あるサイヤ人の少女の物語   作:黒木氏

39 / 104
28.彼女が仇と戦う話(前編)

 金色の大猿が振り下ろした巨大な拳が、フリーザの立っていた大地を粉々に打ち砕く。

 

 命中の寸前、フリーザは後ろに飛び離れながら、ナッツに向けて手をかざし、エネルギー波で反撃しようとする。

 

 が、一瞬早く、大きく開いた大猿の口から、真紅のエネルギー波が放たれていた。星への被害を抑えるために、直径10メートル程度に収束されていたが、その分威力は、理性を失っていた時よりも高まっている。

 

 フリーザは舌打ちして攻撃を中止し、真上に跳躍してエネルギーの奔流を避ける。そこでナッツは、獣の顔でにやりと笑い、顔を上向けた。放出されたままのエネルギー波が、下から上へと振り上げられる。

 

「なっ……!?」

 

 驚愕するフリーザを、光の柱が直撃し、一瞬の閃光と共に、大爆発が巻き起こる。激しい爆風にボリュームのある後ろ髪を煽られながら、金色の大猿は満足げに笑う。

 

 身体が頑強になり、口からエネルギー波を放てるようになる事は、大猿化の大きな利点の一つだと、ナッツは考えていた。両手を使わずに済む上に、見ている方向に真っ直ぐ飛ぶため、狙いをつける必要すらない。

 

 その時、黒煙の中から、全身をオーラで包んだフリーザが飛び出した。両腕を前に突き出し、周囲の空気が赤熱するほどの、凄まじい速度と勢いで、大猿へと突撃していく。

 

 とっさにナッツは、身体の前で突撃を受け止めるも、その勢いは止まらない。

 

「はあああああっ!!」

 

 フリーザの身体が、受け止められたままさらに加速。大猿の巨体を貫かんばかりの勢いで、身体を前へと押し出していく。ナッツの身体が、大地に跡を残しながら、後ろへと押されていく。

 

『ぐっ……!』

 

 彼女の背丈の二倍ほどの丘が、その背中で砕かれる。大猿の巨体を数百メートルほど押し込みながら、フリーザの勢いはなお衰えない。受け止めるナッツの掌から、血が滲み出している。

 

『この……おっ!!』

 

 ナッツは身体を横へ回し、フリーザの突撃を、投げるように後ろへと受け流す。フリーザはそのまま数十メートルを飛んで停止し、ナッツの方へと振り向いて、小馬鹿にするように笑う。

 

「おやおや、図体ばかり大きくなって、超サイヤ人とやらのパワーはその程度ですか?」

 

『……言ったわね、フリーザ!!!』

 

 怒号と共に、ナッツの戦闘力が、一瞬で上限まで跳ね上がる。解放されたエネルギーが、金色の大猿の周囲で、電流のように赤く弾けていく。

 

 次の瞬間、大猿の巨体がぶれながら消え、フリーザの背後へと現れた。頭上で組まれた巨大な両の拳が、フリーザへと振り下ろされる。

 

「何だと!?」

 

 予想外の速度に驚きながら、フリーザはその攻撃をとっさにガードするも。ナッツは自身の重量と落下の勢いを乗せ、ガードしたフリーザを、強引に地面へと叩き付けた。轟音と共に大地が一瞬でクレーターと化し、なおも大猿の拳を支え続ける彼の両足が、少しずつ、地面へとめり込んでいく。

 

『私のパワーが、何ですって? フリーザ』

 

「この……馬鹿力だけが取り柄のサルがっ……!!」

 

 嘲るようなナッツの声に、フリーザは歯噛みする。戦闘力は、おそらく今の時点でほぼ互角だが、流石に体格差の分、パワーではあちらが上回っている。とてつもない力に、先ほどベジータの一撃を受けた、両腕が軋み始めている。後もう少しでウォーミングアップが終わり、全力を振るえるようになるだろうが、この状態がこれ以上続くのはまずい。  

 

 上手く力を受け流せば、逃れる事はできるだろうが。こちらを見下ろす大猿が、これ見よがしに口を開き、喉の奥に赤いエネルギーを収束させている。逃げようとすれば、無防備となった瞬間、エネルギー波の直撃を受けてしまうだろう。このまま潰されるか、逃げようとして焼かれるか、好きに選びなさいと、ナッツの赤い目が告げていた。

 

 どちらを選んでも、大ダメージを受ける事が確定の二択を迫られたフリーザは、不敵に笑うと、不意に押し返す力を緩めた。大猿の拳が、フリーザの身体を押し込んで、そのまま大地に叩き付けるも、ナッツは手ごたえを感じなかった。

 

 不審に思った彼女が拳を上げると、そこには潰れたフリーザの身体はなく、人間一人が通れる程の穴が開いていた。

 

 次の瞬間、大猿の背後の地面を割って、フリーザが飛び出した。その手には、鋭い気の刃が形成されている。最高速度で、頭上で揺れる尻尾を目指す。

 

 この醜いサルと、まともに戦ってやる必要は無い。尻尾さえ切ってやれば、元の姿に戻るのだ。そうなったら最後、気が済むまで痛めつけた上で殺してやる。

 

 フリーザの顔が残酷に歪んだ瞬間、ナッツの長大な尻尾が、しなやかに、鞭のように振るわれた。尻尾とはいえ、人間の胴体ほどの太さと、凄まじい重量を持ち、先端は音速を大きく超える一撃が、まるで後ろが見えているかのように、正確な狙いで、フリーザの身体を直撃した。

 

 全身をハンマーで殴られたかのような衝撃と共に、大きく弾き飛ばされたフリーザの身体が、地面にぶつかり、何度もバウンドして停止する。

 

 倒れ、痛みに呻く彼を、黒い戦闘服の大猿は、その巨体で見下ろして笑った。

 

『私の尻尾に勝手に触ろうとするなんて、失礼な奴ね。宇宙の帝王という割には、マナーがなってないんじゃないかしら?』

 

「調子に乗りやがって……!!」

 

 フリーザはわなわなと身を震わせながら、身を起こし、血走った目で、ナッツを睨み付けた。

 

 

 なおも続く戦闘を、遠くから眺めながら、興奮した様子で、クリリンが叫ぶ。

 

「すげえ! ナッツの奴、あのフリーザと互角以上に……! もしかすると、このまま倒せるんじゃないか?」

 

 眠る悟飯を抱えたまま、ピッコロが苦々しい顔をしている。本音としては、あの悪党二人が、相打ちになってしまえばいいと、ピッコロは今でも思っている。だがもしあのサイヤ人が死んでしまえば、悟飯がとても悲しむだろう事は、ピッコロにも理解できていた。

 

 穏やかな寝息を立てる悟飯を見ながら、ピッコロは歯噛みする。あんな恐ろしいサイヤ人の、文字通り掌の上で、どうしてこいつは、こんなにも安らかに眠っていたのか。自分の傍で、悟飯がこんな寝顔を見せるようになるには、それこそ何ヶ月も掛かったというのに。

 

「いや、そう簡単には、いかねえだろうな」

 

「ど、どうしてだよ? 悟空」

 

 悟空は鋭い目で、フリーザとナッツの動きを観察していた。ナッツの方は、一見押しているように見えるが、今見せているのが全力だろう。対してフリーザの方は、どこかもどかしげな様子と、余裕が伺える。

 

「フリーザの奴は、まだ力を出し切っちゃいねえ」

 

「じゃ、じゃあ、フリーザが本気になる前に、悟空も行った方がいいんじゃないか?」

 

「そうしたい所だけどよ……」

 

 確かに二人掛かりなら、倒せていたかもしれないが。悟空はナッツが、フリーザに向けて、足元の丘を蹴り飛ばすのを見る。

 

 巻き込まずに戦う自信が無いと言っていたとおり、大猿と化したナッツの攻撃は、一撃一撃が周囲の地形を変えるほどに規模が大きい。近くで戦って巻き込まれれば、おそらくただでは済まないし、ナッツの方もそれを気にして、思い通りに動けなくなってしまうだろう。

 

 フリーザが一喝すると、彼に迫っていた無数の岩塊が、空中でぴたりと動きを止めた。そして反転し、倍以上に加速して、ナッツに向けて襲い掛かる。驚き、ガードを固める大猿の身体に岩塊が何発も命中し、そして岩塊の雨に紛れて接近していたフリーザが、その顔面を殴り飛ばした。

 

 少しずつ、フリーザの気が高まっている。このまま戦いが続けば、ナッツはいずれ、殺されてしまうだろう。

 

 悟空はぐっと、拳を握り締める。ベジータから、死に際に頼まれたのだ。絶対にあの娘を、死なせるわけにはいかない。それにフリーザは、自分にとっても、両親を殺した仇なのだ。

 

 絶対に、どんな手段を使ってでも、フリーザは倒さなければならないと、悟空は決意して。そして行動を開始した。 

 

 

 

 殴り飛ばされた金色の大猿が、背中から地面に叩き付けられる。ナッツは殴られた頬を押さえながら、苛立ち交じりの唸り声を漏らす。

 

『ぐっ……こいつ、急に強くっ!』

 

「おやおや、どうしましたか? まだ私は、4割ほどの力しか出していないのですが」

 

 その言葉に、ナッツは愕然としてしまう。フリーザはもう最後の変身を、終えたはずではなかったのか。ここからまだ、2倍以上も強くなるだなんて、冗談だと思いたかった。

 

『ふ、ふざけるなあっ!!』

 

 ナッツは自分を鼓舞するかのように叫び、身を起こして大きく口を開き、全力で赤いエネルギー弾を撃ち放つ。フリーザは避けようともせず、直撃を受けたその身体が爆炎に包まれる。金色の大猿は咆哮しながら、さらに巨大なエネルギー弾を連発する。

 

 激しい爆発音が、10を超え。消耗したナッツは大きく肩を上下させながら、爆心地を睨み付ける。やがて爆発が収まった後、そこには、身体の表面をわずかに焦がしたフリーザが、涼しい顔で佇んでいた。

 

 愕然とした大猿の顔に、恐怖の色が浮かぶ。

 

『う、嘘……』

 

「それが限界ですか。では最後に、面白い技を見せてあげましょう」

 

 フリーザは人差し指を高く掲げる。ナッツの背筋が、ぞくりと震える。あれを打たせたら、自分は死ぬと、戦士としての直感が叫ぶ。咆哮し、フリーザに向けて飛び掛かるも、その手が届く刹那、フリーザの指が、斜め下へと振り下ろされた。

 

 次の瞬間、大猿の巨体が、斜め下へと切り裂かれた。不可視の斬撃は、戦闘服も、アンダースーツも、金色の毛皮も、分厚い筋肉も切り裂いて、内臓にまでも達していた。激痛と共に、喉の奥から、大量の鮮血が溢れ出る。

 

『ガ……ァ……』

 

 ダメージが大き過ぎて、叫ぶ事すらできず、ナッツは後ろへと倒れていく。地響きの後、傷から流れ出る血液が、大地を赤く染めていく。即死してもおかしくないほどの重症だったが、大猿化によって増大した生命力が、かろうじて、彼女の命を繋いでいた。

 

 倒れた大猿を見下ろして、フリーザがくつくつと笑う。

 

「これでまだ死なないとは、驚きですね。では次に……」

 

『ガアアアアアアアアッッッ!!!!!』

 

「な、何っ!?」

 

 大量の血を流しながら素早く身を起こした大猿が、フリーザに向けて飛び上がる。まともな生物なら、あれで動けるはずはないというのに。驚愕と、あまりの気迫に押され、逃げるのが一瞬、遅れてしまう。血を滴らせた巨大な牙が、フリーザへと迫る。

 

「うおおおおおっ!?」

 

 身を投げ出すように、その場を飛び離れたフリーザの後ろで、牙が噛み合わされ、その身体を鋭い痛みが襲う。辛くも逃れたフリーザの尻尾が、半ば以上食い千切られていた。

 

 ナッツは咥えた尻尾を吐き捨て、激痛に息を荒らげながら、殺意を込めた赤い瞳で、仇を睨む。なおも続く出血を、体内のエネルギーを操作して、無理矢理に止める。

 

『まだよ、私はまだ、戦えるわ……!! 父様と母様の仇を取るまで、何度だって立ち上がって、必ずお前を殺してやる……!!!』

 

「こ、こいつ……!!」

 

 金色の毛皮の半ば以上を赤く染めながら、それでも倒れぬナッツの姿と執念に、フリーザは苛立ちと、わずかばかりの恐怖を感じていた。

 

 戦闘力はこちらが圧倒的に上。だが、それは現時点での話で、こいつはまだ、子供なのだ。もし万が一、この場を生き延びて、さらに成長したとしたら。

 

 吼え猛る金色の大猿を前に、フリーザの顔に大粒の汗が浮かぶ。こいつはここで、絶対に殺しておかなければならない。超サイヤ人など、存在していてはならないのだ。

 

「いいだろう!! そこまで死にたいのなら、徹底的に殺してやる!!!」

 

 フリーザはさらに上空へと飛び、人差し指を天へと向ける。その指先に、小さなエネルギーの光が灯ったかと思えば、見る間に大きさを増していき、ものの数秒で、直径数十メートルの巨大なエネルギー弾と化していた。

 

 ナッツが呻く。その膨大なエネルギーは、傷付いた彼女一人に向けるには、あまりにも過剰すぎるものだった。

 

『まさか、フリーザ、お前……!』

 

「そうだ! 惑星ベジータを消滅させたこの技で、ナメック星ごと貴様を葬ってやる! もっとも威力はあの時と、比べ物にならんがな!!」

 

 下等生物共と違って、たとえ宇宙空間でも、自分は生存できる。星の爆発に巻き込まれれば、少なくないダメージを負ってしまうだろうが、これが最も確実に、この超サイヤ人に止めを刺す方法だった。

 

 人差し指を、眼下の大猿に振り下ろしながら、フリーザが叫ぶ。

 

「この星ごと死ね!! 超サイヤ人!!」

 

 同時に、星を容易く消し飛ばせる威力の巨大なエネルギー弾が、遠目ではゆっくりと、だが実際は凄まじい速度で、地上へと迫る。

 

 視界を埋め尽くす滅びの光を、ナッツは息を荒らげて見上げている。避ける力は、もう残っていない。たとえ避けても、このままではナメック星が消えて、悟飯達も皆、死んでしまうだろう。そんな事は、決して認めるわけには、いかなかった。

 

 大猿が最後の力を振り絞って、巨大なエネルギー波に向けて、真紅のエネルギー波を撃ち放つも、あっさりと飲み込まれてしまう。

 

『ふざ、けるなっ……!!』

 

 間近に迫ったエネルギー弾を、金色の毛皮に覆われた両腕で押し留める。両腕が瞬く間に焦げ、毛皮が発火する。開いた傷口から流れ落ちる血液までもが蒸発していき、死にそうなほどの熱と痛みに苛まれながら、少女はなおもフリーザに抗い叫ぶ。

 

『これ以上、お前なんかに、何も……!!』

 

「しぶとい奴め……!! だがもう終わりだ!!」

 

 駄目押しで、地上ぎりぎりで押し留められたエネルギー弾に、さらに力を加えようとしたところで、フリーザは気付く。直下の海に映し出された、太陽よりも大きな光。

 

 熱を感じて、振り向いた彼の目前に。直径100メートルを超える、彼の作ったよりも、なお膨大なエネルギーの塊が、迫っていた。

 

 悟空の作り出したそれは、元気玉と呼ばれている。正しい心の持ち主にしか使えないその技は、星の全ての自然と生物、そして星そのものや太陽からも、少しずつ力を集めて解き放つというものだ。この時の悟空は、確実にフリーザを倒すべく、ナメック星の周辺の星々からもエネルギーを集めていた。

 

「こ、これは!? うわああああああっ!?」

 

 攻撃の最中だったフリーザは、対応できず、元気玉に飲み込まれていく。そのまま元気玉は降下し、フリーザの巨大エネルギー弾をも飲み込んでいく。

 

 

 

 ナッツは朦朧とした意識の中、その光景を見て、弱々しく笑った。あの物凄い攻撃は、きっとカカロットがやってくれたのだ。

 

 フリーザを飲み込んだエネルギーの塊が、爆発しようとしている。私はもう逃げられないけど、フリーザも死んだのだから、父様と母様も、喜んでくれるだろう。

 

 その時、焼け焦げ、半ば感覚のないナッツの腕を、何者かが掴んだ。

 

「すまねえ! ナッツ! 遅くなっちまった!」

 

『カ、カカロット!? 何してるの! 早く逃げて! もう、私は……』

 

「死なせねえって言っただろうが!!!」

 

 叫ぶカカロットの全身がオーラに包まれ、その戦闘力が膨れ上がる。界王拳20倍。驚くナッツの身体を軽々と持ち上げて、凄まじい速度で、カカロットはその場を飛び離れる。

 

 

 そして彼らの背後で、眩い光と共に元気玉が爆発し、荒れ狂うエネルギーが、その場に残った全てを消し飛ばした。




 次の話か、その次で決着がつく予定です。
 更新は遅れるかもしれませんが、気長にお待ち下さいませ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。