あるサイヤ人の少女の物語   作:黒木氏

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2.彼女がナメック星に降り立つ話

 ベジータとナッツが出発してから約2週間後、二人を乗せた複座型のポッドは、ナメック星の近くまで迫っていた。

 

「むう……」

 

 少女は自分の席から離れ、父親の膝の上で、ナメック星についての資料を読んでいた。ドラゴンボールについて調べていたベジータが、以前から集めていたものだ。

 

 大気は呼吸可能。月は無し。3つの太陽によって常に昼の状態。過去の大災害で人口のほとんどが死に絶え、今は100人前後のナメック星人達が暮らしている。機械の類を全く使わず生活しており、文明レベルは低いと考えられる。

 

 ナッツは何度も読み返した内容に、改めてため息を付く。

 

「つまらない星ですね、父様」

 

 要するに、攻めても得る物の無い星という事だ。文明レベルが低ければ、略奪する価値のある物もない。人口が100人程度では労働力にもならない。資源はあるかもしれないが、わざわざ自分達で探すよりも、あると判明している星から奪う方が効率が良い。今までフリーザ軍の標的になっていないのも、頷ける話だった。

 

 

「だからこそ、ドラゴンボールを隠すには、うってつけの場所という事だ」

 

 ベジータは娘の頭を、ぽんぽんと軽く叩く。意図を察したナッツは、ひらりと猫のように膝から離れ、宇宙船の床に下りる。

 

「降りる前に、訓練の成果を確認するぞ。戦闘力を限界まで下げてみろ」

「はい、父様」

 

 少女は眠るように目を閉じ、ゆっくりと呼吸し、心を鎮めていく。自分の身体を流れる力を、全て内側へ収めることをイメージする。ベジータのスカウターに表示される娘の戦闘力が見る間に落ちていき、100を切ったところで停止する。ナッツはしばらく目を瞑りながら唸り続けるも、やがて諦めて目を開き、恥ずかしそうに父親を見上げた。

 

「すみません、父様。今はここまでが限界です……」

「まあ十分だ。この数値なら直接姿を見られない限り、まずお前とはバレないだろうからな。ここからは練習も兼ねて、できるだけその状態を維持しておけ」

 

 

 ベジータは満足そうに娘の頭を撫でたが、ナッツは浮かない顔をしていた。

 

「どうした? オレも似たようなものだし、たった2週間でこれなら上出来だろう」

 

 大事なことだと思ったので、少女は口を開き、地球での経験を語った。 

 

「地球で悟飯が、スカウターに映らなくなった時があったんです。姿も見えなかったから死んだと思ったんですけど、いきなり後ろから尻尾を蹴られて」

 

 それを聞いたベジータは重々しく頷き、言った。

 

「よし、殺そう」

(何? 奴らは戦闘力を0にできるのか……)

 

 思わず内心と言葉を逆にする父親に向けて、慌てた娘が釘を刺す。

 

「駄目です父様。私の獲物なんですからね」

 

 急に機嫌の悪くなった父親をなだめながら、ナッツは思う。私も上達すれば、あれと同じ事ができるようになるのだろう。死んだと思わせて不意打ちするのは、スカウターに頼る相手にはとても有効だ。戦闘力以外の面でも悟飯に負けないよう、もっと頑張ろうと決意した。

 

 

 

 飛翔するポッドはさらにナメック星へと近付いていく。緑がかったその惑星の、大陸と海の形まで、既にはっきりと見える距離だ。

 

「では次だ。スカウターを外して、まずフリーザの居場所を探ってみろ」

「はい、父様」

 

 ポッドの窓から惑星を見下ろしながら、意識を集中する。それほど難しくはなかった。惑星の一点に、この距離からでもはっきりとわかる、明らかに巨大で、ビリビリとした嫌な感じの気配があった。

 

(こいつは間違いなくフリーザね。父様とも比べ物にならないほど強い……)

 

 ビリビリとした感じは父親の気配からも発せられていたが、そちらは嫌な物とは思わなかった。むしろこれが父様の気配だと思うと、温かくて安心できるものだと感じた。

 

「あれですよね、父様」

「そうだ。まずは奴から離れた場所に着陸するぞ」

 

 ベジータはポッドを操作し、着陸地点を入力する。ナッツが席に戻り、身体を固定する。すぐにポッドはナメック星の大気圏へと、勢いのまま突入し始めた。

 

 

 大気との摩擦で赤熱するポッドが、轟音と共にナメック星の大地へ突き刺さる。そしてポッドが開き、ベジータと、黒い戦闘服姿のナッツが降り立った。

 

 少女は初めて降り立った星の様子を、興味深げに見渡した。宇宙から見たとおり、緑色の星だと思った。木々はあまり生えていないが、大地のほとんどは緑色のコケのような植物で覆われている。海すらも緑色に近い気がした。そして見える範囲に、村やナメック星人達の姿はない。

 

「ナッツ。フリーザの周囲の反応を探ってみろ。近付いた分、もっと詳しくわかるはずだ」

「はい、父様」

 

 少女は先ほど感じたフリーザの気配を意識し、今度はその近くを探ってみた。大きな反応が2つ。そして周囲に、ナッツよりも弱い10数個の反応があったが、それらは次々に消えている。ナッツは気配を感じた方向を指差し、少し考えてから、その内容を口にした。

 

「まず、あちらの方角にフリーザがいます。傍にいる大きな2つの気配は、たぶんザーボンとドドリアですね。奴らの手で、ナメック星人達が殺されているんだと思います」

 

 父親は満足そうに頷き、娘の頭を撫でた。ナッツの読みは、彼の考えていた内容と同じだった。

 

「上出来だ。さすがオレの娘だな」

「いえ、凄いのは父様の方ですよ」

 

 ナッツは心の底からそう思っている。スカウター無しで相手の力と居場所を探るなんて、父様が教えてくれなければ、一生思いつきもしなかったと思う。

 

(細かい戦闘力まではわからないけど、本当に便利な能力だわ。大猿になった時にも使えそうだし)

 

 少女は口の端を歪めて笑う。変身している間はスカウターが使えないのが不便だったが、この能力があれば、こそこそ怯えて逃げ隠れする奴らを、簡単に見つけて殺せるだろう。

 

(……まあ、今は尻尾が無いんだけどね)

 

 ナッツは気落ちした顔でため息を吐く。ちょうど今、試すのにちょうどいい相手が向かってきているというのに。

 

 少女は空を見上げる。まだ何も見えなかったが、その気配は、ナメック星に降りる前から感じていた。やがて空の一点に赤く燃える小さな球が現れ、空気を裂く音と共に、見る間にその大きさを増していく。ベジータも顔を上げ、不敵な顔で笑っている。彼らの後を追ってきた、キュイの宇宙船だった。  

 

「さて、こそこそ付いてきたハエを、迎え撃ってやるとするか」

「……そうですね、父様」

 

 

(せっかく目障りなキュイを殺しても良い状況なのに、父様に任せるしかないなんて……)

 

 あまり元気の無い娘を見たベジータは、良いアイデアを思いつき、ニヤリと笑って、遥か上空のポッドを指差した。

 

「ナッツ、ちょっとしたゲームだ。あれを撃ってみろ」

「えっ!?」

 

 少女は驚く。遠くに見えるただでさえ小さなポッドは、落下する隕石のような速度で地面に迫っている。

 

「父様、さすがに難しいです……」

「奴の戦闘力を感知できる今なら、より正確に狙えるはずだ」

 

 その言葉に、ナッツは真剣な目でポッドを見る。父様が言うのならできるはずだ。確かにキュイの気配で、単に目で見るよりも、ポッドの位置が正確にわかる。動きは速いが、着陸直前なら真っ直ぐに落ちるだけだ。後はポッドに当たる位置に、攻撃を置いておけばいい。掌をかざして狙いをつけた所で、少女はある事に気付く。

 

(ポッドって、結構頑丈なのよね……)

 

 星を強襲する戦闘員を送り込む為のポッドは、着陸前に破壊されないよう、かなり堅牢に作られている。自分も任務で惑星を攻める際、それに何度も救われていた。内側からならともかく、外から壊すには、この程度では足りないだろう。ナッツは両手を組み合わせ、ギャリック砲の構えを取る。見ていた父親は、娘の判断と、自分が教えた技を使いこなしている事に、満足そうに頷いた。

 

「そこっ!」

 

 少女の手から放たれた赤色のエネルギー波が、キュイの乗るポッドに直撃し、空中で爆発させた。飛散し、ぱらぱらと地面に落ちていく焦げた残骸を見上げながら、ベジータが手を叩き、大笑する。

 

「いいぞナッツ! 良い気味だ!」

「はい父様! スッキリしました!」

 

 はっはっは、と明るく笑う親子の前に、当のキュイが墜落するように落ちてきた。地面に膝をついて呻き、全身から小さく煙をあげている。爆発に巻き込まれ、それなりのダメージを負っているようだった。

 

 少女は呻く男を見下ろし、くすくすと笑う。

 

「あら。災難だったわね、キュイ」

「て、てめえら……!」

 

 ふらつきながらも立ち上がるキュイの前に、余裕の笑みを浮かべたベジータが立ちはだかる。

 

「フリーザに言われてオレ達を追って来たんだろうが、運が無かったな。だが今オレは面白いものが見れて良い気分なんだ。せめて苦しまずに殺してやる」

「ちくしょう……!」

 

 

 屈辱に震えていたキュイが、突然二人の後ろを指さし、叫んだ。

 

「あっ!! フリーザ様!!!」

 

「何っ!?」

「えっ!?」

 

 二人は思わず後ろを振り向くが、そこには誰もいない。

 

「ちょっと! いないじゃない!」

 

 怒りのままに再び前を見たナッツの目に、自分を目掛けて巨大なエネルギー波が迫る光景が映った。迫りくる死を前に呆然とする少女の前に、見慣れた後ろ姿が割り込んだ。

 

「父様!!」

 

 ナッツの叫びとほぼ同時に、大爆発が巻き起こる。爆心地に向けて、キュイはさらに力の限りエネルギー弾を連打する。連続する爆発音と共に、爆炎がさらに大きく膨れ上がる。

 

 

 やがて爆炎が消えた後には、直径10メートルほどのクレーターができていた。それを見たキュイが、大きく息を吐きながら笑う。

 

「こんな手に引っ掛かるとはな! 馬鹿な奴だぜ! 娘を庇わなければ、避けられてたかもしれないってのによ!」

 

「ほう。ずいぶんご機嫌じゃないか、キュイ」

 

 後ろから聞こえた声に、キュイは固まった。おそるおそる振り向くと、死んだはずのベジータが、娘を片手で抱いて、無傷の状態で立っていた。

 

「ば、馬鹿な! あのタイミングで間に合うはずが!?」

「どうせてめえはナッツを狙って来るだろうと、最初から読んでいただけだ」

 

 優しく娘を地面に下ろした父親の表情が、一変して憤怒の色に染まる。  

 

「そして、このオレ様を完全に怒らせやがったな……!!!」

 

 怒りと共に解放された気が激しく吹き上がり、ベジータの周囲の地面を抉る。直後、キュイのスカウターが爆発した。

 

「ひ、ひぃっ!?」

 

 キュイはとっさに飛んで逃れようとするも、一瞬で追いつき間合いを詰めたベジータの拳が、腹部を貫通する勢いで突き刺さる。声すら出せず苦悶しながら上空へ吹き飛ぶキュイに、揃えた2本の指が向けられる。指先から不可視のままに放たれたエネルギーがキュイに直撃し、その身体が大きく痙攣したかと思うと、負荷に耐えきれず弾け飛んだ。ベジータは不敵に笑いながら言い放つ。

 

「汚え花火だ」

 

 

「凄いです! 父様!」

 

 キュイを瞬殺した父親の姿を、ナッツは憧れの目で見上げていた。やっぱり父様は凄いと思う。全てのサイヤ人の頂点たる王族で、そして優しい自慢の父親なのだ。私も強くならないと。キュイ程度の奴にいいようにされていて、足を引っ張るようでは、フリーザを倒すなんて夢のまた夢だ。もっと強くなりたい、と改めて思った。せめて父様に、心配を掛けずに済むくらいに。

 

(その為には、もっと戦って戦闘力を上げないとね。手頃な相手がいればいいんだけど)

 

 ナッツは集中し、できるだけ広い範囲の気配を捜索する。かなり遠くだが、ナメック星人の村らしい反応があった。そこそこ大きな気配がいくつか混じっている。戦闘力でいうと3000前後だろうか。ナッツはスカウターでも数値を確認し、自分の感覚が外れていなかったことに微笑む。地球に行く前の自分では厳しかったが、今なら十分楽しめそうな相手と言えた。

 

 少女は降りてきた父親に、村の方角を指さしながら告げる。

 

「父様。あちらの方に、ナメック星人の村らしい反応があります。できれば私が戦いたいです」

「いいだろう。ドラゴンボールがあるかもしれないからな」

 

 

 ベジータも村の位置を確認しようとしたところで、二人は大きな気配がフリーザ達から離れていくのに気付いた。

 

「これって、ザーボンかドドリアですよね……」

 

 珍しい、とナッツは思った。あの二人がいつも揃ってフリーザから離れないのは有名で、フリーザ軍の基地の購買部には、二人を表紙に載せた本まであるくらいなのだ。内容までは知らないが、女性職員がこそこそと買っているのを見た事がある。

 

「わずかに小さい。こいつはドドリアの方だ」

 

 経験の差か、ベジータの方が気の大きさを、より正確に読み取れていた。そしてドドリアから逃げるように離れる気配が3つ。

 

「逃げたナメック星人でも追っているんでしょうか? ……っ!?」

 

 不意にナッツは気配の一つから、父親にも似た優しく温かいものを感じて困惑する。反射的に思い浮かべたのは、地球で戦った少年の顔。

 

(これって、悟飯の気配なの……?)

 

 有り得ない考えに、少女は頭を振る。いくらなんでも、そんな都合の良い事があるはずがない。

 

「行くぞ。ドドリアの奴を仕留めるチャンスだ」

「はい、父様」

 

 そして二人は、ドドリアと思しき気配の方へ飛び立った。

 

 

 

 

「でりゃああああ!!!」

 

 ドドリアの投げ落としたエネルギー弾が海面に着弾し、膨れ上がる爆発と共に周囲一帯の陸地を消滅させた。ドドリアは何も残っていない海面を見下ろして笑う。

 

「どこに隠れていたか知らないが、まあこれで死んだだろうな。しかしあのガキども、何者だったんだ……」

 

 そしてフリーザの元へ戻る途中のドドリアを、何者かが上から強襲し、脳天に蹴りを叩き込む。その身体が海中に落ち、高く水柱を上げた。突然の水中に呼吸もできず、ドドリアは必死に海面を目指す。そして岸に上がり、荒く息を吐く彼の前に、二人のサイヤ人が現れた。

 

「ずいぶん久しぶりだな。ドドリア」

「ベ、ベジータ……!」

 

 それにその娘。ドドリアは予想外の遭遇に一瞬驚くも、尻尾を持たない二人の姿を見て嫌らしく笑う。

 

「地球で尻尾を失ったって話は本当だったか……情けねえ様だな、ベジータ。地球で多少戦闘力を上げたらしいが、その代償は大きかったってわけだ」

 

「くっ……!」

 

 ナッツは目の前の男を、今すぐ変身して叩き潰してやりたい衝動に駆られていた。いつかこんな日が来ると、何度も想像してきたことを実現する絶好の機会だというのに、それができない今の自分の無力さが、彼女を酷く苛立たせた。

 

 一方ベジータは挑発に乗らず、淡々と言葉を紡ぐ。

 

「で、それが貴様の最後の言葉ってわけだ。ザーボンと離れたのは失敗だったな」

 

「調子に乗りやがって……!」

 

 ドドリアは怒りに震えるも、すぐに笑みを取り戻す。

 

 

「どうだ。フリーザ様を裏切ったてめえらはどの道終わりだ。だが、今すぐそのスカウターをよこせば、命ばかりは助けてやるよう、このオレ様から取り成してやってもいいんだぜ?」

 

 ベジータはその言葉で彼らの事情を察し、傍らの娘を示して不敵に笑う。

 

「あいにく、オレのスカウターはこいつの撮影専用でな」

「この親馬鹿野郎が……! ふざけやがって!」

 

 ドドリアはナッツの方を睨み、脅すように叫ぶ。

 

「なら、お前のをよこしやがれ!」

「そんなにこれが欲しいの?」

 

 そこで少女は、ドドリアがスカウターを着けていない事に気付く。ドドリアの性格からして、無ければ他の兵士から奪ってでも着けるはずだ。それもせず、わざわざ欲しがるという事は、もしかしたら。少女は冷静に思考を組み立てながら、言葉を紡ぐ。

 

「こんな量産型のスカウターに必死ね。まあ全部壊れてしまったのなら、仕方がないのかしら」

「てめえ、何でそれを!」

 

 今お前が喋ったからよ。ナッツは内心で、彼の短慮をあざ笑っていた。

 

「そう、わかったわ」

 

 愛想よく微笑みながらスカウターを外すナッツ。にやけながら手を伸ばすドドリア。

 少女は外したそれを地面に落とし、即座に踏み砕いた。

 

「なっ!? こ、このガキ……!」

「お前達なんかに、これ以上何一つ渡すものですか」

 

 凛とした口調で宣言する。夜のような黒い瞳が、目の前の男を鋭く射抜く。その姿が一瞬彼女の母親と重なった事に、ドドリアは苛立ち、思わず言葉を口にする。

 

 

「あの女、やっぱり他のサイヤ人共と一緒に、殺しておくべきだったんだ」

「……っ! 母様の事なの!?」

 

 自分を馬鹿にした少女が取り乱す様子に、ドドリアは嫌らしく笑って言葉を続ける。

 

「ああそうだ。フリーザ様はベジータだけを生かすつもりでいたが、あの女はガキの頃から護衛とか言って、ベジータの傍を離れなかったからな。死にぞこないだからと見逃していたが、せっかく減らしたサイヤ人がまた増えやがった事に、フリーザ様はご立腹だったぜ。しかもそいつがベジータのような天才児ときたものだ」

 

 ナッツは自分の身体が震えているのを感じていた。昼間だというのに、まるで雨に打たれたように、身体から熱が奪われていくのを感じていた。母親が死んだあの日の情景が、感情が、心の中ではっきりと蘇る。乱れた呼吸を必死に整えながら、少女はかろうじて言葉を紡ぐ。

 

「……一つだけ答えて。3年前のあの日、私の母様に、お前達は何をしたの?」

 

 病状が悪化し、戦えないはずの母様が任務に出たと聞かされて、父様と駆けつけた時、母様は、既に冷たくなっていた。たった一人で、無数の敵を道連れにして。

 

 ドドリアを睨み付ける黒い瞳に、先ほどまでの力は無い。今の彼女はたった5歳の、母親を失った子供だった。

 

「ああ、別に大した事じゃない」

 

 ドドリアはにやにや笑いながら言った。

 

 

「激戦区のあの星に行かなければ、てめえのガキを殺すって言ってやっただけだ。あっさり死ぬかと思ったら、最後に一仕事してくれて助かった……っ!?」

 

 

 肉を貫く音と共に、ドドリアの目が見開かれ、口から血が溢れて言葉が止まる。瞬時に戦闘力を跳ね上げたベジータの手が、正面からその心臓を貫いていた。

 

「ひっ……!」

 

 致命傷を負ったことよりも、目の前の男の激烈な怒りと殺意が恐ろしかった。怯えるドドリアをさらなる衝撃と痛みが襲う。

 

「がっ……!?」

 

 背後に回り込んだナッツの手が、戦闘服を貫き、力を失ったドドリアの腹部に差し込まれていた。ドドリアからは少女の表情は見えない。だが続く声からは、凍えるような冷たさと、死の予感が感じられた。

 

 

 

「お前、母様を死に追いやったばかりか、その死を侮辱したわね」

 

 

 

 少女はありったけの力を手に集め、体内で爆発させる。内部からの衝撃で胴体が丸ごと消し飛び、ドドリアの身体はバラバラになって飛び散った。整った顔と身体に付着した残骸を見て、少女は淡々と呟いた。

 

「汚い花火ね」

 

 

 残骸を身体からはたき落としていたナッツは、父親が膝から崩れ落ちたのを見て、慌てて駆け寄った。

 

「父様! 大丈夫ですか!」

 

 どこか身体の具合でも、と続けようとした少女は、驚愕のあまり息を詰まらせる。父親の頬を涙が伝っていた。誇り高いサイヤ人の王族である父親の、そんな姿を見たのは、彼女の人生で二度目のことだった。父親は涙を流しながら、何かを繰り返し呟いていた。顔に耳を近付けて、聞き取れたのは、彼女の母親の名前だった。

 

「父様、私がいますから」

 

 少女は込み上げてくる悲しみに溺れながら、父親の手を握り、その背中を優しく撫でる。娘の自分では、決して母親の代わりになれないけれど、それでも彼女には、それしかできなかったから。

 

 

 

 そしてしばらくの時間が経ち、二人が言葉を交わして飛び去っていく姿を見て、隠れていたクリリン達が安堵の息をついた。

 

「見つからなくて良かったよ。生きた心地がしなかったぜ……」

 

 クリリンは身体の震えが、まだ収まらないのを感じていた。彼にとってはドドリアよりもベジータよりも、ナッツの方が恐ろしかったかもしれない。直接2度殺され掛けている上に、自分が止めを刺さなかったせいで、地球が滅ぼされてしまうところだったのだ。あんな奴らを出し抜いてドラゴンボールを揃えるなんて無理なんじゃないかと、クリリンは憂鬱な気分になっていた。早く悟空の怪我が治って、合流して来て欲しいと思った。

 

 そこでクリリンは、横にいる悟飯が、飛んでいくサイヤ人達の姿を見上げているのに気付いた。

 

「どうした、悟飯?」

「……あの子、あいつらにお母さんを殺されたって」

 

 悟飯の言葉に、クリリンは難しい表情になる。確かにそれだけなら同情に値するかもしれないが、彼女が大勢の人間を殺してきて、それを何とも思っていない事は、地球でのやり取りと、あの恐ろしい悪の気がはっきりと示している。あんな奴の事まで心配するなんて、優し過ぎて心配だと、クリリンは思った。

 

「……オレ達が気にする事じゃないさ。あんな奴らに関わらない方がいい」

 

 クリリンは気絶したデンデを抱き上げていた。ドドリアが爆発して死んだ瞬間、その衝撃の光景に耐えられなかったのか、意識を失ったのだ。家族である村人を殺された心労もあるのだろうと、クリリンは同情していた。

 

「行こうぜ、悟飯。この子を早く、安全な場所へ連れてってやらないと」

「そうですね……」

 

 そう応えながらも、小さくなっていく少女の背中から、悟飯は目が離せなかった。ナッツが悪い奴なのは間違いない。関わるべきではないという、クリリンさんの言う事が正しい。自分が何をしたいのかわからず、思考が混乱する。

 

 そもそも彼女は、初めて会った時から、訳のわからない変な子だった。地球を侵略に来た怖いサイヤ人の一人だったけど、自分に尻尾が無い事を心配してくれた。ピッコロさん達と戦って死にそうになったのに、楽しかったと笑顔でお礼を言っていた。ごろごろ寝転んで、一緒にいた彼女のお父さんと話をしていた。自分の強さが気に入ったから、戦いたいと言ってくるようになった。

 

 ピッコロさんが死んだ事を責めた時、私を殺せばいいと返されたのは、今でも納得していない。二人で戦うのに邪魔だからとクリリンさんを殺そうとして、酷い奴だと思ったけど、君なんかと戦いたくないと言ったら、いきなり泣き出してしまって、悪い事をしたような気分になった。それから自分と戦っている時の姿がとても楽しそうで、酷い怪我をしても嬉しそうで、そのくせいきなり殺そうとしてきて、悲しそうな顔になっていたのが嫌だった。

 

 算数は意外と得意そうだった。何とか勝って、危ないからとクリリンさんが殺そうとしたけど、自分のわがままで、それを止めてしまった。訳のわからないまま、それでも死んで欲しくないと、思ってしまったのだ。

 

 何故だろうと、悟飯は思う。彼女が同じくらいの歳の子供だったから? 形はどうあれ、自分に好意を持ってくれているから? 彼女がお父さんと同じサイヤ人で、どこか似ているところがあったから? いくら考えても、答えは出なかった。

 

 悟飯は彼女について、知っているようで、ほとんど何も知らなかった。彼女が自分と全く違う人生を歩んできた事は、はっきりとわかる。自分は家族を殺された事もないし、人を殺した事も、他の星を侵略したこともない。わからない事ばかりだけど、彼女のことを知りたいと悟飯は思った。殺す殺さないの最中でなく、落ち着いて話がしたかった。

 

 

 悟飯はナッツ達の飛んでいく先に、ナメック星人達の村があるのを感じていた。彼らもきっと、ドラゴンボールが目当てなんだろう。悟飯は地球で会った少女が、さっきの奴らと同じように、ピッコロさんにそっくりなナメック星人達を殺す姿が、ありありと想像できた。彼女は悪い奴だから、きっと楽しんで、笑いながらそうするのだろう。返り血に塗れたナッツの笑顔を想像して、悟飯は不意に胸が高鳴るのを感じた。

 

「……え?」

 

 いやいやいや。何だこれ。駄目だろうそれは。いけない事だ。自分は何を考えているのか。困惑しながら悟飯は、ふと気付いてしまう。つまり自分は、彼女が楽しそうに笑う姿を見たいのだ。

 

(えええ……?)

 

 自分の内に芽生えた感情を自覚した悟飯だったが、できれば人に迷惑を掛けない形で、笑って欲しいと思い直す。そして彼女が悪い事をしようとしているのなら、自分が止めなければならない。地球でそう言ってしまったし、そもそもピッコロさん達を生き返らせるためには、ドラゴンボールが必要なのだ。

 

「クリリンさん、ボク、あいつらの後を追ってみます」

「やめとけよ! お前に何かあったら、悟空やチチさんに何て言えば……」

 

 慌てて止めようとするクリリンだったが、悟飯の表情に、強い決意がみなぎっているのを感じて、思わず息を呑む。

 

「地球であの子に言ったんです。悪い事をしようとたら、ボクがやっつけて止めるって。それに、もしかしたら隙を見て、ドラゴンボールを手に入れられるかもしれませんから」

 

 クリリンは考える。確かにあの少女は、悟飯に対して強い執着を見せていた。自分では無理だが、悟飯一人なら、たとえベジータがいたとしても、殺される可能性は低いと思われた。それにここで悟飯を行かせないのは、ベジータ達が狙っているドラゴンボールを諦める事に等しかった。いくらボールを揃える事が難しくても、最初から諦めてしまうのでは、死んでいった仲間達に、申し訳が立たなかった。

 

 しかしだからといって、こんな子供を一人で行かせていいのかと苦悩するクリリンに、悟飯が声を掛けた。

 

「クリリンさんは、その子をブルマさんの所へ連れて行ってあげてください」

 

 気遣われたのだと、そう思って、クリリンは辛そうに口を開く。

 

「……悪いな、悟飯。正直、あのナッツって奴の気を感じるだけで寒気がするんだ」

「? ベジータさんに比べれば、そこまで悪い感じではないですよ?」

 

 確かにビリビリとした感じはするが、あれがあの子の気だと思うと、むしろ安心できると悟飯は感じていた。

 

「えっ」 

 

 クリリンが一瞬、変な子を見る目で少年を見る。まさかこれは、そういう事なのか。悟飯ちゃんが不良になっちまったと、チチさんが心配していた意味が、わかったような気がしたが、気を取り直して言葉を続ける。

 

「危なくなったら、すぐ帰ってこいよ」

「はい、ブルマさんによろしくお願いします!」

 

 そう言って、どこか生き生きとした様子で飛んでいく悟飯の姿を見ながら、ブルマさんと、あともしかしたら、チチさんへの言い訳も考えないとなあと、クリリンは苦笑していた。




 というわけでナメック星編の第2話です。
 ドドリアとの会話はサイヤ人編の頃からずっと温めてたシーンなので書けて良かったです。

 書いてみたら予想以上に重い雰囲気になったのですが、次の話はもう少し、明るい感じになるかなあと思います。じっくり書いてますので時間は掛かるかもしれませんが、よろしければ、どうか気長にお待ちください。

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