あるサイヤ人の少女の物語   作:黒木氏

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10.彼女の母親が、父親の背中を押す話

 時は真夜中。カプセルコーポレーションの中庭にて。

 

 部屋から抜け出したベジータは、ベンチに腰かけ、寂しそうな目で、半分欠けた月を見上げていた。最愛の妻を失って以来、彼は時折、こうして娘からも離れた場所に来て、ただ一人孤独を紛らわせていた。

 

 地獄で彼女と再会できた時は、この思い出があれば、一生耐えられると思っていたけれど。それからおよそ3年が経過した今、寂しさが彼の心を、再びじわじわと苛んでいた。

 

 無論、いつかまた会える事が約束されている分、その苦しみは以前よりも軽くなってはいたが。それでも、この先の数十年を彼女無しで生きる事を考えると、どうしようもなく、気持ちが滅入ってしまう。

 

 宇宙一可愛い娘の成長を見守るのも、カカロットと強さを競い合うのも、大きな喜びだったが、それだけでは、どうしても埋められないものがあった。失ってしまった分、彼の心には、真っ暗い穴が開いてしまっていた。

 

 重々しくため息をつきながら、彼は地獄でリーファと交わした会話を思い出す。本当に久しぶりに、2人で満足行くまで戦った後、傷の手当を受けて、ナッツの所へ向かう途中のことだ。

 

 

 

 ナッツ達が待つ、フリーザ撃破記念パーティ会場への道を二人で歩きながら、ベジータはかつてない程に、心が満たされているのを感じていた。

 

 再会した妻は、心地よさそうに目を閉じながら、彼の腕を抱いて、その身を預けている。密着した身体の部分から、女性らしく成熟した柔らかさと温かさが、戦闘服ごしでもはっきりと感じられた。

 

 普段は腰に巻かれている彼女の尻尾が、まるで人懐っこい犬のように、ぱたぱたと激しく振られているのが、彼女の心境をよく表していた。尻尾が残っていれば、彼もまたそうしたい心持ちだった。はしたない事だが、彼女と尻尾を絡められない事を、残念に思った。

 

 この時の彼の穏やかな表情を、娘が見たら、泣いてしまっていたかもしれない。それは3年前のあの日から、母親の死と共に、失われてしまっていたものだったから。

 

 何もかもが愛おしくて、このままここで、ずっと過ごしていたいと思った。そしてそれは、彼女の方も同じだった。

 

 

 敬愛する夫に身を預け、幸福感に包まれながら、リーファは自身の半生に思いを馳せていた。

 

 エリート戦士の子供の中でも、特別高い戦闘力を持って生まれながらも、生まれつきの病気を抱えていた。無理をすると激痛と共に血を吐いてしまう事から、心配した両親から戦いに出る事を禁じられて、整備員の見習い仕事をしていた。

 

 ビーツさんという人を始めとして、整備員の人達は皆良くしてくれたけど、日々嬉しそうに任務へと出発する同年代の子供達を、羨望の目で見送りながら、どうして自分はこんな身体に生まれてしまったのかと、暗い気持ちで日々を送っていた。

 

 そんな自分を連れ出してくれたのが、ベジータ様だった。整備の途中、戦闘力の高さを偶然知られて、力を見せなければ殺すと脅されて、生まれて初めて、全力を出して戦った。

 

 あの時の楽しさは、今でもまだ覚えている。整備場全体が破壊されていくのも構わずに、互いの全力をただひたすらぶつけ合ったあのひと時は、想像を遥かに超えて、鮮烈で胸躍る体験だった。

 

 戦闘民族の一員として生まれて良かったと、初めて思えた。途中で身体に限界が来て倒れて、一時は死に掛けたにも関わらず、今までの人生の中で一番、生きているという実感があった。

 

 意識を失う直前に、間近で見たあの人の顔が、目に焼き付いて離れなくなった。幼いながらも、サイヤ人としての生き甲斐を教えてくれたこの人に、生涯を掛けて報いたいと思った。今考えると、あの時から、惹かれていたのだと思う。

 

 その後、王子の護衛役として任命されて、一緒に任務に出る事になって。色々な惑星で経験した戦いの、その全てが楽しかった。病気のせいで、常に全力を出せるわけでは無かったけれど、ベジータ様は私の体調を気遣って、適度に休暇を割り当ててくれた。

 

 そうした時も、少しでもお役に立ちたかったから、昔取った杵柄で、ポッドや装備の整備を勉強して引き受けた。護衛役として、いざとなれば身を挺して守れるよう、可能な限り一緒にいて、そのお姿を見守っていた。

 

 本来ならば、惑星ベジータの消滅と共に死んでしまうはずだった自分が、戦いに満ちた胸躍る日々を送る事ができて、それだけで望外の幸せだったけど。共に時間を重ねるにつれて、どうしようもなく、あの人を慕う想いが募っていった。

 

 その想いにベジータ様が応えて下さった時、惑星ベジータが消滅していて良かったと、つい浅ましい事を考えてしまったのを覚えている。同族の女性が、宇宙に一人しかいないという事情でもなければ、生まれつきの病気を抱えた自分が、この方に選ばれるはずが無かっただろうと。

 

 だけどベジータ様は、そんな私の考えを見越したかのように、たとえ惑星ベジータが健在だったとしても、オレはお前を選ぶと、はっきりとそう言って下さったのだ。あの時は本当に、涙が出る程嬉しかった。

 

 そうして2人で暮らすうちに、無理だと思っていた、可愛らしい子供までも授かって。3人で過ごした時間は、ほんの短い間だったけど、それまでの人生全てよりも、幸せな時間だった。

 

 本音を言えば、もっとナッツの成長を、間近で見守っていたかったけど。どの道お医者様からは、既にあと数週間の命だろうと言われていたから、こればかりは仕方なかった。

 

 そして死んだ後も、この人はこうして自分を愛してくれている。本当に、私は幸せ者だと思う。ベジータ様には、いくら感謝しても足りる事はないだろう。

 

 だからこそ、この機会に、言っておかねばならない事があった。

 

 

 

 ベジータの腕に身体を預けていた女性が、おずおずと顔を上げて、彼の目を見た。

 

「……と、ところでベジータ様」

「どうした? リーファ……っ!?」

 

 彼女に目を向けた夫の身体が、一瞬硬直する。スタイルの良いリーファの、アンダースーツを押し上げる豊かな胸の谷間が、間近から暴力的に彼の視界を占拠していた。先の戦いであちこち破損した彼女の戦闘服は、よく見ると相当に煽情的な有様になってしまっていた。

 

 もちろん夫婦の間柄で、今さらその程度で恥ずかしくなる道理もないのだが、そういう面については、彼は未だに純情で、思わず赤らめた顔を逸らしてしまう。

 

「? どうしました? ベジータ様」

 

 彼の様子を見て、不思議そうに、リーファは首を傾げる。幼い頃から戦場にいて、メディカルマシーンに裸で入るのが当たり前だった関係から、娘と同じく、彼女は羞恥心が薄い傾向にあった。流石に一緒になってからは、多少はマシになったのだが。

 

「いや……お前の戦闘服が、人前に出るには、少し壊れ過ぎていないかと思ってな」

「? ……別に肌が大きく見えているわけではありませんし、このくらいなら大丈夫では?」

 

 きょとんと胸に手を当てるその仕草が、ますます危険だった。これから行く先には、惑星ベジータのサイヤ人のほぼ全員が集まっているのだ。お世辞にも上品とは言えない荒くれ共の下品た視線に、今の彼女が晒されるかと思うと、気が気でならなかった。

 

 事態をあまりよく解っていない彼女の両肩に、ベジータは手を置いて、その顔を真っ直ぐに覗き込んだ。たちまちリーファは、顔を真っ赤にしてうろたえてしまう。

 

「あ、あの……ベジータ様?」

「オレが嫌なんだ。お前のその姿を、他の男に見られたくないんだ。わかるな」

「は、はいっ!」

 

 返事と共に、彼女は勢いよく背筋を伸ばす。その拍子に胸が大きく揺れて、ベジータは一瞬たじろいでしまうが、見なかった事にして言った。

 

「……戦闘服の替えは無いのか?」

「注文して取り寄せる必要がありますので、今すぐには無理です……」

 

 しゅんとなってしまうリーファを見て、彼は考える。もう空も暗くなりかけている。この分だと、ナッツ達のいるパーティ会場とやらに着く頃には、真っ暗になっているだろう。ならばそうそう目立つ事はないか。

 

「仕方ない。なるべく他の男を間近に近づけないようにしろ。いいな」

「わかりました! ベジータ様!」

 

 返事と共に、彼女は勢いよく背筋を伸ばす。その拍子に胸が大きく揺れて、彼は内心頭を抱えてしまう。

 

「わざとやってるのか……?」

「? 何をですか?」

 

 不思議そうに小首を傾げる彼女の様子が、驚くほどにナッツとそっくりに見えて、ベジータは同じように羞恥心の薄い、娘の将来が心配になった。とりあえず何かあったら悟飯を殺そうと父親は決意する。

 

「何でもない。ところでさっき、何か言い掛けていたな?」

 

 その言葉に、リーファはびくりと身を震わせる。正直、これを口にするのは、勇気のいる事だったけど。強くて結構良くて、冷酷で優しくて、けれど寂しがり屋の、大好きなこの人の為に、言っておかねばならなかった。

 

 意を決して、彼女は夫の目を真っ直ぐに見据えて口を開く。

 

 

「そのっ、ほ、本で読んだのですが、宇宙の王族の約8割は、複数の妻を娶っているとかっ!」

 

 

「なっ……!?」

 

 思わず息を詰まらせるベジータに、彼女は勢いのまま言葉を続ける。

 

「わ、私はその、一人しか生めませんでしたし! もちろんナッツはとても強くて良い子で、その上超サイヤ人にまでなれた私達の誇りで! 王族として申し分ないと思うのですがっ!」

 

 こういう時、死んで身体を失って、病気からも解放された事を実感する。生きていた頃だったら、こんな勢いで喋ったら、途中で咳き込んでしまっただろうから。

 

「そのっ、女の子は母親に懐くと言いますし、ベジータ様、どうせなら男の子も欲しいと思いませんか? それに弟か妹がいれば、ナッツもきっと喜んでくれると思うんです」

「おい待て、リーファ。お前、それは……」

 

 その言葉は、仮に彼女が生きていたとしたら、何ら問題のない言葉だった。だが、寿命で死んで、ドラゴンボールでも生き返れない彼女が、子供の事を口にするその意味は。

 

 表情を変えた夫が、震える声で口にする。

 

「どういうつもりだ、リーファ。オレは、お前以外の女など……」

 

 

「ベジータ様、私はもう、死んでしまっているんですよ」

 

 

 微笑みながら言い放たれたその言葉に、彼は言葉を詰まらせてしまう。それはベジータが、分かっていながら目を逸らしてきた事だった。こうして地獄で彼らが会えるのは、たった1日に過ぎない。次に会えるのは、いつか死んだ後の話だ。

 

 ここに残るという選択肢は論外だ。一時とはいえ彼が死んでしまった時、最愛の娘がどんな反応をしたか、全てではないが、彼も地獄から見ていたのだ。あんな思いを、二度もナッツにさせる事など、できるはずがない。

 

「ベジータ様が、今も私の事を想って下さるのは、とても嬉しく思います。けれどそのせいで、あなたを何十年も苦しめてしまう事に、私の方が、きっと耐えられないんです」

 

 夜中に部屋を抜け出して、独り寂しそうにしている彼の姿を、幾度となく目にしてきた。そんな姿を見るたびに、自分の方が、胸を締め付けられるような思いだった。

 

「ナッツにも私の方から、さりげなく伝えておきますから」

「……リーファ、オレはお前の望む事なら、何でも叶えてやるつもりでいる。だが、流石にそれは……」

 

 拒絶するベジータに、彼女はいたずらっぽく笑って言った。

 

「そう言えば、あの青い髪の地球人の女性、ナッツの事を、ずいぶん気に掛けてくれていましたよね。あの人なんか、良いんじゃないですか?」

 

 ナメック星でのブルマとベジータとのやり取りを、彼女は地獄から全て見ていた。ナッツを戦いから遠ざけようとするなど、少しばかり教育方針には違いがあるようだけど、娘の事を真剣に思いやって、健やかな暮らしを送らせようとしてくれているのは嬉しかった。彼女になら、ナッツの事を任せても良いと思える程に。

 

「ま、待て! オレはそんなつもりじゃ……!? 一緒に住むのは、あくまでもナッツの為にだな……!」

「けどベジータ様、未婚の女性の家に子連れで居座るのは、あまり良くない事ですよ?」

 

 唐突に放たれた倫理面からのジャブに、殴られたかのようにのけ反るベジータ。

 

「それにベジータ様、ああいう気の強い性格の女性も、嫌いではないですよね?」

「……!?」

 

 身を強張らせた夫の姿を見て、彼女はにっこり笑う。これでも小さい頃からずっと見ているのだ。彼の女性の好みも、完全に把握していた。違うタイプの自分が選ばれたのは、巡り合わせが良かったからだ。

 

「お、お前はそれでいいのか、リーファ。オレが他の女となど……」

「ええ、もちろんです。それはまあ、少しばかりもやもやしたものはありますけど。それでも」

 

 そこで一旦言葉を切ってから、彼女は彼に顔を寄せて、夜のように黒い瞳で、彼の目を見つめながら、とびっきりの笑みを浮かべて言った。

 

 

「そのくらいで、ベジータ様が私の事を愛さなくなるなんて、有り得ませんから」

 

 

「り、リーファ……」

 

 深い愛情と信頼のこもった、あまりにも美しい微笑みに、彼はただ呆然と見惚れていた。

 

「どの道、最後は私のところに来て下さるわけですし、多くの星を滅ぼした私達の刑期は、100年や200年では済みません。それだけの時間を、またあなたやナッツと暮らせると考えれば、ほんの数十年くらい、短いものですよ」

 

 最後に、リーファは彼の身体に縋り付いて、その表情を見られないよう、彼の胸に顔を押し付けながら言った。

 

「あなたの幸せが、私の幸せです。ベジータ様。どうか私の事はお気になさらず、幸せな一生をお過ごしください」

 

 

 

 

 吹き付ける冷たい夜風が、彼の意識を回想から引き戻す。

 

 気付けばあれから、もう3年が経過していた。寒空の下、ベジータは身体を震わせながらため息をつく。

 

「リーファ、お前はそれでいいのか……?」

 

 他の女との再婚。当時は何をバカな事を、と思っていたものだったが。たった3年で、会えない寂しさに耐えかねて、心が弱くなっているのを感じていた。自分がここまで軟弱だなどと、あいつと一緒になるまでは、思いもよらなかった。

 

 青い髪の女性の顔が、ふと脳裏に浮かぶ。気付けば奴とも、長い付き合いになっていた。一緒に住み始めた当初は、リーファに言われたとおり、未婚の女の家にいつまでも居座っては迷惑だと思っていたが、ナッツがすっかりこの家での暮らしを気に入っていたから、他で暮らすとも言い出せず、ついずるずると甘えてしまっていた。

 

 ブルマの事を、そういう相手として、意識した事がないと言えば嘘になる。気の強い女性は、正直に言えば好みだったし、ナッツの事も、とても気に掛けてくれている。あのフリーザと対峙して、その子を放せと啖呵を切れる女など、サイヤ人でもそうはいないだろう。

 

 向こうの方は、サイヤ人である自分の事を、どう思っているのだろうか。少なくとも、恐れられてはいないはずだ。ブルマはその気になれば一瞬で自分を殺せる自分を前にしても、まるで物怖じせずに物を言う。超サイヤ人であるナッツの事も、まるで地球人の子供のように扱って、暑いからと裸になった時などは、厳しく叱りつけたりする程だ。

 

 また家の事も、買い物の荷物を持ったり、料理の一品を作ったり、食後の皿洗いをする程度には手伝っている。ブルマは金の事を気にしないが、甲斐性もあるつもりだ。フリーザ軍にいた頃の貯金もあるし、その気になれば、宇宙で賞金首などを狩ればいくらでも稼げる。

 

 そう悪くは、思われていないはずだ。こちらから申し出れば、無下に断られる事はないと思う。むしろ向こうも、自分の方から言い出すのを待っているのかもしれない。

 

 そこまで考えて、ベジータは頭を左右に振った。

 

(オレは何を考えている? リーファの奴もそれを望んだとはいえ、性急過ぎるだろう。そもそもナッツが、そんな事を許すのか?)

 

 あいつはナッツにも、さりげなく伝えておくとは言っていたが。伝えるところを、見たわけではないのが不安だった。

 

 

『と、父様……そんな女と再婚なんて……母様を裏切る気ですか!!』

 

 

 などと涙目で言われようものなら、その場で死を選ばない自信がない。無論ナッツは、親にそんな事を言うような子では決してないが、内心不満に思っていながらも、自分のために笑顔で認めてくれるようなら、それはそれで、死にたくなるだろう。

 

 

 

「と、父様……」

 

 ナッツの声が聞こえた。幻聴だろうかと頭を振るも、確かに、ナッツの気配を後ろから感じる。それにもう一つ、慣れ親しんだ小さな気配が。

 

 彼が慌てて振り向くと、パジャマの上から厚手の上着を羽織った娘と、もう一人、彼女に手を引かれながら、緊張した様子のブルマがそこにいた。




 というわけで、援護射撃入りました。人によっては好みの別れる話だとは思いますが、娘の協力だけだとこのベジータを落とすには足りないと思うのです。

 地獄の話の最終話、ナッツの前に現れたベジータが浮かない顔をしていたのは、リーファさんとの間でこういうやり取りがあったからですね。毎日投稿でもないネット小説であんまり細かい伏線張っても「そこ読んだの数ヶ月前だから覚えてないよ!?」ってなりそうなのですが、こういうの好きなのでご容赦ください。


 それと評価、感想、お気に入り、誤字報告などありがとうございます。続きを書く励みになっております。
 次の話は、3人であれこれ話す感じになります。遅くなるかもしれませんが、気長にお待ちくださいませ。
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