あるサイヤ人の少女の物語   作:黒木氏

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7.彼女が彼女と出会う話

 ザーボンは焦っていた。あれから数時間探し続けていたが、逃げたベジータ達もドラゴンボールも見つからない。

 

「くそっ、このままでは、私がフリーザ様に殺されてしまう……」

 

 手掛かりもなく行き詰まりを感じていたその時、見覚えのある地球人が、遠くを飛んでいるのが見えた。

 

「ひゃっはーーー!!!!!」

 

 最長老に潜在能力を引き出され、軽くハイになっているクリリンだった。その手に抱えられた物に気付き、ザーボンは目を見開く。

 

「あれは、ドラゴンボール!」

 

 ザーボンは薄く笑う。どうやら、自分の命運は尽きていなかったらしい。どこかで拾ったのか、それともベジータ達と手を組んでいるのか。

 

(ここで殺すのは簡単だが、拠点を突き止めれば、残りのボールの在り処も判るかもしれないな)

 

 ザーボンは、見つからない程度に距離を離して後を追った。浮かれていたクリリンは、不運にもそれに気付かなかった。

 

 

 その頃、娘と父親は、崖に挟まれた隠れ場所の中で、捕まえた動物を焼いて食べていた。携帯食料の残りが少ないのもあるが、怪我をした娘にしっかりした物を食べさせてやりたいと、ベジータが狩ってきたのだ。

 

「うまいか? ナッツ」

「はい、父様! おいしいです!」

 

 ろくに下処理もせず、塩すら振っていない肉に、ナッツは大喜びで噛り付く。温かい食事は久しぶりだった。携帯食料と違って、水々しくて歯応えがあるのも良かった。

 

 あっという間に、二人は一頭を平らげた。そして少女が気持ち良さそうに、寝そべって食休みをしていた時、ザーボンの気配が近くを移動しているのを感じ、その眼差しが鋭くなる。同じ気配を感じた父親も身を起こす。

 

「ザーボンの奴、オレ達を探しにきやがったな」

「行きますか? 父様」

 

「当然だ。お前の分まで、借りを返してやる必要があるからな……!」

 

 そして5つのドラゴンボールをその場に残し、二人は飛び立った。

 

 

 

 それから少しの時間が経過し、ブルマ達が拠点にしている洞窟の前。岩に腰かけ、読書をしている彼女の前に、戻ってきたクリリンが降り立った。

 

「……ブルマさん、外に出ているなんて、不用心ですよ」

「別にいいじゃない。こんなに良い天気なんだし、退屈だったんだから」

 

 ブルマは読んでいた本を閉じ、クリリンの持つボールを興味深そうに眺める。

 

「それがナメック星のドラゴンボール? ずいぶん大きいわね……」

 

 地球のそれの数倍のサイズだが、ドラゴンレーダーに反応するという事は、基本的な構造は同じはずだ。願いが3つも叶うという話だったし、込められているエネルギーが大きいのだろうか。

 

「時間があれば、分析してみたいところだけど……」

「奥に置いておきますから、後でゆっくり調べてください。そういえば、悟飯はどうしてます?」

 

「まだ寝てるわよ。疲れてるみたいだったし、起こさない方がいいと思うわ」

「わかりました。……あいつも大変だなあ」

 

 小さく呟き、クリリンは洞窟の奥へと向かいながら考える。

 

(悟飯はあんなサイヤ人の、どこがいいんだろうな?)

 

 少年が惹かれるだけの何かがあるのだろうが、あの少女の姿を思い出すだけで身体が震えてしまう自分には、到底理解できそうになかった。彼女は地球を滅ぼしかけて、自分も殺されかけたのだ。

 

 正直フリーザ達とぶつかって、ベジータ共々相打ちにでもなっていて欲しいと思うが、そうなった時の悟飯の顔を想像すると、複雑な気分になってしまう。

 

(普通の地球人の女の子が相手なら、素直に応援してやれるんだがなあ)

 

 一方ブルマの方も、閉じた本をまた開くでもなく、考えに耽っていた。クリリンの呟きが、心に引っ掛かっていた。

 

「……悟飯くん、何かあったのかしら?」

 

 寝込んでいる本人に聞くのは躊躇われた。クリリンは何か知っているようだったが、聞いても素直に教えてくれない気がする。

 

「チチさんに相談した方がいいのかなあ」

 

 地球への通信装置を眺めながら、腕を組んで考え込むブルマの前に、ザーボンが華麗な所作で着地した。

 

「だ、誰!?」

「失礼、美しいお嬢さん。驚かせてしまいました」

 

 優雅に一礼し、ウインクして見せる彼の姿に、ブルマの心臓が高鳴り、顔が真っ赤に染まる。

 

(えっ、何このイケメン!?)

 

「ま、まあ別にいいけど、何か用?」

「ええ、大した事ではないのですが……」

 

 その時、ザーボンの気配を感じたクリリンが洞窟から飛び出し、叫ぶ。

 

「ブルマさん! そいつは!」

 

 ザーボンが薄く笑い、ブルマへと掌を向けた。

 

「ドラゴンボールはどこにある?」

「えっ……」

 

 一変した彼の雰囲気に、ブルマは目を見開く。ザーボンの掌に、光が収束していく。

 

「ブルマさん!」

「お前はさっきドラゴンボールを持っていたな、地球人。知っている事は全て喋ってもらうぞ」

 

「くっ……!」

 

 クリリンは悔恨に呻く。見られていた事に気付かなかったばかりか、ブルマさんまで危険な目に遭わせてしまった。最長老に潜在能力を引き出してもらったとはいえ、ベジータに匹敵する気を持つこいつに、戦って勝てる可能性はない。

 

(こいつにドラゴンボールを、渡してしまうしかないのか……?)

 

 手詰まりだった。ボールを守って見せると最長老に言ったものの、ここで壊すなどしたら、ブルマさんは間違いなく殺されてしまうだろう。しかも仮にボールを渡し、情報を全て喋ったところで、目の前の男が自分達を見逃してくれる保証は無いのだ。

 

 

 

 

 そんな彼らの様子を、父親と娘は、上空から観察していた。何を話しているかまでは聞こえなかったが、オレンジ色の服を着た地球人の男の姿に、ナッツは見覚えがあった。

 

(あいつ、まだ生きていたのね。運の良い奴)

 

 地球で大猿になった時、エネルギー波の直撃を食らわせた覚えがある。てっきり死んだと思っていたが、そういえば死体は確認していなかった。

 

「父様、どうします?」

「そうだな……」

 

 ベジータは考える。別に地球人共がザーボンに殺されようと、どうでも良かったが、奴らもドラゴンボールを探しているのだろうし、何か情報を持っているかもしれなかった。

 

「あいつらには聞きたい事がある。オレがザーボンと戦う間、奴らが逃げないよう足止めを頼む」

「わかりました、父様」

 

 そこで少女は何気なくクリリンの戦闘力を探り、予想を遥かに超えたその大きさに驚愕する。 

 

「……と、父様! あいつ、戦闘力1万以上です!」

「な、何だと!?」

 

 ベジータも確認し、娘の言葉どおりの結果に驚く。地球で見た時は、せいぜい2000程度だったはずだ。まさか実力を隠していたわけでもないだろうに。

 

「あいつ、こんな短時間で何があったの……?」

 

 ナッツは困惑する。悟飯が強くなったというのなら、判らないでもない。だがあの洞窟の中から感じる悟飯の戦闘力は、今の自分より少し低い程度で、前に会った時から変わっていない。

 

(サイヤ人の悟飯を差し置いて、あんな地球人の方が強くなってるっていうの……?)

 

 少女は苛立ち交じりの表情で、眼下のクリリンを睨み付ける。地球人の分際で、生意気だと思った。

 

「ナッツ。お前は下がっていろ。今の奴を相手にするのは危険だ」

「……いえ、私にやらせて下さい」

 

 少女は決意を秘めた目で、真っ直ぐに父親を見つめる。父様の役に立ちたかった。それにサイヤ人の王族が、たかが地球人の戦闘力を恐れて引き下がるなんて、プライドが許さなかった。

 

「倒すのは無理でも、足止めならできると思います。地球でさんざん、脅かしてやりましたから」

 

 その表情で、父親は娘の気持ちを理解した。危ないとは思ったが、地球人ごときに負けたくないという、その考えはよく理解できた。

 

「……わかった。だが無理はするな。危なくなったらすぐに逃げるんだ。いいな」

「はい、父様」

 

 

 そして彼らは二手に分かれ、ベジータはザーボンの後ろに、ナッツはクリリン達の近くへ降り立った。

 

「よう、ザーボン。さっきはオレの娘を、可愛がってくれたそうじゃないか?」

「ベジータか……貴様のせいで私に対するフリーザ様の信用はガタ落ちだ」

 

 ザーボンはブルマに向けていた掌を下ろし、ベジータと対峙する。それを見たブルマが、かすかに震える声で言った。

 

「あ、あいつもちょっと格好良いけど、もしかして正義の味方だったりして?」

「さ、最悪だ……!」

 

 クリリンは恐怖に震えていた。ベジータだけではない。忘れもしない、黒い戦闘服を着た少女が、微笑みながら立っていた。

 

「てっきり地球で殺したと思ってたけど、生きていたなんてね」

 

 少女は怯えるクリリンの姿に気を良くしながら、油断はせず、とびきり冷酷な、サイヤ人らしい顔で笑って見せる。

 

「せっかく拾った命が惜しかったら、そこから動かない事ね。父様はあなた達に、聞きたい事があるらしいわ」

 

 ナッツの発する悪の気が、クリリンに刻まれたトラウマを想起させる。今の自分なら負けはしないだろうとわかっていたが、彼女と向き合っているだけで、身体の震えが止まらなかった。

 

「……ブルマさん、絶対に動かないで下さい。こいつは地球を侵略に来たサイヤ人で、人の命なんて、何とも思ってない奴です」

「うーん……」

 

 気を感じ取れないブルマには、クリリンが何をそんなに怖がっているのか、理解できなかった。目の前にいる少女は、怖い顔を作って、ちょっと不良っぽい振舞いをしているだけの、ただの小さな子供にしか見えなかった。

 

(雰囲気が似てるし、父様って、あいつの事よね。お父さんの前で、格好をつけたがってるのかしら?)

 

 クリリンと違い、気圧された様子も無く自分を見つめる地球人の女に、ナッツは少しだけ興味を持った。

 

(この地球人の女、変わった色の髪ね。戦闘力を感じないけど、戦士でないなら、どうしてこんな所まで来たのかしら?)

 

 

 ナッツとブルマが、お互いを見つめたその時、ベジータと対峙していたザーボンが叫ぶ。

 

「少し予定が狂ってしまったが、ドラゴンボールの在り処を喋ってもらうぞ!」

 

 言葉と同時に、ザーボンの体躯が膨れ上がり、その美貌が怪物のような顔へと変化する。

 

「ひっ……!」

 

 ザーボンは恐怖に顔を引きつらせるブルマを見て、軽く傷つくと同時に、当然の反応だとも思った。自分ですら、この姿の醜さは耐えがたいのだから。

 

 ベジータの娘の方は、戦闘力が上がったわね、といった程度の反応しか見せていない。やはりあいつはおかしいと、ザーボンは思った。

 

「さっきのように行くと思うなよ……! ナッツの分まで、借りを返してやる!」

 

 言葉と共にベジータは飛び上がり、上空からエネルギー波を撃ち下ろす構えを見せた。

 

「! させるかっ!」

 

 後を追って飛んだザーボンを見下ろし、ベジータがニヤリと笑い、握っていた土をぱらぱらと落とす。土が目に入ったザーボンは、思わず顔を押さえてしまい、視界と動きが封じられる。

 

「くっ! これは……」

 

 その一瞬の隙に、後ろに回り込んだベジータが、戦闘力を限界まで高め、痛烈な一撃を叩き込んだ。凄まじい威力の拳があっさり戦闘服を貫通し、ザーボンの背中に深々と突き刺さる。

 

「があっ!?」

 

 痛みに叫ぶザーボンの戦闘力が大きく低下したのを見て、少女は嬉しさのあまり、クリリンを脅す演技を忘れ、手を振り上げて応援する。

 

「父様! その調子です!」

 

「今のは結構キツかったんじゃないか? ザーボンさんよ」

「お、おのれ!」

 

 ザーボンが掌を構え、エネルギー波を撃ち放つ。それを回避したベジータもエネルギー波を撃ち、二人は高速で飛び回りながら、互いの進路を予測してエネルギー波を連射していく。

 

 瞬く間に応酬されるエネルギー波は数十発を超え、流れ弾のいくつかは地面に命中し、次々に爆発が巻き起こる。

 

「あいつら、滅茶苦茶しやがって!」

「ちょっとこれ、まずいんじゃないの……?」

 

 ブルマが呟いたその時、ザーボンの放ったエネルギー波の一発が、彼女を目掛けて飛んできた。

 

「……えっ!?」

「ブルマさん! 危ない!」

 

 クリリンがとっさに彼女の前に飛び出し、全力のエネルギー波をぶつけて相殺する。至近距離からの爆風が、ブルマの髪を大きく乱す。

 

「大丈夫ですか! ブルマさん!」

「や、やるじゃない、クリリンくん……」

 

 そこで彼女は、ふと何かを感じ、背後を見る。風を切る音と共に、二発目が彼らに迫っていた。

 

「ちょっ……!」

「しまっ……!」

 

 クリリンは一瞬のうちに悟ってしまう。迎撃は間に合わない。自分なら食らっても即死はしないが、どう庇っても、余波だけでブルマは死んでしまう。

 

 彼が絶望した次の瞬間、ブルマの前に黒い戦闘服の少女が飛び出し、自分の身体よりも大きなそれを、両手で受け止めた。

 

「ザーボンの奴、無駄な抵抗をせず、素直に殺されなさいよ……!」

 

 八つ当たりするように、少女が叫ぶ。踏みしめたブーツの跡を地面に残しながら、小さな身体がじりじりと押されていく。その背中を二人は呆然と見つめる。

 

「お、お前、どうして……」

「こ……のっ!!」

 

 ナッツは歯を食いしばり、気合いと共に両手を振って、エネルギー波を後ろに受け流す。飛んで行ったそれが遠くの海面に着弾し、爆発に巻き上げられた水が高く舞い上がる。

 

「はあっ、はあっ……」

 

 少女は肩で息をつきながら、次弾を警戒して空を見上げる。両腕の表面が少し焦げて、煙を上げていた。父様に言われた以上、彼らを殺させるわけにはいかなかったが、この状態だと、次は防げるかわからなかった。

 

 そんなナッツに、衝撃から立ち直ったブルマが、おそるおそる声を掛ける。

 

「その……ありがとね。その腕、大丈夫?」

「礼はいらないわ。父様は、聞きたい事があると言っていたもの。死んだら話せないでしょう?」

 

 それからナッツは、淡々とした口調で、クリリンに言った。

 

「あなたの仲間でしょう? もっとしっかり守りなさいよ」

「あ、ああ。すまない……」

 

 クリリンはまだ、呆けたように動けなかった。邪悪なサイヤ人そのものだった少女が、父親からの命令を守るためとはいえ、自分達を庇ったという、その事実が信じられなかった。

 

 その時、難しい顔でナッツを見ていたブルマがひとつ頷くと、小走りに洞窟へ入って行った。

 

「ちょっとあなた! 逃げるなら撃つわよ!」

「逃げないから、ちょっとだけ待ってなさい!」

 

 そう返したブルマは、すぐに非常用の医療キットを手に戻ってきた。

 

「その腕、見せなさい。手当しないと、雑菌が入ったら大変よ」

「地球人と一緒にしないで。このくらい、放っておけば治るわ」

 

 言って傷を舐めるナッツに向けて、包帯と薬を持ったブルマがにじり寄る。それを見た少女が、気圧されたように後ずさる。

 

「ちょっと! いいったら!」

「大人しくしなさい!」

 

 逃げようとする少女にブルマが飛びつき、暴れようとするのを押さえつけながら、その腕に包帯を巻いていく。

 

「え、ええ……?」

 

 その光景に、クリリンは再び唖然となってしまう。ナッツが少し力を込めるだけで、ブルマの四肢は千切れ飛ぶだろう。地球にいるどんな猛獣よりも、このサイヤ人の少女は危険な存在なのだ。

 

 にも関わらず、ブルマに押さえつけられ、じたばたと暴れようとする少女の姿が、まるでただの子供のようにしか見えない事に、クリリンは己の目を疑った。

 

 

 

 やがて治療が終わり、少女はむすっとした表情で、丁寧に巻かれた包帯を眺めていた。

 

「どう、痛くない? ええと……あなたの名前は?」

「私の名前なんて、どうでもいいじゃない」

 

 ぷい、とナッツはブルマから顔を背ける。治療して欲しいなどと、言った覚えは無かった。力ずくならどうにでもできたのに、何故か抵抗できず、押し切られてしまった事が、腹立たしかった。

 

(まあ、せっかく守ったのに、殺すわけにもいかないから、仕方がなかったんだけど)

 

 目の前の地球人の女に触れられた時、ふと温かさを感じて、心地良いと一瞬思ってしまった。それが何だか、もやもやして、イライラした。

 

 彼女は自覚していなかったが、今まで悟飯のような同年代の子供が近くにいなかったのと同様に、年上の女性もまた、死んだ母親以外、彼女の周りにはいなかった。自分が何を求めているのかわからないまま、ナッツは苛立ちを抱えていた。

 

 一方ブルマから見ると、そんな様子は、幼い子供が拗ねているようにしか見えず、おかしくなって、微笑みながら声を掛ける。

 

「いいじゃない。名前くらい教えなさいよ」

「地球人なんかに、名乗る名前はないわ。父様が奴を殺すまで、黙って大人しくしてなさい」

 

 そうしてむきになりながら、大人びた口調で話すナッツの姿を、ブルマはにこにこと笑いながら見つめていた。

 

 

 

 その頃、上空で繰り広げられる戦闘の趨勢は、最初の不意打ちが功を奏し、ベジータの優位に傾きつつあった。

 

「そろそろ死が見えてきたんじゃないか? 可愛い娘を傷付けやがった代償を支払ってもらうぜ」

 

 負傷し荒い息をつくザーボンは、ベジータの言葉を聞いて、半ば反射的に叫んだ。

 

「ベジータ! 娘が可愛いというのなら、あの肩の傷をどうにかしてやれ!!」

 

 敵に対して言うべき台詞ではなかったが、たとえ他人の娘で、殺す事を命じられていたとしても、美しいものが傷ついたままで、無造作に晒されているのは許せなかった。それは彼の信念に対する冒涜だった。

 

 一方のベジータは、突然のザーボンの発言に困惑しながらも、大事な娘に関する事だったので、真剣に答えた。

 

「オレだってそうしたい!! だがナッツが残したいと言ったんだから、仕方ないだろう!」

「な、何だと……!?」

 

 ザーボンは戦慄する。確かに戦傷は勲章だとか、そういう野蛮な考えがある事は知っている。だがよりによってあの娘が、そんな考えに取りつかれているなど、悪夢のようだと思った。

 

 彼女はきっと、生きている限り戦いを止めないだろう。そうして将来成長したあの娘が、顔や身体に残った無数の傷を、隠すでもなく晒しながら、誇らしげに笑う姿がはっきりと想像できて、心底恐ろしいと思った。

 

「ベジータ!! 娘の教育を考え直せ!! 手遅れになるぞ!!」

「てめえに言われる筋合いはねえ!!」

 

 急に必死さを増したザーボンを殴りつけながら、何故オレはこんな会話をしているんだと、ベジータは理不尽なものを感じていた。 

 

 

 

 そんな上空の会話が聞こえたわけではなかったが、ブルマの目は、少女の肩の傷に向いていた。肉食性の獣に噛まれたような、痛々しい傷跡。

 

「ねえ、その傷跡、治した方がいいんじゃない? あなた達の科学力なら、消すくらい簡単だと思うんだけど」

 

 ナッツは笑う。やっぱり軟弱な地球人は、わかっていないと思った。少女は傷跡を示しながら、誇らしげに言った。

 

「そんな事はしないわ。この傷はね、悟飯に噛まれた跡なのよ。楽しかった命懸けの戦いの、大事な思い出の証なんだから」

 

 それを聞いたブルマは一瞬硬直し、ゆっくりと首を動かして、悟飯のいる洞窟の方を見る。そしてすっくと立ち上がり、地球との通信機へと走り出す。

 

「チチさーん!!」

「ブルマさん待って!?」

 

 通信機を操作しようとするブルマを、クリリンが後ろから押さえつける。

 

「離しなさい! 悟飯くんがあんな可愛い女の子を!?」

「やめてあげて下さい! 地球の危機だったんですから!」

 

 彼は事情を説明する。サイヤ人との戦いの中、悟飯に尻尾が生えて大猿になったこと、同じく変身したナッツと戦闘になった最中の出来事で、不可抗力であること。

 

 ナッツがさらに補足する。

 

「残念だけど、これは悟飯が自分の意思でやったわけじゃないわ。あの時、彼は理性を失っていたんだもの。私や父様と違って、ろくに訓練もしていなかったんでしょうし」

 

 微妙にフォローになっていない発言に、クリリンは変な子を見る目で少女を見た。

 

 一方ブルマは、少女が悟飯の名前を口にする時、とても嬉しそうな顔になる事に気付いていた。

 

「ねえ、あなた、悟飯くんの友達なの?」

 

 聞かれたナッツは、きょとんとした顔で言った。

 

「? ……友達って何?」

「友達は友達よ。一人くらいいるでしょう?」 

 

「……仲間とか同盟なら知ってるけど、初めて聞く言葉だわ」

 

 少女は考える。どうやら知っていて当たり前の言葉らしい。母様から高度な教育を受けた自分なら、意味を推測できるかもしれない。

 

 この地球人の口ぶりからすると、仲の良い二人を指す言葉なのだろうか。そこまで考えて、ナッツの顔が耳まで真っ赤に染まる。

 

「まさか、夫婦のこと!? な、何考えてるの! 私達はまだ子供よ!」

「面白い子ねえ」

 

 ばたばたと手を振る少女を見ながら、ブルマは笑って言った。

 

「友達っていうのは、お互いに心を許し合って、一緒に遊んだり喋ったりする、親しい人の事よ」

 

 言葉の意味を理解すると共に、ナッツの視界が歪む。彼とそんな風になれたら、どれほど良かったか。

 

 少女は顔をくしゃくしゃに歪め、震える声で言った。

 

 

「私、悟飯と友達になりたかったわ」

 

 

「……なればいいじゃない」

「駄目なの。私は、母様の仇を取るために、ドラゴンボールで、願いを叶えないと、いけなくて、けど悟飯の大事な、ピッコロという人が、私達のせいで、死んでしまって……っ!」

 

 途切れ途切れに言葉を漏らす少女の身体が、不意に温かい感覚に包まれた。

 

 目の前で泣きじゃくる子供の身体を、ブルマは思わず抱きしめていた。

 

 

「大丈夫よ。何も心配しなくていいの。子供はね、難しい事なんて考えずに、幸せになることだけ考えてればいいの」

 

 

 とても優しい声だった。顔を上げると目が合って、彼女は、安心させるように微笑んだ。ふっと肩の力が抜けて、温かい身体に寄り掛かる。

 

「……父様と同じ事を言うのね、あなた」

「そう。あなたのお父さんは、とても立派な人みたいね」

 

 大好きな父親が褒められた事に、少女は頬を緩め、子供のような顔で笑う。

 

「……そうよ。父様は宇宙一凄い人なの」

 

 温かくて柔らかい身体に、頭を擦り付ける。この地球人の女性は、良い人だと思った。彼女の名前が、知りたいと思った。こういう時は、まず自分から名乗るのだ。

 

「ねえ。私はナッツって言うの。あなたは?」

「私はブルマよ。よろしくね、ナッツちゃん」

 

 微笑みと優しい視線が交差する。この瞬間を、二人は生涯忘れなかった。

 

 

「ところでナッツちゃん?」

「なあに? ブルマ」

 

「ナメック星のドラゴンボールって、願いが3つ叶うんじゃなかったっけ?」

「えっ」

 

 その時のナッツの、呆けたような、とてもびっくりした顔も、ブルマは生涯忘れなかった。

 

 そうした大事な思い出を、彼らはこれから、いくつも積み重ねていく事になる。

 

 

 

 身体を貫かれ、地面に落ちたザーボンが、止めを刺そうと近づくベジータに、振り絞るような声で言った。

 

「ベジータ……お前はあの娘に、戦闘服以外の服を、着せた事があるのか? 本当に娘の事を思うのなら、戦闘力以外でも、自分を磨く方法を教えてやれ……」

 

「……ザーボン。さっきから一体何のつもりだ?」

「あの娘が悪い。せっかく生まれ持った美しさを、ドブに捨てるような真似を……」

 

 薄れゆく意識の中で、ザーボンは思う。醜い姿への変身を躊躇していたことを、たかがそんな理由でと、嗤われた事が悔しかった。もしもあの野蛮な娘が、これを切っ掛けに考えを改め、自らの容姿に興味を持つようになれば、それは彼の勝利だった。

 

 

 どこか満足そうに息絶えたザーボンを見下ろし、父親はため息をつく。娘への教育が偏っている事は、言われるまでもなく、薄々わかっていた。だからといって、どうすれば良いというのか。

 

「父様、おめでとうございます!」

 

 振り返ると、娘と二人の地球人が立っていた。父親は優しく微笑みながら、娘の頭を撫でる。

 

「そいつらを逃がさなかったようだな。よくやったぞ」

「はい。それでその、ブルマ……いえ、この地球人が、私達と話をしたいそうです」

 

 青い髪の地球人の女が、ベジータの前に進み出る。

 

「あなたが、この子の父親ね。私達に聞きたい事があるみたいだけど」

 

 そうしてブルマは、不敵な笑みを浮かべて言った。

 

「せっかくだから、中で話さない? 孫くんと同じでいっぱい食べるんだろうし、食事くらい出してあげるわよ?」

「あ、ああ……」

 

 戦闘力を持たないその女の、あまりに堂々とした態度に、ベジータは気圧されながら頷いた。

 

 戸惑いと挑むような視線が交差する。この瞬間を、二人は生涯忘れなかった。




 というわけで、彼女と彼女の話です。
 この話では全体的に親子関係を重視してますので、彼らが出会うきっかけはこういう形になりました。オリキャラが入ってる分、原作とは異なる展開ですが、面白いと思っていただければ幸いなのです。

 あと原作だと宇宙船を脱出してからザーボン戦まで3日くらい経過してるんですが、この話だと時間経過させる理由が無いので省略しただけで、悟空もギニュー特戦隊も普通に登場します。

 原作より早く到着する理由は……悟空は入院中のヤジロベーが仙豆早く作れとカリン様を急かしたおかげで早めに出発できました。ギニュー特戦隊はヤードラット攻めの引き継ぎが早めに終わったんだと思います。


 最後になりますが、前回はたくさんの感想をありがとうございます。お気に入りや評価と共に、続きを書く励みになっております。
 ちょっとした事でも書いてもらえるだけで作者にとっては嬉しいものですので、もし何か思うところなどありましたら、軽い気持ちで書いてみてください。 

 次回は主人公が、のんびりゆったりする話になる予定です。
 更新は遅れるかもしれませんが、どうか気長にお待ちくださいませ。

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