傾きかけた太陽を背に、ナッツと悟飯が戦いを開始する。
主導権を握っているのは、ナッツの方だ。ひたすら果敢に攻め立て、悟飯は防戦一方という形。
2人の戦闘力にそれほどの差はない。ピッコロ達よりやや低い程度だった悟飯の戦闘力は、
父親を救うという決意によって、ナッツとほぼ同じレベルにまで高まっている。
では何が違うのか。戦闘経験だ。ピッコロとの組手を除いて、悟飯には今日という日まで、
実戦経験というものが存在しない。
対するナッツは、物心ついた日からサイバイマンで遊び、フリーザ軍の一員として
命がけの戦闘を繰り返している。
手持ちの駒は同じでも、扱ってきた経験が違う。
本来ならば瞬殺されてもおかしくない状況であり、それでも何とか防戦できているのは、
ナッツが手加減をしているからだ。じゃれている、とも言えるだろうか。
「守るのは上手みたいね! けどそれだけじゃあ、いつまで経っても勝てないわよ!」
少女は楽しげに攻撃を続ける。
遊びましょう、という言葉のとおり、今の彼女の目的は戦いを楽しむことであり、
彼を殺す事ではない。攻撃の殺意が低い。
先のクリリンへの攻撃を殺意100%とすれば、今はせいぜい20~30%といったところ。
彼女の感覚では、完全に遊んでいると言っていい。
ナッツが繰り出す攻撃のいくつかは防御を潜り抜けて悟飯に命中しているが、
致命的な箇所には当たっていない。当てないように加減されている。
サイバイマン程度なら一撃で即死する程度の威力はあるが、今の悟飯なら何とか耐えられる。
だがそれも長くは続かない。
一向に自分から攻撃しようとしない悟飯に、少しずつナッツが苛立ち始める。
(こいつ何のつもり? 私を倒すとか言ったのにさっきから動かないけど、
何か企んでるんじゃないでしょうね……? もう! せっかくの楽しい時間なのに!)
ナッツは試しにわざと隙を作ってみるが、それでも悟飯は動こうとしない。
それが露骨な誘いの罠であるという程度の事は、ピッコロとの修行で
判別できるようになっている。
もし何も考えずに攻撃した場合、手痛い反撃を食らった挙句に「ああ、この程度の奴なのね」と
失望されることは確実で。
そうなったら、なまじ期待されていただけに、何をされるかわからない。
この状態は長くは続かない。そもそも悟飯の目的は父親の元へと救援に駆けつけることで、
そのためには守っているだけではなく、道を塞ぐ目の前の少女を何とかする必要がある。
悟飯は思う。自分は殺し合いなんてしたこともない。
けど目の前の笑いながら自分を殴ってくる変な子はその逆だ。
あの子はひたすら誰かと戦って、殺して生きてきた人間だ。
彼女を倒すには、経験が圧倒的に足りない。だったら、目の前のあの子から学ぼうと思った。
そのための基礎は、ピッコロさんが教えてくれた。
ナッツの動きをひたすら観察する。
彼女が動く時、どういう意図で、何を狙っているのかを必死に分析して糧とする。
もちろん経験豊富な彼女は、そう簡単に読まれるような動きをしてはくれない。
ナッツがピッコロさん達と戦っていた時の行動も合わせて考える。
何となく見えた気はしてくるが、まだ足りない。
この力押しの戦い方、ナッパとかいうあのサイヤ人に似ている気がする。
記憶にあるナッパの戦法を、彼女の動きに重ねて考える。
お父さんはあのサイヤ人とどう戦っていた? どう避けていた?
そこまで考えた時、唐突に、次の彼女の狙いが読めた。
蹴りはフェイントで、顔面狙いの拳が来る。
悟飯はナッツの蹴りを無視し、来るとわかっていた拳を頭突きで止める。
予想外の痛みに、思わず手を庇う少女。
そして隙ができるとわかっていたので、既に反撃の準備は終わっていた。
腰を沈め、身体全体を使って放たれる全力の一撃。
「なっ……!?」
命中の直前、これは食らってはいけない奴だ、とナッツの顔が驚愕に歪むのを無視して、
悟飯は右の拳を叩き込んだ。
さて、悟飯には上昇した自分の戦闘力の自覚が無い。
彼の戦闘力は現在3000弱。フリーザ軍の中でも十分中堅以上として通用する数値。
単純に戦闘力だけで考えると、ナッパの75%に相当する。
そんなパワーの持ち主が、全力で人間を殴ったらどうなるか。
ナッツの小さな身体が冗談のような勢いで飛ばされ、激突した岩山が崩壊して彼女の上に
降り注ぎ、その姿があっという間に見えなくなる。
彼方に見える土煙を呆然と眺めながら、悟飯が呟く。
「い、今の、ボクが……?」
あれ死んだのでは? 悟飯は自分の一撃が引き起こした結果が信じられず震える。
だからすぐに崩れた岩と土砂が爆発で吹き飛び、中からナッツが現れたのを見た時、安堵した。
止めを刺し損ねたなど、考えもしなかった。
「あいつ……やってくれたわね……!」
ナッツは殴られた胸の痛みに耐えながら、髪や身体についた土埃を乱暴に払う。
(油断させておいて、一撃で決着をつけるつもりだったの?)
何のために? 体力を温存して、カカロットを助けに行くためだろう。
事実、彼女がわざと見せた誘いには、一切乗ってこなかった。
(もしかしたら、戦闘力だけでろくに戦えない臆病者かもと思ってたけど、
要らない心配だったわね)
胸の痛みは、なかなか薄まる気配がない。
見ると頑丈さで知られる、硬質ラバー製の戦闘服がひび割れていた。
ナッツは少年を見直し、その評価をさらに上げる。
そして地を蹴って飛び、再び悟飯と対峙する。
「ねえ悟飯。あなた、なかなかやるじゃない」
ナッツは獰猛に微笑んだ。
「そ、そうかな……」
悟飯はその言葉を聞いて、彼女から褒められた事に、何故か嬉しくなってしまった。
そんな場合ではないのだが、勉強で難しい問題を解いて、お母さんから
褒められた時のような達成感があった。
ナッツは楽しそうに笑いながら、さらに言葉を続ける。
「私の方も悪かったわ! 油断しててごめんなさい! 次からはちゃんと本気でやるから!」
笑顔はそのままで、少女の雰囲気がより剣呑なものへと変化したのを悟飯は感じ、
心の中で死んだような目になった。
勘弁して欲しい。ボク死ぬんじゃない? この子本当に倒せるの?
気を抜いたら確実に殺されると悟った少年は、内心はともかく、気を引き締め、
真剣な表情となる。
それを見た少女が、あ、悟飯の方もやる気なのね、と、ますますテンションを
上げている事に彼は気付かない。
それからしばらくの間、ナッツは時間を忘れて戦っていた。
いつもより身体が軽く、技の切れもいい。戦いの最中なのに、戦闘力が少しずつ
上がっている実感がある。
それに加えて嬉しい事に、こちらに合わせるように、悟飯の方も強さを増していっている。
(地球に来たのは正解だったわ。こんなに楽しい戦闘ができるだなんて!)
少女は嬉しさを抑えきれない。互いの実力が拮抗した、本気で戦っても
勝敗がまるでわからない戦闘。
ダメージは重なり身体も痛むが、そんな事はどうでもよかった。
ナッツは戦いに酔いしれていた。
「どうしたの? もっと本気を見せてみなさい!」
嬉々とした表情で拳を振るうナッツ。
その一撃を悟飯は交差させた腕で防ぐが、あまりのパワーに後ろに飛ばされ、
背中から岩山に激突してしまう。
「かはっ……!?」
せき込む悟飯の眼前にナッツが出現し、追い込まれた少年に拳と蹴りの雨を叩き込む。
「まだよ。何発耐えられるかしらっ……!」
ガードを続ける悟飯。その背中から岩山に衝撃が伝わり、ひび割れていく。
「ぐっ、このおっ!」
少年はガードを解き、被弾しながらも右手に気を集中させ、ナッツの腹部に
渾身の一撃を放った。
拳が入った瞬間、戦闘服が小さく割れる。呼吸と共にナッツの攻撃が止まり、
その表情が苦痛に歪む。
「……やるじゃない。やっぱり強いわね。悟飯。殺してしまうのが、勿体ないくらい」
ナッツは反撃の一撃で少年を弾き飛ばしながら、飢えた肉食獣のような、
凄惨な笑みを浮かべた。
「さて、次はどう楽しませてくれるのかしら?」
ナッツは口元の血を拭う。先ほどの一撃は、彼女の身体の芯に届いていた。
ベジータが見ていたのなら即座に止めに入るだろう負傷だが、この場に過保護な父親はいない。
悟飯は思わず叫ぶ。
「もういいよね! ボクを通してよ! これ以上やったら、君は死んじゃうよ!」
「……はあ?」
その言葉はナッツの逆鱗に触れた。
この平和ボケしたサイヤ人は、こんな楽しい時に何を言ってるの?
「あなた、敵の私を生かしていい人間だと思ってるの?」
こんなに強いくせに、何でこいつは戦いを嫌がるのか、ナッツには全く理解ができなかった。
そんなナッツに向けて、悟飯は必死に、自らの心の内を訴える。
「嫌だよ! 敵だからって、何で殺さなきゃいけないのさ! 悪い事をしなければ
それでいいから、さっさと帰ってよ!」
ナッパってサイヤ人が死んだ時だって、何も嬉しくなかったと、少年は呟いた。
その言葉を聞いた少女は、怒りを通り越して、自分でも不思議なことに、
奇妙な優しい気持ちになっていた。
穏やかな目で悟飯を見る。今までのナッツとは違う、憂いを含んだその雰囲気に、
少年は目が離せなくなる。
ナッツは宇宙を支配する、母親の仇を思い浮かべながら言葉を紡ぐ。
「……あなたは故郷の星を滅ぼされて、自分の家族を殺されて、なお同じことが
言えるのかしら?」
「えっ?」
「……何でもないわ。忘れなさい」
本当に、本当にこの少年は、地球があまりに平和すぎたせいで、宇宙にはびこる
悪の何たるかを、まるでわかっていないのだ。
私達みたいな悪党は、生かしておいたら何をしでかすかわからないから、
殺さなければならないのに。
「悟飯。あなたがどんなにお優しかろうと、殺さなければならない奴は、いるのよ。
地球を侵略に来た、私達がいい見本よ」
静かな、しかし感情のこもった声で、ナッツは続ける。
「カカロットを殺した後、父様はきっと地球を滅ぼすわ。環境のいいこの星を売り払って、
お金にするためにね」
「戦士でない地球人は弱すぎるから、私はあまり気が進まないけど、
それでも父様がやるのなら手伝うわ」
「……止めるわけにはいかないの?」
「止めたかったら、私達と戦って、殺せばいいの。宇宙のどこの星でも、誰もが皆そうしてる」
自分も父様も、悟飯に対して酷い事をしようとしているが、それを止めようとは思わない。
相手を殺して止められない弱い奴が悪いのだと、その考えは変わらない。
それでも、と、ナッツは想像する。
たとえ自分を倒して悟飯が父様の元へ向かったとして、そこで目にするのは、おそらく。
ナッツはスカウターを操作する。カカロットの戦闘力が減じているのと、父親の戦闘力が
計測不能なまでに高まっているのを確認し、爆発する前にサーチを止めて、ため息を吐く。
(パワーボールを使ったのね、父様)
カカロットはずいぶん健闘したようだが、その運命はこれで決まった。
今から悟飯が見るものは、大猿になった父様に、カカロットが無惨に殺される姿。
あるいはその死体。
そして悲しみと絶望を味わった上で、遠からず、同じ運命を辿るのだ。
その姿を見たくないと思うほどには、ナッツは、悟飯の事を気に入っていた。
少女は小さな拳を握り締める。彼の為にしてあげられることは、一つしかなかった。
「悟飯、私の手で殺してあげる。その方が、きっと楽だから」
「えっ?」
少年が理解できないと言いたげな顔をしていても、少女のやるべき事は変わらない。
ナッツは空へ浮かび、上空から悟飯を見下ろして告げる。
「せめて、私の最大の技を使ってあげる。避けられるなんて思わないことね。
本当に、残念よ悟飯。あなたが私みたいなサイヤ人だったらよかったのに」
嬉々として地球人を皆殺しにしてくれるような、そんな奴だったら、殺さずに済んだのに。
一緒に仲良くできたのに。
少女の内心の嘆きは、表情には現れなくとも、彼女の声をわずかに震わせていた。
ナッツは力を集中しながら両の掌を組み合わせ、悟飯へと向ける。
それは彼女が父親から学んだ、サイヤ人の王子の最強の技。
「これが、父様譲りのギャリック砲よ。さよならね、悟飯」
少女の全力を込めた、赤いエネルギー波が悟飯へ向けて放たれる。
悟飯は思う。本当に、何なんだろう、あの変な子は。
はしゃぎながらさんざん殴ったり蹴ったり痛い事をしてきて、こっちもやり返したら
やり過ぎたから止めようとしたら怒りだしてしゅんとなって。
そして訳の判らない理由で自分を殺そうとしている。
その癖、残念だから本当は殺したくないらしい。
女の子の考える事はよくわからないと、少年は思う。
それともサイヤ人というのは、皆ああなんだろうか。
それに、彼女が最大の技とやらを、悲しそうな顔で放ったのが、気に入らなかった。
君はそんなしおらしい奴じゃないだろうと、悟飯は思う。
どうせ痛い思いをするのなら、笑っていてくれた方がいいと思った。
どの道、ここで殺されるわけにはいかない。
彼女を倒して、お父さんを助けに行かないといけない。
気合いと共に悟飯は気を高め、両の掌を額の前にかざす。
「魔閃光ーーーーっ!!!」
勢いよく放たれた、白いエネルギー波がナッツに向かう。
赤と白、2つの光が空中で激突し、中心から放たれた衝撃波で付近の地形が崩れていく。
ナッツと悟飯は叫びながら、互いの攻撃を押し返さんと更に力を注ぎこむ。
だが2人がどれだけ全力を出そうとも、その均衡は崩れる様子がない。
「もう、さっさと死になさいよ! この馬鹿!」
こっちの気も知らないで! とナッツは内心で叫ぶ。
「嫌だよ! 何言ってるんだよ! 馬鹿はそっちじゃないか!」
こういう時は、凄く楽しい! とか満面の笑顔で言ってくるんじゃないのか。
何か変だよ、君は。いや普段から頭がおかしいけど、そこから比較して更に変だ。
不満だった。何とかしたいと思ったが、何も浮かばない。その時だった。
「は? 私を馬鹿と言う方が愚かよ。サイヤ人の王族として、高度な教育を受けてきたのよ?」
ナッツは怒りを感じた。
まさかサイヤ人が野蛮なサルとかいう風聞を、信じ込んでる口だろうか。
確かに満月を見て変身した姿は、どちらかと言えば野生動物に近いけれども。
それと普段の知性とは別でしょうに。
あ、反応した、と悟飯は思う。そしたら唐突に、言葉が口を付いた。
「……52+83は?」
「……は?」
ナッツは呆然とした。エネルギー波の激突はまだ続いている。
この状況で、こいつは何を言ってるの?
ふざけないで、と言い返そうとして思い至る。
悟飯が突然狂ったわけではないとしたら、もしかして、これは地球の作法なのだろうか?
マナーなら従わなければ失礼だ。
自分は王族なのだから、父様の顔に泥を塗るような振る舞いはできない。
彼女は育ちが良く、かつ微妙に世間を知らなかった。
「……135よ。79-13は?」
「66。279+145は?」
「ぐっ………………424」
「正解」
「桁を増やすなんて卑怯よ! 381+875!」
「そんなの決めてなかったし。1256」
「くっ……!」
足し算引き算では埒が明かない。
それどころか、解答時間の早さからして、悟飯はこの種の戦いに相当慣れている。
このままでは彼女の方が不利だ。ナッツは切り札を使う事にした。
(悟飯、あなたが悪いのよ。できれば、使いたくはなかったわ)
「行くわよ……11×33は?」
掛け算。しかも2桁。本来ならばまだ5歳のナッツが到底扱えるはずのない高等数学だ。
(これが母様譲りの、あの知的な父様をも苦戦させた難問よ。悟飯)
(たとえあなたが掛け算を知っていようとも、あらかじめ計算しておいた私はともかく、
紙も計算機も無しに答えを導き出す事は不可能よ)
ナッツは勝ち誇った笑みを浮かべた。
(私の知性の前にひれ伏しなさい!)
「363」
「えっ……」
ぞくり、と少女の背筋が震える。
カカロットの実力を垣間見た、あの瞬間のようなプレッシャーが彼女を襲っていた。
(何なのこいつ……いや、ただの偶然に決まってるわ!)
「ちょっと! もう1問答えなさい! 24×22は?」
悟飯はそれありなの? と言いたげな顔で暗算する。
彼の将来の夢は学者で、好きな事は勉強だった。
色々あったこの1年の間も、計算練習は欠かしていない。
「えっと……528」
「……そんな」
完全な敗北だ。自分が逆立ちしようと、この化け物には勝てない。
がっくりとうなだれた所で、ふと気づき、質問する。
「悟飯……これって、何か意味あるの?」
「ううん、別に」
悟飯はにっこり笑って見せる。
ナッツは耳まで赤く染めてぶるぶる震えた。
「次はボクの番でいい?」
「うるさい! さっさと死になさい! この馬鹿! 雑魚! ヘタレ! 腰抜け!」
激怒しながら可愛らしい声で罵詈雑言らしきものをわめきちらすナッツを見た悟飯は、
何だかおかしくなってしまった。
本当に何でこの子、地球なんか侵略しに来たんだろう。
少女が怒り、少年は笑う。
そして激突する二つのエネルギー波はその威力を増しながらも均衡を保ち続け、
やがて限界を超え、周囲一帯に大爆発を巻き起こした。
相手が悟空だったら圧勝できてた可能性が大。
だが彼は将来の夢は学者とか言い出すイレギュラー(サイヤ人基準)だ。
原作でクリリンとチャオズがやってた奴。
何故か唐突に思いついて入ってしまったのです。
阿井 上夫様から最後のシーンのファンアートを頂きました!
とても原作テイストで格好良い感じです!
【挿絵表示】