最初に拳が振るわれたのは、悟飯との会話が始まってから十数秒後の事だった。会話の内容は覚えていない。とにかくこいつを殴りたかったのだ。
「まずこれは、オレの娘を誑かした分!」
悟飯を殴り付けながら、ベジータは回想する。母親を亡くしてから、笑う事の少なくなった娘に、自分は何をしてやれるか考えていた。今は自分が見てやれるが、一生父親にべったりというのは、やはり良くないと思っていた。生まれつきの病気で弱り、死に向かうだけだったあいつが、自分の前では、とても幸せそうだったから。娘にも、似合いの相手を見つけてやりたかったのだ。
「そしてこれは、娘を傷付けてくれやがった分!」
さらに殴る。できるなら相手は同じサイヤ人が望ましかったが、ラディッツは戦闘力に難があり、ナッパは歳が離れすぎている。惑星ベジータが消滅し、生き残りが数名になった時点で、サイヤ人という種族は実質既に滅んでいる。混血によって数だけなら増やす事はできるかもしれないが、血は薄れていく一方だろう。だから娘が選んだ相手なら、受け入れるつもりでいた。
「ナッツの大事な尻尾を切ってくれやがった分!」
力を込めて殴る。そこに現れたのが、ラディッツに痛手を与えたカカロットの息子だ。年齢も近い。地球人との混血という話だったが、黒目黒髪に高い戦闘力、それに尻尾まで生えたのだから、肉体的には、ほぼサイヤ人に近いのだろう。娘は奴を気に入ったようだったし、奴の方も、まんざらではなさそうだった。
地球に行って奴と会ってから、ナッツは見違えるほど明るくなった。娘の幸せのためには、良い事なのだとわかっている。わかってはいるが。
(だが、なぜオレの可愛い娘を、ぽっと出の下級戦士のガキに渡す必要がある……!!)
気にいらなかった。娘が他の男を見ている事が腹立たしかった。よりにもよってカカロットのガキを。嫁に行くのは、まだ20年くらい早いだろう。
ベジータは倒れた悟飯の胸ぐらを掴み上げ、右腕を大きく振りかぶる。固く握られ、純粋な怒りに震えるその拳は、彼の本気の一撃だった。
「最後にこれは、貴様によって娘を奪われた、このオレの怒りだ!!!」
絶叫と共に、頭を粉砕せんばかりの勢いで振るわれようとした拳に、娘が縋り付く。
「父様!!! やめて下さい! もう気絶してます!」
知っている。だがこのくらいで死ぬようでは、ナッツの傍にいる資格は無いだろう。父親はそう思ったが、半泣きの娘に見つめられ、しぶしぶ悟飯から手を放す。少年の軽い身体が地面に落ち、そのまま力無く仰向けに倒れた。
「悟飯、大丈夫なの……?」
目を回して意識の無い少年の傍にナッツは膝を突き、心配そうに声をかける。
ベジータの額から一筋の汗が流れる。すっかり気は晴れたが、もしかすると、少しやり過ぎてしまったのではないかと思った。
温かい感触に包まれながら、少年はゆっくりと目を開いた。
「起きたのね。悟飯」
ナッツの声が、すぐ近くで聞こえた。視界はまだぼんやりとしていて、少女の居場所がはっきりしない。彼女の気は、とても近くに感じるのだけど。
「まだ動かない方がいいわ。父様にあんなに殴られたんだもの」
言われたとおりに休んでいると、やがて視界がはっきりとしてきて、逆さまになった彼女の顔が見えた。仰向けになった自分を、上からのぞき込んでいるようだった。後頭部に柔らかく、温かいものが当たっていた。
「これは膝枕って言うのよ。母様がよく、私や父様にこうしてくれたの。気持ちいいでしょう?」
「え、えっと……」
悟飯の顔が耳まで真っ赤に染まる。まだ細い少女の脚は、それほど柔らかくはなかったけど、それを気にするどころではなかった。すぐに起き上がろうとする少年の頭を、ナッツが優しく押さえつける。
「駄目よ。まだ寝てないと」
少女は少年の髪に指を通す。サイヤ人の癖のある髪とは違う、さらさらとした感触が面白くて、気に入ったおもちゃをいじるように、ナッツの手は止まらない。
今すぐ村に戻れば、まだナメック星人達に治療してもらえるかもしれなかったが、そこまでの負傷ではなかったし、何よりもう少し、こうしていたかった。
悟飯は呆然と、逆さまになった少女の顔を見上げていた。地球で会った時とは、まるで別人のようだと思った。見た事のない、とても優しい表情に、何も考えられず、ただ胸が高鳴っていた。
(お母さん、とはちょっと違う……)
自分とほとんど変わらないのに、どうしてこんな雰囲気が出せるのか、不思議だったけど、とても素敵だと思った。ずっとこのままでいたかった。
そこで悟飯は、彼女の父親の事を思い出す。こんな事をしていたら、また殴られるのではないだろうか。
「あの、ベジータさんは……?」
「父様なら、あそこよ」
彼らから少し離れた場所に、ベジータが仰向けで倒れていた。
どこか安らかな顔と、激怒した顔が入り混じった、おかしな表情で倒れている。少年に膝枕をする娘の姿に、かつての自分と彼女の母親の姿を重ね合わせ、精神的に限界を迎えたのだ。
「いきなり倒れたのよ。呼吸も脈も正常だったから、心配ないと思うけど……」
(きっと疲れが溜まっていたのね。後で父様にもしてあげないと)
ナッツは思う。初めて悟飯と会ってから、まだ1ヶ月くらいだろうか。まさかこんな地球から離れた星で会えるとは思わなかったから、嬉しかった。地球で見た時よりも彼の戦闘力は上がっていたけど、今すぐ戦いたいという気持ちは起きなかった。
少年の体温と、穏やかな気配が心地良かった。こんなに心が落ち着いているのは、何年ぶりの事だろう。何だか自分まで、優しい気持ちになれそうだった。ずっとこうしていたかった。
悟飯の方は、自分の事をどう思っているのだろうか。そう考えてふと気づく。
(冷静に考えると、私って今まで悟飯に好かれるような事、何もしてなくない?)
まず悟飯の住む星を侵略に行って、連れのナッパが彼の仲間を何人も殺して、カカロットを助けに行こうとする悟飯と戦って、あと彼が大猿になったので自分も変身して彼をボコってカカロットを殺しかけた。
駄目だこれ。少女の額から一筋の汗が流れる。そんなつもりじゃなかったのだ。ちょっと悟飯と遊びたかっただけだし、父様だって死に掛けたんだから、どうにかノーカンで済まないだろうか。
(やってしまった事は仕方がないけど、せめて今からでも挽回しないと……!)
「ねえ、悟飯? 何か私にして欲しい事とかないかしら?」
何でもいいわよ、と続ける。本当に大事に思う相手と、仲良くなりたい時に使う言葉だと、母様が教えてくれたのだ。
倒れている父様がぴくりと動くのが見えた。あれは本当に気絶してるんだろうか。今いい所だから、もう少し見守っていて欲しいと思った。
何でもいいという言葉に、悟飯の顔が赤く染まる。多分あれは深い意味を考えずに言っていると、少年は薄々感づいていた。いや自分だって、そこまで詳しいわけでもないけれど。
ずっとこうして欲しいと頼んだら、そうしてくれるだろうか。それは流石に恥ずかし過ぎると思ったから。
「君と、話がしたいんだけど……」
悟飯は思う。自分はまだ、彼女の事をあまり知らない。向こうだってそうだと思う。ナッツは怖いサイヤ人だけど、戦っている時の姿は本当に楽しそうで、彼女の笑顔をもっと見てみたいと、そう思った。そのために彼女の事をもっと知りたかったし、自分の事も知って欲しかった。
「いいわよ。私もちょうど、そうしたいと思っていたの」
彼女の笑顔に、見惚れてしまう。そう言ってくれて嬉しかった。すぐ近くに、ドラゴンボールが置かれているのが見える。
本当なら、こんな事をしていられる状況ではないのかもしれないけど、それでも次にこんな機会があるか、わからなかったから、少しくらいは、いいんじゃないかと思った。
ナッツの足が微かに震えているのを感じて、悟飯は半ば強引に身を起こす。
「もういいの?」
「うん。もう大丈夫だから。ありがとう」
言いつつも、どこか名残惜しそうに見えた。その様子で、彼が自分を気遣ってくれたのだと気付いて、少女はとても幸せな気持ちになった。
「……そうね。私もちょっと、足が痛くなってきちゃったわ」
どうしてか頬を赤くしながら、ナッツは強張った足を伸ばして揉み解す。
健康的な白い脚を、見てはいけない気がして、悟飯は顔を赤らめながら目を逸らした。
座るのに手頃な岩が二つあった。悟飯が岩の一つに座ると、黒い戦闘服の少女がその隣に座った。二人の間の距離は、拳一つ分にも満たない。少年が慌てる。
「な、何で?」
「いいじゃない、別に。この方が話しやすいわ」
他人行儀だとナッツは思った。同じサイヤ人じゃない。広い宇宙にもう4人しかいないんだから、これはもう身内と言ってもいいだろう。
一方悟飯は彼女の左肩の、獣に噛まれたような痛々しい傷跡を見ていた。地球で最後に彼女を見た時には、あんな傷跡は無かったはずだ。どこの誰が、ナッツにあんな酷い事を。理由を知りたかったが、女の子に身体の傷の事を聞くのは失礼な気がして、今は触れないでおこうと思った。
「で、何から話そうかしら?」
「サイヤ人について、教えて欲しいんだ」
地球を2回も侵略に来た悪い奴ら。彼女もその一員で、自分もその血を引いているという。どういう人達なのか、どうしてあんな事をしたのか、知っておきたかった。
「意外と難しい質問ね。何から話せばいいかしら……」
ナッツは考える。悟飯は地球生まれの、混血のサイヤ人だ。父親はあんな感じだから、おそらく何も知らないだろうし、基本的な事から教えねばならない。
「サイヤ人は、かつて宇宙全体を恐れさせた戦闘民族なのよ。黒い髪と瞳、そして尻尾が特徴ね。私の父様はその王族。あなたのお父様のカカロットもサイヤ人だから、あなたは半分、その血を引いてるってわけね」
少年は頷きながら、王族だという少女を見る。戦うのが大好きで活発な彼女は、自分の持ってるお姫様のイメージとは全く違っていたけれど、黙ってドレスとか着ていれば、似合わない事もないと思う。
そして尻尾はサイヤ人の特徴だと聞いた悟飯は、彼女の腰に、地球で見慣れたそれが無い事に気付いた。
「あの、君の尻尾は……?」
「覚えてないの?」
どうやら悟飯は、大猿になっている間の事を覚えていないようだった。少し気落ちしてしまう。あんなに楽しかったのに。
まあ仕方ない。記憶や理性を保つには訓練が必要だし、悟飯は地球で尻尾を切られていて、月も消されていたのだから、変身した事もほとんど無いのだろう。
「それについては、後で話してあげるわ」
ナッツはそう流して、話を続ける。
「カカロットは小さい頃に地球を侵略するために送られたけど、頭を打って自分の使命を忘れてしまったらしいわ」
実際にはそんな命令などされていなかったが、ナッツには知る由もなかった。
少年は自分の父親が、そんな理由で地球に送られたという話に驚いた。もしかしたらお父さんも、平気で人を殺すような、悪い人間になっていた可能性がある。もしかしたら自分まで。悟飯にとって、それはとても怖い考えだった。
「侵略するって、サイヤ人は、どうしてそんな酷い事をするの?」
「そうね……」
サイヤ人が惑星の収奪を始めた経緯を、一言で説明するのは難しい。ナッツは最初から語る事にした。
「勉強の時間よ、悟飯。あなたにサイヤ人の歴史を教えてあげる」
勉強と聞いて、悟飯は居住まいを正す。他の星の人間から勉強を教えてもらえるなんて、滅多にない貴重な機会だった。思わず頬が緩んでしまう。何か書く物を持ってくればよかった。
その様子を見て、少女が笑う。本当に学ぶことが好きなのね、と思いながら、かつて母親が寝る前にしてくれた、昔話を語り出す。
「かつて惑星ベジータには、身体能力に優れた私達サイヤ人と、科学技術に優れたツフル人が住んでいたわ。サイヤ人はずる賢いツフル人に奴隷のように使われていたけど、それに怒ったお爺様、ベジータ王がツフル人に対して反乱を起こしたの。そして8年に1度の満月の夜、とうとうツフル人を滅ぼしたのよ」
ナッツは話しながら、何千人、何万人ものサイヤ人が一斉に変身して、ツフル人を蹂躙する光景を想像して微笑んだ。昔母様からこのくだりを聞いた時、とても胸が躍ったものだし、きっと凄く楽しかったはずだ。私も参加してみたかった。
「ツフル人を滅ぼして、宇宙船の技術を手に入れてからは、あちこちの星を滅ぼして、異星人に売って暮らしていたというわ」
「そこが、わからないんだけど……」
何かこう、力が強いんだから、真面目に働くとか無かったのだろうか。お父さんは家の畑を耕していたけれど。
「私達は、戦うのが好きなのよ。そしてそれ以外の事は、あんまり得意じゃなかったの」
ナッツは照れくさそうにしていたが、襲われた星の住人としては、あんまり笑えなかった。
「それからしばらくして、サイヤ人はフリーザの軍に組み込まれて、その下で働く事になったの」
「フリーザって?」
少女の目が鋭くなり、声がわずかに冷たくなった。
「今、この星にいるわ。感じるでしょう。桁違いの戦闘力を持つ、嫌な気配を」
悟飯は少女の示した方角から、間違いようもない恐ろしい気を感じた。さっき村を襲っていた悪人達の中にいた、あいつに違いなかった。
「あれが……」
「絶対に近寄っては駄目よ。殺されるわ」
悟飯が頷いたのを確認し、少女は話を続ける。整ったその横顔が、少し強張っていた。
「サイヤ人はフリーザに忠誠を誓って、奴の為にたくさんの星を滅ぼしたけど、フリーザはそんなサイヤ人の力に恐れをなして、惑星ベジータを隕石の衝突に見せかけて、宇宙から消してしまったの」
惑星を消してしまう。信じがたい話だったけど、確かにあのとんでもない気を持つ奴なら、それができてもおかしくはないという説得力があった。
「私はその頃生まれていなかったけど、ほとんどのサイヤ人は惑星ベジータに集められていて、皆、死んでしまったらしいわ。カカロットのご両親、あなたのお爺様とお婆様もね」
そんな遠い星に親戚がいたというのは、何だか不思議な気がした。
「その時に生き残ったラディッツもナッパも死んで、もうサイヤ人は私達4人だけになってしまったけど、私はサイヤ人の最後の王族なの。だからこそ、戦闘民族の名前に恥じないよう、誇りをもって生きるのよ」
ナッツはえへんと胸を張る。その様子は、どこまでも子供のようだった。
「その、戦闘民族として生きるっていうのは……」
「戦って強くなって、もっとたくさんの星を滅ぼすの。サイヤ人の強さが、この宇宙から忘れられないように。そしていつかフリーザを殺した時、サイヤ人こそが宇宙最強の種族だって、誰もが恐怖と共に知る事になるわ」
楽しそうに、将来の夢を語るように、少女はそれを口にする。
そんな事は止めて欲しい、というのは、どうなのだろう。自分の我儘なのだろうか。
(他の生き方も、できると思うんだけどなあ)
悟飯は先ほどの村で、村人達の歓声を浴びて、嬉しそうに笑っていた少女の姿を思い出す。戦っているのが一番性に合うのだろうけど、それならそれで悪人退治とか、もっと人の役に立つような事をすればいいと思う。サイヤ人の評判だって高まるだろうし、そうして皆から好かれて、幸せそうに笑いながら戦う彼女は、きっと物凄く素敵だと思うのだ。
(悟飯だって、もっとサイヤ人らしくなれると思うんだけど)
もちろん自分のように、平気な顔で星を滅ぼせるような人間になれるとは思わないし、優しいのが凄いと思うけど、せっかくサイヤ人の血を引いているんだし、もっとこう、悪い感じになってもいいと思う。残酷に笑いながら「悪い奴はもっと苦しめてやらなきゃ……」みたいな事を言ってくれたら、きっと物凄く格好良いと思うのだ。
少年と少女は、そんな事を考えながら、少し恥ずかしそうに、お互いの事ををちらちら見ていた。
そして悟飯は、ナッツの話の中に、聞き覚えのある名前が出ていた事を思い出す。
「ラディッツかあ……」
その名前には、良い思い出が無かった。いきなりやってきて自分を誘拐して、お父さんとピッコロさんを、酷い目に遭わせた奴。
「そっか、あいつは地球に行ったんだっけ」
昔はよくサイバイマンと一緒に遊んでくれた。私が彼の戦闘力を超えてからは、気まずくなったのか、だんだん遊んでくれなくなって、いつの間にか姿を見なくなっていたけれど。
「ラディッツと何かあったの?」
「うん、実は……」
悟飯はあらましを説明した。自分が攫われてしまったこと。助けて欲しければ地球人を100人殺せとお父さんに言って、最後にお父さんが、相打ちで死んでしまったこと。
ナッツは考える。どちらかと言えば、自分の考えはラディッツ寄りだ。
(カカロットが100人殺していれば、丸く収まったんじゃないかしら……?)
100万人ではない。たった100人だ。小さな町の一つも消してしまえば足りるだろう。星を滅ぼすのに比べれば、全然大した事じゃない。人を殺すのに慣れていないカカロットに、ラディッツは十分配慮していたと思う。
しかし、それを口に出してしまっては目の前の少年に引かれてしまうと、そのくらいはわかっていた。ナッツはしばらく考えて、慎重に言葉を選びながら口を開く。
「そうね……ラディッツが半分くらい悪いと思うわ」
「半分だけ!?」
悟飯は驚愕し、変な子を見る目で少女を見た。今の話を聞いて、何でそんな風に思えるのか。あの人が地球に来なければ、今も平和に暮らせていたはずなのに。
「あの人が全部悪いんじゃないの!?」
「地球人らしくない価値観だとは思うけど、サイヤ人としてなら、ラディッツの言ったことは、おかしな事じゃないわ」
少なくとも、自分の知ってるサイヤ人は全員そう感じるだろうし、自分も同じ状況なら、似たような事を言っていただろう。
それに地球が滅んでいないなんて、ラディッツにとっても予想外だったはずだ。ラディッツは滅びた星に放っておかれた弟を、わざわざ迎えに行ってあげたのだ。十分に情け深い話だと思う。
「ただ、嫌がられたのなら、帰るべきだったとは思うけど。あなたを人質にとってまで、無理強いする必要はなかったわ。それはラディッツが悪いわね」
ナッツは思う。昔の自分だったら、腑抜けたサイヤ人なんて、見るのも嫌だったはずだ。今では彼らの甘い考えも、嫌いではなかった。そういう風に思えるようになったのは、地球で悟飯と会ってからだろうか。
それにそもそも彼が地球に行かなかったら、私は悟飯と会えなかったのだ。一度殺されたカカロットには悪いけど、その点はラディッツに感謝したかった。
「ねえ、今度は私が質問していい?」
「いいけど……」
何を聞かれるのだろうと、知らず悟飯は身構えていた。何しろナッツのことだ。どんなおかしな事を言い出すかわからない。
「普段どんな物を食べているの?」
意外と普通の質問だった事に、少年は拍子抜けしてしまう。
「ちなみに私はこれよ。フリーザ軍で支給されてる携帯食料」
彼女が取り出したその包みは、地球で見せられた覚えがある。
「そろそろ食事の時間だし、おいしいから食べてみるといいわ」
ナッツは開封した携帯食料を、半分に割って差し出した。補給の暇も無く飛び出してきたから、実はもうあまり数は無いのだけど、それでも構わなかった。いざとなればその辺の生き物を、焼いて食べればいいだろう。
悟飯は少女の手が触れたそれを、少しどきどきしながら受け取り口にする。さくさくとした触感で、軽い甘さを持っていて、腹持ちのいいお菓子のようだと思った。
「おいしい?」
チーズのような色をした細長い携帯食料を、ナッツもおいしそうに食べている。少年はそれを見ているだけで、胸がいっぱいになってしまった。
「うん、おいしいよ。ありがとう」
「そう、口に合ったみたいで良かったわ」
にっこり笑った少女に釣られるように、悟飯もはにかむように微笑んだ。
「で、あなたは何を食べてるの?」
悟飯は考える。ここ1年で主に食べていたのは、恐竜の肉とか、ピッコロさんのくれたリンゴとかだ。けど一番印象に残っていたのは、戦いが終わって、病院から帰った時にお母さんが作ってくれた、食べきれないほどのご馳走だった。
「お母さんの作った料理とか」
思わず口にしてから、しまった、と悟飯は思う。フリーザに彼女のお母さんが殺されてしまったと、聞いていたはずなのに。
少女が何も言わなくなって、少年は恐る恐るナッツの方を見た。
「そう。あなたのお母様は、料理が上手なのね」
悟飯は目を見開いた。彼女がとても、穏やかな顔をしていたから。
母様の事を考えてるのに、心が苦しくなかった。悟飯から感じる温かさに導かれるように、胸の内に、幸せだった頃の思い出が蘇っていた。噛み締めるように、言葉にする。
「私の母様は、とても強くて格好良かったわ。生まれつきの病気で、あんまり元気が無かったけど、調子のいい時は父様と一緒に任務に出ていたし、私も連れて行ってもらったわ」
懐かしくて、少し泣いてしまいそうだったけど、悟飯に心配を掛けないように、我慢しながら言葉を続けた。
「こんな大きな恐竜を仕留めて、エネルギー波で焼いてくれた事もあるわ。ちょっと外側は焦げてて中は生だったけど、三人で焼き直しながら食べて、とてもおいしかったのよ」
切ってから焼いた方が良かったと、そう言ってしまうのは無粋だろうと、悟飯は幸せそうな少女を見ながら思った。
「普段はずっと部屋にいたから、退屈だって言って、よく本を読んでいたわ。私にもいろいろ教えてくれたの。勉強とか、礼儀作法とか、マナーは守らないといけないとか」
「勉強って、どういう事を習ったの?」
他の星の勉強に興味があった。算数は宇宙でも同じだと思うけど。
「どこを壊せば動けなくなるとか、効率よく殺せるかとか、そういう勉強が多かったわね。首は頭と身体を繋ぐ場所だから、ここを飛ばせば大体死ぬけど、核を壊さないと再生する奴もいるとか、凄くためになったの」
あ、やっぱりそっち系なんだ、と悟飯は遠い目で思った。
「あと母様は、小さい頃の私を尻尾であやしてくれたわ。私はそれを、猫みたいに追っていたの」
素早く動くそれに飛びついて、自分の尻尾も巻き付けて遊んだ覚えがある。大事な尻尾を預けるのは、サイヤ人にとって最高の愛情表現だ。何せ切られる恐れがあるのだから、よほど信頼している相手にしかできない。
「尻尾かあ……」
悟飯は考える。どうして自分だけ尻尾が生えているのだろうと、ずっと不思議に思っていたのだ。昔のお父さんみたいだって、お母さんは笑っていたけれど、それでも気になっていた。まさかお父さんが宇宙人だったなんて。
「あなたにもあったでしょう? 物を取る時とか、背中を洗う時とか便利よね」
「あ、それわかる。お父さんから色々習ったんだ。尻尾を回して、飛んだりもできるんだよね」
やってみたくて何度も特訓したけど、結局できなかったのだ。けど、尻尾の扱いに慣れているらしいナッツなら。
「えっ? 無理でしょ。そんな事」
「えっ」
あっさり言われて、悟飯は目を丸くした。彼女は物心ついた時から普通に空を飛べたから、そんな曲芸めいた事をする必要は無かったのだ。
(けど色々習ったにしては、尻尾を鍛えてなかったのよね……?)
ナッツは訝しむ。鍛えていない尻尾を敵に握られれば、簡単に殺されてしまうのだから、本来ならば最初にやっておくべき事のはずだ。カカロットは尻尾の使い方を、どこまで教えたのだろうか。そう言えば以前、自分が尻尾の話をした時も、妙に反応が薄かった気がする。
(まさか悟飯、大猿の事も知らないの?)
有り得ない考えに、苦笑してしまう。いくら悟飯がサイヤ人らしくないといっても、流石にそれは無いだろう。けどカカロットは記憶を失ってずっと地球にいたと聞くし、もしかしたら。ナッツは恐る恐る、尋ねてみた。
「……ねえ悟飯。その、ね。あなたに尻尾が生えていた頃、満月とか見た覚えがあるかしら?」
「ううん。満月の夜は怪物が出るから、家から出ちゃいけないってお父さんが」
(カカロット!! 子供の教育が不十分よ!!)
少女は内心叫びながら頭を抱える。そもそも自分が変身できる事を知らなければ、記憶も理性もあったものではない。この分だと、おそらく変身中の記憶だけではなく、その前後の事も覚えていないのだろう。
(こんなに戦闘力が高いのに、大猿の事も知らないなんて、どんなサイヤ人よ、もう……)
自分が口で説明しても、理解できないだろう。私だって、母様が目の前で変身して見せてくれるまでは、半信半疑だったのだから。
急に不機嫌そうになったナッツを見て、悟飯は自分が何か、まずい事を言ってしまったのではないかと思った。
「あ、あの……どうしたの?」
「別に。何でも無いわよ」
拗ねたような感じで、目を逸らす。あまり面白くなかった。あの心躍る戦いの記憶が無いのは、百歩譲って仕方ないとして、私を倒すために理性を失う覚悟で変身したと思ってたのに、それですら無いなんて。
もちろんたったそれだけで、彼に失望したりはしないけれども。殺意を向けられた事が嬉しくて、殺されてもいいとすら一瞬思った、あの時の自分の気持ちはどうなってしまうのか。
おどおどしている悟飯を見て、にんまりと笑う。察しの悪いこの半人前のサイヤ人に、少し意地悪をしてみたくなった。
「悟飯、私の尻尾が無くなった理由、教えてあげるわ」
「う、うん……」
不穏な気配を感じる。悪意ではないけれど、まるでイタズラを仕掛けた子供のような。
「地球で尻尾の痛みが取れて父様と合流した後、とっても怖い獣に襲われたのよ」
どこか楽しそうに、少女は言った。
「怖い獣……?」
「そう。鋭い牙と強靭な顎を持つ、分厚い毛皮に覆われた化け物よ」
あの辺りに、そんなのがいたんだろうか。クリリンさん達は何も言ってなかったけど、この子が怖いっていうくらいだから、相当な大物だったのだろう。
「左肩に食らい付かれて、骨まで噛み砕かれて、一時は腕も動かせなくなっちゃったの」
聞いているだけで痛そうだった。あの傷跡は、そういう事だったのか。
「それから尻尾も引き千切られたの。あれは本当に痛かったわ。それで殺され掛けたところを、父様が何とか追い払ってくれたのよ」
悟飯は想像する。泣き叫ぶナッツをいたぶる正体不明の獣。何てことをするんだと、怒りに拳が震える。そんな奴が地球にいるかと思うと、危なすぎるし、許せなかった。
「地球に戻ったら退治しないと。その、もっと詳しく教えてくれる?」
「ええ、いいわよ」
冗談のようなやり取りが、何だか楽しくなってきた。その化け物はあなたなのよと言いたくて、おかしくなって笑ってしまう。今はこんなに可愛いのに。
「そいつは血のように赤く光る目を持っているわ。現れるのは満月の夜だけど、たまに昼間に出る事もあるわね。尖った耳を持っていて、人間を片手で握り潰せるくらいに大きくて、口から凄い威力のエネルギー波を出せるの。今の私の10倍くらい強くて、その気になれば星の一つくらい、簡単に滅ぼせちゃうのよ」
指を曲げた両手を身体の前で構え、歯を見せて笑いながら、脅かすような仕草をする。自分でやっていながら、とても滑稽で、サイヤ人同士の会話とは思えなかった。この場に母様がいたら、大笑いしているはずだ。
「からかってるんじゃないよね?」
「ええ、もちろんよ」
ナッツはにやにやと笑っていて、まるで説得力が無い。絶対嘘だと思った。そんな化け物が地球にいたら、いくらなんでも気でわかるはずだし、とっくに地球は滅ぼされているだろう。けど実際、あの傷跡は人間の手によるものとは思えなかった。
何か忘れている気がする。地球でナッツを倒して、お父さんの所へ向かってからの記憶が曖昧だった。
「あと、吼える声が凄いのよ。気弱な人間なら、聞いただけで震え上がって動けなくなるくらい」
「どんな声なの?」
悟飯は楽しそうな彼女の冗談に乗るつもりで、軽く聞いてみただけなのだが、少女はまた違った受け取り方をした。
(やってみろという事かしら。大猿の時とは喉や口の構造が違うから、完全に再現するのは難しいけど)
挑戦から逃げるのは、恥ずかしい事だ。私の名誉が傷ついてしまう。それにあんまり長く変身していないと、声の出し方を忘れてしまうかもしれない。いつ尻尾が生えてきても良いように、練習しておく必要があるだろう。
ナッツは喉の調子を整えながら、ちらりと横を見る。悟飯が見ている。ちょっと緊張する。サイヤ人の王族として、格好良いところを見せたかった。息を大きく吸って太陽を見上げ、月に見立てて、吼える。
「アオオオオオオ!!!!!」
「ひっ!」
獣のような咆哮に、少年は身を竦める。ナッツは声の余韻が消えてから、上げた顔を下ろして、満足そうに微笑んだ。
「大体こんな感じよ。本物はもっと凄いけど」
「じょ、上手だね……」
「相手を怖がらせた方が、何かと有利なのよ」
くすくす笑う黒い戦闘服の少女の姿が一瞬、人間以外の何かに見えた。彼女こそが、その化け物なのではないかと、突拍子もない考えが浮かぶ。
「ねえ悟飯、大丈夫なの?」
ナッツは心配そうにこちらを見ていた。そんなはずはない。いくら怖い子だからって。そもそも彼女は化け物に怪我をさせられた、被害者の方なんだから。
考え込む少年の横顔を見つめながら、ナッツは左肩の傷跡に触れる。戦いの興奮を思い出し、少女の顔が紅潮する。
彼はどうせ覚えてはいないのだと、わかってはいたけれど、それでも言っておきたかった。
「悟飯、退治なんかしちゃ駄目よ。私はその化け物の事を、とっても気に入ってるんだから」
お互い尻尾が生えたら、また変身して戦ってみたかった。この間の地球での戦いは、まあ引き分けとして、きっと今度は私が勝ってみせる。
「……っ!?」
少年の方は、ますますわけがわからなくなって、混乱していた。
君に大怪我をさせた危険な化け物に、何でそんな顔をするのか。何でこんなにイライラするのか。考えても何もわからなくて、やっぱり変な子だと、そう思うしかなかった。
それからも二人はしばらく、お互いの事について、色々な話をした。小さな二人は肩を寄せ合いながら、楽しそうに話を続ける。
この時間がもっと続けばいいと、二人とも思っていたけれど、やがて互いに聞きたい事が浮かばなくなって、ナッツが最後の質問を口にする。
「あなた達も、狙いはドラゴンボールなんでしょう? 何を叶えるつもりなの?」
二人の間に、緊張が走る。本来ならば、彼らは親しく話ができる間柄ではなかった。それがわかっていたから、この質問は後回しにされていたのだ。
聞いてはみたものの、彼女にはどうしても譲れない願いがあったから、彼の願いを叶えさせるわけにはいかなかった。だから自分の手で叶えられるような願いであればいいと思った。そうであれば、一生掛かっても私が叶えるから、願いは譲って欲しいと、そう提案するつもりでいた。
「死んだピッコロさん達を、生き返らせるんだ」
「……そう」
少女が目を伏せる。薄々わかってはいたけれど、その答えだけは、聞きたくなかった。人間の死は取り返しがつかない。彼女にはどうにもできない。ドラゴンボールでも使わない限りは。
(ごめんなさい、悟飯。あなたの願いは叶わない)
前触れなく、ナッツの小さな手が、悟飯の喉を鷲掴みにした。その気になれば、一息で握り潰せる体勢。少女はそのまま彼の身体を乱暴に引き寄せ、息が当たるほどの距離から、刺すように悟飯を睨み付ける。少年は息を呑む。夜のような黒い瞳が、視界一杯に広がっていた。
沈まない太陽から照りつける日差しの中、少年と少女の周囲から、急速に温度が消えていく。
呆然とする悟飯に向けて、冷酷なサイヤ人の顔を作ってみせる。言わないと。願いは譲れない。私とあなたは、敵同士だって。口を開くも、なぜだか声が出なかった。
(? 何やってるの、悟飯が苦しそうじゃない。早く言ってあげないと)
ナッツは必死に喋ろうとするも、乱れた息が漏れるだけだった。理由はわかっている。自分はこの優しいサイヤ人に向けて、そんな事を言いたくないのだ。彼の願いを踏みにじるなんて、そんな事、絶対にやりたくないのに。
(だからって、どうすればいいのよ……!!)
気が付けば堪えきれず、涙が溢れ出していた。
「…………! ……!」
かろうじて口をついて出た音は、何の言葉にもならなかった。
少女は友達という言葉を知らなかったが、自分と彼との間の、そうした関係を壊したくないと思った。この少年はサイヤ人らしくないのが玉に瑕だけど、強くて優しい、とても良い奴で、一緒にいたいと、そう思っているのだ。
せっかく仲良くなれたのに、酷い事をしてしまうのが嫌だった。どうしていいかわからなかった。彼の大事な人を、生き返らせてあげたかった。
けれど母親の仇を取る事も、諦められることではなく。彼女にできる事は、感情のまま、大声で泣く事だけだった。
少女の黒い瞳が、涙で潤むのを悟飯は見た。泣いている理由はわからなかったけど、見ていられないと思ったから、彼女の手を握り締めていた。
「……っ!」
温かな感触に、一瞬気持ちが緩むのを感じ、ナッツは泣きながらも、その手を払いのける。悟飯との間の距離が開く。
「ナッツ! 何で泣いてるの?」
再びその距離を詰めようとした少年が、突き飛ばされて倒れる。少女の手によってではない。
「なっ……!?」
「今のは、娘を泣かせてくれやがった分だ」
彼女の父親が、そこにいた。
泣きじゃくり、話せる状態ではない娘の代わりに、淡々と父親が言った。
「オレ達の望みは、フリーザの野郎を殺す事だ。そのためにオレは、ドラゴンボールで不老不死になる」
「……!」
そこで少年は、ナッツの涙の意味を理解した。フリーザは彼女のお母さんの仇だという。そしてあの恐ろしい、惑星を消せるほどの力を持つ相手を、まともな手段で倒せるとは思えなかった。
「わかるか。貴様らの願いは叶わないという事だ。それとも今、オレ達を殺して、このボールを奪ってみるか?」
「それは……」
少年は俯く。彼女が泣いている。そんな事を、できる気はしなかった。
「わかったら、さっさと地球に帰りやがれ。くれぐれも奴に挑もうなんて考えるんじゃないぞ。ナッツをこれ以上、悲しませたくなかったらな」
その言葉には、少女の事を強く思う響きがあったから、逆らえなかった。
力なく、宙へ飛ぶ。まだ泣いている少女に、最後に何か言おうと思ったが、こんな時に何を言えばいいのだろう。少し迷ってから、口にする。
「またね」
これで最後にはしたくなかったから、そう言って、軽く手を振った。
ナッツは顔を伏せたまま、応えない。自分のせいで、彼の仲間は生き返れないのだ。どんな顔をしたらいいというのか。
その温かな気配が遠ざかるのを確認してから、ようやく顔を上げる。小さくなっていく少年の姿を目で追っていると、また涙が出た。
「父様、ごめんなさい……」
震える声で、途切れ途切れに口にした。私が言わなければならなかったのに。最後にまた会おうと言ってくれたけど、それに期待してしまうのは、浅ましい考えだろうか。許されないことをしてしまったというのに。
ベジータが拳を振り下ろす。彼らの座っていた岩が破壊される。
「くそったれが!!!」
血を吐くように叫ぶ。娘を泣かせたのはオレの責任だ。不老不死なんてものに頼らずともフリーザを倒せるほど強ければ、娘にあんな顔をさせる事はなかったのだ。願いなんてそいつにくれてやれと、言ってやれたのだ。
クリリン達の気を目指して飛びながら、悟飯は思う。結局のところ、彼女達は悪くない。悪い奴がいるとすれば。
「フリーザ……」
ナッツのお母さんを殺して、ナメック星人達を殺した酷い奴。彼女があんな顔をして泣いていたのも、元を正せば、そいつが全て悪いのだ。むしゃくしゃして、殴ってやりたいと思ったけど、今の自分があまりに力不足なのも、またわかっていた。
三人がそれぞれの思いを抱えたまま、時間は過ぎていく。
やがて悟飯は洞窟の中の、カプセルで作ったらしき家に辿り着く。少年が手を触れるより先にドアが開き、彼の姿を確認したクリリンが安堵の笑みを浮かべる。
「悟飯! 無事だったか!」
「はい……」
元気の無い声に、何かあったのかとクリリンは思った。殴られたような傷があったが、原因はそれだけではないように思えた。悟飯が気にかけていた、あの少女の事を思い出す。複雑な話になりそうだった。家の奥ではブルマさんが眠っている。
「悟飯、ちょっと外で話さないか?」
時刻はもう夜だったが、ナメック星の陽射しは、どこまでも明るかった。悟飯に飲み物を渡し、自分の分も開封しながら、クリリンは問い掛ける。
「どうしたんだ、悟飯?」
「実は……」
少年はクリリンと別れてから、自分が見聞きした事を話した。ナッツとのやり取りは、ある程度ぼかした上で。
「色々あったんだな……」
クリリンは驚いていた。あの邪悪なサイヤ人がナメック星人を助けたなんて、信じられなかった。言ったのが悟飯でなければ、何かの冗談と思っただろう。
ドラゴンボールを取られてしまった事は、まあ仕方ない。悟飯一人でどうにかなるレベルの話では無い。そもそもあのフリーザという恐ろしい奴が集めている以上、ベジータが言ったとおり、諦めるしかないのだろうか。
一縷の望みを託してナメック星まで来てみたが、この上悟飯やブルマさんまで命を落としてしまう事は、死んでいったピッコロ達だって、望んではいないはずだ。
考え込むクリリンの横で、悟飯は俯きながら、言われたとおり、地球に帰るしかないのだろうかと思っていた。
あのフリーザに勝てるはずがなく、ナッツ達からボールを奪う覚悟もない。これ以上、この星でできる事はなかった。
「あ、あの……先ほどは、ありがとうございました」
悟飯が顔を上げると、彼らが助けたナメック星人の子供がいた。
「ああ、この子はデンデって言うんだ。明日最長老って人の所に、この子を送ってくる。ドラゴンボールもあるんだってさ」
手に入れたら壊してしまうべきかと、クリリンは考えていた。彼にとってはフリーザもサイヤ人達も、同じ邪悪な存在だった。
「あの、すみません。お礼を言おうと思ってたら、話が聞こえてしまったのですが……その、お教えしたい事があって」
「いいって。どうしたんだ?」
「ドラゴンボールで叶う願いは3つです。あなた方の願いと、力の試練を乗り越えられた方の願い、両方叶うのではないでしょうか?」
「えっ」
「えっ」
へなへなと、少年の身体が崩れ落ちる。
「お、おい、しっかりしろ悟飯!」
自分達の葛藤は、彼女の涙は一体何だったのか。立ち上がる気力が湧かず、悟飯はその場にばったりと倒れる。
「悟飯ーーー!!!!」
ナメック星のどこまでも明るい大地に、クリリンの絶叫が響き渡った。
下書きの段階では無かった話です。悟飯が急に付いて行くとか言い出すから……。
書いても書いても終わらないと思ったら凄い量になっていて、前後編に分割しようか悩んだのですが、どこで切っても通して読まないと不十分になるかなあと思ったのでそのまま投稿します。読む方も大変だったと思いますので、次からは完成させる前に文字数を意識して、多かったら分割できるように書こうと思います。
今回は読み返してみると戦闘シーンが無くてゆったりな感じですが、たまにはこういうのも有りって事でひとつ。後半のくだりは願いが3つと知っている読者視点だと色々じれったかったかもしれませんが、せっかく原作知識が無い主人公なので、こういう葛藤を描きたかったのです。
次回はまあ、今回の分までちょいと殺伐とした感じになる予定です。
投稿はゆっくりになるかもしれませんが、どうか気長にお待ちくださいませ。
それと毎回書いてる気もしますが、おきに入り、評価、感想などありがとうございます。続きを書く励みになっております。
何か昨日は更新もしてないのにお気に入りが急に増えまくった上に、評価のコメントでベタ褒めされて有頂天になっております。
自分がこの物語を書いている理由は、自分がこういう話を読みたいからなんですが、自分だけでなく他にも楽しんでくれている方がいる事を嬉しいと思います。
いつか書き上げられるだろう結末まで、よろしければ、お付き合いいただければ幸いです。