あるサイヤ人の少女の物語   作:黒木氏

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12.彼女が彼らと戦う話(中編)

 そして再び、現在のナメック星。

 

 リクームの前に、打ちのめされたナッツと悟飯が倒れている。戦闘力の差は圧倒的で、二人掛かりでどれだけ攻撃しようとも、傷一つ付けられないでいる。

 

 全身を負傷した少女が、血を流し、ふらつきながらも立ち上がろうとする。

 

「ま、まだよ……」

「……もう立つんじゃねえよ」

「父様を殺そうとしている奴らが、何を言ってるのよ!」

 

 小さな身体がぶれながら消え、一瞬後、リクームの背後に出現したナッツが、後頭部に強烈な蹴りを叩き込んだ。微動だにしないリクームに歯噛みしながら、少女は高速で消えては現れ、その全身に攻撃を続けるが、彼は一切防ごうともしない。

 

 しばらく無言で殴られていたリクームが無造作に手を伸ばし、そこに出現したナッツの胸ぐらを掴み上げる。

 

「なっ……離しなさい!」

「こんなに弱い癖に、フリーザ様に表立って逆らうような真似しやがって。フリーザ様もお前ら親子の働きには満足してた。それで良かったじゃねえか」

 

 淡々と紡がれた言葉に、少女は目の前が真っ赤になるのを感じた。そうして不老不死を手に入れて、殺せなくなったフリーザに、一生怯えて頭を下げて生きていろというのか。

 

「母様を殺されたのよ! 私も父様も、許せるはずがないじゃない!」

 

 フリーザのお気に入りのお前達に、気まぐれで生かされているにすぎない、私達の気持ちなどわかるものか。

 

 結局のところ、こいつらはフリーザの部下だ。にこにこと友好的に振舞っておいて、母様が殺されるのを止めてくれなかった。そしてフリーザが殺せと言えば、自分達を殺しに来るのだ。

 

「フリーザも、フリーザ軍の奴らも、いつか全員殺してやる!」

 

 怒りと殺意に歪んだ顔で、ナッツは叫ぶ。

 

 その痛ましさに、リクームは目を逸らす。子供のする顔ではなかった。あの幸せそうに笑っていた少女はもういない。自分達のせいで、そうなってしまったのだ。

 

 ここで苦しませずに、殺してやるべきだと思った。

 

「……あばよ」

 

 掴んでいた少女を手放し、細いその首を狙って、渾身の蹴りを繰り出す。ベジータが何か叫んでいるが、聞きたくなかった。

 

 その時、リクームとナッツの間に悟飯が飛び込み、少年の小さな身体に蹴りが命中した。当然それで勢いは止まらず、背後の少女も巻き込んでリクームの足が振り抜かれる。

 

 冗談のような速度で、少年と少女の身体が宙を舞い、受け身も取れず地面を転がった。

 

 ナッツは痛みに呻きながら、隣に倒れた少年を呆然と見つめる。

 

「ご、悟飯……どうして……」

「何でだろ……ボクにもわからないや……」

 

 照れ隠しのように、弱々しく笑う少年を見て、少女は拳を震わせる。

 

「……馬鹿ね。本当に馬鹿よ。私の言ったとおり、地球に帰ってれば良かったのに……!」

「いいんだ。だから、泣かないで」

「ごめんなさい……!!」

 

 自分の無力さに、ナッツは涙する。

 

 最長老に力を引き出してもらっても、結局何もできず、年下の子供に庇われる。情けなくて、悔しかった。

 

 こちらに向かって、リクームが歩き出すのが見える。せめて一矢報いたかったが、もう身体が動かなかった。

 

 

 

 

『ナメック星到着まで、あと20分……』

 

 宇宙船の中で、機械音声のアナウンスを聞きながら、悟空は焦っていた。

 

 これから向かうナメック星に、とてつもない気を持つ奴らが大勢いて、悟飯やクリリン、それに何故かベジータとナッツの気までもが、どんどん小さくなっているのが、この距離からでも感じられた。

 

「もっと早く着かねえのか! このままじゃあ、皆、殺されちまうぞ……!」

 

 宇宙船を加速させる方法などわからず、下手にいじれば壊してしまうかもしれない。

 

 ボタン一つでナメック星に着くとは言われたが、詳しい操縦法を聞いて来なかった事を、悟空は後悔していた。

 

 

 

 

 リクームの顔面に、横合いから飛んできたエネルギー弾が命中し、爆発した。

 

 その場の全員が、視線を向けた先。満身創痍のベジータが立ち上がり、大きく肩で息をつきながら、リクームを睨み付けていた。

 

「どこへ行く気だ……まだオレは戦えるぞ……!」

「と、父様……」

   

 どう見ても戦える状態ではない。

 

 それでも父親は走り出し、振りかぶった拳を叩き付けようとするが、あっさり避けられ、カウンター気味に放たれた膝蹴りが腹にめり込んだ。

 

「っ! まだだっ!」

 

 一歩も引かず、リクームの顔面を殴りつける。殴られた顔がわずかに動き、口元から血が流れたが、それだけだった。

 

 再び殴り返されるも、父親は倒れない。その姿を見ていられず、娘が叫ぶ。

 

「父様! やめてください! 本当に死んでしまいます!」

 

 ボロボロになっていく父親を見ているしかできない少女の身体が、突然の寒気に震えだす。あの日と同じ、雨の音が聞こえていた。

 

 雨に打たれて、熱を失った母親の死体。あんなのはもう、見たくないのに。だから強くなろうと思ったのに。

 

「あ、ああ……やめて……」

 

 自分が弱いせいで、父様まで死んでしまう。それを見ているしかできない事は、死ぬよりも耐えがたい苦痛だった。

 

 悔しさと怒りと悲しさが、ナッツの心の中でぐちゃくちゃに荒れ狂っていた。

 

(こんな所で、皆、殺されてしまうの? 母様の仇も討てないまま……)  

 

 死にたくなかった。父様と悟飯と、それとブルマと、もっと生きていたかった。こんな結末は、絶対に許せなかった。

 

 そう思った次の瞬間、少女の身体を、生まれて初めての衝撃が貫いた。

 

「っ!?」

 

 腰の後ろにある、その感覚は、足りなかったものが埋まったかのような、無くしたものが戻って来たかのような。

 

「嘘……」

 

 両足の間に伸びた尻尾を、ナッツは呆然としながら見つめていた。

 

 

 恐る恐る力を込めて、左右に振ってみる。何の問題も無く、以前と同じように動かせた。

 

 

「あはっ、あはははははは!!!」

 

 

 堪えきれないといった様子で、少女が笑い出す。それはまるで、欲しかった玩具を手に入れた子供のようで、しかし決定的に異なっていた。隠しきれない、子供らしからぬ残虐な感情を滲ませた声で、とても楽しそうに笑っていた。

 

 その場にいた全員が、彼女の異様な雰囲気に飲まれ、動きを止めていた。

 

「な、ナッツ……?」

 

 死に掛けた父親を前にして、ついにおかしくなったかと、恐る恐る少年が声を掛けるが、少女の耳には届かない。

 

「尻尾が生えるこの時を、ずっと待ってたのよ……!!!」

 

 どこか父親を思わせる表情で、ナッツはニヤリと笑う。尻尾と満月による大猿化は、サイヤ人にとって最大の武器だ。今までずっとそれを使えないまま、もどかしい思いをしてきたのだ。

 

 尻尾は戻ってきた。ナメック星に月は無いが、自分や父様のような、選ばれたサイヤ人に、それは関係ない。

 

 満月をイメージして、力を集中する。残り少ない力と生命力のありったけを、上向けた右の掌に注ぎ込む。

 

「うぅ、くぅぅ……!!」

 

 戦闘力が急激に落ちていく感覚に呻きながら、かろうじて作り上げた小さな光球を、そのまま空へと投げ放つ。

 

 疲労のあまり、途絶えそうになる意識を必死に繋ぎ留めながら、ナッツは震える右手を握り締め、叫ぶ。

 

 

「……はじけて、まざれぇっ!!!」

 

 

 光球が爆発し、目を覆う程の閃光が放たれる。そして上空に残ったのは、小さな人工の満月。

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

 息も絶え絶えに、それでも目を大きく開いた少女の顔が、月の光に照らされる。吸収されたブルーツ波に反応して、尻尾が別の生き物のように動きだすのを感じ、久しぶりの感覚に安堵の笑みが浮かぶ。

 

(もう指一本動かせそうにないけど、それだけの価値はあったわね……)

 

 ナッツが作った月は、地球で父親が作った物よりも一回り小さく、長時間は保たないだろう。しかし今の彼女にとっては、一戦するだけの時間があれば、それで十分だった。

 

 一方悟飯は、ただでさえ弱っていたナッツの気が、見覚えのあるあの光の球を作った瞬間、さらに大きく低下した事に困惑する。そこまでして、一体何をするつもりなのか。

 

「だ、大丈夫? あれは、何をしたの……?」 

「お月様よ。父様や私のような選ばれたサイヤ人は、月を作る事ができるの」

「月を……?」

 

 悟飯が戸惑っているのが、妙におかしくて、少女は月を見上げたまま、くすりと笑う。あの光の意味を理解できないなんて。本当に、変なサイヤ人だと思う。

 

 良い機会だし、年上のサイヤ人の私が、実際に見せて教えてあげるべきだろう。少しどきどきする。母様もあの満月の夜、こんな気持ちだったのだろうか。

 

 そこまで考えたところで、ふと気付く。悟飯に怖がられてしまわないだろうか。サイヤ人の変身について、あらかじめ聞かされていた自分ですら、初めて母様が変身するのを見た時、少し怖いと思ってしまったのだ。

 

 怖がられるのは、良い事のはずだ。惑星を侵略する時、大抵の奴らは私が大猿に変身するのを見ただけで、怯えて何もできなくなってしまう。

 

 そうして悲鳴を上げながら逃げ惑う奴らを殺すのは、とても楽しかったのだけど、悟飯が自分を見てあんな風になるかと思うと、何だか嫌だった。その思考に、少女は戸惑ってしまう。

 

(いやいや、今さら何考えてるの? ザーボンじゃないんだから、少し醜くて怖がられる事くらい、気にしてどうするのよ)

 

 地球に行く前の自分にこんな事を言ったら、不甲斐ないサイヤ人だと馬鹿にされてしまうだろう。せっかく尻尾が生えたというのに、本当に、贅沢な悩みだと思った。

 

 それはそれとして、悟飯を驚かせないよう、何か言っておきたかった。

 

「先に謝っておくわ。色々黙っててごめんなさい。それとこれから、怖い思いをさせてしまうかも……っ!?」

 

 ドクン、と心臓が高鳴り、言葉が中断される。全身に活力が満ちて、疲労が嘘のように消えていく。尻尾が激しく動きだし、熱くなった身体が心臓と共に跳ねる。

 

 息を荒らげ、ただならぬ少女の様子に、心配した少年が叫ぶ。

 

「ナッツ、どうしたの! 病気なの!?」

「……違うわ。尻尾を持ったサイヤ人は、満月を見た時、切り札ともいえる、もう一つの姿に変身できるの」

 

 ドクン、ドクンと、鼓動が高まり、速まっていく。それと共にナッツの気が少しずつ上昇し始めた事に、悟飯は不吉な予感を覚える。少女の言葉で、色々な事が繋がっていく気がする。

 

 あの時尻尾が生えた後、光の球を見た所で、記憶が途絶えているのは何故なのか。

 

「あの、もしかして……ボクも、その、変身を?」

「ええ、そうよ。あの時のあなたは、とても格好良かったわ。今あなたに尻尾が無いのは残念だけど……ちょうど良い機会とも言えるわね」

 

 ドクン、ドクン、ドクン。絶え間ない鼓動と共に、身体全体が活性化し、作り変えられていく感覚。ナッツは伸びていく犬歯を見せながら、獰猛に笑った。

 

 

「私の力を、見せてあげるわ」

 

 

 次の瞬間、少女の両腕に巻かれていた包帯が弾け飛んだ。

 

「!?」

 

 驚愕する少年の前で、ナッツの全身の筋肉が膨れ上がり、小柄だった身体が、瞬く間にその大きさを増していく。肉体の変貌に比例するように、少女の気が急激に上昇を開始する。

 

 力が溢れ出す。湧き立つ激情が、増大する破壊衝動が、思考を灼いていく。待ち望んでいた、慣れ親しんだ感覚。楽し過ぎて、狂ってしまいそうだった。

 

 喉の奥から唸り声を上げ、白く染まった瞳で月を見上げ、檻から解き放たれた猛獣のように、ナッツは吼える。

 

 

「アオオオオオオオオオ!!!!」

 

 

 咆えながら大きく開いた口が、顎の構造をより強靭に変化させ、限界を超えてなお開いていく。犬歯と共に全ての歯がその大きさを増し牙と化す。白い瞳は血のような赤色に染まっていく。

 

 整った容貌を獣のものへと変化させ、さらに成長を続ける少女の肉体は、サイヤ人の変身後の姿を示しつつあった。

 

 

 

 時間は少し遡る。リクームはナッツが投げた光の球と、いつの間にか再生していた尻尾を見て、彼女の狙いを看破する。

 

「そうはさせるかよっ! ……おおっ!?」

 

 変身を阻止すべく走り出そうとした彼の身体が、何かに引っ張られたかのようにつんのめる。その足に、ボロボロになったベジータがしがみ付いていた。血に塗れた顔で、ニヤリと笑う。

 

「どこへ行く気だ? つれないじゃないか、リクーム?」

「て、てめえ!」

 

 何度も足蹴にするも、ベジータは離れず、死に物狂いで食らいつく。

 

「ナッツの邪魔はさせんぞ……!」

「このっ! 離しやがれ!」

 

 少女のものと思しき、獣の咆哮が辺りに響く。業を煮やしたリクームが、ベジータの頭を激しく殴打した。

 

「がはっ……」

 

 意識を失いながらもなお手を離さないベジータを振り払い、駆けだしたリクームが横たわるナッツを見た瞬間、その顔を引きつらせる。

 

 彼の腰にも届かないほどの小柄だった少女の身体は、発達した筋肉によって今や5メートル以上に膨れ上がり、その全身に尻尾と同じ茶色の獣毛をうっすらと生やしながら、さらに成長を続けている。

 

 ナッツが獣の顔で吼え、その身に纏う黒い戦闘服と紫のアンダースーツが内側から押し上げられる。サイヤ人が今も愛用している戦闘服は、変貌を続ける少女の肉体に合わせて破れる事無くそのサイズを変えていた。

 

「こいつは、ちょっとまずいかな……!」

 

 リクームは両足の間に伸びた尻尾を狙い、勢いのまま跳躍する。手刀を振りかぶり、無防備に投げ出された尻尾に向けて、降下しながら振り下ろす。

 

「もらったあ!!」

 

 手刀が命中する寸前、突然、尻尾が持ち上がった。目標を外したリクームの手が空しく地面を叩き、深々と亀裂を走らせる。

 

「な、何だと!?」

 

 狼狽した彼が再度頭上の尻尾を狙おうと顔を上げた瞬間、わずかに身を起こした、変身中のナッツと目が合った。血のように赤い瞳が、父親を傷付けた敵に向けて、怒りを湛えていた。獣のような唸り声は、言葉にならずとも、明確な殺意を示していた。

 

 全長8メートルの巨獣と化した少女は咆哮と共に、全身を飲み込むほどの、巨大な赤いエネルギー波を撃ち放つ。

 

 彼が先ほど放ったものと、遜色ないだろう威力のそれに、リクームが驚き交じりの悲鳴を上げる。一瞬後、大爆発が巻き起こり、彼女自身の姿も爆炎と煙に覆い隠される。

 

 

 

 輝く人工の月に照らされながら、悟飯は変貌するナッツを前にして、恐怖に身を震わせていた。

 

「あ、あ……」

 

 姿が隠されていようとも、彼女の気が凄まじい勢いで上昇し続けている事は感じられた。そしてその身体がまだ変身を続けている事も。

 

 黒煙の中から、毛皮に覆われた巨大な腕が突き出される。次に獣そのものと化した頭部が咆哮を上げ、法外な速度で巨大化を続ける身体が周囲の地形を粉砕しながらさらにそのサイズを増していく。潰されそうになった少年が必死に飛び離れ、その全貌を目の当たりにする。

 

 満月の夜に現れる、怪物の姿。自分もこうなっていたのだと、少年が自覚した瞬間、忘れていた記憶が蘇っていた。

 

 

 思い出したのは、地球で彼が変身した時の記憶。同じく大猿と化した少女との戦闘は、理性も無かった時のもので、夢のように曖昧だったけど、その終盤、心の中に父親が話し掛けて来た時からの記憶は、はっきりと残っていた。

 

 

(よう悟飯! オラもう死んじまうけど、ナッツの事を恨まないでやってくれよな!)

 

 

 お父さん、何言ってるのと思った。それをきっかけに、意識がはっきりしたのを覚えている。

 

 そして目に映ったものは、見覚えのある黒い戦闘服を来た巨大な怪物が、父親を右手で握り潰そうとしている光景だった。その怪物の姿は、先ほどのベジータとよく似ていて、ボリュームのある長い髪からも、ナッツが変身したものだとわかった。

 

 今までの感じた事がないほどの、凄まじい怒りで、目の前が真っ赤になる。許せない、と思った。それと同時に、助けないと、とも思った。あの化け物は、尻尾を切れば元に戻るはずだ。

 

 起き上がろうとして、身体に力が入らず、自分の尻尾を彼女の父親が、抱えるように圧迫しているのが見えた。とても小さなその姿に、違和感を覚えるが、そんな場合ではなかった。強引に尻尾を持ち上げて岩山に叩き付け、自由になった身体で、ナッツに向けて走り出す。

 

 彼女が驚いたようにこちらを見て、口を開いてエネルギー波を撃ってきたが、正面から突っ切って、そのまま体当たりして押し倒し、何か叫んでいるのを無視して、尻尾を掴み、引き千切る。

 

 怒りの混じった咆哮と共に、その怪物の巨体が縮んでいく。握られていたお父さんが落ちないか心配だったが、何の偶然か、震えながら縮んでいく彼女の手は上向きに開かれていて、持ちきれなくなるギリギリまで、お父さんを落とす事は無く。

 

 やがて人間の姿に戻り、息も絶え絶えのナッツを見下ろした時、抑えきれない怒りが、自分の中で弾けるのを感じた。

 

 

 よくもお父さんを。殺してやる。

 

 

 怯えてこちらを見上げる少女を、踏み潰そうとする。一度は避けられたが、すぐに追い詰めて、再び足を振り下ろしたところで。

 

(ご、悟飯!!!!)

 

 お父さんの声が聞こえて、踏みとどまる事ができたけど。あの時止められていなかったら、ボクは、あの子を殺していた。思い出したくなかったから、きっと自分で忘れていたのだ。

 

 

 

 取り戻した記憶の内容に打ちひしがれながら、少年は変身を続けるナッツの姿を、呆然と眺めていた。

 

 尻尾を持ったサイヤ人は、満月を見ると怪物に変身する。それを知った後だと、今まで意味のわからなかった、彼女の言葉の一つ一つが理解できた。

 

(父様と一緒に月を見るのがとても楽しみで、わざわざ満月の日を選んで来たのだけど、いつの間にか壊されていたみたいで、ガッカリしていたところよ)

 

(……ねえ悟飯。その、ね。あなたに尻尾が生えていた頃、満月とか見た覚えがあるかしら?)

 

 そしてナメック星で聞いた、彼女の肩を噛み砕いて、尻尾を引き千切った化け物の話。ナッツを傷付けて、酷い事をして、許せないと思っていた化け物は。

 

「ボクだったんじゃないか……」

 

 そして彼女の事でもあった。そう言えば話している時、ナッツは妙に楽しそうだった。まるで何かを隠しているかのように。

 

「酷いよ。教えてくれたら、謝れたのに……」

 

 彼女の肩の傷跡は、その周囲が厚い毛皮に覆われている今も、はっきりと見て取れて。自責の念に襲われて、少年は泣きそうな顔で俯く。

 

 ナッツの方はその傷跡を全く気にせず、むしろ記念として残していて、後にそれを知って目を丸くする事になるのだが、今の悟飯には、それを知る由は無かった。

 

 

 

 

 変身が完了するのを感じたナッツは、自重で大地を踏み割りながら立ち上がり、自らの姿を確認する。

 

 発達した筋肉と毛皮に覆われ、全長15メートルに達した大猿の姿。小さな子供ではなく、変身した両親と同じ、サイヤ人の証ともいえるこの姿を、彼女はとても好んでいた。

 

 それに加え、戦闘力がかつてないほど高まっているのを感じたナッツは、巨大な牙を剥き出して獰猛に笑う。変身する前の負傷はそのまま残っていたが、大猿化した肉体の生命力は、それを無視できるほど強大だった。

 

(そう言えば、父様は大丈夫かしら? 巻き込んでしまったら大変だわ) 

 

 戦闘力を感じた方を見ると、クリリンというあの地球人が、父様を担いで運んでいるところだった。なかなか気が利くじゃないと、嬉しくなって尻尾が揺れた。

 

(父様、見ていてください。それと悟飯は……)

 

 気配を探ると、足元にいるのを感じた。本当に便利な能力だと思いながら見下ろすと、目が合った悟飯の身体がびくりと震え、少女は少し、傷つくのを感じた。

 

(まあ、叫んだり逃げ出したりしないだけ、立派なものよ。……強くて格好良いって、言って欲しかったけど)

 

 そして遠くにいる、ギニュー特戦隊の姿を見る。周りの景色と同様に、自分よりも大きかった彼らの姿が、とても小さく見えた。容易く叩き潰せそうなほどに。

 

 大猿と化した少女の喉から、怒りに満ちた獣の唸り声が漏れる。その内面で、増大した破壊衝動と復讐心とが混ざり合い、理性を保ったままに凶暴性が増していく。とても良い気分だった。

 

『皆殺しにしてやるわ……!』

 

 ナッツは両腕を高く掲げ、自ら作り上げた月に向かって、己の力を見せつけるかのように、力の限り吼える。

 

 

『グオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!』

 

 

 

 

「ひぃっ!」

 

 傷付き倒れたベジータを運びながら、地を揺るがすほどの咆哮に打たれたクリリンが悲鳴を上げる。大猿と化したナッツの姿とより邪悪に膨れ上がった気に、かつてのトラウマが蘇っていた。

 

「う、うう……」

 

 背負われたベジータが呻き声を上げながら意識を取り戻し、状況を把握して表情を険しくする。

 

「大丈夫か? ベジータ」

「オ、オレに構う暇があったら、ナッツの援護に行きやがれ……!」

「いや、オレだって正直もうボロボロだし……」

 

 変身したナッツの気は、地球で見た時よりも遥かに凄まじく、この場の全員を大きく上回っていた。今だ恐ろしくはあったが、味方であれば、これほど頼もしい存在は無いとクリリンは思う。

 

「心配しなくても、一人で勝てるんじゃないか?」

「あいつらがそんなに甘いわけがあるか……!」

 

 ギニュー特戦隊。フリーザ軍最強のエリート部隊である奴らは、彼が生まれるよりも前から、最前線で戦い続けてきたベテラン揃いであり、戦闘力で勝っていたとしても、決して侮れる存在ではない。

 

 せめて一緒に戦えればと思うが、それすらできない不甲斐なさに、父親は唇を噛み締める。伝説の超サイヤ人のような強さが、自分にあればと思った。

 

 

 

「おいおい、戦闘力が7万を超えたぜ!」

 

 変身を終えつつある少女の戦闘力を最新型のスカウターで確認しながら、バータは喜色を露わにする。

 

「ナッツちゃん成長したなあ!」

「ちょっとデカすぎるけどな。超能力で止めるの大変だぜ、あれ」

 

 言葉と裏腹に、グルドの顔には小さな笑みが浮かんでいる。

 

「子供の成長は早いよなあ」

 

 ギニュー隊長からの連絡に対応していたジースが、面白がるような口調で言った。

 

「隊長は何て言ってた?」

「ドラゴンボールを隠してから来るってよ」

「じゃあ、それまでに終わらせないと、またおいしいとこ取られちまうな」

 

 自分達を超える戦闘力を前にしても、彼らは余裕を崩さない。コルド大王に仕えてから20年以上。この程度の修羅場など、何度も潜ってきたのだ。

 

「オレ達も参加するけど、良いだろ? リクーム」

 

 グルドの声に、ナッツの攻撃で吹き飛ばされ、上半身を地面に埋めていたリクームが、両足で勢いをつけ、土埃を巻き上げながら飛び上がった。格好をつけながら着地し、遠くに見える大猿を見上げ、両の拳を胸の前でぶつけながら笑う。

 

「面白くなってきたじゃないの! 良いけどお前ら全員、後でチョコレートパフェをおごれよ!」

「へいへい」

「了解了解」

「お前そろそろ服ヤバいから、後で着替えろよ?」

 

 ベジータの猛攻で戦闘服を全損し、ただでさえ半分尻を晒していた状態から、さらに過激になったリクームの姿をジースが指摘し、全員が明るく笑い声を上げる。

 

「大物相手は久しぶりだな」

「やっぱ俺達の仕事はこうじゃないとな」

 

 彼らの表情は、一様に明るい。危険度は増したが、ろくに戦えない子供を殺すよりは、遥かに楽しく、やりがいのある仕事だった。

 

 バータが首を回して不敵に笑う。

 

「じゃあ成長したナッツちゃんがどれだけ強くなったか、おじさん達が見てやるとするか!」

 

 こちらを睨み付け、大きく吼える大猿に対し、彼らは3年前のあの日と同じ、スペシャルファイティングポーズで応じてみせた。

 

「「「「行くぞっ!」」」」

 

「「「「おう!」」」」」

 

 そして四人は飛び上がり、それぞれの軌道でナッツへと挑み掛かった。




Q.悟空到着するの遅くね?
A.そもそも来る日程がズレてますし……(震え声)


 前にも書きましたけど、ギニュー特戦隊って仕事中ならともかくオフの日なら結構子供とか可愛がってくれそうなイメージがありまして、それなら主人公とはガッツリ絡むだろうなあと。けどギニュー隊長はフリーザ様への忠誠心も高いしサイヤ人とは打ち解けないだろうなあって思ってたら色々話も思いつきましたので、ここからしばらくオリ展開が続きます。

 あと今回とうとう主人公に「はじけて、まざれ!」って言わせる事ができて満足してます。せっかくパワーボール使えるって設定だし、サイヤ人なら一度はやるべきだと思ってました。


 それとザーボンに捕まった時とか前回の話とか、主人公がボコられたりする話の時はあんまりお気に入りとか伸びなくて、それどころか減ったりして「確かに自分もまあ、暗い話とかあんまり読みたくはないし……けど展開上は書かないとだし……」って思ったりするのですが、そんな時でもついて来て下さる読者の方々には大変感謝しております。

 そういう話の流れの時も、なるべく面白くなるよう書こうと思っていますので、今後ともよろしくお願いします。

 それと初の誤字報告、ありがとうございました。認可するだけで本文が修正されて、あまりの楽さにびっくりしました。こんな機能あったんですね……。
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