「どけ、バカ息子が」
緑色の戦闘服の男が、ラディッツを乱暴に突き飛ばしながら現れ、少女の前に立った。その顔は頬の傷を除いて、カカロットと瓜二つだった。
突き飛ばされたラディッツは、何も言えず地面に膝をつき、ただ不満を顔に滲ませながら、男を睨み付けている。そこへスカート型の戦闘服を着たサイヤ人の女性が、ラディッツに駆け寄り、悲しそうに言った。
「バーダック……そろそろ許してやりなよ」
「ギネ、お前は黙ってろ」
そんな彼らの様子を見ていたナッツは、抑えられない程の激しい怒りを感じていた。
バーダック。彼の話は、ラディッツから聞いた事がある。下級戦士の生まれでありながら、実戦の中で成長を繰り返し、ついに戦闘力10000にまで達した、惑星ベジータでも屈指の実力を持つ戦士。
並のエリート戦士の力を遥かに超え、王に迫る実力を持つ彼の存在は下級戦士達の憧れの的であり、自慢の父親だと、嬉しそうに話していたのを今でも覚えている。
そんな父親が、子供に対してあの態度は何だというのか。
「ちょっとあなた! 父親のくせに、ラディッツに何てこと言うのよ!」
激情のままに、少女が叫ぶ。両親から溢れんばかりの愛情を受けて育った彼女は、親は子供を愛して、愛された子供もまた親を愛するのが当然の事だと思っていた。
そんなナッツにとって、実の子供を親が蔑ろにするというのは、想像した事すらなかったし、実際に目の当たりにしたそれは、到底許せる事ではなかった。
少女の剣幕と発言に、バーダックは一瞬だけ驚いたような顔を見せた後、仏頂面に戻って淡々と言った。
「実の弟を殺そうとして、相打ちになって死んで親を泣かせるような奴が、バカ息子でなくて何だっていうんだ?」
「……えっ」
父親の言葉は、ナッツの心に突き刺さった。
地球でラディッツが、何をしたかについては、悟飯から話を聞いて知っていた。だが、改めて言葉にされて、反射的に考えてしまう。
もし仮に、私に弟がいたとして、仲違いして殺し合って、結局二人とも死んでしまったとしたら、父様と母様は、どんな顔をするだろうか。どれだけ悲しませてしまうだろうか。
「あ……あ……」
想像しただけで、少女の顔から血の気が失せて、小さな身体に震えが走る。そんな酷い事、絶対にしていいはずがない。だけど、地球でそれは起こってしまった。
そして、このラディッツの両親はきっと、子供同士が殺し合う姿を、地獄からずっと見ていたのだ。
バーダックの表情は、変わらず仏頂面のままだったが、今のナッツには、彼の抱える、やりきれない悲しみと怒りを感じ取る事ができていた。
「……ねえ、ラディッツ」
「何だよ、ナッツ」
どこか拗ねたように応える彼に、少女は言った。
「ラディッツ、ご両親に謝りなさい」
「はあ!? 冗談だろナッツ! どうしてオレが謝らなきゃいけないんだ!!」
予想外のナッツの言葉に、ラディッツは激昂して叫ぶ。
「オレが何をしたって言うんだ! カカロットは送られた星の攻略をサボってたばかりか、人を殺したくないとか抜かしやがった甘ったれのサイヤ人の面汚しだ! 殺されたって文句は言えないだろ! オレ以外のサイヤ人でも同じ事をしたはずだ!」
彼の叫びを聞きながら、ナッツは思う。ラディッツの言う事は正しい。もし昔の私が偶然地球を見つけて、平和に暮らすカカロットがサイヤ人と知ったら、生きる価値は無いと腹立たしく思って、殺してしまっていただろう。
「それとも何だ!? 人を殺すのはいけない事だってか! 親父だって母さんだって、さんざんやってきた事じゃねえか! 死んで地獄に来てまた会えたと思ったのに、何でオレだけが怒られないといけないんだ!? オレなんかと違って、カカロットの方が戦闘力が高いからか! あいつの方がお気に入りだからか!?」
「てめえ……!!」
怒りの形相で拳を振り上げたバーダックの前に、少女が手を広げて割って入る。ラディッツの目を、見上げて告げる。
「違うのよ、ラディッツ。確かにあなたのせいでカカロットは死んだけど、お父様が怒ってる理由のは、それだけじゃないの」
「じゃあ何だってんだよ!!」
ナッツは瞳を潤ませながら、震える声で言った。
「あなたが死んでしまったから、あなたのお父様は怒ってるのよ」
「……何だって?」
あまりに予想外の内容に、呆然とするラディッツ。下級戦士でありながら戦闘力10000を誇り、数々の武勲を上げた父親は、彼の中でサイヤ人の中のサイヤ人とも呼ぶべき、憧れの存在だった。
幾多の星を滅ぼした、冷徹で残酷な戦士。そんな男が、自分の子供が死んだから悲しいなどと考えているなど、全く想像すらできなかった。
ラディッツ自身が、伸び悩む自らの戦闘力に、劣等感を覚えていた事も、彼の目を曇らせていた一因だった。戦闘力の低い自分が、親父から良く思われているはずがない。そんな風に思ってしまっていたのだ。
「……そうなのか、親父?」
恐る恐る問うラディッツを、バーダックは黙って睨み付ける。父親の表情は変わらず怒りを湛えているように見えたが、その奥に隠された深い悲しみに、今更ながらラディッツは気付いた。
「お、親父……」
たじろぐ彼の脳裏に、忘れていた幼い頃の思い出が蘇る。険しい顔を緩めて、彼の事を抱き上げる父親。生まれたばかりの弟の保育器を見せられて、お前の方がお兄さんだから、面倒を見てやれと言われた記憶。
惑星ベジータが消滅して、両親と死に別れてから20年以上。戦いばかりの日々の中で、いつしか忘れてしまっていた。変わり者の母親はもちろん、厳しい戦士と思っていた父親も、彼と弟を愛してくれていた事を。
それを忘れて、兄弟同士で殺し合って死んでしまったから、彼らはずっと悲しんでいたのだと、彼はようやく、心の底から理解した。
両親に向けて、深々と、頭を下げるラディッツ。自然と言葉が口をついた。
「……親父、母さん、オレが悪かったよ。ごめんなさい」
バーダックは、そんな息子を見てため息をつき、彼の頭を強引に掴んで引き寄せる。
「お、親父……?」
「いいか、一度しか言わねえからよく聞きやがれ」
そうして至近距離で、目を合わせて言った。
「自分のガキが嫌いな親なんて、いるわけねえだろうが」
息子が何か言うより先に、父親はその身体を両腕で強くかき抱く。
「こんなにでっかく育った癖に、くだらねえ事で死んじまいやがって、この親不孝者が。バカ息子が……」
ラディッツの目から、涙が零れ落ちる。父親の顔は見えなかったが、きっと自分と同じ顔をしているのだと、その声で分かった。
「ラディッツ!」
感極まったギネが彼らに抱き付き、大泣きし始める。
「よかった……よかったよお……!」
そんな母親の姿を見て、彼は惑星ベジータが消滅する前日に届いた、母からの通信を思い出す。まだ言葉も話せないカカロットを、あのタイミングで地球に送ったという事は、もしかしたら。
「なあ、母さん。カカロットの事だけど……あいつは地球を侵略するために送られたのか?」
母親は涙を拭いながらも、きょとんとした顔になる。
「ううん。バーダックが、フリーザが何か企んでるかもしれないから、この子だけでも避難させようって。もし何も無ければ、すぐ迎えに行くつもりだったんだ」
「……そうか。そうだったのか……」
地球の侵略など、カカロットは最初から命じられていなかった。物心つく前に地球に送られたのなら、サイヤ人の何たるかも、理解していなくて当然だろう。それでもサイヤ人なら、本能の赴くままに、送られた星を滅ぼすか、そうでなければ原住民に殺されてしまうものだが。
弟と再会した時の事を、ラディッツは思い出す。あいつは知り合いらしい地球人達と、楽しそうに話していて、地球人との間に、子供まで作っていた。彼らの一員として受け入れられて、幸せに暮らしていたのだろう。
自分のした事を思い出して、彼は思わず天を仰ぐ。甘すぎる弟の考えは、サイヤ人として気に食わないけれど、それでも ベジータ達には死んでいたとでも伝えて、そっとしておいてやれば良かった。
「母さんも、ごめん。オレ、母さんからカカロットの事、頼まれてたのに」
「もういいよ、そんな事……!」
そうして寄り添い合う親子3人の様子を、ナッツはわずかに涙ぐみながら眺めていた。
「……良かったわね、ラディッツ」
目頭を押さえる少女の尻尾が、ぱたぱたと左右に動いている。彼が両親と仲直りできたことが、まるで自分の事のように、嬉しかったのだった。
しばらくして、一番長く泣いていたギネが落ち着いた頃。母親に縋り付かれて、その背中を撫でてやっていたラディッツが、少女の前へと歩いてきた。
小さく笑みを浮かべたその顔は、まるで憑き物が落ちたかのように、さっぱりとしたものだった。
「ありがとよ、ナッツ。お前のおかげで、ようやく親父達と、また会えた気がする」
「気にする事無いわ、ラディッツ。これからもは、ご両親と仲良くね」
上機嫌で尻尾を揺らす少女を見ながら、歳の離れたしっかり者の妹がいたら、こんな感じかもしれないと、ラディッツは思いを馳せる。
戦闘力ではすぐに追い抜かれてしまったが、ナッツと遊んでやっていた頃の自分は、保育器の中で眠っていた弟と彼女を、知らず重ね合わせてはいなかっただろうか。
「……カカロットの奴にも、悪い事をしたな。あいつは結局生き返ったし、この先も地獄になんか来ないだろうが」
謝りたかったと呟くラディッツに、少女が微笑んで言った。
「大丈夫よ。カカロットも、あなたを恨んでなかったわ。死なせてしまって悪かったって、あなたに謝っておくよう頼まれたくらいだし」
「そっか……うん、ありがとよ」
安堵した顔で、少女の頭を撫でるラディッツ。彼にそうされるのは、ずいぶん久しぶりの事で、ナッツは彼の手の温もりと懐かしさを感じながら、気持ち良さそうに目を閉じていた。
息子とそんなやり取りをしている少女に、バーダックは、毒気を抜かれたような顔で言った。
「……お前、本当にあのベジータ王の孫なのか?」
「もちろんそうよ。お爺様もあそこにいるわ」
少女の示した方にバーダックが目をやると、ナッパと一緒にこちらを見ていたベジータ王が、偉そうに胸を張って言った。
「どうだバーダック、我が孫は立派に育っているだろう?」
「うるせえ! どう考えてもてめえの手柄じゃねえだろうが!」
言い返しながら、彼は昔の事を思い出す。ラディッツが生まれるまで、自分はガキの事なんてどうでもいいと思っていた。
ベジータ王も、下級戦士と王とでは話す機会など滅多に無く、パラガスの子を追放するなど、有能だが苛烈な王という印象だったが。子供が生まれて、少しは丸くなっていたのかもしれないと思った。
「ところで、私に何か用だったの?」
問われたバーダックは、やや気まずそうな顔で頬を掻いた。
「いや、何というか……カカロットの手柄がお前に取られたような気がして、文句の一つも言ってやろうと思ってた」
彼は仲間と共にカナッサ星を攻略した際、死に掛けの住民の一人から、強制的に未来予知の力を与えられていた。それはサイヤ人の滅亡という避けられぬ未来を知って絶望しろという意図からのものだったが、フリーザの企てを知ったバーダックは、カカロットを地球に逃がした後、迫り来るフリーザの宇宙船へと突貫し、たった一人で壮絶に戦って死んだのだ。
そして死の間際に彼の見た未来では、成長したカカロットがフリーザと戦っていたのだ。あんな時にそんな予知を見せられたら、カカロットがフリーザを倒すと思っても仕方がないではないか。
まだ釈然としない様子の彼の背中を、笑顔のギネがばしばしと叩く。
「もう、お姫様に失礼だよバーダック! カカロットも悟飯も生きててくれたし、フリーザも死んだんだから、それでいいじゃないか!」
「ううん、私一人の手柄じゃないわ。フリーザは本当に強かったもの。カカロットがいてくれなければ、絶対に倒せなかったはずよ」
二人を見上げてそう告げる少女を見て、彼は目を細める。
あのベジータ王の血筋なら、フリーザを倒したのは自分だと、己の手柄だけを誇るものかと思っていた。仮にそう言われたら、敵わぬまでもぶん殴ってやるつもりだったのだが。どうやら自分の目が、先入観で曇っていたようだった。
「そうか……悪かったな、姫さんよ」
そして思い出す。かつての惑星ベジータの、宇宙船の発着場で偶然見かけた、小さい頃のラディッツと一緒に歩く、幼い王子と長い髪の少女の姿を。
高過ぎる戦闘力を持ち、どこか周囲を下に見ていた当時のベジータ王子の事を、彼はあまり良く思っておらず、ラディッツに悪い影響が無いかを心配していたのだが。あの二人が目の前の少女を生み育てたというのなら、立派に親としての務めを果たしていたのだろうと思った。
「いい両親に恵まれたな」
しみじみと呟くバーダックに、ナッツは花が咲くように、誇らしげに笑った。
「ええ、私の自慢の父様と母様よ」
そこへベジータ王の笑い声が響く。
「ふはははは!! ようやく我が孫の偉大さが理解できたか!!」
「だからてめえの手柄じゃねえって言ってるだろ!!」
イラっとしたバーダックが思わず孫馬鹿に殴り掛かり、面白がった周囲の者も囃し立てる。結果見かねたナッツが割って入るまでの間、二人は惑星ベジータ最強決定戦を繰り広げる事になったのだが、それはまた別の話だった。
「ラディッツがちょっと良い子すぎない?」という意見もあるかもしれませんが、
この物語は親子関係を重視していますので、こういう解釈になりました。
実際バーダックとギネさんの子供で物心つくまであの二人に育てられたのなら、原作時は多少グレてただけで本来はこんな感じかなあと思います。
次はパーティでセリパさん達と話した後、母親と別れて現世に戻る話です。
更新は遅れるかもしれませんが、気長にお待ち下さいませ。