あるサイヤ人の少女の物語   作:黒木氏

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最終話.彼女が願いを叶える話(前編)

 勝利の咆哮を終えたナッツは、フリーザの戦闘力が感じられない事を確認すると、その両目を閉じ、ブルーツ波の吸収を止めた。

 

 やがて大猿の身体が震え出し、やや苦しげな声を上げながら、人間の姿へと戻っていく。全身を覆う毛皮が薄くなって滑らかな肌が露わとなり、尖った耳も獣の鼻面もその形を変え、元の整った顔立ちを取り戻す。

 

 身体のサイズも見る間に縮んでいき、十数秒後、そこには金色のオーラに包まれたサイヤ人の少女が、大きく肩で息をついていた。かろうじて両足で立ってはいるものの、その全身は大きく負傷し、流した血に塗れている。黒い戦闘服はほぼ全損し、擦り切れた紫のアンダースーツと黒いブーツのみが、彼女の身体を覆っていた。

 

 満身創痍の状態にもかかわらず、ナッツの目はぎらぎらと輝いて、その口元には、戦いの興奮が冷めやらぬといわんばかりの、獰猛な笑みを浮かべていた。

 

「は、は、あははははっ!! 殺したわ!! 殺してやったわ!! あのフリーザを!!」

 

 天に顔を向けながら、少女は狂ったような笑い声を上げる。

 

「私達サイヤ人を、私と父様を怒らせたからよ!! いい気味だわ!! 私から父様と母様を奪った事を、地獄で後悔すればいい!!」

 

 だが両親の事を口にした瞬間、少女の顔がくしゃりと歪み、興奮のままに叫んでいた声が、急速に小さくなっていく。

 

「父様ぁ……、母様ぁ……」

 

 憎い仇を殺しても、彼女の傍に、二人はもういない。一筋の涙が、頬を伝い落ちる。金色のオーラが消え失せ、髪と瞳が元の色に戻る。

 

「あ、うああああああああ……!!!」

 

 慟哭と涙が、後から後から溢れ続ける。そこにいたのは、フリーザを倒した伝説の超サイヤ人ではなく、ただ親に会いたいと泣きじゃくる、小さな子供だった。

 

「ナッツ!!!」

 

「え……?」

 

 震えるその小さな身体を、駆け付けた白い戦闘服の男が、強く抱き締めた。間違えようもないその気配と温もりに、少女は濡れた瞳を大きく見開く。

 

「……とう、さま? 本当に、父様なんですか?」

 

 受けた衝撃の、あまりの大きさに、ナッツは事態を把握できないでいる。嬉しいけど、これが都合の良い夢や幻で、次の瞬間消えてしまったら、きっと自分は耐えられない。

 

「ああ、どうやら、ドラゴンボールで生き返ったらしい」

 

 父親は優しい声でそう言って、娘の頭をゆっくりと撫でる。慣れ親しんだその感覚は、幻なんかでは決してなかった。

 

「父様!! 父様あ!!! あああああああっ!!!!!」

 

 溢れ出す少女の涙は、先と違って、悲しさからのものではなく。もう二度と、いなくならないでくださいと、父親の胸に頭を擦り付けて、声が枯れるまで泣き続けた。

 

「……すみません、父様、こんなに泣くなんて、私……」

 

 途切れ途切れに、涙声で少女は言った。こんなのは、父様や母様が私に望むような、冷酷なサイヤ人の振る舞いではないだろう。

 

「……?」

 

 返事が無い事を、疑問に思った娘が、父親の顔を見上げて驚く。冷酷で誇り高いサイヤ人の王子である父親の目から、大粒の涙がこぼれていた。

 

「すまない、ナッツ。お前を一人にして、あんな真似をするほどに、辛い思いをさせてしまった……!!」

 

「あっ……!」

 

 その言葉で、少女は思い出す。父様が一度死んだ後、自ら死のうとした上に、殺して欲しいと悟飯に懇願した。あの時は悲し過ぎて、頭が回らなかったけど、もし父様や母様が、地獄からあれを見ていたとしたら、どんな思いを抱いただろうか。

 

「ごめんなさい!! 私、あの時はおかしくなってて!! ただ父様と母様に、また会いたいと思って……!!」 

 

 狼狽し、必死に謝罪する娘の身体を、父親はいっそう強く抱き締める。

 

「謝らなくて、いい。悪いのは、オレの方だ……」

 

「父様……」 

 

 それから親子はしばらくの間、無言で抱き合って、ただ互いの身体の温もりを感じていた。

 

 

 そんな彼らの姿を、少し距離を置いて、悟飯は見守っていた。ナッツに話し掛けたかったけど、今の彼らの邪魔をしてはいけないと思った。

 

「良かったね、ナッツ……」

 

 少年が呟く。するとその声に反応したかのように、父親が彼の方を見る。阿修羅のようなその表情に、嫌な予感がした悟飯は反射的に逃げようとするも、父親は娘を抱き上げたまま、瞬時に彼の前に移動していた。

 

 父親が空いた手で繰り出す拳を、少年は重ねた両手で受け止める。攻撃を止められた事に、父親が一瞬、意外そうな表情になるも、なおも怒りの形相で力を加え、悟飯を押し込んでいく。

 

「べ、ベジータさん、一体何を……!?」

 

 フリーザはもう死んだというのに、父親は怒りでぎりぎりと歯を食いしばり、血の涙でも流さんばかりの壮絶な顔をしていた。地獄の底から響くような声で、彼は言った。

 

「悟飯、貴様、オレの娘と公衆の面前で、よくも、よくもあんなハレンチな真似を……!!」

 

「してませんそんな事!? 誤解です!」

 

「とぼけるな! ナッツの尻尾が、お、男の身体に……! あんな、嫁入り前の娘が、大事に育ててきた娘が、見ず知らずの男と、あんな……!」

 

 見ず知らずじゃないですと叫びながら、悟飯は思い出す。確かに、ベジータさんが死んでしまって、泣いていたナッツを慰めた時、彼女の尻尾が腕に巻かれて。アンダースーツの上からでも、ふさふさしていて温かくて、気持ち良い感触だったのを、覚えてはいるけれど。

 

 あれって、そんなベジータさんが怒るような事だったの!? と目を白黒させる少年に、ナッツが助け舟を出す。

 

「父様、尻尾がどうかしたんですか? 私、父様にも同じ事を、いつもしているじゃないですか」

 

 不思議そうな顔で、そう言いながら、娘は尻尾を父親の腕に巻きつけた。サイヤ人にとって、誇りとも言える尻尾を相手に預けるそれは、最上級の愛情表現だ。彼らの間では、たとえ男女の仲になろうとも、お互いに尻尾は触らせないという関係も、決して珍しくはない。

 

「ナッツ、これは親や家族にする分にはいいが、それ以外の人間に、軽い気持ちでしていいものではないんだ」

 

 異性へのそれが何を意味するかについて、彼は娘に教えるつもりはない。そんなのは、まだ15年は早いと思っている。

 

「……軽い気持ちでしたわけじゃないです、父様」

 

 抱き上げられたまま、至近距離から彼の顔を見る、その時の娘の表情は、彼女の母親に、とてもよく似ていた。

 

 魂を抜かれたように、一瞬固まった父親の腕の中から、娘は飛び降りて、少年に近づく。父様の代わりに、ずっと傍にいると言ってくれた。今はまだ子供で、頼りにならなくても、父様の代わりになりたいと言ってくれた。

 

 それがとても、嬉しかったから。少女は顔を赤らめながら、戸惑う悟飯の腕に、再び尻尾を固く巻き付けて言った。

 

「悟飯、私、待ってるから」

 

「う、うん……」

 

 不意を打たれた少年が真っ赤になって俯いて、次の瞬間、ベジータがいきなり真後ろに倒れた。父親の身体に、娘が慌てて縋り付く。

 

「と、父様!? 大丈夫ですか!?」

 

 

 

 眼前で行われた不純異性交遊のショックで、父親は軽く意識を飛ばしながら、死んでいた間の事を思い出していた。一部始終は、ベジータ王が急遽金を集めて設置した、超大型の野外型プロジェクターを通して、地獄にも中継されていたのだ。

 

 裁くまでもないと即座に地獄に送られ、待っていたナッツの母親と再会した彼が見たものは、頭の上に輪を浮かべた大勢のサイヤ人達が、今にも死のうとしている彼の娘を見て、悲鳴を上げているところだった。

 

 当然、実の父親と母親の嘆きはそれどころではなく、限りなく空気が重くなっていたところに、戦闘服を着た少年が現れた。ナッツを思いとどまらせるべく、泣きながら彼女を必死に説得する姿は、観客だけでなく、父親すらも思わず応援してしまうほどのもので。

 

 そして地獄にいたサイヤ人のほぼ全員が見守る中、少女が熱に浮かされたような顔で、少年の腕に尻尾を固く巻き付けた瞬間、父親は泡を吹いて倒れ、彼らのどよめきは最高潮に達した。

 

 サイヤ人の大半は、娯楽と言えば酒や異性と付き合う事くらいしか知らず、映画や本といったフィクションの類には、縁も耐性も無かったのだ。粗野で凶暴ではあるものの、ある意味純情であるとすら言える彼らにとって、それはあまりに強い刺激だった。

 

 まじまじと呆けた顔で画面を眺める者、赤面して黙り込む者、「あいつオレの孫だからな!」と周囲に自慢する者、触発され見つめ合うカップルなど反応は様々だったが、いずれにしても大盛況で、皆がフリーザの事すら一時忘れて、映像の中の二人に向かって、惜しみない拍手と口笛と祝福の言葉を、雨のように投げかけていた。

 

 すぐに復活した父親は、娘の恥ずかしい姿を放送された事に腹を立て、不機嫌そうに悟飯を殺すと息巻いてはいたものの、大切な娘が死ぬのを止めてくれた事を、内心彼に感謝していた。

 

 そしてその後すぐに、当の少女が伝説の超サイヤ人に変身して、しかも大猿にまでなった事で、映像のジャンルは180度変化したが、彼らにとってはそっちの方がむしろ判り易く、観客たちのテンションは限界を超えて高まった。フリーザと戦う娘を、両親が最前列で声を枯らして応援し、観客たちも現世に届けとばかりに声を張り上げる。

 

 余談だが、サイヤ人達は地獄で刑罰として、主に強制労働を課せられていた。ツフル人に支配されていた頃を連想させるそれは、当然ながら大不評で、仕事といえば惑星の収奪くらいしかした事のない彼らを更生させるという目的は、全く達成されていない状態だったのだが。

 

 この日を境に、サイヤ人達が給金を手にいそいそと映像媒体や本などを買いに行く姿が見られるようになり、刑罰である強制労働にも真面目に励む者が増えて、閻魔大王達が首を傾げる事になるのだが、それはまた別の話だ。

 

 それはそれとして、ナッツが一度倒された時は、お通夜のような雰囲気になってしまったが、すぐに現れたカカロットが彼女を救助し、また凄まじい強さでフリーザと戦い始めてから、再び盛り上がりを見せる。

 

 最前列でナッパやラディッツやベジータ王と共に両親が絶叫し、「あいつオレの息子だからな!」と誰かが周囲に自慢する。そしてカカロットまでも倒されて、もう駄目かと皆が思った瞬間、どうやってか復活したナッツが駆けつけて、割れんばかりの大歓声が巻き起こって。

 

 それから、突然頭の上の輪が消えて、生き返れると、戻らなければならないと、わかった瞬間、隣にいたあいつと、いくつか言葉を交わして。そして気付けば、ナメック星に戻って来ていた。

 

 生き返って、また娘に会えるのは嬉しかったが、あまりにも急な別れだった。せめてもう少し、時間があれば良かったのだが。もっと話をしてやりたかったし、あいつの為に、何かしてやりたかった。そしてできるなら、ナッツとまた三人で、一緒に会えれば良かったのだが。

 

 そこまで思い出して、父親は目を開ける。娘が心配そうな顔で、上からこちらを覗き込んで来ている。頭に当たる、温かい感触。膝枕をされているのだと、すぐに理解した。

 

「大丈夫ですか、父様?」

 

 夜のような、黒い瞳、本当に、母親とそっくりだと思った。

 

「ああ、心配ない。久々に会った、あいつの事を思い出していたところだ」

 

「父様は、母様と会えたんですか!? か、母様は、お元気でしたか!?」

 

 生まれつきの病気に侵され、具合が悪い時は、起き上がるのも難しかった母親の姿を、ナッツは思い出す。地獄という所でも、苦しんでいなければいいのだけど。

 

「ああ……おかしな表現だが、元気にしていたぞ。あの世までは、病気も付いて来なかったらしい」

 

「そうですか……良かった……!」

 

 安堵する娘の姿に、父親も小さく笑って続ける。

 

「あいつの他にも、ナッパやラディッツも、オレの父親も、カカロットの両親も、他のサイヤ人も大勢いて、皆でお前の戦いを見ていた。立派になったと言っていたぞ」

 

「母様……」

 

 ナッツは俯いてしまう。とても嬉しいと思ったけど、その言葉は、できる事なら、母様から直接聞きたかった。

 

 自分ひとりの力では無いとはいえ、あの宇宙の帝王であるフリーザを倒して、仇を取ったのだ。その上伝説の超サイヤ人にまでなれたのだから、きっと凄く、褒めてくれるに違いなかった。

 

 けど、母様に会えるのは、いつか自分が死んだ時で、それはまだ何十年も先の話だ。まだたった5歳の少女には、それはまるで無限のように、遠い時間に思えた。

 

『どうした? 三つ目の願いを言うがいい』

 

 ポルンガが、空気を読まず話し掛けてくる。

 

(……もう一度だけ、母様に会いたい)

 

 心の中で、ぽつりと呟く。どうせ声に出したところで、ナメック星人に通訳してもらわなければ、願いは叶わないのだ。

 

 あのナメック星人の子供に頼めば、通訳くらいしてくれるだろうけど。どうしてドラゴンボールが復活したのかも、判らないというのに、勝手に自分の願いを叶えるほど、彼女は自分勝手ではなかった。

 

(……それに、私、理性を失った時とか、フリーザと戦った時に、ナメック星をかなり壊しちゃったし……残った願いは、その復興に使うべきなんじゃないかしら……)

 

 戦いの余波で、すっかり荒れ果てた周囲の風景を眺めながら、少女はそんな事を考えていた。




とりあえず書き上がった分を。残りは近いうちに投稿します。
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