あるサイヤ人の少女の物語   作:黒木氏

21 / 104
10.彼女が誓いを告げる話

 どこまでも明るいナメック星の空の下。

 

 最長老の住む場所へ向けて、笑顔を見せる少年と少女が、寄り添うように飛んでいる。

 

 既に7つのドラゴンボールは彼らの手の内にある。あとはベジータとクリリンが、隠してあるボールを集めれば、願いが叶うのだ。

 

(父様が不老不死になれば、きっとフリーザだって倒せる。ピッコロ達が生き返れば、悟飯はきっと喜ぶし、それに母様も、病気が治って生き返るかもしれない)

 

 あまり期待してはいけないと、わかっていても、幸せな空想は抑えられない。上手くいけば父様と母様と、また三人で暮らせるのだ。

 

 話したい事がいっぱいあったし、あの信じられないくらい美味しい地球の食べ物を、母様にも食べさせてあげたかった。

 

 

 ナッツは顔をにやつかせながら、傍らを飛ぶ少年に話しかける。

 

「ねえ悟飯。そろそろ願いは叶ってるかしら?」

 

 悟飯はその言葉に、少し困ったような顔になった。

 

「たぶん、まだだと思う。叶う時には、空が暗くなってると思うんだ」

「ふうん……」

 

 それきり、話題が途切れてしまう。お互いに話したい事は、以前会った時に、大体喋ってしまったのだ。

 

 それでも何か話題が欲しくなって、少女は口を開く。

 

「そういえば、カカロットは来てないみたいだけど、怪我は大丈夫なの?」

 

 地球で殺そうとした手前、聞きづらい内容だったが、もし死んでいたら、悟飯が自分を許すはずがないから、生きてはいるはずだ。

 

 少女は自分の右手を見る。この手で悟飯の父親を握り締めた時の感触は、今でも覚えている。取り返しのつかない事をしてしまう所だった。

 

 ナメック星に来ていないという事は、まだ怪我が治っていないのだろう。無理もない。全身の骨が粉々に砕けていたのだ。メディカルマシーンでもない限り、生命力の強いサイヤ人といえども、治るには数ヶ月か、1年か。

 

 それだけの時間、戦いも訓練もできずに、ただ療養する事など、純粋なサイヤ人には耐えがたいはずだ。

 

(どこかメディカルマシーンのある星にでも、連れて行ってあげようかしら)

 

 そんな少女の思惑を他所に、悟飯はあっさりと答えた。

 

「うん。最新型の宇宙船で、もうそろそろナメック星に着くんだって」

「えっ」

 

 ナッツは一瞬、目を丸くして、それから湧き上がる疑問を口にする。

 

「……怪我はどうしたの? 地球にはメディカルマシーンまであるの?」 

「? 新しく仙豆ができたから……あ、仙豆っていうのは、見た目は小さな豆なんだけど、食べればどんな怪我でも一瞬で治るんだ。なかなか育たないみたいで、数はあんまり無いんだけど」

 

「地球にはドラゴンボールの他に、そんな物まであったの……!?」

 

 あまりに凄まじい話の内容に、少女の顔が引きつった。それが本当なら、メディカルマシーンどころか、ナメック星人達の治癒能力すらも超える利便性がある。

 

「その仙豆の事とか、他にも色々、フリーザには知られないように気を付けないと。きっと地球を侵略に来るわよ」

「う、うん……」

 

 神妙な顔つきになる悟飯。その時、良い事を思いついて、ナッツの顔が輝いた。

 

「仙豆って、切れた尻尾には効くのかしら? こう、食べたらすぐに生えてくる感じで!」

 

 自分も父様も、地球に行く前よりもかなり強くなっている。今大猿になれたら、きっと凄い事になるはずだ。

 

(私もそうだし、父様なんて、戦闘力30万近くになれるわ! フリーザも変身するらしいけど、結構いい所までいけるんじゃないかしら?)

 

 期待に満ちた様子のナッツに、ばつの悪そうな顔で、少年が告げる。

 

「その、ボクが食べた時も生えなかったし、効かないんじゃないかな……」

「……そう」

 

(やっぱり、そう上手い話は無いわね……)

 

 にわかにしょんぼりした少女の姿に、少年は胸が痛むのを感じた。

 

(そんなに尻尾は大事なんだ……)

 

 そこで少年は、自分の記憶に違和感を覚えた。何か忘れている気がする。ナッツ達と戦った時、新しく生えたはずの自分の尻尾は、どうして切れたんだっただろうか。

 

 思い出そうとすると、どうしてか、とても嫌な予感がして、思考が止まってしまう。死にそうなほどに傷付いて、息も絶え絶えの少女の姿。思い出しては駄目だと、心の奥底で、戒めるような声がする。

 

 原因不明の悪寒を振り払うように、何気なさを装いながら、悟飯は言った。

 

「ナッツの尻尾も、きっとすぐ生えるよ」

「そうだと良いんだけど……」

 

 浮かない顔のまま、少女は考える。あのフリーザを相手に、戦闘力はいくらあっても足りない。

 

 大猿の姿でも理性を保てるよう訓練したのも、血のにじむような努力の末にパワーボールの使い方を覚えたのも、いつか来るだろう、フリーザとの戦いを見据えてのことだ。

 

 切った悟飯を恨むつもりはないけれど、それを思うと、地球で尻尾を失ってしまった事が惜しかった。

 

 

 黙り込むナッツ。何となく、重くなってしまった空気をどうにかしたくて、悟飯は口を開く。

 

「そういえば、メディカルマシーンって何?」

「医療用の機械よ。透明な筒状の形をしていて」

「うんうん」

 

 学者を志す少年は、知的好奇心が豊富だった。大まかに、頭の中でその機械の形状を想像する。

 

「そこに服を脱いで入ると、内部に治療液が満ちて、短時間で怪我を治せるのよ。私も父様も、それを使って治療して来たの」

「っ!!」

 

 反射的に、機械の中に、目の前の少女が裸で浮かんでいる光景を想像してしまい、悟飯の顔が耳まで真っ赤に染まる。

 

 この場に少女の父親がいれば即座に拳が飛んでいただろうが、そうした事に疎いナッツは、少年の内心に気付かない。

 

「? どうしたの? 悟飯」

「な、何でもないよ!?」

 

(何か今、変な事言ったかしら?)

 

 ナッツが首を傾げていると、やがて遠くに、塔のようにそびえ立った岩が見えてきた。その上には、ナメック星人達の村で見たような、家らしき白い建物があった。

 

「あれが最長老って人の家じゃないかな?」

「きっとそうだわ!」

 

 二人がさらに速度を上げ、最長老の家に近づくと、その前に一人のナメック星人が立っているのが見えた。

 

 全身から立ち上る攻撃的な気と、威圧するかのような鋭い眼光は、明らかに彼らを歓迎するものではない。

 

「それ以上近づくな。悪しき者よ。立ち去るがいい」

 

 少女の父親を遥かに超える気を持つ存在に、悟飯がおそるおそる尋ねた。

 

「あの……悪しき者って……?」

「お前の隣にいる者だ。悪しき者を最長老に近づかせるわけにはいかん。お前の事は、先に来た地球人から聞いている。通るがいい」

 

「私も、最長老に用があるのだけど……」

 

 言って前に出ようとしたナッツが、とっさにその場を飛び離れた。一瞬後、彼女のいた空間を、高速のエネルギー弾が撃ち抜いた。

 

「なっ……!?」

 

 悟飯は驚愕する。命中すれば、死んでいたかもしれない威力だった。

 

「近づくなと、言ったはずだ」

「ずいぶんな挨拶ね……!」

 

 殺されかけた少女は、言葉と裏腹に、とても楽しそうに笑う。戦闘タイプのナメック星人。躊躇なく攻撃してきたその気性は、間違いなく自分に近い。

 

 敵意を向けられながらも、同類が相手だと思うと、悪い気はしなかった。ただ強い相手を前に、血が騒ぐのを抑えられない。

 

(尻尾が無いのが、本当に残念だわ。きっと良い勝負になったでしょうに)

 

 戦闘民族の顔で笑うナッツから、少年は目が離せなかった。血に飢えた獣のような、獰猛な笑み。先ほどまでの、心優しい子供のようだった彼女からは、まるで別人のようで。

 

 戦いを好むその姿は、お父さんに少し似ていて、けれど決定的に違う。きっと惑星を攻め滅ぼす時も、彼女は同じ顔をしていたのだろう。

 

 どこまでもサイヤ人らしいその姿。道義的には間違った生き方だと、頭ではわかっていても、自分には決して届かないその姿を、どこか気高く、眩しいとすら思えてしまう。

 

 そして同時に、何故だか嫌な気持ちになった。どうしてそんな楽しそうな顔を、他の奴に向けているのか。

 

 苛立つ理由を自覚しないまま、悟飯は少女に声を掛ける。

 

「ナッツ、今は戦いに来たんじゃないから」

「……そうだったわね」

 

 少年の声に、入りかけた戦闘へのスイッチを、不承不承切り替える。少女は小さく両手を上げ、戦う気が無い事を示しながら言った。

 

「私は敵ではないわ。ツーノ長老からの伝言を、最長老に伝えに来たのよ」

「何だと……?」

 

 なぜ長老の名を知っている? ネイルは3秒ほど考え、そして結論した。

 

「……貴様、ツーノ長老を脅したのか?」

「たとえ脅されようと、自分の親を売るようなナメック星人がいるのかしら?」

「……っ!?」

 

 この娘、最長老の事をどこまで知っている? 困惑するネイルに向けて、ナッツはさらに言葉を続ける。

 

「私は力の試練を受けて、あなたの次に強いという試練の番人と力比べをして、ツーノ長老からドラゴンボールを譲り受けたの。その時に、最長老への伝言を託されたのよ」

 

「本当です! ボクも見ました!」

「むう……」

 

 この少年は、間違いなく正しい心の持ち主だ。それだけに、悪しき存在と一緒にいて、庇うような言動をするのが解せなかった。

 

 どうすればいいのか。ネイルが悩んでいると、家の中から、静かな声がした。決して大きくはなかったが、その場にいる全員の、頭の中に直接響くような声だった。

 

 

『ネイルよ。入れて差し上げなさい。その者達は嘘を吐いていないようです』

 

 

「……かしこまりました」

 

 ネイルは一礼してから、ナッツを睨み付けて言った。

 

「入るがいい。だが最長老様におかしな真似をしようものなら、覚悟しておけ」

「心配しなくても、あなた達の親に失礼な事はしないわ」

 

 重力か何かの作用か、浮くように開いたドアから、三人は家の中へ入っていく。家の中にいたデンデが、少女の悪の気に怯えるように壁際に下がる。

 

 そして大きな椅子に座る最長老を目の当たりにした悟飯とナッツは、その姿に驚いた。

 

 年老いたナメック星人。立ち上がれば4メートルを超えるだろうその姿は、まるで巨大な老木のようだった。

 

(この人が、ツーノ長老達の親なのね。大きすぎてドアから出れないから、お世話をする人が必要なのかしら……)

 

 どこかずれた感想を抱くナッツ。そして最長老の方も、入ってきた二人を観察していた。

 

 少年の方は、クリリンという地球人から聞いたとおり、正しい心を持っているようだった。潜在能力を引き出せば、その力はきっと良い事に使われるだろう。 

 

 そしてもう一人の少女は、地球を襲ったサイヤ人だ。カタッツの子を殺した者達の一員であり、全く良い印象はない。

 

 ただあの地球人の記憶の中では、もっと恐ろしく邪悪な存在だったが。素朴な目で自分を見上げている少女の姿は、どうにも少し、違うように見えた。

 

 話によると、力の試練に挑んだという。確かにあの村に、少女の気配が迫り、そして誰も殺さないまま、彼女が村を離れたのは感じていた。

 

 このサイヤ人とツーノ達との間に何があったのか、知りたいと思った。だがまずは、頼まれた用事から済ませるべきだろう。

 

「あなたは、悟飯というのでしたか。私の近くに来てください」

「は、はい……」

 

 近付く悟飯。その頭に手を置いた最長老は、潜在能力を引き出そうとして、ふと違和感を覚えた。

 

 少年の身に眠る力は、先の地球人とは全く別種の、荒々しく強大なものであると感じたのだ。

 

「あなたは、地球人ではないのですか……?」

「え、えっと……」

 

 説明していいものかと、迷う悟飯の代わりに、少女が口を開く。

 

「悟飯はサイヤ人と地球人との混血よ。強くて優しくて、戦いよりも勉強が好きな、変わり者のサイヤ人なの」

「なるほど……」

 

 少女の言葉に、最長老は得心する。サイヤ人の血を引いていると言うのは、少し気掛かりだったが、この少年が正しい心を持っている事は間違いないのだ。

 

 少年の内に眠る力に触れながら、外へと導くようにイメージする。次の瞬間、悟飯の全身から、湧き出るように力が吹き出した。

 

 感じる力のあまりの大きさに、少年は自らの両手を見ながら、呆然と呟く。

 

「これが、ボクの力……?」

「す、凄い……! 戦闘力が一気に跳ね上がったわ!」

 

 1万を超えるだろうその大きさに、感極まったナッツが叫ぶ。が、その戦闘力がクリリンと同程度である事に気付き、訝しむような表情になった。

 

(どういうこと? サイヤ人の悟飯の潜在能力が、地球人と同じくらいだっていうの?)

 

 少女の疑問に答えるかのように、最長老が言った。

 

「それはあなたの力の、ほんの一部に過ぎません。私にも完全に引き出す事はできませんでしたが、きっかけは与えました。どうかその力を、正しき事に使って下さい」

 

「わかりました。ありがとうございます。最長老さん」

 

 ぺこりと頭を下げる少年を見て、頼もしそうに頷く最長老。

 

 そしてナッツがきらきらと目を輝かせ、少年に笑い掛ける。

 

「おめでとう、悟飯。その歳で戦闘力1万を超えたサイヤ人は、きっとあなたが初めてよ」

「う、うん……」

 

 照れたように俯く悟飯を、好ましいと思いながらも、心の内で、少女は闘志を燃やす。

 

(待ってなさい。私は王族なんだから、きっと潜在能力でも、あなたに負けていないはずよ。すぐに追いついてみせるわ!)

 

 ナッツは決意を秘めた目で、最長老の顔を見上げて言った。

 

「最長老。ツーノ長老からの伝言を、伝えてもいいかしら?」

「ええ。お待たせしました。できれば、あなたが彼らの村を訪れた時の事から、語ってはくれませんか。何があったのか、詳しく知りたいのです」

 

 その言葉に、少女は一瞬硬直する。ナメック星人達を助けて、彼らと仲良くなったのは確かだが、そもそも村を訪れた理由は、彼らを殺してドラゴンボールを奪う為だった。

 

 それを伝えたら、きっと最長老は気を悪くするだろう。潜在能力を引き出して欲しいと頼んでも、断られるかもしれない。

 

 隠そうかとも思ったが、目の前の巨木のような老人には、口先で何を言っても、全て見透かされそうな雰囲気があった。

 

 それに、いくら戦闘力を上げるためとはいえ、虚言を弄するのは、王族として、恥ずべき振る舞いだと思った。

 

「……わかったわ」

 

 そして少女は、全てを語った。ボール集めと、戦闘力を上げる目的で、村へ向かったこと。村が偶然フリーザ軍の兵士に襲われていて、人質にされていた子供を反射的に助けたこと。村人達に力の試練を受けに来たと誤解されて、そのまま成り行きで番人と戦い、勝利したこと。ツーノ長老からボールを渡され、悪しき者である事は知っていたと告げられたこと。そしてナメック星人について教えてもらって、最終的に最長老への伝言を託されたこと。

 

「ツーノ長老は言っていたわ。かつての異常気象であなたが生き残ったように、これから村人全員がバラバラに隠れて、生き残った者がまたナメック星を復興させるから、安心して欲しいって」

 

 全てを聞き終えた最長老は、大きく息をついた。

 

「そうですか。ツーノがそんな事を……」

 

 寿命の迫っている自分が、安心して現世を離れられるよう、気遣ってくれた事が嬉しかった。そして安堵する。自分のしてきたことは、無駄にはならないのだ。

 

「伝えて下さって、ありがとうございます。この星の子供達はほとんど死んでしまい、今度こそナメック星人は滅んでしまうのかと、半分諦めていましたが、救われた思いです」

 

「ええ。それで、その……伝言のお礼に、私も潜在能力を引き出してもらえないかしら?」

 

 自分でも無理があると思いながらの発言に、ネイルが突っ込んだ。

 

「……悪しき者よ。今の話で、どうしてそれができると思った? 貴様はツーノ長老達を殺すつもりだったと、自分で言っただろう」

 

「……そうだけど、私は最長老と話しているのよ」

 

 最長老は悩んでいた。彼女が子供達を助けてくれた事は、紛れも無い事実だ。そもそも村を襲うつもりだったという事は、それほど問題ではなかった。結局のところ、彼女はそれをしなかったのだから。

 

 自分にとって不利な事実を隠さずに話した事からも、その性根が真っ直ぐであることが見て取れた。ただ真っ直ぐな性根を持つ者が、善行を為すとは限らない。

 

 問題があるとすれば、彼女がこれまで成してきた悪行だ。どう改心しても死後の地獄行きを免れないであろうほどの、紛れも無い悪の気配が感じられた。まだ年端もいかない子供が、何人殺せばこうなるというのか、最長老には見当もつかなかった。

 

「……残念ながら、あなたの潜在能力を引き出す事はできません。大勢の人々を殺してきた、あなたの本質は悪であり、あなたはこれからも、同じことをするでしょう。ナメック星の長である私が、悪に加担することはできません」

 

 ドラゴンボール。何でも願いを叶えるという、宇宙のバランスを崩しかねないほどの力を秘めたそれの製造と保有が許されているのは、ナメック星人達が決してそれを悪用しない善なる存在だと、宇宙の神々から認められているからであり、それは最長老にとっての誇りだった。

 

「それに純粋なサイヤ人の潜在能力を引き出した時、何が起こるのか、私にも未知数なのです。そちらの心正しき少年ならともかく、悪しきサイヤ人が、私のせいで超サイヤ人にでもなってしまえば、どれほどの犠牲が出ることか……」

 

「……超サイヤ人のことを、知っているのね」

 

 伝説の超サイヤ人。おとぎ話の類がこんな辺境の星にまで伝わっている事は嬉しかったが、その悪名が、自分を苦しめていると思うと、素直に喜べなかった。

 

「あの、超サイヤ人って……?」

 

 悟飯の疑問に、最長老が答える。

 

「超サイヤ人は、血と闘争を好む最強の戦士であり、金色の髪と青い瞳を持っているそうです」

「……それって、本当にサイヤ人なの?」

 

 サイヤ人は全て黒目黒髪のはずだ。纏うオーラがそんな風に見えるのだろうか。地球でカカロットは一瞬赤いオーラを纏っていたが、遠目なら赤色の髪に見えるかもしれない。瞳の色まで変わるのは、まあ大猿になれば赤くなるし、そんな事もあるのだろうか。

 

「私が聞いた話では、外見については触れられてなかったわ。千年に一度現れるという、サイヤ人の限界を超えて、どこまでも強くなれる伝説の戦士の事としか」

 

 その言葉を聞いた少年は、反射的に、頭に浮かんだ内容を口にした。

 

「お父さんみたい……」

「言っておくけど、私の父様の事だからね?」

 

 

「……ともあれ、あなたの潜在能力を解放することはできません。他の事なら……」

「それじゃあ、意味が無いのよ……!」

 

 少女は小さな拳を震わせる。他のものなんていらない。フリーザを殺すために、戦闘力が欲しかった。悔しさのあまり、視界が滲む。

 

 見かねた少年が、話に割り込んで言った。

 

「あ、あの! ナッツが悪い事をしないよう、ボクが見てますから、それじゃあ駄目ですか?」

 

「悟飯……」

「ふむ……」

 

 真摯に彼女を思いやる少年の言葉を受けて、最長老は考える。その悪の気配に反して、少女の言動は子供のように素直だ。そのちぐはぐさは、歪とさえ言える。

 

 彼女は、単純に悪と言い切っていい存在なのだろうか。少なくともツーノは、彼女を勇者と認めて、ドラゴンボールを託したのだ。

 

「……言葉だけでは、判断が難しい。あなたの記憶を、見せてください」

「いいわ。見てちょうだい」

 

 最長老は少女の頭に手を乗せ、その記憶を垣間見た。

 

 両親に愛された、幸せな記憶。戦闘訓練。母親の死と、燃え上がる復讐心。戦闘に明け暮れ、幾多の星を滅ぼし続けた日々。地球への遠征と、少年との出会い。そしてナメック星での出来事。

 

(罪の無い人々を、あまりに殺し過ぎている。同情の余地はある。良い方向に向かおうとしているのか? しかし、彼女の本質は……)

 

 長い沈黙の後、頭に手を置いた姿勢を崩さぬまま、最長老が口を開く。

 

「サイヤ人の娘よ。あなたはこれまで、数えきれないほどの人々を殺し、償いきれないほどの罪を犯しました。今までの自分のあり方を悔い改め、正しい心を持って生きる気はありますか?」

 

「! 良かった……!」

 

 悟飯が、明るい顔でナッツを見つめる。はいと答えれば、力を引き出してもらえるのだろう。

 

 それを理解しながら、ナッツは苦悩する。戦闘力は確かに欲しいし、頼んでくれた悟飯には悪いが、それだけはできなかった。

 

 サイヤ人として戦い続け、多くの星を滅ぼした事は、彼女の名誉であり、誇りだった。後悔する事など、何もない。だからきっぱりと言い放った。

 

「嫌よ。私はサイヤ人。今さら悟飯みたいに、いい子ちゃんになる気はないわ」

 

 悟飯の顔が笑顔で固まった。もうやだこの子。

 

「そうですか……」

 

 最長老はその返答を、半ば予測していた。結局のところ、サイヤ人である事は彼女の本質で、それは決して変えようがないと、理解していたのだ。

 

(それでも、もしかしたらと、思っていましたが……)

 

 その手が自分の頭から離れようとしているのを感じ、少女は言った。

 

「待って、最長老。あなたに、言いたい事があるの」 

 

 自分のプライドを曲げてまで、頼み込む気はなかった。だが強くなるチャンスを、諦めたくはなかった。戦闘力3000に達するまで、戦い続けて2年掛かったのだ。1万を超える今の悟飯の戦闘力に並ぶためには、あと何年戦えばいいのか。その頃には、悟飯は更に強くなって、置いて行かれてしまうだろう。

 

 それにフリーザとの戦いを、不老不死を得た父親だけに任せるつもりは無かった。可能な限り強くなって、自分も力になりたかった。

 

 

 

 少女は考える。どうすればいいのか。上手い文句や言い回しを考えようとして、止めた。そういうのは、自分には向いていない。それに目の前の年老いたナメック星人には、口先だけで何を言っても、見透かされてしまいそうな気がした。

 

 だからナッツは、最長老の顔を見上げ、自分の言葉で、ありのままを語る事にした。

 

 

「私の記憶を見たのなら知ってるでしょうけど、私の母様は、フリーザの手で死に追いやられたの。絶対に許せないと思ったわ。どれだけ戦闘力に差があろうと、いつか殺してやるつもりよ」

 

 あの日から、冷たい復讐の炎が、心の奥底で燃え続けている。

 

「そしてこの星にいたナメック星人、あなたの子供達も、大勢フリーザに殺されたわ。その時あなたは、悔しいと思ったはずよ」

 

 穏やかなナメック星人には、似合わない感情だろうけど。

 

「強大すぎる力を持つフリーザを、あなたはかつての異常気象のような、抗いがたい存在と思っているかもしれない。けど私は、奴が悪意を持った生き物であって、殺せる存在である事を知っているわ」

 

 ほんのわずかでも可能性があるのなら、私は諦めない。

 

「もし私が殺されたら、父様は怒り狂って、絶対に仇を討ってくれるわ。それは父様がサイヤ人だからじゃなくて、親として私を愛してくれているからよ」

 

 そして私も、父様と母様の事を愛している。

 

「最長老。あなたも大切な子供達の仇を、できる事なら、自分の手で討ちたいと思っているはず」

 

 諦めたような顔をしていても、戦闘民族である私に、その思いは隠せない。

 

「年老いて戦えないあなたの代わりに、私がフリーザと戦って、あなたの無念を晴らしてあげる。だから、私に力を貸して」

 

 悪だなんて、どうでもいいでしょう? 

 

 

 その言葉は、まるで悪魔の囁きにも似て。

 

 次の瞬間、ナッツの全身から、湧き出るように力が吹き出した。

 

「なっ!?」

 

 驚愕するネイルと悟飯。最長老自身も、自らの行動に驚いたかのように、目を見開いていた。

 

 注目の中、少女は自らの両手を眺め、溢れ出る力を意識して、満足そうに頷いた。

 

(今の私の戦闘力は、悟飯と同じくらいかしら。けど確かに、まだ伸びそうな感覚があるわ)

 

「礼を言うわ、最長老。私はあなた達のような、良い存在ではないけれど、誇りにかけて、約束は守るから」

 

 その顔は、親を亡くした子供のようであり、そして同時に、決意を秘めた戦士のようでもあった。

 

「行くわよ、悟飯」

「う、うん……」

 

 二人は家を後にする。ドアが閉まる寸前、頼みましたと、最長老の声が聞こえた気がした。

 

 

 

 そして彼らが去った後。

 

 最長老は己の顔を、両手で覆い隠していた。死んでいったナメック星人、一人一人の名を呼びながら、しわくちゃの顔が涙に濡れる。

 

「すまない……皆、許しておくれ……」

 

 自分は死んでいく子供達に、何もしてやれなかった。彼らの命の気配が消えていくのを、動けぬまま、見ている事しかできなかった。

 

 あの娘が、彼らの仇を取ってくれるというのなら、自分の無念を晴らしてくれるのなら、悪でも構わないと、あの一瞬思ってしまった。

 

「カタッツやスラッグほどの力が、今の私にあったなら……!」

 

 そうであれば、自らの手で侵略者を迎え撃ち、子供達を守ることができたのだ。ナメック星人らしからぬ考えだとは思うが、あのサイヤ人の記憶に影響されたのかもしれない。

 

「最長老様……」

 

 その思いは、ネイルも同様だった。戦闘タイプのナメック星人は、このような事態に悪と戦うために生み出された存在だ。

 

 自分が出て戦っていれば、もしかしたら殺された兄弟達の何人かは救えたかもしれない。

 

 だが彼らは、敬愛すべき最長老の守りを手薄にしてまで救われる事を望まなかっただろう。それがわかっていたから、ネイルはこの場を動けなかった。

 

 あの悪しき者を認めるわけではなかったが、悔しいと思う気持ちは、確かにある。

 

「最長老様。その時がくれば、お命じ下さい。相手が何であれ、戦ってみせましょう」

 

 ネイルの言葉には、最長老を想う気持ちが込められていたが、それは悲しみを、いっそう深くするだけだった。

 

「ネイルよ。お前にも、死んで欲しくはない……」

 

 それでも、いつかそれを命じなければならないという、確かな予感があった。こんな力など、無ければよかったのに。

 

 戦闘タイプとはいえ、死ねと命じるために生んだわけではないというのに。

 

 

 最長老の嘆きは、まだ止まらない。

 

 

 

 

 二人が飛び立とうとしたその時、家のドアが開き、ナメック星人の少年が現れた。

 

「ま、待ってください!」

 

 ナッツが振り向くと、駆け寄ってきた少年が、ぺこりと頭を下げて言った。

 

「あの、ありがとうございます!」

「……あなたは?」

 

「デンデと言います。あの村にいた子供は、ボクの友達なんです。だから、お礼が言いたくて」

 

 それを聞いて、少女は顔をしかめる。

 

「……話を聞いていたの? 私は彼らを殺すつもりで、あの村へ行ったのよ」

「それでも、あなたは正しい事をなさいましたから。その、どうかこれからも……」

 

 ナッツは仏頂面のまま、少年の頭を撫でて言った。

 

「約束はできないけど、覚えておくわ」

 

 

 次の瞬間、空の彼方から迫る強大な5つの気を感じ、その場にいた全員が驚愕する。

 

「これって……!?」

「まさか、ギニュー特戦隊!?」

 

 フリーザ軍の最強部隊。最前線で戦っているはずの彼らが呼ばれる理由など、ドラゴンボールをおいて他にない。

 

 少女は身体の震えを抑えながら、悟飯の手を引き、半ば強引に全速力で飛び立った。

 

「ちょ、ちょっと……」

「急いで!! 父様達が危ないわ!!」

 

 

 

 

 ナメック星に向かう、5つのポッドの中。4人は個人通信で、愚痴をこぼしていた。

 

「気が進まねえなあー。ジャンケンで決めようぜ。負けた奴がナッツちゃんな」

 

「ベジータの奴、いつか裏切るとは思ってたけど、ナッツちゃんまで巻き込みやがってよ」

 

「まあ連れて行かなきゃ、人質に取られるだけだろうさ」

 

「……フリーザ様も、あんな死に掛けの女一人、放っておけば良かったのによ」

 

 思い出す。フリーザ軍のパーティで、彼らが余興をしている舞台の前にかぶりつき、目を輝かせてはしゃいでいた子供の姿。

 

 フルーツパフェをおごった事もあった。基地で姿を見かけるたび、笑顔と共に言葉を交わした。

 

 それが母親が死んだあの日以来、フリーザ軍の全員を、親の仇でも見るような顔で睨むようになったのだ。

 

「お前達。わかっているな。ベジータとその娘を殺す。フリーザ様の命令は絶対だ」

「へいへい」

 

 隊長からの通信に、バータは生返事を返す。

 

 知り合いの子供を殺す。その程度の汚れ仕事には慣れ切っていたが、慣れたからといって、心が痛まないわけではない。

 

 フリーザ様の命令には逆らえない。せめて彼らの到着前に、逃げていてくれないものかと、そう思っていた。




 というわけで、次回からはギニュー特戦隊の話です。
 彼らと主人公との関係については、ナメック星編を始める前、第1話に追加した過去編に書いてますので、「それ読んだ覚えない……」という方は見ていておくと、次以降の話がより楽しめると思います。

 それと毎回の話ですが、お気に入り、評価、感想などありがとうございます。続きを書く励みになっております。
 ナメック星編はこの辺りから後半戦に入ります。更新は少し遅れるかもしれませんが、気長にお待ちくださいませ。

【最長老】
 英語で言うと"Elder Guru" ナメック星編における被害者代表。
 ナメック星人達の死について、原作では「残念です……」と半ば諦めたような感じでしたが、この話では親子関係を重視しているのでこういう解釈になりました。

【カタッツ】
 神様の生みの親。原作では最長老の台詞でだけ登場した人。
 強さについては特に言及されていなかったのを良い事に、この話ではスラッグと並んで語られるくらいの力を持っていた事になった。

【スラッグ】
 劇場版に出てきた悪のナメック星人。
 最長老と面識があったのかは不明ですが、どう見ても最長老の方が年上だし、悪いナメック星人なんて超珍しいので話を聞いた事くらいはあったんじゃないかなあと。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。