あるサイヤ人の少女の物語   作:黒木氏

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7.彼女が宴を楽しむ話(中編)

 陽が落ちた後も、ぱちぱちと燃える焚き火の明かりに照らされながら、ナッツはバーダック達の昔話に耳を傾けていた。

 

 コルド大王と手を組み、戦闘服やスカウトスコープといった装備面だけでなく、物資や経済面、情報面での組織的なバックアップを受けたサイヤ人達は、それまで以上の勢いで、銀河の星々を征服していった。

 

 戦闘と栄光に溢れたその内容は、サイヤ人の王族の血を引く少女にとって、心躍るものだった。しかし黒い瞳を輝かせながら熱心に話を聞いていたナッツは、不意に気付く。

 

 当時の戦果を語る彼らの顔は一様に明るかったが、ただギネだけが、口数少なく、少し困ったような顔をしていた。心配になった少女は、話の邪魔にならないよう、小声で彼女に語り掛ける。

 

「どうしたの? 具合でも悪いの?」

「あ、いや……そういうのじゃないんだけど……」

  

 やはり小声で応えたギネが、小さく俯きながら続ける。

 

「あたしは変わり者で、戦ったり、殺したりするのが、怖くてさ。だからこういう話は、あまり好きじゃないんだ」

「確かに変わった考えだけど、あなたの子供のカカロットや、孫の悟飯も同じような事を言っていたわ。優しいサイヤ人っていうのも、私は悪くないと思う」

 

 もちろん、弱いから戦いたくないとか、そういうのは、さすがにサイヤ人としてどうかと思うけど。見た感じ、ギネさんの戦闘力は、地獄にいる他のサイヤ人と比べても、それほど低いわけではない。

 

 強いなら弱い相手は好きにできるのだし、だったら殺したくないというのも、選択肢の一つではあるだろう。

 

「ううん、カカロットや悟飯は、本当に優しい子達なんだけど、あたしは……」

 

 

 思い出す。バーダック達と一緒に、毎日のように惑星を攻めていた頃の事を。あまり気は進まなかったけど、それでもいざ実際に戦場に出ると、自分の中の戦闘民族の血が、沸き立つような感覚に襲われた。

 

 初陣から何年かして、何とか戦いにも慣れた頃。あれは何という星だっただろうか。数えきれない程の、歩兵や戦車や戦闘機の群れ。地上から、空中から、迫りくる無数の銃弾を素早く回避しながら、反撃のエネルギー波を叩き込む。白兵戦を挑んでくる戦士達の攻撃を、紙一重で見切って捌き、打ち倒す。こちらを狙っていた戦車を、敵の防御陣地へと蹴り飛ばす。

 

 どれだけ倒しても敵の猛攻は収まらず、いつしか時間も忘れて、ただ戦いの興奮に身を任せて、息を切らしながら、ふと何かを感じて空を見れば、輝く真円の月が昇っていた。心臓が高鳴り、全身に力が漲り、瞬く間に膨れ上がる破壊衝動で、意識が塗り潰される。

 

 その直前、確かにあたしは、笑みを浮かべていた。

 

 星の名前は思い出せないけど、その事だけは、今でも覚えている。

 

 

 ギネは周囲を見渡し、ナッツにだけ聞こえるよう身を寄せて、絞り出すような声で言った。

 

「戦ったり、殺したりするのを、楽しいと思えてしまうのが、怖いんだ」

「……?」

 

 ナッツにとっては難しい話で、思わず首を傾げてしまう。殺したくないというのなら、それは優しいのと同じに思えるのだけど。

 

「気にするな。こいつは変わり者なんだ」

「っ、バーダック!?」

 

 いつの間にか近くに来ていたバーダックが、ギネの肩に手を回して続ける。

 

「こいつの分まで、オレが戦う。こいつは家で飯を作ってガキ共の面倒を見る。オレ達は、それでいいんだ」

「バーダック……」

 

 頬を赤らめるギネの視線から、照れくさそうに顔を逸らすバーダック。そんな彼らの姿を、少女は感慨深げに見つめていた。

 

 夫婦というのは、一緒に戦うものだと思っていた。母様だって、身体の調子が良い時には、私を連れて、父様と戦場に出ていた。

 

 バーダックの言う二人の関係は、サイヤ人らしくは無いけれど。二人とも満足していて、確かに幸せそうに見えた。こういう夫婦の在り方も、あるのだと思った。

 

 にっこりと、満面の笑みを浮かべて、ナッツは胸の内を口にした。

 

「良い夫婦なのね、あなた達」

「ふえっ!?」

「……」

 

 真っ直ぐな賞賛に、ギネはますます顔を赤く染めて俯き、そしてバーダックは何も言わず、ただ妻を抱く手に力を込めた。

 

 そこでナッツは、ふと考える。自分も将来、こんな風になれるのだろうかと。

 

 相手はそう、仮に、あくまで仮に悟飯としよう。まだ私達は子供だし、あくまでまだ友達だけど。将来的にそうなる可能性もないではないし。

 

 できれば父様と母様のように、二人で一緒に戦うような感じが良いけれど、悟飯は戦うのがあまり好きじゃないから、ギネさん達とは逆に、私が戦って、彼が家にいるのだろうか。

 

 ぽわぽわと、少女の頭の中で、成長した彼女が戦闘服姿で家に戻ってくるシーンが展開される。 

 

 

「ただいま! 今日は星を3つも滅ぼして来たわ!」

 

 すると白いエプロンを付けた大人の悟飯が、笑顔で迎えてくれるのだ。

 

「お疲れ様、ナッツ。食事とお風呂、どっちがいい?」

「もちろん食事よ! とってもお腹が空いてるんだから!」

 

 そして準備してくれた美味しい食事をたくさん食べて、お風呂にも入って、気持ち良く眠ろうとしたところで、ふと母親の言葉を思い出す。

 

(地球人は戦闘力よりも、見た目の良しあしとか、女子力というのを重視するらしいわ)

 

 難しい顔で、ナッツは考える。悟飯のお母様は、とても料理が上手いと聞いた事がある。だったら悟飯も、そういう子の方が好みなのではないだろうか?

 

 反射的にナッツの中で、別のイメージが展開される。黒い線で目元を隠した地球人の少女が、悟飯に手料理を振舞っている光景を。

 

「はい、悟飯。どうかしら? 上手にできたと思うんだけど……」

「うん、凄くおいしいよ」

 

 そして想像の中で、上機嫌で手料理に舌鼓を打つ悟飯の姿を、ナッツは物陰から涙目でハンカチを噛みながら眺めていた。

 

 

「やだ……悟飯が……」 

「ど、どうしたの!? ナッツちゃん!?」

 

 だーっ、といきなり涙を流し始めた少女の様子に、混乱したギネが叫ぶ。しばらく彼女があたふたと慰めて、ようやく泣きやんだナッツが、ぽつりと呟いた。

 

「ギネさんは、料理とか、できたりするの?」

「りょ、料理なんてそんな……お肉を切って、味を付けて焼いたりとか……?」

「お肉を、切るですって……!」

 

 まるで天地が引っくり返ったかのように、仰天するナッツ。その発想は無かった。狩った獲物は丸焼きにして、そのまま丸かじりするか、骨を持って食べればいいと思っていたし、事実母様もそうしていた。

 

「き、切るってどうやって……? こう、エネルギーを刃の形にして……? けどそれだとお肉が焦げちゃうし……」

「そんな危ない事しないよ!? ほら、料理用の包丁があるから、これで切るんだ」

「りょ、料理に使う道具を、持ち歩いてるの……!?」

「いや普段は持たないけど、皆が今食べてるお肉とか、私が準備したやつだし……足りなくなったらもっと切ろうかなって思って」

「気遣いまで凄いわ……!」

 

 がくりと、地面に両手をつくナッツ。あまりの女子力の差に、彼女は完全に打ちひしがれていた。絶望で身体が震え、がちがちと歯が打ち鳴らされる。

 

「これが女子力の違いだというの……!!」

「いや、大した事じゃないからね!?」

 

 ギネはそう言うも、今のところ女子力がたったの5くらいしか無い少女にとっては大きな問題で。

 

(地球に行ったら、料理とかも訓練しないといけないわ……! 地球人に悟飯を取られない為にも!)

 

 ぐっと拳を握りしめつつ、決意を固めるナッツ。その頃地球で、父親の真似をして格闘技の訓練をしていた少女が小さくくしゃみをしたのだが、それはまた別の話だ。

 

 

 それから、しばしの時間が経過して。

 

 気を取り直したナッツは、再びトーマ達の思い出話に耳を傾けていた。毎日が戦いに彩られたその内容に、少女は興奮を隠せないまま、紅潮した顔で、尻尾を激しく振りたくりながら叫ぶ。

 

「いいなあ! 私も惑星ベジータに生まれたかったわ! それで父様や母様や皆と、銀河中の惑星を攻略して、いつかはフリーザも倒して宇宙を征服するの!」

 

 そんな少女の物騒な発言は、一般的なサイヤ人にとっては好ましいものだった。上機嫌で追加のジュースを注ぐトーマ。

 

「頼もしいぜ。お姫様がいてくれたら、本当にそれができたかもしれないな」

「もちろんよ! 惑星ベジータが滅びなかったら、きっと私の他にも超サイヤ人が何人も現れたに違いないわ。そしたらフリーザも目じゃないし」

 

 楽しげに笑うナッツに向けて、いたずらっぽい口調で、セリパが言った。

 

「けどお姫様、そしたらあの悟飯って子に会えなかったかもしれないよ?」

「えっ」

 

 その一言をきっかけに、少女の思考が目まぐるしく展開する。もし惑星ベジータが滅びていなかったら、私が地球に行く事はあるだろうか。

 

 あの惑星は銀河の端っこで、環境だけはそれなりに良かったけど、大したレベルの文明は無く、得られる物が少ないから、積極的に攻めるような場所ではない。

 

 逆に言えば、どこからも攻められる要素が無く、住民が弱くて月もあったから、カカロットの避難場所として選ばれたんだろうけど。少なくとも、仮に攻めるにしても下級戦士の仕事で、王族の私が直接行く事はないだろう。

 

 いやそもそも、惑星ベジータが健在なら、カカロットはすぐに両親に連れ戻されていただろう。そうして成長した彼が結婚して、子供を作るとしても、相手はサイヤ人で、生まれてくる子供も、きっと悟飯とは似ても付かない、普通のサイヤ人になるのだろう。

 

 あの少年が、生まれて来なくなる。それを思うと、ナッツは胸の奥が、ちくりと痛むのを感じた。高ぶっていた感情も、にわかに冷めてしまう。

 

 惑星ベジータで、星々を征服して生きるのも、それは当然とても楽しいと思うけれど。

 

 ナッツは泣きそうな顔で俯いて、ぽつりと寂しそうに呟いた。

 

 

「……悟飯と会えないだなんて、やだ」

 

 

 次の瞬間、トテッポが胸を押さえて地面に倒れた。

 

「があああああ!? ぐわあああああ!?」

「ど、どうしたの!? 大丈夫!?」

 

 目を見開いて苦しげに転げまわる男に少女が駆け寄ると、彼の状態はますます悪化した。

 

「ぎゃあああああっ!? ああああああっ!?」

「一体どうしたのこれ!?」

「あー、心配するな嬢ちゃん。トテッポの奴は、こういうのに弱いんだ……」

 

 そう言って介抱を始めたトーマも、心なしか体調が悪そうに見えた。

 

「こういうのって何? それにあなたも大丈夫なの?」

「説明は難しいんだが、オレ達はこういうのに、免疫が無いんだよ……」

 

 気が付くと、ナッツの周囲のサイヤ人全員が、まるでハチミツを一気飲みしたような表情で胸を押さえていた。

 

「な、何故だか肉が甘いんだが……」

 

 目を白黒させるパンブーキンを見て、同じく酒を甘く感じたセリパがため息をつく。

 

「……凄いねこりゃ。こんなのは、ギネとバーダックがくっついた時以来だよ」

「おい! こっちに飛び火させるんじゃねえ!?」

「いいじゃない、バーダックぅ……」

 

 とろりとした目つきのギネが、甘えるように夫にしなだれかかり、首筋に手を回す。

 

「もう戦わなくていいから、オレの子を産めって言ってくれた時、嬉しかったんだからさぁ……」

「てめえ酔ってやがるな!?」

 

 おお、と興味津々で身を乗り出すナッツ。もはや声すら出せず泡を吹いて痙攣を始めたトテッポに、必死の形相で心臓マッサージを施すトーマ。

 

「本当に仲が良い夫婦なのね……!」

「死ぬなトテッポ! いやもう死んでるけど! 帰ってこい!」

「酒も甘え……」

「あははははっ! もういいから二人でその辺の暗がりにでも行ってきなよ!」 

「てめえら見世物じゃねえぞ! あとガキの教育に悪いからやめろ!」

「えー、やだぁー」

 

 何とか妻の身体を引き剥がそうとするバーダックだったが、ギネは嬉しそうに縋り付いて離れようとしない。

 

 そしていつの間にか、彼らのやり取りを耳にしたサイヤ人達が、かなりの広範囲で胸を押さえて倒れていたのだが、今の彼はそれを気にするどころでは無かった。




 あんまり話が進んでませんが、今回はこの辺で。
 ギネさんのあれこれは独自解釈です。もちろんこの物語でも普通に優しい人なんですけど、悟飯が一瞬不良になってたようなものと思って下さい。

 それとお気に入り、感想、評価など、いつも有難うございます。
 続きを書く励みになっております。

 大まかに彼女の物語の最終回の構想は練ってまして、時間軸が劇場版ブロリーの頃とかで何年掛かるんだって話ですが、まあフリーザ様だって倒せましたし、ちょっと1話が短めな今のペースでもコツコツ続ければいつかは行けるし自分も見たいなあと思いながら進めております。

 投稿は遅くなるかもしれませんが、エタる事はないように続けていきたいと思いますので、どうか気長に温かく見守っていて下さいませ。

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