あるサイヤ人の少女の物語   作:黒木氏

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セル編
1.彼女の仇がまた来る話


 ナメック星での戦いから、およそ1年と8か月が経過したある日の事。 

 

 カプセルコーポレーションの居間のソファーで、今日もたっぷりの美味しい昼食を食べ終えたナッツが、気持ち良さそうにお昼寝をしていた。

 

 そして彼女の横に座ったブルマは、穏やかに眠る少女の寝顔を、微笑みながら眺めていた。本当は頭でも撫でてあげたかったけど、それはちょっと、まだ早い気がした。

 

「ナッツちゃん、もう7歳になったのね……」

 

 彼女の誕生日を祝ったのが、つい昨日の事のようだった。カプセルコーポレーションの広い敷地内に、様々な一流レストランの料理人達に来てもらって、屋台のような形式で、食べたい料理を好きなだけ食べれるようにしたのだ。

 

 当日は悟飯君に、孫君にチチさんにクリリンに、何故だか神様達までやってきて、誕生日プレゼントの山に囲まれたナッツちゃんは、とても嬉しそうにはしゃいでいた。掛かった費用はベジータが全額払うと言っていたけど、自分も祝ってあげたかったから、無理矢理半分は支払った。

 

 それにしても、とブルマは思う。初めて会った日から、もう2年近く経っているのに、彼女の外見は、ほとんど変化していない。この年頃なら、1年でだいたい5.6センチは伸びるはずなのに。

 

 心配になってベジータに聞いてみたら、サイヤ人は子供時代の成長が遅いという話で、そういえば孫君も、初めて会った12歳の頃から、しばらく見た目が変わっていなかったし、悟飯君も、ナメック星に行った時から変化が無い。

 

 ただ、ある程度成長が止まった後は、一気に成長するらしく。ブルマは小さかった悟空が、ほんの3年ですっかり大人の姿になっていて、驚いた事を思い出す。

 

「あと何年かしたら、一気に凄い美人さんになったりしてね」

 

 ブルマの見ている前で、むにゃむにゃとナッツが寝返りを打ち、猫のように、尻尾をぱたりと動かした。この小さな愛らしい子供が、そんな風に成長するのは、まだまだ先の事だろうけど、いつか必ず来るであろうその日が、待ち遠しいと彼女は思った。

 

 その頃には、身体だけでなく、中身も女の子らしくなっているかもしれない。チチさんの所で、料理を習っていて、ときどき何かしら作ってくれるし、最近は家事も学んでいるらしく、食後の洗い物や洗濯なんかを、手伝ってくれるようになったのだ。

 

 そして娘が家の手伝いをしているのを、あの父親が、黙って見ているわけもなく。3人で洗い物をしたり、洗濯物を畳んだりするのが、すっかり日課になっている。ナッツ達と暮らし始めてから、料理を始めとした、家事の手間は増えたけど、これについては、お金で人を雇って任せようとは思わなかった。

 

 戦いが大好きで、たまに宇宙まで悪党退治に行ったり、2週間に1度くらい、悟飯君と組み手をして、傷だらけになって帰ってくるのは、一般的には女の子らしいとは言えないけど、サイヤ人としては、たぶん普通の事なのだろう。それ以外は、明るく元気で、家族想いで、素直で聞き分けもよくて、とても可愛らしい良い子だと思うのだ。

 

 一緒に暮らす事になったきっかけは、初めて会った日に、こんな子供が日常的に星の侵略をしていると知って、放っておけないと思ったからだけど。2年近くを共に過ごした今、ブルマの中で、この小さなサイヤ人の少女の存在は、もはや切り離せない程、大きなものとなっていた。

 

(いっその事、うちの子になってくれたら……なんてね)

 

 誰も聞いていないと分かっていても、そんな事を軽々しく口には出せない。この子は今でも、死んでしまった母親の事を、愛しているのだから。

 

 リーファというその人の写真を、前に頼み込んで、見せてもらった事がある。黒い戦闘服を着たナッツの母親の姿は、とても儚げで、同性の目から見ても、信じられないくらいに綺麗な人だった。そして娘と夫の事を、何よりも大切に想っていると、写真からでもはっきりと判った。

 

(元の奥さんがあれじゃあ、こんな美人と一つ屋根の下で暮らしてても、何もしてこないはずよね……)

 

 ブルマは小さくため息をついて、ナッツの父親の事を考える。ちょっと背は低めだけど、若くて逞しくてハンサムで、お金もたくさん持っている。別に無一文でも気にしないけど、ストイックでカプセルコーポレーションの財産に、興味を持つ素振りすらないのはとてもいい。

 

 家事もしっかり手伝ってくれるし、娘に対しても、親馬鹿と言っていいレベルで優しい。きっと子供ができたら、物凄く可愛がってくれるだろう。5年も前に亡くなった奥さんに、一途な所も好印象だ。少なくとも、浮気者よりはずっといい。

 

 正直傍から見ると、ベジータは怖いくらいの優良物件だ。一途な対象が自分でさえあれば、何の問題も無かったのに。

 

(まあ、このまま一緒に暮らせるだけでも、それはそれで良いかな)

 

 下手な事をすれば、今の関係まで壊れてしまうかもしれない。それをブルマは、怖いと思った。

 

「むぅ……駄目よ悟飯……もっと本気出してくれないと……」

 

 可愛らしい寝言を耳にして、彼女は頭を左右に振る。この子の前で、あんまりそういう事を考えるべきではないと思った。

 

 時計を見ると、そろそろおやつの時間だった。ナッツの好きなオレンジジュースでも、準備しておいてあげようと、ブルマが台所に向かった、その時だった。

 

 

「!?」

 

 

 眠っていたはずのナッツが、一瞬で跳ね起きて、ソファーの上に立ち上がっていた。

 

 ブルマが慌てて振り返ると、少女の小さな身体は、離れていても判るほどに震えていた。

 

「まさか……あれで生きてたっていうの……!?」

「な、ナッツちゃん……?」

 

 わなわなと震える少女の、ぞっとするほど冷たい瞳を目の当たりにして、ブルマは思わず、たじろいでしまう。親の仇にでも向けるような、冷たく燃える殺意を感じた。あの明るく朗らかな子供が、こんな表情を、していいはずがなかった。

 

「ブルマ! できるだけ安全な場所に避難して!」

「ま、待ってよナッツちゃん!?」

 

 叫んだナッツは居間を飛び出し、部屋の方へと走っていく。只ならぬ少女の様子を案じたブルマが、必死にその後を追い掛ける。

 

 凄まじい速度で、少女の背中はすぐに見えなくなってしまう。息を切らせたブルマが彼女の部屋に入った時、ナッツは着ていた地球の衣服の、最後の一枚を脱ぎ捨てたところだった。

 

 少女は既にその手に握られていた紫のアンダースーツに身体を通し、その間にも彼女の尻尾がクローゼットの中から、黒いプロテクターを器用に掴んでナッツに渡す。少女はプロテクターに頭と手を通しながら、尻尾で床に並べた左右のブーツを慌ただしく履いた。

 

 最後に尻尾を勢いよく腰に巻き付け、10秒と掛からず戦闘服を着用したナッツが、部屋の大きな窓を開けて身を乗り出す。凍えるような目をした少女に、状況を理解できないままブルマは呼びかける。

 

「ナッツちゃん! 一体どうしたっていうの!?」

 

 そこで彼女は一度だけ振り返ると、子供らしからぬ、絶対零度の殺意を滾らせた顔で言った。

 

 

「この地球に、フリーザが来るのよ」

 

 

 それだけ言い残して、少女は全速力で飛び立って行く。ブルマはすぐに窓から空を見上げるも、遠ざかる少女の身体は、みるみるうちに小さくなっていった。父親と思しき人影が、遠くでナッツと合流するのが見えた。

 

 一人取り残されたブルマは、しばらく呆然としていたが、去り際のナッツの表情を思い出して、次第に怒りが込み上げてくるのを感じた。あの子はこれから、いつものように、幸せそうな顔でおやつを食べるはずだったのに。

 

「……アッタマきたわ! もう、何だっていうのよ!」

 

 宇宙の帝王だか何だか知らないけど、うちの子に、よくもあんな顔をさせてくれたわね。そんな憤りを胸の内に抱えながら、ブルマは腰のポーチから取り出したカプセルを、窓から庭へと放り投げる。

 

 瞬時に現れた個人用の飛行機に飛び乗って、彼女はエンジンを全力で回した。

 

 

 

 時間は少し遡る。フリーザとコルド大王は、宇宙船の窓から、遥か遠くに見える青い星を眺めていた。

 

「ちっぽけな星だ。小細工などせんでも、一思いに消してしまえばよかろう」

「それじゃあボクの気が済まないよ、パパ。あの超サイヤ人共は、思いっきり悔しがらせて、苦しめてから死んでもらわないとね」

「うむ。まあ超サイヤ人が相手といえど、ワシとお前の2人もいれば十分か」

「……どうかな。あのベジータの娘は、今のボクなら1人でも勝てるだろうけど。ベジータとあのソンゴクウだかカカロットだかいう奴まで超サイヤ人になっていたら、危険かもしれない」

 

 フリーザの予測に、コルド大王は眉をひそめる。

 

「超サイヤ人が3人か……大丈夫だとは思うが、やはりクウラの奴も、連れてくるべきだったのではないか?」

「その必要はないよ。もうすぐ地球だ。ボクの言うとおりに動いてよ、パパ」

「うむ。任せておけ」

 

 

 そして現在。ナッツとベジータは、フリーザの気配の動きから予測した、宇宙船が着陸すると思しき場所に降り立った。

 

 親子は油断なく、上空を見上げて待ち構える。もしフリーザがいきなり地球を破壊する気でいても、この位置からなら攻撃を迎撃できるはずだ。

 

 それからすぐに、悟空と悟飯、ピッコロにクリリンに、ナメック星のドラゴンボールで生き返った、ヤムチャや天津飯達も到着した。界王星での修行によって、彼らはギニュー特戦隊とも渡り合えるレベルの実力を身につけていたが、それでも、まるで次元の違うフリーザの気を感じ取った彼らの表情は、一様に険しい。

 

「あ、あの、ナッツ……」

 

 おずおずと話し掛ける、戦闘服姿の悟飯を見て、少女は冷たい眼差しを、ほんの少しだけ緩めて笑った。

 

「悟飯。やっぱりその戦闘服、似合ってるわよ」

「う、うん。ありがとう。それで、その、やっぱりこの気は、フリーザが……」

「……ええ、死体を確認しなかった、私のミスよ」

 

 ナッツはナメック星の戦いの、最後の局面を思い出す。下半身を握り潰してやった上で、残った身体に全力のエネルギー波を撃ち込んだのだ。あれでまだ生きてるなんてと思ったが、相手は宇宙空間でも生きていられるという生物だ。そのくらいの生命力がある事は、予想しておくべきだったのかもしれない。

 

「……今度こそ、確実に殺してやるわ。ぐしゃぐしゃに踏み潰してから、跡形も無く焼き尽くしてやる」

 

 言いながらも、少女は身体が震えるのを抑えられない。復活したフリーザの戦闘力は、以前よりも遥かに高まっていた。大き過ぎて正確に測れているか怪しいが、およそ1億5千万はあるだろう。素の戦闘力は20万程度の今のナッツが、超サイヤ人になった上で、大猿に変身したとしても、その戦闘力はせいぜい1億で、全く歯が立たない事は明白だった。

 

(……どう戦っても、今の私じゃ勝てないわ。けどそれじゃあ、皆死んじゃう……)

 

 フリーザは私達を殺すだけでは、到底満足しないだろう。地球にいる人間は、きっと誰も助からない。ナッツは心の中で、この星での2年近くの、穏やかで心安らぐ暮らしを思い出す。

 

 地球人は弱いけど、私の尻尾を見ても、怖がったり攻撃して来たりはしなかった。チチさんは料理や家事を教えてくれたし、美味しいクレープをご馳走してくれたおじさんもいた。そして出会ってから今までずっと親切にしてくれた、優しい青い髪の女性の笑顔が、少女の脳裏に浮かび上がる。それだけで、まるで父様や悟飯の事を考えている時のように、心の中に、温かいものが広がるのを感じた。あの人には、特に死んで欲しくないと思った。

 

 考えている間も、フリーザの強大かつ邪悪な気配は、刻一刻と地球に迫り来る。避けられない破滅の予感に、少女の心は、押し潰されそうになってしまう。

 

 そこへ何かが飛んでくる音がして、ナッツが空を見上げると、個人用の飛行機が、空から垂直に降りてくるところだった。そして着陸した飛行機から、手を振りながら降りてくる女性を見て、ナッツは驚愕に目を見開く。

 

「やっほー、ナッツちゃん」

「ぶ、ブルマ!? 何しに来たの! 避難してって言ったでしょう!?」

「見てみたくなったのよ。宇宙の帝王って奴のツラを。ナメック星の時には、結局見れないままだったしね」

 

 言って不敵な笑みを浮かべる彼女を、少女は必死に説得しようとする。

 

「駄目よ! フリーザが来たら殺されるわ! ブルマ、お願いだから早く逃げて!」

 

 そこでベジータが、険しい目で空を見上げながら言った。

 

「ナッツ、もう間に合わん。今一人で離れるとかえって危険だ。ブルマの面倒は、お前が見てやれ」

「と、父様……けど私は、フリーザと戦わないと……」

 

 不安そうな娘の頭を、父親は優しく撫でながら言った。

 

「大丈夫だ。オレがやる。あの野郎には、ナメック星で殺された借りを返してやらないとな……!」

 

 言葉と同時に、ベジータの全身が、金色に輝くオーラに包まれた。黒かった瞳も、青へと変化している。戦闘力が飛躍的に跳ね上がった父親と、その外見の変貌を目の当たりにして、娘は驚きのままに叫ぶ。  

 

「と、父様!? いつの間に超サイヤ人になったんですか!?」

「少し前だが、安定して変身できるようになるまで、お前には黙っていようと思っていた」

 

 ナメック星でフリーザに娘が殺されかけた時、彼は超サイヤ人へのきっかけを既に掴んでおり、密かに修練を続けていたのだ。

 

「どうだナッツ、生まれ変わったこのオレのパワーは?」

「す、凄いです、父様……!」 

 

 目の前の父親の戦闘力は、近づきつつあるフリーザのそれに、決して劣らない。どちらも大き過ぎて正確にはわからないけど、それでも父親の方が勝っているとナッツは感じて、大きな安堵と頼もしさを覚えた。

 

 きらきらした尊敬の眼差しで彼を見上げる娘に、父親は誇らしげに胸を張っていた。その様子を周囲で見ていたヤムチャ達も、桁外れのベジータの強大な気に、今は味方だと判っていても、顔が引きつるのを抑えられなかった。

 

「あ、あれが超サイヤ人か……!」

「化け物になった娘よりも、更にとんでもないパワーでいやがる……!」

「正直複雑な気分だが、これが終わった後、地球を破壊したりはしないんだよな……?」

 

 天津飯の疑問に、ナッツは気分を害した様子もなく、あっさりと答える。

 

「私と父様は、その気ならとっくにやってるわ。この星の暮らしには満足しているし、悟飯やブルマやチチさんの、生まれ故郷を奪うような真似はしたくないもの」

 

 サイヤ人にとっての故郷である、惑星ベジータはもう存在しない。崩壊後に生まれた彼女は、故郷を見た事すらなく、その喪失を、それほど気にしてはいなかったけど。

 

 ナッツは明るい陽射しに照らされた、緑豊かな地球の風景を眺める。この星での生活は2年程度だったが、フリーザ軍の基地を転々としていた少女にとって、一つの星にこれほど長く住むのは、初めての経験だった。今この星が無くなったら、彼女は悲しく思うだろうし、ずっと住んでいる悟飯達は、なおさら辛い思いをするだろうと考えると、地球を壊すなど、間違ってもできるはずがなかった。

 

 そんな少女の内心を、ヤムチャは理解しきれず、ナッツの言葉を嬉しそうに聞いていた少年に、囁くような声で言った。

 

「悟飯、お前あの子と仲良くしろよ……?」

 

 打算的な台詞に、少女との関係を穢された気がして、彼はむっとした顔で答えた。

 

「ボクとナッツは、そんなんじゃないです」

「お、おう。悪い悪い……」

 

 気分を害した少年の声に、どこか危険な圧力が込められているのを感じて、彼は内心、冷や汗を流していた。

 

 

 

 ナッツは景気付けに、自分も超サイヤ人に変身する。背中まで伸びた長い髪を金色に染めて、透き通った青い瞳で、子供らしい笑みを浮かべながら、前髪を手でかき上げる。可愛らしいその姿に、悟飯が思わず、目を奪われてしまう。

 

「これで超サイヤ人が二人。たとえフリーザが来ても、私と父様の二人で掛かれば、絶対に倒せるわ」

 

 今のうちにパワーボールを使って、大猿に変身しておこうかしらと考えていた少女の前に、悟空が進み出る。訝しむ少女の前で、彼の全身が、一瞬で金色のオーラに包まれた。

 

「超サイヤ人なら、このオレもいるぞ」

 

 あっさり超サイヤ人になった悟空と、別人のようなその発言に、少女は思わずコケそうになってしまう。

 

「カカロット! 何で下級戦士のあなたまで超サイヤ人になってるのよ! 激しい怒りはどうしたのよ! あとその口調何!?」

「この間、超サイヤ人になれたって、自慢しに来たベジータにボコボコにされてよ。クリリンの奴もフリーザに殺されかけてたから、その時の事を思い出したら、いつの間にか変身できてた」

 

 ナッツの怒涛の突っ込みに、まるで別人のような、冷徹な口調で悟空は応える。

 

「あと、超サイヤ人になると、軽い興奮状態になるらしい。こう、凶暴性が増すというか」

「そうなの、ナッツ?」

「当たってるけど、私や父様は、普段からそんな感じだから、あんまり変化は無いわ」

「そ、そうなんだ……」

 

 むしろ何で、ちょっと興奮しただけで一人称まで変わってるのかと少女は思う。もしかして、こっちの方が素だったりするのだろうか。

 

「それはそれとして、カカロットにそんな話し方されると落ち着かないわ。そうよね、悟飯?」

「うん、なんかお父さんじゃないみたいで……怖い」

「えっ」

 

 息子の言葉に、軽くショックを受ける悟空。それに興奮状態にあるという事は、心が乱れているという事だ。精密な気の制御にも、影響が出てしまうかもしれない。

 

「ちょっと落ち着けるようにならないとな……」

 

 悟空は難しい顔で、腕組みをして考え込むのだった。

 

 

 

 それから間もなくして、ついにフリーザの気配が、地球のすぐ近くにまで迫って来た。

 

「来たぞ! フリーザの宇宙船だ!」

 

 クリリンが指差す先、遥か上空から、巨大な円盤のような形状の宇宙船が、大気との摩擦で赤熱しながら、猛スピードで降下してくる。その中にフリーザがいるのは、もはや明白だった。

 

 超サイヤ人状態のベジータが、宇宙船を見上げながら、自信満々な態度で、組んだ指をぼきぼきと鳴らす。

 

「フリーザの野郎、わざわざ向こうから来てくれるとは好都合だ。今度こそブッ殺して、地獄に叩き込んでやる」

「ベジータ、オレも戦いたいんだが……」

「カカロット、貴様は万が一があるまで下がっていろ。これはリーファ……ナッツの母親の、仇討ちでもある」

「へっ、だったら譲ってやるけど、しくじるんじゃないぞ」

 

 ニヒルに笑って言い放つ悟空を、ブルマは頭痛を堪えるような顔で見ていた。

 

「孫くん、そのキャラ作り、似合ってないから止めた方が……」

「ぶ、ブルマまで……」

 

 小さく肩を落とす悟空を見て、ナッツはくすくす笑いながらも、父親にも劣らぬその戦闘力の大きさに、頼もしさを覚えていた。

 

(これはもう、私の出番は無さそうね。私はナメック星で十分戦ったし、ブルマの護衛に専念して、父様達に譲ってあげましょうか)

 

 そしてフリーザの宇宙船が、轟音と共に彼らの頭上を通り過ぎていく。遠くで着陸態勢に入った宇宙船を眺めながら、ナッツはふと、違和感を覚えていた。父親の方を見ると、同じく訝しげな顔をしていた。

 

「しかし、妙だな……」

「……そうですね、父様」

「? 何がだ?」

「フリーザの事よ」

 

 少女は考える。およそ2年前の時点で、父様が超サイヤ人になり掛けていた事は、フリーザだってその目で見て、知っているはずなのだ。

 

 カカロットまでもがあっさり超サイヤ人になった事は、流石に予想外かもしれないけれど。いくらフリーザがパワーアップしているとはいえ。

 

 

 

 

 

「一人で来るなんて、何を考えているのかしら?」

 

 

 

 

 

 その答えは、ナッツの背後から伸びた太い腕だった。

 

 

「なっ!?」

「ほう、これが超サイヤ人か」

 

 一瞬で少女は捕えられ、拘束されてしまう。その場の全員が、突如現れた身の丈3メートルの、戦闘服とマントを纏った大男を見て驚愕する。ベジータが震える声で、その男の名を呼んだ。

 

「馬鹿な……コルド大王だと!?」

 

 その全身から放たれる、フリーザにも劣らぬ莫大な気の大きさに、怯みたじろぐヤムチャ達。

 

「こんなとんでもない奴がいたのに、今まで気付かなかったのか!?」

「ま、まさかこいつ、気を消して……!?」

「ふむ、ギニュー隊長に戦闘力のコントロールを教えたのは、確かにこのワシだが」

「は、離しなさいよ! このっ!」

 

 ナッツは全力で暴れ逃れようとするが、凄まじい力での拘束は、全く緩む気配すらなく。

 

「元気が良いのは結構だが、少し大人しくしていてもらおうか」

 

 コルド大王が腕に力を込める。たったそれだけで、少女の全身の骨が軋み、声すら出せなくなり、その表情が苦悶に歪む。超サイヤ人の状態でも、ナッツの戦闘力は1千万程度。戦闘力1億を遥かに超える彼がその気になれば、ほんの一瞬で殺されてしまう事は明白だった。

 

 真っ青な顔のベジータに向けて、コルド大王は涼しい顔で告げる。

 

「久しぶりだな、ベジータ王子。ワシはこんな真似をせず、地球ごと一瞬で消してやるべきだと思ったのだが、フリーザの奴が、どうしてもと言うのでな」

「……この手の込んだやり口は、フリーザの企みか」

「そう。君達に、ナメック星での借りを返してやりたくてね。パパには先に地球に降りて、隠れていてもらったんだ」

 

 言いながら、ゆっくりとフリーザが空から降下する。半ば機械に置き換えられた彼の顔に、楽しげな笑みが浮かんでいた。

 

「思ったとおり、ベジータとそこのソンゴクウまで、超サイヤ人になっているみたいだね。正面から攻めていたら、ボクとパパでも危ない所だったよ」

 

 地上に降りた彼の隣に、少女を捕えたコルド大王が並ぶ。苦しそうな彼女の顔を見た悟飯は、怒りに震える声で叫ぶ。

 

「くっ、ナッツを放せ! フリーザ!」

「もちろん放すさ。そこのおっかない超サイヤ人共が、二人とも死んだ後でね」

 

 そして彼は、残酷な表情で、くつくつと笑いながら告げる。

 

「ベジータ。可愛い娘の命が惜しかったら、その隣の超サイヤ人と殺し合うんだ。もちろん全力で、どちらかが一方が死ぬまでね」

「な、何だと!?」

 

 ベジータが思わず鼻白む。カカロットと戦う事は望む所だが、この状況でそんな要求を呑んだが最後、最終的には娘も含めて、全員殺されてしまう事は明白だった。

 

「聞こえなかったのかな? パパ、もう少し強く」

「このくらいか?」

「ああっ!? あ……が……」

 

 息もできず激痛に悶える娘の姿に、父親は叫ぶ。

 

「や、やめろ! やめてくれ! カカロットと戦えばいいんだろう!」

 

 そしてその光景を見ていた悟空も、趣味が悪いとばかりに、顔を歪めて言った。

 

「オレは構わないぞ。遠慮するな、ベジータ」

 

 それを聞いたナッツは、どうにか口を開いて、声を絞り出す。

 

「と、父様……! 私に構わず、戦ってください……! 私は、死んでも、ドラゴンボールで、生き返れますから……」

「まあ、そうなんだけどね。せっかくベジータがその気になったというのに、余計な事を言わないでもらおうか」

 

 言ってフリーザが、少女の顔面を殴り飛ばす。口の端から血が流れ、悔しさと痛みと情けなさが込み上げて、少女が泣きそうになってしまった、その時だった。

 

 

「あんた達! そんな子供を盾にして、恥ずかしいと思わないの!? 宇宙の帝王って言うのなら、そんな真似せず正々堂々と戦いなさいよ!」

 

 

 前に出たブルマが、怒りに燃える青い瞳で、フリーザ達を睨み付けて叫ぶ。

 

「ぶ、ブルマ!?」

 

 驚愕したベジータが、彼女の方をまじまじと見る。地球人であるブルマに、戦う力は全く無い。威勢の良い啖呵を切ったものの、その両足はがたがたと恐怖に震えている。

 

「ちょっと、ブルマさん! 危ないですって!」

 

 だが、見かねたクリリンが必死に彼女を下がらせようとするも、ブルマは彼らを睨む視線を、決して逸らそうとはしなかった。嘲るような口調で、フリーザが問い掛ける。

 

「地球人、このサルの子供を随分気に掛けているみたいだけど、知ってるのかな? こいつは凶悪なサイヤ人で、この地球と同じような惑星を、10個以上は滅ぼしているはずだよ?」

「ええ、知ってるわ。その子が犯した罪は、いつか死んだ時、地獄で何百年も掛けて、償う事になるんでしょうね」

 

 

「けど、今は可愛いうちの子よ。放しなさい、この卑怯者」

 

 

「ぶ、ブルマ……」

 

 どうしてだか、外見は全く似ていないのに、彼女の姿が、大好きな母様の姿と、一瞬重なって見えた。こんな時だというのに、心の中が温かさで満たされて、ナッツの両目から、悲しさでない涙がぼろぼろと溢れ出す。 

 

 そしてフリーザの顔から、一切の表情が消えた。ブルマに向けた指先に、死の光が灯る。

 

 とっさに割って入ろうとするベジータと悟空を、冷たい言葉が牽制する。

 

「守ってもいいよ。ただ、その瞬間にこのサルの娘は死ぬ事になる」

「くっ!」

「や、やめて……ブルマは、関係無いでしょう……!」

 

 激烈な殺意を向けられ、死の予感に全身を震わせながらも、それでも彼女は逃げようとせず、フリーザを毅然とした目で睨み続ける。その様子を見ていたコルド大王が、感心したように言った。

 

「ほほう! なかなか胆の据わった、良い女ではないか。どうだ、うちのクウラの嫁にでも来んか?」

「ちょっとパパ!」

 

 そこで余計な邪魔が入ったとばかりに、フリーザはブルマから目を逸らした。戦闘力5にも満たないだろう下等生物に、不遜な態度を取られて、苛立ちが募っていた。このままあっさり殺しても、この怒りは収まらないだろう。

 

「……気が変わった。この娘から痛めつけてやるよ」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!?」

 

 一転、狼狽するブルマの声に愉悦を感じながら、フリーザは拘束された少女の腰へと手を伸ばす。

 

「まずは尻尾からいこうか。またあの醜いサルの姿になられても面倒だし、サイヤ人はこの小汚い尻尾を、ずいぶん大事にしているみたいだからね」

 

 尻尾を無遠慮に握られる感覚に、ぞわぞわとした嫌悪感が湧き起こる。加えて再度尻尾を失ってしまう事への恐怖と相まって、ナッツは恥も外聞も無く泣き叫ぶ。

 

「や、やめて! 嫌ぁっ!!」

 

 

 次の瞬間、突然背後から飛来したエネルギー弾が、フリーザとコルド大王の後頭部に命中し、二人の身体が爆炎に包まれる。

 

「な、何だ!?」

 

 視界を奪われ、また予想外の攻撃に混乱する二人に飛び掛かる人影。そして少女は、自分が解放され、誰かの温かい腕の中に、抱きかかえられている事に気付く。

 

「もう大丈夫ですよ。ね……ナッツさん」

「えっ……?」

 

 青い髪と瞳を持つ、大きな剣を背負った少年が、とても優しい、懐かしいものを見るような目を、少女に向けて、安心させるように笑顔を見せる。

 

 溢れんばかりの喜びを隠しきれず、目の端に小さく涙すら浮かべた彼に、ナッツは一度も会った覚えが無かったけれど。どうしてかその顔つきが、とても親しい誰かに、似ているような気がしたのだった。

 

 

 そして少年はブルマに近づき、優しい手付きで、腕の中の少女を彼女に預けた。

 

「あ、ありがとう……!」

 

 ブルマは安堵に涙を流しながら、ナッツの小さな身体を固く抱き締める。少女の方も、おずおずと、戸惑うように、彼女の肩に手を回して、青い髪に顔を埋める。その光景に戸惑いながら、父親もブルマの腕ごと、娘の身体を抱き締める。

 

 彼らの姿を、眩しいものを見るような目で見守っていた少年の耳に、フリーザの声が届く。

 

「……よくも邪魔をしてくれたね。ベジータ達のお仲間かな?」

 

 

 少年の返事は、シンプルだった。穏やかだった表情を一変させて、振り向きざまに宣言する。

 

 

「お前達を、殺しに来た……!」

 

 

「なっ……!?」

 

 フリーザは思わずたじろいでしまう。怒りに燃えた彼の眼光は、先の女のそれと、驚くほどによく似ていた。

 

 そして少年の全身から、金色のオーラが吹き上がった。




 というわけで、セル編開始です。ナメック星編の最終話から、更新中断していた期間も含めてかなりお待たせしてしまいましたが、ここからはなるべくペースを崩さずテンポ良く進めていきたいと思います。

 この話だとベジータが再婚する事になりますので、その分ブルマの描写が原作よりも多めになってます。人によっては好みで無い感じかもしれませんが、この話では家族関係を重視しておりまして、主人公とトランクスの関係も含めて外せない要素ですのでご了承下さい。

 それとつく丸さんに主人公のイラストを描いて頂きました! 確かに戦闘民族だけど、とても子供っぽくて可愛らしい感じですので、ぜひ紹介文の方からご覧下さいませ!

 
 それと評価、感想、お気に入り、誤字報告などありがとうございます。続きを書く励みになっております。先週高評価を頂いてランキングに載った際、久々にお気に入り数が大きく伸びて嬉しかったです。

 続きは遅くなるかもしれませんが、大体の話の流れは考えてありますので、気長にお待ちくださいませ。
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