あるサイヤ人の少女の物語   作:黒木氏

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24.彼女が無力を嘆く話

 変身したフリーザとの戦いの最中、駆け付けたピッコロ。ナッツは再会を喜ぶ悟飯を微笑ましく見守りながら、フリーザすらも警戒した様子を見せる程のその戦闘力に、内心気圧されていた。

 

(心強いし、悟飯達の味方なのは間違いないけど、この人にとっては、私や父様も敵なんじゃないかしら……)

 

 何せ地球で私達に殺されているのだから、あまり良い印象は持たれていないはずだ。恨み言を言われるどころか、いきなり攻撃されても不思議ではない。

 

 父親もそれを警戒したのか、さりげなく娘を庇うように前に出る。ピッコロは彼を忌々しげに睨みつけ、そしてナッツに鋭い目を向けた。

 

「おい、そこのサイヤ人」

「……私に、何か用かしら?」

 

 声を掛けられ、少女は攻撃に備えて身構える。ピッコロはそんな彼女に、苛立ち交じりの視線を向けながら言った。

 

「貴様、悟飯にベタベタとくっつきやがって……いったい何を企んでやがる?」

「えっ」

 

 予想外の発言に目を丸くするナッツに、ピッコロはさらに言葉を続ける。

 

「とぼけても無駄だぞサイヤ人。貴様が悟飯に何をしていたか、オレはあの世から見ていたんだからな……」

 

 界王星での修行の最中、悟飯が危険なナメック星にいると知ったピッコロは、たびたび界王に頼み込んで、その様子を教えてもらっていた。あまりに何度も頼まれるので、終いには面倒に思った界王が、現世の様子を見る事のできるモニターを設置したほどだ。

 

 そして映し出される少年と少女のあれこれに、天津飯達が複雑な思いを抱えながらもほっこりする中、性別が無く恋愛という概念を理解できないピッコロにとって、悟飯に執着する彼女の行動は、不審者のそれにしか見えていなかったのだ。

 

 ナッツが一方的に付き纏うのならともかく、悟飯の方もまんざらでは無いような様子を見せている事に、ピッコロは危機感を覚えていた。悟飯は自分が立派な魔族にすると決めたのだ。手遅れになる前に、何とかする必要があった。

 

 無論、二つ目の願いでナメック星に来た目的は、同胞の仇であるフリーザと戦う事だが。あくまでそのついでに、気掛かりだった問題を解決するくらいはいいだろう。

 

「悟飯、悪い事は言わん。こんな奴とは縁を切れ。影響されてこいつらのような、ろくでもないサイヤ人になったらどうするつもりだ」

「ぴ、ピッコロさん。それは……」

 

 心配性な保護者の顔で少年を諭すピッコロの言葉に、むっとした様子のナッツが割り込んだ。

 

「ちょっと。いくら悟飯の大事な人でも、あなたにそんな事を言う権利は無いわ。誰と付き合うかなんて、それは悟飯が決める事よ」

 

 付き合うという言葉を、少女は全く文字通りの意味で口にしたのだが、それを理解しながらも、少年は顔を赤らめていた。

 

 そんな彼に向けて、ナッツはわずかに、不安そうな顔を見せる。

 

「ねえ、悟飯。私達が殺した、このピッコロって人も生き返ったんだし、あなたは私の友達で、これからもずっと、仲良くしてくれるわよね?」

 

 少年は固唾を飲んで見守るピッコロに、申し訳なさそうな顔を見せながら頷いた。

 

「う、うん……」

「ありがとう!」

 

 少女は俯く悟飯に微笑んで、勝ち誇った顔でピッコロを見る。

 

「どうかしら、"ピッコロさん"?」

 

 ピッコロはぐぬぬと拳を震わせる。悟飯とこのサイヤ人が仲良くしていると、何故か無性にイライラしてしまう、その感情の呼び名をピッコロは知らなかった。そして少女に対する苛立ちが、己の中の何かと共鳴するのを感じ、気付けば自然と、言葉が口をついていた。

 

「調子に乗るんじゃないぞサイヤ人……最長老様に力を引き出されたからといって……」

「? あなた、最長老と会ったことがあるの?」

 

 彼女と最長老とのやり取りを、まるであの場で見ていたような口ぶりに、ナッツが首を傾げる。

 

 そしてピッコロは自分の口から出た言葉に気付き、顔を顰める。明らかに自身のものではない言葉だったが、指摘されるまで違和感が無かった。

 

 ドラゴンボールの使い方を聞き出しに来たフリーザを足止めし、瀕死となっていたネイルに頼まれ融合した事を思い出す。パワーが遥かに上昇し、その上で人格はピッコロがベースになるとは言っていたが。

 

「……チッ、こういうことか」

 

 

 

 そこでピッコロの力を警戒していたフリーザが、我慢できずに口を挟む。

 

「ドラゴンボールで何の願いを叶えたかと思えば、まさか、そこのガキの保護者のナメック星人1匹を生き返らせただと……?」

「その通りだ、フリーザ。オレの仲間達を大勢殺してくれたようだな」

 

 フリーザは怒りを隠せぬ様子でピッコロを睨み付け、震える声で叫ぶ。

 

「このオレの不老不死を叶えるはずの願いが、こんなゴミごときの命に……!」

「ほざけ。人の星に迷惑を掛けやがる貴様らこそ宇宙のゴミだ。このオレがまとめて掃除してやる……!」

 

 明らかにナッツ達にも向けられた言葉に、少女は居心地の悪さを感じていた。

 

(私達に殺される弱い奴が悪いんじゃない……!)

 

 強い者は弱い者を好きなようにできる。それがこの宇宙のルールだけど、今のピッコロは、その気になれば彼女や父親を殺せるのだから、正しいのは向こうという事になってしまう。

 

 複雑な思いを抱えるナッツが見守る中、二人は激突を開始した。フリーザは長身のピッコロをも上回る巨体だが、体格差を物ともせず攻め立てるピッコロの方が、驚くべきことに、むしろ優勢なようにさえ見える。

 

「ぐっ、おのれ!!」

 

 顎をかち上げるピッコロの頭突きを堪えたフリーザが、カウンター気味に放った前蹴りでピッコロを地上に弾き飛ばす。そして着地したピッコロに向けて、直径5メートルほどの巨大なエネルギー弾を撃ち下ろした。

 

「ま、まずいぞ!?」

「ピッコロさん!」

 

 ナッツ達を全員まとめて消し飛ばせるだろう威力のそれが迫るも、ピッコロは避ける素振りを見せない。そしてエネルギー弾が命中する直前に、気を集中させた右手を気合いと共に一閃させ、明後日の方向へと弾き飛ばした。

 

「な、何だと!?」

 

 驚愕する上空のフリーザにピッコロが掌を向け、広範囲にエネルギーの奔流を放つ。避けられないと見てとっさにガードしたフリーザが飲み込まれ、その身体が焼き焦がされていく。やがて攻撃が収まった後、全身から煙を上げるフリーザは、明らかに消耗した様子を見せていた。

 

「こ、このオレが、ナメック星人ごときに……!」

「ここで終わらせてやるぞ、フリーザ!」

 

 会った事の無い最長老の涙が脳裏に浮かび、ネイルと融合したピッコロの胸をざわつかせていた。最長老様の為に、死んでいった同胞たちの為に、何としてもこいつは殺さねばならない。

 

「ピッコロさん凄い……! ねえナッツ、これならボク達が加勢すれば、フリーザに勝てるよ!」

「え、ええ。そうね……」

 

 はしゃぐ悟飯に、少女は浮かない顔で返事をする。憎い仇であるフリーザは、私達の手で倒したかったのに、父様はともかく、私はほとんど役に立てていない。それにあのフリーザを、宇宙の帝王を、こんな程度で倒せるはずがないと、彼女の直感が告げていた。

 

「終わらせるだと? どうやらこのオレを倒せる気でいるようだな……」

「何を隠してやがる。勿体ぶらずに言いやがれ」

 

 悔しげな様子から一転し、どこか余裕すら感じさせる表情で、フリーザは言った。

 

 

「このフリーザは変身する度にパワーが遥かに増す。その変身をオレはまだ2回も残している。これがどういう事だかわかるか?」

 

 

 その場の全員に、衝撃が走った。

 

「お、おい。今あいつ、何て言った……?」

「ふ、フリーザは、まだ変身するって……」

 

 先程の変身を考えると、少なくとも、この2倍や3倍は強くなると見るべきだろう。ピッコロがいれば勝てると、希望が見えた矢先のフリーザの宣言に、クリリン達は恐怖を隠せない。そしてナッツは、憤りに震えていた。

 

「さ、3回も変身するなんて卑怯じゃない! サイヤ人は大猿にしかなれないのに……!」

 

 悔しさを滲ませる少女の叫びを、フリーザは楽しげに聞いていた。後のフリーザなら、5回も6回も変身するお前達サイヤ人が言うなとキレていただろうが、それはまた別の話だ。

 

「光栄に思うがいい! この変身まで見せるのは貴様らが初めてだ!」

 

 言葉と同時に、フリーザの背中から角のような突起が飛び出した。両肩が防具のようにその面積と厚みを増し、頭部が後ろへと長く伸びていく。口が大きく裂けていき、どこか非人間的で、禍々しい顔となっていく。

 

「あ……あ……」

 

 外見の恐ろしさと、大きく膨れ上がっていくその戦闘力の両方に、誰もが震え、動けずにいた。

 

「ふう……お待たせしました」

 

 そして変身を終えたフリーザが、ピッコロに笑い掛ける。

 

「化け物め……!!」

 

 ピッコロはとっさに白いターバンとマントを脱ぎ棄てる。修行のため、見た目からは想像もできないほどの重量を持つそれらを脱いだピッコロの戦闘力は上昇するも、今のフリーザに到底及ぶものではない。

 

 果敢に挑み掛かるも、先程までと違い、繰り出した攻撃を全て避けられてしまう。そしてフリーザが距離を取り、反撃を開始した。

 

「ひゃっはっはっは!!!!」

 

 奇声を上げながら、突き出した指先が一瞬光る。たったそれだけで、ピッコロの纏う衣服が破れ、肉が抉られていく。ナッツにはその攻撃の正体すらも判らない。ただ判るのは、あれを一発でも食らったら、それだけで彼女は死にかねないという事だ。

 

「戦闘力150万……まだ上昇してる……ふざけないでよ……こんな力を隠していたなんて……!」

 

 少女が強く唇を噛み締め、一筋の血が流れる。母親の仇を取ると誓ったにも関わらず、戦闘にまるで貢献できそうにない、自らの力不足が悔しかった。

 

 そして傷付いていくピッコロの姿に、悟飯は激しい怒りを感じると共に、自らの内から、力が湧き上がってくるのを感じていた。

 

「……悟飯!?」

 

 飛び出していく悟飯を止めようとしたナッツが、その速度と急激に跳ね上がった戦闘力に驚愕する。背後から迫る少年に気付いたフリーザが、目の前のピッコロを排除すべく、一際力を込めた一撃を繰り出した。直撃を受けたピッコロは力尽き、飛ぶ事も出来ず地上へと落ちていく。

 

 それを見た悟飯の気が、激情と共に更に大きく高まっていく。

 

「お前……よくもピッコロさんを!!」

「このガキ……何だその戦闘力は!?」

 

 少年の突撃をかろうじて避けたフリーザが、その勢いとパワーに汗を浮かべる。悟飯はすぐに方向を変えて空高く上昇し、眼下のフリーザに向けて、師から教わった技を、最大出力で解き放った。

 

「魔閃光ーーーー!!!!!!」

 

 直径10メートルにも及ぶそれはまるで、天から光の柱が落ちたかのようだった。あまりの規模にフリーザは避けられず、両手を突き出し正面から受け止めるも、悟飯はさらに戦闘力を高め、そのままフリーザを押し込んでいく。

 

「この……さっさと死んじゃえよ! お前なんか!」

 

 こいつさえ倒せば、全て終わるのだ。ナッツだってきっと、笑ってくれるはずなのだ。

 

 フリーザは地上付近まで押し込まれながらも、必死の形相で抵抗を続ける。

 

「ぐぎぎ……このオレをここまで追い詰めるとはな……だがここまでだ!!」

 

 全力を振り絞ったフリーザの力が、わずかに上回る。にやりと笑い、押し返そうとしたフリーザの耳に、聞き覚えのある、大気を切り裂き飛来する音が届いた。

 

「何だとおお!?」

 

 クリリンの気円斬。動けぬフリーザは強引に身を捻って直撃を避けるも、上腕部を切り裂かれ、痛みで力が緩んでしまう。悟飯とフリーザの力は再び拮抗し、そして更にフリーザの目は、上空で少年の隣に並ぶ二人の影を捉えていた。

 

「合わせろ! ナッツ!」

「はい! 父様!」

 

 父と娘が、左右対称に、ギャリック砲の構えを取る。親子は同じ表情でフリーザを睨みながら、全力で、白と赤、二色のエネルギー波を撃ち下ろした。それは二筋の矢のようにフリーザに命中してその体勢を大きく崩し、同時にナッツ達の援護を見た悟飯が、ここぞとばかりに残った全ての力を振り絞る。

 

「これで、終わりだーー!!!」

「ば、バカな……」

 

 光の柱が、フリーザを飲み込んで地上を直撃する。爆発と閃光に飲み込まれる直前、フリーザは信じがたい事態に、呆然とした顔を晒していた。

 

 

 星全体が一瞬震えるほどの爆発を見下ろしながら、クリリンは恐る恐る呟いた。

 

「や、やったのか……?」

「だといいんだけど……」

 

 ナッツは肩で息をつきながら、父親と少年を見る。念のために、できるならもう一発同じ攻撃を撃っておきたいところだったが、二人とも今の攻撃で、自分と同じく力を使い果たし、激しく疲労している様子だった。

 

 地上に落ちたピッコロには、デンデが治療を施している。その姿を見ながら、少女は提案する。

 

「まずはデンデに、体力を戻してもらいましょう……っ!?」

 

 その瞬間、先の爆発を上回るほどの衝撃が大気を走り、同時にナッツ達はフリーザの戦闘力が、飛躍的に跳ね上がるのを感じていた。

   

「許さんぞ貴様ら……そんなに死にたいのなら見せてやる。このフリーザ様の最後の変身を!!」

 

 フリーザの叫びと共に大地すらもが震え出す。そのあまりの戦闘力の大きさに、少女は怯え、動けずにいた。

 

「そ、そんな……」

「こっちだよ! ナッツ!」

 

 悟飯は震える少女の手を取り、そのまま全速力で、逃げるようにデンデのいる場所を目指す。

 

「ごめんナッツ……! フリーザを倒せなかった……!」

 

 ナッツからの返事は無い。不思議に思い、振り返った少年が彼女を見て驚く。少女はくしゃくしゃに歪んだ顔で、涙を流していた。

 

 

 悔しかった。フリーザは母様の仇で、私達が倒さなければならないのに、あまりにもレベルの違う戦いを、見ている事しかできなかったのが悔しかった。

 

 最初はおよそ50万だったフリーザの戦闘力は、最初の変身で100万を超え、次の変身では150万。そして今また変身し、さらに大きくなろうとしている。

 

 対して私の戦闘力は、殺されかけ、デンデの治療によって蘇った今ですら、せいぜい6万程度。大猿化して10倍になったところで、今のフリーザの前では誤差だろう。

 

(フリーザ軍最強のギニュー隊長ですら戦闘力12万だったのよ!? 100万とか、150万とか、戦闘力はそんな10万単位で増えるものじゃないでしょう!?)

 

 フリーザとの戦闘が始まってからの短時間で、彼女の自信と常識は大きく揺らいでいた。そして桁外れの力を持つフリーザと、父親以外で戦える者がいた事が、少女の心をさらに苛んでいた。

 

 いきなり現れて100万以上の戦闘力を見せたピッコロの事は、あの世でカカロットのような凄い訓練をしてきたのだろうと、百歩譲って納得できない事も無い。

 

 だが悟飯は。同じサイヤ人で、今まで自分と同じくらいの強さだったにも関わらず、ここにきて急激にその実力を伸ばし始めている事に、ナッツは埋めようのない、才能の差を感じていた。

 

 サイヤ人の血を引いているとはいえ、自分よりも1歳年下で、今までろくな戦闘経験もなく、星を滅ぼした事も、人を殺した事すらない。そんな少年が自分を遥かに上回る戦闘力を持っている。

 

 普段のナッツならば、悟飯が強くなった事を無邪気に喜び、自分も負けずに追いついてやると発奮していただろうが、今はタイミングが悪かった。ナッツが今感じているのは、少年に置いて行かれたような寂しさと、弱い自分への強烈な劣等感だ。少女の心が、悲鳴を上げていた。

 

 

(王族の血を引く天才児なんて呼ばれてきたけど、私は全然強くなんかなかった……!!!)

 

 

 フリーザは超サイヤ人の出現を恐れて、惑星ベジータを滅ぼしたという。いつか父様が超サイヤ人になるに違いないのだけど、悟飯にもその素質があるのだろう。

 

 あのカカロットの子供なら。才能がある事は、出会った時からわかっていたけれど。

 

「な、ナッツ? どうしたの……?」

 

 手を引かれて飛びながら、ナッツは戸惑う少年から顔を背ける。今顔を合わせたら、きっと酷い事を言ってしまいそうで、それはあまりに、情けなかったから。

 

(私だって、今までずっと鍛えてきたのよ……。フリーザ軍全体でも、私に敵う相手なんて、ほとんどいなかったくらいなのに)

 

 それでもフリーザと戦うのは、何年も先の事だと思っていたけど。自分よりも幼い悟飯の強さを前にしては、まだ子供だから仕方ないという言い訳すらできなかった。

 

 自分の弱さが、惨めで悔しくて、情けなさに少女は涙する。こんな気持ちになったのは、生まれて初めての事だった。

 

 

 

 そして無力さを嘆く娘の顔を、同じ気持ちで父親も見ていた。悔しさに身を震わせる。地球で殺したナメック星人や、カカロットの息子にすら戦闘力で劣っている、自分の弱さが憎らしかった。

 

「はああああああ!!!!!」

 

 眼下で声を上げながら、さらに戦闘力を増していくフリーザを睨む。奴を殺せる力が欲しかった。だが今この瞬間、失った尻尾が生えてくるような、都合の良い展開は望めない。

 

 ならば方法は一つしかない。死の淵から蘇ったサイヤ人は、戦闘力が遥かに増す。奴との戦闘を経た今なら、効果が望めるはずだ。おあつらえ向きに、傷を治せるナメック星人の子供もいる。

 

「ベジータ、何ボーッとしてるんだ? オレ達も早く、悟飯達と合流しないと……」

「クリリン、頼みがある。今すぐオレを半殺しにしてくれ」

 

 ベジータは決意を込めた声で、その言葉を口にした。

 

 

 

 戦場からやや離れた場所で、デンデは横たえたピッコロに手をかざす。その手が淡く輝き、見る間に負傷が癒えていく。

 

 やがてピッコロは起き上がり、自らの身体を確認して、傷一つ残っていない事に驚いた。

 

「……オレにもこんな事ができるのか?」

「い、いえ。あなたは戦闘タイプですから……」

 

 話しながら、デンデは初対面のはずのナメック星人に対して、どこかで会ったような、既視感を抱いていた。

 

 そして戦闘タイプという言葉を聞いたピッコロの心の奥底で、自分のものではない記憶が蘇る。そうだ。確かに戦闘タイプとは、そういうものだった。

 

「そうだったな。ありがとう、デンデ」

 

 感謝の言葉を口にするその姿を、確かにデンデは知っていた。

 

「あ、あなたはもしかして、ネイルさんと融合を……」

 

 その時、ナッツの手を引いた悟飯がその場に着陸した。二人の姿を見たデンデが顔を綻ばせる。

 

「ナッツさん、それに悟飯さんも、よくご無事で!」

 

 ピッコロは悟飯と手を繋いだナッツを注意しようとするも、少女の憔悴した様子に息を呑む。

 

「……デンデ。悟飯をお願い。怪我はしてないけど、もう体力が無いの」

「は、はい。けど、ナッツさんの方が……」

「いいの。私は後で」

 

 それ以上何も言えず、悟飯に向けて手をかざすデンデ。そこで少女は軽く息をつく。フリーザの戦闘力はまだ上昇しているが、どうやら変身が終わるまでには、まだ時間があるようだった。

 

「ねえ悟飯。尻尾が生えそうな感覚はある?」

「……無いけど、もし尻尾が生えても、ボクは大猿になんてなりたくないよ。また君に酷い事をしてしまうかもしれないし」

「最低限、敵と味方の区別はつくはずよ。あなたは地球で変身した時、私や父様だけを狙っていたし。それに……」

 

 そこでナッツは少年に向けて、弱々しく微笑んだ。 

 

「それでフリーザを殺せるのなら、私が巻き添えで死ぬくらい、何てことはないわ」

 

 少女の儚げな笑顔と言葉に、悟飯は自分の心がぐしゃぐしゃに乱れるのを感じていた。

 

(お父さん! 早く来てフリーザを倒して、ナッツを助けてよ……!)

 

 変身を終えつつあるフリーザの膨大な気を感じながら、自分の力では無理だと、少年は痛感していた。ベジータさんが言っていた時間からすると、お父さんはあと10分程度で治るのだろうけど、それまで皆、生きていられるだろうか。

 

 

 少年が自分の無力に歯を食いしばった、その時だった。上空から落ちてきたベジータが背中から地面に激突し、力無く横たわる。大きく負傷したその有様に、娘が目を見開いた。

 

「と、父様……!? どうして……!?」

 

 父親は腹部に開いた大穴から、激しく血を流していた。駆け寄り縋りつく娘の顔は青ざめ、半ばパニックに陥っていた。

 

「な、ナッツか……頼む、あのナメック星人に……」

 

 呻く父親の口から、言葉と共に血が溢れ出す。死に掛けた父親を前に、母親を失った日の、あの雨の音と寒さが、ナッツの心に蘇っていた。悲鳴のように、少女が叫ぶ。

 

「デンデ!!! 今すぐ父様を助けて!!!」

「は、はい!」

 

 ちょうど悟飯の回復を終えたデンデが、すぐさまベジータの治療を開始する。その手が輝き、出血が止まり、苦痛に喘いでいた父親の顔が緩むのを確認したところで、娘は安堵の息をついた。

 

「父様、こんな無茶をするなんて……」

 

 理由はわかっていた。サイヤ人は死の淵から蘇るたび、戦闘力が遥かに増す。父様はそれを、この場で意図的に行おうとしたのだろう。自分でやっても意味は無いと聞いていたから、おそらく戦闘力を下げた上で、クリリンにでも頼んだのか。

 

 勿論それは、あらかじめ戦闘経験や修練を積んでいる事が前提で、メディカルマシーンの前で瀕死になるだけで無限に強くなれるような、都合の良いものではないけれど。それが可能なら、サイヤ人はとっくに宇宙を支配しているはずだ。

 

 やがて治療が終わり、身を起こして自分の身体を確認する父親の胸に、娘が飛び込み、顔を押し付ける。

 

「父様……父様が死んだら、私……」

「心配を掛けたな。済まない、ナッツ」

 

 泣きじゃくる娘を抱き締めながら、父親は上昇した己の戦闘力を確認していた。およそ300万といったところか。破格の数値だが、今のフリーザを前にどれだけ通用するか、わからなかった。

 

 涙に濡れた顔を上げて、どこか暗い目をした娘が言った。

 

「父様、今のうちに私も……」

 

 父親は胸が締め付けられるような思いで、抱き締める手に力を込める。

 

「駄目だ。お前はさっき、殺され掛けて復活したばかりだろう。そうでなかったとしても、お前はこんな危ない事をしなくていい」

「父様……」

 

 その時、フリーザのいる方角から、一際大きな暴風が吹き付ける。降りてきたクリリンが、顔を庇いながら、怯えの混じる声で言った。

 

「変身が終わったのか……!」

 

 その膨大な気の大きさを感じ取ったピッコロが、悔しさに顔を歪ませる。

 

「す、済まない……せっかく生き返ってナメック星まで来ておきながら、お前達を守れそうにない……」

「ピッコロさん……」

 

 そして誰もが半ば諦める中、父親は立ち上がり、内心の不安を押し隠して、フリーザのいる方角を睨み、力強く宣言する。

 

「下がっていろ、ナッツ。フリーザはオレが倒してやる」

「父様……!」

 

 娘は父親の姿を頼もしく思いながらも、得体の知れない胸騒ぎを感じていた。次は父様まで、いなくなってしまうかのような。

 

 行かないで下さいと、縋り付いて叫びたかったけど、それは父親を苦しめてしまうだけだと判っていたから、ナッツは何も言えず、ただ唇を強く噛み締めていた。




Q.フリーザ戦って正直無理ゲーでは?
A.何でフルパワーで1億超えの人が普段53万でサボってるんですかそんなだからすぐ息切れするんですよ(逆ギレ)

 原作キャラの戦闘力は極力いじらない方針ですので、この辺はフリーザ様が無双するばかりで読んでてあまりすっきりしない話になると思いますが、これはこれで、彼女の物語に必要な部分ですのでご了承ください。

 話は既に最後まで考えてますので、途中で放置する事だけはしません。どうか物語の結末まで、気長に見守っていて下さいませ。

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