未来から来た少年が、人造人間の脅威を伝えたその日のうちに、ベジータとナッツは、ブリーフ博士の元を訪れた。
「さ、300倍の重力室を作ってくれだと!?」
「そうだ」
口調こそぶっきらぼうなものだったが、住まわせてもらっている家主に対し、改まった態度でベジータは続ける。
「詳しい事情は話せないが、3年後までに、オレも娘も、今以上に強くなる必要がある」
「し、しかしだな……ベジータ君はともかく、ナッツちゃんには厳しいんじゃないか? 仮に体重20キロだとしたら、6トンに……」
言葉の途中で、どこからともなく現れた彼の妻が、にっこり笑いながら頭をはたく。
「ほほほ、ごめんなさいね、ナッツちゃん」
「? は、はい」
どうして謝られたのか判らず、ナッツは困惑してしまう。体重が重くなる事は、戦闘には有利な要素だから、むしろもっと早く、大きくなりたいと思っているのだけど。
「確かに、いきなり300倍は流石に無理ですけど……私も100倍の重力には慣れてきましたから、もっと先を目指したいなあって……」
少女の言葉に、博士は腕組みしながら唸る。
「うーん……しかし大丈夫かな。ナッツちゃんは、その、成長が少し遅いようだが。もしかして、私の作った重力室のせいじゃないかと……」
心配そうな眼差しの中に、罪悪感が混じっている事を見て取って、少女は慌てて否定する。
「ち、違います! 私達サイヤ人は、子供時代が長いんです!」
「……本当かね、ベジータ君?」
「ああ。オレも他の奴らも、思春期まではナッツとそう変わらない大きさだった。その後一気に成長するんだ」
「そう言えば、悟空君も初めて会った時、あの見た目で12歳くらいだったんだよね……サイヤ人か……」
少しの思案の後、博士は安心したように頷いた。
「わかった。300倍の重力室、作ってみるとしよう」
「ありがとうございます!」
「よろしく頼む。それで、費用の方は……」
緊張した面持ちで、ベジータは尋ねる。今ある重力室の改造で済むのか、新たにもう1つ作る必要があるかは分からないが、どちらにせよ材料費だけでも相当掛かってしまうはずだ。
それにブルマやこの父親が、宇宙でも屈指の科学者である事は、1年半もの間、共に暮らしているうちに理解している。その技術料まで払う事を考えたら、ナッツの将来のための貯金が吹き飛んでしまう可能性がある。
訓練のための時間が削られてしまうのは辛いが、しばらくの間、宇宙を飛び回って賞金稼ぎに励むべきだろうかと悩む彼に、博士は苦笑しながら言った。
「……ベジータ君、うちにたくさん来ていた泥棒とか産業スパイとか、一人残らず捕まえてくれてるよね。正直あれだけで十分助かってるんだ。あんまり仰々しい警備とかは苦手でね」
ブリーフ博士はカプセルコーポレーションの代表であり、世界一の大金持ちだ。そして彼が住むこの大邸宅は、最新鋭のセキュリティと警備員によって守られてこそいるものの、金品や研究成果を狙って侵入しようという者は後を絶たなかった。
警備員を増やして対応しようにも、広大過ぎる敷地面積をカバーするには、1000人単位の警備員が必要で、それだけの人数を外部から雇い入れれば、到底落ち着いて暮らすどころではない上に、却って悪心のある者の侵入を許してしまう恐れがあった。
しかし、ベジータとナッツが暮らし始めてから、その状況は一変した。戦場で暮らしてきた彼ら親子は、敵意や悪意の存在に敏感で、そうした意図を持つ者が近づけば、眠っていても目を覚ます程だ。
彼らが暮らし始めて最初の頃は、夜中に少女がむにゃむにゃと目を覚まして、トイレにでも行くようなノリで部屋を出て、侵入者を半殺しにして警備員に引き渡すという光景が見られていたのだが、それが何度も続くうちに、父親がキレた。
「貴様ら! 娘が眠れないだろうが!」
本気を出したベジータの感知範囲は、娘よりも遥かに広い。ここに敷地に一歩でも侵入したが最後、必ず30秒以内に現れてキレ気味に襲ってくる新人警備員が誕生した。
銃も刃物も効かない上に、どんな方法で侵入しても必ず見つかって半殺しにされるとあっては、流石の悪人達も、カプセルコーポレーションへの手出しをすっかり控えるようになったのだった。
「……あれは、ナッツの安眠のためだ」
小さく目を逸らしながら、ベジータは言った。誇り高いサイヤ人の王子である自分が、警備員の仕事などするわけがなく、あくまで娘の為に行動した結果だ。まあ、世話になっているこの家への、恩返しの気持ちが無いと言えば嘘になるが。
それを聞いたブリーフ博士は、楽しそうに口元を緩めながら、手元にあった白紙の上に、凄まじい速度で設計図を引き始める。
「300倍の重力室とか、正直考えた事も無かったからね。なかなか面白そうだ」
そして彼は、少女の方を見て、にっこり笑って言った。
「ナッツちゃんの誕生日は、再来月だったよね。少し早いけど、私からのプレゼントはそれでいいかな?」
「い、いいんですか!?」
「もちろんだとも。そうだ。せっかくだから、何か機能とかのリクエストはあるかな?」
「それじゃあですね……」
ナッツは顔を輝かせながら、遠慮なくあれこれ要望を並べ立て、博士はふむふむと頷きながら、聞いた内容を書き留めていく。どう考えても今ある重力室の改造では済まないその内容を聞いて、父親の額に汗が浮かぶ。
「な、ナッツ。控えめにな……」
「ほほほ、いいんですよベジータさん。新しく作る物ができて、あの人も楽しそうですし。これ、おやつのクッキーとコーヒーですわ」
「ど、どうも……」
終始マイペースで笑顔を絶やさない博士の妻が差し出すお菓子と飲み物を、ベジータは会釈しながら受け取った。人数分のおやつが載った大きなお盆を抱えた彼女は、そのまま博士と少女の元へと歩み寄る。
「ナッツちゃんは、オレンジジュースをどうぞ」
「ありがとうございます!」
少女はお礼を言いながら、差し出された飲み物を笑顔で受け取った。その可愛らしく素直な姿に、その場の大人全員が、優しい眼差しを向けるのだった。
そうしておよそ一ヶ月後の昼下がり。ナッツから訓練の誘いを受けた悟飯と悟空は、カプセルコーポレーションの敷地内に、新しく完成した重力室の前に立っていた。
「これが、新しい重力室……」
「オラが使ってた宇宙船のやつより大きいなあ」
そして二人がドアの近くにあるブザーを押すと、ややあって扉が開き、中で訓練をしていたと思しき少女が現れた。彼女は少年の姿を見て、ぱあっと顔を輝かせる。
「悟飯にカカロット! よく来てくれたわね! いらっしゃい!」
「なっ……!?」
嬉しそうに、尻尾を振りながら彼の手を取るナッツの姿を見て、悟飯の顔が、瞬時に真っ赤に染まる。
今日の彼女は戦闘ジャケットを着けず、紫のアンダースーツに、黒のブーツだけを身に纏った姿で、まだ成長途中の、なだらかな身体の線がはっきりと見えていた。
それを見ないよう、努めて目を逸らしながら、少年が言った。
「な、ナッツ。上着も着た方がいいんじゃないかな……?」
「? 訓練の時は、私はいつもこの格好よ。今日は模擬戦をするわけじゃないし、こっちの方が動きやすいわ」
「たまには普段の姿で訓練するのも大事だと思うんだ!」
「……なるほど、確かに一理あるわね」
もっともな指摘に、少女は唸る。確かに今のこの身軽な格好に慣れてしまうと、いざ実戦の時に違和感が出てしまうかもしれない。やっぱり悟飯は、頭が良いと思った。
「ちょっとだけ待っててね。すぐ着替えてくるわ」
そうして更衣室と思しき部屋に入っていくナッツを見て、悟飯は内心、胸を撫で下ろして。一部始終を見ていた悟空は、にっこり笑いながら、その頭をわしわしと撫でるのだった。
BGM:前回のあらすじ
https://www.youtube.com/watch?v=G4t3s8nqT5M
着替えを終えたナッツは、二人を連れて、重力室の中を案内する。
「あっちの部屋はシャワーとお風呂で、こっちは休憩室。飲み物も軽食もあるし、ふかふかのベッドもあって、疲れたらお昼寝もできるの。いちおう緊急時のために、メディカルマシーンも置いてあるわ」
「どこも広くなってるけど、あんまり前と変わらねえなあ」
「ここからが本番なのよ。父様、ちょっと失礼します」
「ああ」
ナッツが訓練中の父親に声を掛けてから、重力室の中央のパネルを操作すると、部屋の真ん中に透明な壁が現れて、瞬く間に部屋を二つに区切った。
そしてパネルに『150G:0G』と表示されているのを見た悟飯が、驚いた顔になる。
「これってまさか、あっちとこっちで、重力の強さを別々に設定できるの!?」
「そのとおりよ、悟飯。私と父様だと、どうしても訓練に使う重力の強さが違ってきちゃうから、父様に迷惑を掛けないように、ブルマのお父様に頼んで作ってもらったの」
少年は興味深そうな様子で、透明の壁に手を触れて観察する。見た目こそガラスのようだが、それなりの強度と厚みを持っており、攻撃をしたならともかく、訓練中にちょっと身体をぶつける程度では壊れそうになかった。それに。
「これ、あっちの物音も、普通に聞こえるんだね」
「そうよ。姿だけ見えていても、父様と話ができないと、寂しいんだもの」
少し恥ずかしそうに、少女は応える。その姿を見た悟飯は、思わず顔が綻んでしまいそうになったのを、誤魔化すかのように、気になっていた事を質問した。
「と、ところでナッツ。聞きたい事があるんだけど……」
「何かしら?」
「さっきから鳴ってるこの音楽って、何なの?」
心底不思議そうに、悟飯は尋ねる。この重力室に入ってから、どこからともなく聞こえてくる謎のBGMが、延々リピートされているのだった。
「あ、それオラも気になってた」
二人の指摘を受けたナッツは、天井の一ヵ所を指差しながら言った。
「あそこにスピーカーがあるでしょう?」
「ほ、本当だ……」
「おお、全然気付かなかった……」
「ブルマのお父様が、2日くらい掛けて計算して、良い音で聞こえる位置を決めてたの。私も父様も音楽は聴かないんだけど、あんなに頑張ってくれたんだから、一度くらいは使わないと悪いかなって思って……」
「そ、そういや、スピーカーが大事とか何とか言ってたなあ……」
「……けど何か落ち着かないよこれ……」
「そ、そうよね。悟飯が気になるなら、仕方が無いわね。うん」
ナッツはいそいそとパネルを操作して、BGMを止めてから言った。
「じゃあ、せっかく来てくれたんだから、一緒に訓練しましょう? 私と悟飯はこっちで、カカロットはあっちで父様と鍛えてくるといいわ」
「分かった。じゃあ頑張れよ、悟飯」
「何を!?」
悟空は笑顔で息子の肩に手を置いてから、透明の壁を開いてベジータと合流するのだった。
そうしてナッツと悟飯は、訓練を開始する。
重力室は初めてという少年のために、試しに10倍から初めて、徐々に重力を強くしながらトレーニングを続けていたのだが。
「ご、ごめんナッツ。ちょっと休ませて……」
重力を80倍まで上げたところで、悟飯は息を切らせ始めてしまう。
「大丈夫よ。休憩室に行きましょう? 私も初めて使った時は、とっても疲れちゃったもの」
(やっぱり初日だとこんなものかしら? 悟飯の今の戦闘力は私と同じくらいだから、慣れれば120倍までは行けると思うのだけど)
そんな事を考えながら、ナッツは悟飯を休憩室へと案内し、冷たい飲み物を渡して、自分もオレンジジュースを飲みながら質問する。
「どうだった、悟飯? 初めての重力室は?」
「うーん……身体を鍛えるには、確かに良いと思うんだけど……」
ふかふかのソファーに、少女と並んで腰掛けて、ゆっくり飲み物を飲みながら、少年は続ける。
「お父さんやピッコロさんと一緒にやってる訓練とは、ちょっと違うかなって」
「……そういえば、あなたもカカロットも、重力室を使ってないわよね」
それなのに悟飯もカカロットも、それぞれ私や父様と同じくらいに戦闘力を上げているのは、よく考えると不思議だった。
「あなた達、一体どんな訓練をしているの?」
「うーん……口で説明するのは、ちょっと難しいかな。良かったらお父さんと一緒に、実際にやってるところを見てもらってもいいかな?」
「もちろんよ! 凄く興味があるわ!」
嬉しそうにぶんぶんと尻尾を振るナッツを見て、悟飯は苦笑しながら立ち上がる。
「じゃあ、お父さんに声掛けてくるよ」
「私も行くわ!」
そうして重力室に戻った二人は、目の前で繰り広げられる光景に唖然としてしまう。
「ふははは! どうだカカロット! 180倍の重力を物ともしないこのオレを!」
「じ、じゃあオラは190倍だあ!」
「何ぃ!?」
2つに分けた向こう側の部屋を、透明な壁でさらに区切って、どちらがより強い重力に耐えられるか、大人げなく張り合い続ける大人達がいた。
二人とも100倍の重力はとうにクリアしているとはいえ、互いに初の高重力に晒されて大量に汗を流し、動くのもやっとという有様だったのだが。
「父様! 頑張って下さい!」
「うおおお!!!! 200倍だああああ!!!!」
「まずいんじゃないかなナッツ!?」
慌てふためき、止めようとする悟飯だったが、既にヒートアップした二人が止まる事はなく。
数分後、220倍の重力の中で、床にうつ伏せに突っ伏して、潰れたカエルのようになっている二人の大人がいた。
「た、助けないと!」
パネルを操作して重力を戻す悟飯。そして駆け寄ろうとする彼を、真剣な顔で止めるナッツ。
「駄目よ悟飯。こういう時は先に起き上がって、勝利を宣言した方が優勝なの。きっと父様が勝つわ」
「それは天下一武道会の話だからね!?」
結局しばらく待っても起き上がって来なかったので、子供達によって救助された彼らは、二人並んでメディカルマシーンのお世話になったのだった。
30分ほどして、ベジータと共に復帰した悟空は、心配そうに見守る子供達の前で、頭を掻いて照れ笑いしていた。
「いやあ助かった! 悪いなナッツ! それで、オラ達の訓練を見たいんだって?」
「うん。重力室より効率の良い訓練なんて、あるのかなって思って」
「そっか。じゃあ、ちょっと外で見せてやるよ」
重力室から出た悟空と悟飯は、穏やかな日差しの中、ナッツ達を連れて、木陰に向かって歩きながら説明する。
「軽い運動とか、組み手とかは、おめえらのやってるのと変わらねえんだけどよ」
そして大きな木の下で、二人は胡坐をかいて目を瞑る。
「こうして気を集中して、ゆっくり全身に循環させるんだ」
「ふうん」
気という概念を、あまりよく理解していないナッツは、父親と共に、訝しげな目で彼らの訓練を眺めていた。傍から見ると、座ったまま全く動かないその様子は休憩しているようにしか見えず、3分ほどしたところで、少女はげんなりした顔で呟いた。
「た、退屈だわ……」
「それなら、ナッツも一緒にやってみる?」
「……そうね、教えてちょうだい」
悟飯の隣に、少女は同じ姿勢で座って目を瞑る。
「まず、身体の中にある気をイメージして、お腹のあたりに集めるんだ」
「その時点で、さっぱり分からないんだけど……」
悟飯達は、気という言葉を、戦闘力やエネルギーと同じ意味で使っているらしい。試しにエネルギーをお腹のあたりに集中してみると、身体の周囲にオーラが吹き出した。
暴風のような圧力に晒された木の葉がぱらぱらと舞い散る中、少年が額に汗を浮かべながら言った。
「ナッツ、それは気を高めてるんだ。もっと心を落ち着ちつかせて……」
「わかったわ……」
少女は言われたとおり、何も考えず、全身をリラックスさせていく。
そよ風に揺られて、ざわざわと木の葉が音を立てていた。重力室の中では感じられない、柔らかな日差しが、ぽかぽかと身体に当たるのが心地良くて。
「……ナッツ?」
「…………」
少女はいつしか、静かに寝息を立てていたのだった。
ほどなく目を覚ましたナッツは、その後も悟飯のアドバイスを受けながら、あれこれ試行錯誤してみたのだが、結局彼らが何の訓練をしているのかを、最後まで理解できないでいた。
「父様、あんまり私には合わないみたいです……」
「そうだな。オレ達とは全く違うやり方だ」
しょんぼりしている娘の頭を撫でてやりながら、父親は考える。カカロット達がしていた訓練は、身体の中のエネルギーを、複雑かつ精妙にコントロールするためのものだ。あまり強靭な身体を持たない、地球人のような種族に向いた訓練なのだろう。
そして自分達がしている重力室での訓練は、生まれ持った身体能力やエネルギーの出力を更に高めるもので、サイヤ人の行う訓練としては、こちらが一般的な物と言える。
後者の訓練に慣れ切った自分が、今更カカロット達の真似をしても、上手くいくとは思えなかった。まだ子供のナッツなら、時間を掛ければあちらのやり方も覚えられるかもしれなかったが、今日の様子を見る限り、全く向いてないだろうし、本人が嫌がる事を、無理にやらせる気は無かった。
同様に悟空達にとっても、高重力下での訓練は、そこまで有益なものではなく。結局その日以降、彼らはそれぞれ独自に訓練して、互いの交流は、たまに模擬戦を行う程度にとどまった。
そしてそれから、およそ1年半後、ナッツと父親の人生に、大きな転機が訪れる事となる。
「重力室、訓練にとても有用ってイメージがあるのに、原作だといつもベジータしか使って無いよね?」って思ったので、その辺を補完する話なのです。
ブルマとベジータ達のあれこれは、次の話からになります。一応大まかな流れは考えてはいるのですが、難しいので少し遅れるかもしれません。気長にお待ちくださいませ。
それと前回は、たくさんの高評価とお気に入りを有難うございます。おかげ様で久々にランキングに載れまして、多くの方に読んで頂けてとても嬉しかったのです。もし今回も読んで面白いと思っていただけましたら、是非とも評価の方を、よろしくお願い致します。