あるサイヤ人の少女の物語   作:黒木氏

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エピローグ1.彼女が地獄を巡る話
1.彼女が母に甘える話


 地獄というのは、基本的に殺風景だ。それも当然で、生前に悪事を犯した者が罪を償う場所なのだから、あまり快適では意味が無い。

 

 けれども、ようやく母親と再会できた娘にとっては、岩と荒野ばかりのその風景が、どんな楽園よりも素晴らしい場所に見えていた。

 

 大きな岩に背を預けて地面に座る母親が、幸せそうに頬を緩めながら、娘を後ろから抱きかかえている。戦闘服の上からでも感じられる、母親の柔らかな胸に頭を預けて、彼女とよく似た娘もまた、同じ表情をしていた。

 

 母親と肩を寄せ合って座る彼女の父親も、昔の彼を知らない者が見れば驚くほどに、心の底から安らいだ、穏やかな顔をしていた。それはまるで灼熱の砂漠をずっと彷徨っていた旅人が、ようやくオアシスに巡り会えたかのようだった。

 

 そんな三人の様子を、遠くから戦闘服を着た大勢のサイヤ人達が興味深そうに見ていたけれど、近付こうとする彼らを、やはり戦闘服の上から、赤いマントを身に着けた男性が、両手を広げて止めていた。せっかく久しぶりに会えたのだから、ゆっくり話をさせてやれとでも言っているのか、時折叫ぶ声が聞こえていた。

 

 遠目に映る彼の姿に、父親は眩しいものを見るような顔で言った。

 

「……後で、会いにいかないとな」 

 

「父様、お知り合いの方ですか?」

 

「ナッツも知っている方よ。近くでお顔を見れば、すぐにわかるわ」

 

「?」

 

 不思議がる娘の顔を見て、二人はくすくすと笑った。

 

 

 それからしばしの時間が経過して。

 

 久しぶりに母親と会えた娘は、今までにあった出来事の数々を、嬉しそうに話していた。その内容は、主に地球で出会った少年のことだった。

 

 生まれて初めて見た、自分と同じサイヤ人の血を引く子供。最初は気弱で大した事が無い奴だと思っていたけど、そんな彼が自分と渡り合えるほど強いと知ってからは、目が離せなくなっていた。

 

「母様! それで、私が奴らを皆殺しにしようとした時、悟飯に尻尾が生えて、大猿に変身し始めたんです! とっても強くて格好良くて、私、スカウターが爆発するまでずっと見てました!」

 

「……うん、目を悪くすると危ないから、次はちゃんと外さないと駄目よ?」

 

「はい、母様!」

 

 当然、この時の悟飯は戦闘服など着ておらず、着ていた服は全て破れていたのだが、戦場育ちで羞恥心に欠けるナッツは、全く気にしてはいなかったし、母親の方も、そんな事より娘の身体の方が心配だった。

 

「尻尾の無いサイヤ人なんて、その気になればいつでも倒せるって思ってたんですけど、まるで私と戦う為に、尻尾を生やしてくれたみたいで、凄く嬉しかったんです」

 

 楽しそうに語る娘が、ふと尻尾を失ったままの父親を見て、慌てて訂正する。

 

「あ、父様は違いますからね!? 尻尾が無くても最強のサイヤ人ですし、きっとすぐ生えてきますから!」

 

 父親は、小さく笑って娘の頭を撫でる。

 

「大丈夫だ。オレは気にしていない」

 

 実際に、今のベジータには、それほど尻尾に対する執着は無かった。ナメック星で再会した時、カカロットは尻尾が無くともギニュー隊長を圧倒するほどの戦闘力を持ち、フリーザとも渡り合って見せたのだ。

 

 大猿への変身は、自身の生まれ持った実力で、地球でカカロットに対してそれを振るった事も、特に後ろめたいとは思っていないのだが。できるなら、次は同じ条件で戦って、その上で勝ちたいと思っていた。

 

 ただ、尻尾を固く絡め合っている妻と娘を見て、自分がそれをできないのは、残念だと思った。

 

 

 それからナッツは、悟飯との戦いがいかに素晴らしかったかを、熱を込めて語った。娘があの時、今も傷跡が残る大怪我をした事を思い出し、父親がその頭を撫でながら言った。

 

「……お前が死んでしまうかと、オレは心配したんだからな」

 

「……ごめんなさい、父様」

 

 俯きながらも、もしまた悟飯と本気で戦う機会があるのなら、自分は命を懸ける事も躊躇しないだろうと、ナッツは思っていた。戦闘民族の、それも王族の血を引く少女にとって、自分が認めた相手と戦う事は、何にも勝る喜びだった。  

 

 父親の方も、同じサイヤ人として、その気持ちは理解していたから、止めろとはあえて言わなかった。母親は無言のまま、娘を抱く両腕に、なおいっそうの力を込めた。

 

 

 やがてナッツの話は、ナメック星での出来事に移る。キュイが乗ったポッドを撃墜した時の様子を面白おかしく娘が語り、母親がくすくすと笑う。

 

「そういえば、キュイも地獄にいるんでしょうか?」

 

「来ていたわよ。またお父様の悪口を言っていたから、私が半殺しにしておいたわ」

 

「さすが母様です!」

 

 涼しい顔で言い放つ母親を、娘が尊敬の眼差しで見つめる。地獄では殺しはご法度だが、悪人同士の喧嘩程度は日常茶飯事で、鬼達もいちいちそれを咎めたりはしないのだ。

 

「母様、ドドリアもやったんですか? まだでしたら、私も一緒に……」

 

 フリーザの命令で、行かなければ私を殺すと、母様に危険な任務を強要したのはドドリアだ。父様と私で殺したけど、あんな奴、何度殺したって飽き足らない。

 

「やるならオレも付き合うぞ?」

 

「……いえ、ちょっとやり過ぎて、止められてしまいまして。奴は当分、ベッドから起き上がれないと思います」

 

「母様、何をしたんですか?」

 

「パワーボールを、ちょっとね。使わなくても倒せたんだけど、頭に血が上って、つい、ね」

 

 ナッツは目を輝かせた。病弱だった母親が戦場に出る事は稀だったが、大猿に変身して、圧倒的な戦闘力で戦場を蹂躙するその勇姿は、今でも彼女の憧れだった。

 

「私も見てみたかったです! そうだ! 私も月を作れるようになりましたから、二人でちょっと変身して、その辺で暴れ回ってきませんか?」

 

 小さかった頃と違って、今の自分は完全に理性を保てるのだ。母様と二人で、衝動の赴くまま、目についた全てを破壊するのは、きっと凄く楽しいだろうと思った。本当は父様も一緒なら、さらに最高なのだけど。

 

「……それが、他のサイヤ人達も皆変身して、地獄全体が大変な事になって、凄く怒られてしまったの。見境なく暴れるなんて、マナー違反だろうってね」

 

「マナー違反なら、仕方ないですね……」

 

 その光景も、凄く見てみたかったけど。確かに大猿になって理性を保つのはとても大変で、下級戦士はもちろん、エリート戦士でも全員ができるわけではなかったという。そんな彼らが一斉に変身してしまったら、何が起こるかは想像に難くない。

 

「それは、よく地獄が無事だったな……」

 

「あの世には、死んでしまった後も訓練を続ける達人が大勢いまして、私も含めて、片っ端から叩きのめされてしまったんです……けど、次は絶対負けませんから!」

 

「頑張ってください! 母様!」

 

 気炎を上げる二人を見て、そういう問題なのかと父親は思ったが、彼としても、サイヤ人がそんな連中に負けたというのは面白くなかったし、拳を握り締める彼女の姿が、とても微笑ましかったので黙っていた。

 

「……待て。キュイもドドリアも来たのなら、フリーザの奴も、そのうち来るんじゃないか?」

 

「私達も、それを警戒してましたけど、全然来ないんです。もしかしたら、別の所で罰を受けているのかもしれません」

 

 彼女によると、あまりに力が強く、暴れる恐れのある悪人は、厳重に隔離された上で、拘束などの処置をされる事があるという。それにあの世の戦士の中には、フリーザをも超える戦闘力を持つ者もいて、どちらにせよ、フリーザといえど、地獄では好き勝手にできないという事だった。

 

「……良かったです。またフリーザが来たら、私と父様だけでは、勝つのは難しいでしょうから」

 

 俯く娘の頭を、父親が優しく撫でた。

 

「大丈夫だ、ナッツ。オレもすぐに超サイヤ人になってやる。フリーザの野郎には、借りを返せていないからな。もしまた来やがったら、何度だってオレがぶちのめしてやる」

 

「父様、頼もしいです……!」

 

「ベジータ様……!」

 

 尊敬の目で彼を見つめる二人を見て、父親は照れくさそうに言った。

 

「で、どうすれば超サイヤ人になれるんだ?」

 

「はい、穏やかな心と、激しい怒りが条件のようです」

 

 それを聞いて、父親は困惑する。自分もフリーザとの戦いで、一瞬超サイヤ人になりかけた時の感覚から、後者の条件は、薄々理解していたが。 

 

「お、穏やかな心だと……?」

 

「はい。私も自分にそんなものがあるはずないって、不思議に思ってたんですけど……きっと父様と母様が、私の事を愛してくれたからだと思うんです。それと、悟飯も……」

 

 戦いよりも勉強が好きな、おかしなサイヤ人の少年。彼の傍にいると、何故だか自分まで、優しくて穏やかな気持ちになれたのだ。母様が死んでしまってから、冷たく荒みきっていた心を、太陽みたいに温かく照らしてくれて、あの頃は幸せだったのだと、思い出させてくれたのだ。

 

 少年を想って微笑む娘を見た父親は、わけのわからない苛立ちに、ぎりぎりと歯を食いしばる。そして母親は、どこか嬉しそうに言った。

 

 

「ナッツ、あなた、彼の事が好きなの?」

 

 

 思わず目を剥く父親をよそに、娘は笑顔で応える。

 

「はい、この宇宙で一番、大切な友達です!」

 

 ブルマから習った言葉。それ以上に強い親愛の表現を、彼女は知らなかった。夫婦という言葉もあるけれど、それは大人同士で使う言葉だから、いくらなんでもまだ早いだろう。

 

「そう……なら、教えておきたい事があるわ」

 

「何でしょう、母様?」

 

 真剣な様子の母親に、娘も思わず、居住まいを正す。

 

「ナッツ、あなたの一番の魅力は、何だと思う?」

 

「? それはもちろん、戦闘力です」

 

 サイヤ人にとっては、それが常識だった。男も女も、より強い相手を魅力的だと考える傾向が強い。そうして父様と母様のように、高い戦闘力を持つ者同士が夫婦になって、私のように、強い子供ができるのだ。

 

 戦闘民族として、とても理に叶った仕組みだと、そう思っていた娘に、母親が告げる。

 

「そうね、私ももちろん、そう思うけど、サイヤ人以外の人間にとっては、そうじゃないらしいの。彼らは戦闘力よりも、見た目の良しあしとか、女子力というのを重視するらしいわ」

 

 見た目というのは判る。サイヤ人にとっては、あまり褒め言葉ではないけれど、母様はとても綺麗な顔をしているし、私はよく似ていると言われるから、そちらは問題ないのだろうけど。

 

「女子力って何ですか……? 昔、母様が言っていた事が、あるような気がしますけど」

 

 確かあの時は、母様がエネルギー波でキッチンを破壊していたけれど、ひょっとすると、あれが女子力とやらを上げるための、訓練だったのだろうか。

 

「私も本で読んだだけなのだけど、おいしい料理を作れるとか、ヒヨコが可哀想で卵を食べられないと思うとか、そういった力で相手にアピールするらしいの」

 

「けど母様、卵はおいしいですよね……」

 

「卵はおいしいわね……」

 

 基本的に卵というのは、栄養が詰まっていてとてもおいしい。滅多に見つからないけど、大きな恐竜の卵とか、肉とはまた違った風味のあるご馳走だった。

 

 そうとしか思えない事に、少女はがっかりしてしまう。それに自分は料理と言えば、動物を捕まえて焼く事しかできないが、地球にはそれとは比べ物にならないほどに、おいしい料理がいっぱいある。

 

 戦闘力なら15万ほどあって、それなりに自信があったのだけど、地球人からすれば、女子力たったの5なの? ゴミね……とか言われてしまうのだろうか。

 

 そこで、少女の脳裏に、天啓が走った。女子力という言葉は、戦闘力と響きが似ている。自分の尻尾を見せながら、ナッツは母親に言った。

 

「母様! 満月を見たら、10倍になったりしないでしょうか?」

 

「! 検討の余地はあるわね……!」

 

 10倍なら流石に、そこいらの人間に負けたりはしないだろうと、明るい顔で語り合う母親と娘。その話の内容を、父親はよく理解できないまでも、微笑ましい気持ちで見守っていた。 

 

 後日、満月と女子力についてブルマに確認したナッツが、100分の1になるから止めなさいと言われてしまって、減っちゃうの!? と凹む事になるのだが、それはまた別の話だ。




 地獄の話は、全部で4話くらいになる予定です。
 最初は母親のリーファさんで、次から他の人達も出ます。

 続きはのんびり投稿していきますので、気長にお待ちください。
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