あるサイヤ人の少女の物語   作:黒木氏

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8.彼女がのんびり寛ぐ話(前編)

 洞窟の中に設置されたカプセルハウスの一室で、悟飯はベッドに横たわり、時折寝返りを打ちながら、物思いに耽っていた。

 

 涙を流す少女の顔が、瞳の裏に焼き付いていた。思い出すたびに、気持ちが沈む。

 

 どうすれば、いいのだろう。願いが3つ叶うと打ち明けたとして、それで彼女の父親が、納得してくれるだろうか。

 

 彼らには、願いを自分達に使わせるメリットがない。そもそも、フリーザ達が集めている以上、ボールを揃える事自体がほぼ不可能なのだ。

 

 フリーザを倒すための不老不死。ナッツが自分を突き離し、あんな顔をしてまで叶えたいと思っている願いは、結局のところ、叶わない可能性が高い。

 

 そしてそれは、ピッコロさん達を生き返らせる事が、同じくらい難しい事を意味する。ベッドの中で、悟飯は何度目かのため息をつく。

 

 どうにかしてフリーザ達を出し抜いて、ドラゴンボールを揃えられたら、どんなに良いだろう。それだけで、皆幸せになれるのに。

 

 自分達の力量でそんな事ができるはずがないと、冷静な思考で判断して、悟飯は再びため息をつく。もう一度、彼女の笑顔が見たいと思った。

 

 

 そんな風に、悟飯が割り切れない思いを抱えていると、部屋の外からブルマの声が聞こえた。

 

「悟飯くん! お友達が遊びに来てるわよ!」

「え? 友達?」

 

 友達と聞いて反射的に浮かんだのが竜だったのは、自分でもどうかと思う。家の近くには同年代の子供とかいなかったから、仕方がないのだけど。

 

 しかしハイヤードラゴンが地球から来るはずがないし、一体誰の事なのか。

 

「お、お邪魔します……」

 

 部屋のドアが開き、入ってきた人物を見て、悟飯が驚愕する。一瞬、都合の良い夢を見ているのではないかと思った。

 

「ナッツ!? どうして!?」

「その……遊びに来てあげたわ!」 

 

 少しあたふたしてから、胸に手を当て、王族っぽい高貴なポーズを決める黒い戦闘服の少女。悪人っぽい感じはするけれど、なぜか惹き付けられる気を持つ少女。

 

 どうして彼女がここにいるのか。この間、酷い別れ方をしたばかりなのに、どうしてこんなに嬉しそうに笑っているのか。

 

 輝くような笑顔に見惚れた少年が動けないでいる間に、ナッツは部屋に踏み込み、彼が寝ているベッドに上がり込んできた。悟飯は慌ててベッドの上で後ずさる。

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

 少年が下がった分、少女は膝立ちで距離を詰める。互いの前髪が触れ合うほどに迫ってから、ナッツは顔を真っ赤に染めた悟飯に向けて、満面の笑みを浮かべて言った。

 

「ねえ聞いて! ナメック星のドラゴンボールって、願いが3つも叶うらしいの! 3つよ3つ! 私達の願いも、あなた達の願いも、両方叶える事ができるの!」

「う、うん。でも、全部集めるのは、難しいんじゃ……」

 

「大丈夫! もう筋道はついてるわ! それで全部揃ったらあなた達の願いも叶えるよう、父様に頼んであげる!」

「え、えええ……?」

 

 あまりの急展開に、少年は目を白黒させる。どうやってボールを集めるつもりなのかも気になったが、それよりも聞いておきたい事があった。

 

「……そんな簡単に、願いをボク達に譲って良いの? 何でも叶うのに」

 

 フリーザを倒すとかは無理だろうけど、不老不死が叶うくらいなのだから、大抵の事は可能だろう。少し考えただけで、悪用する方法が10通りは浮かぶ。

 

「いいのよ。あなた達の仲間が死んだのは、元々私達のせいだもの。それにね」

 

 少女は夜のような黒い瞳で、真っ直ぐに彼を見据えて言った。

 

「私はあなたの事を、とっても気に入ってるの。あなたに恨まれたくなんかないし、友達というのになって、ずっと一緒にいたいと思ってる」

「…………!?」

 

 少し照れくさそうに微笑む少女から、悟飯は必死に目を逸らす。どくどくと高鳴る心臓が今にも壊れそうで、これ以上彼女を見ていたら、死んでしまうと思った。

 

「? どうして目を逸らすの? 怒ってる?」

 

 ナッツの小さな手が、悟飯の頬に触れ、くい、と自分の方を向かせる。そうして再び至近距離で目と目が合い、少年は死んだ。

 

「あ……あ……」

「……悟飯?」

 

 茹で蛸のように真っ赤な顔で口をぱくぱくさせる少年を見て、異変を感じた少女は、彼の額に自分の額をくっつけ、あまりの熱さに驚愕する。

 

「大変! 凄い熱よ! ごめんなさい悟飯! 具合が悪くて寝ていたのね!」

「…………」

 

 止めを刺された悟飯がついに意識を失いかけたその時、ナッツの身体が少年から引き離される。

 

 入ってきたベジータが戦闘服の首根っこを掴み、小さな身体を猫のように持ち上げたのだ。

 

「あ、父様!」

「食事の前に、風呂の準備ができたらしい。先に入ってこい」

 

「わかりました、父様」

 

 そうして少女は宙ぶらりんのまま、まだふらふらしている少年に手を振った。

 

「じゃあ悟飯、また後でね!」

 

 ナッツが外に持ち出されていく。部屋のドアが閉まる直前、額に青筋を浮かべた父親が、調子に乗るなよ、と言わんばかりに悟飯を睨みつけた。

 

 

 一人残された悟飯は、先ほどとはうって変わって、すっかり気持ちが晴れたような気分だった。我ながら単純だとは思うけど、とても幸せだった。

 

 ベッドから身を起こす。まだ先の事は、詳しく聞いてないからわからないけど、とりあえず着替えて、顔でも洗おうと思った。

 

 

 

 風呂場の前の洗面所で、ブルマは少女に、シャワーの使い方を教えていた。

 

 説明を聞いたナッツは、無造作に戦闘服を脱いでいき、あっという間に一糸纏わぬ姿となる。そして両腕に巻かれた包帯を示して言った。

 

「ブルマ。これ、外す必要ある?」

 

「防水仕様だから大丈夫よ。怪我してるし、直接お湯に触れない方が良いと思うわ」

「そう、ありがとう」

 

 風呂場に入っていくナッツに、ブルマが声を掛ける。   

 

「お父さんと一緒に入らないの?」

「ええ。男の人と一緒に入ったら子供ができるって、母様が言っていたもの」

 

「……まあ、そうね。間違ってはいないわね」

 

 サイヤ人の教育って、どうなってるのかしらとブルマは思う。

 

 実のところ、病弱で世間知らずだった彼女の母親の知識や経験は、割と偏っており、娘が変な影響を受けている事など、ブルマは知る由も無かった。

 

「お風呂も沸かしておいたわ。食事の準備をしておくから、ゆっくり入っててね」

「? うん。ゆっくりするわ」

 

 言われた言葉の意味がわからないまま、少女は風呂場に入って行った。

 

 残されたブルマは少女の戦闘服を見る。ラディッツというサイヤ人が着ていた物と同じで、地球に無い素材だった。

 

 興味はあったが、他人の服を勝手に分析するわけにはいかない。とりあえず汚れているし、洗っておいてあげようと思った。

 

 

 

 風呂場に入ったナッツは、軽くシャワーを浴びてから、手に持ったスポンジで、どこかもどかしそうに全身を磨いていた。小さな身体が白い泡に包まれていく。

 

「やっぱり、尻尾が無いと背中を洗うのが難しいわね……」

 

 手を後ろに伸ばして何とかなったが、やはり不便だった。早く生えてきて欲しいと思う。

 

 背中まで伸びた髪の毛も念入りにシャンプーで泡立て、一気にシャワーで洗い流す。温かいお湯の感触と、全身がぴかぴかになったような爽快感に息をつく。

 

 いつもならここで終わるのだが、ブルマに言われた言葉が気になった。風呂を沸かすとは何だろう。

 

 少女は先ほどから気になっていた、色付きのお湯の溜まった入れ物を見る。人が入れそうな大きさだった。

 

「これって……何?」

 

 ナッツは首を傾げる。彼女にとって風呂場とは、シャワーで身体の汚れを洗い流す場所であり、浴槽という存在そのものを知らなかった。

 

(ブルマの言っていたのは、これに入れと言うことかしら?)

 

 紫色のそのお湯に、恐る恐る指先で触れてみる。やや熱いが、耐えられないほどではない。何となく、身体に良さそうな感じがする。そこまで考えて、似たような物を思い出した。

 

「なるほど。これは簡易型のメディカルマシーンのようなものね」

 

 身体を洗うためにちょうど服を脱ぐわけだし、ついでに傷も癒そうというのは合理的だ。よくできていると感心してしまう。

 

(この家もそうだけど、遠征先にまでこんな設備を持ち込むなんて、地球の工事技術も凄いわね……)

 

 恐る恐る爪先を湯につけ、身体を沈めていく。肩まで熱い湯につかったところで、シャワーとは全く違う感覚に、思わず声が出た。全身がほぐれて、疲れが溶けていくような気分だった。

 

(気持ちいい……凄く良く効きそう……)

 

 ナッツは目を閉じ、心地良さに身を委ねる。少なくとも、精神をリラックスさせる効果は、本家のメディカルマシーンよりも上だと思った。なかなか離れられなくて、のぼせる寸前まで入っていた。 

 

 

 それからしばらくして、少女は紅潮した上機嫌な顔で、風呂場から外に出る。

 

 結局汗をかいて、またシャワーを浴びる事になってしまった。少し使い方を間違えたかもしれない。

 

 ナッツは大きな鏡の前で、自分の身体を確認する。動くのに支障はないが、ザーボンとの戦闘で負った傷が残っているのが気になった。

 

(あんまり治った気はしないけど、簡易型ならこんなものかしら) 

 

 流石にメディカルマシーンのように、数時間も浸かっていると、お湯が冷めてしまうだろうし、どちらかと言えば、気持ちをリフレッシュさせる設備なのかもしれない。

 

 そう結論した少女は、大量に用意されていたタオルで髪と身体を拭いていく。髪の毛は、後で父様に仕上げをしてもらおうと思ってから、ふと気付く。

 

 彼女の戦闘服が無くなっており、地球人が着るような、奇妙な布の服が置かれていた。薄手のそれはとても敵の攻撃に耐えうる素材ではなく、戦闘の事を全く考慮していないのは明らかだった。

 

 ナッツの顔が怒りに歪む。そんな物を身に着けるなど、戦闘民族である彼女にとって論外だった。

 

 

 

 一方その頃、同じ家の居間にて。

 

 なぜか悟飯がソファーに座るベジータの前で正座しており、ブルマとクリリンが、吹き抜けのキッチンからその様子を見ている。

 

「いいか悟飯。確かに娘はお前を気に入っているようだが、節度というものがある」

 

 そこで父親は少年の胸ぐらを掴み、凄んで言った。

 

「もしあいつを傷つけるような真似をしやがったら、地球もろとも消してやるから覚悟しておけ」

「ぼ、ボクはナッツにそんな事しません!」

 

 真っ向から悟飯が睨み返し、二人の間に火花が散る。

 

 その様子を見ていたブルマが、堪えきれないといった様子で笑う。

 

「……何がおかしい」

「だって、悟飯くんはまだ4歳よ。そんな心配は10年早いわ」

 

「たとえ何歳だろうと、こいつは娘を狙うケダモノだ」

 

 言って彼は再び悟飯を睨み付ける。その様子はおかしかったが、父親として娘を心配する想いが伝わってきて、好ましいとブルマは思った。

 

(クリリンは怖いサイヤ人って言うけど、孫くんと同じ、良い父親じゃない)

 

 食事の準備をしながら、微笑ましいものを見るようにブルマが彼らを見守っていると、風呂場から全裸の少女が飛び出し叫んだ。

 

 

「ちょっと!! 私の戦闘服をどこへやったのよ!!」

 

 

 一糸纏わぬ身体を隠そうともしない少女に全員の視線が集まり、直後、ナッツを除く全員が絶叫した。

 

 

「な、ナッツ」

「見るなあーーーー!!!!!」

 

 絶叫と共にベジータが悟飯を殴り倒し、その意識を奪う。

 

「父様! ちょっと悟飯、大丈夫!?」

 

 駆け寄ろうとした少女の腕をブルマが引っ掴む。振り向いたナッツが彼女に何か言うとした瞬間、ブルマは烈火のような勢いで怒った。

 

「……っ!?」

 

 怒られて思わず縮こまってしまった少女を、ブルマは無言で奥の部屋へと引っ張っていく。戦闘力5000以上の娘が地球人の女にされるがままになっている姿に、ベジータは驚きながらも何も言えず、とりあえずクリリンを殴り倒した。

 

 

 数分後、そわそわしながらソファーに腰掛けているベジータの前に、簡素なシャツと丈の短いズボンを着たナッツが現れた。いつもと全く違う娘の姿を、父親は呆然としながら見つめていた。

 

「と、父様。あまり見ないでください……」

 

 消え入りそうな声で言いながら、ナッツは父親の横に座り、タオルとドライヤーを手渡した。父親は半ば反射的に、まだ濡れていた娘の髪を拭いていく。

 

 気持ち良さそうに目を閉じている少女に、父親が尋ねる。

 

「ナッツ、その服はどうだ?」

 

 どうにも落ち着かない。娘がまるで地球人のような服を着るなど、想像すらした事がなかった。サイヤ人の普段着といえば戦闘服で、寝る時も全裸かプロテクターを外すだけだ。

 

 それが常識だったから、彼自身も戦闘服以外の服を着た覚えは無かったし、必要とも思えなかった。

 

「そうですね……薄くて防御力には期待できないです。軽く攻撃されただけで破れてしまいそうですし」

 

 少女にとって、服とは戦闘服であり、消耗品だった。だから攻撃を受ければ壊れるのは仕方ないにしても、限度というものがある。大猿への変身にも、到底耐えられそうになかった。

 

 地球で悟飯が着ていた服は、これよりは丈夫そうだったが、彼が変身した時にはすぐ破れていた。変身中なら厚い毛皮もあるし、格好良いから裸も別に悪くはないが、人間の姿に戻った時に裸というのは、防御面で不安だった。

 

 やはりサイヤ人には戦闘服が一番だと、ナッツは結論する。

 

「これを着て戦うくらいなら、いっそ最初から裸の方が良いかもしれません」

「は、裸って……」

 

 ちょうど目を覚ました悟飯が、少女の言葉に顔を赤くする。ブルマは怒っていたけれど、戦闘中でもないのだし、裸の何が悪いのだろうと思う。地球で彼の裸を見た事は、言わない方がいいのだろうか。

 

「起きたのね。悟飯」

「うん……」

 

 少年はまだふらつく頭を押さえながら、ナッツの着ている服を見て言った。

 

「それってボクの服?」

「えっ」

 

 少女はきょとんとした顔になって、自分の着ている服の匂いを嗅ぐ。そしてぱあっと嬉しそうな顔になって言った。

 

「本当だ。あなたの匂いね」

 

 次の瞬間、父親の絶叫と共に、悟飯が再び殴り倒された。

 

 

 それからしばらくして、ナッツの髪を乾かし終えたベジータも風呂に入り、桃色のシャツと黄色のズボンを履いて現れた。

 

「……どうだ? ナッツ」

「父様はずっと戦闘服でしたから、違和感はありますけど、悪くないと思います」

 

 父様は格好良いから、どんな服装でも似合いますと続ける娘に、父親は小さく笑った。

 

「そうか」

「あ、あの……ボクは?」

 

「悟飯は可愛いわ」

 

 ナッツは微笑みながら言った。あまりサイヤ人を褒める言葉ではないけれど、まだ自分と同じ子供で優しい悟飯には、この表現が似合うと思った。

 

「……可愛い、かあ」

 

 どこか落ち込んだように俯く少年に、父親は勝ち誇った笑みで告げる。

 

「残念だったな。こいつの好みは、オレのような冷酷なサイヤ人という事だ」

「? そうですけど、優しいサイヤ人も、同じくらい素敵だと思います」

 

 俯いた悟飯が顔を赤らめ、父親が拳を震わせたその時、ブルマとクリリンが全員分の食事を持って現れた。

 

「ご飯できたわよー!」

 

 そして目の前に置かれた食事を見たナッツは、あまりの衝撃に絶句した。




 というわけで、彼女とブルマ達との交流話です。
 今回の話はサイヤ人編を書いてた頃から少しずつ温めてました。当時はナメック星編まで書くかどうか決めてませんでしたので、ここまで話が進んだ事に感無量なのです。

 書いてたらまたこの間の悟飯の話みたいに長くなりそうだったので、久々に前後編に分けました。どうも完全オリ展開のところは、長くなる傾向があるみたいです。

 次の話は、彼女の食事シーンからです。    
 投稿は少し遅れるかもしれませんが、気長にお待ち下さいませ。 
 
 
 それと感想、評価、お気に入りなど有難うございます。続きを書く励みになっております。 
 特にお気に入りはついに500を超えまして、それだけの方にこの話が気に入っていただけたと思うと、とても嬉しいです。最終話でようやく到達できるかなあ、くらいに思ってました。

 一応予定ではナメック星編は全20話か、それをちょっと超えるくらいの話になる予定です。それでフリーザ様との決着がついて、彼女の物語は一区切りとなります。
 遅くはなるかもしれませんが、そこまではエタらず終わらせるつもりですので、どうか最後までお見守り下さいませ。
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