フリーザとコルド大王の死を目の当たりにして、彼らの乗っていた宇宙船が一目散に逃げていくが、その場の誰も、追おうとはしない。
全員の注目は、フリーザ親子をあっさり倒した謎の少年に集まっていた。そして彼の下に、明るい顔のナッツが駆け寄り、深々と頭を下げてお礼を言った。
「助けてくれてありがとう! ところで、私の名前を知ってたけど、どこかで会った事ある?」
「……まあ、その、オレの方が一方的に知っているというか……」
初対面です、とは言えなかった。何となく、未来の姉との間にあった絆を、否定してしまうような気がして。
「良かったら、あなたのお名前を教えてくれないかしら?」
「も、申し訳ありませんが、名前は言えないんです……」
元々は悟空とだけこっそり接触して、心臓病の薬と未来の情報を渡して帰るつもりだったトランクスは、こんな状況を想定しておらず、たじたじとなってしまう。
「名前も言えん、というのは妙だな……」
「ああ、隠す意味が無いだろう」
遠巻きに見ている天津飯達も、訝しげな様子だった。こんな事なら偽名の一つも考えておくんだったと、少年は思うも、既に後の祭りだった。
一方、ナッツの方は、名前も言えないという謎の少年に、どうしてか、他人とは思えない親近感を覚えていた。
彼がサイヤ人の血を引いているからかと思ったけど、悟飯に感じる気持ちと比べると、少し違っている気がした。どちらかというと、父様や母様や、ブルマに対する気持ちに近い気がする。
そんな事を考えながら、少女は優しい目で彼を見つめていた。トランクスの方も、幸せな気持ちで微笑みを返す。会ったばかりの他人とは思えない、その親密な雰囲気に、悟飯が物陰からハンカチでも噛みそうな顔で睨んでいる事に気付いた少年が愕然とする。
(そんなつもりじゃないんです! 悟飯さん……!)
未来の悟飯の事を、武術の師として尊敬しており、姉との仲も応援していたトランクスは、内心土下座したい気持ちだった。
そして彼の視線は、嫉妬交じりの目を隠そうともしない、父親の方へと向けられる。トランクスは父親の顔を、写真でしか見た事がなかった。母さんも姉さんも、最高の夫で父親だったと、嬉しそうに言っていて。彼が遺した姉と自分の写真の山を見る限り、とても良い人だったというのは、頭では分かるのだけど。
それでも自分が1歳になる前に死んでしまって、母と姉を悲しませた父親に対する感情は、少年の中では複雑なもので。
そして父親の方は、ちらちらと向けられる視線を感じながら、謎の少年の素性について考えていた。
黒目黒髪でなく、尻尾も生えていないが、超サイヤ人になれる以上、こいつがサイヤ人の血を引いている事は間違いない。では親は誰なのかという話だ。17歳と言っていた年齢から逆算すると、惑星ベジータの消滅から、およそ10年後に生まれた事になる。
自分は当時15歳だったが、断じて覚えは無い。リーファの奴も四六時中自分にべったりだったのだから、そんな事は絶対に無い。ラディッツの正確な歳は聞いた事が無かったが、おそらく自分とそう変わらないだろう。休暇の時にでも、どこかで行きずりの女と遊んでいた可能性は十分ある。
消滅直後は数人だけ生き残っていた大人達も、あの頃にはナッパしか残っていなかったから、消去法で、目の前の少年の親は、ナッパかラディッツという事になる。
自分の知らないサイヤ人がいたという可能性は、ほとんどない。サイヤ人達はフリーザ軍の戦闘員として、全員が登録管理されていたし、それは新たに生まれた子供も例外ではない。惑星ベジータの消滅当時、飛ばし子として単身別の星に送られていた下級戦士も相当数いたはずだが、戻ってきたという話は1人も聞かない。
おそらくはフリーザの手で刺客が送られて、全員殺されてしまったのだろう。たまたま惑星ベジータの消滅直前に、本来ならば飛ばし子にされるはずもない、言葉も話せない年齢で地球に送られて、難を逃れたカカロットは例外中の例外だ。
まあ、戦場などで死んだと思われていたサイヤ人が、フリーザ軍に戻らず、どこかで生き延びていた可能性なら、決してゼロではないのだが。
「はっくしょん!」
「……お父さん? びょうき?」
「……何でも無い、ブロリー」
小惑星バンパの過酷な環境下で生き延びていたサイヤ人の親子と、十数年後、彼の娘は出会う事になるのだが、それはまた、別の話だ。
理屈で考えれば、目の前の少年は高確率でナッパかラディッツの子なのだが。それは正しくないと、ベジータは直感していた。
その二人と、青い髪の少年の姿が、全く似ていないというのが理由の一つだ。たとえ母親似にしても、限度というものがあるだろう。
そしてそれ以上に、さっきから娘や自分の方をじろじろと見ている、この得体の知れない少年が、彼のよく知る誰かと、とても似ているような気がするのだ。
隠してはいるが、どこか嬉しそうな、こいつの目は何だ。どうしてオレをそんな目で見る。会った事も無いこのオレを。わずかな苛立ちを感じつつも、どうしてかその視線を、不快なものとは思えない。
それに非常時だったとはいえ、この男はナッツをお姫様抱っこで傷物にしやがったのだ。これが悟飯の奴なら、既にボコボコにしてやっているところだが、なぜかこの野郎と思う程度で、怒りがいっこうに湧いてこない。
それどころか、大事な娘から、会ったばかりとは思えないほど親しげな目を向けられているこの少年に、自分も親近感のようなものを覚えてしまっている事に、彼は内心、戸惑ってしまっていた。
その感情を隠すかのように、ベジータはわざと、苛立った様子で言った。
「さっきから、何をじろじろ見てやがる。貴様がサイヤ人なら、オレなんて珍しくないだろう?」
「す、すみません……」
トランクスは、慌てて目を伏せる。ぶっきらぼうな物言いだったけど、父親の声に、ほんのわずかな温かみを感じて、この人の事を、もっと知りたいと思ったけれど。そういうわけにはいかない。この時代に来た目的を果たさなければ。
「実はオレは……孫悟空さんに伝えたい事があって来たんです」
「えっ、オラに?」
戦闘が終了し、超サイヤ人への変身を解いていた悟空が、きょとんとした顔で自分を指さす。
「はい、とても大事で、他の方には聞かせられない話ですので、できればどこか離れた場所で……」
「ねえ、その話、私や父様も聞いちゃ駄目なの?」
いかにも興味津々といった様子で、ナッツが少年を見上げながら言った。
「すみません、こればかりはちょっと……」
心苦しそうな少年を見て、窘めるように、父親が口を挟む。
「やめておけ、ナッツ。後でカカロットから、話せる部分だけ聞き出せばいい」
「わかりました、父様」
サイヤ人という少年の素性に、いかにも興味のありそうだったベジータがあっさり引き下がった事に、ピッコロ達が怪訝な顔になるが、当のベジータは、少年から感謝混じりの目を向けられて、フンと、顔を逸らしていた。
「じゃあ、あっちの岩場の方で話すか? あそこまで離れれば、誰にも聞こえねえだろうし」
「はい。その前に……」
そこで少年は、ナッツの方を見て口を開く。二度と会えないと思っていた姉さんが目の前にいるのだから、ぜひやっておきたい事があった。
「ナッツさん、超サイヤ人になってもらえませんか」
「? わかったわ」
(私の力を見てみたいのかしら? 戦闘力を感じれば、わかりそうなものだけど)
不思議そうな顔で、少女は全身に金色のオーラを纏う。黄金色に輝く尻尾を揺らしながら、透き通った青い瞳で、少年を見つめて言った。
「これでいいの?」
「ええ、そのままで……」
言いながら、トランクスはポケットから薄い長方形の板を取り出し、少女の方へと向けて構える。同時に自身も超サイヤ人へと変身し、その身に纏う雰囲気が、これから戦闘でも始めるかのような、真剣なものへと変化する。
「お、おい。気を付けろ。妙な物を出したぜ……」
ヤムチャの言葉と、臨戦態勢と言っていい少年の様子に、警戒を強める一同。険しい顔の父親も金色のオーラを身に纏い、一歩前に出て問い掛ける。
「おい貴様、ナッツに何を……」
「失礼します」
「えっ?」
全力を出したトランクスの指先が、その場の誰も視認できない速度で動いた。
次の瞬間から、途切れなく連続するシャッター音が始まった。
「……は?」
唖然とする一同を他所に、少年は目にも止まらぬ速度でナッツの周囲を動き回り、様々な角度からシャッターを切る。
「ね……ナッツさん! こっちにポーズお願いします!」
「こ、こうかしら?」
そして少女の方は、物心ついた時から、父親に写真を撮られ慣れていた影響で、シャッター音を聞くと、つい反射的に笑顔を見せてしまうのだった。
「ああっ! 最高です! 素晴らしいです! こう、もうちょっと右手を上に上げる感じで……そうです!」
3年ぶりの姉の姿の撮影に、トランクスは周囲が見えなくなるほどの喜びを感じていた。
父親が遺した写真の山を初めて見た時は、そのあまりの枚数に軽く引いたものだったが、姉から撮って欲しいとお願いされてから数年で、いつの間にか自分が撮った枚数も、父親のそれに近づいていた。
10歳近く年上だった姉の姿と、目の前にいる幼い姉の姿は、一見全く違っていたが、両方の姿を知る彼の目からは、将来必ず花開くであろう、眩いほどの少女の美しさの片鱗が、確かに見えているのだった。
(それに、あれが姉さんの尻尾……姉さんはずっと前に無くしたって言ってたけど……)
トランクスは少女の背後に回り、顔だけ振り向いた状態で、軽やかに尻尾を揺らす姉の姿を写真に収める。被写体の全てを活かして、可能な限り可愛らしい写真を撮るのが、撮影者の義務だと信じていた。
そして真剣ながらも、とても良い笑顔で写真を撮り続ける少年の姿に、周囲のほぼ全員が、ちょっと引いていた。
「べ、ベジータが二人に増えたわ……?」
とても的確な指摘を、ブルマが口にする。
「ふざけるな、オレはあそこまで……!」
とっさに否定できず、己の普段の所業を客観的に見せつけられ、ぐぬぬと唸るベジータが少年に近づく。
「貴様! 誰に断ってオレの娘の写真を……!」
その肩を背後から掴もうとした父親は、少年の持つ機器に映った娘の写真を見て、思わず目を見開いた。
子供らしく可愛らしい普段の様子とは全く違う、どこか大人びた、美しい顔付きで写っていた。こんな一面が娘にあるなどと、父親の自分すら、今この瞬間初めて知った。
ナッツが生まれてから7年間、欠かさず写真を撮り続けてきて、宇宙一可愛い娘の姿を、最も上手く撮影できるのは自分だという自負があったが、この少年の写真からは、それに匹敵するものを感じた。
彼女の魅力を最大限に引き出すようなこの写真は、被写体に対する深い理解と真摯な愛情が無ければ、決して撮る事はできない類のものだ。他の誰に判らなくとも、ベジータには一目で理解できたから、上げかけていた拳を下ろして、少年に語り掛ける。
「……おい、この写真、オレのスカウターに送れないか?」
「あ、はい、大丈夫です」
「ねえねえ、どんな風に撮れたか、私にも見せて!」
撮影を一段落させた少年が、はしゃぐナッツに写真を見せながら、父親とやり取りを始める。通話機能も備えた彼のカメラは、未来のブルマがスカウターを参考に作ったものだったから、データの通信も可能だった。
受信した写真を見て唸りつつも、わずかに顔を綻ばせる父親を見て、少年は会ったばかりの彼と、心が通じ合ったような気がして、内心嬉しくなってしまう。
「へえ、凄いわね、この超薄型カメラ。物凄く綺麗に撮れてるじゃない」
姉と父親とのやり取りに夢中になっていたトランクスは、いつの間にか近づいていたブルマが、まじまじとカメラを見ている事に気付いて驚愕する。
「この穴ってもしかして、スピーカーとマイク? 通話もできるとして、アンテナは内臓されてるの? 良かったら、ちょっと貸して欲しいんだけど……」
若い姿の母親に、興味津々な様子で近寄られて、たじたじとなってしまうトランクス。この人に詳しく調べられようものなら、未来の技術が使われていると、一発でバレてしまいかねない。
「あ、あの、これはちょっと……」
「ブルマ、あんまりその人を困らせちゃ駄目よ」
小さな両腕を広げたナッツが、少年を守るかのように、二人の間に割って入る。その可愛らしい姿を見たブルマが、我に返ったように、苦笑しながら言った。
「ごめんなさいね。珍しい機械だったものだから、つい」
「い、いえ。オレの方こそ、見せてあげられなくて、すみません」
「いいのよ。何か事情があるみたいだけど、あなたははナッツちゃんと、地球を救ってくれたんだから。改めて、ありがとう」
何の曇りもない母親の笑顔に、少年は感動を覚えると同時に、胸を打たれるような気分だった。
(いつか人造人間共を倒したら、オレの母さんも、こんな風に笑ってくれるんだろうか……)
それから少しして、写真の受信を終えたベジータは、さり気ない様子で確認する。
「……ところで貴様。ナッツを狙う変質者ではないんだな?」
「なっ!? 違います!」
わずかな時間の交流の中で、親しみを感じ始めていた父親から、敬愛する姉の事でそんな風に誤解されるなど、少年にとっては許容しがたい事だったから、思わず胸の裡を叫んでしまう。
「決してそんな事しません! ナッツさんには、ただ悟飯さんと幸せになって欲しいだけです!」
「なっ……!?」
一瞬で顔全体を真っ赤に染めて、口をぱくぱくさせる少年に、ナッツが不思議そうな顔で言った。
「? 悟飯、別に私は今でも、あなたと一緒にいて幸せよ?」
遠回しな表現を、まだ理解していない少女の言葉に、さらに赤みを増した悟飯は、声も出せずにただ頷く。その様子をブルマやクリリン達が、微笑ましいものを見るように眺めていた。
「貴様ー!!」
「すみませんベジータさん!?」
一方で、トランクスは怒り狂った父親に追われていた。共に超サイヤ人の状態で、後ろから放たれる本気のエネルギー波を紙一重で回避しながら、トランクスは思い出す。
(そういえば、悟飯さんが言ってたっけ。姉さんと仲良くするたびに、怒った父さんに追い掛け回されてたって……!)
傍目からは命懸けの逃走に見えていたが、それでもトランクスの顔には、父親と遊ぶ子供のような、とても嬉しそうな笑みが浮かんでいたのだった。
実験的に、ちょっと1話あたりの文章量を抑えて、更新ペースを速めてみました。
やっぱり1話1万字とかになると、読んで下さる方も大変だと思いますし、このくらいに纏めた方が推敲とかもしやすいのです。
好評でしたら常に1週2話のペースは難しいにしても、2週に3話くらい行けたらと思います。
それと毎回になりますが、感想、評価、お気に入り、誤字報告などありがとうございます。
どちらかと言えば人を選ぶ作品だと自覚しておりますので、それでも読んで面白かったと伝えて下さる事を、特に嬉しく思っております。
よろしければ今後も、どうかお付き合い下さいませ。