あるサイヤ人の少女の物語   作:黒木氏

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最終話.彼女が願いを叶える話(後編)

 時間は少し遡る。ナッツがフリーザを倒した、その直後。

 

 フリーザに壊された住居の中で、最長老は、自身が生きている事に困惑していた。

 

「これは……な、なぜ私が、現世に……?」

 

 戸惑う最長老の心に、念話が聞こえた。

 

(……最長老よ、聞こえるか。わしは北銀河の界王だ)

 

「界王様……?」

 

 遥か昔、ナメック星が異常気象に見舞われる前、神々の元で銀河を総べる存在がいると、大人達から聞いた事があった。

 

(詳しく説明したいところじゃが、あまり時間がない。構わんから、わしの記憶を読んでくれんか?)

 

「で、では、失礼いたします……」

 

 そして最長老は、自身が生き返るまでの経緯を知る。自分がボールを託した者達が、無事に願いを叶えた事。地球のドラゴンボールで、フリーザ達に殺された全ての者を生き返らせた事。そしてフリーザを、あのサイヤ人の娘が倒した事。

 

「な、何と……! こんな事が……!」

 

 最長老は驚きながらも、恐る恐る、確認する。一番最初に生んだ、もう殺されてしまったはずの子供に、念話で話し掛ける。

 

(ムーリよ、そなた、生きておるのか……?)

 

 

 遠く離れた村で、突然の復活と、暗くなった空に戸惑っていたムーリ長老、フリーザ達のスカウターを壊し、悟飯とクリリンの前で殺された長老が、はっと顔を上げる。

 

「は、はい! 最長老様! 私は生きております!」

 

 同じく戸惑っていた他のナメック星人達も、その言葉を聞いて顔を明るくする。

 

「長老! 最長老様もご無事なのですか!?」

 

「良かった! 生きておられたのですね! 最長老様!」

 

 そしてその喜びの声は、瞬く間に星中へと広がっていった。

 

 

(最長老様!)

(最長老様!)

 

「おお……おお……!!」

 

 子供達の声を聞き、また一人一人に呼びかけながら、最長老のしわくちゃの顔が涙に濡れる。自分を除く114名のナメック星人、その全員の、命の気配が感じられた。

 

「まさか、まさかこんな事が……!!!」 

 

 フリーザ達の手で、子供達のほとんどを殺されて、悲しみの中で寿命を迎えた最長老は、再び寿命が迫る気配を感じながらも、その長い生涯の中で、最も幸福な気分に浸っていた。

 

「……しかし、ネイルは……」

 

 喜びに包まれていた最長老の表情が、そこで曇ってしまう。戦闘タイプであるとはいえ、フリーザの足止めという過酷な役目を命じてしまった。酷く痛めつけられ、それでも何度も挑み続ける姿を、ただ見ている事しかできなかった。ネイルの奮戦がなければ、あの地球人達の願いが、叶う事は無かっただろう。

 

 できる事なら、済まなかったと謝って、その労をねぎらってやりたかったのだが。界王様の記憶によると、瀕死のネイルは、再びフリーザと戦う為に、生き返ったカタッツの子の、悪の方の片割れが遺した子供と、融合したらしい。ならばもう既に、ネイルの人格は残っていないだろう。

 

「お前が最長老か」

 

 最長老が、はっと顔を上げると、目の前に、見た事の無いナメック星人が立っていた。ネイルにそっくりな、その容貌と、わずかに感じる、悪の気配。どうしてここに。自分に会いに来たのだろうか。

 

「はい。確かあなたは、ピッコロ、と……」

 

 その名前を口にした瞬間、最長老は、言葉を詰まらせる。ピッコロとはナメック語で、違う世界、という意味だ。そんな言葉を、自ら名乗るなど。地球では誰一人、仲間がいなかったのか。孤独と寂しさの中で、地球の者達を羨んで、悪に染まってしまったのか。

 

 その目に涙を浮かべながら、最長老は、自らの子供にするように、優しい声でピッコロに言った。

 

「ピッコロよ。よくぞ、このナメック星に来てくれました。あなたは、地球で生まれたそうですが、それでもこの星は、あなたの故郷です。他のナメック星人達も、きっとあなたの事を歓迎してくれるでしょう」

 

 だからもう、あなたは一人ではないのだと、その温かい気持ちが、ピッコロの心に染み渡っていく。この年老いたナメック星人は、自分のために泣いてくれるのか。そんな事をしてくれたのは、今まで悟飯だけだった。

 

 ピッコロ自身は最長老の事を知らなかったが、ここに来なければならないという衝動に従ったのは、間違いではなかった。胸の奥に、自分のものではない感情が、込み上げてきて、混ざり合う。気付けば、自然と言葉が出ていた。

 

 

「最長老様……ただいま、戻りました」

 

 

 最長老は、己の耳を疑った。融合すれば人格は失われるはずだが、それでも今目の前にいるのは、確かにネイルだった。

 

 気付けば、その頭に手を置いていて。懺悔するように、震える声で言った。

 

「ネイルよ、酷い目に遭わせてしまって、本当にすまなかった……!!」

 

 その言葉を聞いたピッコロの胸にも、熱いものが込み上げていた。己のものでない記憶と感情を、決して不快とは思わなかった。

 

「泣かないでください、最長老様。戦闘タイプとして、悪との戦いに役立てた事は本望です。それに私はこの者の中で、これからも生き続けます」

 

「ありがとう。ネイルよ、よくやってくれた……」

 

 目を閉じた最長老の心には、今も子供達の歓声が聞こえている。まるで彼らに見守られているかのように。

 

 寿命がそれほど残っていないと、判っていたが、もう何も、思い残す事はなかった。子供達に囲まれて、故郷であるナメック星で死ねるのだから。

 

 

 話が終わるのを見守っていた界王が、再び最長老に念話で語りかける。

 

(実はお主に、残った願いの使い道を決めて欲しいのだ)

 

 界王は説明する。全員を地球に避難させるという当初の願いは、フリーザが倒された事で不要になってしまった。残った願いで、界王星にいる誰か一人を先に生き返らせるという事も考えたが、彼らとも相談した結果、今回の件で一番の被害者である最長老に、願いを託そうという事になったのだ。寿命を前にして、戦闘で荒れ果てた星の復興など、叶えたい願いはいくらでもあるだろう。

 

「願い、ですか……」

 

 最長老は、困惑してしまう。確かにざっと確認したところ、ナメック星の一部は、戦闘でかなり大きな被害を受けている。復興させたいとは思いはあるが、しかしそれを、ドラゴンボールで叶えようとは思っていないのだ。 

 

 幼い頃、一人ナメック星で生き残った最長老は、疑問に思っていた。どうして大人達は、異常気象を止める為に、ドラゴンボールを使わなかったのかと。死者をも生き返らせる力を持つのだから、一つの星の気象くらい、どうにでもできたはずだ。

 

 仮にポルンガの力を超えるほどの規模だったとしても、それこそ界王様がしようとしていたように、一時的に全員を、他の星に避難させてしまえばいい。そしてその程度の事を、当時の長老達が、思いついていなかったはずがない。

 

 疑問の答えは、長じて自分でドラゴンボールを作った時に、理解できた。星の復興だろうと、異常気象で死んだ皆を生き返らせる事だろうと、何でも願いを叶える力は、あまりに魅力的で、それゆえに危険だった。

 

 人の欲望には、限りがない。ナメック星人は、水と陽の光だけで生存できるため、欲というものをあまり持たない種族だが、それでもスラッグのように、悪に染まってしまう者が、いなかったわけではないのだ。

 

 たとえ非常事態だろうと、一度でも自分達のために使ってしまえば、そのままずるずると、歯止めが利かなくなってしまうだろう。過去のナメック星人達も、それを理解していたから、たとえ自分達が全滅しようとも、あえてドラゴンボールを使わなかったのだ。

 

 しかしそれは、滅ぶことをよしとしたわけではなく。彼らは最長老を生き残らせ、少数の者を宇宙船で脱出させるなど、自らの力でできる事を、精一杯行い、未来に向けての手を尽くしたのだ。そしてそのおかげで、今のナメック星がある。最長老も、彼らの事を見習いたいと思っていた。

 

 幼い頃に見た、緑豊かなナメック星の復興。悲願であるそれは、ドラゴンボールに願うまでもなく、自分の子供達やその子孫達が、いつか必ず叶えてくれるだろう。

 

 

 では残った願いを、誰に使ってもらうべきか。そう考えた最長老の脳裏に、一人の少女の姿が浮かぶ。

 

(……そういえば、あの娘は今、どうしているだろうか)

 

 ナッツという、幼いサイヤ人の娘。ひょんな事から、ツーノの村を救い、そして動けない自分の代わりにフリーザと戦うと言って、その言葉を違えず、ついにフリーザを倒した超サイヤ人。

 

 哀れな子供だと、初めて会った時から、思っていた。フリーザへの復讐を語っていたが、あの娘の本当の、心からの望みは、そんなものではない。記憶を読むまでもなく、最長老には、その事が理解できていた。 

 

 そして彼女の事を想った最長老の心に、聞き覚えのある声が響いた。

 

(……もう一度だけ、母様に会いたい)

 

「!!」

 

 それは念話ではなく、心の中での、ほんの小さな呟きだったけれど。親である最長老は、その悲しげな声を聞き逃さなかった。

 

 そして母親に会いたいと、これだけ強く思いながら、ナッツが願いを叶えようとしない事を、最長老はもどかしく思った。元よりドラゴンボールは彼らに託しているし、ポルンガに通訳をできる者も、近くにいるというのに。 

 

 あなたの願いを叶えなさいと、最長老が念話で語り掛けようとした瞬間、再び少女の声が聞こえた。

 

(……それに、私、理性を失った時とか、フリーザと戦った時に、ナメック星をかなり壊しちゃったし……残った願いは、その復興に使うべきなんじゃないかしら……)

 

 最長老は、大きくため息をついた。彼女がした程度の破壊など、星全体が滅茶苦茶になったあの異常気象と比べれば、全く大した事ではなかった。

 

(子供が遠慮など、するべきではないというのに)

 

 再び寿命が来る前に、彼女の願いを、何としてでも叶えてやりたいと思ったが。この分だと、たとえ正面から伝えても、断られてしまう可能性があった。断られないよう、伝え方を、工夫する必要がある。素直だった自分の子供達と違って、手間が掛かるものだと、最長老は小さく微笑んだ。

 

 残った時間は、子供達と話す為に使うつもりだったが、せっかくだから、同時にやってしまおうと、最長老は、ナメック星にいる者全てに向けて、念話を飛ばす。

 

(ナメック星の皆よ、この星に何があったのかを、今から説明しよう……)

 

 そして最長老は、これまでの経緯について、語り始めた。その内容は、あるサイヤ人の少女を中心にしたものだった。

 

 

 

 

 太陽の見えない、暗い空の下で。

 

 ナメック星人の子供から、悟空と共に治療を受けていたナッツは、突然聞こえた最長老の声に驚いていた。

 

「さ、最長老!? 寿命で死んだはずじゃなかったの!?」

 

(この声は、勇者様!)

 

(力の試練を乗り越えた、あの娘の声だ!)

 

 少女が思わず上げた声に応じるように、聞き覚えのある声が心に響く。周囲にいる悟飯達にも、その声は聞こえているようだった。どうやら最長老の力で、遠くにいるナメック星人達とも、会話ができる状態らしい。

 

 最長老の説明は続く。ナッツがフリーザの手下に襲われていた村を助け、力の試練を乗り越えて、ツーノ長老からボールを託された事。最長老の元を訪れ、悪でありながら、母親を殺したフリーザと戦うと誓い、力を求めた事。

 

 話が進むと共に、ナメック星人達の間にどよめきが走る。話の中の少女はまるで、星の危機を救うべく現れた勇者のようだった。実際に先ほど、ツーノ長老の村の者も、彼女の事を、そう呼んでいた。 

 

「オレの娘だからな!」と自慢する父親の声を聞きながら、ナッツは最長老の話の内容に、顔を赤らめていた。

 

(ちょっとこれ、話が盛られてるんじゃないの……? 私、ここまで格好良い事してないわよ……!?)

 

 そう思っているのは、本人のみで、最長老はあくまで、事実のみを語っていた。そして彼女が父親や仲間達と力を合わせて戦い、力及ばず倒れながらも、助けた村の子供に救われ、ついにフリーザを倒した下りで、大歓声が巻き起こる。

 

(皆が蘇り、そしてこのナメック星が救われたのは、そういう経緯だ……)

 

 最長老の話を聞き終えたナメック星人達は、喜びのまま、次々に声を上げる。

 

(ありがとうございます! 勇者様! あのフリーザを、よくぞ倒してくれました!)

 

(ナメック星の恩人に感謝を!)

 

(あなたにボールを託したのは、間違いではなかった!)

 

 降り注ぐ無数の感謝の言葉に、思わず頬を緩めてしまいながらも、少女は叫ぶ。

 

「ちょっと待って! 私だけでフリーザと戦ったわけじゃないわ! 父様もカカロットも、悟飯もピッコロも、クリリンだっていたんだから! 一人だけで戦ってたら、絶対に勝てなかったわ!」

 

 ナッツの言葉に、ナメック星人達は感嘆の声を漏らす。

 

(流石は勇者様……)

 

(なんと奥ゆかしい……!)

 

 そこで最長老が、重々しく告げる。

 

(子供達よ。私はこのサイヤ人の娘を、ナメック星の勇者と認め、ドラゴンボールの残った願いを託そうと思うが、構わないだろうか?)

 

 一斉に、星全体から賛同の声が響いた。

 

(そういうわけです、勇者よ。遠慮などせず、あなたの願いを叶えなさい。母親にまた、会いたいのでしょう?)

 

 その声に、どこか楽しむような響きが含まれている事を、ナッツは感じ取っていた。願いを叶えて良いというのは、とても嬉しかったけど。心の中で大歓声を聞きながら、少女は複雑そうな顔で言った。

 

「最長老、悪である私に手を貸すのを渋ってた癖に、どういう風の吹き回しよ」

 

(私はあなたのした事を、ありのままに語ったに過ぎません。たとえ悪であろうと、あなたは自分で思っている以上に、正しい事をなさいました。それに……)

 

「それに?」

 

(もし仮にあなたがいなければ、フリーザは倒されても、ナメック星は滅んでしまったような気がするのです……今頭に浮かんだ、直感のようなもので、確証はありませんが……)

 

 あるいはこの時、最長老は、ナッツが存在しない、あるいはナメック星を訪れなかった、他の歴史を垣間見ていたのかもしれない。そして戦いの最中、フリーザが星を壊そうとするのを、身体を張って食い止めた少女は、照れ隠しのように言った。

 

「そんな事、あるはずないじゃない。私が星を滅ぼす事はあっても、その逆は無いわ」

 

 何だか上手く乗せられたような気がするけれど、決して不快ではなかった。少女は、花が咲くかのように微笑んで言った。

 

「ありがとう、最長老。そしてナメック星の皆。願いは遠慮なく、使わせてもらうわ」

 

 ナメック星人達が、思い思いに祝福の言葉を投げ掛ける中、最長老も、満足そうな顔で笑った。

 

(これでもう、思い残す事はありません。願わくば、現世を離れねばならない私の代わりに、このナメック星に永遠の平和を……)

 

 星全体に向けられた、まるで遺言のようなその言葉に、少女は頷いた。

 

「永遠は無理だけど、私が生きている間は、守ってあげる」

 

(おおっ! 勇者様!)

 

(勇者様万歳! 最長老万歳!)

 

(私達と勇者様とで、このナメック星に、永遠の平和を!)

 

 割れんばかりの歓声の中、照れくさそうに笑うナッツ。

 

 この後、ブルマが持ち込んだ地球への通信装置が、ナメック星に残される事になり、今後も様々な災厄から、彼女はこの星を救う事になる。そして遠い将来、豊かな自然を取り戻したナメック星に、悪でありながらも正しい事を為した超サイヤ人の伝説が、長く語られる事になるのだが、それはまた別の話だ。

 

 

 

 そして光り輝くポルンガを見上げながら、ナッツは父親に言った。

 

「父様、私も地獄へ行ってみたいです。父様と一緒に」

 

 ドラゴンボールに願うのなら、母様をこの場に呼ぶ事も、おそらくはできるのだろうけど。母様の他にも、父様が会って来たという、ナッパやラディッツや、お爺様や、カカロットの両親、そして他の大勢のサイヤ人達にも、会ってみたいと思ったのだ。

 

「わかった。いつでもいいぞ、ナッツ」

 

 少女は小さな胸の鼓動が、期待に高まるのを感じていた。とうとう母様と、また会えるのだ。母様が死んでしまってから、今までの出来事が、次々と心に浮かんでくる。

 

 少しでも戦闘力を高めるべく、がむしゃらに訓練と実戦を繰り返した事。地球で悟飯達と出会って戦った事。ナメック星人の子供を助けた事。ザーボンに捕まって脱走した事。ブルマ達と合流してボールを揃えた事。最長老に力を引き出してもらった事。ギニュー特戦隊と戦った事。父様が死んでしまった時、悟飯が元気づけてくれた事。

 

 そして最後のフリーザとの戦闘を含めて、本当にギリギリの、綱渡りの連続だった。思い返すと、どれ一つ欠けても、この結末には辿り着けなかっただろう。

 

「……苦労、しましたね」

 

「……そうだな。だがお前が頑張ったおかげで、オレ達はここにいる」

 

「父様が私を、助けてくれたおかげです」

 

 母様が死んだ時、もし父様がいてくれなければ、きっと私は、その場でおかしくなっていただろう。その後も、未熟な私を鍛え上げて、ずっと傍にいて、守ってくれたのだ。フリーザとの戦闘だって、怯えてばかりだった私と違い、父様は最後まで恐れず戦っていた。

 

 生まれてから今までずっと、父様は私の事を愛してくれた。だから私も、父様の事を愛している。

 

「今まで、ありがとうございます。二人で、また母様に会いに行きましょう? 父様」

 

「ああ。……お前はオレの、自慢の娘だ」

 

 言って父親は、優しい顔で娘の頭を撫でた。気持ち良さそうに、娘が目を細める。

 

 

 そしてナッツは、悟飯達の方を振り返った。ピッコロはどこかへ行ってしまっていたが、一緒に戦った、悟飯とカカロットと、クリリンがそこにいた。

 

 父様だけでなく、彼らもいてくれなければ、ここまで来れなかったのだ。心のままに、少女はこぼれるような笑顔で、感謝の言葉を告げる。

 

「皆、本当にありがとう。あなた達のおかげで、私も父様も、今とても、嬉しくて幸せなの」

 

 その笑顔に、悟飯は心が温かくなるのを感じて、そうして何故か自分まで、嬉しくて泣きそうになってしまった。

 

「ナッツ、その、おめでとう……。君が今、幸せそうで、本当に良かった」

 

 少女は彼のその優しさに、無性に心惹かれるのを感じた。反射的に腰から解けた尻尾を伸ばそうとしたが、父親の咳払いを耳にして、慌てて引っ込める。父様の見ている前では、止めておこうと思った。その代わりに、悟飯の両手を強く握る。

 

「悟飯、あなたには本当に、どれだけ感謝しても足りないわ。私が本当に辛い時、傍にいてくれたんだもの。あなたは私の最初で、そして一番の友達よ。これからも、ずっとよろしくね」

 

「うん! もちろんだよ、ナッツ」

 

 その返事に、ナッツの方も嬉しくなってしまう。これが終わったら、地球に住まわせてくれると、ブルマが言っていた。という事は、会いたくなった時に、悟飯といつでも会えるのだ。任務の関係で、住む星を転々としてきた彼女の感覚では、同じ星に住むのは、家が隣同士のようなものだった。

 

「地球で落ち着いたら、あなたの家に遊びに行くわ。また戦ったり遊んだり、話をしたり、おいしい物を食べたりしましょう? それで、たまには勉強なんかも、教えてね?」

 

 少年にとっても、ナッツは生まれて初めての、大切な友達だった。戦うのはあまり好きではないけれど、それで彼女が喜んでくれるのなら、付き合ってあげたいと思ったし、この子と一緒なら、きっと何をしても、楽しいだろうなと思った。

 

「いつでもいいよ。楽しみにしてるから」

 

 微笑む悟飯の後ろから、彼の父親が声を掛ける。

 

「ナッツ、うちに来る時は チチの料理も食ってくといいぞ。あいつの料理は、地球で一番うめえからな」

 

「地球で一番なの!?」

 

 一体どれだけおいしいのかと、思わず一瞬目の色を変えた少女が、気を取り直して、礼儀正しく頭を下げる。

 

「カカロット、あなたにも感謝してるわ。ギニュー隊長から助けてもらったし、あなたがいてくれなければ、フリーザは倒せなかった」

 

「オラ、別に大した事はしてねえぞ。オラの方こそ、父ちゃんと母ちゃんの仇を取ってくれて、感謝してえくらいだしな……そうだ!」

 

 そこで悟空は、明るく笑って言った。

 

「ナッツ。後でおめえと戦わせてくれよ。超サイヤ人って奴になるためのコツも聞きてえし」

 

 超サイヤ人に必要な条件は、穏やかな心と激しい怒りだ。きっとそれは、私達よりも、カカロットの方が向いているはずだけど。

 

「それはもちろん、望むところよ。コツだって隠さず教えてあげる。けど、先に超サイヤ人になるのは、きっと私の父様よ」

 

 少女の言葉に、父親も自慢げに胸を張る。 

 

「そうだな。何せオレは、既に一度、超サイヤ人の力に目覚めた事があるからな。カカロット、残念だが今回は、貴様に負けるつもりはないぞ?」

 

 悟空はそれを聞いて、いっそう楽しそうな笑みを浮かべた。競い合って強くなる相手がいる事は、彼にとっての喜びだった。

 

「じゃあ、どちらが先に超サイヤ人になれるか、競争でもすっか!」

 

「望む所だ、カカロット!」

 

 そしてこちらもどこか嬉しそうな父親の姿を、娘はとても、幸せな気持ちで見つめていた。

 

 余談だが、この後超サイヤ人への変身を維持できるようになったのは、ベジータの方が先だった。彼はその日は悟空をボコボコにして高笑いしていたが、その翌日、悟空がしれっと金髪になって来たのを見て、わなわなと拳を震わせながらも、ライバルと認めた相手がすぐさま自分に追い付いてきた事を、内心誇らしく思っていたのは、また別の話だ。

 

「あと、地獄へ行くなら、オラの父ちゃんと母ちゃんにも、よろしく言っておいてくれ」

 

「……カカロットは、お父様とお母様に、会いに行かなくていいの?」

 

 もちろん悟空も、両親に会いたかったし、死なせてしまったラディッツも一緒に、改めて親子で話をしたかったけど。彼は占いババの力で、あの世の祖父と再会できた事を思い出す。今回もそれで何とかなると、確信にも似た直感があった。

 

 そして実際、その直感は正しかった。罪の無い人間を殺し過ぎたナッツではなく、善行を積み重ねてきた悟空が自身の家族に会いたいと望むのなら、地獄の悪人だろうと、現世に呼ぶ事は可能だった。

 

「オラには別の方法で、会えるあてがあるんだ。それにいくら神龍だからって、そう何人もあの世に送るのは無理なんじゃねえかな?」

 

「そ、そうなの……?」

 

 少女はその言葉に、戸惑ってしまうが、ピッコロ大魔王やサイヤ人を倒せなかった神龍の力に限界がある事を、悟空はよく理解していた。

 

「ナッツの願いが叶うかどうか、神龍に確認してみてくれねえか?」

 

「は、はい……」

 

 声を掛けられたナメック星人の子供が、ポルンガに確認すると、すぐに返事が帰って来た。

 

『その願いは叶える事ができる。ただし、一度に行けるのは2人、滞在時間は1日までだ。それ以上は、私の力を超えている』

 

「だってよ。だからオラはいいや。ベジータと二人で行ってこいよ」

 

「わかったわ。カカロットがとても強くて立派になってたって、あなたのご両親に、伝えてきてあげる」

 

「ありがとな。それとさ……」

 

 言いにくそうに、悟空は口ごもる。その珍しい様子に、ナッツは首を傾げた。

 

「どうしたの? カカロット」

 

「……ラディッツ、オラの兄ちゃんにも、死なせちゃって悪かったって、言っておいてくれねえかな?」

 

 ナッツはそれで、理解する。確かにそれは、ちょっとばかり気まずいだろう。ラディッツは強情な所があったから、きっと今頃、地獄で彼を恨んでいるかもしれない。

 

 けど、同じ親から生まれた兄弟なのだから、いつまでも喧嘩しているなんて良くない事だ。ご両親だって、きっと悲しんでいるだろう。

 

「いいわよ。ラディッツの事も、私に任せておいて。あなたと仲直りできるよう、私が取り持ってあげるから……っ!?」

 

 わしゃわしゃと、悟空は思わず少女の頭を、力強く撫でていた。  

 

「な、何するの!?」

 

 目を白黒させる少女に向けて、悟空は満面の笑みを見せていた。

 

「おめえ、本当に良い子だな、ナッツ。兄ちゃんの事も、よろしく頼んだぞ」

 

 

 

 それからナッツは、残ったクリリンの方を見た。

 

「あー、何というか、その、良かったな。ナッツ」

 

 彼の姿は、未だ彼女との距離を、測りかねているかのように見えた。一方ナッツの方は、戦いに向いているとは、お世辞にも言えない地球人のクリリンが、戦闘力に何千倍もの差があるフリーザから、逃げずに勇敢に戦って、一定の貢献まで果たした事に、敬意のようなものを覚えていた。

 

 強敵相手だろうと、臆せず戦いに挑む事は、まさに彼女達サイヤ人が、美徳とする行いだからだ。

 

「ええ。ありがとう、クリリン。あなたはきっと地球人の中で、一番の戦士よ」

 

 にっこりと笑うナッツ。それが彼女にとって、最高の褒め言葉である事は、その雰囲気でわかった。

 

 少女が持つ悪の気は、まだ健在だけれども、クリリンはそれを恐ろしいとは、もう思えなくなっていた。これまでの事や、最長老、悟飯に悟空とのやり取りを見て、彼女という人間を、少し理解できたような気がした。

 

 ナッツは凶悪で冷酷なサイヤ人で、そして親想いで、身内と認めた人間には、とても優しい子供なのだ。

 

「早く行ってこいよ。きっとお袋さんも、お前の事を待っててくれてるはずだからさ」

 

「ええ、そうさせてもらうわ」

 

(フン、そのまま帰って来なくてもいいぞ。悟飯の事はオレに任せろ)

 

「ピッコロさん!?」

 

 唐突に攻撃的な念話を送ってきたピッコロに、ナッツはどこか、親近感を覚えていた。ぶっきらぼうだけど、この人もきっと、悟飯の事が大好きなのだと思った。

 

「駄目よ。大事な尻尾を切るような奴に、悟飯を任せておけないわ」

 

(くっ……! あ、あれは、サイヤ人がそんなに尻尾を大事にしていると、知らなかっただけだ!)

 

 念話でも判る悔しげな反応に、少女はくすりと笑う。

 

「私は純血のサイヤ人で、悟飯と半分、同じ種族なんだから。ナメック星人のあなたよりは、彼の事について詳しいわ」

 

(ぐぬぬ……!)

 

「教えておいてあげる。尻尾を切られると死ぬほど痛いし、次にいつ生えてくるか判らないのよ?」

 

 嗜虐的な顔でそう言ったナッツの肩に、悟飯が手を置いた。

 

「駄目だよ、ナッツ。ピッコロさんをいじめないで」

 

 真剣な顔で見つめられて、少女はたじろいでしまう。

 

「い、いじめるとか、そんなつもりじゃなかったのよ?」

 

「仲良くしてくれると、嬉しいな。ボクにとっては、二人とも大事な人だから」

 

 しゅんとなったナッツは、その場で深々と頭を下げて謝罪した。

 

「……ごめんなさい」

 

(……サイヤ人、これからは、あまり調子に乗るんじゃないぞ)

 

 ピッコロはまだ言い返し足りなかったが、彼女のように、悟飯に怒られるのが怖かったので、それで手打ちにする事にした。

 

 

 

 最後に、少女はナメック星人の子供を見て言った。

 

「私の言葉をナメック語に直して、あの龍に伝えてくれる?」

 

「はい、勇者様! 喜んで!」

 

 そしてナッツは、光り輝くポルンガを見上げて、ゆっくりと、自らの願いを口にした。

 

「私を地獄に連れて行って、母様に会わせて。父様も一緒によ」

 

 望むのは、それだけだった。ナメック星人の子供が、その言葉を翻訳する。

 

『了解した。ではその娘と父親を、1日だけ、地獄にいる母親の元へ移動させる』 

 

 次の瞬間、ナッツとベジータの姿が、その場から消失した。

 

 それを見守っていた全員が、彼らの幸せを祈っていた。

 

 

 

 

 地獄へと転移したナッツ達の前に、彼女の母親が立っていた。

 

 少女と揃いの、黒い戦闘服に、ボリュームのある長い髪。今のナッツを、そのまま大人にしたような外見だったが、儚げで、少し陰のある雰囲気を纏っていた。

 

 3年前に死に別れた時の母様と、全く同じ姿だった。

 

「あ……あ……」

 

 そこにいる事が、まだ信じられなくて、ふらふらと、少女は足を前に進める。母様に、ずっと会いたかった。一人で星を全滅させた私を、立派になったと、あの日からずっと、褒めて欲しかった。

 

「……ナッツ!!!」

 

 母親が、娘の方へと走り出す。それを見た娘も駆けだして、瞬く間に、二人の距離がゼロになる。

 

「母様……母様あああああ!!!!!!」

 

 強く抱き締めてくれた、その身体は、確かに温かかった。綺麗な顔を歪めて、私を見て、ぼろぼろと涙をこぼしていた。どちらからともなく、互いの尻尾を、強く絡め合う。

 

「母様!! わたしっ、一人で、ほしをっ! 大して……強い、せんしも、いなくて、ぶじに、けがもなく……っ!!」

 

「よく、頑張って……っ! ナッツ、あなたは、とても、りっぱで……わたしの、わたしのっ!!」

 

 嬉しさで溢れ出す涙で、溺れてしまいそうだった。縋り付いて叫ぶ私に、母様も頷きながら、涙でくしゃくしゃの声で返事を返してくれた。ようやく母様に、任務の成功を報告して、褒めてもらう事ができたのだと、その事実が何よりも嬉しかった。

 

 母様の言葉は、3年前に聞けなかった言葉だった。ずっと聞きたかった言葉だった。幸せすぎて、一生このままでいたいと思った。

 

 涙に顔を濡らした少女が、母親の腕の中で目を閉じる。その身体の温もりが、ひび割れた少女の心に、優しく心地良く染み渡っていく。

 

 母様を失ってから、今まで感じた悲しい思いの全てが、この瞬間、全て喜びへと変わって、一度に押し寄せたかのようだった。

 

「……母様」

 

「なぁに、ナッツ」

 

 幼子のような顔で、まだ母親が生きていた頃と同じ顔で、娘は微笑んだ。

 

 

 

 わたし、いまとても、しあわせです

 

 

 

「……っ!!」

 

 娘の懐かしい笑顔に、母親は、雷に打たれたように身体を震わせて、再び涙を流した。

 

「……ナッツ、あなたを置いて行ってしまって、本当に、ごめんなさい」

 

「大丈夫です。母様、私、フリーザを倒したんですよ。……私一人の力じゃないですけど、それでもあの日より、ずっと強くなって、友達もできたんです」

 

 母親を安心させるかのように、娘は落ち着いた声で言った。そこで彼女は、腕の中の娘が、3年前に別れた時よりも、ずっと大きく成長している事に気付く。背丈だけではなく、元から早熟気味だった、その内面もさらに大人びていた。

 

「ナッツ、あなたは、とても立派に成長したわ。私とお父様の、自慢の娘よ」

 

 母親は愛しい娘を、いっそう強く抱き締める。その上からさらに父親が、娘ごと二人を抱き締めた。

 

 再会し、寄り添い合う親子三人に、それ以上の言葉はいらなかった。

 

 

 

 

 母親を亡くした少女が、父親と共に仇を取り、また母親と再会した。

 

 あるサイヤ人の少女の物語の、その結末がここにあった。




True End "彼女が願いを叶える話"


 当初予定していた本編は、これで一応完結しました。この後はエピローグで地獄の話とか、ナッツが地球に戻ってからの話とか、フリーザ様達の話とかやります。

 それが終わったら、しばらく休んで話を考えてから、セル編行こうと思います。感想欄の方でも書きましたが、ナメック星編ほど長くはならず、ややダイジェスト気味になる予定です。

 
 それと評価、感想、お気に入り、誤字報告などありがとうございました。

 高評価をもらってランキングに載るのも、感想で面白かったと言ってもらえるのも嬉しくて励みになってたんですけど、今回はお気に入りが1000件を超えたのが色々衝撃的でした。

 ヒャッハー! お気に入り1000件だー! 食料もたっぷり持ってやがったぜ! って作者の中のモヒカン共が大はしゃぎしてました。何ですか食料って。

 ベジータに前妻がいたり悪い主人公が原作キャラを容赦なくボコったりする、お世辞にも万人向けとは言えないこの物語を気に入ってくれた方がこんなにいてくれた事が本当に嬉しいです。

 一応完結を迎えて、今後は更新ペースがややのんびりになるかもしれませんが、次の話を気長にお待ちくださいませ。

 

【悟飯とナッツについて】

 ラブコメ見たいという感想が多かったり、二人で食事したり戦闘服着たりする回が評価高かったりしたのですが、実は当初の予定では、ここまで仲の良い感じではなかったのです。ナッツは今より悪い感じで尻尾を切られた事を根に持ってたりで、悟飯の方も怖がってナッツをさん付けで呼んでました。

 けどサイヤ人編の5話を書いてた頃に、もっと長くした方が良いという感想を頂きまして、二人の会話を加筆してたら筆が乗って一気に雰囲気変わった感じですね。とうとうオリキャラ×悟飯のタグまで追加する事になりました。

 作者としても、今の関係の方が書いてて楽しいので、今後も色々やっていきたいと思います。セル編には精神と時の部屋で急成長とかブチ切れ悟飯に夢中のナッツとか、描きたいシーンが結構あるので楽しみなのです。


【最長老】

Q.最終話なのに最長老推し強過ぎじゃね?
A.最長老が可哀想だよねぇ……! と作者の中の刃皇関がぼろぼろ泣いた結果です。 

 異常気象でただ一人生き残って、荒れ果てた故郷を子供達と数百年掛けて復興したら、寿命間際でやってきた悪党に子供全員殺されて復興させた星も吹っ飛ばされるって悲惨ってレベルじゃないと思うのです……。

 原作では界王様の機転で子供達の大半は復活できましたけど、それでも「ナメック星人に永遠の平和を……」って遺言には最長老の無念を感じました。そこは「ナメック星に永遠の平和を」って言いたかっただろうなと。なので言ってもらいました。

 過去のナメック星人達が異常気象に対してドラゴンボールを使わなかった理由は、作者の想像です。運悪く作った人がいきなり死んでしまったり、ボール自体が壊れたりして使えなかった可能性もあると思います。あるいは大穴で、実はナメック星が滅んだ原因は、異常気象ではなかったとか……?(ぐうたら寝ている破壊神の方を見ながら)
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