カプセルハウスのリビングにて。
悟飯と話していた少女と父親の前に、ブルマとクリリンが全員分の食事を持って現れた。
「ご飯できたわよー!」
そして目の前に置かれた食事を見たナッツは、あまりの衝撃に絶句した。
(た、食べ物が、お皿に載っているわ……!!)
少女は必死に動揺を押し隠す。皿だけではない。前にスプーンやフォークを見たのは、一体いつだっただろうか。
しかも温かそうに湯気を上げる料理は、今作ったようにしか見えない。てっきり地球の携帯食料でも出てくるかと思ったが、これはまるでフリーザ軍の立食パーティーだ。
料理や飲み物を自分で取ってくる形式で、兵士達が飲み放題の酒を飲んで騒ぎ、前の舞台で特戦隊が余興をしてビンゴで景品が出るそれが、今のところ、彼女の出席した中で一番格調高い食事の席だった。
(地球人は遠征先で、こんな物を食べてるっていうの? 想像以上に豊かな星だったみたいね……)
遠征先の食べ物と言えば、携帯食料と野生動物の肉くらいしか知らなかったナッツは、目の前の美味しそうな料理に圧倒されていた。
「こ、こんなの食べちゃっていいの?」
そんな少女の食生活を知る由もないブルマは、あなた達の分の食べ物が無くなるんじゃないの? という意味だと解釈して、他人を気遣える良い子だと笑う。
遠く離れたナメック星への旅で、痛むかもしれない生鮮食品など持ってくる余裕はなく、ほとんど容器ごと温めるだけの出来合いの品ばかりだが、幸いな事に量だけはある。
「子供が遠慮なんかするもんじゃないわ。大丈夫よ。水も食料もカプセルに詰めて、100年分は用意してきたから、好きなだけ食べていいのよ」
「……じゃあ、いただきます」
何かとんでもない事を聞いた気がするが、とにかく量はあるらしい。なら遠慮せず食べようと思った。まあ幸い自分は小食で、あまり物を食べたいという欲求は無い。
普段から携帯食料で満足するくらいだし、食べ過ぎて迷惑を掛けてしまう事はないだろう。そう思いながら、ナッツは食事を開始した。
数十分後、食べ終えた空の容器を山と積み上げながら、少女は夢中で食べ物を口に運んでいた。
「おいしい!! 何これ!?」
既に10人前以上は食べているが、それでも1分に1度は「おいしい!!」が入る。
見た事の無い料理の数々。その全てが想像もできないほど美味しかった。
(この赤いソースの料理、辛いのにおいしい!)
(炭火焼風味? お肉ってエネルギー波で焼くものじゃないの?)
容器に書かれていた単語に、ナッツは首を傾げる。彼女にとって炭というのは、中途半端に焼け残った死体を指す言葉だった。
あまり食欲をそそるイメージは無いが、少し焦げ目のついたその肉は、信じられないほど美味しかった。
(この長くて細い食べ物、もちもちしていて、歯応えが良くて、しっかり味がついてて、凄い……!)
(このスープ、何種類の具が入ってるの!? とても豊かで、身体に染み入るような感じだわ……)
食べても食べても、ブルマが次々に違う料理を持ってきてくれる。
すっかり夢中になっていたが、20皿目を食べ終えたところで、ふと我に返り、その手が止まる。
(私って、こんなに食べれたの……?)
恐る恐る、自分のお腹を確認する。確かに食べたという満足感はあるが、特に膨らんだような様子は無い。どこに収まったのか、自分でもわからない事に困惑する。
いやそれよりも、一人でこんなに食べてしまうのは、明確なマナー違反ではないだろうか。食べ過ぎてはいけないとはあまり聞かないが、流石に限度はあるはずだ。
(招待された席で、父様も見ている前で、私は何てことを……!)
真っ赤になって俯くナッツ。そんな彼女に向けて、クリリンが声を掛ける。
「……別に、気にするなよ。サイヤ人がよく食うなんて、皆知ってる」
少女は顔を上げ、地球人の男を見る。その顔に、以前のような怯えの色はなく、とても懐かしいものを見るような顔をしていた。
(この食べっぷり、子供の頃の悟空にそっくりだ……)
そう思ったが、口には出せなかった。同じサイヤ人でも、こいつと悟空は全く違う。比べる事自体が失礼だ。
それでも、武天老師様の所でも、天下一武闘会の後でも、悟空は確かに、こんな風に、美味しそうによく食べていたのだ。懐かしい記憶に、かすかに視界が滲むのを、クリリンは感じていた。
そして食べ過ぎてしまった事を恥ずかしがるように、ちらちらとこちらを見ている少女は、相変わらずの悪の気を発してはいたが、地球で見た時よりも、柔らかい雰囲気がするように思えた。
「……カカロットも、こんなにたくさん食べていたの?」
「ああ。けど、悟空の事を、そんな名前で呼ぶなよ」
悟空。悟飯と響きが似ている、地球風の名前だとナッツは思った。
「それはできないわ。地球生まれの悟飯と違って、カカロットは惑星ベジータで生まれた、純粋なサイヤ人よ」
「それでも、オレ達にとっては悟空なんだよ」
むう、と少女は考える。まあ確かに、自分がサイヤ人である事すら忘れていたらしいし、育ったのもほとんど地球なら、ずっと使っていた名前の方に、馴染みがあるのかもしれない。
だがそれでも、譲れない一点はあった。
「じゃああなた達は、好きに呼ぶといいわ。けどカカロットにも、その名前を付けた、お父様やお母様がいたのよ。それだけは忘れないで」
ラディッツの両親の話は、彼から聞いた事があった。子供が自分の名前すら忘れていたとしたら、彼らはきっと、悲しむはずだと思った。
「……っ!」
クリリンは拳を握り締める。こいつは邪悪なサイヤ人のくせに、なんでそんな、家族想いの子供みたいな、まともな事が言えるのか。
そんな人間みたいな心があるのなら、どうして地球なんかに来て、ピッコロ達を殺したんだ。
少女に向けて問いただそうとしたその時、彼の肩に手が置かれた。
「はい、落ち着いて。クリリンくん」
「ぶ、ブルマさん……」
彼女はにっこり笑って、温めたばかりの容器を彼に渡した。
「色々あったんだろうけど、その子まだお腹空いてるみたいだから、まず食べさせてあげなさい」
言ってブルマは、再びキッチンへ戻っていく。湯気の立つ中華まんの入った容器を、クリリンは持ったまま立ち尽くす。
ちらりとナッツの方を見ると、彼女は期待に満ちた顔つきで、彼の持つ料理を見つめていた。クリリンは息をつき、差し出した。
「……ほら。さっさと食えよ」
「いただきます!」
ナッツは中華まんを手に取り、匂いをかいで、噛り付く。そうしてじっくりと味わってから、目を見開き、笑顔で言った。
「おいしい!! ありがとう!!」
率直な感謝と笑顔に、クリリンは面食らってしまう。目の前の少女が、悟飯と同じくらいの子供にしか見えなかった。
彼女の事を恐ろしいと思う気持ちは、すっかり薄らいでいたけれど、それを認めたくなかったから、ぶっきらぼうに言った。
「……感謝ならブルマさんにしろよ。この家も食べ物も、全部あの人が準備したんだからな」
「うん、わかったわ。けど本当においしくて、嬉しかったの」
少女の微笑みを、クリリンがぶすっとした顔で受け流す。
ベジータの前に料理を置きながら、ブルマは彼らのやり取りを眺めていた。
「ナッツちゃん、良い子じゃない」
「ああ、自慢の娘だ」
言ってベジータは、自分と娘の平らげた、空容器の山に目をやった。
「……それと済まない。食べた分は返す」
「別にいいのに。孫くんは遠慮なんかしなかったわよ」
「カカロットの事か。下級戦士と一緒にするな」
「はいはい。期待しないで待ってるわ。王子様」
キッチンに戻っていくブルマを見ながら、ベジータは考える。フリーザの件が片付いたら、娘共々、身の振り方を考えなければならない。
娘はまず確実に、悟飯のいる地球に住みたがるだろう。それは良いとして、予想以上に食費が掛かりそうだった。
ナッツの将来のための貯蓄はあるが、足りるかどうか判らない。またどこかの星でも襲うかと、父親は思った。
それから少しして、ナッツの食べた量が30人前を超えた頃。
「もうそろそろ、終わりにしようかしら……」
まだ食べられそうだが、このくらいで十分だろう。満足そうな少女に向けて、ブルマが言った。
「もうお腹一杯? 食後のデザートもあるわよ」
「? デザートって何?」
「プリンとか、ケーキとか……とっても甘くておいしいのよ」
「……食べるわ」
それからさらに時間が経って。
「もう食べられないわ……」
「ナッツ! しっかりして!」
プリンやケーキといった、生まれて初めての甘いお菓子に大感激した結果、少女は動けなくなっていた。
ソファーに横たわるように倒れ、少年の膝を、猫のように占領する。感じる体温が心地良くて、ナッツの身体から力が抜ける。
「ちょ、ちょっと!?」
「いいじゃない。私もやってあげたんだし」
その言葉を聞いて、ブルマがにやつく口元を押さえ、ベジータがぐぬぬと少年を睨む。
初めての満腹感に微睡みながら、今食べた物について、少女は考える。あれだけ大量に素早く出てきたのだ。この場で一から作ったのではなく、出来合いの物だというのは、流石にわかった。
それでもあんなに沢山出されたという事は、彼らにとっては携帯食料と同じ、ありふれた物なのだろう。
「普段からこんなおいしい物を食べているのね。この点は、地球人が羨ましいわ」
悟飯の方は、ナッツがとても嬉しそうに食事をしている姿を見て、それだけで、色々な意味で胸が一杯だった。彼女がこんな風にしている様子を、もっと見てみたいと思った。
「お母さんの料理はもっとおいしいよ」
「そうなの。私も食べてみたいわ」
少女は幸せな気分で、ブルマの方を見る。悟飯とまた話ができるのも、気持ちの良いお風呂も、とてもおいしい食べ物も、みんな彼女のおかげだと思った。
「ありがとう、ブルマ。私、あなたにお礼がしたいわ」
「ナッツちゃん。子供はそんな事、気にしなくていいのよ」
「それでもよ。もらってばかりなんて、私の気が済まないわ」
「まあ、嬉しい。じゃあ、何をくれるのかしら?」
微笑ましい子供を見るようなブルマに、ナッツは子供らしい無邪気な笑顔で言った。
「惑星を一つ、滅ぼしてあげるわ。今は尻尾が無いから、どこでもってわけにはいかないけど、それでも地球と同じくらいの星なら、私一人で滅ぼせるから、好きな星を言ってみて」
星一つあれば、ブルマが一生お金に困ることはないだろう。少し払い過ぎかもしれないが、自分はそれだけ感謝しているのだ。きっと喜んでくれるに違いない。
ナッツの提案に、悟飯とクリリンは表情を変え、そしてブルマは、笑顔のまま答えた。
「そう、ありがとう。ナッツちゃんはいい子ね」
「ええ、父様の娘だもの」
「でもまあ、今は特に欲しい星は無いから、必要になったらお願いするわね」
「わかったわ。いつでも言ってね」
そんな二人のやり取りを見て、父親は娘の立派な態度を誇らしく思っていた。受けた恩に対して、戦いの成果で返す。サイヤ人の王族として、とても正しい振る舞いだった。
「どの星でもいいぞ。オレも同行すれば、大抵の星は落とせるからな」
「父様! 頼もしいです!」
はっはっは、と明るく笑う父娘を見て、ブルマは言った。
「……あなたのお父さんと話があるから、ちょっと借りるわね」
「? うん、いいわよ」
まだデザートを食べていたベジータに、固い声で告げる。
「ちょっと来なさい」
「お、おい!?」
腕を掴み、奥の部屋へと引っ張っていく。サイヤ人の教育は、どうなっているのかと思った。
ブルマに連れて行かれた父親を、手を振って見送ってから、ナッツは眠くなってしまい、少年の膝で微睡んでいた。
悟飯は彼女の体温を感じながら、微かに寝息を立てる少女を眺めていた。安心しきったその寝顔が、可愛いと思った。
少年がしばらくそうしていると、クリリンが無言で、持ってきた毛布をナッツに掛けた。
「クリリンさん。ありがとうございます」
「……オレ、こいつの事が判らなくなってきた。その、地球で見た時と、違いすぎてさ」
寝ている少女を起こさないよう、二人は小声でやり取りする。
「こいつは本気でオレや悟空を殺そうとしていたし、さっきも自分で言ってたとおり、人を殺して星を滅ぼすのを何とも思っちゃいない。けど、ここに来てからは、とてもそんな奴には見えなかったんだ」
「ナッツから聞いたんですけど、サイヤ人は、価値の高い惑星を侵略して、それを売って生きてきたそうです。だから彼女もサイヤ人らしく、滅ぼす星の住民に同情なんてしないように育てられて、こうなったんだと思います」
悟飯は膝の上で眠る少女を、複雑な顔で見て言った。
「彼女の中で、知らない人間は殺していい人間で、逆に知っている人間、家族とか、仲間と認めた人達の前では、優しく振舞えるんだと思います」
ナッツが仲良くなった、ナメック星人達の事を思い出す。成りゆきとはいえ、彼女が子供を助けて、彼らからお礼を言われて、そして戦って交流した事で、彼らは身内と認められたのだろう。
「悟飯はサイヤ人の血を引いてたから、仲間と見なされたってわけか」
「はい。それと、歳が近かったのも、あると思います」
生き残ったサイヤ人は、今たった4人だという。当然、他に子供なんていなかったはずだ。
「わかるんです。ボクの周りにも、同じくらいの歳の子供はいなかったから」
だからこの子から目が離せなくて、一緒にいたいと、そう思ってしまうのだろうか。
ナッツは悪いサイヤ人で、大勢の人を殺していて、とても怖い存在だけど、それだけじゃなくて、父親想いで、戦うのが大好きで、意外と頭も良くて、優しい所もあって、放っておけない女の子だと、そう思えてしまうのだろうか。
「……サイヤ人ってのは、酷い奴らだよな。こんな子供に、人を殺させるなんてよ」
「彼らにとっては、きっとそれが当たり前なんです。地球の教育とはちょっと違うかもしれませんけど、ナッツは愛されていたんですよ」
限られた人間にだけとはいえ、彼女が優しく振舞えるのは、自分がそうされて育ったからだろう。そうでなければ、純粋な悪に染まっていたはずだ。
「まあ少なくとも、親父の方はそうだよな」
クリリンは奥の部屋を見ながら、小さく笑った。
「きっとお母さんの方も、良い人だったんですよ」
悟飯は膝の上で眠る少女を、穏やかな目で眺める。彼女によると、その容姿は母親の小さな頃にそっくりらしい。きっとナッツと同じで、怖くて風変わりで、それでいて優しい人だったんだろうと思う。
「むう……悟飯?」
話し声が聞こえたのか、少女はうっすらと目を開け、毛布の中で身じろぎする。
「ごめん、ナッツ。起こしちゃった?」
優しい目で見下ろす悟飯と目が合って、少女の頬がわずかに赤くなった。
「い、いいのよ! わ、私の方こそ、つい寝ちゃったけど、足、痛くない?」
「う、うん。大丈夫」
同じように赤くなりながら、少年は続けた。
「あの、ボクで良かったら、またいつでもいいよ」
「……っ! そ、そうなの。じゃあ、また今度お願いしようかしら……」
ナッツはさらに赤くなったのを誤魔化すように、慌てた様子で言った。
「こ、この毛布、軽くて暖かいわ! 悟飯が掛けてくれたの?」
今までフリーザ軍で使っていた寝具よりも、格段に肌触りが良かった。それに地球の服も、柔らかくて着心地が良く、少し眠っただけで、疲れが取れた気分だった。戦う為でない衣服とは、このようなものかと思った。
「ううん。それはクリリンさんが」
「……勘違いするなよ。風邪なんか引かれて、悟飯にうつったら大変だからな」
ぶっきらぼうにそう言われたが、言葉と裏腹に、自分の事を気遣ってくれたのは、態度でわかって、嬉しくなってしまった。地球人と違って、そう簡単に体調を崩したりはしないのだけど。
「あなた、クリリンって言うのね。毛布ありがとう」
「……お、おう」
少女の笑顔から、クリリンは照れたように目を逸らした。
ナッツは少年の体温を感じながら、彼の顔を見上げて言った。
「そういえば、悟飯。さっき返事は聞いてなかったけど、もしドラゴンボールで願いが叶って、あなたの大事な人たちが生き返ったら。そうしたら、私、あなたの友達になってもいい?」
少女の表情は、どこか不安そうで。安心させてあげたくて、少年は優しく笑った。
「ボクも正直、あんまり友達いないから、よくわからないんだけど」
それどころか、人間の友達はまだ0人だけど、見栄を張りたかった。
「ボク達はもう、友達なんじゃないかな」
「悟飯……!」
少年の言葉が嬉しくて、ナッツは花が咲くような笑みを浮かべた。
「友達って、ずっと一緒にいるのよ」
「うん」
「私が戦いたいって言ったら、付き合ってくれる?」
「うん。勉強の手が空いた時なら」
「……もう」
そこは大喜びすべき所だろうと、ナッツは思う。戦闘力が高いとはいえ、下級戦士の子供が王族と戦える機会なんて、きっと滅多に無いんだから、光栄に思ってくれないと。
「じゃあ、私が勉強したいって言ったら、教えてくれる? 昔は母様が色々教えてくれたんだけど、一人じゃつまらないし」
「喜んで! 本とか参考書とか、いっぱい家にあるから!」
「……もう」
さっきよりも食いつきのいい反応に、おかしくなって、少女は小さく笑った。戦いよりも、勉強の方が好きなんて、戦闘力が低いわけでもないのに、本当に変わったサイヤ人だと思う。
正直、戦いの方がずっと好きだけど、悟飯がこんなに喜んでくれるのなら、たまには付き合ってあげても良いかと思った。
二人がそれからしばらく話していると、奥の部屋から、ブルマとベジータが戻ってきた。父親を見たナッツの顔が、ぱあっと明るくなる。
「父様、お帰りなさい! 何の話をしてたんです?」
「ああ、それはな……」
何か言い掛けながらも、口ごもる父親の代わりに、ブルマが言った。
「ねえ、ナッツちゃん。あなたのお父さんとも話したんだけど、地球に来るんだったら、私の家に来ない? とても広いから、二人くらい全然困らないし、さっきのよりも、もっとおいしい物も、ご馳走してあげる。毎日お風呂も入れてあげるし、寝心地の良いベッドもあるし、悟飯くんが喜ぶような、素敵なお洋服も見つけてあげるわ」
「もっとおいしい物!?」
少女は驚愕する。それだけでも信じられないのに、何もかも、夢みたいな話だと思った。
返事を待つかのように、ブルマが自分を、優しい目で見つめている。強い戦士というわけでもないのに、彼女には、何故だか惹かれるものを感じていた。他の事よりも、ブルマと一緒に暮らせるのが、嬉しいと思った。
それはともかく、食事だけでなく、家にまで住まわせてくれるというのなら、お礼をしないといけないだろう。
「じゃあ、滅ぼす惑星を2つにしないと」
「お礼なんて考えなくていいのよ。私がそうしてあげたいの」
「……会ったばかりなのに、どうしてそこまでしてくれるの?」
何故だろうと、ブルマは自分でも思う。目の前で泣いていた子供を放っておけず、情が移ってしまったのか。父さんが動物を拾ってくるような、あれとは違うと思いたいけど。
「あなたが子供だからよ。子供はおいしい物を食べて、いっぱい愛されて、友達も作って、好きな事をして、幸せに生きる権利があるの」
「……そう」
少女は夢想する。父親や悟飯やブルマと一緒に、地球で穏やかに過ごす日々を。毎日父様とトレーニングをして、悟飯と戦って、たまに勉強にも付き合ってあげて、それから家に帰ってお風呂に入って、ブルマの用意してくれたおいしい物をお腹いっぱい食べて、暖かいベッドで眠るのだ。
実戦が恋しくなったら、どこかの星で傭兵仕事でも引き受けるのも良いかもしれない。適当な惑星に攻め込むのもいいが、地球に定住する以上、犯罪行為をして銀河パトロールに目を付けられては、ブルマに迷惑が掛かるだろう。
サイヤ人らしくはないけれど、そんな風に、生きてみたいと、ナッツは思った。
そこで少女は、ふと大事なことに気付く。
(そういえば、願いについて、父様と話しておかないと)
「父様。その、ドラゴンボールで叶える願いは、1つあれば十分ですよね……?」
おずおずと、我儘を口にするのを躊躇うような様子の娘に、父親は言った。
「3つ叶うという話は聞いた。オレは不老不死さえ得られればいい。そいつらに願いをくれてやる気はないが、残りの2つはお前のものだ。好きにしろ」
「わかりました、父様! ありがとうございます!」
少女は顔を輝かせて、悟飯の手を握って言った。
「じゃあ、2つともあなたにあげるわ」
悟飯は目を白黒させながら、考える。サイヤ人達に殺された人間を生き返らせる。こっちだって、願いは1つあればいいのに。
「……キミはいいの?」
少年の問いに、ナッツは悲しそうな顔になった。
「……本当は母様に生き返って欲しいけど、生まれつきの病気で、元々長くは生きられなかったの。もし生き返らせても、苦しめてしまうだけだわ」
少女と共に、父親も顔を伏せる。彼女の命が、保ってあと1.2か月だと診断されていた事を、彼は娘に伝えていた。
「クリリンさん、ドラゴンボールで治すことって、できないんですか?」
「どうだろうなあ……」
クリリンは考える。生まれつきの病気は、治せるものなのだろうか。まあ何でも叶えてやろうと言う割に、サイヤ人もピッコロ大魔王も倒せなかったけど、戦い以外の事でなら、かなり融通は利くはずだ。
「病気を治した上で生き返らせて下さいって、試しに言ってみるくらいはいいんじゃないか? 無理なら無理って言われるからさ」
(……ドラゴンボールって、喋るのかしら?)
「あまり期待はしないようにするわ。無理だったら、願いはあなた達にあげる」
そう言いながらも、内心期待が膨らむのを抑えられなかった。もし本当に母様が生き返るのなら、伝えたい言葉があった。言って欲しい言葉があった。
3年前のあの日、初めて一人で惑星を滅ぼした報告をする前に、二度と会えなくなってしまった。自分が成長した事を伝えて、母様に褒めて欲しかった。それが彼女の願いだった。
「そういえば、クリリンさん。気が凄く強くなってますけど、何があったんです?」
「最長老のところで、潜在能力ってのを引き出してもらったんだ。お前も強くしてくれって、頼んであるから行ってこいよ」
二人のやり取りは、ナッツにとって興味深い話だった。
(急に戦闘力が1万を超えるなんて、おかしいと思ってたけど、最長老にそんな力があったのね)
自分もその潜在能力を引き出してもらいたいと、少女は思った。悟飯だけ強くなるのは、自分が置いて行かれるようで嫌だったし、父親の足手纏いにならないよう、少しでも戦闘力を上げておきたかった。
「私も行くわ。ツーノ長老って人から、最長老への伝言を頼まれてるの」
「……まあ、いいんじゃないかな」
強くしてもらえる! と期待に目を輝かせるナッツに、お前悪い奴だから無理なんじゃね? とは流石にクリリンも言えなかった。
その時、ベジータが何かに気付いたような顔で、口を開いた。
「おい、最長老はドラゴンボールを持っていたはずだ。まだ向こうにあるのか?」
「……いや、オレが預かってきた」
次の瞬間、父娘の表情が驚愕に歪む。
「それを早く言え!!!」
「ど、どうしたんだ!?」
あまりの事態に、ナッツが震えながら言った。
「わ、私がナメック星人から1つもらって、父様がフリーザ達から5つ奪って隠してあるの……。もう7つ揃ってるわ……!」
時間が惜しかった。少女は自らのシャツに手を掛ける。次の展開を予測した悟飯が反射的に両手で目を覆い、見ていない事をアピールする。
「ブルマ! 私と父様の戦闘服を!」
そして脱ぎ捨てようとしたところで、にっこり笑ったブルマに腕を掴まれ、強張った顔で動きを止める。悟飯を殴ろうとしていたベジータも同じく腕を掴まれ、娘と共に奥の部屋へと引きずられていった。
少しして、汚れを落とされた戦闘服に着替え終わったナッツが走り出てきた。
(フリーザが何をしてくるかわからないし、一刻も早く願いを叶えないと!)
焦る娘に、同じく着替え終わった父親が、冷静に告げる。
「ナッツ、願いを叶えるだけなら、オレ達だけで大丈夫だ。お前は悟飯と最長老のところへ行って、強くしてもらってこい」
「はい! 父様!」
少女は待っていた少年の手を引いて走り出す。
「悟飯、場所は私が聞いてるわ! 全力で飛ぶわよ!」
「うん! わかった!」
そして二人は寄り添うように飛び立ち、その姿はあっという間に小さくなっていく。
そんな子供達の様子を、最長老から託されたボールを手にしたクリリンは、微笑ましいと思いながら眺めていた。
(悟空も結婚したし、娘がいるってことは、ベジータにも、嫁さんがいたんだよなあ)
触発されたわけではないけれど、自分もそろそろ結婚したいと、クリリンは思った。
(出会いなんてまだ無いけど、これが終わって地球に戻ったら、働いて金でも貯めようかな……)
父親もまた、飛んでいく娘の姿を眺めていた。成長するにつれて、ますます母親に似てきたと思いながら。
あいつの病気を治した上で生き返らせる。それが叶えば、どれだけいいかと思う。だがもしそれが叶わなかった場合に、残った願いで娘も不老不死を得る道がある事を、あえて教えなかった。
気付いてしまえば、ナッツは自分もそうなって、父様とずっと一緒にいますと、無邪気に言うかもしれなかったから。
せめて成人していればともかく、まだ幼い娘に不老不死を選ばせる気は無かった。フリーザを倒して、その後は娘が幸せになるよう手を尽くして、その一生を見届けてから、好きに生きようと思った。子孫がいれば見守るのも良いかもしれない。
子供達の姿が見えなくなるまで、二人は彼らを見送って、やがて自分達もまた、隠したボールを集めに飛び立った。
それから少し時間が経った頃。最長老の住居にて。
「ネイルよ。この二つの気配は……」
「一つは、あの地球人の言っていた者でしょうが、もう一つは……」
紛れも無い悪しき気配。あの侵略者達と同じく、罪の無い人々を、数えきれないほど殺してきた事が、この距離からでもはっきりと判る。なぜこんな者が一緒にいるのか。
もしかすると、脅されて案内させられているのかもしれない。既にドラゴンボールが無い以上、狙いは潜在能力を引き出す事だろうか。
「ご安心ください。最長老様。狙いが何であれ、悪しき者は、私が決して近づけさせはしません」
ナメック星唯一の戦闘タイプ、戦闘力42000を誇るネイルが、きっぱりと言った。
というわけで、ほのぼのパートがいったん終了です。殺すべき敵がいない状況なので主人公が割と穏やかな感じなのですが、ここからしばらく、シリアス多めの展開が続きます。
この時点では、クリリン達はナメック星のドラゴンボールが1度に1人しか復活できないという事を知りません。あとブルマとベジータの間でどんな会話があったかは、あえて省いてます。子供が気にする事ではないからです。
それと毎回の話ですが、感想、評価、お気に入り等ありがとうございます。続きを書く励みになっております。
あんまり一般向けの内容ではありませんが、それでも読んで好きだと思って下さる方がいるという事を嬉しく思います。
次の話は、彼女と最長老とのやり取りがメインです。
少し時間が掛かるかもしれませんが、気長にお待ちくださいませ。