フリーザの宇宙船にて。
ドラゴンボールを倉庫に置いたナッツは、うきうきした様子で悟飯の手を取って言った。
「悟飯、戦闘服は向こうの部屋にあるの。案内してあげるわ」
「う、うん……」
そうして二人が仲睦まじく歩いて行く光景に、父親がぎりぎりと悔しそうに歯ぎしりをしていた。それを見たクリリンが苦笑する。
「ベジータ、別にあれくらい、可愛いもんじゃないか」
「うるさい! 貴様にオレの気持ちがわかってたまるか!」
そして二人は更衣室に辿り着いた。
少女は慣れた様子で小さいサイズの戦闘服をいくつも探し出し、真剣な顔で選んでいる。地球より進んだ技術が使われていると思しきそれらを、悟飯も興味深そうに眺めていた。
「これ……子供用なの?」
「リット星人間用ね。フリーザ軍でも子供の戦士は私くらいだけど、グルドみたいに、身体の小さい種族もいるのよ」
しばし逡巡した末に、少女は選んだ戦闘服の一式を少年に差し出した。
「決めたわ。悟飯はこれよ!」
ナッツが選んだのは、肩当てのある白の戦闘服とブーツに手袋、それに青のアンダースーツ。その色合いに、悟飯はとても見覚えがあった。
「これって、もしかして……ベジータさんと同じ?」
その指摘に、少女はわずかに顔を赤らめ、目を逸らして言った。
「……きっと似合うと思うんだけど、駄目かしら?」
「う、ううん! 着てみるよ!」
少年は慌てた様子で戦闘服の一式を受け取り、まずはこれから着るのかと、アンダースーツを確認する。
「あ、ちょっと待って!」
ナッツは悟飯の手からアンダースーツを取り、気を集中させた指先で背中側の腰の部分に穴を開け、満足そうに眺めた。悟飯に尻尾が無いからといって、危うく大事なことを忘れてしまうところだった。
「はい、これ。サイヤ人が着るんだから、これは絶対に必要よ」
アンダースーツを悟飯に返す。いつも自分が父様からしてもらっている事を、この少年にしてあげる事ができたのが、何だか誇らしくて、嬉しかった。
「これって、もしかして……尻尾を通す穴?」
「その通りよ。あなたにいつ尻尾が生えても大丈夫なように、開けておいたわ。……こう、生えてきそうな感じとかしてない?」
ナッツは期待に満ちた眼差しで悟飯を見つめる。尻尾の再生は個人差が大きいと聞いたけど、私の尻尾だって生えたのだから、悟飯だってそろそろ生えるかもしれない。戦闘服を着て尻尾を腰に巻いた彼の姿を、とても見てみたいと思った。
見つめられた少年の方は、彼女の期待に戸惑ってしまう。大猿への変身について知った後も、彼にとって、尻尾はそこまで大事なものとは思えなかった。むしろ変身なんかしたら、いつもの自分ではなくなって、またナッツを傷付けてしまうかもしれない。けど彼女はそれを望んでいると、今までの付き合いでわかっていたから、内心複雑な気分だった。
(強い相手と戦うのが、大怪我してもいいくらい楽しいって、ボクにはわからないよ……)
「……特に無いかな。前に生えた時も、本当に突然だったし」
「残念ね。まあ生えた時は、私が月を作ってあげるわ」
続く少女の発言が、少年の思考を吹き飛ばした。
「それを着てれば前みたいに裸になる事は無いから、安心して変身してね」
「えっ」
待って……待って? 悟飯は真っ白になった頭で考える。地球で戦いが終わって目が覚めた時、確かに服を着ていなかった。今なら理由はわかるけど、という事は、つまり。
「……ナッツ、前にボクが変身した時、その、見たの?」
そんなの見るはずないわ。とっさに目を逸らしたに決まってるじゃない。そう言って欲しいと悟飯は思うと同時に、彼女に限ってそれはないと、冷静な部分で理解していた。
ナッツはそんな少年の考えなど知る由もなく、どうしてそんな事を聞くのかと言いたげな様子で答えた。
「? ええ。とても格好良かったし、私に合わせてくれたみたいで、嬉しかったもの。スカウターが壊れるのも忘れて見てたし、きっと一生忘れないと思うわ」
(忘れていいから!! そんな事!!)
「あ、あ、あ……」
膝から床に崩れ落ち、茹で蛸の如く耳まで真っ赤に染めてぶるぶると震える少年を、ナッツは変な子を見る目で見ていた。
「もう……裸くらい、別にいいじゃない。私は気にしないわ」
「ボクが気にするんだよ!!」
「そ、そうなの……?」
少女は剣幕に押されて後ずさる。悟飯のこんな姿を見るのは、初めてかもしれなかった。
(そんなに大変な事なの……? 私も前に見られた気がするんだけど、気にしないと駄目なのかしら……?)
聞こうと思ったけど、悟飯がうーうー唸ってて大変そうだったので、止めておくことにした。
「さて、私の戦闘服はどうしようかしら……」
一通り探してみたが、いつも着ている肩当てのない黒い戦闘服や、紫のアンダースーツは置いていなかった。母様が選んでくれた、あの組み合わせが好きなのだけど、この状況では仕方ないだろう。
なるべく近いものを選ぼうとしていた少女に、父親が戦闘服の一式を差し出した。
「ナッツ、お前の戦闘服だ」
「父様、これって……!」
ナッツは驚いた。まさに探していた、今着ているのと同じ戦闘服だった。
「ポッドを呼んで、予備を回収しておいた」
「ありがとうございます!! 父様!!」
渡された戦闘服を胸に抱き、嬉しそうに尻尾を振る娘の頭を、父親は優しく撫でた。
そしてベジータがクリリンの戦闘服を選ぶ横で、ナッツはさっそく着替えようとして、戦闘服を抱えたまま、戸惑っている悟飯と目が合った。二人の視線が交差する。
(あの、君がそこにいたら、脱げないんだけど、ボクが廊下に出た方がいいのかな……?)
(着る方法がわからないのかしら……?)
それほど難しくはないはずだけど、初めてだし、私が教えてあげるべきだろうか。ナッツは頷き、少年に声を掛ける。
「まず服を脱いで、アンダースーツから着るのよ。私がやるのと、同じようにすればいいわ」
少女は無造作に、ボロボロの黒い戦闘服を脱いで床に置いた。あちこち破損したアンダースーツに包まれた彼女の身体を、悟飯は口を半開きにして、ぽかんと眺めていた。
そしてナッツがブーツを脱ぎ、アンダースーツの肩の部分に手を掛けたところで、父親が小さな身体をひょいと持ち上げた。猫のようにぶら下げられながら、娘がきょとんとした顔になる。
「父様、どうしたんです?」
「身体が汚れているぞ。着替える前に綺麗にしておけ」
そのままシャワールームへと連行されながら、少女は自分の身体を確認する。確かに全身血で汚れてはいるが、戦えばこうなるのは当たり前だし、気にするほどでは無いだろうと思った。
「このくらい大丈夫です、父様。早く着替えて、ボールの使い方を調べに行かないと」
「確かにそうだが、最低限の身嗜みは保っておけ。……汚れたままだと、そいつにも嫌われるぞ」
ナッツはぶら下げられたまま、はっとした顔で少年を見る。
「……悟飯はこういうの嫌いなの?」
「嫌いじゃないけど……清潔にしていた方が良いと思う」
「そう……わかったわ」
ナッツは父親に下ろされ、シャワールームへと入っていく。それを見送った悟飯が、ほっとした顔になった。
「あ、ありがとうございます。ベジータさん」
父親はイライラした様子で、額に血管を浮かせながら凄んだ。
「あまり調子に乗るなよ……」
「ええっ!?」
訳も判らず、戸惑う悟飯だった。
ナッツはシャワーを浴びながら、物思いに耽っていた。
(地球生まれの悟飯と私とでは、細かい常識が違うみたいね……)
まさか裸を見たと言ったくらいで、あんなに反応されるとは思わなかった。汚れの事だってそうだ。少しくらい返り血を浴びていた方が、格好良いと思うのだけど、悟飯はそうではないらしい。
背中まで伸びた黒髪を両手で泡立て、尻尾で掴んだスポンジで、いつもより念入りに身体を磨きながら、ふと少女は考える。
(もしかして、地球人の方が、悟飯と上手く付き合えるの?)
同じサイヤ人同士だと思っていたけど、悟飯は半分地球人でもあるのだ。自分と同じくらい強いのに、戦いよりも勉強が好きな、優しいサイヤ人。そんな少年の事を、彼女はとても好ましく思っていたけど、向こうは自分の事を、どう思っているのだろうか。それを思うと、ナッツはもやもやした気持ちになった。
ブルマの拠点にあったお風呂。あれに入ってじっくり考えたかったけど、今はあまり時間がない。地球に行った時の楽しみにしようと思いながら、少女は全身の泡を洗い流し、シャワーを止めて、脱衣所に出た。
身体を拭いて髪を軽く乾かして、戦闘服を手早く身に着ける。幼い頃から慣れたその動作は、20秒も掛からない。最後に尻尾を腰に巻いた後、ふと思いついて、自分の姿を鏡で確認する。何も変な所は無かったが、どうして今日に限ってこんな事をしたのかと、鏡の中の少女が、怪訝な顔で自分を見つめていた。
シャワールームから出てきたナッツを見て、アンダースーツ姿の悟飯とクリリンは驚いた。彼女が入ってから、まだ5分と経っていない。
「は、早いね……」
「ええ。尻尾がある分、早く洗えたわ」
ナッツが見ると、彼らは最後に戦闘服を着るところで、苦戦しているようだった。確かに初めてだと、そこで引っ掛かるのかもしれない。
「そのプロテクターはいくらでも伸びるから、強引に着ればいいのよ。さっき私が大猿になった時も、破れなかったでしょう?」
「本当だ……凄いねこの服。軽くて動きやすいし、何でできてるんだろう?」
「硬質ラバーって聞いたわ。詳しく知りたいなら、今度本でも探してあげる」
「本当に!? ありがとう!」
学者志望の少年の顔が、ぱあっと輝いた。戦闘服を身に纏った彼の姿に、少女も顔を綻ばせる。
「悟飯、その戦闘服、とても似合っているわ」
「そ、そうかな……そう言ってくれると嬉しいけど」
照れる悟飯をぐぬぬと眺めながら、父親が娘の髪をタオルで丁寧に拭いていく。かつてそれは彼女の母親の役目だったが、今では彼の手付きも、すっかり慣れたものだった。
「ねえ悟飯。これが終わったら、二人でどこかの星に遊びに行かない?」
ナッツの無邪気な笑顔に、少年はどこか不吉なものを感じた。
「あ、遊ぶって、何をするの?」
「それはもちろん……」
どちらがより多く殺せるか競争する。言い掛けてから、そんな事を口にしたら、この優しい少年に嫌われてしまうのではないかと、少女の笑顔が固まった。
「ナッツ、どうしたの?」
「……ごめんなさい。何でもないわ」
彼女は父親の方を見て、小さく笑った。どこか儚げなその表情に、父親が息を呑む。
「父様。私、ナメック星人達を探しに行ってきます」
「ナッツ、お前……どうした?」
「何でもありません。父様」
ナッツはそのまま歩きだし、少年の方を見ないまま言った。
「悟飯は休んでて。一人になりたい気分なの」
「えっ!?」
「な、何だと!?」
少年と父親は驚きのあまり、逃げるように早足で部屋を出ていくナッツを、呆然と見送るしかできなかった。彼女が悟飯から離れたがるなど、誰にとっても想定外の出来事だった。
「ま、待って!!」
「おい、悟飯!」
少女を追って部屋を飛び出す悟飯。遅れてクリリンも走っていく。自分もそうすべきだと父親は思ったが、足が震えて動かなかった。
「ナッツ、一体どうしたというんだ……?」
呟く声も、かすかに震えている。娘の様子は、普段とまるで異なっていた。何があったというのか。あの少年に、懐いていたはずではなかったのか。
初めて見る娘の顔に、父親は激しく動揺していた。
悟飯はクリリンと宇宙船の周囲を探すも、彼女の姿は見あたらなかった。気も完全に消されており、まるで見つからないよう、隠れているかのようだった。
「ナッツ、どうしたんだろう……?」
力無く俯く少年を気遣って、クリリンが言った。
「悟飯はベジータと、ボールを見張っててくれ。オレは最長老様の所に行ってくるよ。もしかしたらフリーザがいるかもしれないけど、隠れてる人達を見つけるよりは早そうだしな」
「わかりました。気を付けて……」
クリリンは元気の無い悟飯の背中を叩いて笑う。
「大丈夫さ。あの子がお前を嫌いになるなんて、想像もつかないからな。次に会ったら、何があったのか、本人の口から聞いて、心配ないって言ってやれよ」
その頃ナッツは、宇宙船の真下に座り込んでいた。日に照らされない地面が、酷く冷たかった。
悟飯達が自分を探しているのは気配でわかったけど、動けない。こんな事をしている場合では無いというのに。
彼は地球育ちで、考え方も感性も、私とは全く違う。今は良くても、いつか将来の相手として、地球人を選ぶかもしれない。それを思うと、怖くてたまらなかった。
これが戦いなら、たとえ数十万の敵兵が相手でも、恐れる事はなかったけど、この問題は、戦って解決できるものではない。ナッツは自分の戦闘服をぎゅっと握り、俯いて呟く。
「どうしたらいいのよ……」
その時、少女の視界の隅で、何かが動くのが見えた。そちらを見ると、同じく宇宙船の下に入ってきた、オレンジ色の胴着の男と目が合った。
「あ、カカロット。こっちに来てたのね」
「お、おう……」
声を掛けられたギニューは、悟空の顔で額に汗を滲ませる。
(ベジータの娘が、何故こんな所に? オレのような侵入者を見張っていたのか?)
「どうしてこんな所にいるの?」
「い、入り口がわからなくてよ……」
悟空を真似たギニューの口調はどこかぎこちなく、悟飯やクリリンなら違和感を覚えただろうが、ナッツは悟空と話した経験はほとんど無く、また別の事で頭が一杯で、それに気付くどころでは無かった。
「変なの、カカロット」
少女はくすりと笑い、そして考える。彼は悟飯の父親で、そして地球人の女性と夫婦になったサイヤ人だ。もしかしたら、彼女の悩みについて、道を示してくれるかもしれなかった。
「ねえカカロット。聞いて欲しい事があるんだけど、少しいいかしら?」
当然ギニューはそれどころでは無かった。一刻も早くドラゴンボールを奪い返さねばならない。断ろうと思ったが、寸前で躊躇する。本名はカカロットというらしいこの身体の持ち主は、こうした状況で子供の頼みを無下にする人間では無いと、少し話しただけのギニューにも理解できていた。ここで断りなどしたら、怪しまれてしまうかもしれない。
目の前の少女の戦闘力は、2万を超えている。戦闘力12万の元の身体なら、音も無く一瞬で仕留める事もできただろうが、この身体では難しい。戦闘になればベジータ達も駆けつけて来るだろう事を考えると、ここはなるべく自然な演技で切り抜ける必要があった。
「もちろん良いぞ。どうしたんだ? ナッツ」
優しい口調で促された少女は、おずおずと口を開く。
「カカロット、あなたの奥様は、地球人なのよね?」
「ああ、チチは地球人だぞ」
そこでナッツは顔を真っ赤にしながら、途切れ途切れに言った。
「その……やっぱり悟飯も、地球人の女の方が好みなのかしら?」
全く予想外の質問に、ギニューは面食らってしまう。悟飯と言うのは、この身体の持ち主の息子で、ベジータの娘とは仲が良いと聞いてはいるが。
(こ、これはもしかして、恋愛相談という奴なのか……!?)
サイヤ人からそんな相談を受けるとは、夢にも思っていなかった。ギニュー特戦隊には女性ファンも多く、彼自身もそうした面で不自由した事はなかったが、男所帯で女性隊員などおらず、年頃の娘の悩みなど全くの専門外だった。
ギニューは背中に、冷たい汗が流れるのを感じていた。フリーザ軍の最強部隊として、不可能に思える任務を、今までいくつも達成してきた。たとえ相手が百万の敵軍でも恐れず立ち向かえる自信はあったが、任務の中でここまでの困難に直面したのは初めてかもしれなかった。
(だが、ここで退くわけにはいかん!)
ボールの奪還には、自分だけでなく、部下達の命も掛かっているのだ。何としてでも成功させねばならない。そのためにはどんな事でもしてみせると、ギニュー隊長は決意を固めた。
「……カカロット、どうしたの?」
不安そうに、少女が彼の方を見ている。ギニューは悟空の身体で笑顔を見せて、ナッツの隣に腰掛けた。
ナッツとギニュー隊長の会話はこの話で終わらせる予定でしたが、思ったよりも文章が長くなったので分割します。
更新は遅れるかもしれませんが、気長にお待ちくださいませ。