あるサイヤ人の少女の物語   作:黒木氏

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19.彼女が相談をする話(後編)

 フリーザの宇宙船の真下にて。 

 

 ギニューは悟空の身体で、ナッツの隣に腰掛けていた。ドラゴンボールを取り戻すため、この場を怪しまれず切り抜ける必要があるのだが。

 

(さて、どう答えたものか……)

 

 ギニューは考える。目の前の少女の表情からは、明らかな不安の色が読み取れる。悟飯という少年とは、父親が結婚を言い出す程度には、仲が良かったはずなのだが。

 

「悟飯の好みはわからねえが、いきなりどうしたんだ? 喧嘩でもしたのか?」

 

 問われた少女は、自らの腕の中に、顔を埋めて呟いた。

 

「喧嘩ではないけど……私、怖いの。きっと地球人の方が、サイヤ人の私よりも、悟飯に近いから」

 

 悟飯はあれだけ強いのに、戦うのは苦手で、誰も殺した事がないと言っていた。サイヤ人としては考えられない事だが、平和だという地球では、おそらくそれが当たり前なのだろう。

 

 けど私は戦う事も、殺す事も好きだ。今まで星を十数個滅ぼしているし、何人殺したかなんて、いちいち覚えていない。フリーザ軍に所属していたサイヤ人の私にとって、それが当たり前の環境だった。

 

 考え方も感性も、あまりに違いすぎる。きっと私よりも、地球人と一緒にいる方が、悟飯にとっては自然な事なのだろう。

 

 たまたま同じ星に生まれただけで、悟飯に近づける。それを思うと、地球人が憎くてたまらなくなる。私だって、半分は悟飯と同じ種族なのに。

 

 不穏な光を目に宿らせて、ぼそりと少女は呟いた。

 

 

「いま私、地球人を絶滅させたくてたまらないの」

 

 

 これが本物の悟空なら驚き慌てているところだが、ギニューは動じない。サイヤ人なら、この程度の事は言うだろう。むしろ恋愛相談めいた、先の発言の方が驚きだった。

 

「ナッツ、落ち着いて良く考えろ」

 

 少女の顔が残酷な喜悦に歪み、暗い笑みを形作る。

 

「私は冷静よ。ボールで願いを叶えた後、先に出発して、悟飯達より1日早く地球に着けばいいの。尻尾も生えたし、今の私なら、1日あれば十分よ」

 

 怯えて逃げ惑う地球人達の姿を想像し、ナッツは冷酷なサイヤ人の顔で笑う。片っ端から殺してやったら、少しは胸がすっとするだろう。

 

 そんな少女を横目で見ながら、ギニューは考える。別に彼女が地球を滅ぼそうと、彼にとってはどうでもいい。厄介な地球人とサイヤ人との混血児が増える事を防げるのだから、どちらかと言えば望むところですらある。

 

 だが、それをすれば取り返しの付かない事になるとわからない程、目の前の少女は愚かではないはずだ。そもそも本気で実行する気なら、この男の前で話したりはしないだろう。

 

 それでも、そんな事を口にしてしまうほどに、目の前の少女は追い詰められている。彼が悪意を持って唆せば、どうにでもできそうな程に。

 

 その時ギニューの脳裏に浮かんだのは、彼女がバータを殺す直前で躊躇したという、先の戦いの報告だった。

 

(……ええい、まったく! これで貸し借りは無しだぞ!)

 

 内心苦々しい思いで、彼はナッツの肩に、優しく手を置いた。少女はうっとうしげに手を振り払うが、彼は辛抱強く、何度も手を置こうとして、とうとうナッツが根負けする。

 

 しばしの時間が経過し、触れた部分から温かさが伝わっていくうちに、少女の表情が、穏やかなものとなっていく。どこか安心したように目を閉じて、ナッツは言った。

 

「……ありがとう、カカロット。少し楽になったわ」

 

 傍に誰かがいてくれて、良かったと思った。ギニューは悟空の顔で、憮然とした表情になる。

 

「礼なんて必要ねえよ。本気で地球を滅ぼす気は無かったんだろ?」

「……えっ?」

「えっ」

 

 きょとんとした顔になるナッツ。二人の間に、気まずい沈黙が流れる。

 

「も、もちろんよ!! 地球には悟飯のお母様だっているのよ!」

「そ、そうだな! いやー、ナッツは冗談がうめえな!」

 

 はっはっは、と明るい笑い声が響く。ここは冗談にしておくべきだと、少女と人知れず地球の危機を救った男は、額に汗を浮かべていた。

 

 

 ナッツと向かい合うように座り直したギニューは、単刀直入に言った。

 

「おめえはオラよりも、悟飯と直接話してみるべきなんじゃねえか?」

 

 こんな事をしている場合ではないのだが、一度話に乗った以上、ここで離れるのも不自然だ。かくなる上は本気でアドバイスして、できるだけ早く話を終わらせようと、彼は考えていた。

 

「け、けど、もしそれで嫌だとか嫌いって言われちゃったら……!」

 

 少女は不安に身を震わせる。悟飯は残り少ない、サイヤ人の仲間なのに。いや、たとえ惑星ベジータが健在で、サイヤ人が何万人いたとしても、悟飯はこの宇宙に、たった一人しかいないのに。それを思うと、胸が苦しくてたまらない。

 

(……これがあのベジータの娘とはな)

 

 ギニューは内心、毒気を抜かれてしまう。フリーザ様に対する復讐心から、戦闘力を上げるべく戦い続け、多くの星を滅ぼしてきたサイヤ人の少女。警戒対象として彼女に関する情報は頭に入れていたが、今目の前で不安に震えている彼女は、小さな子供にしか見えなかった。

 

「いいか、おめえはもう少し、自分に自信を持つべきだ」

「……戦闘力なら自信があるけど」

 

 戦闘力2万以上。フリーザ軍の中でも、上から数えた方が早い数字だ。強さを尊ぶサイヤ人にとっては、かなりの優良物件だろうと思う。それにこれでも王族だし、もし惑星ベジータが健在だったとしたら、大勢のサイヤ人達から、こぞって求婚されるはずだ。 

 

 けど、悟飯は戦いが好きではないのだから、戦闘力の高さなんて気にしないだろう。俯くナッツに、ギニューがあっけらかんと言った。

 

「いいじゃねえか、戦闘力。そいつはおめえの武器だぞ」

「……どうしてよ。悟飯は戦いよりも勉強が好きって、知ってるでしょう?」

 

 ナッツは悟空の顔をしたギニューを睨みつける。彼は地球に行った事は無かったが、ラディッツやベジータ達のスカウターから得た情報で、地球人が戦闘力の低い種族だと知っていた。

 

「わかんねえのか? 何かあった時、おめえは悟飯と肩を並べて一緒に戦えるんだぞ。地球人にそんな事ができると思うか?」

「……あっ!?」

 

 少女は驚く。一緒に戦えるのは私だけ。確かにそれは、大きいのではないだろうか。魅力的な考えに、ナッツの口元が緩んでいく。

 

「た、確かにそうね……それに悟飯だって、たまには思いっきり運動したくなるかもしれないし」

 

 その相手なら、たとえ毎日だって望む所だけど、地球人にはそんな事できないだろう。表情を明るくする少女に、ギニューがさらに言葉を続ける。

 

「それに相手と自分が違ってるからって、嫌いになるとは限らねえぞ。むしろ違ってる相手の方が良いって事もある」

 

 ナッツは疑うような目つきになった。

 

「……どうしてそんな事が言えるのよ」

「おめえだって、自分と全く違う悟飯の事を気に入ってるんだろう? 逆は無いって、どうして言えるんだ?」

 

 すとんと、言葉が胸に落ちた。その意味を理解して、少女の瞳に、じわりと涙が浮かんだ。

 

「お、おい!? なぜ泣くんだ!?」

 

 慌てふためくカカロットに、ナッツは何か言おうとしたが、言葉にならず、理由も判らなかった。

 

 ただ彼女は、サイヤ人らしく育てられた自分を誇りに思っていて、あの優しい少年が、そんなところを好きになってくれるかもしれないと思うと、涙が溢れて止まらなかった。

 

 

 それから少しの時間が経過して。

 

 少女は手で涙を拭いながら、わずかに顔を赤らめて言った。

 

「恥ずかしいところを見せちゃったわ……。カカロット、この事は、父様や悟飯には内緒だからね?」

「あ、ああ」

 

(もしバレたら、殺されるかもしれんな……)

 

 背筋に寒気を感じながら、その場を離れようとしたギニューに、ナッツが声を掛ける。

 

「あ、待ってカカロット。ギニュー隊長はどうしたの?」

 

 身体がびくりと反応しかけるのを、彼は必死に押し留めた。なぜここで自分の名前が出るのかギニューは理解できず、もしや何かヘマでもしたのかと、慎重に口を開く。

 

「あ、ああ。適当に痛めつけて逃がしてやった」

「そう、良かったわ。ありがとね」

 

 心から安堵した様子の少女に、彼は戸惑い、思わず問いかける。

 

「……何でおめえが、ギニューの事を気にするんだ?」

「だって特戦隊の皆は、ギニュー隊長をとても慕っていたわ。死んでしまったら、きっと悲しい思いをするでしょう?」

「……そうか」

 

 甘すぎる、とギニューは思った。戦場でそんな考えを持つ事の危険を、この少女は当然わかっているだろうに。だが自分の部下は、この甘さに救われたのだ。

 

 扱いづらい今の身体でなければ、こんな隙だらけの子供など、一撃で殺せるのだが。運が良かったなと、彼は内心呟いた。

 

「あとギニュー隊長は、ポーズがとても上手いのよ。昔パーティで一度見たきりだけど、凄かったわ。あのポーズが見れなくなるのは、宇宙にとっての損失ね」

「ほ、ほう……!!」

 

 不意打ちの賞賛に、ギニューは思わず頬をひくつかせる。わかっているじゃないか。いや、まさかこんなサイヤ人の娘に理解できるとは思えんが。

 

「確か……こんな感じだったかしら?」

 

 少女はぴし、と両手をそれぞれ斜めに広げ、足を広げて両足の裏をくっつけ、つま先立ちになる。そのポーズを見たギニューが、驚愕に目を見開く。

 

(オレのスペシャルファイティングポーズだと!? しかもこれは……!)

 

 ギニューにとって現時点での最高傑作だが、非常に難易度が高く、万が一フリーザ様の前で失敗しては大変な失礼になるため、披露できなかったポーズ。まだ未熟だが、かなりの精度で再現できている。

 

 ギニュー特戦隊にはファンが多く、ファイティングポーズを真似する者も大勢いる。その中でも、今目の前の少女が見せたポーズは、思わず目を見張るほどの、抜きん出た才能を感じさせるものだった。

 

「……手の角度が少しズレているな。それとつま先は左右に広げるんだ。安定性が増す」

 

 思わず手直しするギニュー。ポーズの完成度が高まったのを感じ、おお、と驚くナッツ。

 

「よし、少しは良くなったな。後は全体のバランスを意識しろ。手足の配置を完璧にするのは当然として、表情や目線、そして何より、己の内側から滲み出る気合いや感情もポーズの一部だ。ビシっと決める事を忘れるな」

「こ、こうかしら?」

「いいぞ! それで格好良く名乗りを上げれば、お前は3割増しに強くなる!」

「3割も!?」

 

 悟空の演技も忘れて饒舌になっていたギニューは、そこでふと我に返り、青ざめてしまう。

 

(オ、オレとした事が、敵に塩を送ってしまうとは……!! これが後の禍根とならねばいいが……)

 

 要らぬ心配をするギニューに、ナッツはすっかり感心した様子で言った。

 

「カカロット、あなた、ギニュー隊長のポーズを見た事があるの? アドバイスがとても的確だわ」

「い、いや……何となくだな……」

 

 自分でも苦しい言い訳だと思う。つい助言などしてしまったが、この辺が潮時だろう。

 

 そこでギニューは、宇宙船の脚の影から、少年が心配そうにこちらの様子を窺っている事に気付いた。ナッツは気付いていないようだが、あれが悟飯なのだろう。

 

 少年の方に軽く頷いてみせて、ギニューは言った。

 

「じゃあオラは、この辺で。あとは悟飯と話してみるんだな」

 

 ナッツは不安そうな顔で、ギニューの胴着の裾を握る。

 

「カ、カカロット。待って、もう少し……」

「大丈夫だ。おめえが心配しているような事は、何もねえよ。そうだろ、悟飯?」

「う、うん……」

 

 悟空の顔をしたギニューの言葉に、隠れていた少年がおずおずと姿を見せる。不意に見た彼の顔に、少女は驚きを隠せない。

 

「悟飯!? いつからそこにいたの!?」

「ポーズの練習を始めたあたりから……」

 

 ギニューは無言で悟飯に歩み寄り、その背中を力強く叩いて、ナッツの方へと押し出し、そのまま歩き去ろうとする。気になってふと振り返ると、二人が仲良さそうに話しているのが見えた。

 

(色々悩んでいるようだったが、大事なのは本人達の気持ちだからな。あの様子なら、上手くいくだろう)

 

 彼はそう考えてから、どうして自分がベジータの娘の心配をせねばならないのだと、内心もやっとした気持ちで、宇宙船へと入っていった。

 

 

 残されたナッツは、悟飯を見ながらもじもじしていたが、やがて意を決して口を開く。

 

「ねえ悟飯。私はサイヤ人だけど、あなたは半分、地球人なのよね」

「そうだけど……それがどうしたの?」

 

 少年は訝しむ。さっき様子がおかしかった事と、関係があるのだろうか。 

 

「だから私とあなたの間で、考え方や感じ方が全く違うわ。私がサイヤ人らしくしたら、あなたに嫌われるかもしれないって、それが怖かったの」

「そんな事無いよ!!」

 

 悟飯は即座に声を上げる。それだけは絶対に有り得なかった。

 

「確かにちょっと怖いって思う時もあるけど……そんなところも、その……」

 

 最後の方は消え入るような声だったが、そんな彼の様子を見たナッツは、勇気を出して言った。

 

「じゃあ悟飯。適当な星へ行って、どっちが多く殺せるか競争しない? きっと楽しいと思うんだけど……」

 

 おずおずと発せられた物騒な発言に、悟飯は、若干引きつった顔で答えた。

 

「……もっと平和的な遊びにしない?」

「もう」

 

 少年の声に、嫌悪の色がない事を感じ取って、ナッツは微笑んだ。断られるのはわかっていたけど、ありのままの自分を見せてもいいというのが、とても心地良かった。

 

「じゃあ……点数に数えるのは軍隊だけにしましょう。これでかなり平和的になったわ」

「殺しに行くのは前提なんだね……」

 

 遠い目をする悟飯の前で、腰から解けた尻尾をぱたぱたと揺らしながら、少女は楽しそうに話を続けた。

 

 

 

 宇宙船の廊下を、ギニューは慎重に、周囲の気配を確認しながら進んでいた。

 

 ひとまずの目的地は倉庫だ。大型の宇宙船とはいえ、一抱えもあるボールを7つ置ける場所となると限られる。まさかフリーザ様の私室や兵士達の休憩所ではないだろう。

 

(さっきは危ない所だったが、結果的に敵を二人やり過ごせたのは僥倖だった。流石にもう、あんな展開は無いだろうしな)

 

 そしてギニューは倉庫に辿り着き、中の様子を窺って、慌てて頭を引っ込めた。床に置かれた7つのドラゴンボールと、その上に腰掛けるベジータの姿が見えた。

 

(ベジータだと!? 気配を完全に隠していたのか!)

 

 とっさに身を隠そうとするも、わずかな気配を察知したベジータが顔を上げ、にやりと笑って立ち上がる。

 

「よう。待っていたぜ、カカロット」

「あ、ああ、ベジータ。今戻っ……」

 

 最後まで言い終わる前に、ギニューは瞬時に距離を詰めたベジータに殴り飛ばされていた。吹き飛び、宇宙船の壁に叩き付けられたギニューは、いきなりの攻撃に混乱する。

 

「ど、どうしたんだベジータ。何か誤解じゃねえのか……?」

「とぼけやがって……!」

 

 怒りに拳を震わせるベジータを前に、ギニューは歯噛みする。

 

(この反応、気付かれている! 娘はともかく、ベジータは騙せんか……!)

 

 事前に確認したベジータの戦闘力は、万全の部下達でも倒せないレベルにまで高まっていた。今のギニューがまともに戦っても結果は見えている。

 

 身体の入れ替えに気付かれている以上、ボディチェンジ能力も警戒されているだろうが、それでもどうにか奴の身体を奪うしかない。ギニューが決意した、その瞬間だった。

 

 

「カカロット!! 貴様のガキのせいで、オレの娘の様子がおかしくなったんだぞ……!!」

 

 

(気付かれていないだと……!?)

 

 驚き呆けるギニューの胸倉を掴みながら、父親は娘の可愛さと子育ての苦労と、そしてぽっと出のガキに娘を取られた悔しさを切に叫ぶ。

 

 そんなベジータを前に、またこの展開か! とギニューは内心叫んでいた。




 次回はギニュー隊長とベジータが会話して、それから色々状況が動く予定です。
 更新は遅れるかもしれませんが、気長にお待ちくださいませ。
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