最後の変身を終えたフリーザが、近づいてくる。凄まじい気によって舞い上がった土煙で、その姿ははっきり見えない。
ナッツが感知したその戦闘力は、およそ300万。自ら瀕死となってデンデの治療を受けた父親と、ほぼ同じ数値だが、それでも少女は、嫌な予感を抑えられない。
臨戦態勢で身構える父親と違い、まだフリーザは、ただ無造作に、こちらへ歩いて来ているだけなのだ。それだけで、この威圧感。クリリンが震えながら呟く。
「ち、ちくしょう……あんなに時間が掛かるんだったら、気を消して、隠れてれば良かったぜ……」
そうすれば全員で宇宙船まで逃げられたかもしれない。その弱気な発言を、ナッツは否定する。
「……そんな事をすれば、きっとあいつは、このナメック星ごと私達を消すでしょうね」
「ほ、星ごと!?」
「オレ達サイヤ人が住んでいた、惑星ベジータはあいつの手で消されたんだ。巨大隕石の衝突だの、誤魔化していたがな……」
吐き捨てるように、ベジータが言った。戦闘力が数十万もあれば、その力で惑星の中心部を砕き、星を消滅させる事すら可能になると言われている。自らもその領域に至ったベジータは、積み重ねた戦闘経験もあり、それが可能であると実感していた。
それと同時に、胸の内から怒りが込み上げる。王である彼の父親も含めた惑星ベジータのサイヤ人達は、戦闘民族でありながら、戦う機会すら与えられず滅ぼされたのだ。フリーザの目論見を察知して立ち上がり、真っ向から戦えていれば、フリーザ一族はともかく、フリーザ軍のほぼ全てを道連れにできるだけの戦力が、あの頃のサイヤ人にはあったはずだ。
正面からは戦わず、任務中だった者までもわざわざ呼び集め、星ごと消すというやり方が、逆説的にそれを証明している。帰還命令を無視していなければ、当時まだ子供だった彼自身も、そして同行していたあいつやナッパやラディッツも、同じ運命を辿っていたはずだ。
姿を現しつつある、フリーザを睨みつける。生き残ったサイヤ人は、今やたった4人だが。それでもフリーザには、サイヤ人の手で、自分のした事の落とし前を付けさせねばならなかった。王族としてのプライドと、愛する家族を殺された怒りの両方が、ベジータを突き動かしていた。
自分に縋り付く娘の頭に手を置く。震えが伝わってくる。絶対に、守らなければならないと思った。
そして現れたフリーザの姿を見たナッツ達は、その姿を見て一瞬呆気に取られてしまう。最後の変身というからには、さぞ恐ろしい姿だろうと想像していたが。少なくとも先ほどまでの第三形態と比べると、全く大人しい外見だった。
3メートルはあった体躯はベジータと同程度まで縮んでいる。その身には傷一つなく、切断された尻尾の先端も元通りになっていた。角や突起も全て無くなっており、つるりとした真っ白い肌の色もあって、全体的にすっきりした印象を受ける。
「お、思ったほど大した事はないんじゃないか……?」
口に出したクリリンですら、その言葉を信じてはいなかった。全員が、額に汗を浮かべている。気の大きさが身体能力に直結するこの世界では、体格はそこまで重要なものではない。子供のナッツや悟飯が自分の倍以上ある相手と戦えているのもその為だ。むしろ戦闘力を増しながら身軽になったのだから、かえって危険になったと見るべきだろう。
注目の中、フリーザの右手が動いたかに見えた。次の瞬間、ナッツは自分の横を、何かが高速で通り過ぎたのを感じた。そして背後で爆発音。慌てて振り向くと、そこには黒焦げになって煙を上げるデンデが倒れていた。戦闘力を感じるまでもなく、即死だと一目で理解できた。
「で、デンデが……!」
「ちくしょう! あいつ、傷を治すところを見てやがったんだ!」
悟飯とクリリンが狼狽する。圧倒的な戦闘力を持つフリーザとの戦いで、これまで死者が出ていなかったのは、デンデの治癒能力による所が大きい。それが失われた今、先程のような大怪我を負ってしまえば、それで終わりだ。彼らは少しずつ、追い詰められていくのを感じていた。
そしてその横で、少女はフリーザの力の片鱗を感じ取り、震えていた。今の攻撃に、自分は全く反応できなかった。狙われていたのが自分ならば、同じ運命を辿っていたはずだ。青ざめる娘を庇うように、父親が前に出る。その背中を見て、ナッツは少しだけ、震えが収まるのを感じていた。
「さて、どうしましょうか。その気になれば一瞬であなた達全員をあの世へ送ってしまえるのですが、それではさんざんコケにされた私の気が済みませんね……」
フリーザは考え込み、やがてポン、と手を叩いて言った。
「ではこうしましょう。しばらく私からは一切攻撃しませんので、全員で掛かって来て下さい。運が良ければ、それで私を倒せるかもしれませんよ?」
「な、何だと!?」
あまりの発言に、唖然とするベジータ達。先程までと違い、変身を終えたフリーザは口調まで丁寧になっており、万が一にも自分が傷付けられるはずがないという、余裕が感じられた。
「ふざけやがって……!!」
気を解放したベジータが、最高速度でフリーザへと向かっていく。罠かもしれなかったが、動かなければ業を煮やしたフリーザが、ナッツ達を狙う可能性があった。それに底知れぬ力を持つフリーザを倒すのなら、油断している今しかないと思った。
「ちっ、オレ達も行くぞ!」
ピッコロも同じ事を考え、即座に行動に移る。その後をクリリンと悟飯も追い、そして少女も慌てて続き、フリーザとの肉弾戦が始まった。
「はああああああ!!!!」
「でやあああああ!!!!」
フリーザの周囲をベジータ、ピッコロ、クリリンが囲み、目にも止まらぬ速度で拳と蹴りのラッシュを叩き込む。そして頭ほどの高さに浮かんだ悟飯とナッツも、空中から蹴りとエネルギー波を駆使してフリーザを狙う。
全方位から繰り出される、わずか数秒間で300発を超えるその攻撃のことごとくを、フリーザはほとんどその場を動かず回避し、どうしても避けられない攻撃は、軽く手を当てて軌道を逸らしていた。背後からの攻撃ですら音と気配で軽々と躱してのける姿に、少女が呻く。
「化け物め……!」
「野蛮なサイヤ人に、言われたくありませんね」
ナッツの放った赤いエネルギー波を、触れるだけで明後日の方向へ弾きながら、フリーザが笑う。そして攻撃開始から1分近くが経過し、繰り出された攻撃の数が四桁の半ばに近くなるも、ただの一発も、まともにフリーザに命中してはいなかった。
「な、何て奴だ……」
実力の差を見せつけられ、ピッコロ達の表情が、次第に絶望の色を帯びていく。その様子を見たフリーザが、嗜虐的に唇を吊り上げる。
「うおおおおおお!!!!」
ただベジータは、諦めた様子も見せず、避けられながらも一心不乱に攻撃を続けている。にやにやと見ていたフリーザの顔が、次第に不快そうなものとなっていく。
「鬱陶しいですよ、ベジータさん……サービスタイムはこの辺でお開きにしましょうか」
言葉と同時に、凄まじい威力を秘めた拳が、ベジータの鳩尾に叩き込まれた。身体をくの字に折り曲げたベジータが、地面へ崩れ落ちる。
「ぐっ……が……」
「父様!? よくもっ!」
激昂し、背後から飛び掛かったナッツが、尻尾に激しく打ち据えられる。助けようとした悟飯が一瞬で頭上に現れたフリーザの痛烈な蹴りを食らって墜落し、次の瞬間にはピッコロが背後から背中に肘を叩き込まれ倒れ伏す。怯え後ずさるクリリンを、フリーザは無造作にはたき飛ばした。
全員が地面に倒されるまで、2秒と掛かっていない。呻くナッツ達を、フリーザは薄笑いを浮かべて見下していた。
「まあ、私が少し本気を出せば、こんなものでしょうね」
少女は起き上がろうとするも、身体が言う事を聞かなかった。悔しさと自分の無力さに涙しながら、父親に手を伸ばす。
「と、父様……」
「に、逃げろ……ナッツ……」
歯を食いしばりながら、フリーザを睨み、ふらつく足で起き上がるベジータ。
「しぶといですね。その程度の戦闘力で、まだやるつもりですか?」
「黙れフリーザ、何としても、貴様はオレの手で……!」
「ふむ。ではこうしましょう」
フリーザは倒れたナッツに近づき、その細い首に、尻尾を巻き付け、持ち上げる。締め上げられ、呼吸を阻害された少女が首に手を伸ばすも、固く巻かれた尻尾はびくともしない。
「かはっ……あ……」
「き、貴様……!」
ベジータが顔色を変えたのを見たフリーザが、残酷な笑みを浮かべて言った。
「さあ、早く助けないと、娘さんが死んでしまいますよ?」
「ナッツを離しやがれ!!」
最愛の娘を手を出され、激昂した父親が突撃する。ダメージを気力でねじ伏せながら、鬼気迫る勢いで拳の雨を叩き込む。そして横合いから、怒りに燃えた悟飯も飛び込んできた。
「フリーザ……! お前ーーー!!!!」
2人が繰り出す猛攻は、人数が減ったにも関わらず、先程よりも密度と勢いを増していた。
「おお、少しはやる気が出たみたいですね」
その頬を拳がかすめるも、フリーザは余裕を崩さない。そして少女の首を締め上げる尻尾に、一層の力が加えられる。
「……う……あ……」
「ナッツ!!」
苦悶に喘ぐ少女の姿に、悟飯の気が、かつてない程に大きく高まった。
「うわああああ!!!!!」
拳を振り上げ、踏み込んだ地面を砕く勢いで、少年が飛び掛かる。フリーザが驚いたように目を見開いた。
「おっと、危ない危ない」
「!?」
悟飯が渾身の拳を振り抜こうとする直前、目の前に、ナッツの身体が突き出された。驚愕した少年が拳を止める。
「酷いですね。こんないたいけな子供を殴ろうとするなんて」
そして硬直した悟飯を、フリーザが殴り飛ばす。吹き飛んだ悟飯は背中から岩山に激突し、呻きながら崩れ落ちる。
「殺しはしませんよ。あなたにはまだ、借りを返せていませんからね。この娘が死ぬ所を、そこで見ているといいでしょう」
「ふ、フリーザ……」
少年は必死に立とうとするも、身体に力が入らなかった。目に映るのは、未だ諦めずフリーザに挑むベジータの姿。悟飯は動けぬ自分の不甲斐なさに涙する。
(お、お父さん、お願い、早く……!)
「おおおおおっ!!!」
ベジータが全力で繰り出した拳を軽々と避けたフリーザは、体勢が崩れた彼の腹部に膝を叩き込んだ。戦闘服が大きく砕け、ベジータは口から血を吐いて倒れかけるも、苦しむ娘の姿が目に入り、強引に姿勢を立て直して反撃する。
「ま、まだだ……ナッツを……放せ……!」
「さすが、サイヤ人はしぶといですね! そうでなくては!」
幾度も攻撃を受け、息も絶え絶えになりながら、なおも諦めず向かってくるベジータを、フリーザは満面の笑みで賞賛する。その時、彼の尻尾に、わずかな痛みが走った。
振り向いたフリーザが見たものは、彼の尻尾に噛み付いているナッツの姿だった。苦しみに喘ぎながらも、その目は光を失っておらず、彼を睨み付けていた。
興を削がれたフリーザが、何も言わず、少女を殴りつけ、尻尾に力を込める。首の骨を砕かんばかりの力で締め付けられ、ナッツの小さな身体が痙攣し、意識を失った。腰に巻かれていた尻尾が、力無く解けて垂れ下がる。
「まったく、こんな事なら、さっさと殺しておけば良かったですね」
フリーザが嘆息する。その瞬間、ベジータの中で何かが爆発した。
「フリーザああああ!!!!」
目の前に、ベジータが迫っていた。その速度と、まるで別人のような威圧感に、フリーザは驚愕する。ばちばちと全身に金色のスパークを纏わせながら、ベジータが赤熱した拳を振りかぶる。
「う、うわあああっ!?」
死の恐怖を感じたフリーザが、とっさに両腕を、身体の前で交差させる。着弾した拳は、そのガードを力づくで撃ち抜いて、フリーザの身体に直撃した。閃光と共に拳に乗せられたエネルギーが解放され、フリーザの身体が、冗談のような速度で真後ろへと飛んでいき、衝突した複数の岩山を貫通して、遥か彼方で轟音と共に大きな土煙が上がった。
「はあっ、はあっ……」
未だ金色のスパークを身に纏わせたまま、大きく息をつくベジータ。フリーザの飛んで行った方を、憎々しげに睨み付ける。その時、背後で、娘の咳き込む声が聞こえた。
「ごほっ! と、父様……」
「! ナッツ! 大丈夫か!」
顔を綻ばせ、ベジータは倒れた娘へと駆け寄った。戦闘力は感じられたから、死んではいない事はわかっていたが。倒れた娘の背中に手を回し、抱き起こす。父親の顔を見て、少女の顔が安堵に緩んだ。
「あのフリーザを一撃で……さすが父様です……」
「あまり喋るな、ナッツ。もう少し休んでいろ」
「はい、父様……」
尊敬の目で、父親を見つめるナッツ。ちょうどその時、治療を終えた悟空が、ベジータの傍に降り立った。倒れた悟飯達の気を探って生存を確認し、デンデの死体を見て、その顔が悔恨に強張った。そして最も重傷を負っているベジータに声を掛ける。
「大丈夫か、ベジータ? すまねえ、おめえらがあんな強え奴と戦ってたのに、遅くなっちまって」
「ようやく来やがったか、カカロット。もう少しでナッツや、てめえのガキ共も死んでしまう所だったんだぞ」
その言葉に、悟空は一瞬、面食らってしまう。自分の娘はともかく、悟飯達の事まで言われるとは思わなかったからだ。何となく嬉しくなって、悟空は笑みを浮かべる。
「ありがとよ、ベジータ。ここからはオラがやるから、おめえは休んでてくれ」
そこで悟空は、フリーザがいると思しき方向を見る。ベジータの攻撃がよほど堪えたのか、まだ動き出してはいないようだ。
「ナッツの母ちゃんの、仇なんだよな」
不意を打たれたかのように、一瞬ベジータの表情が歪む。
「……それだけじゃない。奴はオレ達の故郷である惑星ベジータを破壊して、オレやお前の両親や、他のサイヤ人達も全員殺したんだ」
悟空は頭の奥が、一瞬痛むのを感じた。同時に脳裏に浮かんだのは、今まで忘れていた、遠い昔の記憶。透明なガラスのような壁の向こうで、自分を見ている、ベジータ達と同じ服を着て、尻尾を持った男女の姿。
泣きそうになっている女からも、一見ぶっきらぼうな男の方からも、同じものが感じられた。その正体が、子供を持った今の悟空にはよくわかる。あれは親が子供に向ける愛情だ。自分は両親から、愛されていたのだと、悟空は理解した。
「……そうか。それじゃあなおさら、ぶっ飛ばしてやらないとな」
「フン、ようやくサイヤ人としての自覚が出てきやがったか」
「それはよくわかんねえけど、父ちゃんと母ちゃんの仇を取ってやりてえからな」
カカロットの姿を、ベジータは頼もしく思った。今のこいつなら、フリーザとも戦えるかもしれない。同時に、こいつ一人に任せておけるかと、対抗心が湧き上がる。
「少し休んだら、オレも行く。オレ達も奴には、恨みが有り余ってるんだ」
「ああ。オラ一人じゃ厳しいかもしれねえし、よろしく頼む」
自分と同じで、フリーザはまだ大きな力を隠していると、悟空は直感していた。そしてここへ来る途中で、遠くから見た、ベジータの凄まじい一撃を思い出す。
「そういや、さっきのおめえ、いきなり気が何十倍にも増えてたけど、一体どうやったんだ?」
ベジータは無言で、自分の手を見る。金色のスパークは、いつの間にか消えていた。もしかしたら、あの力は。
「それはきっと、超サイヤ人よ」
まだ動けぬナッツが、誇らしげに言った。おぼろげな意識の中で確かに感じた、フリーザを遥かに上回る戦闘力の正体は、それ以外に考えられなかった。
「超サイヤ人って何だ?」
「千年に一人しか現れない、伝説の戦士のことよ。金色の髪と、青い瞳を持っているらしいわ」
ベジータは瞠目する。さっきのあれは、その力の片鱗だというのか。
目を輝かせて、嬉しそうに、少女は言った。
「一瞬だけど、父様はなれたのよ。超サイヤ人に」
「このオレが、超サイヤ人に……?」
「超サイヤ人……何か凄そうだな! オラもなれるかな?」
はしゃぐ悟空に、少女はいたずらっぽく笑う。
「父様が先になったんだから、カカロットはあと千年待たないと」
「ええっ!? そりゃまいったな……」
おどけたように、肩を落とすカカロットの姿がおかしくて、ベジータは思わず声を上げて笑った。
崩れた岩山の中に埋まっていたフリーザが、地上に這い出し、ふらつきながら立ち上がった。ベジータの攻撃をガードした両腕は、未だ感覚が戻っていない。
「何なんだ、今の力は……たかがベジータ相手に、こ、このオレが、恐怖しただと……!?」
殴られた個所が、激しく痛む。身体とプライドの両方を傷つけられたフリーザが、わなわなと全身を震わせる。突然パワーアップした理屈はわからないが、それでも絶対に、あのサイヤ人を生かしておくわけにはいかない。
遠くへ見えるベジータに、人差し指を向ける。そこでフリーザはにやりと笑い、倒れた娘へと、狙いを変えた。
殺気を感じたベジータは、フリーザの指先が光るのを見た。狙いが娘であるのを見て取って、とっさに抱き上げ、離れようとするが、立ち上がろうとした瞬間、足から力が抜け、がくんと倒れ込んでしまう。フリーザと死力を尽くして戦った彼の体力は、既に限界を迎えていた。
(こ、こんな時に……!!)
光線が迫る。このままでは二人とも貫かれると悟ったベジータは、娘の顔を見て、優しく笑い、その小さな身体を突き飛ばした。驚いたような、娘の顔。
その目の前で、飛来した光が、父親の心臓を貫いた。
「……と、父様!?」
仰向けに倒れた父親に、娘が縋り付く。声を出そうとした父親が咳き込み、その口元から、大量の血が溢れ出す。娘の顔に、飛び散った血が付着した。
「ひっ!」
その血の量と、貫かれた個所を見た娘が悲鳴を上げる。数えきれないほどの人間を殺してきたナッツには、それがもう助からない傷だと、わかってしまった。
「仙豆は!? 治療のできるナメック星人は!?」
傷口を押さえ、少女は必死の形相で悟空を見る。
「せ、仙豆はもうねえし、ピッコロにそんな力は……」
「そんな……嫌……父様が……」
涙ぐむナッツの前で、出血は止まらず、ベジータの戦闘力が、どんどん小さくなっていく。まるで報いであるかのように、父親の命の火が消えようとしているのを、少女は見せつけられていた。
「ベジータ! 大丈夫か!」
カカロットが膝をついて呼びかけると、苦しげに閉じていた父親の目が、うっすらと開いた。
「か、カカロット……」
「喋らないで!! 父様!!」
叫ぶ娘を安心させるかのように、父親は震える手で、その頭に触れた。もう時間がないと、彼は理解していた。フリーザは、カカロットに任せるしかないと思った。なら心残りは、一つしかない。
「カカロット……ナッツだけは生かしてくれ……オレの娘なんだ……命よりも大切な……た、頼む……」
「ああ、わかった。絶対に殺させねえ」
「父様!! 父様!!」
遺言のようなその言葉に、堪えきれなくなった娘が泣き叫ぶ。それを見た父親も、我知らず涙を流していた。娘の悲しむ顔を見るのは、彼にとって、何よりも耐えがたい事だった。ああ、それに。3年前のあの日、オレが傍にいてやると、言ったはずなのに。
「す、済まない……お前を一人にしてしまう……オレは、悪い父親だ……」
「父様!! そんな事……!」
涙が溢れて、言葉が出てこない。悪い父親のはずがない。今まで父様が私に、どれほどの事をしてくれたか。どれほど大事にして、愛してくれたか。それだけは最後に、伝えなければならない。
「父様は、宇宙で、一番、強くて優しい、最高の、父様です……」
泣きじゃくりながら、途切れ途切れに、娘は言い切った。父親の顔が、安らかなものとなる。震える手が、娘の頬に触れる。
「ありがとう、ナッツ。お前はどうか……幸せにな……」
その言葉を最後に、娘の頬に触れていた手が、地面に落ちた。
「……父様?」
返事は無い。倒れた血塗れの身体からは、戦闘力も、優しい気配も感じられない。目の前にあるのが、父親では無く、その死体であると。認識してしまうと同時に、少女の心は、悲しみと絶望に飲み込まれた。
「父様! 父様! ……あああああああああああっ!!!!!!!」
父親だったものに、縋り付いて叫ぶ。涙が止まらず、息ができない。父様が死んでしまった。生まれた時から、母様が死んでしまった後も、ずっと一緒にいてくれたのに。この世で一番、大事な人だったのに。
悟空が何事かを叫ぶが、ナッツの耳には届かない。3年前に壊れかけた少女の心を、今まで支えてきた父親はもういない。彼女にはもう、何も残っていない。フリーザへの復讐心すらも、こぼれ落ちておく。
照りつける太陽の下で、少女の視界は真っ暗で、降りしきる雨の音と、凍えるような寒さだけが、彼女の世界の全てだった。父様がそこから助けてくれたのに、その父様はもういなくなってしまった。
悲しみと絶望が、ナッツの心を冒していく。もう嫌だ。もう耐えられない。こんな苦しい思いをするくらいなら、父様と一緒に、死んだ方が良かった。
そこまで考えて、少女は気付く。ああそうだ。別に父様は、いなくなってしまったわけではないのだ。ピッコロだって、あの世から話していたではないか。今ごろきっと、地獄とやらで母様と会っているはずだ。
あの世に行けば、また両親に会える。その考えは、今のナッツにとって、あまりにも魅力的だった。父様は幸せになれと言っていたけど、こんな苦しいだけの世界に、幸せなんてあるものか。
少女は震える手の先に、ナイフのような気の刃を作り、自分の胸の中心へと向ける。戦闘力を限界まで下げれば、死ねるはずだった。
ネタバレ:ベジータは30分くらいで生き返ります。
どうにもすっきりしない展開ですが、暗いのはここが最後です。
次の話は遅れるかもしれませんが、気長にお待ちくださいませ。