あるサイヤ人の少女の物語   作:黒木氏

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13.彼女が人造人間との戦いに赴く話

 エイジ767年5月12日、午前8時。

 

 早起きして身体を清め、食事を済ませたナッツは、自室で戦闘服へと着替えていた。真新しい黒のプロテクターと、紫のアンダースーツに黒のブーツは、デザインこそかつて彼女の母親が選んだものだったが、この日の為にブルマが新しく作ったもので、その性能はフリーザ軍で採用されている、最新式の戦闘服を大きく上回っている。

 

 少女はそれらを身に纏い、尻尾をしっかりと腰に巻き付けてから、自らの姿を鏡で確認する。特徴的な長い黒髪を持ち、全身から静かな闘志を発する、凛々しい顔立ちの少女。幼いながらも、これから戦いに赴かんとしている、サイヤ人の戦士がそこにいた。

 

「よし! 待ってなさいよ、人造人間!」

 

 ボリュームのある長い髪をかき上げて、勇ましい声で気合いを入れる。この日のために、今まで厳しい訓練に励んできたのだ。300倍の重力にも、1時間程度なら耐えられるようになった。

 

 今の私の戦闘力は、およそ480万に達している。これでもまだ父様には、遠く及ばないけれど、足手纏いにはならないはずだ。父様を死なせはしないし、幼いトランクスのためにも、人造人間は必ず倒さなければならない。

 

 少女の黒い瞳に、決意の炎が燃えていた。この時ナッツは10歳になっていたが、純血のサイヤ人である彼女は、子供時代の成長が遅いため、背丈がわずかに伸びた程度で、5年前に初めて地球を訪れた時と比べても、肉体的にはさほどの変化はない。

 

 だが積み重ねてきた様々な出会いと経験が、彼女の内面に影響を与え、その表情を、より大人びたものに見せていた。

 

(出発する前に、ブルマとトランクスに会いに行かないと)

 

 ナッツは部屋を出て、彼らがいる居間へとやってきた。先に準備を済ませた父親が、ブルマと共に、普段の彼からは想像できないほど優しい顔で、彼女の弟を抱き上げている。その様子を見て、少女は頬を緩めて声を掛ける。

 

「父様、私も準備ができました」

「ああ。お前もトランクスを抱いていくか?」

「もちろんです、父様!」

「ほらトランクス、お姉ちゃんが来たわよ」

 

 母親の声に、ベジータの腕の中にいた赤ん坊が、ナッツの方を見て、嬉しそうな声を上げる。父親の手から幼い弟を受け取った少女は、微笑みながら、いつものように尻尾を解いて彼に近づける。

 

 トランクスはすぐに小さな両手で、ふさふさの毛に覆われた尻尾を掴み、きゃっきゃと笑いながら、その手触りと温もりを思う存分堪能する。無遠慮に尻尾を触られながらも、ナッツは全く気にせず、幸せそうな顔で、腕の中の弟を眺めている。

 

(トランクス、いつ見ても宇宙一可愛いわ……! この年にしては戦闘力も悪くないし、私や父様が鍛えれば、きっと将来はとっても格好良くて強い戦士になるに違いないわ!)

 

 先程鏡の前にいた少女と、同一人物とは思えない程に、ナッツはでれでれと緩んだ顔をしていたが、弟が口に尻尾を含み始めたあたりで、びくんと身体を震わせ、くすぐったそうに身をよじる。

 

「もう、駄目よトランクス。くすぐったいわ……あはははっ!」

 

 耐えきれず大笑いを始めた少女の手から、ブルマが赤ん坊を受け取った。ナッツは息をつきながら、ウェットティッシュでよだれを拭き取ると、再び尻尾を腰に巻いた。

 

 それを見たトランクスが、名残惜しそうに声を上げながら手を伸ばす。少女は幼い弟に顔を近づけて、優しく微笑みながら言った。

 

「また帰ってから遊んであげるわ、トランクス。あなたが幸せに生きる未来は、私と父様が、必ず守ってあげるから、良い子にしてるのよ?」

 

 きゃっきゃと笑う弟を見て、ナッツは満足そうに頷いた。

 

「それじゃあブルマ、行ってくるわ。トランクスをよろしくね」

「あの、その事なんだけど……」

「どうした? ブルマ」

「うん、科学者の端くれとして、人造人間ってのを、ちょっと見てみたいのよ」

 

 その言葉を聞いた父親と娘が、顔色を変えて叫ぶ。 

 

「絶対に駄目よ!? だいいちトランクスはどうするのよ!?」

「お前は家で待ってろ! ……認めたくないが、正直今回は守れる自信が無い」

「もう。言われなくても分かってるわよ。トランクスもいるし、そんな危ない真似しないわ。その代わりに、これを持って行って」

 

 ブルマは苦笑しながら、彼らに赤と緑のスカウターを手渡した。ナッツは緑の方を受け取って、しげしげと眺めてから装着する。

 

「うーん、特に変わった所は無いみたいだけど……」

「そのスカウターはね。あなた達が見た映像を、リアルタイムでうちの受信機に送れるようになってるの。安全な場所から、私と父さんで見学させてもらうわ。そうすれば、奴らの弱点とか判るかもしれないでしょう?」

「おお……!」

「通信機能はそのまま残してあるから、何か大事なことが判った時だけ、こっちから連絡するわ」

「……まあ、必要ないとは思うが。念の為にもらっておく」

 

 そしてベジータも赤のスカウターを装着し、二人はブルマ達に手を振って、人造人間が現れると予告された島へと向かって飛び立った。

 

 

 

 父親と並んで戦場へと向かいながら、ナッツの心は、得体の知れない不安に捕らわれていた。

 

(今日の戦いに、もし負けたりしたら、トランクスやブルマ達が……)

 

 険しい表情をした娘に、父親が声を掛ける。

 

「ナッツ、もう少し気を楽にしろ。そんなに急がなくても間に合う」

「は、はい、父様!」

 

 慌てた様子で、少女は返答する。気付けば父親よりも、かなり先行して飛んでしまっていた。深呼吸して速度を落とす娘に、父親が近づいて、わしわしと頭を撫でながら言った。

 

「トランクス達の事が、気になるか?」

「はい、父様……」

「心配するな。人造人間は2人組という話だから、オレとカカロットがいれば十分だ」

 

 そして父親の次の言葉は、ナッツにとって驚くべきものだった。

 

「それでも万が一の時は、お前がいる。3年前はともかく、今のお前が大猿になれば、オレとカカロットを合わせたよりも強いだろうからな」

「と、父様!? そんな……!」

 

 それは父親を敬愛する少女が、今まで目を逸らしてきた事だった。今の彼の戦闘力は、およそ1600万で、超サイヤ人になっても8億程度。悟空もそれとほぼ変わらない。

 

 対して、超サイヤ人になった上で、さらに大猿に変身したナッツの戦闘力は、最大で20億を超えている。人造人間を倒すべく訓練を続ける中で、ある時点から、彼女は地球にいる戦士の中で、最も強い存在になっていた。

 

「けどそれは! 父様が尻尾を、一時的に失くしているからで! 本来は父様が、宇宙で一番強いはずなんです!」

 

 悲壮な声で、少女は叫ぶ。ナッツにとって、サイヤ人は尻尾を持っているのが当たり前の話で。だから今この時、たまたま尻尾を持つ自分だけが大猿になれるからと言って、それで自分が父親よりも強いというのは、到底認められない話だった。

 

「気にするな。オレの尻尾は、そのうち生えてくる。だが今は、トランクスやブルマ達を守るために、お前の力が必要なんだ」

 

 真剣な顔をした父親の言葉が、少女の心に、強い衝撃を与えていた。ずっと父様達に守られる子供だと思っていた私の力が、今父様に、必要とされているなんて。

 

 ほんのわずかな寂しさと共に、深い感動と、一人前の戦士としての自覚を得た少女は、父親の顔を真っ直ぐに見つめて言った。

 

「……わかりました、父様。万が一、いえ、億が一父様達が負けてしまっても、人造人間は、私が必ず叩き潰します」

 

 引き締まった娘の、大人びた表情を見て、父親は小さく驚くと同時に、嬉しさと頼もしさを覚えて、満足そうに笑う。

 

「その意気だ、ナッツ。まあ、あくまで万が一の話だがな」

「そうですよね。こんな平和な星の科学者が作ったロボットが、超サイヤ人の父様達より強いなんて、あるはずないですからね!」

 

 およそ3時間後、その超サイヤ人より強い人造人間が3体も現れるとはつゆ知らず、二人は明るい笑い声を上げる。

 

「ところで父様、私、今のうちに変身しておいてもいいですか? 万が一の時の事を考えるなら、そうしておいた方が……」

 

 大猿への変身は、超サイヤ人と違って時間が掛かる上に、変身中は満足に動けない。相手との実力差によっては、変身が終わるまでに殺されるか、尻尾を切られかねないが、あらかじめ変身しておけば関係無い。

 

 娘の提案に、父親は腕を組んで考え込み、難しい顔で言った。

 

「良い考えだが……オレが人造人間の立場なら、大猿になったお前が待ち構えている場所に、のこのことは現れないだろうな。日を改めて、お前が変身していない時を狙う」 

「そ、そうですね……」

 

 ナッツの額に、わずかな汗が浮かぶ。大猿の巨体は、隠れるのには全く向かない。ギニュー特戦隊のおじさん達と戦った時は、戦闘力を消して不意を打つ事ができたけど、あれは条件に恵まれたのと、運が良かっただけだ。

 

 ただでさえ、私は戦闘力を消すのが苦手なのだ。たとえどうにか身を隠せたとして、気性が荒い大猿の状態で、戦闘力を長時間隠し続けるのは無理だろう。そもそも、パワーボールで作った月が目立ちすぎる。

 

 相手の出現する場所が判っているというのは、人造人間に負けてしまったという、未来の私達には無い大きな利点の一つだ。大猿化した私が厄介だからと、寝込みとか毒とか、手段を選ばずに襲われても困ってしまう。

 

「変身するのは、追い詰められた時か、相手を確実に仕留めきれる時だけにするべきだろうな」

「わかりました、父様」

 

 

 

 それから間もなく、ナッツは前を飛んでいる友人に気付き、ぱあっと顔を輝かせて速度を上げる。すぐに彼の隣に追い付いて、嬉しそうに少女は挨拶する。

 

「おはよう、悟飯。調子はどう?」

「うん。ばっちりで……」

 

 続けようとした悟飯は、少女の顔を見て息を呑む。すっかり見慣れたはずの彼女の顔が、今日は何だか、いつもよりも大人びて、綺麗に見えたから。恋する9歳の少年にとって、それは致命的な威力の不意打ちだった。

 

「え、えっと……」

 

 真っ赤になってあたふたする彼を見て、ナッツはひとつ頷くと、彼を安心させるように、顔を近づけて微笑んだ。

 

「緊張してるのね。大丈夫よ、悟飯。人造人間がどれだけ強いか知らないけど、父様もカカロットもいるし、いざとなったら、私が大猿に変身するから」

「ち、違っ、顔、近っ……!?」

 

「……いいなあ。オレも恋人欲しいなあ」

 

 微笑ましい彼らの様子を見て、ため息と共に呟いたクリリンの頭部が、白いグローブを嵌めた手にがしりと掴まれる。父親はぎりぎりと手に力を込めながら、強引に自分の方を向かせて、ドスの聞いた声で言った。

 

「訂正しろ。ナッツと悟飯は、あくまで清い友人関係だ」

「アッハイ」

「なあベジータ、清くねえ友人関係ってのもあるのか?」

「カカロット! よく知らないなら黙っていろ!」

 

 ぎゃーぎゃー騒ぐ父親達をよそに、悟飯はナッツと会話を続ける。

 

「ボク、超サイヤ人にもなれないし、その、尻尾も無いし……修業はしたけど、足手纏いなんじゃないかって……」

「そんな事無いわ。素の戦闘力は、あなたの方がずっと高いじゃない。尻尾だって、きっとそのうち生えてくるわ」

 

 落ち込み気味の悟飯に、ナッツは弟にするように、優しい声を掛ける。トランクスが生まれて以来、彼女は年下の彼に対して、お姉さんぶる事が多くなっていた。

 

 3年もの間、訓練と勉強を続けた彼の戦闘力は、今や750万もあるのだ。必死に訓練した私よりもずっと高いのは、ちょっと思うところはあるけれど、ナメック星でフリーザ相手に怒った時の力を考えると、きっとこれが、悟飯の本来の実力なのだ。

 

 自分の力を超えられてしまっても、少女は悪い気はせず、むしろ嬉しかった。自分もいつか追い付いてあげると思っていたし、それとは別に、ナッツは自覚していなかったが、自分よりも強いサイヤ人の少年に対して、サイヤ人の少女は本能的に、惹かれるものを感じていた。

 

「超サイヤ人は……悟飯は優しいから、激しい怒りを感じるのが難しいのよね」

 

 一応どうにかならないか、二人で訓練してみたのだが。

 

 

「じゃあ、カカロットや私がフリーザに殺されたって想像してみて?」

(ナッツが目の前にいるのに無理だよ……)

 

 

 訓練の合間の息抜きとして、ちょくちょく家にナッツが遊びに来る悟飯の生活は、端的に言ってリア充状態であり、実際目の前で彼女達が害されているのならともかく、想像だけでそこまで怒れるような心境ではなかったのだ。

 

「大丈夫よ。今日はあんまり前に出ないでいいわ。あなたの事も、私が守ってあげるから」

 

 悪気なく放たれたナッツの言葉に、悟飯は表情を曇らせてしまう。好きな女の子から、そんな事を言われてしまった自分の力不足を嘆く気持ちと、もっと強ければ、逆に彼女を守ると言えたのにという悔しさが、少年の中で渦巻いていた。

 

「……守ってもらわなくてもいいよ」

「えっ!? ど、どうしたの悟飯!?」

 

 うろたえる少女に、話を聞いていたピッコロが言った。

 

「今のはお前が悪いぞ、サイヤ人。悟飯にも戦士としてのプライドがある」

 

 種族的に恋愛という感情を理解できないピッコロの指摘は微妙にずれていたが、ナッツにとっては、逆にそれは判りやすいもので。

 

「そうね、ごめんなさい、悟飯。あなたもサイヤ人の戦士だものね。何かあっても死ななければメディカルマシーンで治せるから、今日は立派に戦うといいわ」

「う、うん……」

 

 彼の返事に、ナッツは満足そうに頷いた。本当は死んでもドラゴンボールで生き返る事が可能なのだが、たとえそうだとしても、少女は親しい人間が目の前で死ぬ所など、二度と見たくはなかった。

 

「そうだ。ピッコロも気を付けてよね。訓練して結構強くなったみたいだけど……」

「? ドラゴンボールの事なら、心配はいらん。オレ達が死んでも、すぐにデンデが引き継げると、神の奴が言っていた」

 

 数年前に、ナメック星に里帰りした神様が戻る際、希望して地球にやってきたデンデは、神様とミスターポポの2人から、後継者としての教えを受けていた。持ち前の天才性で、既にそのほとんどを習得したデンデは、北の界王からの許可も得て、既に次の神として内定が出ている。

 

「ドラゴンボールの事じゃないわ。もしあなたが死んだら、悟飯が悲しむでしょう? それに神様まで死んじゃったら、私が嫌だもの」

 

 少女の言葉と、心配そうな悟飯の顔を見て、二重に衝撃を受けたピッコロは、思わずたじろいでしまう。

 

「ご、悟飯はともかく。貴様と神の奴に何の繋がりがある」

「あの人は、毎年私の誕生日パーティーに来てくれるのよ。プレゼントに美味しいお菓子も持ってきてくれるわ」

 

 ナメック星への里帰りから戻って以来、神様は故郷に帰るきっかけを作った少女に深く感謝して、何かと親しく接してきた。

 

 誕生日プレゼントの他にも、満月の夜に大猿化したナッツが暴れる際、さり気なく神通力を使って人を遠ざけ、また彼女によって破壊された地形を修復するなどの後始末もしている。

 

 ナッツの方も、お返しをしようと神様の誕生日を聞いたところ、知らないと言われたので、その日を誕生日に決めて、毎年プレゼントを贈っている。

 

 地球の物は見飽きてるでしょうと、少女が宇宙から買ってきた、物珍しい品物の数々は、どれも神様の神殿の執務室に飾られており。それらを見る度に、神様は今まで考えた事のなかった、自分の誕生日を意識して、感慨深い顔になるのだった。

 

 そんな彼らの事情を、今はまだ知らないピッコロは、ナッツの言葉に渋面になってしまう。

 

「奴とは昔から気が合わん。何でこんな奴に肩入れを……」

「神様はあなたと違って良い人よ。元は同じ人なんだから、仲良くすればいいのに」

「……今さらそんな事ができるのものか」

 

 言ってそっぽを向くピッコロに、強情な人ねと、ナッツは唇を尖らせる。

 

 これから数時間後、かつてない地球の危機を前に、神様とピッコロが融合し、後からそれを知った少女と彼らの間で一悶着が起こるのだが、それはまた、別の話だった。




 少し展開がゆっくりですが、今後のために入れておきたい描写が沢山入ってますのでご容赦下さい。地球の神様、何百年も頑張ってきたのにピッコロと融合後はミスターポポ以外ほとんど誰も気にして無かったのが少し可哀想だと思ったので、主人公が割と絡む形になってます。融合していなくなったと知ったらどうなるんでしょうね……?(罪の無い顔で)

 次はいよいよ、人造人間達が出ます。
 遅くなるかもしれませんが、気長にお待ち下さいませ。

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