あるサイヤ人の少女の物語   作:黒木氏

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16.彼女が未来を夢見る話

 かつて惑星フリーザと呼ばれていた星は、今やサイヤ人達の占拠下にあった。

 

 無数の星々が輝く夜空の下、1000人を超える戦士達が整列し、真剣な面持ちで、彼らの指揮官を見上げている。

 

 高台から彼らを見下ろすのは、王族の紋章が刻まれた黒い戦闘服を身に纏い、尻尾を腰に巻いたサイヤ人の少女。その背丈は父親に迫るほどに成長し、戦闘服の上からでもはっきりとわかるスタイルの良さを持ちながらも、整った顔に得意げな表情を浮かべているその様は、大人というにはまだ少し早く。

 

 サイヤ人特有の、ボリュームのある長い黒髪と、夜のような黒い瞳を持つ彼女は、見える星々の全てを掴み取るかのように両腕を広げ、凛とした声で宣言する。

 

「行きなさい!! この宇宙を私達サイヤ人の物にするのよ!!」

 

 同時、眼下の戦士達から、大歓声が巻き起こる。数十年ぶりにフリーザ軍の支配から解放された彼らは、思い思いに拳を突き上げ、歓喜の声を上げていた。

 

「ナッツ様万歳!」

「ベジータ王万歳!」

 

 彼らは次々にポッドに乗り込み、大気を裂く射出音と共に飛び立って行く。それらはまるで、地上から宇宙を目指す、いくつもの流星のようで。

 

 自ら率いる遠征部隊の勇姿を、17歳になったナッツは満足げに眺めていた。計画は順調だ。まずフリーザ軍の前線基地を潰し、そこから数十個の惑星を電撃的に攻略する。この分なら、惑星ベジータで待つ父様と母様に、きっと良い戦果を報告できるだろう。 

 

 そして自身も、専用のポッドへと歩き出す。座って報告を待つのは、性に合わなかった。部隊の長である彼女は、自ら前線で戦い、誰よりも戦果を上げなければならない。それがサイヤ人のやり方だ。

 

 親衛隊のエリート戦士達が、左右に割れて道を作り、敬礼する。赤いマントを靡かせながら、彼らの間をゆっくりと歩く。

 

 目指す先の惑星は決まっていた。かつて自分と父親が侵略に失敗した、この宇宙でも有数の強大な戦士達が集う星。ナッツの口元が獰猛に歪む。

 

「今度こそ、地球を私のものにしてあげるわ。楽しみにしてなさい、悟飯」

 

 その時、彼女の前に一人の男が立ち塞がった。黒目黒髪で長身の男は、眼光鋭くナッツを睨み付ける。目が合った瞬間、彼女は彼の正体に気付き、一瞬唖然とした後、ぱあっと輝くような笑顔になった。

 

 冷酷なサイヤ人の女性指揮官としての雰囲気は、あっという間に霧散して。その様はまるで懐かしい友人と再会した、子供のようだった。  

 

「な、何だ貴様は!」

 

 突然の敵襲と一変した指揮官の様子に戸惑いながらも、不埒な乱入者を始末すべく、周囲のエリート戦士達が、四方八方から襲い掛かる。男は交差した両腕を広げ、自らの気を解放する。

 

「はああああっ!!!!」

 

 それだけの動作で男を中心に嵐のような暴風が吹き荒れ、襲い掛かった戦士達が悲鳴を上げながら吹き飛ばされる。残りの戦士達は驚愕するも、思わぬ強敵を前に、むしろその戦意を滾らせる。男に向けて思い思いに挑みかからんとした瞬間。

 

「止めなさい! あなた達の敵う相手じゃないわ!」

 

 指揮官の声が、彼らの動きを止めていた。名残惜しそうにしながらも、ナッツが一睨みするとその身を震わせ、粛々と命令に従った。

 

 前に出たナッツは、男と向かい合って微笑んだ。最後に会ったのは、何年前になるだろうか。昔は私の方が、少しだけ背が高かったけど、今はもうすっかり追い越されている。目の前の彼は別人のように逞しく成長していたけれど、父様や母様と同じように、感じているだけで穏やかになるような、その心地良い気配を忘れるなど有り得なかった。

 

「久しぶりね、悟飯。フリーザと戦った、あの時以来かしら。私に会いに来てくれたの?」

「そうだよ。言ったよね。君が悪い事をしたら、ボクが止めるって。こんな事、もう止めようよ」

「どうして? 私はサイヤ人の王族よ。宇宙で父様の次に強いんだから、私よりも弱い奴らを、力でねじ伏せて、好きなようにする権利があるの」

 

 そこでナッツは、悟飯に向けて手を差し伸べ、真剣な面持ちで言った。

 

「あなたこそサイヤ人として、私の下で働く気はない? 私に用意できる物なら、何でも欲しい物をあげるわ」

 

 たとえ自分の支配下にある星々の全てを差し出しても、彼が来てくれるのなら、全く惜しくはなかった。それでも、悟飯は悲しそうな顔で首を振った。

 

「違うよ。そういうのじゃないんだ。君は頭が良いから、わかるよね」

「わからないわ。嫌だって言うのなら、ここであなたを倒して、そのまま地球を滅ぼしてあげる」

 

 彼の言いたい事は、わからないでもなかったが、それは優しい地球人の理屈だった。サイヤ人の王族である私は、この宇宙に自分達の名を轟かせたいという思いと、戦いたいという欲求に逆らえない。

 

 すると驚くべき事に、悟飯が黒いオーラに包まれ、その顔が見た事もない、他人を見下すような、嗜虐的な笑みへと変化する。

 

「じゃあわかるように、たっぷりと痛めつけてあげないと」

「……っ!?」

 

 まるで凶悪なサイヤ人のようなその変化に、ナッツは背筋がぞくぞくするのを感じた。まずい。すごい。あの悟飯が、こんな悪そうな顔をするなんて。

 

 顔が熱くなって、わけがわからなくなりながらも、彼女はこみ上げる歓喜のままに叫ぶ。

 

「誰も手を出さないで!! そいつは私の獲物よ!!」

 

 そうだ。誰にも渡すものか。あなたと戦いたい。殺すのも、殺されるのも、あなたがいい。だからあなたも、私だけを見て。

 

 無邪気な子供のように、誰かを想う乙女のように、そして宿敵に挑む戦士のように笑いながら、ナッツは悟飯との距離を詰める。二人の拳が激突し、凄まじい衝撃が周囲の全てを吹き飛ばし、そして。

 

 

 

「……悟飯」

 

 腕の中で穏やかに眠る娘の寝言を聞いた父親は、この世の終わりのような表情になった。同じく寝言を聞いて顔を赤くする悟飯を、怒りに震えながら睨み付ける。

 

「……父様?」

 

 その振動で目が覚めたのか、娘が目をこすりながら父親を見る。彼は一瞬で表情を優しいものへと忙しく変え、娘の頭を撫でながら言った。

 

「もう起きたのか、ナッツ。疲れは取れたか?」

「はい、父様」

 

 何だか良い夢を見ていた気がする。確か悟飯が、とても格好良かったような。

 

「大丈夫?」

 

 当の少年が自分を覗き込んでいる事に気付き、少女は顔が熱くなるのを感じた。あんな夢を見たせいか、妙に意識してしまう。その様子を見た父親が額に青筋を浮かべて悟飯を睨み付けるが、娘は気付かず、覚醒していく意識の中で、現状を思い返していた。

 

 自分達は今、奪われたドラゴンボールを取り戻すため、フリーザの宇宙船へと向かっている。フリーザの気配は宇宙船から離れていて、すぐ戻ってくる心配はない。

 

 ギニュー特戦隊の4人は自分のせいで大怪我をしていたけど、逃げて行ったから死ぬ事はないだろうし、ギニュー隊長もカカロットなら、殺さずに追い返してくれるだろう。

 

 サイヤ人らしい考えではないと自覚しながらも、敵であった彼らが生き残る事を、ナッツは嬉しいと感じていた。

 

(そうよ。悪いのはフリーザなんだから、たとえフリーザ軍でも、私に優しくしてくれた人達まで、殺す事はないわ)

 

 そして少女は、昔会った人々の事を思い出す。フリーザ軍の医師、ポッドの整備員達、食料や戦闘服を売る職員達。皆、優しかったし、母様が死んでしまった後も、それは変わらなかった。私の方が、目を閉ざしていただけで。

 

 父様だけでなく、ナッパもラディッツも、心配してくれていた。私はずっと、色々な人達から想われていたのだ。母様がいないのは寂しいけど、強くて格好良い父様がいて、大事な友達の悟飯や、私に優しくしてくれたブルマもいる。

 

 とても幸せだと感じて、少女は顔を綻ばせる。こんなにすっきりした気持ちになるのは、いつ以来の事だろう。久しぶりに変身して、大暴れしたおかげだろうか。

 

「父様、もう一人で飛べますから、大丈夫です」

「そうか、無理はするなよ」

 

 腕から抜け出し、ちょっと力を入れてみると、自分でも驚くほどのスピードで飛行できた。ナッツは嬉しそうに、父親達の周りを飛び回る。死の淵から復活したおかげで、戦闘力も遥かに増加した今、身体を動かしているだけで爽快な気分になれた。

 

(今、大体2万くらいかしら。今の私の戦闘力なら、ギニュー隊長にも勝てるかもしれないわね)

 

 大猿の姿で、小さくて強い相手と戦うにはコツが必要と知ったが、さっきの戦いでそれは学んだ。もう一度彼らと、隊長も含めて、殺すとかは無しで、遊んでみたいと思った。

 

 そこで少女は一つだけ、気掛かりな事に気付く。大猿になった自分を見上げる少年の、怯えたような顔。ナッツは何気ない風を装って、彼に問いかける。

 

「ところで悟飯。さっき変身した時の私、その、どうだった?」

「え、えっと……」

 

 どうしよう、これ何て返せば良いのかと、難しい質問に、悟飯の顔に汗が浮かぶ。怖くないから大丈夫、とか、見慣れると意外と可愛かった、とか?

 

(クリリンさん、助けて下さい!)

 

 助けを求めるように、アイコンタクトを送るも。

 

(す、すまない悟飯。オレ正直、女の子の気持ちとかさっぱりわからない……!)

 

 小声で返され、クリリンさん早くいい人見つかると良いですね……! と思いつつ、少年は次にベジータをちらちら見る。

 

(ベジータさん、助けて下さい!)

 

 父親は笑顔で親指を上げると、その指で首を掻っ切る仕草をして見せた。選択肢を間違えて地獄に落ちてしまえという大人げない死刑宣告だ。彼は娘の望む答えを知っていたが、当然教えてやるつもりはなかった。

 

「悟飯……?」

 

 彼を見つめるナッツの目が、だんだんと不安そうな色を帯びる。やっぱり怖かったのだろうか。悟飯の前で、少しやり過ぎてしまったかもしれない。

 

 そんな彼女の様子におたおたする悟飯。父親は娘のために泣いていた彼の姿を思い出し、小さく舌打ちして、少年の耳に囁いた。

 

(強くて格好良いと言ってやれ)

 

「凄く強かった! 格好良かった!」

「! そうよ! わかってるじゃない!」

 

 ナッツの顔が、ぱあっと輝いた。人間の価値とは戦闘力だと常々思っているサイヤ人の少女にとって、それは何より言って欲しかった褒め言葉だった。嬉しさのあまり、尻尾がぱたぱたと揺れてしまう。

 

「大猿になったサイヤ人は、戦闘力が10倍になるのよ。それに身体が大きくなる分、攻撃の規模も大きくなるわ。ちょっとした星なら、1日で滅ぼせるんだから」

 

 惑星を滅ぼすのは、フリーザ軍にとっても大仕事で、大勢の兵士や兵器を投入した上で、小さな星で数週間、長ければ数ヶ月、抵抗次第では数年を要する事すらある。その間に消費する食料や弾薬などの調達や運搬に掛かる費用も馬鹿にならない。

 

 ギニュー特戦隊のような例外を除けばそれが普通であり、身体一つで、しかも短時間で惑星を滅ぼせる自分達サイヤ人は、特別な存在なのよと少女は誇らしげに胸を張る。その話に微妙な顔をしているクリリンには気付いていない。

 

「悟飯、あなたもまた尻尾が生えたら、変身しても理性を保てるように私が訓練してあげる。そしたらまた戦いましょう?」

 

 その日が楽しみねと、ナッツが笑顔を見せるも、少年の方は浮かない様子で。

 

「どうしたの、悟飯? ああ、下級戦士には理性を保つなんて無理だって思ってる? 大丈夫よ。あなたならきっとすぐできるわ」

 

 だって私を殺そうとしていたし。そう少女は考える。地球で私の尻尾を切って、人間の姿に戻った所を踏み潰そうとしていた、あの時の悟飯からは、父親を殺しかけた私への怒りが感じられた。そもそも的確に尻尾を狙っていたし、うっすらとでも、意識はあったはずだ。

 

 あれなら少しコツを教えてあげるだけで、すぐに理性を保てるようになって、あの時よりも良い勝負ができるに違いないと、ナッツはわくわくした気持ちになった。

 

「ごめんなさい……!」

 

 だから俯いて震える少年の謝罪は、彼女にとって完全に予想外のもので。

 

「? 何で謝るの? 言ったでしょう。変身したあなたとの戦いは本当に楽しかったのよ。むしろ私がお礼を言いたいくらいなのに」

 

 変な子から変な子を見る目で見つめられ、ショックを受ける悟飯。

 

「だ、だって! その肩の傷は、ボクがやったんだよね? 凄く痛かっただろうし、そんな酷い傷を残してしまって……」

「そんな事を気にしてたら、戦いなんてできないわ。噛まれた時は確かに痛かったけど、あなたが殺す気で来てくれて、凄くどきどきしたんだから。この傷はその時の記念として、一生残そうと思っているのよ」

「駄目だよ、そんな……。君が良くても、ボクは嫌だ。君のお父さんも、きっとそう思ってる」

 

 この程度の事を、本気で気にしているらしい悟飯を見て、ナッツは情けないと思うと同時に、微笑ましい気持ちになった。強いくせに、優しいんだから。本当に、もう、仕方がないわね。

 

 ナッツは少し、照れたような様子で、左肩の傷に触れながら言った。

 

「あなたがそこまで気にするのなら、この傷は消そうと思うわ。お医者様に頼めば、すぐ消せるらしいし」

 

 少女の言葉に、父親が小さくガッツポーズを取る。地獄から見ていたザーボンも同時に同じポーズを取って隣のドドリアに呆れられていたが、それはまた別の話だ。

 

「ほ、本当にいいの? さっき大事な記念だって……」

「そうよ。だからその分、もっと良い思い出が作れるよう、何十回でも、何百回でも、この先ずっと私と戦ってくれればいいの。期待してるわよ、悟飯」

 

 とびっきりの微笑みに、赤くなった少年が頷いて、父親がぐぬぬと拳を振るわせる。そのやり取りを見ていたクリリンが小さく笑う。

 

 どこまでも明るいナメック星の空の下、ここにはとても心地良い温かさを感じられて。

 

 ああ、母様、私は本当に幸せですと、少女は改めて思った。

 

 

 

 

 ドラゴンボールを取り戻しに向かうナッツ達から、やや離れた場所。バータによって運ばれた特戦隊の3人は意識を取り戻し、呼び寄せたポッドから取り出した医薬品や包帯等で、一通りの応急手当を終えていた。

 

 戦闘力は全員半分以下に落ちており、メディカルマシーンでの治療を要する状態だが、この程度の負傷でいつまでも倒れていては、ギニュー特戦隊は務まらない。

 

 彼らは軽口や笑い声を発するでもなく、一様に押し黙っていた。ナッツが彼らを殺すのを躊躇った事が、バータの口から伝えられた結果だった。

 

 今頃、あの子はギニュー隊長に殺されているだろう。当然任務なのだから、自分達が殺すつもりではあったが。それでもバータの話を聞いて思い出したのは、彼らと話して、楽しそうに笑っていた少女の顔で。

 

 当のナッツが今現在、幸せを噛み締めている事など知るはずもなく。重苦しい雰囲気の中、誰かが口を開こうとしたところで、彼らの目の前に、空からどさりと、何者かが地面に落下した。

 

 反射的に身構えた彼らが、倒れたその姿を見て驚愕する。敬愛するギニュー隊長が、貫かれた腹部から血を流し、苦しげに呻いていた。

 

「ギ、ギニュー隊長!?」

「隊長! しっかりしてください!」

「馬鹿な!? ギニュー隊長がやられるなんて!?」

「誰だ! こんな真似をしやがったのは!」

 

 リクーム、バータ、ジース、グルドがそれぞれ叫ぶ中、彼らの前に、オレンジ色の胴着を着た男が降り立った。隊長から奪ったと思しきスカウターを装着したその男は、彼らの様子を見ながら、不気味な笑みを浮かべている。

 

 予備の戦闘服に着替えたリクームが、怒りに拳を震わせて告げる。

 

「答えろ! 貴様がギニュー隊長をやったのか?」

「くっくっく……そうだと言ったらどうする?」

「殺す!!」

 

 なおも含み笑いを止めない男に向けて、リクームは決死の覚悟で挑みかかった。




 時間軸の都合で本編では出せない大人ver.のナッツが書きたかったのです。
 もっと書きたいので本編後の番外編を今から一本予定してます。

 前の後書きでギニュー隊長が頑張るって書いたんですが、唐突にシーンが伸びましたので本格的な出番は次の話からです。
 更新は少し遅れるかもしれませんが、気長にお待ちくださいませ。
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