元気玉の爆発による、嵐のような暴風に煽られながら、悟空は何とか、大猿化したナッツの身体を、大きな天然の洞窟へと運び込む。
安全そうなその中に、ぐったりとした彼女を横たえた所で、緊張の緩んだ悟空は、激しい疲労に襲われるのを感じた。ナッツを爆発から逃がす為に使った、界王拳20倍の反動だ。
「はあっ、はあっ……だ、大丈夫か? ナッツ」
悟空が呼びかけるも、返事は無い。不思議に思った悟空は、改めて彼女を見て、あまりにもボロボロに傷ついたその姿に、息を呑む。金色の輝きはいつの間にか失われ、あれだけ大きかった彼女の気が、今や見る影もなく低下している。
全身の毛皮はその大半が焼け焦げ、フリーザの巨大なエネルギー弾を受け止めた両腕はさらに酷い有様で、今も煙が上がっている。黒い戦闘服を斜めに裂いた傷口は、体内の気を操作して塞いでいるようだったが、それでもわずかに続く出血を止められないでいる。
『……ええ、大丈夫よ。カカロット』
ナッツが遅れて返事をするも、その声は弱々しいもので、話すのも辛いのは明らかだった。それにこれは、もう。何かに気付いた悟空が、悔恨に拳を震わせる。
「……済まねえ。もっと早く助けに行きたかったけど、元気玉を十分な大きさにするのに、時間が掛かっちまった……!!」
あんな大技を二度も撃たせるフリーザではない。そして一撃で倒せなかった場合、実力の4割程度しか出していないという言葉が本当なら、20倍の界王拳でもおそらく通じず、全滅してしまうところだった。
しかし結果として、大きく傷ついたナッツを前に、悟空はやりきれない思いを抱えていた。
『いいのよ、カカロット。あのフリーザの奴を倒せたんだから、このくらい、どうって事ないわ』
言葉を話すのも億劫で、死にそうなほどに、全身が痛んでいる。倒れたまま、起き上がれそうにない。これほどのダメージ、大猿になっていなければ、自分はとうに生きていないだろう。
上空に浮かぶ、人工の月を眺める。降り注ぐブルーツ波が心地良くて、地面に投げ出した尻尾が揺れ動く。おそらくあれが消えた時、私は。
『ねえ? カカロット。私は父様と母様の娘として、サイヤ人の王族として、恥ずかしくないような戦いができたかしら?』
「ああ。おめえは凄かったぞ。ベジータやおめえの母ちゃんだって、きっとあの世から応援してくれてたはずだ」
『父様や、母様が……』
それを思うと、気持ちが温かくなるのを感じた。自分の手でフリーザを倒せなかったのは、心残りだけど、これから父様と母様に褒めてもらえるのなら、もう怖くはなかった。
その時、少年の顔が思い浮かんで、ちくりと胸が痛んだ。ずっと傍にいると言ってくれた悟飯には、謝らなければならないだろう。けど、優しい彼が、自分のせいでまた泣いてしまうかと思うと、それだけが心残りだった。
ふと気付くと、洞窟の外で、荒れ狂っていた嵐が、収まりつつあった。余波だけでこれほどの威力だなんて、一体どれほどのエネルギーだったのか。
これならきっとフリーザだって、耐えられるはずがないと、少女が思った、その時だった。
「!?」
『!?』
二人が同時に、その気配に反応した。間違えるはずもない、強大で邪悪な気配。元気玉の余波のエネルギーが、そこらじゅうに溢れていた影響で、今まで覆い隠されていたのだろうか。
『フリーザ……そんな……まだ生きて……!』
「ち、ちくしょう……!」
獣の顔に、愕然とした表情を浮かべるナッツ。フリーザの戦闘力は、かなり落ちてはいるが、まだ健在だ。あれで倒せないなら、もう打つ手が無い。
『カカロット! さっきの、もう一発撃てないの!?』
「……駄目だ。この近くの星の元気まで、もうほとんど使っちまってる」
『そんな……!』
「ナッツ! お父さん!」
そこへ、目を覚ました悟飯が駆け込んできて、傷つき果てた大猿の姿と、感じられる気のあまりの小ささに、愕然とした顔になった。
「こ、こんな、酷い……」
そして倒れたナッツの、顔の辺りに駆け寄って縋り付き、少年は自分の無力さに涙する。
「ごめん、ナッツ! ボクがフリーザと戦えれば……!」
『……泣かないでよ、悟飯』
焼け焦げた手は、動かすだけでとても痛かったけど、それでも泣きじゃくる悟飯を見ていられなくて、押し潰してしまわないように、その頭を優しく撫でる。
悪いのも、泣きたいのも、自分の方だった。伝説の超サイヤ人にまでなっておいて、それでもフリーザを倒せなかったのだから。傷付き疲弊し、金色の輝きを失った自らの身体を見て、ナッツは項垂れてしまう。
そんな彼らの姿を見ていた悟空は、決意を秘めた表情で言った。
「悟飯、オラは今から、フリーザと戦ってくる。おめえはクリリン達と一緒に、早くこの星から逃げろ」
「えっ? け、けど、ナッツとお父さんは……?」
「早く逃げるんだっ!!!」
その声と険しい表情に、少年は思わず身を竦ませる。父親に怒鳴られるのは、生まれて初めての事だった。
『待って! わ、私も……!』
起き上がろうとした大猿が、全身の激痛に悲鳴を上げる。悟空は振り向かず、何かを堪えるような声で言った。
「もう無理しないでいいぞ、ナッツ。ベジータには、オラの方から謝っといてやるから」
「お、お父さん……?」
父親の意図を察したのか、呆然とした様子の悟飯。ナッツは耐えられなくなって叫ぶ。
『駄目よ!! あなたは悟飯の父親でしょう! 私を置いて逃げなさい! そうすれば、きっとフリーザは、私を先に……!』
「そんな真似をしちまったら、それこそベジータにあの世で殺されちまうし、フリーザはオラの両親の仇でもあるし……」
仮にナッツを置いて、この場を離れたとしても。自分達を見失ったら、その瞬間、フリーザはこの星を消してしまうだろう。結局誰かが残って戦って、足止めをする必要がある。そしてそれができるのは、この場で自分しかいないのだ。
そして悟空は、フリーザへの憤りと恐怖を感じながら、それと同時に、宇宙で一番強い奴との戦闘を前に、わくわくしている自分に気付いて、一瞬愕然とした後に、おかしくなって笑ってしまう。
今まで何度も似たような事はあったけれど。よりによって、こんな状況でまで。地球人の思考では、到底有り得ないその考えに、この瞬間、彼は自らのルーツを自覚した。
悟空は一転、晴れ晴れとした笑顔で、二人に告げる。
「それにオラもサイヤ人だから、強え奴と戦ってみてえんだ。本当に済まねえ、悟飯。チチによろしく、言っといてくれ」
『カカロット!!』
「お父さん!!」
そして手を振って飛び出していくカカロットを、見ているしかできなかった少女は、苛立ちのまま、ぎりぎりと牙を噛み締め、巨大な拳で、洞窟の地面を砕く。
相手がどれだけ格上であろうと、むしろ強い相手だからこそ、戦ってみたいと望むあの気質は、紛れも無くサイヤ人の戦士のものだ。こんな時でなかったら、ようやくサイヤ人らしくなってきたじゃないと、微笑ましく思えただろうに。
普段はまるで地球人みたいに、優しくておちゃらけている癖に、どうしてよりによってこんな時だけ。あなたが死んだら、悟飯はどうなってしまうのよと、今からでも言ってやりたかったけど。
そもそも、どうせもう助からない私が。受けたダメージが大き過ぎて、大猿化が解けた瞬間に死んでしまうだろう私が、残って足止めをするべきだったのだ。
今の私には、それすらできない。動けない、役立たずのサイヤ人。そのせいで、カカロットを死なせてしまう。
『ごめんなさい、悟飯……!!』
父様を亡くした私と、同じ思いをこの少年にさせてしまうかと思うと、とても悲しくて、何より自分が情けなかった。
動けない上に、泣き虫だなんて。私はサイヤ人の、王族だというのに。父様と母様が、あの世から見ているかもしれないのに。
戦いの場にすら立てない悔しさが、死に掛けた身体の痛みよりも、ナッツの心を苛んでいた。
「泣かないでよ、ナッツ。君はもう、充分立派に戦ったんだから」
優しい声で、そう慰めて、少年は倒れた彼女に、寄り添うように座り込む。
『悟飯……? 何してるの……?』
ナッツの声が、弱々しくなっていく。出血が止まらず、少しずつその気が小さくなっていくのを、やりきれない思いで、悟飯は感じていた。
「もう少しだけ、ここにいるよ、ナッツ。何も心配しないで、ゆっくり休んで」
『仕方、ないわね……悟飯……』
苦しそうだった彼女が、安らいでくれたのが、嬉しかった。すぐにここを離れるべきだと、頭では判っていたけれど。彼女を一人にしてしまうのは、どうしても無理だった。たとえ殺されたって、この子の傍を、離れたくはなかった。
お父さん、お母さん、ピッコロさん、クリリンさん、ブルマさん、本当に、ごめんなさいと、少年は、心の中で呟いた。
元気玉が着弾した跡地は、数百メートルに渡って大地が消し飛ばされ、広大な海と化していた。
わずかに残った陸地に、息も絶え絶えのフリーザが、海中から這い上がってくる。身体の表面が、あちこち黒く焦げている。それ以外に目立つ外傷はなかったが、大きく肩で息をついており、ダメージの大きさが伺える。
激しく咳き込んで、飲み込んだ水を吐きだして。ふらつきながら起き上がるも、全身を襲う痛みに顔をしかめ、湧き上がる怒りに身を震わせる。
「な、何だ、今の攻撃は……? このフリーザ様が、死に掛けただと……?」
下等生物を相手に、本気の姿を見せて、なおここまでの傷を負わされるなど、屈辱以外の何物でもなかった。宇宙の帝王の名に懸けて、必ず皆殺しにしなければならない。
あの凄まじいエネルギーの塊で攻撃してきたのは、おそらくもう一人のサイヤ人。爆発の直前、満身創痍の超サイヤ人を連れて逃げるのを見た。
「どいつもこいつも……たかがサイヤ人の分際で……!」
あの二人だけではない。おそらくあの男の息子だろう、第三形態の自分を追い詰めたガキもサイヤ人で、ベジータの攻撃を受けた両腕は、未だ痺れが取れないでいる。既に星ごと滅ぼしたというのに、あいつらはどこまで自分を苛つかせれば気が済むのか。
サイヤ人の生き残りは残り三人。宇宙船で逃げられるほどの時間は経っていないから、まだ全員この星にいるはずだ。スカウターが無ければ、探しようがないが、わざわざ探す必要も無い。フリーザは壮絶な笑みを浮かべた。
「サイヤ人共、今度こそ、この宇宙から消えるがいい……!」
一瞬で作り上げた、星を壊せる威力のエネルギー弾を、ナメック星に叩き込もうとした、その時だった。
「そいつはちょっと、つまらねえんじゃねえか? フリーザ」
フリーザは手を止め、エネルギー弾を構えたまま、声のした方を見る。
いつの間にか、見覚えのあるオレンジ色の胴着の男が、5メートルほど先に立っていた。構えもせず悠々とした自然体で、恐れる様子も無いどころか、堂々とこちらを見つめている。
「サイヤ人、あのエネルギーの塊は、お前がやったのか?」
「ああ、オラが作った元気玉だ。あれでこの辺の元気は全部使ったから、もう撃てねえんだけどな」
「……何故そんな事を、わざわざ口にするんだ?」
発言の意図が読めず、フリーザは困惑する。もう一発使えるなら、姿を見せずに撃ってきているはずだから、それは薄々わかっていたが。騙す気かとも一瞬思ったが、どうにもこの目の前の男は、そんな悪知恵が働くようには見えなかった。
「本当はああいうの、あんまり趣味じゃねえんだ。やっぱり強え奴とは、自分の力で正面から戦ってみたくてよ」
「……さっきの戦いを見ていたのなら、君とボクとの間にある力の差くらい、理解できているだろう? 戦えば君は確実に死ぬと判っているはずなのに、馬鹿なのかい?」
その言葉に、悟空は薄く笑って応えた。
「そうかもしれねえ。死ぬのは怖えけど、オラはサイヤ人だから、それでも戦うのが好きなんだ」
「ふうん……」
死をも恐れず、戦いを望む本能。それはあのサル共が戦闘民族と呼ばれる所以で、軍に組み込んでこき使ってやる分には、都合の良い気質だったが。この自分を前にしてすら、臆せず戦おうというのが気に食わなかった。
それにこの男には、先ほど不意打ちで自分を殺しかけてくれた借りもある。この手で血祭りに上げると、フリーザは決めた。
どうせ裏であの超サイヤ人共を逃がそうとしているのだろうが、5分以内に殺す。その後で、この星を消す。流石にそんな時間で、この星から逃げられはしないだろう。
「生意気だよ、お前」
フリーザは肩を大きく振りかぶり、手にしていたエネルギー弾を、悟空に向けて投げ放つ。星の大地を直撃するコースではないとはいえ、避ければどんな被害が出るか判らないそれを、悟空は真正面から受け止める。
「うおおおおっ!?」
悟空の身体が、地面に跡を残しながら、凄まじい速度で後方へと押されていく。丘一つを背中で貫通しながらも、悟空は歯を食いしばり続け、やがて受け止めたエネルギー弾が減衰して消滅したところで、大きく息をつき、赤くなった掌に息を吹きかける。
「ふう。痛てて……」
その時、彼の背後にフリーザが現れ、首元に向けて回し蹴りを繰り出した。悟空は気付くも、到底対応できるタイミングではない。フリーザが勝利を確信した次の瞬間、悟空の全身から爆発的な気が解き放たれ、同時に跳ね上がった身体能力で、その足を受け止めていた。界王拳20倍。その変化に、フリーザが驚愕する。
「何っ!?」
「今度はこっちの番だ!」
悟空はそのまま回転してフリーザの身体を振り回し、勢いをつけて斜め上へとぶん投げる。フリーザは慣性を殺して体勢を整えようとするが、それよりも早く、目の前に現れた悟空が、高く掲げて組んだ両の拳を振り下ろす。
「がはっ!?」
腹部に痛打を受けたフリーザが、地面に叩き付けられる。フリーザがとっさに横に転がった次の瞬間、隕石のように降下した悟空の両足が、一瞬前まで彼のいた場所を砕く。
「この……舐めるなあああ!」
飛び起きたフリーザが、悟空に殴り掛かり、凄まじい速度のラッシュを繰り出した。悟空もそれに応じて、無数の拳と蹴りをガードし、叩き落とし、生じた空隙に自らもカウンターで拳を振るう。瞬く間に数百発の打撃が応酬され、周囲の大気が轟音と共にびりびりと震える。
やがてフリーザの拳を顔面に受けた悟空が後ろに跳ね飛ばされるも、勢いのまま連続で後転し、たちまち体勢を取り戻す。即座に目の前に距離を詰めたフリーザが追撃の拳を振るうも悟空は受け止め、直後もう片方の拳も受け止め、ぎりぎりと、力比べの様相となる。
一歩も引かず互角のパワーを見せる悟空に、フリーザは苛立ちを見せる。既に全力の6割ほどを出しているというのに、押し切れない。どう見ても、あの超サイヤ人より遥かに強い。
「……一体、貴様は何者だというんだ?」
「オラは地球育ちの孫悟空で、サイヤ人のカカロットだ!」
20倍の界王拳を使用し続け、とっくに身体は限界を超えていたが、それでも悟空は不敵に笑った。こんな時だと言うのに、戦うのが楽しくてたまらないと、その表情が告げていた。
気に入らないと、フリーザは思い、顔を歪めて、挑発するように言った。
「お前の父親らしいサイヤ人を、覚えているぞ。惑星ベジータを消滅させる時に、たった一人で向かってきて、結局このオレに、触れる事もできなかったがな」
悟空の脳裏に、ガラスの向こうから自分を見つめる、自分とそっくりで、頬に傷のある父親の顔が浮かぶ。殺されたと改めて聞くと、一瞬怒りが湧いてきたが、それよりも、ただ一人フリーザに立ち向かって、戦って死んだという父親を、誇らしいと思った。
「じゃあ父ちゃんの分まで、オラがおめえをぶん殴ってやらないとな!」
悟空はフリーザの両手を握ったまま、その顔面に頭突きを入れる。たまらず怯んだフリーザの顔面に、宣言どおり、渾身の一撃が叩き込まれた。
よろめいたフリーザは、飛び下がって距離を取り、口元の血を拭いながら、怒りに燃えた目で悟空を睨む。
親を殺されたというのに、その澄ました顔が気に入らない。あの超サイヤ人のように、泣きわめくか恨み言の一つでも、言えばいいものを。
「……もう遊びは終わりだ。せいぜいオレを怒らせた事を、後悔しながら死ぬといい」
言葉と共に、フリーザはその戦闘力をさらに跳ね上げる。フルパワーのおそよ7割。瞬間的に出せる力はこれが限度だが、こいつを殺すには十分だろう。
「こいつはちょっと、まずいかもしれねえな……」
膨れ上がったフリーザの気を感じて、悟空の額に汗が浮かぶ。20倍界王拳の反動で、力が抜けていくのを感じながら、それでも悟空は、目の前に迫る強敵に、心躍るのを止められなかった。
界王星に設置されたモニターで、戦いを見守っていた天津飯達は、押され始めた悟空の姿に悲鳴を上げる。
「ま、まずいぞ! フリーザの奴、まだ力を隠してやがった!」
「それに悟空の奴、もう限界だ! やっぱり20倍の界王拳は、無理があったんだ……!」
同じく戦いを見ていた界王が、焦った様子で叫ぶ。
「地球の神よ! ドラゴンボールはまだ揃わんのか!?」
そこでモニターの映像が切り替わり、潜水ゴーグルとシュノーケルを装着した神の姿が映し出された。その後ろで真っ黒い肌の男が、表情の読めない顔に大量の汗を浮かべ、懸命にスコップで土を掘っている。
『今ミスターポポと集めているところです! あと10分もあれば……!』
「10分じゃと……!? それまで悟空が保たんぞ!」
界王は復活した地球のドラゴンボールを利用して、圧倒的な力を持つフリーザから、全員を助ける作戦を考えていた。およそ一ヶ月前に悟空を生き返らせる為に使用しており、本来ならば1年経たなければ使えないはずだったが、作り主である神が、ピッコロと共に1度死んで蘇った事による影響か、石化した状態から、再びその光を取り戻していたのだ。
まずは地球のドラゴンボールで、フリーザ一味に殺された者を生き返らせる。そうすれば彼らに殺されたナメック星人全員に加えて、フリーザ達の凶行による心労で、残り少ない寿命を削られていた最長老も、おそらくはその削られた寿命の分だけ生き返る。
そして最長老と共に蘇ったナメック星のドラゴンボールの、まだ叶えられていない3つ目の願いを使って、ナメック星にいるフリーザ以外の全員を、地球へと避難させるのだ。
激怒したフリーザが地球まで攻めて来るかもしれないが、生き返ったナメック星人に悟空達を治療してもらえば、何とか対処できるだろう。
綱渡りのような作戦だが、これが成功すれば、ナメック星のドラゴンボールが残り、二度死んだチャオズも生き返らせる事ができる。最長老が再び寿命で亡くなった後も、才能のあるナメック星人ならば、再びドラゴンボールを作るか引き継げるであろう事は、地球の神に確認済みだ。
それに今回の件で、何の罪も無く殺されてしまった大勢のナメック星人達の事も、できるならば助けてやりたいと界王は思っていた。何でも願いを叶えられる道具を持ちながら、その力を一切自分達のために使わず平和に暮らしてきたあの者達は、この宇宙でも珍しいほどの、真っ直ぐで欲の無い者達なのだ。
しかし、肝心の地球のドラゴンボールを集めるまでの、たった10分が、この状況ではあまりにも長い。おそらくそれまでに悟空はフリーザに殺され、そしてその後、ナメック星は破壊されてしまうだろう。
「とにかく、できるだけ急いでくれ! 神よ!」
『承知しました! 集まり次第、また連絡します!』
モニターの映像が再び切り替わり、疲弊した悟空の姿が映し出される。間に合わぬかという言葉を、界王は飲み込み、拳を震わせて叫ぶ。
「聞いておるか! もう少し頑張るんじゃ! 悟空!」
『わ、悪い、界王様……。さすがにちょっと、無理みてえだ……』
念話で応える悟空の気は、先ほどの3分の1以下に落ち込んでいる。界王拳20倍どころか、10倍すらも既に使えず。力を増したフリーザの猛攻を、必死に防いでいたが、すぐにそれすらもできなくなっていた。
エネルギー波の連打をまともに食らってしまい、ふらつきながら前のめりに倒れた悟空の背中を、フリーザがしたたかに踏み付ける。血を吐いて苦しむ彼を、フリーザは楽しそうに見下ろしていた。
「どうやらもう限界みたいだね。カカロット。もう少し楽しみたいところだけど、ボクは優しいからね。そろそろ止めを刺してあげるよ」
優しいと言いながらも、フリーザがこの後、彼の仲間達を殺す気でいる事は明白だった。ベジータの遺言を思い出し、悟空は痛みを堪えながら、震える声で言った。
「なあ、フリーザ。おめえは本当に強い。オラ達の完敗だ」
「ほう。どうしたんだい、突然。命乞いでもしようってのかな?」
フリーザは悟空を踏む足に、ぎりぎりと力を込めながら言った。
「お、オラはどうなってもいいから、ナッツや悟飯達の事は、勘弁してやっちゃあくれねえかな? いいじゃねえか、あんな子供くらい」
「駄目だね。あいつらはドラゴンボールを奪った上に、ボクをさんざんコケにしてくれたし。特にあの超サイヤ人は、何があろうと絶対に殺すよ」
「超サイヤ人に、何か恨みでもあるのかよ……」
フリーザは、苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「……君なんかには判らないさ」
そのまま踏み付けた悟空に向けて、手をかざす。頭を吹き飛ばすべく、その手にエネルギーを収束させたところで、フリーザの耳に、聞き覚えのある、風を切る音が複数届いていた。
フリーザは自分に迫る10枚以上の気の円盤に目を向け、嘆息する。
「つまらない技を、何度も何度も。鬱陶しいんだよ」
互いの力をぶつけ合って、戦闘力の高い方が勝つのが戦いだ。確かにあの円盤は凄まじい切れ味で、当たれば格上の相手にも通じるだろうが。逆に言えばこんな技を使う時点で、自分は格下で正面から戦っては勝てないと、認めるようなものだった。
エネルギー波で迎撃も可能だろうが、そんな気にもなれず、気の円盤に向けて歩き出す。それらを投擲してすぐ、岩陰に隠れて見ていたクリリンは瞠目する。フリーザはただ歩いているだけなのに、気円斬がかすりもしない。彼の目に映らない速度で避けているのだと、理解した瞬間、彼の背後に、当のフリーザが出現していた。
「さて、どうしてやろうかな?」
「あ……あ……」
恐怖に震えるクリリンの背中を、フリーザが蹴り飛ばす。その身体は地面を何度もバウンドし、悟空の傍に横たわる。クリリンは起き上がろうとするも、動けない。たった一撃で、戦闘不能となるほどのダメージを受けていた。
フリーザが手をかざすと、倒れたクリリンの身体が、見えない手で掴まれたかのように、そのまま真上に持ち上げられる。悟空が顔色を変えて叫ぶ。
「や、やめろ!! やめてくれ!! フリーザ!!」
「そんな顔もできるんだね、カカロット。それに諦めなよ。どうせ全員死ぬんだから。順番を少し先にするだけさ」
「ご、悟空……逃げろ……」
残酷に笑いながら、フリーザはかざした手を、ゆっくりと握り締めていく。ばきばきと、全身の骨が砕かれていく激痛に、クリリンは悲鳴を上げる。
「やめろフリーザ!!! やめろーーーー!!!!」
必死の叫びに混じる、今まで見せなかった、底知れぬ怒りの感情に。ぞくりと、背筋を氷柱で刺し貫かれたような寒気を、フリーザは感じた。
彼の明晰な頭脳が、激しく警告を発していた。ベジータも、その娘も、超サイヤ人の力を発揮する、そのきっかけになったのは。そして今まさに、この状況は。
「……っ!!!!!」
額に大粒の汗を浮かべたフリーザが、ゆっくりと手を下ろすと、同時にクリリンの身体も、地上へと下ろされていく。
「えっ?」
死を覚悟していたクリリンが、きょとんとした顔になる。そしてそれは、悟空も同じだった。
「ふ、フリーザ?」
「……言っただろう? ボクは優しいから、君に免じて、目の前で仲間を殺すのは勘弁してやるよ」
だから怒ってくれるなよと、フリーザは内心呟いた。ただでさえベジータの娘よりも強いこいつが、超サイヤ人になどなってしまったら、フルパワーでも勝てるかどうか怪しかった。
殺すならこいつが先だと、彼は悟空に手をかざして、そして気付く。こいつの息子がどこかで隠れて見ていて、殺した途端、超サイヤ人になって襲ってくる可能性も、0ではない。かといって息子を探して先に殺せば、こいつが超サイヤ人になるだろう。
ややこしいと、フリーザは内心呻きながら頭を抱え、そして決断する。やはり一思いに、星ごと全滅させてやるのが一番だ。
跳躍し、その手に星を壊せる威力のエネルギー弾を形成する。
「さよならだ、カカロット。あの世で他のサイヤ人達と、仲良くやるがいいさ」
「す、すまねえ、みんな……!」
悔やむ悟空を笑って見下ろしながら、フリーザはナメック星の大地に、そのエネルギー弾を投げ落とした。
時間は少し遡る。
とてつもない爆発音と共に、大地が激しく震えた後、洞窟の中に、あの化け物が入ってきた時は、心臓が止まるほど驚いた。赤く光る目を持ち、金色の毛皮に包まれて、鋭く尖った牙を生やした、大人の何倍も巨大な獣。
見つかったらきっと食べられてしまうと思って、とっさに洞窟の奥の、岩の隙間に飛び込んで隠れて。しばらく震えた後に、ふと気付く。獣から感じるのは、とても大きい、ビリビリとした紛れも無い悪の気配だけど。不思議な事に、それを恐ろしいとは思わなかったのだ。
獣の気配は、弱っているのか、だんだんと小さくなっていくようだった。他にも誰かが、洞窟の中に来たようだったが、獣に襲われている様子は無い。気になって、岩の隙間から、少しだけ顔を出して、こっそりと、入口の方を確認する。
横たわる巨大な獣の近くに、見た事のない人がいて、何かを話しているようだった。もう少し近づいたら、何を話しているか、聞こえるだろうか。
もう痛みすら、ナッツには感じられなかった。これは本当に、死んでしまうのだと思った。
薄れゆく意識の中、縋り付く少年の温もりだけを感じながら、少女はぼんやりと、そのやり取りを耳にしていた。
「悟飯! こんな所で何をしている! 孫の奴の時間稼ぎを無駄にする気か!」
「……ピッコロさん。本当に、ごめんなさい。ボクはナッツの傍に、いてあげたいんです」
「……わかった! そいつは地球に戻った後、ドラゴンボールで生き返らせる! だから今は逃げるぞ、悟飯!」
「その時は、ボクも一緒に、生き返らせてください」
「……っ!! サイヤ人!! お前からも言ってやれ!! 悟飯はお前と一緒に死ぬ気だぞ!! それでいいのか!!」
その言葉に、意識が少しはっきりする。悟飯の気持ちは、とても嬉しかったけど、そのせいで彼が死んでしまうのは、絶対に嫌だと思った。父様も母様も、もう死んでしまったというのに。
そこでナッツは、フリーザとカカロットの戦闘力を感知して、今の戦況を把握する。このままではカカロットが死んで、フリーザが生き残る事は明白だった。
ふつふつと、怒りが湧き上がってくる。父様と母様と暮らしていた、幸せだったあの日々は、フリーザのせいで、もう二度と戻らない。愛してくれた両親も、故郷も、私から奪ったのに。それなのに、あいつが死なずに生きているなんて、絶対に、許せない。
激しい怒りに、突き動かされるように、半ば無理矢理に、身を起こす。死ぬほどの痛みが全身を走るが、それすらも、怒りにくべる燃料にして、消えかけた意識を覚醒させる。
血に塗れた大猿が立ち上がり、狂ったように咆哮する。その毛皮が、金色に明滅し始める。傷口から流れ落ちる血の量を見た悟飯が、黒いブーツに縋り付く。
「駄目だよナッツ! そんな身体で動いたら、本当に……!」
『私は、こんな程度でまだ死なないわ……!!! フリーザがまだ生きてるのに、こんな所で、このまま死ねるものですか!!!』
叫ぶ獣の声には、聞き覚えがあった。それに獣が纏うあの鎧のような服は、ひび割れてボロボロになっていたけれど、確かに、あの人が着ていたのと、同じ物だった。
勇気を振り絞って、恐る恐る、前に出る。今まで気を消して隠れていたその人物に、全員が驚き注目する。
「あ、あなたは、もしかして、ボクを助けて下さった、勇者様ですか?」
かつてナッツが助けた、ナメック星人の子供が、震えながら、彼女を見上げていた。
フリーザが投げ落としたエネルギー弾が、ナメック星を破壊するその直前。
『そうは、させないわっ!!』
突如ぶれながら現れた、金色の大猿が、その光球を上空に向けて蹴り飛ばした。
「……な、何だとっ!?」
倍以上の速度で戻ってきたそれは、驚愕するフリーザに命中し、宇宙からも観測できる規模の大爆発を巻き起こした。
その場に残った厚い黒煙を、腕の一振りで吹き飛ばして、フリーザは眼下のナッツを睨む。受けたダメージよりも、精神的な動揺の方が大きかった。
金色の大猿は、身に纏う戦闘服こそ酷い有様だったが、先ほどの戦いで与えたはずの負傷は、全て完治しているようだった。致命傷を与えた相手の復活。同じ現象を、彼は少し前に、見た事があった。
「生き残りのナメック星人が、まだいやがったのか……!!!」
悔恨と怒りに、身を震わせるフリーザに向けて、ナッツは尻尾を揺らしながら、からかうように言った。
『その通りよ、フリーザ。お前の部下が人質にしてくれたおかげで、助かった子供よ』
「何を、わけのわからん事を……!!」
そして金色の大猿は、サイヤ人の頂点とも言える、その姿を見せつけるように、毛皮に覆われた両腕を掲げ、自ら作り上げた人工の月に向けて、雷鳴のように咆哮する。
『グオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!』
「くっ……!」
叩き付けられる音圧と、その全身から発せられるエネルギーの凄まじさに、フリーザがわずかにたじろぎ、身を庇いながら後退する。
その巨体に満ちる溢れんばかりの力に、ナッツは獣の顔で満足げに笑う。死の淵から蘇ったことで増大した彼女の戦闘力は、今や7500万にまで達していた。
血のように赤い瞳に、宿敵を映しながら、そのサイヤ人の少女は宣言する。
『第二ラウンドよ、フリーザ。今度こそ、お前を殺して、父様と母様の仇を取ってやる!!!』
「調子に乗るなよ、超サイヤ人……!!!」
振りかぶった二人の拳が激突し、その衝撃で、星全体が大きく震えた。
フリーザ様気分次第で一人称変わり過ぎ問題。
次の話で決着が付いて、残りは最終回とエピローグです。
遅くなるかもしれませんが、気長にお待ちくださいませ。
【ナメック星人の子供】
原作でベジータに殺されて、ツーノ長老が亡骸を抱いてたあの子です。
オリキャラじゃなくて原作キャラなのです(抗弁)