あるサイヤ人の少女の物語   作:黒木氏

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3.彼女が村を襲う話

 ナメック星人達の村へ向かって二人が飛び始めてから、一時間ほどが経過していたが、ナッツはまだ父親の口数が少なく、いつもより元気が無い事を気にしていた。

 

(母様が死んだ時の事を、思い出してしまったのね……)

 

 正直、自分も気持ちが沈んでいる。せっかくの戦いの前なのに、こんな状態では存分に楽しめない。何か気分転換をしたかった。

 

 ナッツは眼下の海を見る。観光地とまではいかないが、この星の文明レベルからして、工業汚染の心配は無いだろう。少女は笑顔を作って、父親に声を掛ける。

 

「父様、戦闘服が汚れてしまいましたし、少し洗いませんか?」

「あ、ああ。なら、どこかに降りるか……」

 

 娘に話しかけられたにも関わらず、ベジータはどこか上の空といった様子だった。フリーザ軍の医師が見たならば、即座にメディカルマシーンでの精密検査を勧めるだろう異常事態だ。

 

「こっちです、父様」

 

 少女は父親の手を引き、飛ぶ速度を維持したまま高度を下げ、海面へと近づいていく。

 

「ナッツ、一体これは……」

「大きく息を吸ってください! 父様!」

 

 少女は肺いっぱいに空気を吸い込む。父親もそうしたのを確認すると、その手を引いたまま、一気に海中へと潜り込んだ。

 

 ベジータは突然の娘の行動に驚きながらも、彼の手を引くナッツに促され、周囲を見渡した。やや緑色の透き通った水の中で、海面からの光に照らされ、様々な種類の魚や生き物が、彼らの周囲を泳いでいるのが見えた。

 

 水の抵抗で、ややゆっくりになった速度で、彼らは輝く海の中を飛んでいた。魚の群れを追い越しながら、娘が振り向いて、楽しそうな笑顔を見せていた。まるで話にだけ聞いている、遊園地のようだと思った。

 

 息が続かなくなるまで潜った後、二人は海面へと上昇し、再び空に出る。彼らの身体や戦闘服の汚れも、顔に残った涙の跡も、すっかり洗い流されていた。吹き付ける風と暖かな陽の光が、濡れた身体をあっという間に乾かしていく。速度を落とさず飛び続けながら、少女は得意げな顔で父親を見る。

 

「どうですか父様! 汚れた時、私はいつもこうしてるんです!」

 

 さっぱりするし、早いし楽しいです、とナッツは続けた。ベジータは、娘が自分を慰めようとしてくれた事に気付いて笑う。父親として、いつまでも落ち込んでいるわけにはいかなかった。

 

 

 やがて村の近くに着いた二人は、高度を下げて、見晴らしの良い近くの丘へと降り立った。

 

「ナッツ。村の連中はお前に任せる。好きに暴れろ。オレはその間にドラゴンボールを回収する」

「はい、父様」

 

 少女は戦いへの期待に満ちた、獰猛な笑みを浮かべる。村からは戦闘力3000程の気配がいくつも感じられた。地球に行く前の自分なら、パワーボールを使わなければ厳しい戦力だったが、今の自分なら勝てるはずだ。ナッツは元からサイヤ人として、戦う事が好きだった。そして今は、彼らを殺して戦闘力を上げた分だけ、フリーザへの復讐に近づけるのだ。

 

「……ん?」

 

 その時ベジータは、何かの気配を感じた気がして、周囲を見渡した。戦闘力は感じられないが、多くの戦場を潜り抜けた彼の直感が、警鐘を鳴らしていた。

 

「どうしました? 父様」

「いや、気にするな」

 

 父様がそう言うのなら、大した事ではないのだろう。ナッツは隠れながら、村の様子を観察する。10軒にも満たない住居と、畑のみで構成された小さな村だった。牧歌的な風景だが、不穏なざわめきが、少女の耳をついた。多くの村人達が、何かを遠巻きにしているのが見える。

 

「あれは……!」

 

 ざわめきの中心、少女が目を向けた先に、二人組のフリーザ軍の兵士がいた。

 

 

 

「早くドラゴンボールを出しやがれ! この村にあるのは判ってるんだ!」

「出さねえと、このガキを殺しちまうぞ!」

 

 兵士の一人が幼いナメック星人を人質に取り、手に嵌めたエネルギー射出装置の銃口を突きつけている。

 

(あいつら、まだスカウターを持ってる……!)

 

 ナッツは想像する。あの二人はおそらく偵察役。偶然村を見つけて、自分たちの手でドラゴンボールを入手し、手柄を挙げようとでも考えたのか。

 

 人質に取られた子供が泣いていた。ナメック星人達は歯噛みしながらも、手が出せないでいる。彼らは全員が最長老の子供であり、血を分けた兄弟も同然なのだ。しかし、こんな卑劣な手を使う奴らにドラゴンボールを渡すわけにもいかず、状況は膠着していた。

 

 そして晴れた陽の下で、少女の耳にだけ、雨の音が聞こえていた。悲しみと怒りと、身体が冷える感覚がないまぜになって、呼吸が荒くなる。

 

 ナッツは星を攻略する過程で、子供も数えきれないほど殺してきたし、それについては、今この瞬間も何も思っていない。ただ今目の前で、フリーザ軍の奴らが、子供を虐げている姿に、どうしようもなく胸がむかむかしてならなかった。あの泣いている子供は、3年前の自分だった。

 

 

 動かない状況に、苛立った兵士の一人が手を振り上げる。

 

「このガキが痛い目を見なきゃ、わからねえようだなあ!」

「……っ!」

 

 幼いナメック星人が思わず目を閉じた次の瞬間、彼を拘束していた兵士の首が宙を舞った。首を失った兵士の身体が力を失って倒れ、拘束されていた子供が自由となる。恐る恐る目を開けた彼が見たのは、黒い奇妙な鎧を纏った少女の姿。凍えるような、冷たい声で告げる。

 

 

「子供を人質に取るのが、よほど好きなのね。お前達」

 

 

「き、貴様、ベジータの娘……」

 

 怯え後ずさる兵士の顔面に、跳躍したナッツの裏拳が叩き込まれ、頭の上半分を吹き飛ばした。

 言葉を失い、崩れ落ちる兵士に向けて言い放つ。

 

「喋って良いって、言った覚えはないわ」

 

 少女は倒れた彼らの身体に赤いエネルギー波を放ち、完全に消滅させた。

 その死体すら、残したくなかった。

 

 

「あなた、大丈夫?」

 

 ナッツはまだ震えているナメック星人の子供に、手を差し出した。彼は怯え、息を呑む。返り血を浴びた少女の姿は、彼を拘束していた兵士達よりも恐ろしく見えた。けどその声は先ほどまでと違って、とても穏やかなものだったから、おずおずと、差し出された手を握った。

 

 次の瞬間、村人達から歓声が巻き起こる。彼らはナッツの周囲に駆け寄り、次々に感謝の言葉を投げかける。

 

「何と言う強さだ!」

「よくぞ、この子を助けて下さいました!」

 

 ナッツはそんな彼らに困惑しながらも、悪い気はしていなかった。大勢の人々からここまで率直に感謝されるのは、彼女の今までの人生にない経験だった。思わず頬が緩んでしまったが、すぐに自分の目的を思い出す。

 

(……って、ドラゴンボール。父様を不老不死にして、フリーザの奴に復讐するのよ)

 

 頭を振って気持ちを切り替え、周囲の村人に向けて、冷酷なサイヤ人の顔で言い放つ。

 

「勘違いしないで欲しいわ。私もこの村に、ドラゴンボールが目当てで来たのよ」

 

 その言葉に、先の兵士達の狼藉を思い出し、静まり返る村人達。強張る彼らの顔を眺めながら、残酷な笑みを浮かべて宣言する。

 

「さあ、この村で一番強い奴を出しなさい!」

 

 そいつから殺してあげるから、と続けるつもりだったが、それより早く、先ほどよりも大きな歓声が巻き起こり、ナッツは思わず面食らってしまう。

 

「ちょっと、あなた達……?」

 

「力の試練に挑む旅人が現れた!」

「戦いの準備を!」

 

 村人達がやや遠巻きにナッツを囲み、あっという間に少女を中心とした直径10メートルほどの輪が完成する。戸惑うナッツに向けて、一人の大柄なナメック星人が進み出る。その姿を見た少女の背筋に、ぞくりと甘い震えが走る。

 

(こいつ、戦闘力が4000近い……!)

 

 思わぬ強敵に目を輝かせるナッツに対し、彼は無言のまま、感情の読めない顔で佇んでいた。

 その後ろに立つ年老いたナメック星人が、朗々とした声で宣言する。

 

「これなるは力の試練の番人! 戦闘タイプであるネイルには及ばぬまでも、ナメック星第二位の力自慢!」 

 

 村人達の歓声が上がる。番人と呼ばれた大柄なナメック星人が、無表情のまま、両腕を高く掲げてアピールする。

 

「ドラゴンボールを求めて試練に挑む旅人よ! 名乗るがいい!」

 

 期待を含んだ皆の視線が少女に集まる。

 あ、これってそういうマナーなのね、とナッツは思った。マナーならば、従わなければ失礼だ。

 

 村人達の輪の中に、いつの間にか参加している父親を見る。

 ここでマナーを破ったりしたら、私だけでなく、父様の名誉まで傷ついてしまうだろう。

 

 ナッツは胸に手を当て、王族っぽい高貴なポーズと共に宣言する。

 

「私の名はナッツ! サイヤ人の王子である、ベジータ父様の娘よ!」

 

 歓声と共に、少女の名前が何度も叫ばれる。父親も手を振り上げて娘の名を叫びながら、その光景の一部始終をスカウターで撮影し、同時にデータを宇宙船に送信して保存していた。数年後にこの映像を見せられ、羞恥のあまり絶叫するナッツについてはまた別の話だ。

 

 

「相手を輪から出すか、負けを認めさせれば勝利! また相手を殺めた場合、失格とする!」

 

 長老の宣言と同時、二人の戦士が地を蹴り、激突した。

 

「はああああっ!!!」

「ぬぅん!」

 

 最初に二つの拳が正面からぶつかり合い、大気が弾ける音と共に発生した衝撃波が村人達をよろめかせる。後方へと弾かれた少女は、両足で地を削って勢いを殺し、今の一撃で痺れた右手を軽く振った。

 

(戦闘力は私の方が上だけど、こいつはナッパと同じでパワー重視のタイプ。正面からだとやや不利かしら)

 

 油断ならない相手だと、ナッツは気分が高揚するのを感じていた。少女の身体を流れる戦闘民族の血が、歓喜に叫んでいた。

 

 ナッツの身体がぶれながら消え、一瞬後、番人の背後に現れて、その後頭部を蹴り飛ばす。番人は無表情のまま少女の足を掴もうとするも、その姿がまた消失し、今度は正面から腹部に拳の連打が叩き込まれる。

 

「ぬうっ!」 

 

 鍛えられた肉体のぶつかり合う音が響く。目視できない速度で攻撃を続けるナッツに対し、番人は防御を固めて攻撃を待ち構え、カウンターを狙っていく。

 

 少女の攻撃数発につき、番人が一撃を返す。重い打撃を紙一重で回避し、戦闘の興奮に酔いながら、ナッツは目の前の相手を、今はもう会えない、自分の知り合いと重ねていた。

 

 

 目の前の番人は、どこかナッパを思わせた。彼と本気で戦ったら、こんな感じになったのだろうか。思えば彼は子供の頃から、自分を優しく見守ってくれていた。それなのに、自分はそっけない態度をとってばかりだった。

 

 私はこんなに強くなったから、もう心配はいらないと、ナッパに言ってあげたかった。

 彼が死んでしまった事が、なぜか今頃になって、少し悲しく思えた。

 

 

「ぬおお!!」

 

 怒りを含んだ番人の叫びに、ナッツの思考が現実に戻る。その声はまるで、自分を見ろと言っているようだった。

 

 目の前に番人の大きな拳が迫っていた。ナッツは避けようとしたが、足が動かせない事に驚愕する。足元を見る。黒いブーツが、番人に踏み付けられていた。

 

 拳が直撃し、小さな身体が木の葉のように高く宙を舞う。観客と父親、そしてもう一人の悲鳴が上がる。

 

 落ちるナッツは空中で意識を取り戻し、身体を回転させて猫のように着地し、切れた口から流れる血を手の甲で拭う。身体がふらつくのを堪えながら立ち上がり、番人に対して頭を下げた。

 

「ごめんなさい。他の相手の事を考えるなんて、あなたに失礼な事をしてしまったわ」

 

 番人が無言で頷き、謝罪を受け入れたのを確認し、少女は歯を見せて、獰猛な笑みを浮かべた。

 

「お詫びにここからは、あなたの流儀に合わせてあげる……!」

 

 ナッツの戦闘力が、一瞬で限界まで上昇する。まだ戦闘力を下げる事は苦手だったが、上げる速度には自信があった。

 

 少女は力強く地を蹴り、正面から一直線に番人へと向かっていく。番人もそれに応え、大柄な身体に見合わぬ速度で走り出す。二人の拳が交差し、互いに相手の身体に直撃する。

 

「ああああっ!!!」

「ぬううう!!」

 

 叫びながら、彼らは再び互いに拳を構え、相手の身体へと叩き込む。互いにダメージを意に介さず、回避も防御もせずただ殴り合い続ける。それは二人の戦士の、意地と意地とのぶつかり合いだった。村人達が二人の名を何度も叫ぶ。父親の声が、少女の耳に、一際大きく届いていた。

 

 やがて十数回目の拳が交わされた後、全身を紫色の血で濡らした番人が、小さく笑った。

 

「お前の……勝ちだ……」

 

 大柄な身体がぐらりと揺れ、そのまま地面に崩れ落ちる。

 満身創痍のナッツは、全身から血を流し、大きく息をつきながら、同じように笑った。

 

「あなたも強かったわよ。私と戦ってくれて、ありがとう」

 

 

 長老が頷き、少女の手を取り、高々と掲げて宣言した。

 

「この勝負、番人の降伏により、ベジータの娘、ナッツの勝利とする!」

 

 わああ、と、大歓声が巻き起こる。父親が駆け寄って来るのを迎えようとして、ナッツは自分の足がふらつくのを感じた。戦いの高揚が収まるにつれ、ダメージと疲労が襲い来る。限界を超えた少女の身体がゆっくりと倒れていく。

 

 薄れていく意識の中で、ナッツは不用意に手傷を負ってしまった事を後悔していた。この星にはメディカルマシーンなど無く、フリーザ軍にも、もう戻れないというのに。

 

(とっても楽しかったけど、ちょっとこれ、やっちゃったかしら……)

 

 

 

 

 どのくらいの時間が経ったのか。ナッツは温かな、心地良い感覚の中で意識を取り戻した。目を開くと、ナメック星人の子供が、横たわる自分の身体に手を触れていて、その部分から温かな光の粒子が舞い、全身を優しく包み込んでいた。ぼんやりと心地良い感覚に身を任せているうちに、少女は身体の痛みがすっかり消えている事に気が付いた。

 

 少女はゆっくりと身を起こし、自分の身体を確認する。先ほどの戦いで負った傷がすっかり癒えて、体力も元通りになっていた。以前よりも、全身に力が溢れている気がした。ナッツは自分を心配そうに見つめる子供に質問する。

 

「この治療は、あなたがやったの?」

「はい。どこか痛む所はありませんか?」

 

 見ると倒れていた番人も、別の村人に癒され、起き上がっている所だった。

 

「大丈夫だけど、私が倒れてから、どのくらい時間が経ったの? あと父様は?」

「2.3分だと思いますよ。お連れの方でしたら、フリーザのメディカル何とかを襲う準備をすると仰ってましたが」

 

 父様は止めてこないと。それはそれとして、ナッツは戦慄する。たったそれだけの時間で負傷を治せる力の軍事的な価値を、彼女は正しく理解していた。それはナメック星人の一人一人が、どんな最新型のメディカルマシーンにも勝るという事だ。素早い治療が可能な上に、大きな機械よりも簡単に、どこにでも連れて行ける。

 

(価値の無い星なんてとんでもない! フリーザの奴がこんな力を知ったら、全員捕まえて奴隷にするに決まってる……!)

 

 それは当然、この幼いナメック星人の子供も例外ではないだろう。少女は彼の頭を撫でながら、優しい口調で告げる。

 

「ありがとう。けど、その傷を治す力を、他人の前で使っては駄目よ。悪い奴らに狙われるわ」

 

 頷く子供の姿を見ながら、悪い奴ら、どの口がそれを言うのかと、ナッツは内心自嘲していた。

 

 

 

 それから少女がフリーザの宇宙船へ向かおうとしていた父親を止めるなどした後。村人達と番人と父親が見守る中、長老らしきナメック星人が宣言する。

 

「力の試練を乗り越えた勇者に、ドラゴンボールを授ける!」

 

 長老の手で高く掲げられたドラゴンボールは、一抱えほどの大きさで、中に4つの星のマークが見えた。長老は幼いナメック星人にボールを渡し、少女の方を手で示して促す。彼はナッツの前まで歩き、輝く瞳で少女を見上げ、手にしたボールを差し出しながら言った。

 

「おめでとうございます、勇者様! それと先ほどは助けて下さって、ありがとうございました!」

「……どういたしまして」

 

 少女がボールを受け取ると、村人達が一際大きな歓声を上げ、喜びと祝福の言葉を口にする。 

 

「試練の番人が倒されるなど、何年ぶりのことか!」

「卑劣な輩ではなく、正しき者の手にボールを託すことができて良かった……!」

「勇者殿の願いが叶うことを、祈っておりますぞ!」

 

 自分に向けられる賞賛の声を聞きながら、少女は釈然としない思いを抱えていた。自分も結局、あのフリーザ軍の兵士と同じなのだ。あんな事さえなければ、私はきっとあなた達を殺していたというのに。真っ直ぐな感謝の念に耐えきれず、ナッツは村人達から目を逸らしながら、長老に向けて言った。

 

「さっき私が殺したあいつらは、ドラゴンボールを集めて不老不死を狙う悪党の手下よ。きっとまた来るわ」

 

「ええ、存じております。他の村からの連絡が次々に途絶えて、我々は村を捨てて隠れようと準備をしていたのですが、一足遅くあのような事に……。あなたが来て下さらなければ、この子を見捨てるか、ドラゴンボールを奴らの手に渡してしまうしかなかったでしょう」

 

 長老は深々と頭を下げる。これ以上は耐えられなかった。

 

「やめて。私は……!」

 

 正しき勇者なんかじゃない、そう言い掛けた少女を長老は素早く手で制し、小さな声で告げる。

 

 

「たとえあなた方が悪しき力の持ち主であろうと、あの子を救ってくれた事に、変わりはありますまい」

 

 

 少女は息を呑む。長老の目は、全てを見透かしているように見えた。ナッツは口の端を上げ、皮肉げに笑う。

 

「最初から、知ってたってわけね」

「誤解しないで頂きたい。あなたが相応しいと認めたから、私はドラゴンボールを託したのです」

 

 そうでなければ、壊していましたと長老は言い、そう、と少女は返す。

 

 ナッツは家から荷物を運び出している村人達を、物憂げな顔で見つめる。先ほどまで彼女を応援し、祝福してくれていた人々を。

 

 長老は少女の考えている事を察して言った。

 

「大体の者は、気付いておったでしょうな」

「……それでいいの?」

 

 いいのですよ、と長老は小さく笑う。 

 

「ここは力の試練の村。よほど邪悪な者でなければ、強い者が尊ばれるのです」

 

 ナッツはそれを聞いて微笑んだ。その言葉は、彼女の考え方とも合っていたから。それに応援してくれた村人達を、騙さずに済んだ事が嬉しかった。

 

 

 少女は改めて、楽しげな様子で、避難の準備をしている村人達を見る。彼らが持ち出しているのは、衣服や苗木のようだった。

 

「あの木があなた達の食料なの?」

 

「いえ、我々は水だけで生きられます。あのアジッサの木は、かつての緑豊かなナメック星を取り戻すために植えるのです」

「水だけで……!?」

 

 ナッツは驚く。つまりそれは、他の生き物を殺さずとも生きられるという事だ。彼らは他者と争い、奪わなくても生きていける、穏やかな種族なのだ。水だけでは栄養が足りないだろうから、きっと植物のように太陽の光も必要なのだろうけど、それならこのナメック星には3つもある。

 

 何でも叶えるドラゴンボールなんて物があったら、願いを巡って争いになるだろうと思っていたが、納得がいった。生きる為に必要なものが全て揃ったこの星で、彼らは多くを望まず、ひっそりと平和に生きてきたのだろう。

 

 奪って殺すだけのフリーザ軍や、サイヤ人とは全く異なる種族だった。ナッツは自分が戦闘民族である事に誇りを持っていたし、強い者が偉いという価値観を持ってはいたが、それでも実際に接してみて、彼らのような生き方も、尊重されるべきだと思った。

 

「欲の無い種族なのね、あなた達」

 

 

 微笑むナッツを見て、長老は考える。この者とその父親は確かに悪しき者ではあるが、それでも自分の気掛かりを、託せるのではないかと思えた。

 

「差し支えなければ、あなたが叶えようとしている願いを、教えてはもらえませんかな?」

 

 確かめる必要があった。願いがあまりに邪悪で身勝手なものなら、あの方に会わせるわけにはいかない。

 

「父様を不老不死にしてもらうの。フリーザを殺して、母様の仇を討つために」

 

 一瞬で、少女の声から温度が消える。瞳が濁り、穏やかだった表情が憎しみの色に染まる。

 

 その様子を見て、彼女の言葉に嘘はないと長老は確信した。復讐という目的は清廉潔白とまではいかないが、宇宙の支配や単純な私利私欲を願う者よりはましだろう。

  

 

「……あなた方に、最長老様の事を、お願いしてもよろしいですかな。ドラゴンボールにも関わる話です」

「最長老? 長老という事は、その人もドラゴンボールを持っているの?」

 

「はい。最長老様はドラゴンボールをお作りになられた方。またこの星の全てのナメック星人を、お産みになられた方でもあります」

「ええっ!?」

 

 ナッツは驚愕する。この星のナメック星人の数は、確か100人前後だという。その全員を?

 

「あなた達のお母様、凄い人なのね……」

「我々ナメック星人に、男女と言った区別はありません」

 

 その言葉に首を傾げる少女に向けて、長老は続ける。

 

「かつてこの星が異常気象に見舞われた時、ただ一人生き残った最長老様が我々を産み、ナメック星をここまで復興させて下さったのです。しかし我々が全て殺されてしまっては、最長老様のした事が無に帰してしまいます。我々はこれからバラバラに別れて気配を消し、このナメック星の各地に隠れるつもりです。そうして一人でも生き残れば、かつての異常気象の時と同じく、またナメック星は蘇るでしょう。だから心配はいらないと、最長老様に伝えて欲しいのです」

 

 長老にできる事は、それしかなかった。他の村の者達が死んでしまった事を、最長老様は悲しんでいるだろう。できれば自分の村だけでも全員を救いたかったが、それでナメック星人が全滅してしまっては、本末転倒だった。

 

「わかったわ。最長老という人に、その言葉を伝えてあげる」

「ありがとうございます。最長老様のお住まいは、あちらの方角です。村ではなく、護衛の者と二人で暮らしております」

 

 ナッツは示された方へ向けて、意識を集中する。とても遠くで、言われなければ気付くのは難しかっただろう。とても小さいが、不思議な感じのする気配。そしてもう一つの気配を感じ取った瞬間、少女の背筋に震えが走る。ザーボンやドドリアよりも、彼女の父親よりも、遥かに大きな気配だった。

 

「何これ……。この大きな気配も、ナメック星人なの!?」

「ネイルという戦闘タイプのナメック星人ですな。気難しい者ですが、この私、ツーノ長老からの言伝があると伝えれば、無下にはされないでしょう」

 

 少女はその言葉を聞いて安堵し、思わぬ幸運に内心微笑む。尻尾を失い、大猿になれない今の自分達では、たとえ自力で彼らの居場所を見つけたとしても、手が出せなかっただろう。

 

 

「何か他に、聞いておきたい事はありますかな?」

 

 長老からそう言われて、ナッツは先ほどから疑問に思っていた事を口にした。

 

「子供を作るのなら、二人生き残る必要があるんじゃないの?」

 

 男と女が一緒にお風呂に入ると子供ができるって、母様が言っていた。父様から一緒に入ろうと誘われた時、そう言って断ったら頭を抱えていたけれど、頭が良い子だと褒めてくれたのだ。

 

「我々は一人で、口からタマゴを産んで子供を作るのです」

「本当に、私達とは別の生き物なのね……」

 

 宇宙は広いと、改めて少女は思った。

 

 

 長老や試練の番人、助けたナメック星人の子供、それから他の村人達と記念撮影をした後、彼らに見送られ、手を振り返しながら、ナッツ達は村を後にした。陽はまだ高く昇っていたが、時刻はもうすぐ夕方であり、二人は歩きながら、休める場所を探していた。

 

「楽しかったか? ナッツ」

 

 はい、と反射的に答えた後で、少女は自分の言葉に驚いてしまう。

 

「……でも、あれで良かったんでしょうか? その、サイヤ人として」

 

 父様が一人だったら、彼らを皆殺しにしてボールを奪っていただろうし、私だって、同じ事をするつもりでいた。それがサイヤ人として、正しいやり方だ。

 

「じゃあ、今から戻って、あのナメック星人共を殺すか?」

「嫌です」

 

 ナッツは、はっきりとそう言った。彼らを殺したくはなかった。他の人間なら何百万人殺そうと構わないが、あの村人達を自分の手で殺すなど、考えたくもなかった。しかしそうした考えは、サイヤ人としてどうなのだろうかと、少女は悩み、その表情を曇らせる。

 

 ベジータは、そんな娘を見守りながら考える。サイヤ人である事に誇りを持ち、それに相応しく、凶暴かつ冷酷であろうとする娘のことを、彼はとても好ましく思っていた。が、そうした行動を続けた結果、サイヤ人は滅んでしまったのだ。

 

 惑星ベジータに、破壊神ビルスとその付き人が来た日の事を思い出す。サイヤ人達の無秩序な破壊のせいで、宇宙のバランスが崩れてしまったから、星ごと破壊しに来たと、奴は言っていた。スカウターに何の反応も無いにも関わらず、フリーザの何百倍、何千倍、いや、そんな尺度で表せないほどの絶望的な力を持っていると、はっきりと理解できた。

 

 見た者全員が怯えて動けず死を覚悟した中、彼の父親であるベジータ王だけが跪き、必死に饗応して許しを請い、かろうじて見逃されたあの日の事は忘れない。

 

 娘がサイヤ人らしく生きて力をつけ、仮にフリーザをも倒せたとして、その行く末に、いつか奴が再び現れるかと思うと。杞憂かもしれないが、その不安が彼の中にあった。

 

 父親は言葉を選びながら、ゆっくりと口を開く。

 

「ナッツ、そんなに悩む事じゃない。お前は自分の好きなように生きればいいんだ」

「父様、それは一体、どういう意味ですか?」

 

「言葉通りの意味だ。お前は立派なサイヤ人だが、だからといって、常に相手を皆殺しにする必要はない」

「はい。星を攻める時、少しは住人を残しておいた方が、高く売れる時もありますね」

 

 その辺りの匙加減を考えるのが面倒で、いつもつい全滅させてしまうのだが、ナメック星人のような価値のある宇宙人もいるのだ。これからはやっぱり、より上手な星の滅ぼし方を学ばなければならないという事だろう。

 

 納得したような娘の表情から、考えている事を何となく理解したベジータは、内心頭を抱えていた。微妙に違う、そうじゃない。

 

「ナッツ、お前はあの村の奴らを殺したくないと言った。それは決して悪い事ではないんだ。お前は殺したい時に、殺したい奴を殺せばいい。だが殺したくない奴まで、無理に殺そうとする必要はない」

「けど、父様、それは……」

 

 少女は思う。私は戦う事が好きだし、殺し合いも、星を滅ぼす事も好きだ。誰に強制されたわけでもなく、心の底からそう思っている。そんな自分が、相手を殺したくないなんて。そんな悟飯のような、優しい心を持ってしまってもいいのだろうか。

 

「だからといって、カカロットのガキのように、良い子ちゃんになる必要も無いんだ」

 

 近くの茂みが小さく揺れるが、父親の話に夢中の少女は、それに気付かない。

 

「ナッツ、オレはお前が好きなように生きて、幸せになってくれれば、それでいい。お前は何をしてもいい。好きなように助けて、好きなように殺せばいい。勝手だと文句を言う奴は、力で黙らせてしまえばいい。お前にはその力がある」

 

 お前は自由だと、父親は言った。少女はまだ戸惑っていたが、自分の好きな事をしてもいいと、自分を想って言ってくれている事は、はっきりと理解できたから、嬉しくなって、花が咲くように微笑んだ。

 

「ありがとうございます、父様。私なりに、いろいろと考えてみる事にします」

「ああ。やりたい事をやればいい。何だったら、これが終わったら、地球にでも住むか?」

 

 おどけたように、父様が笑う。それはとても魅力的な考えだったけど。

 

「……フリーザが死んでから、考える事にします」

「……そうか」

 

 やはりオレが不老不死を得て、いや、それが無理でも、いつか必ずフリーザを殺さなければならないと、父親は改めて決意した。 

 

 

 

「……で、いつまでそこに隠れていやがる」

 

 ベジータが近くの茂みへエネルギー波を撃つ。一瞬で茂みが焼失し、隠れていた少年の姿が露わとなる。それを見たナッツの顔が、ぱあっと輝いた。

 

「悟飯! やっぱりナメック星に来てたのね!」

「な、何で……?」

 

 気は完全に消していたはずなのに、どうして居場所がバレたのか。混乱する悟飯の頭を、ベジータは逃がさぬようがっしりと掴んだ。

 

「確かに戦闘力は感じられなかったが、不用意に何度も動いていたからな」

 

 それも決まって、娘が何か喋ったり活躍したりした時だ。要するに、自分と同じタイミングで身を乗り出していた。つまり、そういう事か。

 

 身を屈め、悟飯と目線を合わせたベジータが、笑顔で肩に手を回す。

 

「なあ、悟飯。生き残ったサイヤ人は、オレ達4人だけだ。仲良く話をしようじゃないか」

 

 それはとてもいい笑顔だったが、殺される、と震えながら悟飯は思った。




Q.村襲ってないじゃん。
A.先客いなければ襲ってたから……。(震え声)


 今回はかなりのオリ展開です。書いてるうちにツーノ長老の出番が3倍くらいに増えました。
 今後も結構オリ展開が続く予定なのですが、原作キャラの強さや性格はなるべくいじらず、不自然にならないように書いていきたいと思います。

 村を襲っていた二人組の兵士は、原作でナメック星に到着した直後に悟飯とクリリンに遭遇して返り討ちにされた人達です。
 原作では雑魚敵って感じで割と気軽に倒されてるんですが、この物語の話の流れで悟飯があっさり殺すのは何か違うなあと思ったので死因が変更されました。

 あと一応整理しておきますと、ナッツの母親が死んだのは3年前ですが、ナッツはその頃3歳で、今5歳です。サイヤ人編で地球に行く際に1年間眠っていて、その間は歳を取っていないのでこういう形になっています。ややこしい……。


 それとたくさんのお気に入り、評価、感想などありがとうございます。続きを書く励みになっております。

 投稿し始めた頃は「無理だと思うけど、お気に入りが200行ったらナメック星編も書こうかなあ」って思ってましたが、実際にはナメック星編を書いてたらお気に入りが200超えたので、感謝すると同時に何だか面白いなあと思っております。

 次の話はまあ、ちょっと甘酸っぱい感じになる予定です。
 投稿はゆっくりになるかもしれませんが、どうか気長にお待ちください。


【ツーノ長老】
 ドラゴンボールで唯一生き返れなかった村の人。
 サイヤ人編を書いてた頃の下書きではナッツにあっさり殺されていた。

【力の試練】
 原作でフリーザ様がムーリ長老に言ってたやつ。力比べや知恵比べなどがあるらしい。
 どこの村でどういう試練をやっていたかは原作で言及されていなかったのを良い事に、この話ではツーノ長老の担当ということになった。

【力の試練の番人】
 オリキャラ? いいえ、原作キャラです。あの村にいたあの人ですよ。
 まあベジータにコマ外で殺されていたかもしれませんが。
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