あるサイヤ人の少女の物語   作:黒木氏

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10.彼女が再び、彼らと戦う話(後編)

 ヤードラット星を舞台にした、ナッツとギニュー隊長の戦いが始まってから、既に5分以上が経過していた。 

 

 サイヤ人の少女と、フリーザ軍最強の男。元の戦闘力は18万と12万だが、特戦隊の4人も含めた戦闘で、両者共に消耗し、ダメージを負った結果、両者の戦闘力の差は、ほんの1万程度にまで縮まっている。

 

 それでも、戦闘力1万の差は無視できるものではない。戦闘力で勝っているという事は、パワーもスピードも、少女の方が上という事だ。

 

 他の人間が相手ならば、ナッツは容易く捻じ伏せる事ができただろう。彼女の強みは、単純な戦闘力だけではない。まだ6歳とはいえ、物心ついた頃から絶え間なく実戦を繰り返してきた戦闘経験の濃密さは、生半可な兵士を軽く凌駕する。

 

 その上、同じ環境で20年以上戦い抜いてきた父親から、愛情たっぷりに指導を受け、その上に戦闘民族サイヤ人のエリート戦士として、両親から受け継いだ、天才的な戦いのセンスまで兼ね備えている。

 

 そのナッツを相手に、戦闘力で劣っているはずのギニュー隊長は、一歩も引かずに食らいついていた。

 

「うおおおおっ!!!」

 

 少女の全身から繰り出される、小柄な体躯に見合わぬ凄まじい威力を秘めた攻撃を、数えきれない程受けているにも関わらず、彼の闘志には、些かの衰えも見られない。コルド大王の時代から積み重ねてきた、数十年にも及ぶ圧倒的な戦闘経験で、ナッツの動きを先読みし、受けるダメージを最小限に抑え込んでいたのだ。

 

 多少の戦闘力の差など、引っくり返せる自信をギニューは持っていた。しかし少女の方も、一向に崩れる気配が無い。 

 

 

 そんな二人の戦いを、遠くの岩陰から眺めている者達がいた。

 

 一人は彼女の父親だ。娘の戦いの邪魔をしないよう、戦闘力を完全に消した上、とても真剣な面持ちでスカウターに手をかけ、娘の晴れ姿の撮影に専念していた。

 

 もう一人は、彼女に誘われて来た悟飯だった。以前一緒に見た図鑑に載っていた、ヤードラット星人に彼が興味を持っていたのを、ナッツは覚えていて、ちょうど良いとばかりに誘ったのだ。ついでに悟空とチチとブルマも、家族旅行感覚で来る事になって、今は避難中のヤードラット星人達と共に、近くの星を観光している。

 

 遠くで行われている戦いの一部始終を、気を消したまま眺めていた、彼の心中は穏やかではない。その原因は、この戦いの中で、彼女が終始、とびきり魅力的な笑みを見せていたからだ。

 

 今もそうだ。ギニュー隊長との戦いが長引き、全身に負った傷から血を流し、苦しそうに肩を上下させながらも、同時にナッツは、目を輝かせて、心底楽しそうな顔で笑っている。

  

「いい加減に、倒れんかっ!」

「嫌よ! 楽しいんだもの!」

 

 少女の攻撃を捌きつつ、至近距離からカウンター気味にギニューの放ったエネルギー波が彼女に直撃する。ナッツは吹き飛ばされながら両手両足を地面につき、地面との摩擦で勢いを殺す。そして四つん這いの姿勢から、小さな猛獣のように、あるいはじゃれつく子猫のように、いたずらっぽく微笑みながら高く跳躍する。

 

 ギニューの頭上から引っ掻くように繰り出される拳の連撃は囮で、ナッツが空中から放った回し蹴りが、彼の側頭部を直撃する。

 

「ぐうっ!」

 

 頭部を揺らされ、意識を飛ばされ掛けるも、気合いで持ち直したギニューの打ち下ろした手刀が少女に命中し、大きく後ろに弾き飛ばす。

 

 距離を置いて向かい合った二人が、荒々しく息を吐く。既に両者共に、限界が近付いているのは明らかだった。

 

 互いに満身創痍、もはやどちらが倒れてもおかしくない状況で、ナッツはそれでも不敵に笑う。

 

(もうそろそろ終わりかしら。けど私は、絶対に負けないわ!)

 

(どうして、ボクじゃなくて、そんな奴相手に……!)

 

 悟飯は彼女の笑顔が、自分以外の男に向けられている事に憤っていた。怒りにも似て、より濁った暗い感情が、少年の心をどす黒く染め上げていく。

 

 ただ、年齢の割に大人びていた彼は、その感情が何と呼ばれているかを知っていたから、憤るのと同時に、恥ずかしい気持ちになってしまう。彼女の笑顔は、自分だけのものとでも言うつもりなのだろうか。自分は彼女の、ただの友達に過ぎないのに。

 

 ナッツが誰と戦って楽しもうと、それは彼女の自由だし、自分もたまに、遊びに来た彼女と組み手をしている。ただ、彼女がああまでボロボロになるまで、痛めつけるような事は、彼にはとてもできなかった。それこそを彼女が望んでいるという事は、賢い彼は、とうに理解していたけれど。

 

 輝くような少女の笑顔がいたたまれなくなって、悟飯は顔を伏せてしまう。その様子を、彼女の父親が横目で見ていた。幼い少年の心の中の葛藤を、年長者である彼は、手に取るように理解していた。

 

 惹かれた相手が、自分以外と楽しそうに戦っているだけで、いちいち嫉妬してしまう。まるで昔の自分を見ているようだと、一瞬でも思ってしまって、彼は小さく舌打ちした。

 

 

 

 少女と対峙するギニューは、勝つ為の方策を必死に考えていた。

 

(負けるつもりは微塵もないが、このまま奴と正面からぶつかれば危ないかもしれん! 考えろ。どうすればこいつを確実に倒せる……?)

 

 答えを探すべく、彼はナメック星での彼女と戦った時の事を思い出す。あの時も、戦闘力で負けていたつもりはない。そう、奴のポーズの予想外の見事さに、思わず隙を晒してしまっただけであって……。

 

「はっ!?」

 

 そこまで考えた瞬間、ギニューの脳裏に天啓が舞い降りた。即座にその場を飛び離れる彼の行動に、少女は思わず瞠目して叫ぶ。

 

「ちょ、ちょっと!? 待ちさないよ! ここまで来て、逃げるっていうの!?」 

 

 慌ててナッツも飛び立ち、彼の背を追いかける。遠目で見るギニュー隊長は、スカウターで何やら通信をしているようだった。

 

 そして彼が地面に降り立った時、そこには先程ナッツによって倒された、特戦隊の4人が集結していた。警戒して、彼らから距離を置いて、ナッツも着陸する。

 

「どういう気なの、ギニュー隊長? もうおじさん達に、戦う力は残ってないわよ?」

 

 彼らは全員、止めを刺されてこそいなかったが、立っているのもやっとという状態だ。

 

「……まさか、おじさん達を盾にでもする気なの!?」

 

 自分はあの人達を殺せない。それをされたらどうしようと、怯えた顔になった少女に向けて、ギニューが静かに口を開く。

 

「そんなつもりは一切無い。大事な部下を、貴様ごときのために、使い捨てなどにできるものか」

 

 そもそも、敗北した部下達がまだ生きているのは、彼女の甘さによるもので、それをいい事に付け込むような真似は、彼の好むところではなかった。そして彼にはそんな真似をせずとも、確実に勝利する、絶対の自信があった。

 

「いくぞお前ら!! 準備はできてるか!!」

「「「「了解です!! 隊長!!」」」」

 

 ギニューが号令を掛けた瞬間、部下達の雰囲気が一変する。既に戦えないはずの彼らから、まるで隠していた大技を放つ直前のような、危険な重圧を感じた少女が後ずさる。

 

「い、一体、何をする気なの……?」

 

 ナッツの疑問に応えるように、彼らは行動を開始する。

 

「リクーム!」

「バータ!

「ジース!」

「グルド!

「ギニュー!」

 

 横一列に並んだ彼らが、叫びと共に各々のポーズを披露する。そして最後に五人が一糸乱れぬ動きで集合し、一つのファイティングポーズを作り上げた。

 

 

「「「「「みんな揃って!!!!! ギニュー特戦隊!!!!!」」」」」

 

 

 一瞬で天地が引っくり返ったような、とてつもない衝撃がナッツを襲った。

 

「あ……あ……。そ、そんな……」

 

 あまりにも卓越した技量の差を見せつけられて、がくがくと、足が震えるのを止められない。全員が重傷を負っているにも関わらず、計算され尽くしたポーズにはほんのわずかな乱れも無い。

 

 ギニュー特戦隊のファイティングポーズ。例えばここに立っていたのが彼女の父親ならば、その価値を理解できず、無粋にもエネルギー波の1つも撃っていただろうが、その芸術的価値を知る少女の目には、彼らの姿が燦然と光輝くかのように見えていた。

 

 ナメック星でギニュー隊長が見せたスペシャルファイティングポーズは凄まじかったが、それでもあれは、頑張ればまだ立ち向かおうと思える範疇だった。しかしこれは。

 

 震えつつも、ナッツの感性は冷静に分析する。ただでさえ完璧に近い5つのポーズが融合する事で、全く次元の違う1つのポーズを構築している。それぞれのポーズが補完し合う事によって、かつてギニューが単独で見せたスペシャルファイティングポーズをも、遥かに上回る相乗効果が発生しているのだ。

 

(迂闊だったわ! こんな切り札を隠していたなんて!)

 

 少女は唇を噛む。ギニュー特戦隊を相手にするのだ。この展開を、全く予想していなかったわけではない。だがギニュー隊長にも自分のポーズが通じた事から、いざとなれば対抗できるという油断があったのかもしれない。

 

 五人の力が合わさったファイティングポーズは、彼女の想像を遥かに超えて圧倒的で、立っているのが精一杯の状況だった。仮にこれがスペシャルファイティングポーズだったならば、即座に彼女は打ちのめされ、立ち上がる事すらできなかっただろう。

 

 そして戦場でポーズを見せられた以上、当然こちらも返さねば失礼に当たる。これを無視すれば、たとえ戦闘力で上回っていたとしても、気持ちの上で負けてしまう。

 

 だが彼我の戦力差は、圧倒的だった。彼女が今できるポーズは、ナメック星で見せたのと同じ一つきり。しかも今までポーズの練習などした事が無いから、もしかすると以前よりも劣化しているかもしれない。

 

 彼女の切り札である、大猿化も超サイヤ人への変身も、この状況を打開するのは不可能だった。日々欠かさず研鑽を続けていたのであろう、彼らの人生の集大成を前に、練習もろくにしていない自分のポーズを晒しても、惨めな思いをするだけだろう。

 

(それくらいなら、いっそ潔く降伏してしまった方が……)

 

 戦闘民族らしからぬ、そんな事を考えてしまうほど、今のナッツは追い詰められ、弱気になってしまっていた。

 

 

 今にも倒れそうな少女の様子に、ギニューは作戦の成功を確信した。天才的なポーズの才能を持つあの娘が、同時に持つ優れた審美眼が命取りになったのだ。

 

 これがスペシャルファイティングポーズならば、とうに決着はついていただろうが、全員が重傷を負った今の状況で、0.1ミリの誤差も許されないあのポーズは失敗の危険がわずかにあったから、安全策を取った形だ。

 

 既に奴の心は既に折れかけている。あとは自ら負けを認めるのを待つか、決定的な隙を見せた瞬間に致命打を叩き込むのみだが。そこまで考えて、彼は自分の中の、物足りないという感情に気付く。

 

(どうする? ベジータの娘。お前はここで何もできず、終わってしまうのか?)

 

 ナメック星で、彼女が見せた素晴らしいポーズ。初見ならともかく、同じ物を見せられたところで彼には通じないが、それでも彼女の才能なら、この数ヶ月の間に、未知の新作を完成させて、彼らに対抗してくる可能性もゼロではない。   

 

 万が一の奇跡を警戒しつつ、同時に心の奥底で、わずかにそれを期待してしまっていることに、彼は内心愕然とした。

 

 

「あ、あれは一体、何が起こっている……? ナッツの方が、負けているのか……?」

 

 遠くの岩陰から彼女の父親が、その様子を焦った様子で見守っていた。万が一、娘が敗北した時には、割り込んでその命を救うべく待機していた彼にも、この展開は予想外だった。

 

 娘の小さな後ろ姿は、この距離からでも分かるほどに震えていて、ポーズについて造詣を持たない彼にも、ナッツの不利は明らかだった。こうなれば自分が、助太刀に行くべきだろうか。

 

 昔フリーザ軍のパーティーで、何かしらの一発芸をやる流れになって、ビンゴ大会の前に披露した即興のダンス。ナッツとリーファはもちろん、会場全体が大盛り上がりで、コルド大王にすら大好評だった、あれならばもしかすると通じるかもしれない。

 

 だが娘の戦いを、邪魔してしまうわけにはいかない。苦悩し動けない父親の隣で、少年がすっくと立ち上がる。彼女が負ける所なんて、見たくなかった。それにあの特戦隊の人達のポーズは凄いけど、ナメック星でナッツが見せた、力強くも可憐なポーズも、彼にとっては、宇宙で一番素晴らしいポーズだったのだ。

 

 

「ナッツ! 頑張って! 負けないで!」

「なっ!?」

 

 その場の全員が、声を上げた少年に注目した。震えながら、ゆっくりと振り向いた少女に向けて、彼は叫ぶ。

 

「大丈夫だよ! 君のポーズは、ボクにとっては、宇宙で一番素敵だったから! それに君は、サイヤ人の王族で、エリート戦士なんだよね! だったら諦めないで! 強くて格好良いところを見せてよ!」

 

 まるで告白のような、真っ直ぐで熱のこもった少年の叫びに、皆は唖然として、ジースが思わず口笛を吹いた。

 

「そ、そうだナッツ! オレもついてるぞ!」

 

 彼女の父親も、気を取り直して負けじと叫ぶ。二人からの声援を受けたナッツは、いつの間にか、身体の震えが止まっている事に気付いた。

 

 そして、悟飯の言葉を聞いて、自分の心の中に、温かい気持ちが湧き上がって来るのを感じていた。大切な物を確認するかのように、胸に手をやって、小さく笑う。父様や母様の事を考える時ともまた違う、この気持ちはなんだろう。

 

(そう。誇り高いサイヤ人の王族が、戦いもせず降参なんてできないわ。下級戦士のあなたに、そんな事を教えられるなんてね)

 

 胸に宿った、優しく温かいものは、彼女の幸せな記憶の結晶だった。愛してくれた両親の記憶。地球で会った、優しいサイヤ人の少年との記憶。そして今まで想像すらできなかった、快適で穏やかな暮らしと、素敵な地球人の女性との記憶。

 

 それらを噛み締めているうちに、少女の中に、一つの形が作られていく。

 

(ありがとう、悟飯。このポーズを、あなたに捧げるわ)

 

 ナッツが顔を上げ、少年に向けて、お礼を言うように、小さく微笑んだ。それだけで、彼は思わず顔を染めてしまう。

 

 そして少女はそのまま、ギニュー達に向き合って、幸せな気持ちの命じるままに身体を動かして、ありのままのそれを表現する。

 

 胸に手を当て、もう片方の手を腰へと伸ばす。優しく笑みを浮かべながら、サイヤ人としての誇りを胸に。今の自分の全力を出し切った確信と共に、ナッツは宣言する。

 

「私の名前はナッツ! サイヤ人の王子、ベジータ父様の娘よ!」

 

 

 

 少女の見せたそのポーズに、歴戦の特選隊員達が驚き叫ぶ。

 

「な、何だと!?」

「何なんだあれは!? あれがファイティングポーズなのか!?」

「ありえねえ……!」

「まさかの新作かよ……!」

 

 彼らが驚いたのも無理はない。それは既存のファイティングポーズから、あまりにも掛け離れたポーズだった。

 

 戦闘中の彼女の様子とはうって変わって、開く直前の花の蕾のような、無邪気さと可憐さを体現していた。自覚の無い想いが溢れ出したような微笑みは、見ているだけで胸が締め付けられるような気持ちになってしまう。その身に纏う戦闘服は、煌びやかなドレスのようで、その場の全員が、彼女の周囲に、花が咲き誇っているのを幻視した。

 

 それは決して、ただ可愛く微笑ましいだけの仕草ではない。少女の凛とした佇まいは、戦闘の心得のある者が見れば、一部の隙も見当たらないと理解できる。自分が戦える人間だという事を、ポーズの形に頼らず、立ち姿だけで物語る高等技術だった。

 

「ぐうううう……!!」

 

 ギニューは言葉も出ないまま、ぎりぎりと歯を噛み締める。確かに凄まじいポーズだ。奇抜でありながら、それでいて押さえるべき所は押さえている。彼の発想からは絶対に出てこない、ファイティングポーズの概念を大きく塗り変える、革新的なポーズだった。

 

(これだけの才能を持ちながら、なぜサイヤ人などに生まれたのだ……!!)

 

 あと10年、いや、5年だけでいい。この娘に徹底的にポーズの何たるかを教え込めば、必ずや自分を超えるファイティングポーズの名手として、銀河にその名を轟かせる事ができるはずだ。だが、その未来はもう、永遠に失われてしまった。

 

 彼女達サイヤ人は、今やフリーザ軍の敵なのだ。フリーザ様が惑星ベジータを破壊した時点で、こうなる事は必然だったのかもしれない。そして大恩あるフリーザ様を裏切る事など、できるはずがない。無念だった。

 

「おおおおおおっ!!!!」

 

 自分の中の迷いを打ち払うように、絶叫したギニュー隊長がポーズを解いて、全速力で少女へと突進する。

 

 近付くにつれ、彼女のポーズが、細部まではっきりと見えるようになる。そして彼の目は、足を置く位置や、わずかな腕の角度など、細かいポーズの不備を無数に捉えていた。やはりこの娘はまだ未熟なのだと、ギニューは理解してしまう。

 

 フリーザ様のために、この原石を、これから打ち砕かねばならない。彼は思考を振り払い、ただ目の前の敵を倒す事に専心する。

 

 瞬く間に眼前に迫った彼を、ナッツもポーズを解いて迎撃しようとしたその時、彼女は何かに気付いて、大きく目を見開いた。

 

「……えっ!?」

 

 少女の動きが一瞬停止し、理由が分からぬまでも、ギニューは勝利を確信する。

 

(!? 勝った!)

 

 そしてギニューは残された力を振り絞って、その右腕を振り抜いた。未だポーズを解かぬままのナッツの頭部を砕かんと拳が迫る。

 

「バカな! ナッツ、なぜ避けない!?」

「ナッツ!?」

 

 父親と悟飯が悲鳴を上げる。少女は迫りくる拳を、信じられないものを見るかのように、ただ茫然と眺めていた。

 

 

 

 そしてギニューの拳が炸裂し、ナッツの前髪が、風圧で大きく広がった。

 

「な、なぜだ……?」

 

 ギニューは全身を、わなわなと震わせる。彼の拳は、未だポーズを崩さない少女に当たる寸前で、停止していた。自分がそれをした事を、信じられないといった顔で、彼はナッツを見た。やっぱり、と少女は呟いた。

 

「……あなたから、さっきまでの敵意を感じなかったの。本当に止まるかどうかは、分からなかったけど。びっくりしちゃって、とっさに動けなかったわ」

「このオレに、貴様への敵意が無いだと……!」 

 

 ふざけるなと、一喝しようとしてギニューは気付く。震える自ら止めた拳が、何よりの証明であることに。

 

 彼の目には、眼前の少女のポーズの、自分でもまだ気付いていないだろう欠点や改良点が、無数に見えていた。それを全て直せば、この革新的なポーズが、更なる高みへと昇るだろう事は確実で、それを見たいと、壊したくないと、深層意識の奥底で、思ってしまっていたというのか。

 

 この娘を生かしておけばフリーザ軍の危機というのなら、それでも彼は躊躇いながらも、彼女を殺せていただろう。だがこの娘にフリーザ軍を害する意思は欠片も無く、ただ彼らと戦いたいという、馬鹿げた理由で、わざわざこんな所まで来ているだけなのだ。

 

 そしてこの未熟でありながらも輝きを秘めたファイティングポーズは、確かに彼の心を動かすだけのものを備えていた。

 

 彼は拳を下げて、真っ直ぐにナッツの目を見ながら言った。

 

「……オレの負けだ」

「ええっ!?」

 

 少女は驚き戸惑ってしまう。確かに相手が降伏しても、勝ちと言えば勝ちだし、ここまでの戦いで、それなり以上に満足してはいるけれど。

 

「あ、あの、ギニュー隊長? それはそれとして、その、どちらかが倒れるまで戦ってみるとか……駄目かしら?」

 

 駄目元でお願いしてみたナッツを、彼は一喝する。

 

「甘えるな! 貴様にはやるべき事があるだろう!」 

「な、何!?」

 

 怒られた少女は、びくっと身体を硬直させてしまう。

 

「そのポーズの改善だ! もう一度最初からやってみろ!」

「こ、こうかしら?」

 

 ぴし、とナッツの決めたポーズを一瞥したギニューが叫ぶ。

 

「それだ! 動きの初動が甘い! 気合いが足りん! 腕の角度も体幹のバランスもなってない! せっかくのポーズが泣いているぞ! 練習をサボっていただろう!」

「わ、判るの!?」

「当然だ! それで、それは何ヶ月前に作ったポーズだ?」

「い、今さっき?」

「…………」

「あ、あの、ギニュー隊長……?」

 

 急に無言になって、顔を片手で覆い、ぶるぶると全身を震わせ始める彼のただならぬ様子に、不安になった少女が、おずおずと呼びかける。

 

 そして約十秒後、ギニューはナッツに、凄味のある笑顔を見せながら言った。

 

「ベジータの娘よ! みっちり鍛えてやるから覚悟しておけ!!」

 

 

 

 そうして、何故かギニュー隊長による、少女へのポーズの指導が始まって。暇になったジース達が、傷の応急処置を済ませながら、わらわらと悟飯達のところへやってきた。

 

「よう! ベジータにナッツちゃんの彼氏じゃん! 元気してた?」

「か、彼氏とかじゃあ……」

「こいつと娘との交際を認めた覚えは無い」

 

 赤くなって俯く悟飯と、彼の頭をはたきながら、きっぱりと言い切るベジータの様子に、隊員達がにやにやと笑う。

 

「というか、ナッツちゃんだけでなく、ベジータに彼氏君もいるとか、過剰戦力すぎるだろ……」

 

 父親に向けたスカウターの表示が、計測不能を示すのを見て、バータが顔を引きつらせる。少年の方も、ナッツとほぼ同等の戦闘力を示していた。

 

「ヤードラット星の防衛依頼を受けたのは娘だけだ。オレは撮影に来ていただけで、ナッツからも手出ししないよう言われていた」    

「この星の奴ら、よくそれで納得したな……」

(ナッツが負けるはずないだろうって、ベジータさんがゴリ押ししてました……)

 

 思い出して顔を伏せる悟飯に、ジースがからかうように声を掛ける。

 

「で、彼氏君は何? このあとナッツちゃんとデートとか?」

「ぼ、ボクはその、自由研究と、家族旅行で……」

「家族旅行!?」

「カカロットとこいつの母親と、あと1人地球から来ている。今はヤードラット星人共と一緒に、近くの星で観光と買い物をしているはずだ」

「自由研究って何だ?」

「ナッツからもらった図鑑に、ヤードラット星人さんが、不思議な力を使うって書いてあって、見てみたくなったんです」

「ナッツちゃんが男に貢いでいる……!?」

「プレゼントって言えよ馬鹿」

「お前、あんまりサイヤ人らしくないな。まるで学者みたいな……」

「はい、将来は学者さんになりたいです」

 

 グルドの疑問に、にっこり笑って応えた悟飯を、隊員達が一斉に変な子を見る目で見た。

 

「あ、あの……おかしいですか?」

「い、いや、立派だと思うぜ?」

「ヤードラット星を滅ぼして売り飛ばすために来たとかなら、まあ分かるけどよ……サイヤ人が? 図鑑を見て? 勉強?」

「あの悟空って奴といい、サイヤ人も変わってるんだな……」

「誤解するな。こんな腑抜けは下級戦士のこいつやカカロットだけだ。娘は今もサイヤ人らしく、賞金首や悪党共を殺して元気に遊んでいる」

「そっちも別の意味で変なんだけどよ……」

 

 偉そうに胸を張って自慢する父親に、困ったようにリクームは相槌を打つ。 

 

「それにしても、ギニュー隊長がオレら以外にポーズの指導をするなんてな」

「……そんなに凄い事なのか?」

 

 いつか娘が成長したら見せようと、熱心にポーズの訓練をしている姿を撮影しながら、父親は尋ねる。

 

「ああ、誰に頼まれても、いくら積まれても、一切断っていたからな」

 

 ギニュー特戦隊のファイティングポーズは、その芸術的価値の高さから、銀河中に熱狂的なファンを抱えており、彼らに憧れてポーズを真似る者達も大勢いる。

 

 その指導者であり、宇宙最高レベルの技量を有するギニュー隊長の元には、いくら払っても良いから、ぜひポーズのレッスンをして欲しいと願う声が後を絶たず、それらを受けるだけで、間違いなく一生安泰に暮らしていけるだろう。

 

 だが彼はその全てを、「自分の本業はフリーザ様に仕える戦士だ」と言って断っており、それがフリーザ軍の知名度とイメージ向上に貢献していたりもするのだが、それはまた別の話だ。

 

 

 そうして30分ほどが経過した後。一通りの訓練を終えたギニューは、ぱんと手を叩いて言った。

 

「よし、基礎はもう十分だ。さっきのポーズを、もう一度オレに見せてみろ」

「はい、先生!」

 

 ナッツは胸に手を当て、ビシッと気合いを入れてポーズを取る。それを見た隊員達が、驚愕の声を上げる。短い時間とはいえ、ギニュー隊長自らの体系立った指導を受け、細かい欠点を全て修正された上に改良を施されたポーズは、彼女自身の爆発的な成長も相まって、本来ならば数年の研鑽を経なければ、辿り着けないだろうレベルにまで達していた。

 

「あ、あれは……ナッツちゃん、マジで凄過ぎるじゃねえか!」

「さっきのポーズでも、十分凄いと思ってたのによ……!」

 

 まだ隊員達の域には遠く及ばないが、それでも彼らは、彼女のポーズに未来を見た。それはまるで、小さな雛鳥が、可能性の翼を大きく広げて、巣から飛び立ったその瞬間を見るかのようで。彼らは感動的に立ち尽くし、思わず瞳を潤ませる。

 

「こ、これが、私……?」

 

 自分でも分かる程の明らかなレベルの向上に、戸惑う少女に、ギニューは重々しく頷いた。

 

「この程度で満足してもらっては困る。貴様は確かに素晴らしい才能を持っているが、磨かなければ宝の持ち腐れだ。基礎は全て教えた。あと毎日少しずつでもいい。日々の練習を怠るな」

「……はい、先生!」

 

 黒い瞳を輝かせて、尊敬の眼差しで彼を見つめる生徒に内心苦笑しながら、彼は考える。

 

 この娘は、フリーザ様が生きていると知ったら、間違いなく殺しに来るだろう。だが無数の宇宙戦艦と防衛施設に護られた惑星フリーザ本星と周辺宙域は、たとえどんな堅牢な宇宙船だろうと、敵対者が近づく事は不可能だ。それに惑星フリーザ本星には、コルド大王様もいる。未だ動けぬフリーザ様が、害されてしまう事はないだろう。

 

 だが任務に失敗した上、敵に塩を送るような、フリーザ様の信頼に泥を塗るような真似をしてしまったことは事実だ。フリーザ様が回復されたら、自分の心情も含め、ありのままを報告して、いかなる罰も受けようと、彼は決意していた。

 

 およそ1年後、ギニューからの報告書を読んだ病み上がりのフリーザが、内容を全く理解できず頭を抱える事になるのだが、それはまた別の話だ。

 

 

 

 そしてギニュー特戦隊が、ナッツに見送られながら撤退して行った後。ヤードラット星人達と共に、近くの星を観光していた悟空とチチとブルマが戻ってきた。

 

 ブルマは地球から持ち込んだ宝石やブルーオーラムで、大きな宇宙船が一杯になるくらいの買い物をしていた。地球には無い未知の素材や、各種テクノロジーの技術書に囲まれて、すっかりご満悦の様子だった。

 

「ナッツちゃん、前に言ってたメディカルマシーンも買っておいたわよ。地球まで届けてもらえる事になったから」

「あ、ありがとう……」

 

 あっさりとそんな事を話すブルマに、少女はちょっと引きながら応える。あれは確か、個人で買える額じゃなかったはずなのだけど。それを辺境の地球まで運ばせるなんて、一体いくら使ったのかすら、想像ができなかった。

 

 それとヤードラット星人達に、星を守ってくれてありがとうとお礼を言われて、ちょっと複雑な気分だったけど、嬉しかった。

 

 カカロットは、一緒にいる間に、彼らと仲良くなったようで、彼らから、瞬間移動という技を教えてもらうという事だった。細かい理屈は分からなかったけど、要は知っている相手のいる場所に、一瞬で移動できる能力らしい。

 

 色々応用が利きそうだったし、大猿になった時にも便利そうだったから、一週間ほど滞在して、一緒に教わってみたのだけど。

 

「気とかスピリットとか、全然分からないわ……戦闘力と何が違うの?」

 

 隣で学んで、既にコツを掴みつつある悟空と違って、全く手ごたえが得られない事に、疲れきった様子を見せるナッツ。

 

 二人とも同じ純血のサイヤ人でありながら、こうまで差が見られるのは、生まれ育った環境に由来する。サイヤ人は生まれつき多くの気を持っているため、周囲の人間の見様見真似で、特に学ばずとも、空を飛べたりエネルギー波を撃てたりする。

 

 一方、気の総量の少ない地球人は、ただ空を飛ぶだけでも、舞空術などという形で、気の扱いを系統立てて学ぶ必要がある。そうした理由で、出力はともかく、気を感じる能力や細やかな扱いの技術については、地球人の方が優れている。

 

 悟空は幼い頃から地球で育ち、地球人の師から気の扱いを学んだサイヤ人という稀有な存在であり、下級戦士でありながら、ベジータ達をも驚かせたその強さの理由の一旦は、こうした所にあるのかもしれない。

 

 閑話休題。とにかくナッツは、気を読むという基礎の基礎すら苦手な自分には向いていないと、しぶしぶ瞬間移動の習得を諦めるのだった。

 

「悟空さん。この分なら、あと1年もすれば習得できますよ」

「い、1年!? そ、そりゃあ、ちょっと無理だ……瞬間移動は惜しいけど、そろそろ地球に帰らないと、畑が駄目になっちまう……」

「いえ。既に基礎はできてますから、あとはご自身で毎日少しずつ練習すれば、大丈夫ですよ」

 

 そのヤードラット星人の言葉に、ナッツは自分の先生を思い出して、くすりと笑ってしまう。

 

「? どうしたんだ、ナッツ?」

「ううん、何でもないの」

 

 嬉しそうに微笑む少女を、悟空は不思議そうな目で見ていた。

 

 

 そうして地球に帰ってからも、毎日5分ほど、ナッツが鏡の前でポーズの練習に励む姿が見られるようになり、その姿を、時折ベジータも録画していた。

 

 数年後にその映像を見せられ、少女は羞恥のあまり絶叫する事になるのだが、それはまた、別の話だった。




 ギニュー隊長、自分の中では「真面目過ぎる人」ってイメージなのです。
 原作でもゲームとかでも、あのポーズおふざけとか一切無しで真剣にやってるよなあ、って思ったので、こんな感じの描写になりました。こんなでも一応原作寄りなのです。(キャラ崩壊タグで保険を掛けながら)

 あとこの頃の悟飯の普段の戦闘力、原作では描写が無いんですけど、フリーザ戦で100万以上出せてたのは怒りによる瞬間的なもので、それが無ければ大体今のナッツと同じくらいじゃないかなあと解釈してます。


 それと評価と感想とお気に入りをありがとうございます。続きを書く励みになっております。

 次はようやく、前から予告してたフリーザ様の話です。ギニュー隊長とかコルド大王とか出ます。遅くなるかもしれませんが、気長にお待ちくださいませ。


・彼らに憧れてポーズを真似る者達も大勢いる

 3DSの隠れた名作「ドラゴンボールフュージョンズ」からの設定です。ギニュー特戦隊リスペクトのオリキャラ達が出ます。
 ゼノバースみたいなオリジナル主人公を作れるゲームで、内容は全ての平行世界から集まった数百人のオリキャラ達をポケモンよろしく集めて天下一武道会に挑むという感じで、悟空やベジータと言った有名キャラは終盤とかクリア後しか仲間にならなくて、聞いた事の無いオリキャラでPTを組む感じになるんですが、何せ数百人もいるので絶対数人はツボに入るキャラがいまして、彼らを育てて他のキャラとフュージョンさせて強化して使っていくのがとても楽しかったのです。
 ちなみに作者のお気に入りはサイヤ人と地球人のクォーターの少女で、強いお友達をたくさん作るために参戦したシャロット(名前被り)です。彼女のようなサイヤ人キャラや主人公がイベント中に敵の投げたパワーボールに反応しない点以外はパーフェクトでした。
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