったという絶望、身体から力が抜け、変身が解けていく感覚。

 

『あ、ああ、そんな……』

 

 そしてサイヤ人の誇りとも言える尻尾を奪った、目の前の悟飯への怒りでナッツが絶叫する。

 

『ガ、ガアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!』

 

 

 戦闘服を着た大猿の身体が、震えながら縮んでいく。厚い毛皮が見る間に薄くなり、白い肌が露わとなる。目もその赤色を失っていき、獣の鼻面が整った顔に戻っていく。

 

 震える手からこぼれ落ちそうになるカカロットの身体を、掌を上にしてどうにか支える。理由なんかわからず、思わずそうしていた。

 

 

 そして十数秒後、ナッツが変身していた大猿は、戦闘服を着た少女の姿に戻っていた。

 

「……かはっ……はぁ………ぁ」

 

 両膝を地につけたまま、身体を支えきれず、伏した体勢でナッツは呻く。  

 

 激しい疲労と全身の負傷の痛みが、人の姿に戻った事で一度に押し寄せていた。加えて尻尾を失ったダメージで、呼吸すらもままならない。大きく肉が抉られた左肩は、少しでも気の集中を乱せば、激しく出血してしまうだろう。

 

 

「お前、私の尻尾を、よくも……!!」

 

 それでも何とか顔を上げ、悔しさと喪失感に涙を流しながら叫ぶナッツを、大猿が睨み返す。

 

『グルルルル……』

「……っ!?」

 

 

 全身を血で染めて、唸る大猿の姿。

 ナッツはそこに、逃れ得ぬ死を見た。

 

 

 目の前で父親を殺されかける。逆の立場なら、自分はたとえ相手が悟飯であろうと、殺さないでいられる自信がない。大猿への変身はサイヤ人をより凶暴に変える。まして目の前の大猿は、理性を失っているのだ。

 

 悲鳴を上げる身体に鞭打って、とっさに後ろに飛び退いた。ナッツの予想どおり、今までいた場所に悟飯の巨大な足が踏み下ろされる。

 

 さらに下がろうとするも、背中が岩に当たってしまう。そもそも、これ以上は身体が動かなかった。へたり込んだ小さな身体が、巨大な影に覆われる。怒れる大猿の赤い目が、少女を睨み付ける。

 

「と、父様……」

 

 助けて、と続けるよりも、大猿の足が再び踏み下ろされる方が早かった。

 

 

 

 その光景を、意識を取り戻したベジータは、届かない距離から見ていた。

 全力で駆けつけながらも、間に合わず、見ているしかできなかった。

 

 

 

 

 

「ご、悟飯!!!!」

 

 

 

 悟空の叫びに、大猿の動きが、少女を踏み潰す寸前で停止した。

 

 そして悟飯は弾かれたような動きで声の主の元へと近づき、倒れた父親の前で腹這いとなり、おずおずと、その身体に触れる。大猿になった状態でもわかる、心配そうな表情。悟空が何やら話しかけると、悟飯の顔が穏やかな喜びに包まれ、尻尾がゆっくりと振られた。

 

 

 その光景を見て、ナッツは呆れると同時に、彼の本質を見たような気がした。大猿になっても、悟飯には優しい心が残っていた。まるで地球人みたいだった。

 

「本当に、サイヤ人らしくないわね、あなた」

 

 少女は少し呆れながらも、嬉しそうに微笑んだ。甘い考えと自覚しながらも、カカロットを殺さなくて良かったと、この瞬間は思っていた。

 

「……っ」

 

 ナッツは、自分の意識が薄れていくのを感じていた。度重なる戦闘と負傷で、彼女の身体は、既に限界を迎えていた。

 

 

 意識を失う直前、どこからか飛んできた気の刃が、悟飯の尻尾を切断するのが見えた。そして駆け寄ってくる父親の姿も。

 

(父様……もう心配ないのに、勿体ないです……)

 

 どうせなら、私が悟飯に、理性の保ち方も教えてあげたかったのに。そんな呑気な事を考えながら、少女は意識を失った。

 

 

 

 倒れたナッツの身体から、地面に流れ落ちた血が、ゆっくりと広がっていく。その状態を見たベジータは即座に宇宙船を呼び寄せ、到着するまでの間、必死の表情で娘に応急処置を施していた。

 

「待っていろ。戻ったらすぐにメディカルマシーンに入れてやるからな……!」

 

 傷口を強引に縛り、何とか出血だけは食い止めて息を吐く。子供とはいえ、サイヤ人の強靭な生命力なら、これで命の危険は脱したはずだった。

 

 

 そこでベジータは、倒れた悟空を睨み付け、問いただす。

 

「カカロット……貴様、何のつもりだ?」

 

 なぜあそこでナッツを助けるような真似をしたのか、彼には理解ができなかった。その問いに、悟空は弱々しい声で応じる。

 

「おめえの娘は、悪い奴だけどよ。別に殺す必要はねえんじゃないかって思ってな……」

 

 呆れてしまう。自分が殺されかけて、なおそれを言うか。

 

「フン、甘い奴だ。サイヤ人の面汚しめ」

 

 変身が解け、悟空の傍で眠る悟飯を睨みながら、腹立たしげに告げる。

 

「娘に免じて、今日のところは見逃してやる。だがカカロット、次に会った時は必ず殺してやる。それとナッツの尻尾を切りやがったそのガキにも、次に会ったら責任を取って殺されろ、さもなくばオレが殺すと伝えておけ」

 

「……は、ははっ」

「カカロット、何がおかしい」

「……さ、サイヤ人の王子のおめえでも、やっぱり自分の娘は、可愛いんだなって」

「当たり前だ。オレの娘だぞ」

 

 父親はなんの衒いもなく、そう答えた。

 

 

 やがてベジータの呼んだ複座型のポッドが到着し、2人を乗せて、地球から飛び立っていった。

 

 その中で、生命維持装置を付けられ、父親に手を握られたナッツは、遊び疲れた子供のような、とても安らかな顔で眠っていた。




Q.地球滅ぼしてないじゃん。
A.邪魔が入らなければ滅ぼしてたし……(震え声)


 これにてサイヤ人編は終了です。

 読んで下さった方、お気に入りに登録して下さった方、評価・感想を下さった方、
 本当にありがとうございます。正直凄く書く励みになりました!


 最終話というのは、もちろんサイヤ人編の最後という意味です。

 見てのとおり、フリーザと対峙しない限り彼女の物語は終わりませんので、ナメック星編も書きます。書きたいシーンがたくさんありますし、一応話も最後まで考えてます。

 ただ書き溜めが無いので更新はゆっくりになるかと思います。
 たまに投稿された時にでも、気が向いたら読んで下さると嬉しいです。



 あとナメック星編を書く前に、1~4話にはちょっと手を入れたいです。5話以降は文章を書くのに慣れたのでかなり加筆修正入れてから投稿したんですが、それ以前のは昔のそのままなので。章タイトルもちょっとちぐはぐですし、原作の台詞とか意識し過ぎて硬くなってるなあと。

 直した時には判るようどこかで通知します。あとその結果、たぶん話数が減ると思います。最新話に栞を挟んでる方は、もしかしたら消えるかもしれませんので、お手数ですが宜しければ挟み直しをお願いします。





・ナッツについて

 彼女のキャラを一言で表すと「冷酷なサイヤ人になるよう愛情たっぷりに育てられた子供」なんですけど、この子設定レベルでバグってない? 大丈夫?

 母親は自分は病気で弱って満足に戦えないので、せめて娘には好きなように惑星攻略とか楽しんで欲しいという親心でナッツを教育しました。
 父親は惚れた女には一途ですし、それが死んじゃって残された一人娘とかいたら絶対ガチで可愛がるだろうなあと思った結果ダダ甘になりました。

 そうして育てられた彼女の本性が悪というのは動かせない事実ですが、状況に応じて結構ブレてます。彼女はまだ子供で、もっと愛情が欲しいのです。友達が欲しいのです。
 その辺りの感情は5話で悟飯と出会って一気に溢れた感じです。

 というか最初に書いてた5話では感情面の描写がもっとあっさりでして、けど文章量増やした方がいいと感想でアドバイスを頂きまして、その方が良いのかなあと加筆していったら筆が乗ってみるみるナッツがぽんこつになって分量が2倍くらいになりまして。あれは凄く楽しかったです。

 あとフリーザのせいで色々歪んでる部分もあります。というか彼女の根っこの部分なので本来なら物語の冒頭に復讐を誓うシーンとか入れるべきだったんですが、すっかり忘れてたので慌ててあらすじに入れた経緯があります。これだけでも後で追記しとかないとなあ。

 それと超ブロリー劇場版、鳥山先生による惑星ベジータの描写によるとサイヤ人にも色々な人がいたようで、それでちょっと方向転換した部分もあります。 
星送りにされるわけでもなく、ずっと内勤で宇宙船の整備とかしてたんだろうビーツさんの存在は衝撃でした……。
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