あるサイヤ人の少女の物語   作:黒木氏

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26.彼女が力に目覚める話(前編)

 ナイフのような気の刃を、自分の胸元に向けながら。生と死の狭間で、少女は葛藤していた。

 

 父様が、死んでしまった。血がすっかり流れ出た身体は、急激に温かさを失っている。私の父様が。とても強くて優しくて。母様が死んだ後も、傍にいてくれて。戦い方を教えてくれて。最後まで私を愛してくれた父様が。

 

 涙が溢れて、苦しくてたまらない。生きていても、もう父様に会えない。それだけで、死んでしまいたくなる。けれど、胸元に当てた刃を押し込めない。身体が動かない。父様と母様に、会いたくてたまらないのに、身体に染み付いた、戦士としての本能が、こんな時だというのに、必死に死を拒んでいる。

 

「やめろナッツ! ベジータはそんな事望んじゃいねえ!」

 

 カカロットの叫ぶ声。そんな事は、判り切っている。あの優しい父様も、そして母様も、私の死なんて望むはずがない。もし自殺なんかしてしまったら、きっと二人共あの世で悲しむだろうし、とても怒られてしまうだろう。だけど。

 

 父様の亡骸が、嫌でも目に入ってくる。涙が止まらない。悲しくて苦しくて、これ以上、1秒だって生きていたくないと、心が壊れそうになる。両手が震え、刃の先端が、戦闘服の表面を削る。あとほんの少し、誰かが押し込んでくれないだろうか。そうしたら、きっと死ねるのに。父様を殺しておいて、フリーザは何をしてるのだろう。

 

 

 当のフリーザは、ベジータの死を見届けた後、ナッツに指を向けていたが、少女が自分自身にエネルギーの刃を向けるのを見て、心底楽しそうに笑い、攻撃を中止する。

 

「おやおや、これは手間が省けそうですね」

 

 自分の手であっさり殺してしまうよりも、見ていた方が面白そうだった。絶望にくれるナッツの姿に、フリーザは顔を綻ばせる。

 

 生き汚いサイヤ人、それも気位の高い王族が自ら死を選ぶなど、たとえ惑星ベジータが健在でも、まず見られないだろうショーだった。ゆっくりと、手を打ち鳴らして嘲笑する。

 

「私の手を汚さないよう、自ら死んでくれようだなんて、とてもお行儀の良い子だ。ふふっ、お父さんは良い教育をして下さったようですね」

 

 

 

 今にも死んでしまいそうな少女を前に、どうしていいかわからず、悟空は動けない。

 

 死んだベジータの為にも、悟飯の為にも、ナッツが死ぬのを、止めなければならない。彼個人としても、あんな小さな子供が、親を失って、悲しんだ挙句に自殺するなど、見過ごせるはずがない。

 

 だが言葉は届かず、力ずくで止めようとした場合、それがきっかけで、ナッツは自らを刺しかねない。いかに力の差があろうとも、彼女には戦闘の心得がある。取り押さえようと動けば、瞬時に反応されてしまうだろう。

 

「お父さん、ボクが行くよ」

 

 その声に、悟空が振り返ると、そこには自分の息子の姿。その瞳に宿る決意の輝きに、父親は驚いてしまう。こんな顔をする子供だっただろうか。

 

「ご、悟飯……!? 大丈夫なのか!?」

 

「……わからないけど、それでも、放っておけなくて、何とかしてあげたいから」

 

 しっかりとした足取りで、少年は泣きじゃくるナッツの元へと向かっていく。何かあればすぐ動けるよう身構えながら、頼もしくなった息子の背中を、悟空は見守っていた。

 

 

 

 少女に歩み寄りながら、悟飯は考える。ベジータさんが、死んでしまった。怖い人だったけど、それでもナッツに対する愛情は本物で、彼女も、お父さんがとても大好きだった。きっとあの子は今、死んでしまいたいほどに、悲しいのだろう。

 

 自分もお父さんが大好きだから、その気持ちは判る。けど万が一、お父さんが死んでしまったとしても、ボクにはお母さんも、ピッコロさんもいるけれど、あの子のお母さんは既に死んでいて、助けてくれる人が、誰もいないのだ。

 

 だから、ボクが行って、傍にいてあげないと。それでどうにかなるかは判らないけど、それでも彼女が、あんな風に泣いているのは、可哀想で見ていられなかった。またあの子に、笑って欲しいと思った。

 

 お父さんはとても強くなっていて、フリーザでも倒してくれるかもしれないけど、それでも、今、彼女を助けるのは、ボクがやらなければならなかったし、そうしてあげたかった。

 

 ナッツに近づくと、膝立ちになった彼女が、胸に気の刃を当てたまま、こちらを見上げた。彼女の手が、震えていた。迷っているという事だ。怖がらずに、さらに近づく。

 

 彼女は頭が良いし、親想いだから、自殺なんかしたら、お父さんやお母さんに悪いと思っている。ベジータさんが死んでしまった直後なら、勢いで即座に刺してしまうかもしれなかったけど、迷っているなら、まだ大丈夫のはずだ。

 

 ナッツの傍に屈み込み、少し緊張しながら、その手首を握る。ナッツがゆっくりと、こちらを見る。見た事もないほど、涙でくしゃくしゃになった顔に、悟飯は心が痛むのを感じた。どうにかしてあげたくて、精一杯、優しい声で語りかける。

 

「ねえナッツ、こんな事はやめようよ。君が死んでしまったら、きっとベジータさんも、君のお母さんも、悲しむよ」

 

「……わかっているわ、そんな事くらい、わかっているのよ、悟飯。だけど、それでも、寒くて、苦しくて、悲しくて、辛いのよ。だって、だって父様が……っ!!」

 

 冷たい父親の亡骸を見下ろして、少女の嗚咽が、いっそう激しくなる。近くにいるだけの悟飯にも、その苦しみが伝わってくるほどに。

 

 あの日と同じ、雨の音と、凍えるような冷たさが、少女の世界の全てだった。あの時助けてくれた、父様はもういない。少年の手が触れているのに、その小さすぎる温もりは、瞬く間に掻き消えてしまう。

 

 亡骸の前で、ナッツは、雨に打たれながら泣き続ける。死んでしまいたいのに、それすらできない。こんなに苦しいのは、もう終わらせて欲しいと、少女は助けを求めて手を伸ばす。

 

 

 

 ナッツは気の刃を消し、悟飯の手に触れる。そのまま少女は少年の手を取り、自らの胸元へと導いた。狼狽する悟飯の手が、戦闘服の胸部に触れる。柔軟な素材を通して、少女の体温と、命の鼓動が伝わってくる。

 

 その感触に一瞬呆然としていた悟飯が、我に返って少女の顔を見て、硬直した。泣きながら無理に微笑むナッツの表情に、少年は頭が殴られたような、衝撃を受けていた。

 

 震える声で、少女は懇願する。

 

「ねえ悟飯、私、父様と母様に、また会いたいの」

 

 言葉と共に、ナッツが自らの気を、限界まで下げていく。胸元に導かれた手も相まって、何を望まれているのかを、理解した悟飯は愕然とする。

 

「だ、駄目だよ! できないよそんな事!」

 

「……そうよね。けど、私も自分では、できそうにないの。死ぬのは怖いし、父様と母様の顔がちらついて。本当に、情けない話だけど」

 

 心の砕けた少女が、光の失せた目で少年を見つめて微笑んだ。

 

「もう私は、生きていても仕方ないの。父様も母様もいない、こんな苦しい世界に、一人でいるなんて耐えられない」

 

 死ぬだけなら、今すぐフリーザに挑むという方法もあったけど、あんな奴に殺されてやるのは、流石に嫌だった。死ぬのなら、この少年の手で死にたかった。

 

 

「ねえ、悟飯。私は悪いサイヤ人よ。生かしておけばきっとこれからも、大勢の人間を殺すわ。だからお願い。私を可哀想だと思うのなら、あなたの手で殺して」

 

 

 そういえば、地球でも同じような事を言った覚えがある。結局あの時、敵だった私を、悟飯は殺さなかったけど、今度はどうだろうか。

 

「……そんな、こと……言わないでよ……」

 

 少年の目に涙が浮かぶのを見て、わずかに残ったナッツの心が、痛みを覚える。この優しい少年に、そんな事ができるはずがないと、知っていたはずなのに。とても酷い事をしてしまった。

 

 ああ、けど、なら私はどうすれば。やはり自分で、死ぬしかないのだろうか。ぼんやりと鈍った思考で、虚ろな瞳の少女は自らの胸に手を伸ばそうとする。

 

 そこで、悟飯が突然、少女の両肩を掴み、真っ直ぐに彼女の目を見つめる。未だ残っている左肩の傷跡に、それをつけた少年の手が触れた瞬間、地球での、命懸けの戦いが脳裏に浮かんで、ナッツの身体がびくんと跳ねる。

 

「……ご、悟飯?」

 

 どきどきする心臓の鼓動が、少女の意識を覚醒させる。そしてナッツが目の当たりにしたのは、ぼろぼろと涙をこぼす少年の姿。呆然とする少女の前で、途切れ途切れに訴えかける。

 

「死ぬなんて……やめようよ、ナッツ。ボクは、君に、死んで欲しくなくて、一緒に生きていたいから。お願いだよ……きっとベジータさんだって、君が死んだら、悲しむよ……」

 

 年下の少年の、涙ながらの懇願が、ナッツの心に、染み渡っていく。それはとても心地良かったけど。ああ、けれど。心に負った傷の痛みが、今も少女を苛んでいる。

 

「……だって、だって父様はもういないのよ、悟飯。あなたがそう言ってくれるのは、とても嬉しいけど。父様のいない人生なんて、きっと私には耐えられない」

 

 見えない寒さと孤独に、震えるナッツの身体を、少年が泣きながら抱き締め叫ぶ。

 

 

「じゃあ、ボクが、君のお父さんの、代わりになるから! ずっと、傍にいるから……!」

 

 

 その言葉に、少女は目を見開いた。少年の身体の温もりが、冷え切った身体に染みわたっていく。彼女の父親の抱擁と比べれば、少年のそれは、頼りなかったけど。それでも、確かに温かかったのだ。

 

「……悟飯は、私よりも背が低くて、年下じゃない。そんなあなたが、父様の代わりになれると思うの?」

 

 その言葉に、刺々しさはなく。疑問と不安と、わずかな甘えの入り混じった言葉に、涙を拭いて、悟飯は応える。彼女にとってのベジータさんの代わりなんて、一生無理かもしれないけど。それでも、この子に、また笑って欲しいから。 

 

「君の方が年上なのは、どうしようもないけど、それでも、なりたいと思うんだ」

 

「……そう」

 

 少年の言葉と温もりを、ナッツは噛み締める。父様が死んでしまった事は、まだとても辛くて悲しいけど、それでも死にたいという気持ちは、すっかり失せていた。改めて、自分を抱き締める悟飯を見る。大人で強くて格好良い父様とは全然違う、年下で自分よりも幼い子供。

 

 それでも、彼を見ていると、胸の内に湧き上がる、この熱い気持ちはなんだろう。高まる熱を感じながら、少女は想う。

 

 

 殺されるのなら、あなたがいい。そのほかの事も、全て。

 

 

 衝動のまま、少年の腕に、尻尾を固く巻き付ける。その光景を仮にベジータが見ていたとしたら、泡を吹いて倒れていただろう。自らの尻尾、サイヤ人にとって誇りとも呼べる大事なそれを預けるのは、サイヤ人にとって、最上級の愛情表現だ。家族ではない人間、しかも異性に行う場合、それはさらに特別な意味を持つ。

 

 どこか熱の籠った瞳で、少年を見つめて、心のままに、ナッツは微笑んだ。

 

 

「だったら、あなたがそうなれるまで待っててあげる」

 

 

 何も言えずに、悟飯は赤面する。その笑顔は、今まで一番、綺麗だと思った。

 

 

 

 彼らのやり取りに、フリーザは顔を嫌悪に歪める。死に掛けて復活して、大幅にパワーアップした事から、悟飯もサイヤ人の血を引いていると、彼は見抜いていた。

 

「つまらないですね。私はサルの子供同士の、安っぽいメロドラマを見たかったわけではありませんよ」

 

 二人に向けられた指先に、彼女の父親を殺した光が宿る。

 

「私がプロデュースして差し上げましょう。二人とも、死んでしまいなさい」

 

 

 

 その声に、ナッツと悟飯がフリーザを見る。あの攻撃は、彼らでは避けられない。動く事はできるだろうが、フリーザは避けた先を、正確に狙ってくるだろう。

 

「フリーザああああ!!!!」

 

 少女の目には、フリーザの動きを注視していた、カカロットが割り込もうとするのが、見えていた。おそらくそれは間に合うだろう。今のカカロットの戦闘力なら、あの攻撃を弾くくらいは、やってのけるはずだ。

 

 けれど、それでも、狙われた少女のはらわたは煮えくり返っていた。

 

 フリーザ。母様を死に追いやって。私の目の前で父様を殺して。それだけでも絶対に許せないのに、その上、私と悟飯まで、殺そうとしたのか。またこいつは、こんなことをするのか。

 

 絶対に、生かしてはおけないと思った。自分と同じ世界に、こいつが存在してはいけなかった。殺してもなお飽き足らぬ仇を睨みつける。歯を食いしばる。息を吹き返した心が、限界を超えた怒りで赤熱する。

 

 

 

 

 ナッツの中で、何かが爆発する。




 後編も8割方書けてるのですが、今日はここまで。
 続きは近いうちに投稿します。


【その光景を仮にベジータが見ていたとしたら、泡を吹いて倒れていただろう】
この時地獄で実際倒れてました。

「その光景を仮にベジータが見ていたとしたら、泡を吹いて倒れていただろう。今倒れた。」って入れる予定でしたが流石にアレなので本編の雰囲気を壊さないよう後書きに移しました。
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