地獄の上空で行われていたナッツの両親の戦いは、今や決着を迎えようとしていた。共に疲弊し、ボロボロに傷ついていたが、二人の表情は心の底からの喜びに満ちていた。
戦いを見上げながら、ナッツはその小さな拳を、ぎゅっと握り締める。強い相手と戦う事が戦闘民族の喜びで、両親はずっとこれを望んでいたのだと、彼女は知っていたけれど。邪魔をしてはいけないと、頭では判っているけれど。
大好きな両親が傷付けあう姿に、もう止めて下さいと、叫びたくなるのを必死に堪えて、少女はせめて目を逸らすまいと、震えながら二人の戦いを見守っていた。隣にいたベジータ王が、その小さな肩に手を置いた。
「うおおおおおおっ!!!」
「はああああああっ!!!」
ベジータが放った必殺のギャリック砲に対し、あえて避けずに正面から飛び込み突撃するリーファ。
全身を焼かんとする膨大な熱量を自身の気で相殺するも、打ち消しきれぬエネルギーがその身を焦がし、纏った黒の戦闘服がぼろぼろと砕け落ちていく。それでも彼女の勢いは止まらず、ついにベジータに肉薄し、その拳を振りかぶる。
ベジータの顔に焦りの色は無く。不敵な笑みを浮かべ、残った全力をギャリック砲に注ぎ込む。彼女もまた、戦いの熱に浮かされた凄惨な表情で、全ての力を右拳に集め、その拳を叩き込む。
瞬間、轟音と共に、二人を中心にした大爆発が巻き起こる。
「父様っ! 母様っ!」
両手で顔を庇い、爆風に吹き飛ばされそうになるのを堪えながら、少女は悲痛な声で叫ぶ。
やがて爆炎が収まった後、少女が見たものは、もつれ合うように落ちていく両親の姿だった。
「っ! いけない! 気を失っているわ!」
ナッツの全身が一瞬で金色のオーラに包まれ、その瞳が青く染まる。驚愕する祖父を置き去りに、少女は凄まじい速度で両親の元へと飛翔し、意識の無い二人の身体を両の腕でそれぞれ抱え込む。
まだ5歳のナッツの倍以上に両親の身体は大きかったが、戦闘力700万を超える今の彼女にとって、その程度の重量を支える事など全く簡単な事だった。
「父様……母様……」
まだ5歳のナッツは、目を覚まさない両親を抱えてゆっくりと降下しながら、その透き通った青い瞳を潤ませる。二人の表情は穏やかで、命に別状はないと判っていたけれど、それでも負傷し返事の無い彼らの姿に、抑えていた感情がぽろぽろと溢れ出す。
「は、早く、どこかで手当てをしないと……」
「ナッツ! こっちだ!」
少女が下を見ると、いつの間に現れたのか、戦闘服を着た数人の男女が地上に白いマットを敷き、医療器具らしきものを準備している。その横で、祖父が手を振っていた。
「お爺様!」
両親を揺らさないよう、しかしできるだけ急いで降下した少女に、彼らが丁重に頭を下げる。
「ナッツ様、失礼いたします」
「え、ええ……」
両親が寝かされ、てきぱきと応急処置を受けるのを祖父と共に見守りながら、ナッツの幼い顔に安堵の色が浮かぶ。
(良かった……それにしても……この人たちって、やっぱり……)
少女の関心は、二人を治療している者達に移っていた。様々なタイプの戦闘服を着た彼らは、一様に黒目黒髪で、そして腰には彼女と同じ尻尾が巻かれていた。
「あの、お爺様。この人達は……」
「うむ。王族に仕える親衛隊で、エリート戦士達の中でも、さらに戦闘力と忠誠心の高い者を集めた者達だ」
「いえ、その、サイヤ人、なんですね。この人達も、私達と同じ……」
呟く少女の金色の尻尾が、主の意思を反映して、ぱたぱたと左右に揺れる。
(父様と母様と、ナッパとラディッツと、お爺様と、悟飯とカカロット以外のサイヤ人を、今、私は見ているんだわ……!)
惑星ベジータの崩壊後に生まれ、生まれ故郷というものを持たず、フリーザ軍の基地を転々として暮らしてきた少女は、自分と同じ種族の者達を見て、言葉にできない温かな感情が、胸の内に沸き起こるのを感じていた。
「ねえ、あなた達」
「は、はいっ!」
声を掛けられ、とっさに居住まいを正すエリート戦士達。彼らの心中には、フリーザと戦った目の前の少女に対する敬意と、そしてわずかな恐怖があった。
サイヤ人という種族には、戦闘民族という特性から、激しい闘争心に加え、冷酷さや残虐性を持つ者が多い。
彼らはベジータ王を優れた王として尊敬していたが、その彼ですら、パラガスの息子を、何もない小惑星に送り込み排除するなど、必要とあれば身内に手を下す事も躊躇わないところがある。
そして彼女は超サイヤ人、血と闘争を求める最強戦士で、ある意味そんなサイヤ人達の頂点とも言える。機嫌を損ねたら、何をされるか分からない。そもそも今のナッツと彼らとの間には、戦闘力にして1000倍以上の開きがあるのだ。全員で大猿になって掛かろうと、一瞬で全滅させられかねない程の圧倒的な存在。
そんな存在を目の前にした彼らが、恐竜を前にした蟻のような心境になってしまうのは、仕方の無い事だった。
一方、当のナッツはそんな彼らの心中などつゆ知らず、にこにこと、人懐っこい猫のような雰囲気を全身から発散しながら語り掛ける。
「父様と母様を治療してくれてありがとう。あなた達、とっても強いのね」
「……えっ?」
からかわれているのか、と一瞬彼らは思った。だが目の前の、金色の尻尾を上機嫌に揺らしている王族の少女の瞳には、そんな皮肉めいた色は一切見えなかった。
何せほんの数日前、ナメック星に着いた頃の彼女は、戦闘力4000程度、彼らと戦えば負けてしまう程度の強さに過ぎなかったのだ。自分でもまだ、己の戦闘力に実感が持てていなかったし、そもそもフリーザのような、1億近い戦闘力を持っている方がおかしいのだと理解していた。
「戦闘力は……大体4000から8000ってところね。フリーザ軍の中でもあなた達に勝てる奴なんて滅多にいないでしょうし、親衛隊って事は、お爺様が率いるんでしょう? パワーボールを使えば、きっとあのギニュー特戦隊とだって、五分以上に戦えるわ」
勝てるとは断言しなかった。おじさん達に悪い気がするし、あの人達の強さは、自分が身を持って知っている。たとえ戦闘力で勝っていても、五人揃ったギニュー特戦隊なら、多少の不利はあの連携で引っくり返すだろうと思ったからだ。
それでも素直な賞賛の言葉を受けて、じんわりと彼らの中に、誇らしさと感動が広がっていく。あのフリーザを倒した超サイヤ人が、自分達はフリーザ軍の最強部隊にも負けないと言ってくれたのだ。戦う事すらできず、殺されてしまった自分達に。
片膝をついて跪き、頭を深々と下げて彼らは言った。
「お褒めの言葉、ありがとうございます。ナッツ様。必要な事がありましたら、何なりとお命じ下さい」
「そ、そうね……」
王族とはいえ、人に傅かれる事に慣れていない少女は、内心ちょっとびっくりしながら考える。ドラゴンボールの願いで父様と地獄にいられるのは1日で、昼頃に到着して、そろそろ夕方になろうとしている。
本当は母様の隣に寝転がって、目を覚ますまで、ずっと一緒にいたいのだけど。カカロットからラディッツに謝っておいて欲しいと頼まれているし、せっかく地獄にいるのだから、ナッパにも会っておきたかった。
小さい頃は、ナッパやラディッツにたくさん遊んでもらっていた。母様が死んだ時以来、思えば彼には冷たい態度ばっかりとってしまっていたけれど、ナッパはずっと、私や父様の事を心配してくれていたのだ。
「父様、母様、ちょっと行ってきます。ゆっくり休んでいて下さい。後でまた思いっきり、甘えさせてもらいますから」
身を屈めて両親の頬に口づけ、少女は幸せそうな笑みを浮かべた。その様子を見ていたエリート戦士達は、半ば呆然としながら
(良い子過ぎる……)
(あの子本当にベジータ王の孫?)
などと失礼な事を考えていた。
「じゃあ、私が離れている間、父様と母様を見ていてくれる?」
「か、かしこまりました! 我々の命に代えてもお守りいたします!」
「行ってらっしゃいませ! ナッツ様!」
慌てたように返事をする彼らに、お願いね、と声を掛けて、少女は祖父の元へ歩く。
「ナッツよ。どこかへ行くのか?」
「ええ、母様の他にも、会いたい人達がいるんです。ナッパとラディッツって言うんですけど……」
「あやつらなら、他の者達と祝いの準備をしているはずだ。お前もベジータも、ちょうど良い時に来たものだな」
「お祝いって……何のお祝いですか?」
それを聞いたベジータ王は、大笑してばしばしと孫の背中を叩く。
「お前達がフリーザを倒した祝いに決まっておる! 今日はサイヤ人にとって記念すべき日だ。地獄にいるサイヤ人が全員集まって、朝まで食って飲んで騒いでお前達を讃えるだろうさ。地獄の鬼どもが何と言おうと、今夜限りは好きにさせてもらう」
「え、ええええええっ!?」
フリーザを倒したのは、母様の仇を討つためで、地獄に来たのは、母様に会いたかったからなのだけど。予期していなかった話の大きさに、ナッツは目を白黒させるのだった。
大変お待たせしました。短めですが、リハビリがてら投稿します。
今後も投稿は不定期になると思いますが、よろしければ気長にお待ちください。