フリーザの宇宙船に戻ったザーボンは、ベジータをメディカルマシーンに入れた後、意識の無いナッツに銀色の首輪を装着していた。
同じく宇宙船に帰還して、それを見ていたアプールが、怯えた様子で言った。
「ザーボン様、そいつは今のうちに殺してしまった方がいいのでは……?」
「できればそうしたいところだがな。ベジータに対する人質だ。今はまだ殺せん」
「ですが、こいつが目を覚まして暴れたらと思うと……」
先ほど殺されかけたアプールにとって、残酷に笑う少女の姿は軽いトラウマになっていた。
「心配するな。こいつはもう我々に逆らえなくなっている」
ザーボンが薄く笑ったその直後、横たわっていたナッツが身じろぎしながら目を開き、傷付いた身体の痛みに呻く。
「うう……父様……」
「起きたか。ちょうどいい」
ザーボンが手元のスイッチを押した瞬間、首輪から少女の身体に高圧電流が流れた。
「ああああああああっ!!!!」
見えるほどの電流に全身を焼かれ、ナッツは悲鳴を上げながら床をのた打ち回る。十数秒後、電流は停止したが、気絶した少女はぴくりとも動かない。
ナッツが着けられたのは、捕虜や奴隷用の電撃首輪だ。対象を激痛とショックで行動不能にする。最大に調整した電圧は非戦闘員なら即死するレベルだが、生命力の強いサイヤ人を相手には、これくらいでちょうどいいとザーボンは考えていた。
ザーボンは身体から白い煙を上げる少女の身体を抱え、捕虜を収容するための牢へ放り込んだ。受け身も取れず床に落ちたナッツの戦闘力を感知して扉が閉まり、自動で施錠される。
「お前はベジータを見張って、目を覚ましそうになったら娘を確保しておけ。首輪のスイッチは預けておく。こいつがおかしな素振りを見せたら遠慮せず使え」
「はっ、かしこまりました!」
「頼んだぞ。私は少し休んでから、フリーザ様へ報告に行ってくる」
フリーザ様へ会う前に身嗜みを整えておきたかった。ベジータとの戦いで汚れた戦闘服を着替えて、身を清めて香水も付け直さねばならない。
それに心を落ち着けたかった。自分を蔑み笑う少女の顔を思い出し、怒りに身が震えるのを感じる。子供とはいえ女性からあのような目で見られたのは、生まれて初めての経験だった。
(何なんだあの娘は……あの父親の教育のせいか?)
彼が重んじる美しさというものに、全く価値を感じていない、いや、戦闘力しか頭にないかのようだった。肩のあの傷跡など、どうしてすぐに消してしまわないのか理解できない。
なまじ整った容貌を持っているだけに、それを無駄にするかのような彼女の在り方が、いっそう腹立たしかった。
残されたアプールは、落ちていた首輪の鍵に気付き、拾い上げた。どうせ外すつもりはないからと、存在を忘れていたのだろう。少し迷ってから、スイッチと一緒に懐へ仕舞う。
壊した方がいいかと一瞬思ったが、あの少女が死んだ後で首輪を再利用するには必要だろう。これもフリーザ軍の備品だ。後で経理担当に追及されて、給与から引かれてしまってはたまらない。
「これからベジータの見張りか。できれば他の奴と交代したいんだがなあ」
ぼやいてみるも、既に兵士は自分以外に残っていない。まあ生き残れただけ上等かと、アプールはため息をつきながら廊下を歩いていった。
ナッツが牢に放り込まれてから、3時間ほどが経過した。
ようやく意識を取り戻した少女は、ふらつきながら身を起こし、辺りを見渡した。
(ここは……フリーザの宇宙船?)
前に軍の式典で1度来た事があり、壁の材質などに見覚えがあった。自分がここに連れてこられたという事は。
「父様は!?」
ナッツは意識を集中し、父親の気配を探す。そして同じ宇宙船の中に、回復しつつある温かな気配を感じ取り、安堵の息をつく。どうやら彼女の目論見どおり、治療を受けているようだった。
「良かった……父様……」
父親までいなくなったら、自分がどうなってしまうのか、少女にはわからなかった。ただ、とても怖かったから、そんな事にならなくて良かったと心の底から思った。
(けど、このままじゃあ、きっと殺されちゃうわ……!)
少女は気を引き締める。自分が人質に取られているのだ。死ぬくらいなら、いっそ自分を見捨てて欲しいと思うが、父様は絶対にそれをしないだろうと確信できた。それはとても嬉しかったけど、父様に迷惑を掛けるわけにはいかない。
(まず、ここから逃げ出す事を考えないと)
少女は周囲の状況を確認する。捕虜を収容するためだろうか、最低限の生活用具と寝床だけの殺風景な部屋だった。その分、壁や床、扉はかなり頑丈そうだ。扉は当然施錠されており、手を掛けても開かない。
そして自らの首に嵌められた首輪に気付き、あまりの屈辱に身を震わせる。
(この首輪、奴隷用じゃない! 王族の私にこんな物を着けるなんて……!)
怒りに任せて金属製のそれを両手で掴み、引き千切ろうと力を込めた瞬間、再び少女の身体に電流が走る。全身を焼かれる激痛にナッツは悲鳴を上げ、倒れ伏す。
数分後、少女は呻きながら身体を起こす。力づくで外す事は難しそうだった。吹き飛ばしたり切断する事も思いついたが、そちらも対策がされていないとは思えない。少なくとも、すぐに試す気にはなれなかった。
(この際、首輪は後回しでいいわ。フリーザやザーボンの気配は……十分離れているわね)
ナッツは戦闘力を高め、扉に向けてゆっくりとギャリック砲の構えを取る。電流に焼かれた身体はまだ痛むが、今はそんな事を言っていられなかった。
「はああああっ!!」
少女の両手から発せられた赤いエネルギー波が扉を直撃し、爆発する。だが表面がわずかに焦げただけで、凹む様子すら見えない。
「っ! このおおおおっ!!!!」
ならばと拳と蹴りでひたすら扉を打撃する。そのまま数十発の連打を叩き込むも、扉はびくともしなかった。ナッツは肩で息をつきながら、出血で赤く染まった拳を見る。彼女の父親と比べて、まだあまりにも小さい子供の手を。
「……っ!!」
握り締めた赤い拳を、ダン、と扉にもう一度叩き付けた。悔しさに溢れそうになる涙を、必死に堪えて唇を噛む。
「私に、もっと力があれば……!!」
自分がまだ子供で、無力である事が悔しかった。力さえあれば、父様をあんなに傷付けたザーボンに、良いようにされてしまう事もなかった。力さえあれば、こんな牢などすぐに破って父様を助けに行けた。力さえあれば、今もこの宇宙船の中にいるフリーザを、今すぐ殺してやれるのに。
(今すぐ都合よく尻尾が生えるって事は、無いわよね……)
パワーボールで大猿化すれば、こんな牢など内側から壊せる自信があった。そのままザーボンを殺してメディカルマシーンごと父様を回収して。
そうして逃げようとしたところで、目の前にフリーザが立ち塞がる光景を想像し、少女はため息をつく。尻尾があろうと同じことだった。今の自分の戦闘力が10倍になろうとも、まだフリーザには遠く及ばない。大猿の巨体では逃げ隠れもできず、確実に殺されてしまうだろう。
(それにフリーザは変身型の宇宙人らしいけど、このとんでもない状態から、更に変身して強くなるっていうの?)
ザーボンの変身を思い出す。あれは確かに強かったが、それでも増した戦闘力は2倍以下のはずだ。フリーザも同じくらいで済まないかと一瞬思ってしまったが、そんな甘い考えではいけないと頭を振る。サイヤ人の大猿と同じように、10倍くらいを想定しておくべきだ。
だとしたら真っ当に戦うには、今のこのフリーザに素の戦闘力で並ばなければならない。十数年間、今の父様のような大人になるまで鍛えたとしても、難しいかもしれない。
(やっぱりドラゴンボールで父様を不老不死にするしか、フリーザに勝つ方法は無いのかしら……)
ピッコロというナメック星人を生き返らせたいと言っていた、悟飯の顔が頭に浮かぶ。できるなら、彼の願いを叶えてあげたかった。私が強ければいいのにと、改めて思った。
それからしばらくの間、ナッツは粗末な寝台に横たわり、脱出の方法を考えながら、体力の回復に努めていた。自分と同様に、父親も回復していくのを感じながら、少女は焦りを感じていた。
(早くしないと。おそらく父様が完治する前に、人質の私を連れ出しに来るに違いないわ……)
一刻も早く逃げなければならないと思うが、良い方法は思いつかない。父様の足手纏いになるわけにはいかない。最悪の場合、抗って死ぬ覚悟をナッツは固めつつあった。自分さえいなければ、回復した父親はどうにでも逃げ出せるはずだと信じていた。
その時ふと思い出す。牢の天井付近に付けられた機器、あれは戦闘力を測定する機械だったはずだ。フリーザ軍の施設の入口は、登録された人間の戦闘力を感知して開閉するようにできている。牢の扉も同じ仕組みだとしたら。
「もしかして、戦闘力を0にできれば……?」
中にいないと判断されて、開くかもしれない。ナッツは扉の前に立ち、目を閉じて意識を集中する。少女の戦闘力は少しずつ下がっていくが、50前後で止まってしまい、それ以上は下がらない。
(こうしている間にも、誰か来るかもしれないっていうのに……!)
その焦りが、ますます集中を阻害する。サイヤ人としての少女の気質は、こうした細やかな気のコントロールに向いていなかった。
「……こんな事なら、悟飯からコツを聞いておくんだったわ」
少年と二人きりで過ごした、あの穏やかな時間を思い出す。自分の認めた強い相手が傍にいるのに、すぐに戦おうとは思わなかった。もっとずっと、話をしていたいと思った。幸せだった時間を思い出し、こんな時だというのに、目を閉じた少女の顔に、見惚れるような笑みが浮かんだ。
次の瞬間、スカウターのような電子音が鳴り、扉が開かれた。
「……できた」
少女は一瞬呆然とし、それからザーボンとフリーザの気配が近くに無い事を急いで感知すると、静かに部屋を出た。目指すは宇宙船の治療室。詳しい場所は判らなかったが、既に完治しつつある、父様の気配が教えてくれる。
(まずは父様と合流しないと……!)
そして廊下を歩き出した時、少女の首輪から、全身に高圧電流が走った。激痛に声も出せず倒れる間際、視界の端に、驚いた顔の兵士が立っているのが見えた。
アプールはナッツが倒れるのを見て、首輪のスイッチを片手に、安堵の息をついた。
回復しつつあるベジータが一瞬目を開けたような気がして、怖くなって人質を確保しておこうと思ったが、危ない所だった。
(どうやってこいつ、牢から出たんだ? 故障か?)
まあとにかく、逃げられる前に気付いて良かったと、アプールはナッツに近づく。小さな身体を持ち上げようとして、まてよ、と一瞬考える。
(運ぶ途中で目を覚ますかもしれないし、もう1回くらい、電撃を入れておいた方がいいかな?)
意識が逸れたその一瞬、小さな手に足を掴まれる。嫌な音と共に、足首の骨が砕かれた。
「……なっ!?」
そのまま凄まじい力で引き倒され、痛みに悲鳴を上げようとした口に拳が叩き込まれる。押そうとしたスイッチが、指ごと握り潰される。
倒れたアプールが怯えた顔で、馬乗りになった少女を見上げる。激痛の余韻で獣のように荒く呼吸しながら、怒りに歪んだ顔で彼を見下ろしている。そして拳を振り上げ、頭へと振り下ろす。
それがアプールの見た、最後の光景だった。
少女は奪った鍵を首輪に差し込み、慎重に回す。やがてカチリという音と共に首輪が外れ、床に落ちる。自らの首を撫でながら、ナッツは大きく息を吐いた。
尻尾を切られた時ほどの痛みではなかったが、戦闘の負傷による痛みと違い、対象を痛めつけ、屈服させるよう計算された苦痛には、慣れるのに時間が掛かってしまった。
(覚えてなさいよ……いつかこの分も返してあげる)
ナッツは返り血を手の甲で拭い、死体を牢に入れて隠してから、父親の気配の方向へ向かった。ザーボンやフリーザにはまだ気付かれていないようで、こっちに来る様子はない。
そしてナッツは宇宙船の一室で、コードと呼吸器に繋がれ、メディカルマシーンの中に浮かぶ父親を見つけた。
「父様!!」
安堵に顔を輝かせながら、少女はメディカルマシーンに駆け寄った。脱がせる手間を惜しんだのか、ボロボロの戦闘服のまま治療液に漬けられている。ナッツはその乱暴な処置に、一瞬怒りを覚えた。お医者様がこんな光景を見たら、自分以上に怒るだろう。
(服を脱がせないなんて! 治療速度が遅くなるし、治療液に不純物が混じっちゃうじゃない!)
後で掃除するのが大変なのだと、お医者様が愚痴っているのを聞いた事があった。とはいえ既に父親の傷がほとんど癒えている事は、温かな気配で感じられた。一時は死に掛けていた父親の回復が嬉しくて、少女は父親の浮かぶ円筒に手を触れて微笑む。
(父様、本当に良かった……!)
その時、父親がうっすらと目を開けた。そして娘の姿を確認し、一瞬驚いた様子を見せるも、周囲にザーボンやフリーザがいない事に気付いたのか、安心したような表情となった。そして治療液に満たされた円筒の内側から手を伸ばし、強化ガラス越しに、娘の小さな手と自らの手を重ね合わせる。
少しの間、見つめ合う二人の間に穏やかな時間が流れた。フリーザの気配が近くにあるのに、こんなに幸せな気分になれるなんてと、少女は少しおかしくなって笑った。
「父様、今そこから出して差し上げます」
ナッツはメディカルマシーンの操作盤を確認する。大まかな操作のやり方は、昔医務室に遊びに行った時に教わっていた。"治療開始"と"終了"の操作だけでも覚えておけば、最低限の治療はできるという話だった。目の前のメディカルマシーンは見慣れぬ最新式だったが、目当てのボタンはすぐ見つかった。
少女が機械を操作すると、治療液が排出されていき、完全に排出されたところで円筒が開いた。父親が自ら呼吸器とコードを外したところで、走り寄った娘が、治療液に濡れたままのその身体に抱き付いた。
「父様! ご無事で良かったです!」
父親も身を屈めて視線を合わせ、娘の小さな身体をしっかりと抱きしめる。
「それはこっちの台詞だ。てっきり人質にされているものかと思ったが、逃げ出したのか。……本当によくやったな」
感無量といった様子の父親からの賛辞に、ナッツは照れくさくなって笑う。
「そんな、私なんてまだまだです。父様があんな目に遭わされたのに、何もできませんでした。尻尾さえ生えていれば、この手で殺してやれたんですけど……」
目に不穏な光を湛える娘の頭を、父親は優しく撫でる。娘の身体が負傷している事に気づき、それを負わせた人物に思い至って、怒りのままに獰猛な笑みを浮かべる。
「なに、あいつはオレがやるさ。オレだけじゃなく、大事なお前を、痛い目に遭わせてくれたらしいしな……!!」
言葉と共に、ベジータの戦闘力が大きく跳ね上がる。父親の力が変身していたザーボンを上回っているのを感じ、ナッツは頼もしさと誇らしさに目を輝かせる。
(さすが父様! ザーボンの奴、父様を殺さなかった事を後悔するといいわ!)
今すぐにその光景を見てみたいと少女は思ったが、さすがにフリーザが近くにいるこの状況では難しいだろうと考え直す。
「父様、気付かれないうちに、ここから逃げましょう」
「……いや、せっかくだ。探しておきたい物がある」
父親は娘を連れて廊下を歩く。何度かフリーザの宇宙船に来た事のあるベジータは、いつかこんな機会があるかと思い、その内部構造を把握していた。そして向かった倉庫で目当ての物を見つけ、予想が的中した事に笑みを浮かべる。
「やはり、ここにあったか」
「ど、ドラゴンボールが……5つも!?」
ナッツは驚くと同時に困惑する。一人で持ち運べるのは2つが限度だった。1つは置いていく事になる。それに両手でボールを抱えた状態では、素早く逃げられないだろうし、いざという時に戦う事もできないだろう。
「と、父様、どうしましょう……?」
「全部奪うぞ。ドラゴンボールは揃えなければ意味が無い」
迷いのない口調で、ベジータは言った。
「でもどうやって……」
「大丈夫だ。奴らにスカウターが無ければ、やりようはある」
そして父親は娘に、自分の考えた作戦を説明した。
時間は少し遡る。フリーザの部屋で、ザーボンが報告を行っていた。
「ベジータさんと娘を捕まえましたか。お手柄ですよ、ザーボンさん」
「ありがとうございます。この場に連れて参りましょうか?」
フリーザは上機嫌な様子で笑う。
「ご冗談でしょう? サイヤ人のサルの子供など、この目で見ることすら不快です。情報を聞き出した後の始末は、ザーボンさんにお任せしますよ」
「はっ!」
ザーボンは一礼し、懐から取り出したスカウターを差し出した。
「フリーザ様、お喜びください。スカウターです。ベジータが持っていました」
「それは素晴らしい! ベジータさんは本当に役に立ってくれますね」
フリーザは笑顔でスカウターを受け取り、装着して戦闘力のサーチを行ったが、何も反応が無く怪訝な顔となる。
「ザーボンさん。このスカウター、戦闘で故障したのでは……」
その言葉に続くように、目の前の壁にスカウターから映像が投影された。年の頃2.3歳くらいの、戦闘服を着て尻尾を持った可愛らしい娘が、左右に揺れる母親の尻尾を、猫のように追いかけているシーンだった。ザーボンの顔色が、紙のように白くなった。
二人の前で次々と映像は切り替わり、娘の姿は少しずつ成長していく。フリーザは動かない。ザーボンの顔に滝のような汗が流れる。
『わ、私の名前はナッツ! サイヤ人の王子、ベジータ父様の娘よ!』
地球らしき場所で、少年に向かって名乗るシーンまで来たところで、フリーザは震える手でスカウターを外して床に叩き付け、破壊する。もう少し先にはナッツがドラゴンボールを入手したシーンも入っていたが、ついに確認される事はなかった。
「……ザーボンさん?」
「は、はいっ!」
フリーザはにっこりと、とても良い笑顔で笑う。その額に青筋が浮かび、全身がぶるぶると震えている。
「あの娘を10分以内に殺して来なさい。遅れたら、わかっていますね?」
「はい!!! フリーザ様!!!」
ザーボンは敬礼し、逃げるように部屋を飛び出した。
(ベジータ!! あのバカ親が!! 私の寿命が縮むところだったぞ!!)
そして廊下を駆け、牢に辿り着いたザーボンは、開いたままの扉とアプールの死体を見つけ、驚愕する。
「い、いないっ!? しまった!!」
次の瞬間、爆発音と共に宇宙船が揺れる。メディカルマシーンのある部屋の方からだと思われた。ザーボンはすぐさま走り出す。そして彼が見たものは、空になったメディカルマシーンと、破壊されたエンジンと、宇宙船の外壁に開いた大穴だった。
「お、おのれ、ベジータ……!」
怒りと失態に震えるザーボン。そこへ爆発音を聞いたフリーザも駆けつける。
「ザーボンさん! 一体何が!」
「ベジータが逃げたようです! すぐに追って……!」
再度の爆発音。そして少女の悲痛な声が響く。
「父様! 私はまだ宇宙船の中です! 助けてください!」
(……しめた! まだ娘と合流してはいなかったのか!)
ザーボンはナッツを確保すべく走り出す。あの親馬鹿は娘さえ押さえれば、何もできないという確信があった。フリーザもその後に続く。しかし辿り着いた場所には、外壁に穴が開いているのみで娘の姿は見えない。
「ここから逃げたのか……? ならそう遠くには!」
ザーボンが穴から出ると同時に、宇宙船の反対側で、一際大きな爆発が起こった。ドラゴンボールを置いてある部屋からだった。ベジータの狙いを悟った彼は、悔恨と共に叫ぶ。
「し、しまった……!!」
「でやああああ!!!!」
宇宙船の外壁に開いた穴から投擲されたドラゴンボールが、凄まじい速度で飛んでいく。反対側に向かったフリーザ達からは、何が起こっているのか見えないはずだ。
「父様! これが最後です!」
「よし! 離れていろ!」
娘がパスしたボールを、父親は助走を付けつつ素晴らしいフォームでぶん投げる。5つのドラゴンボールを素早く持ち出すには、これが一番の方法だった。
「逃げるぞ、ナッツ!」
「はい、父様!」
近づいてくるフリーザとザーボンの気配から逃れるように、二人は宇宙船を飛び出した。そして全力で水辺を目指し、いつか二人でしたように、勢いのまま水中へ飛び込んだ。
水面から差し込む光が、泳ぐ魚や色取り取りの生き物達の姿を照らし出す。前を行く父親に手を引かれ、繋いだ手から温もりを感じながら、ナッツは夢を見るような心地で、ふわふわと水中を飛んでいく。
気配を探ると、フリーザはまだ宇宙船にいて、ザーボンは周囲を探しているようだったが、彼女達がこうして逃げているとは、気付いていないようだった。仮に空を飛んでいたら、フリーザに見つけられて、あっという間に捕まっていただろう。
それにあの大きなボールを5つも奪ってみせた、その機転ときたら! 少女は憧れと尊敬の目で父親を見つめていた。
父親の方も、そんな娘の視線を感じながら、彼女の成長を誇らしく思っていた。サイヤ人に相応しい気質を持ち、戦闘力の面でも目覚ましい成長を見せているばかりか、それに加えて、逃げる途中で聞いた娘の行動の内容は、彼の想像を超えていた。
変身したザーボンに倒された時、もう助からないと思っていた。せめて一人で逃げてくれればと思っていたが、ドラゴンボールの情報のために、自分を生かすよう伝えたという。そして人質の身から、見事に脱出してみせた。同じ5歳の頃の自分に、これだけの事ができたかどうか。
親の贔屓目を差し引いても、惑星ベジータさえ健在ならば、自分の後継として女王の座を目指せる器だろう。宇宙一可愛い自分の娘がさらに美しく成長し、王家の紋章が刻まれた戦闘服と赤いマントに身を包み、サイヤ人達に号令を下している姿を想像する。王になり損ねた事が、心底惜しいと思った。
それから二人は時折水面に顔を出しながらも、空を飛ばずにボールの落ちた方を目指す。そして5つのボールがほぼ同じ場所に落ちているのを見つけたナッツが、喜びに叫ぶ。
「上手くいきましたね! 父様!」
少女は込み上げる嬉しさに、顔が綻ぶのを抑えきれない。隠してある分も含め、これでドラゴンボールが6つも集まった。残る1つの場所もわかっているし、それを持つ最長老に会える段取りもついている。既に願いの実現は、手の届く場所にあると言えた。
(待ってなさい、フリーザ! 不老不死になった父様の手で、無惨に殺されるといいわ!)
「父様! さっそく最長老の所へ……」
そこまで言ったところで、ナッツは足元がふらつくのを感じた。ザーボンとの戦闘と、首輪の電撃を受けた事によるダメージと疲労が、彼女の身体を苛んでいた。
(もうすぐ願いが叶うっていうのに、こんな所で……!)
必死に平静を保とうとする少女の小さな身体を、父親が優しく抱き上げる。
「と、父様! 私はまだ大丈夫です!」
「少し休め、ナッツ。お前はよくやった」
穏やかなその声は、全てを見透かしているかのようで。ナッツは父親の温もりに包まれながら、静かに目を閉じた。
「……はい、父様。ありがとうございます」
すぐに眠りに落ちた娘を、父親は安全な場所に横たえ、5つのボールも回収した。静かな寝息を立てる娘の頭を撫でながら、父親もまた、穏やかな顔で目を閉じた。
同時刻、そこから少し離れた洞窟から、青い髪の女が現れた。
最長老の所へ向かったクリリンからは、無闇に外へ出ないよう言われていたが、同じく留守番役の悟飯は寝込んでいるため話し相手にもならず、退屈を持て余して出てきたのだ。
「良い天気ねー。たまにはのんびり読書でもしましょうか」
どこまでも明るいナメック星の空の下、彼女は手頃な岩に腰掛け、本を片手にくつろぎ始める。
「こんな日は、何か良い事起こりそうな気がするわ」
彼女の人生の中で、今日が決して忘れられない一日になることを、この時のブルマはまだ知らなかった。
というわけで、彼女が逃げ出す話です。原作を知らずに頑張れるのって、この子の長所の一つだと思うのです。(最終形態フリーザの戦闘力を見ながら)
流れはほぼ原作準拠なのですが、前回と比べると結構明るい良い感じの話になったのではないかと思います。あの人もとうとう最後に出せましたし。
電撃首輪は最新のブロリー劇場版に出てきた、小惑星バンパのどこからあんな物を調達してきたのか不明のあれですね。ネットを見ると「サイヤ人の子供用の教育アイテム」とか「パラガスが有り合わせの部品で作った」と諸説ありましたがどちらも闇深案件なので、この話では奴隷・捕虜用と解釈しました。どちらにせよそれを息子に着けてる時点でアレな気もしますが、まあ戦闘力差を考えれば気持ちは……ブロリーの方はパラガスに懐いてましたし……。
次とその次の話は、ナメック星編で一番書きたかった話になる予定です。
更新は少し遅くなるかもしれませんが、気長にお待ちくださいませ。
それとこの長い話をここまで読んでくれた方々、ありがとうございます。やたら分量多くてシリアスだし捏造嫁出してるし原作味方キャラが主人公に殺され掛けるしで正直あんまり万人向けの作品では無いと自分でも思うのですが、それでも読んで下さる方がいる事が励みになっております。
取っつき難い作品で絡みづらいとは思いますが、もしよろしければ、一言程度でもいいので感想などありますと作者としてとても嬉しいですと、どきどきしながら催促してみます。もっと他の方の作品みたいに感想欄に色々気軽に書いて欲しいなあと思うのですが、雰囲気重めなのがまずいのでしょうか……?