あるサイヤ人の少女の物語   作:黒木氏

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2.彼女が彼と遊ぶ話

 ナッツ達が服を買いに行った、その翌日。

 

 良く晴れた午後の陽の下、パオズ山の自宅にて、悟飯は少女の来訪を、そわそわしながら待っていた。部屋も綺麗に片付けて、どこか緊張気味の息子に、母親が心配そうに話し掛ける。

 

「悟飯ちゃん、そのナッツって子、本当に大丈夫だか? 地球を侵略に来て、悟空さ達に大怪我させた、サイヤ人達の一味なんだろ?」

「確かにそうなんだけど……大丈夫だよ、お母さん」

 

 実際、彼女の所業を客観的に考えると、言い訳の余地もない程に全く大丈夫ではない。それを理解している悟飯は、どこか遠い目になって返答した。そんな悟飯を見たチチは、ますます心配そうな顔つきになる。

 

「……もしかして、その子にいじめられてるんじゃねえか? もしそうだったら追い返してやるから、怖がらずに言うんだぞ?」

「そ、そんな事ないよ!」

 

 慌てて否定する悟飯。確かに初めて会った日に、戦いを挑まれて酷い目に遭わされたし、お父さんもクリリンさんも殺されかけてはいたけれど。そこは流しちゃいけないような気もするけれど。

 

 それでも。少年の脳裏に、少女の様々な顔が浮かび上がってくる。自分と戦っている時の、楽しそうな顔。人を殺そうとした時の、怖くて冷酷な顔。美味しい物を食べている時の、嬉しそうな顔。ベジータさんが、死んでしまった時の顔。超サイヤ人になって、フリーザに立ち向かった時の、透き通った青い瞳の、凛とした顔。

 

 その全てが、心に焼き付いて離れない。あの子のいない人生なんて、もう考えられなかった。たとえナッツがどんな悪人だとしても、彼女はそれと同じくらい、あるいはそれ以上に、家族想いで優しい心を持っている、可愛い女の子だ。

 

 だからもう、悪い事なんてさせはしない。お母さんの仇のフリーザだって死んだのだし、フリーザ軍を抜けた今、あの子が人を殺したりする必要はないはずだ。特に必要は無くても、星を攻めるのは楽しいから行きましょうとか言いそうだけど。そこは訓練とか模擬戦とかに付き合って、何とか我慢してもらおうと思う。

 

 正直、戦うのは怖いし、あんまり好きではないけれど。彼女は戦うのが大好きなサイヤ人で、そんなナッツを一人にしないよう、ずっと傍にいるって、誓ったのだから。

 

「ナッツは良い子なんだよ、お母さん」

 

 呟く少年の、どこか大人びた横顔に、母親は複雑な気持ちを抱いていた。ナメック星に行ってから、ほんの1ヶ月と少しで、どんな経験をしたら、こんな表情ができるのかと思う。

 

 まだ5歳になるかならないかの子供にしては、精神的に、少し成長し過ぎではないだろうか。もちろん、悟飯ちゃんが立派になってくれるのは嬉しいけれど。

 

 おそらく、その息子の変化に大きく関わっているだろう少女について、チチは思いを馳せる。ナッツという名の、サイヤ人の少女。

 

 サイヤ人というものに、良い印象は全く無い。何せ1年前に息子を誘拐されて、助けに行った夫を殺されているのだから。悟空さもサイヤ人だって言うけれど、そんな悪人とはまるで別だろう。

 

 悟飯ちゃんが初めて家に友達を呼ぶって話だったから、迷う事無く承知したけれど。やはりよく考えると、ちょっと心配になって、こっそり悟空さに聞いてみたのだ。

 

「なあ悟空さ。明日家に来るナッツって、どんな子なんだ?」

「んー、悪い奴だけど、今は別に危なくはねえと思うぞ?」

 

 全く安心できない解答だった。

 

 詳しく聞いてみると、地球に来る前もさんざん悪い事をしていて、地球でも悟空さ達を酷い目に遭わせたらしい。凄え強かったから、また今度戦いてえなあってって、楽しそうに笑ってはいたけれど、やっぱり不良ではないだろうか。

 

 この時点で、彼女の中のナッツのイメージは、やさぐれた目をして、変な服装で不良座りをして、殺した宇宙人から千切り取った手足を生でかじりながら、「悟飯、腹減ったからパン買って来なさいよ」って命令している姿だった。

 

(そんなんだったら、絶対悟飯ちゃんから引き離してやらねえと……!)

 

 心の中でチチが決意したその時、遠くの空から、何かが猛スピードで飛んでくるような、風を切る音が聞こえてきた。毎日夫が畑から帰ってくる時の音と、とてもよく似ていた。悟飯がぱあっと、顔を綻ばせる。

 

「お母さん、ナッツが来たよ!」

「き、来ただか!?」

 

 その言葉に、思わず家の外へ飛び出して身構えるチチ。そして彼女の前に、白いワンピースを来た少女が降り立った。一見まともなその姿に、軽い驚きを感じながら、チチは彼女の様子を、まじまじと観察する。

 

(見た目はまあ、そこまで不良って感じでもねえけれど……)

 

 ボリュームのある長い黒髪に、整った顔立ちをした、悟飯と同じ年頃の娘。着ている服もかなり上質の物で、何も知らなければ、良家のお嬢様のようにしか見えないだろう。

 

 少女はチチの方を見て、かなり緊張した様子で、ぺこりと大きく頭を下げて言った。

 

「は、初めまして奥様! 私はナッツ! サイヤ人の王子、ベジータ父様の娘です! よろしくお願いします!」

 

 そしてそのままの姿勢で、手にしていた紙袋を差し出した。チチも名前だけは知っている、西の都の高級菓子店のものだ。

 

「これ、父様からのお土産です! どうか皆さんで食べて下さい!」

 

 緊張で震え、尻尾まで真っ直ぐ伸ばしているナッツの姿に、チチは内心、小さくため息をついた。構えを解いて少女に近づき、その手から紙袋を受け取って、安心させるように、笑顔を見せながら言った。 

 

「そんなに緊張しなくていいだよ、ナッツちゃん。お土産、ありがとうな」

「は、はい……」

「悟飯ちゃんも待ってるから、家に入るといいだよ。今日は遠い所から、よく来てくれたな」

 

 チチが振り返り、ナッツもつられて顔を上げると、家のドアの前で、少年がこちらを、心配そうに見つめていた。

 

「あっ、悟飯!」 

 

 少女は幼い顔をぱあっと輝かせ、嬉しそうに尻尾を振りながら、悟飯の方へと走っていく。

 

「久しぶりね悟飯! 今日は招待してくれてありがとう! また会えて嬉しいわ!」

「う、うん。ボクも、ナッツと会えて嬉しいよ」

 

 少年はわずかに顔を赤らめて、恥ずかしそうにしながらも、目の前の少女と同じくらい、喜んでいるのは一目瞭然で。そんな彼の様子に、ナッツはますます、嬉しくなってしまう。

 

「友達の家に遊びに来るのって、初めてなの。まずどうしたらいいか、教えてくれる?」

「ボクも友達を呼ぶのは初めてなんだけど……とりあえず、ボクの部屋でも見る?」

「悟飯の部屋! 楽しみだわ! やっぱり本とか勉強道具で埋まってる感じなの?」

「そこまでじゃないけど、本は結構あるかな」

「見せて見せて! あ、そうだ! あなたにもお土産があるのよ。地球に来る前に買ってきた、宇宙の生き物の図鑑!」

「えっ!? 凄い! ありがとうナッツ! 早く見ようよ!」

「ふふっ、食べ物ならともかく、本でそんなに喜ぶサイヤ人なんて、あなたくらいよ」

 

 そうして楽しそうに談笑しながら家へと入っていく二人の姿から、チチは目が離せなかった。小さい頃の、自分達を見ているようだと思った。自分にはあんな、可愛らしい尻尾は生えていなかったし、悟空さも、あんな風に照れてはいなかったけど。

 

 悪い奴だけど、今は別に危なくはないという、悟空さの言葉を思い出す。確かにそのとおりだった。話を聞く限り、昔はどんな事をしてきたか、わかったものではないけれど。それを言うのなら、元盗賊のおっ父に育てられた自分も、あまり偉そうな事を言える立場ではない。

 

「悟飯ちゃん、良い友達ができたみたいでねえか」

 

 微笑んで、おやつと飲み物でも出してあげねばと、彼女も家へと入っていくのだった。

 

 

 

 悟飯の部屋にて。床に置かれたテーブルの上に、ナッツからのお土産である、宇宙の生物図鑑が広げられていた。

 

 綺麗に装丁されたその図鑑は、かなり分厚く、全ページがフルカラーであり、使われている紙もかなり上質のもので、手触りも良く、繰り返し読んでも破れたりする心配は無さそうだった。

 

「ありがとうナッツ。でもこれ、かなり高かったんじゃ……」

 

 図鑑を前に喜びを隠せず、しかし心配そうな様子の悟飯に、少女はにっこり笑って言った。

 

「そうね、サイバイマン2匹分くらいかしら」

「基準が分からないよ!?」

 

 あれって店で売ってたんだ!? と、黄緑色の変な生き物を思い出しながら悟飯は叫ぶ。

 

「替えの戦闘服とかに比べたら、全然大した値段じゃなかったわ。私の持ってたお金で買えるくらいだし。このくらいで悟飯が喜んでくれるのなら、全然安いものよ」

「そ、そっか……」

 

 この分はいつか何かでお返ししようと思いつつ、悟飯は気持ちを切り替えて、目を輝かせながらページをめくり始める。

 

 そんな彼の姿を、隣に座って眺めて、出されたおやつを美味しそうに頬張りながら、ナッツは先程会った、悟飯の母親の事を思い返していた。

 

(チチさんっていうあの人、思ってたより、ずっと素敵な人だったわ……)

 

 まず第一に、私の事を警戒していたのが良かった。ここ数日で出会った地球人達は、皆私の事を、戦う力のない、地球人の子供のように扱っていた。可愛がられていた、と言ってもいい。

 

 まあたまには、そういう扱いも悪い気はしなかったけど。ブルマ達のように、私の素性を分かっていて、なお優しくしてくれるのならともかく、そうでないのなら、ただの無警戒で、大丈夫かと思ってしまう。

 

 その点、悟飯の母親は、私が何か妙な真似をしたら、いつでも戦えるよう身構えていた。もちろん戦闘力で言えば、せいぜい100かそこらで、フリーザ軍の下級戦闘員にも及ばないけれど、それでも戦う姿勢を見せた事が、ナッツの琴線に触れていた。

 

(カカロットは、地球人の戦士と結婚したのね……)

 

 脆弱な地球人との混血である悟飯が、あれだけの戦闘力を持っているのも、納得のいく思いだった。それに黒目黒髪という見た目も、非常に良いと思った。

 

 ブルマの事が気に入らないわけではないけれど、やっぱりサイヤ人と言えば黒髪だし、もし悟飯の髪が青かったりしたら、同じサイヤ人の仲間だと、親近感を持てたかどうか分からなかった。

 

 少女がそんな事を考えている横で、熱心に、しかし楽しそうに図鑑のページをめくっていた悟飯が、ふと呟いた。

 

「この図鑑、人間も載ってるんだ。このヤードラット星人って面白そう……」

 

 開かれたページには、大きな頭部を持つヤードラット星人のイラストが載せられていた。力は無いが、瞬間移動や分裂などの不思議な力を使う種族という解説もついている。

 

「確か、ギニュー特戦隊のおじさん達が攻めていた星の奴らね。瞬間移動が厄介らしくて、結構手こずってたみたいよ。まあ今の私なら、たぶん余裕で滅ぼせると思うけど」

「もうそんな事しちゃ駄目だからね、ナッツ」

 

 誇らしげに薄い胸を張る少女に釘を刺しながら、さらに図鑑を読み込む悟飯。

 

「あ、この人達、1年前に絶滅してるって。エイジ761って、かなり最近だけど、何があったのかな……?」

「この間、私が攻めた星の住民よ。さすが最新の図鑑だけあって、情報が早いわね」

「そ、そうなんだ……」

 

 思わず頬を引きつらせた少年が、ふと思い立って、図鑑の最後に載っている索引を確認し、驚きの表情と共にページをめくる。

 

「凄い! 地球人も載ってるんだ!」

 

 銀河の辺境に住んでいる種族という紹介で、ほんの1ページ程度の小さな扱いだが、それでも宇宙で発行された図鑑に、地球の事が載っているというのは、少年にとって驚きの出来事だった。

 

「ふふん。その程度で驚いてるようじゃあ、まだまだよ。悟飯」

 

 横から手を出したナッツが再び索引を調べ、ページを開いて少年に示して見せる。

 

「あ、サイヤ人も載ってる……」

 

 毛皮の服を纏った、凶悪そうな顔をした男女のイラスト。性別は2つ、変身型の宇宙人という記述があり、大猿になった姿も描かれている。

 

 冷酷にして凶暴。戦うこと自体に喜びを覚える戦闘民族で、欲望のままに数々の星を攻め滅ぼしたが、本星であった惑星ベジータが巨大隕石の衝突によって消滅し、ごく少数を除いて、絶滅したと言われている。

 

 また他の星を侵略するため、言葉を覚えたばかりの子供を宇宙船で送り込む風習を持っていた。彼らは子供時代が長く、幼い見た目で原住民の目を誤魔化した後、一気に成長して力をつけ、送り込まれた星を滅ぼしてしまう。

 

 こうした飛ばし子と呼ばれるサイヤ人は、まだ宇宙のどこかで生き残っている可能性があり、非常に危険である。猿のような尻尾の生えた人間を見つけたら、決して自分で対処しようとせず、その星の軍隊か銀河パトロールに通報すべきだろう。

 

 要約すればそんな感じで、図鑑だけあって、記述自体はいたって客観的なのだが、それでも単純な事実の羅列だけで、彼らがいかに宇宙で好き放題暴れていたかが、十二分に理解できるものだった。

 

 悟飯には、自分が半分サイヤ人という自覚があまり無かったが、サイヤ人の悪行の記録とも言える記述の数々は、そんな彼の目からしても、あまり読んでいて面白いものではなかった。

 

 一方ナッツは、少年と同じ文章を読みながらも、特に感情を害した様子はなく、それどころか、嬉しそうに微笑んでさえいた。不思議に思った悟飯が、尋ねてみる。

 

「怒らないの? 結構酷い事書かれてるけど」

「だって私達サイヤ人は、宇宙最強の戦闘民族なのよ。こうして恐れられているのは、私達やお爺様達が、大活躍したって証拠だわ。それに……」

 

 滅んだ戦闘民族の、最後の王族の血を引く少女が、くすくすと可愛らしく笑う。

 

「私や父様がその気になったら、これを書いた人間なんて、いつでも星ごと消してやれるのよ。だからこんなのは、正面から戦えない奴らの負け惜しみとしか思えないわ」

 

 子供らしからぬ邪悪な表情を浮かべながら、おやつに手を伸ばすナッツの目の前で、食べようとしていたお菓子が、ひょいと別の手に掴まれる。

 

「あ、ちょっと!? 何するのよ悟飯!」

「本当にやったら、おやつ抜きだからね、ナッツ」

「むう、仕方ないわね……」

 

 頬を膨らませながら、不承不承頷くナッツ。悟飯が掴んだお菓子を皿に戻そうとすると、待ちきれないとばかりに、少女がその手に飛びつき、そのままお菓子を食べ始める。手ずから餌を与えられた子猫のように、手に顔を寄せてくるナッツに慌てる悟飯。  

 

「わわっ!? ちょ、ちょっと!?」

 

 ぐいぐいと密着する少女の頭と、掌に触れた舌の感触に、真っ赤になって手を引っ込める悟飯の前で、むぐむぐと、ナッツは口の中のお菓子を、美味しそうに頬張っていた。

 

「? どうしたの?」

「いや、さすがに今のはちょっと、その、はしたないんじゃないかな……」

 

 赤面したまま、下を向いて呟く少年に、ナッツはにっこり笑って言った。

 

「大丈夫よ。父様や悟飯にしか、こんな事はしないから」

「そういう問題じゃなくて……」

 

 そのまましばらく気恥ずかしさに悶えていた悟飯が立ち直った時、少女は上機嫌な様子で、ぱたぱたと尻尾を揺らしながら、図鑑のページに目を向けていた。

 

 何を見ているのかと、少年が横から覗き込むと、彼女が見ていたのは、大猿が巨大な拳で建造物を破壊しているイラストだった。彼の視線に気付いたナッツが、笑顔でその絵を示して見せる。

 

「ほら見て悟飯。変身したあなたにそっくりよ」

「……ボク、こんな感じになってたの? というか、見分けつくの?」

「顔はみんな、同じ感じになっちゃうわね。けど戦闘服を着ていない大猿を見たのは、あなたが初めてよ。野性的で、とっても格好良かったわ」

「そ、そうなんだ……」

 

 嬉しそうに褒められても、いまいち素直に喜べない悟飯。変身している時の記憶は、うっすらとしか覚えていないが、怒りに任せて目の前の少女を殺そうとしてしまったのは、あまり思い出したくない出来事だった。

 

 彼女の左肩に、つい目が行ってしまう。自分がつけてしまった傷跡が、ほとんど分からない程すっかり治療されているのは、とても嬉しかったけど。罪悪感まで消えてしまったわけではなく。

 

 一方のナッツは、少年がまだその程度の事で悩んでいるとはつゆ知らず。傷も消えたんだからもういいじゃないと、楽しそうに話を続けていた。

 

「私も一度くらいは、あんな風に裸で変身してみたいわね。フリーザみたいな強敵相手じゃなければ、毛皮だけでも防御力は十分だし」

「止めた方がいいと思うなあ……その、周囲の人が困ると思う」

 

 ボクだって困るし、実際やったら、ベジータさんが凄い顔すると思う。下手しなくても錯乱して、見た人全員を殺そうとしかねない。

 

「周囲の人の問題? あなたと見分けがつかなくなるって事? 私は大猿になっても、髪が目立つから分かりやすいと思うけど」

 

 そう言って、ナッツは自分の髪をかき上げて見せる。よく手入れされた、ボリュームのある長い黒髪に、少年は目を奪われてしまう。そんな彼の表情を見た少女が、きょとんと不思議そうな顔で言った。

 

「? 触ってみる?」

「い、いいよ!? というか、ボクも一緒に変身する前提なの!?」

「もちろんよ。そのうちあなたもまた尻尾が生えるでしょうし、せっかくだから、理性を保てるよう、私が訓練してあげるわ」

 

 きらきらと、ナッツは目を輝かせる。大猿になった彼の勇姿を、また見てみたいという気持ちもあったし、それに理性を無くしてくれれば、また前のように、命懸けの胸躍る戦いができるかもしれなかった。

 

 私よりも年下なのに、本気になれば、悟飯の戦闘力は100万を優に超えるのだ。穏やかな心を持っているから、きっと何かで怒ればすぐ超サイヤ人になれるだろうし、それで尻尾まで生えたら、どれほどの強さになるだろうか。

 

 少年に好意を持っていながら、それと同時に彼と本気で、命を懸けるような戦いがしてみたいという、一見矛盾した気持ちが、戦闘民族の少女の中に同居していた。地獄で再会した母親が、本当に幸せそうに自分の伴侶と戦っていた姿も、ナッツの気持ちを後押ししていた。

 

 もちろん、悟飯が自らの意思で、私と本気で戦ってくれるのが理想だけど、優しい悟飯にそこまでは望めないだろう。

 

 少し前の自分だったら、誰か適当な地球人を殺してでも、彼を怒らせようとしたかもしれないけど。自分をただの子供としてしか見ずに、優しく接してくれる能天気な人間達を、大した理由も無く手に掛けるのは躊躇われた。

 

「あの、ボクはあんまり変身したくないんだけど……」

「ザーボンみたいな事言わないの。戦闘力が10倍になるのよ。せっかくサイヤ人の血を引いてるのに、生まれ持った力を使わないなんて、勿体無いじゃない」

「ザーボンって誰なの……? とにかく、ボクはそんな力なんていいよ」

 

 悟飯がその一言を口にした瞬間、少女の雰囲気が、にわかに真剣なものとなる。夜のような黒い瞳に、真っ向から見つめられて、彼は思わずたじろいでしまう。

 

 この時、少女の脳裏に浮かんでいたのは、殺されてしまった母親と、地獄にいた他の大勢のサイヤ人達、彼女と同じ種族の、今はもういない、同胞達の事だった。静かな口調で、言い聞かせるようにナッツが語り出す。

 

「そんな事言わないで、悟飯。力が無い人間は、私や父様のような悪人に、ただ好き勝手にされるしかないんだから。この地球が今無事なのは、あなたが私を倒したからなのよ」

「けどボクは、君に大怪我をさせちゃって……」

「あれくらい、サイヤ人にとっては何てことないわ。それに結局、あなたは私を殺さなかったじゃない。それを選べたのも、あの時のあなたが、私より強かったからよ。……優しいのは、ちょっと不満はあるけど、あなたの良い所だと思うわ」

 

 はにかむように、少女は笑顔を見せる。初めて会った時は、優しいサイヤ人なんて、つまらない奴だと思ったけれど。彼の優しさに、救われてからは、そういうのも、悪くないと思えるようになっていた。

 

「けど宇宙にはフリーザの他にも、コルド大王とか、破壊神ビルスとか、私達を皆殺しにできるような危険な奴らがいっぱいいて、そいつらがいつ地球に目を付けるかわからないの」

 

 惑星ベジータが破壊されたのも、母様が殺されてしまったのも、フリーザを倒せるサイヤ人がいなかったからだ。ほんの少し前までは。いや、今もう一度、フリーザに勝てと言われても自信が無い。もっと強くならなければならない。少女は悟飯の目を覗き込むように、真剣な面持ちで顔を近づける。

 

「力さえあれば、そんな奴らも叩きのめして、自分の好きにする事ができるわ。逆に力が無いと、自分の大切な人を、殺されてしまったりするの。だから悟飯、あなたがどんなに優しくても、力がいらないなんて、もう言わないで」

 

 ナッツの真剣な声を聞きながら、少年は彼女の言葉について、心の中で考えていた。戦うのは、あまり好きではない。けど、自分が彼女を倒さなければ、地球は滅ぼされていたというのは、確かに頷ける話だった。あの時の、傷ついたベジータさんを見て、泣きじゃくっていた彼女なら、誰かが力づくで止めなければ、地球の全てを破壊していただろう。

 

 それとは別に、ギニュー特戦隊やフリーザに、ナッツが痛めつけられていた時、自分も必死に戦ったけど、結局最後は、彼女の戦いを、見ている事しかできなかった。自分にもっと力があれば、ナッツの事を助けられたのではないだろうか。

 

 ナメック星では、どうにか皆生きて帰れたけど。どこかで一歩間違えれば、自分が何もできないまま、目の前の女の子や、お父さん達が死んでしまっていたかもしれない。それは絶対に嫌だと思ったから、自然と言葉が口をついた。

 

 

「そうだね。ごめん、ナッツ。ボクもやっぱり、力が欲しいよ」

 

 もちろん勉強も大事だけど、ナッツやお父さんにも付き合ってもらって、少しは身体も鍛えようと、そう決意した少年の言葉を聞いて、両手を高く上げて喜ぶナッツ。

 

「やったあ! じゃあ約束よ! 尻尾が生えたら、絶対真っ先に教えてね!」

「えっ」

 

 そういえばそういう話だった!? と思いながらも、満面の笑みを浮かべてはしゃぐ少女の前で、今さら前言を翻すわけにもいかず、少年は内心頭を抱えるのだった。

 

 なお、それから10年以上が経過しても、悟飯の尻尾が生える事はなく、いつ生えるのかとナッツがやきもきする事になるのだが、それはまた別の話だ。




 サイバイマン、ラディッツ並のパワーを持つ兵士をあんな簡単に作れるとか、考えれば考えるほど便利過ぎる存在なんですが、原作だとナッパが使ってた以外には幼少ベジータがスパーリング相手にしてるくらいの描写しかなくて、フリーザ軍で使われてる様子が無かったので、何かしらのデメリットがあるんだと思います。

 作っても数時間しか保たないとか、コストが高過ぎて割に合わないとか。この話だと両方を採用してます。主人公、悟飯のために結構奮発してました。

 ナッパが持ってて割と気軽に使ってた理由としては、金はあるけど使い道が無いとかで、趣味で買ってたんじゃないかなあと。この土だと良いサイバイマンができるとか分かるくらいには使ってたみたいですけど、そもそもナッパくらい強ければサイバイマン使う必要が全く無いでしょうし。趣味ですよあれ。

 
 それはともかく、前回も評価、感想、お気に入り等ありがとうございました。続きを書く励みになっております。
 最近何かと忙しくて、次の話は遅くなるかもしれませんが、気長にお待ちくださいませ。
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