「……ナッツちゃんから、あんたが、こんな所で一人でいた理由は聞いたわ」
「……そうか」
ベジータは半分欠けた月を見上げる。その眼差しは、どこか遠くを見ているようで。憂いを秘めた彼の横顔に、ブルマは彼の抱える孤独を、改めて目の当たりにした心地だった。
普段の彼からは想像もできないほど、繊細で傷つきやすそうなその姿に、とくん、と、彼女は不意に、胸が高鳴るのを感じた。目の前の寂しそうな彼の事を、放っておけないと強く思う。
そしてベジータの方も、彼女を前に、内心穏やかな気分ではなかった。つい先ほどまで、意識していた相手が、いきなり目の前に現れたのだから。しかも何があったのか、ナッツとかなり親密な様子で。
元々初めて会った日から、優しく世話を焼いてくれるブルマに対して、娘は良い感情を抱いていたが、尻尾にまで触れる事を許すのは、サイヤ人からすれば、その相手を恋人や家族として考えている事に等しい。
つまりそれは、彼女と再婚するという話になっても、おそらくナッツは反対しないだろうという事で。
「「…………」」
ナッツを挟んで同じベンチに座るブルマとベジータは、互いに気恥ずかしくなって、微妙に目線を逸らしてしまう。手持ち無沙汰になった二人は、隣に座る少女の尻尾と頭を、同時に優しく撫で始める。
二人掛かりで子猫よろしく撫でられているナッツは、とても上機嫌な様子で、父親の手に頭を擦り付け、ブルマの手にある尻尾の先端をゆったりと動かしていた。両隣に大好きな父親とブルマが座っていて、二人もまた自分の事を、愛しているのだと感じられるのが、とても心地良いと思った。
強敵と戦う時の血の昂ぶりや、怯える相手を殺す時の、ぞくぞくするような感じも好きだったけど、今この時のような、安らかで心が温まるような感じも、同じくらい好きだと思った。幸せそうに微笑んでいる少女の姿は、サイヤ人の成長の遅さも相まって、年齢よりもとても幼く見えた。
そんなナッツの姿を見て、父親とブルマも、穏やかな笑みを浮かべた。気付けばブルマは、気負いも緊張も、すっかり解けているのを感じていた。心が命じるままに、ベジータに声を掛ける。
「ねえ、ベジータ」
「……何だ?」
二人の視線が絡み合う。少女を挟んで向かい合った彼らは、互いに相手への好意を感じ取っていた。二人とも経験豊富というわけではないけれど、こうした事は、初めてではなかった。
ここで思いの丈を、告げてしまおうかとブルマは思ったけれど、その前に、けじめをつけておかねばと思った。そしてそれは、ベジータの方も同じ気持ちだった。
「ナッツちゃんのお母さん、リーファさんがいなくて、寂しいんでしょう?」
「……ああ」
その名前を聞いた瞬間、少女と父親が、小さく顔を伏せるのをブルマは見た。彼女の事を、彼らがまだ愛していて、きっとそれは、この先一生変わらないのだろうと、ブルマは確信する。けど、それでも構わないと思った。
「……そんなに寂しいんだったら、ドラゴンボールでまた会いに行ったらどう? 人造人間が来るまでに1年半近くあるんだし、1年経てばまた使えるんだから、今使っても大丈夫よ?」
むしろ勿体無いから、こっそり自分が使おうかと思っていたくらいだ。カプセルコーポレーションの財力を使えば、大抵の事はどうにかなるけれど、お金でどうにもできない事なんて、いくらでもある。例えば、幼くして母親を失った娘と、その父親の寂しさを埋めるような。
地獄にいる彼女の事は、自分からすれば恋敵に当たるのだろうけど、悪い感情は一切湧いてこなかった。会った事はないけれど、不思議と仲良くできそうな気がした。この父親と娘に、ここまで慕われるのだから、きっと素敵な人なのだろうと思った。
ブルマの言葉に、ベジータは淡々と応える。確かにそれも、考えた事はあったのだが。
「それで会えるのは、1日だけだ。その1年の間に、とんでもない奴が地球にきて、オレやカカロットが殺されたらどうする?」
そのせいで、取り返しのつかない事態にでもなったら、悔やむに悔めない。超サイヤ人である今の自分達は、宇宙の帝王を自称して、事実銀河の大部分を支配していたあのフリーザよりも強いのだから、常識的に考えれば、それより強い相手はほとんどいないはずなのだが。
宇宙は果てしなく広い。破壊神ビルスのような規格外の存在は実在するし、その他にもまだ未知の強敵がいないとも限らない。
「それに人造人間とやらが、時間通りに来てくれるとは限らないだろう?」
父親は言いながら、隣に座る娘の身体を抱き寄せる。
「と、父様……?」
戸惑いながらも、嬉しそうな娘の顔を彼は見つめる。未来の自分は人造人間に殺されて、ナッツをまた一人にしてしまったのだという。我ながら殺してやりたいほどの不甲斐なさだが、あらかじめ伝えられた以上、自分は絶対に、その轍を踏むわけにはいかなかった。
「万が一の時のために、ドラゴンボールはいつでもすぐに使えるようにしておく。ナッツとも話し合って決めた事だ」
きっぱりと言いきった彼を見て、ブルマはため息をつく。あんな辛そうな顔をするほど、寂しいと思っているくせに。
「……真面目よね、あなた。同じサイヤ人なのに、色々な意味で孫君とは大違いだわ」
「ちょっとブルマ。父様はサイヤ人の王子なのよ。下級戦士のカカロットと一緒にしないで」
「はいはい、ごめんなさいね」
不服そうな声を上げたナッツが、尻尾を優しく撫でられて、気持ち良さそうに目を細める。ブルマの手の感触が気持ち良かったし、安心して尻尾を任せても良いと思える相手が、父様と悟飯の他にもできたのが嬉しかった。
そんな娘の姿を、ほっこりした顔で眺めながら、父親は言った。
「……とにかく、また地獄に行くために、ドラゴンボールを使うつもりはない」
「本当に真面目なんだから。もっと軽く考えてもいいのに……」
そこで何やら思いついたブルマは、いたずらっぽい笑みを浮かべて言った。
「ねえ、私が孫君達と初めてドラゴンボールを集めた時に、叶えた願いって何だかわかる?」
その問いに、ナッツは勢いよく手を上げて回答する。
「わかったわ! お父様かお母様を生き返らせるためね!」
それ以外に叶えるべき願いなど無いと言わんばかりに、自信満々な様子のナッツに、ブルマはちょっと困った顔で応える。
「幸い、2人とも死んだ事はないわね」
「そ、そうなの? まあ、良い事よね……」
がっくりと肩を落とす少女の尻尾を撫でてあげながら、ブルマは彼女の父親の方を見る。
「ベジータはわかる?」
彼は目を閉じて考える。これがリーファの奴なら、ナッツかオレに何かあればそれを願って、何も無ければ自分の病気を治す事を願うのだろうが。ベジータはブルマの性格を考えた上で、彼なりの結論を口にする。
「……永遠の命と若さでも願ったか?」
「ああ、まあそれも良いかもしれないけど、違うわね……もっと想像もつかない願いよ」
「ねえブルマ、答えはなに?」
興味しんしんといった様子のナッツに、ブルマはやや引きつった顔で口を開く。
「ギャルのパンティーだったわ……」
あまりに予想外のその言葉に、父親と娘が硬直する。
「えっと、パンティーって……下着のこと?」
「ええ、すぐに出てきたわ」
「当時のお前は何を考えてたんだ……?」
ちょっと引き気味のベジータに向けて、顔を赤くしたブルマが叫ぶ。
「私の願いじゃないわよ! ドラゴンボールを奪われそうになって、連れの一人がとっさに叶えちゃったの!」
「とっさにしても、もっと良い物は口にできなかったの……?」
「あいつに言いなさいよ……まあ取られるよりはマシだったけど。あと噂だけど、レッドリボン軍の総帥は、ドラゴンボールで背を高くしたいと願ってたみたいよ」
「く、くだらなすぎるわ……ドラゴンボールを何だと思ってるの……?」
「……」
呆れた顔の娘の横で、父親は黙り込んでしまう。男の戦士としては小柄な方で、見かけだけならナッパの方が強そうと常々言われてきた彼としては、背丈が欲しいという気持ちは、少し判らないでもなかった。
無論、実際にドラゴンボールでそれを叶えるような、馬鹿らしすぎる真似をするつもりは無かったが。
「はっくしょん!」
その時、地獄にて、身動きできない姿で木から吊り下げられて、ファンシーな光景をひたすら見せつけられる刑罰を執行中のフリーザが大きなくしゃみをした。
この十数年後、復活した彼がドラゴンボールで身長を5センチ伸ばすべく地球に来るのだが、それはまた別の話だ。
「お前達地球人が、ドラゴンボールを軽く扱っているのは解ったが、オレ達が同じ事をするつもりはない」
きっぱり言い切られて、脈無しと判断したブルマが話を変える。
「じゃあ、占いババのところはどう? 死んだ人間をあの世から連れてくる事ができる人よ。まあちょっとお金は取られるかもしれないけど、それほど大した額じゃないわ」
ナッツがたまに気晴らしに宇宙に行って、賞金首などを倒して稼いでくるお金は、ブルマの指示で、全てお小遣い帳に記録させてある。綺麗な字で書かれた数字を見る限り、既に常人なら一生遊んで暮らせるほどの額が貯まっていて、金銭感覚が崩れてないかしらと、ブルマが密かに心配しているほどだ。
昔占いババに提示された1000万ゼニーは、あくまで占いの代金で、死者に会わせてくれるかは分からなかったけど、がめつそうな婆さんだったし、お金を積んで頼めばやってくれるのではないかと、ブルマは思っていたが。
「その人なら知ってるわ。カカロットから教えてもらったの……」
悲しそうな少女の表情で、ブルマは何があったのかを悟る。
「……駄目だったのね」
「……母様は地獄に落ちるような悪人だから、連れて来るわけにはいかないって言われたわ」
思い出したのか、目の端にわずかに涙を見せるナッツを見て、ブルマは怒りに拳を震わせる。
「あの業突く婆さん……! こんな良い子がお母さんに会いたがってるんだから、叶えてあげたっていいじゃないの!」
「ううん、ブルマ。それは違うわ。私達は悪人なのよ」
ナッツは首を振る。戦闘民族である私達サイヤ人は、宇宙のあちこちで戦って、数えきれないほどの星を滅ぼしてきた。惑星ベジータの消滅から20年近くが経った今でも、サイヤ人という種族の名は恐怖と共に語られていて、地球以外の星では、黒目黒髪の人間が尻尾を隠さずに歩けば、即座に軍隊が飛んできてもおかしくない程だ。
その悪名は、裏を返せばサイヤ人という種族の強さの証明だった。星を滅ぼすような行いが、世間一般で悪と呼ばれている事は承知の上で、それも含めて、少女は自分に流れるサイヤ人の血を誇りに思っていた。だから都合の良い時だけ、自分達が悪人で無いなどとは、口が裂けても言えなかったのだ。
9歳の少女が、たどたどしく口にした説明に、ブルマは苦笑しながら言った。
「やっぱり真面目だわ。ナッツちゃん、お父さんにそっくりね」
「そ、そうかしら……?」
照れたように、少女は笑う。宇宙で一番大好きで尊敬している父親に似ていると言われた事が、とても嬉しかった。
「けど、ドラゴンボールも占いババも駄目なら……神様とか、何かあの世とのコネとか持ってないかしら? それともタイムマシンみたいに、あの世に行ける機械とか……」
実現すれば確実に銀河法違反となるだろう思考を巡らせるブルマに、ナッツは微笑みかける。
「ありがとう、ブルマ。けどいいの。母様はいつも地獄から私達を見ていてくれるし、いつかは必ず会えるんだもの。そうですよね、父様?」
「……ああ、そうだったな」
父親は表情を引き締める。そうだ、独りで寂しがって、娘が泣いているのにも気付かないような、情けない今の自分をあいつが見たら、どう思うだろうか。寂しいのは向こうも同じなのだ。ならばせめて、心配を掛けるわけにはいかない。
一瞬で変化したベジータの雰囲気に、ブルマは目を見開いた。顔を上げて娘の頭を撫でる彼の姿は、普段よりもなお頼もしく、まさに家族を支える父親のように見えた。きっとこれが、リーファさんがいつも見ていた彼の姿なのだろう。
「妬けちゃうわ、本当に」
思わず呟いた彼女の顔を、ベジータは見て、愕然とする。それは紛れも無く、気心の知れた同居人に対する顔ではなく、好意を持つ異性へ対する、切なげな顔だった。
まじまじと自分を見る彼の視線を感じて、先の発言を思いだし、今更ながら慌てふためくブルマ。
「い、今のは、そんなのじゃなくてね!?」
「あ、ああ……」
二人が互いに、顔を赤らめて視線を逸らす。そして再び、ゆっくりと二人の視線が交差しようとした、その時だった。
「ふあぁ……」
二人の間に座っていたナッツの口から、可愛らしいあくびが漏れる。気付けば時刻は、とっくに0時を過ぎていた。戦闘時や満月の日を除けば、いつも夜9時には寝てしまう少女にとって、起きているのが辛い時間帯だった。
眠たそうに目をこする少女の様子を見て、ブルマとベジータは小さく笑う。
「ナッツちゃん、そろそろ寝る時間かしらね」
「ああ。あまり夜更かしすると、背が伸びなくなってしまうからな」
言って二人は、手にしていた缶コーヒーの残りを口にする。今夜はここで解散という雰囲気だったが、この一晩で、ずいぶん距離が縮まったような気がした。
一方ナッツは、内心焦りを感じていた。
(今、結構良い雰囲気だったんじゃないの!? 私があくびなんてしたせいで!)
母様だって承知の上なのだ。ここで大好きな二人の仲を、応援してあげねばならない。
「あ、あのっ、父様!」
「ど、どうした、ナッツ?」
父親に向けて、ナッツはとっさに、思いついた事を叫んだ。
「そのっ、ほ、本で読んだのですが、宇宙の王族の約8割は、複数の妻を娶っているとかっ!」
ベジータとブルマが、飲んでいたコーヒーを同時に吹き出した。
ごほごほと咳き込みながら、父親が娘に問い掛ける。
「ナッツ……それはいつ読んだ本だ?」
「? この間買ってきた本です」
いつものように悪人達を倒して帰ってくる時、悟飯へのお土産を探す為に立ち寄った本屋で見つけて、王族として読んでおかねば! と思ったのだ。同じ本を、かつて母親も読んでいた事は、知らないままで。
「そうか……」
自分とブルマを、交互に見つめる娘を見て、その意図を察した父親は、内心頭を抱えてしまう。娘からも妻からも、自分はそこまで心配されるほど、寂しがり屋に見えていたのか。我が事ながら、否定できないのがもどかしい。
「すまない」
「えっ?」
ここにいない相手に届くように、はっきりと一言謝ってから、きょとんとしているブルマに、彼は意を決して話し掛ける。
「ブルマ、良かったらまた、こんな風に話をしないか?」
「え、ええっ? い、いいけど……」
いつになく積極的な彼の言葉に、胸が高鳴るのを感じた彼女は、いつもの冷静な思考もどこへやら、とっさに思い付いた事を口にする。今日みたいな半分欠けた月は、あまり縁起が良くないと思って。
「それじゃあ、次の満月の夜とかどう? あなた達サイヤ人って、月が好きなんでしょう?」
その言葉に、ナッツは顔を真っ赤にして俯いてしまう。
「あ、あの、私、満月の夜は訓練に出てますから……その、ごゆっくり……」
「待てナッツ! 何をゆっくりさせる気だ!?」
「そういう意味で言ったんじゃないのよ!?」
夜風はまだ冷たく、月明かりも乏しいものだったが、三人が織りなすその騒々しさは、寂しさとは無縁のもので。
二人を見つめて、温かな気持ちに包まれながら、ナッツは欠けた月を見上げて呟いた。
「これで良いんですよね、母様」
悪人であるナッツに、地獄にいる母親と会話する術はない。ただこの瞬間、確かに少女の耳には、彼女の声が聞こえた気がした。
「母様、約束したとおり、母様からもらった命で、私は幸せな一生を過ごします。母様の事は、ずっと忘れません。父様と一緒に、必ずまた会いに行きますから、どうか見守っていて下さい」
気付けば少女の瞳からは、涙が溢れていて。父親とブルマも、彼女の母親への思いを胸に、美しい夜空に浮かぶ月を見上げていた。
半分欠けた月もまた、ずっと彼らを見守っているかのように、輝いていた。
それから約1年後、西の都の病院にて。
上等な仕立ての子供服を着たナッツが、父親と共に病室の前でおろおろと歩き回っていた。病室の中からは、断続的に苦しげな声が聞こえてくる。
「ブルマ、本当に大丈夫かしら……」
明け方に彼女が運び込まれてから、時刻は既に夕方になろうとしている。こんな長時間戦い続けるなど、サイヤ人にとってもかなりの負担になる。ましてやブルマは、ただの地球人なのだ。
(母様も私を生んでくれた時、こんなに大変な思いをしていたのね……)
心配して見に来た悟飯が、食べ物を買ってきてくれていたが、とても食べる気はしなかった。
どうか無事であって欲しいと、ナッツ達が祈り続けていると、不意に部屋の中から歓声がわき起こる。少女と父親が表情を変えて、病室の扉を注視する。すぐに出てきた女性看護師が、笑顔で彼女達に言った。
「お生まれになりましたよ! 赤ちゃんも奥様も無事です! どうぞ中へ!」
次の瞬間、看護師の前から二人の姿が消失し、彼女の目が点になる。地球人に視認できない速度で、かつ人や物にはぶつからないよう細心の注意を払いながら、父親と娘はブルマが横たわる、病室のベッドへ駆け寄った。
そして彼らが目にしたのは、中にいたブリーフ博士達に見守られながら、疲れ切った、しかし満足そうな表情で、赤子を胸に抱くブルマの姿だった。
「その子が……私の弟なの?」
「ええ、そうよ……抱いてみる?」
ゆっくりと、母子に近寄るナッツ。父様が先じゃないのかとか、そういう事は考えられなかった。
差し出された赤子を、壊れ物でも扱うかのように、おそるおそる抱き上げる。事前に聞かされていたとおり、尻尾は生えていなかったが、そんな事はどうでもよかった。言葉にできない感情で、胸がいっぱいになっていた。
物心ついた時から、少女にとって家族と呼べる人間は両親だけで、そして母親とは、ほんの数年で死に別れてしまった。もちろん父親は精一杯の愛情を注いでくれて、大事な友達もできたけど、寂しいと思う気持ちを心の奥底に抱えたまま、ナッツは生きてきた。
けれど母様は、死んだ後も私達を見守っていてくれて、それにブルマは私と父様の事を愛してくれていて、そして今、父様とブルマの間にこの子が、私の弟が生まれたのだ。家族が、また増えたのだ。
感慨に浸る少女の耳に、父親とブルマの声が届く。
「子供の名前は、やはり?」
「ええ、トランクスにするわ。サイヤ人らしくなくて、悪いけど……」
「気にするな。一人目のナッツはサイヤ人だから、ちょうどいい」
そんな二人のやり取りを聞いて、ナッツは赤ん坊に笑い掛ける。
「聞いた? あなたの名前、トランクスですって」
名前が気に入ったかのように、赤子はナッツの顔を見て、嬉しそうに笑った。その瞬間、ナッツはこの子を、弟を、一生、命に代えても守りたいと思った。愛おしさが無限に込み上げてきて、優しく微笑む姉と弟を、父親がすかさず撮影する。今まで撮った中で一番、穏やかで優しげな表情だった。
父親のスカウターに目線を向けながら、少女は考える。これからおよそ半年後に、人造人間が世界を滅茶苦茶にしてしまうという。そして父様、この子と私にとっての父親は死んでしまうとも。ナメック星での父親の死を思いだし、ナッツの身体が震える。あんな思いは、一度でたくさんだ。
「トランクス。あなたには決して、あの時の私みたいな、寂しくて悲しい思いはさせないわ」
幼い弟を抱く娘を撮影していた父親が、驚きに目を見開く。穏やかだったナッツの表情が一変して、決意を秘めた戦士としての顔付きになっていた。整った顔立ちに浮かべた凛々しい表情は、彼女の母親を彷彿とさせるものだった。
それからナッツは父親と共に弟の面倒を見ながら、今まで以上の訓練に取り組んでいた。
「はぁっ、はぁっ……」
「ナッツ、やはり300倍の重力は、お前にはまだ……」
「そんな事、言ってられません……私ももっと、戦闘力を上げないと……」
疲労困憊し、重力室の床に何度も倒れながらも、メディカルマシーンで回復して、そして時折、弟と遊んでその決意を新たにしながら、少女は厳しい訓練を続ける。
そしてついに、エイジ767年5月12日、人造人間が現れると、謎の少年に予告された日がやってきた。
色々あって遅くなってしまいましたが、これにてトランクスが生まれるまでの話は終わりです。次回からはいよいよ原作通りに人造人間が出ます。次も少し遅くなるかもしれませんが、今回ほどは長くならないと思いますので、気長にお待ちくださいませ。
それと一月近く間が空いていた間も、感想や評価やお気に入りなどを頂きまして、本当に有難うございます。けっこう下の方に埋もれてたのに、改めて読んで下さった方がいるんだなあと、続きを書く励みになっております。
……それから、阿井 上夫様から主人公のファンアートを頂いたので掲載します!
【挿絵表示】
{IMG70064}
1枚目が全身図で、2枚目が第7話で魔閃光とギャリック砲を撃ち合っているシーンですね! 原作テイストでとても可愛らしい感じです! 2枚目は7話の後書きにも載せておきます!
……実は頂いたの結構前なのですが、掲載遅れてしまって申し訳ないです! そして有難うございます! うちの主人公を描いて下さってとても嬉しかったです!