あるサイヤ人の少女の物語   作:黒木氏

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5.彼女と父が捕まる話

 ナッツは夢を見ていた。久しぶりに見る、彼女の母親の夢だった。

 

 自分と揃いの黒い戦闘服に身を包んだ母様。ベッドに腰掛け、時折咳き込みながら、私に本を読み聞かせてくれている。サイヤ人の歴史について書かれた本で、表紙に描かれているのは、父様にそっくりな顔の口髭を生やした人だ。

 

 優しく微笑む母様の姿は記憶と全く変わらぬままで、夢だとわかっていたけど、嬉しくて身体を擦り寄せる。そこで突然、本を読んでいた母様が立ち上がり、声色を低く変えて、私のお爺様、ベジータ王の台詞を読み上げる。

 

『ついに授かった愛しい我が子ベジータ、その凄まじい潜在能力を見た時、私は悟ったのだ』

 

 父様が生まれたシーンだった。母様は普段は物静かだけど、こうした父様に関する事になるとテンションが上がるのだ。身体の調子が良い時は特にそれが顕著で、この間も父様に生意気な口を利いたキュイが半殺しにされていた。

 

『我が子はやがてフリーザを倒し、我々サイヤ人が宇宙最強の種族である事を証明するだろう!』

 

 凛とした格好良い声で宣言し、赤子を抱きながらマントを翻すような仕草をする母様に、私ははしゃぎながら拍手をする。見ていた父様に後で聞いたら、お爺様に物凄く良く似ていたと、懐かしそうに言っていた。

 

 ふと思いついて、私は猫のように母様の手に飛び乗った。母様は一瞬驚いたような顔をした後、にっこり笑って、私を抱いたまま、先ほどの台詞を繰り返した。

 

「我が子はやがてフリーザを倒し、我々サイヤ人が宇宙最強の種族である事を証明するだろう!」

 

 そして母様は私の頭を撫でながら、口を開き、何かを言おうとしていた。そこで目が覚めた。

 

 

 

 岩の天井の下で、父親に縋り付いて眠っていた少女は目を覚ました。あれから見つけた洞窟の中は、陽の沈まないナメック星でも、ひんやりとして風通しがよく、過ごしやすい空間だった。

 

 そのまますぐには起き上がらず、父親の体温を感じながら、夢の余韻に浸っていた。母様が最後に何を言おうとしたかは、わかっていた。何度も聞いた言葉だからだ。

 

(私の代わりに、父様の傍にいてあげてね、ですよね。母様)

  

 それは自分も望む所だった。むしろ父様が私の傍にいてくれている状態だ。あまり心配や迷惑を掛けるわけにはいかない。

 

 一晩眠って、気持ちも楽になっていた。きっと自分が落ち込んでいたから、夢で会いに来てくれたのだと、そう思うと嬉しくなった。

 

(悟飯とはあんな別れ方になっちゃったけど、またねって言ってくれたし。お互い生きていれば何とでもなるわ)

 

 いつまでもくよくよしてはいられなかった。少女は目をぱっちりと開き、ひとしきり身体を伸ばしてから、明るい声で言った。

 

「父様、おはようございます!」 

 

「起きたか、ナッツ」

「はい父様。……一体何を?」

 

 少女はきょとんとした顔で父親を見る。彼は半分身を起こして、小さな工具でスカウターの内部をいじっていた。

 

「用心だ。万が一奴らの手に渡っても良いようにな」

 

 いつ娘の撮影チャンスが来るか判らない以上、スカウターを壊してしまうわけにはいかない。だが今の彼にとって、撮影と閲覧以外の機能は不要だった。部品のいくつかを外し、地面に放り捨てる。そうして動作を確認して頷いた後、小さなエネルギー弾で落ちた部品を焼き払った。

 

 

 

 携帯食料で食事を済ませてから、二人は洞窟を出る。ナメック星の太陽は、今日も変わらず明るかった。

 

 そんな中、ドラゴンボールを大事そうに抱えた娘に、父親は難しい顔をして言った。

 

「ナッツ、そのボールを持ち歩くつもりか?」

「はい、父様! フリーザ達に盗まれたら大変ですし、私が頂いた物ですから!」

 

 胸を張って言う娘に向けて、ベジータは丁寧に説明する。持ち歩くには大きすぎること、持ったまま戦うのは厳しいこと、また持っている所を誰かに見られた場合、かなり遠くからでもボールの存在がバレてしまうだろうこと。

 

「それに今はまだ1つだが、もし2つになったらどうする? 両手が塞がってしまうだろう?」

「でも……そうだ! 父様と私に尻尾が生えれば、一度に3つまで持てます!」

 

 子供らしくも必死に主張する娘に、父親は優しい顔で言った。

 

「ナッツ、ドラゴンボールが全部でいくつあるか、知っているか?」

「そうですね……」

 

 ナッツは自分の持つボールを見る。昨日から何度も見ているが、中に4つの星のマークが入っているのだ。ということは。

 

「4つですね!」

「全部で7つだ。ナッツ」 

「ええっ!?」

 

 少女は衝撃を受ける。予想以上に多い。1人3つ持っても1つ余る。ということは。

 

(どこかに隠すしか無いということね……)

 

 ナッツは小さくため息をつく。せっかくナメック星人達からもらった思い出の品を、持ち歩けないのは残念だった。

 

「その辺の海に沈めておけ。大丈夫だ。後で必ず取りに来る」

「……わかりました、父様」

 

 少女は洞窟の近くの水辺にボールを沈め、空からでも見えないことを、ベジータが確認する。

 

「よし、この場所を良く覚えておけよ」

「もちろんです、父様。決して忘れません」

 

 ナッツは気持ちを切り替える。これで自分達が喋らない限り、フリーザ達の手にボールが渡る事はないのだ。自分がずっと持ち歩くより、余程安全だろうと思った。

 

 

 

「父様、今日は最長老という人に会って、ドラゴンボールを回収するんですか?」

「そうしたいところだがな……ザーボンの位置を調べてみろ」

 

 ナッツは父親が示した方向に意識を集中する。

 

 フリーザから離れた場所に、ザーボンの気配と、兵士らしき戦闘力2000程度の弱い気配が見つかった。しばらく観察していると、彼らは二手に分かれたようだった。

 

「奴らもドラゴンボールを探しに出たんでしょうか?」

「おそらくな。村なりナメック星人なりを、スカウター無しで地道に探しているんだろう。ザーボン様自ら、ご苦労な事だ」

 

 ベジータは小さく笑う。ここでフリーザの手駒を削っておくに越したことはない。それに万が一悟飯が奴に遭遇して殺されでもした場合、娘がどれだけ悲しむか、考えたくもなかった。

 

(違う!! 何でオレがカカロットのガキを心配する必要がある!?)

 

 自分の心を認めたくない父親は、ぶんぶんと頭を振ってから、娘に言った。

 

「オレはザーボンをやる。兵士の方を頼めるか? 今のお前にはつまらん相手だろうが……」

「はい、父様! 私がやります!」

 

 父親の役に立てる事が嬉しくて、ナッツは満面の笑みで言った。

 

 その笑顔を見て、父親は安心する。空元気かと思っていたが、どうやら立ち直ったらしい。

 

(オレの気にし過ぎか……)

 

 自分が思っているよりも、娘は強くなっているようだった。誇らしく思いながら、その頭を撫でる。

 

「ナッツ、格下相手でも油断はするなよ」

「はい! 父様もお気をつけて!」

 

 そして二人はお互い手を振りながら、それぞれの相手のいる方へ飛び立って行った。

 

 

 

 

 時間はやや遡る。フリーザの宇宙船から、少し離れた空の上。

 

 ザーボンはナメック星の大地を見下ろしながら、長く青い頭部を持つ兵士、アプールからの報告を受けていた。

 

「我々がまだ襲っていない村、か」

 

「はっ。ですが村人はおらず、死体や戦闘の形跡もなく、ドラゴンボールもありませんでした」

「村を捨てて逃げたか……厄介だな」

 

 ザーボンは顔をしかめる。村という目立つ目標が無ければ、持ち出されたであろうボールを探す事は難しい。しかも今はスカウターも無いのだ。

 

「とにかく、逃げたナメック星人を探すぞ。私は向こうを探す。お前はあっちだ。3時間後にここで合流。30分待っても片方が現れないか、不測の事態が起こった場合は宇宙船に戻る。いいな」

「はっ! ……しかし大丈夫でしょうか?」

 

「何がだ、アプール?」

「行方不明のドドリア様のように、ベジータに襲われるのでは……」

 

 不安そうな顔をする部下に、ザーボンは小さく笑って言った。 

 

「来るとすればまず私の方だろう。お前は安心して自分の仕事に集中しろ」

 

 不敵な笑みを浮かべるザーボンの姿に、アプールは頼もしさを感じた。

 

 今回のドラゴンボール探しは急に決まった事で、フリーザ様の親征だというのに、集められた兵士の数もごくわずかだった。その少ない兵士もとうとう自分だけになってしまったが、この分ならどうにか生き残れそうだと、アプールは安堵した。

 

 

 アプールと別れ、自らもナメック星人を探しながら、ザーボンは考える。

 

 彼の言ったとおり、フリーザ様から離れれば、ベジータはかなり高い確率で、自分を排除しに来るはずだった。ドドリアがまだ戻らないのも、おそらくベジータの仕業なのだろう。

 

 キュイの報告によると奴と娘は尻尾を失い、大猿に変身できないらしい。最後にスカウターで確認できた奴の戦闘力は約23000。使いたくはないが、自分が醜い姿になれば、返り討ちにできるだろう。戦闘力が5000にも満たない娘については、考える必要すらない。

 

(命の危機にでもならない限り、変身などしたくはないが……)

 

 既にギニュー特戦隊まで呼ばれている。住民が特殊な能力を持ち、価値の高いあのヤードラット星の攻略を後回しにするほど、フリーザ様は本気だという事だ。ベジータを放置して万が一にも出し抜かれ、フリーザ様の怒りを買った場合、自分も無事では済まないだろう。

 

 それに以前ナメック星人を逃がした、地球人らしき奴らの正体もわかっていない。不確定要素は、できるだけ排除しておきたかった。

 

 

 そこでザーボンは、自分に向けて高速で接近してくる人影を見つけ、停止して待ち構える。遠くに見える影は見る間に大きくなっていき、やがて堂々と彼の前に現れたのは、旧式の白い戦闘服を着たベジータだった。

 

「お仕事中に失礼するぜ、ザーボンさんよ」

「まんまと現れたな、ベジータ」

 

 二人は睨み合い、互いに口角を吊り上げて笑う。

 

「フリーザの腰巾着も今日で終わりだ。ドドリアと同じ場所へ送ってやる!」

「ほざけよベジータ。貴様の首をフリーザ様への手土産にしてやろう……!」

 

 一瞬後、二人の戦士の身体が吹き上がる気に包まれ、激しい戦闘が開始された。

 

 

 

 

 同時刻。彼らからやや離れた場所で、アプールは荒い息をつきながら、たった今殺した、ナメック星人の老人の死体を見下ろしていた。彼の戦闘服は軽く破損しており、戦闘の跡が伺えた。

 

「くそっ、こいつが抵抗なんてしなければ……!」

 

 隠れていたナメック星人を偶然見つけたまでは良かったものの、痛めつけながら尋問しても情報を喋らず、ついには攻撃してきたので反射的に殺してしまったのだ。

 

 明らかな失態だった。ザーボン様に何と報告すればいいのか。

 

「この、役立たずめ!」

 

 蹴り飛ばされた老人の死体が宙を舞い、いつの間にかそこに立っていた、少女の足元に転がった。ナッツは呆然とした顔で、老人の死体を見つめている。

 

 彼女の姿に狼狽したアプールが後ずさる。たった一人でいくつもの星を攻略し、住民を皆殺しにしている冷酷なサイヤ人の少女の話は、フリーザ軍の内外で知れ渡っていた。

 

「べ、ベジータの娘だと! 何でこんな所に!?」

「あなたを殺しに来たのよ。それはそうと……」

 

 少女に睨まれた瞬間、アプールは自らの死を意識した。

 

 子供のものとは思えないほど、凍えるように冷たい瞳が、真っ直ぐに彼の心臓を貫いた。

 

 

「……このナメック星人、お前が殺したの?」

 

 

「ひ、ひぃっ!?」

 

 アプールは少女に背を向けて全速力で飛び立ち、その場を離脱した。ナッツは追わない。あの程度の速度なら、いつでも追いつける。今はそれよりも、大事なことがあった。

 

 少女は屈み込み、ナメック星人の老人の遺体を確認する。見覚えのある顔だった。あの村で言葉を掛けてくれた人だった。致命傷の他にも、細かい傷が無数にあった。情報を聞き出すために苦しめて殺したのだと、知りたくなかったが、わかってしまった。

 

 あの兵士は傷ついていた。穏やかで争いを好まないはずのナメック星人が、最後に戦う事を選んだのだ。戦闘民族であるナッツには、その気持ちが理解できた。

 

「あんな奴にいいようにされて、殺されてしまうのが、悔しかったのね」

 

 遺体の目を閉じさせ、姿勢を整える。戦って死んだ者に敬意を示してから、ナッツは立ち上がり、アプールの飛んで行った方角を睨み付ける。

 

「安心して眠って。あなたの仇は、私が取ってあげるから」

 

 そして少女は戦闘力を限界まで高め、飛び立った。

 

 

 

 

(捕まったら殺される!)

 

 焦りながら全力で飛ぶアプールの耳に、大気を裂く鋭い音が届く。凄まじい速度で、背後から迫りくる重圧を感じた。

 

「こ、殺されてたまるか!」

 

 アプールは逃走を諦め、振り向きながら全力のエネルギー波を放つも、そこには誰もいなかった。

 

「……え?」

 

 困惑するアプールの後頭部が、小さな手に掴まれる。背後に浮かぶナッツが、彼に掌を向けながら冷たい声で言った。

 

「捕まえたわ」

「た、助け」

 

 言い終わる前に、至近距離から放たれた赤いエネルギーの奔流が、彼の全身を飲み込んだ。

 

 

 

 全身を焦がしながら、地面に落ちたアプールが痛みに呻く。かなりのダメージを負っていたが、まだ生きている。即死させないように、ナッツは攻撃の威力を手加減していた。

 

 降り立った少女は倒れた彼を見下ろしながら、ネズミを捕えた猫のような表情で笑う。

 

「じわじわと殺される気分を、教えてあげるわ」

 

 アプールの悲鳴と怯えた顔が彼女の嗜虐心を甘く刺激し、邪悪な歓喜が心を満たす。

 

 昔を思い出す。殺された老人の姿がちらつく。今は思いっきり、残酷になりたい気分だった。

 

(こいつで遊ぶ暇は、どれくらいあるかしら?)

 

 ナッツは父親とザーボンの気配を確認する。父様の勝ちに決まっているが、もし長引くようならば、こっちも時間を掛けようと思っていた。

 

 その瞬間、ザーボンの戦闘力が一瞬で大きく膨れ上がるのを感じ、少女の背筋に震えが走る。

 

「!? な、何よこれ!?」

 

 そして父親の戦闘力が落ちていくのを感じたナッツは、迷わずその場を飛び立ち、全速力で父親の元へと向かって行った。

 

 

 あっという間に少女の姿が見えなくなったのを確認してから、アプールは身を起こし、まだ動悸の激しい心臓を押さえながら安堵の息をついた。

 

「助かった……しかし今のは何だったんだ?」

 

 殺しに来たと思ったら、いきなり訳のわからない事を言ってどこかへ行ってしまった。きっと頭がおかしいのだと、アプールは思った。

 

 

 

 

 ナッツが戦場に近付いた時、既に父親の戦闘力は、見る影もなく低下していた。

 

「父様……!」  

 

 少女は唇を噛みながら、すぐにでも駆けつけたい気持ちを抑えて地面に降り立ち、岩陰に隠れて戦闘力を下げる。父親をこうまで追い詰める相手に、正面から挑んでは殺されるだけだとわかっていた。

 

(私が父様を助けないと……!)

 

 地球での出来事を思い出す。あの時は尻尾があったが、今は変身できない。身体の震えを押し殺しながら、ナッツは膨れ上がったザーボンの気配に近付いて行った。

 

 そしてナッツは、ザーボンに抱えられた父親が、猛烈な勢いで地面に叩き付けられる姿を見た。上がりそうになる悲鳴を、口元を抑えて止める。戦闘の影響か、崩れた地形に水が流れ込み、動かない父親の身体を沈めていく。その身体から、戦闘力はほとんど感じられなかった。

 

 すぐにでも助けに行きたかったが、上空にはまだザーボンがいる。どうか死んだと思って立ち去って欲しいと、ナッツは祈るように上空を見上げる。そして遠目に見る彼の姿に、違和感を覚える。あんなにがっしりした体格で、口が耳元まで裂けた、怪物のような顔をしていただろうか。

 

 やがて付近が湖のような状態となり、完全に沈んだベジータが上がってこないのを確認すると、ザーボンは彼女が見知った姿となり、飛び去って行った。遠ざかっていくザーボンの様子を、ナッツは油断なく注視しながら考える。

 

(あいつも変身型の宇宙人だったのね……サイヤ人の大猿には及ばないけど、あんな奥の手を隠していたなんて)

 

 そして彼が戻ってこないのを確認し、ナッツは静かに水中に潜る。気配を探ると、父親はすぐに見つかった。ボロボロの身体で、それでも自力で水面へ上がろうとしている。ナッツは急いで近づき、傷付いたその身体を強く抱きかかえた。

 

 娘の姿を見た父親が一瞬驚き、そして弱々しく笑う。ナッツは安堵しながらも、ザーボンに対する怒りで、視界が真っ赤に染まるのを感じていた。

 

(尻尾が生えたら、あいつは真っ先に殺してやる!!)

 

 ぐったりとした父親を抱えて水面を目指しながら、少女の心に復讐の炎が燃えていた。

 

 

 岸に上がり、父親の状態を確認したナッツの顔が絶望に染まる。既に意識がなく、地球での時と同様、いや、それ以上に衰弱している。

 

 治療しなければ、父様は死ぬ。しかし今メディカルマシーンは使えない。フリーザ軍の基地に無理矢理乗り込もうとしても、近づいた途端に撃ち落とされるだろう。

 

(ナメック星人の隠れ場所、聞いておけば良かった……!)

 

 少女の顔が悔恨に歪むも、後悔している暇はなかった。今からでも探すしかない。

 

「待っててください、父様……!」

 

 ナッツが飛び立とうとしたその時、彼女の前に、端正な顔をした、緑色の肌の男が降り立った。予想外のその姿に、驚愕した少女の動きが止まる。

 

「そ、そんな……」

 

 父様が死んだと思って、離れて行ったはずではなかったのか。

 

「ザーボン……!」

「どうやら子ザルの方も釣れたようだな。探す手間が省けた」

 

 笑うザーボンの様子に、ナッツは自分がまんまと誘い出されたのだと気付き、怒りに拳を握り締める。

 

「よくも父様を!」

 

 少女は即座に戦闘力を跳ね上げ、ギャリック砲を撃ち放つ。ザーボンは迫る赤いエネルギー波をあっさりと右手で弾いた。背後の岩山が爆発し、結ばれた彼の髪が大きく揺れる。

 

 ザーボンはそのまま右手を上げ、ぶれながら目の前に出現したナッツの蹴りを防ぐ。

 

「はあああっ!!」

 

 ナッツはそのまま拳と蹴りにエネルギー弾まで交えた連撃を繰り出すも、全力の攻撃は全て片手であしらわれてしまう。その光景は、二人の間の圧倒的な戦闘力の差を示していた。

 

「どれ、少し遊んでやるか」

「……っ!」

 

 ザーボンの姿が一瞬で消える。背後にいると気配を感じ取れたが、反応が追いつかなかった。死角から痛烈に蹴られ、吹き飛ばされた少女の身体が地面を跳ねる。

 

「死んだか?」

「ま、まだよ……!」

 

 ふらつきながらも、ゆっくりとナッツは起き上がる。父様の命が掛かっている。ここで倒れるわけにはいかなかった。強い意志を宿した瞳が、ザーボンを睨み付ける。

 

「……ほう?」

 

 そんな少女の姿を見て、ザーボンはわずかに感心する。野蛮人の娘だが、王族というだけあって、自分には及ばないまでも華やかさがある。そういえば彼女の母親も、中身はともかく、見てくれだけは悪くなかったと思い出す。

 

 ザーボンは口の端を歪めて笑う。フリーザ軍の一部で騒がれているらしい、その整った顔が絶望に歪む様を見てみたいと思った。

 

「いじましく戦闘力を上げているそうだな。もしかして、いずれはフリーザ様に届くと思っているのか?」

「……ええ、そうよ。母様の仇を討つために、届かせなければならないのよ」

 

「ならお前にも絶望を教えてやろう。フリーザ様もお前達と同じ、変身型の宇宙人だ」

「何ですって……!」

 

 ナッツは驚く。まさかフリーザも大猿のように変身するのだろうか。

 

(ただでさえギニュー隊長の数倍は強いと見ていたけど、更にその上があるってわけね……!)

 

 だがそのくらいで、諦めるわけにはいかなかった。母様が死んだあの日、フリーザがどれほど強くても、父様と私がいつか倒してみせると誓ったのだ。

 

「それがどうしたっていうの? 私達サイヤ人は戦闘民族。戦えば戦うほど強くなるのよ!」

「その機会があればの話だがな」

 

 折れようとしない少女を、苛立ったザーボンがさらに蹴り飛ばす。ナッツは再度起き上がろうとするも、身体に力が入らず倒れてしまう。

 

「どうした? サイヤ人は強いんじゃなかったのか?」

 

 少女は悔しさに震え、唇を噛む。父様の力も自分の力も、こんなものではないはずなのに。

 

「大猿にさえなれれば、お前なんて……!!」

 

 ザーボンが嫌悪に顔をしかめる。優美さから全く掛け離れた、その単語を聞く事すら不快だった。

 

「好き好んであんな醜い姿になりたがるなど、理解できんな」

「あの姿は私がサイヤ人である事の証よ。忌避する理由は無いわ」

 

 醜い姿。高い戦闘力を得られるあの変身を隠していたのは、そういう事か。くだらない拘りだと、ナッツは嗤う。

 

「たかがその程度の理由で、力を出し惜しんでいたなんてね。理解できないわ」

「貴様ぁ!!」

 

 ザーボンは倒れたナッツを蹴り飛ばす。血を吐きながらも、嘲るような笑みは崩れない。

 

 殺そうと掌を向けたところで、ザーボンはより目の前の少女を苦しめる方法がある事に気付き、その掌をベジータへと向け直して言った。

 

「気が変わった。先に父親の方から殺してやるとしよう」

「! やめて!」

 

 ザーボンはニヤリと笑う。狼狽し、懇願するナッツの姿に、溜飲が下がる思いだった。

 

 

(このままじゃあ、父様が殺される……! 奴を止める方法は……!)

 

 奴らが欲しがっている物。考える猶予もほとんどなく、少女はとっさに浮かんだ言葉を叫ぶ。

 

「父様を殺したら、ドラゴンボールは手に入らないわよ!!!」

「な、何っ!?」

 

 ザーボンの頭の中で、思考が目まぐるしく錯綜する。こいつらもボールを手に入れて、どこかに隠したのか? 父親の命惜しさに出鱈目を言っている可能性が高いが、無視するわけにはいかない発言だった。

 

「ボールの在り処を知っているのか? どこで見つけた?」

 

 ザーボンの掌に光が収束し始める。意識の無い父親の戦闘力は、少しずつ0に近づこうとしている。ナッツは父親を助ける方法を必死に考えながら、言葉を紡ぐ。

 

「……隠れていたナメック星人を、偶然見つけて殺したら持っていたのよ。父様がどこかに隠しに行って、私はその場所を知らないわ」

 

 ザーボンは住民が消えた村の事を思い出す。この二人が先に村を見つけたのなら、住民は皆殺しにされているはずだ。偶然ボールを手に入れたという話には、それなりの信憑性があった。

 

 娘が隠し場所を知らないという話の真偽は不明だったが、瀕死のベジータが死んでしまってから、本当だったと気付いても手遅れになる。その時フリーザ様の怒りが誰に向かうのか、考えたくもなかった。

 

「なるほど、ベジータを生かしておく必要があるわけか。まあサルなりによく考えたものだが、問題はない」

 

 ザーボンは少女の顎を掴み、自らの顔を近づけて笑う。

 

「貴様を目の前で痛めつけてやれば、さぞかし奴は素直になってくれるだろうからな」

「……っ!? そんな!」

 

 ザーボンは叫ぶナッツの首筋に手刀を打ち込み、気絶させた。別に難しい話ではなかった。話せる状態にまでベジータを治療し、娘を盾に情報を吐かせた後、二人とも殺してしまえばいい。

 

 倒れたベジータからスカウターを回収する。仮に奴らがボールを持っていなくとも、これを使えば生き残りのナメック星人達を探す事ができる。

 

「スカウターまで手に入るとは運が良い。フリーザ様に献上すれば、さぞお喜びになるだろう」

 

 これだけでも十分な収穫だった。ザーボンは意識の無い二人を抱え、高笑いをしながら、宇宙船へと飛び立った。




 というわけでザーボンの話です。強さ的に主人公がなかなか活躍できない感じですが、あんまり鬱屈とした話にならないようにしていきたいと思っております。

 次の話も今回と似たような感じで、二人が逃げようと頑張る話になる予定です。
 投稿は遅くなるかもしれませんが、気長にお待ちくださいませ。
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