あるサイヤ人の少女の物語   作:黒木氏

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8.彼女が彼と戦う話(後編)

「はぁっ、はぁっ……」

 

 ナッツは消耗したエネルギーの大きさに息をつく。

 中心部から離れていたせいか、爆発によるダメージは軽微だった。

 

 それよりも悟飯が何を考えてあんな事をしたのか、全く理由がわからなかった。

 

「……頭おかしいのかしら、あいつ」

 

 悟飯が聞いたら死んだ目で、鏡見ようよ……と返すだろう台詞だった。

 

 

(それにしても、やっぱり悟飯は強い。あれで倒せないとなると、もう本当に、

 大猿になるくらいしか方法がないわよ)

 

 サイヤ人の大猿化は戦闘力を10倍にする。変身すればそれこそ虫を潰すように勝つ事ができるだろうが、それでは面白くないから、彼女はそれを控えていた。だが、悟飯を楽に殺してあげるためには仕方ないと思う。

 

 問題は、変身に月が必要なことだ。地球の月は事前に破壊されている。

 

 パワーボールを使えば人工的に月を作れるが、あれは父様でも使用を躊躇するほど消耗が激しい。未熟な自分が使えば戦闘力が半分近くは持っていかれてしまうだろう。

 持続時間にも自信が無い。

 

(せっかく父様が月を作ってくれたんだし、見える場所まで誘い込みましょうか)

 

 

「ねえ悟飯、ちょっと場所を変えない?」

 ナッツはにっこり笑う。

 

 私も父様が心配になってきたから、ちょっと様子を見に行きましょう? と続けるつもりだった。そして2人で移動して、月が見えたら変身する。我ながら完璧なプランだった。

 

「ちょっと、返事をしなさいよ」

 

 返事はない。そういえば、さっきから彼の姿が見えない。

 

 ナッツは周囲を見渡すも、いまだ周囲は爆発で舞い上がった土埃に覆われ、視界が利かない。

 

「ねえってば! ちょっと、聞こえてないの?」

 

 呼びかけを続けるも、少年の返事はない。

 少女の顔から、だんだんと笑みが消えていく。

 

(まさかあいつ、一人で父様達の所に向かったんじゃないでしょうね……?)

 

 

「隠れても無駄よ! スカウターでわかるんだから!」

 

 スカウターを操作し、悟飯の反応をサーチしたナッツが固まる。

 反応なし。捜索範囲を地球全体まで広げても、悟飯の反応は無い。

 

「……まさか、さっきので死んだっていうの……?」

 

 あっさり過ぎるが、スカウターで感知できない以上、そう考えるしかない。

 まあ、手間が省けたのはいいんだけど。

 

「……何か、もやもやするわね。物足りないわ」

 

 

 

 不意にスカウターが電子音を鳴らす。

 変わらぬ悟飯の戦闘力が表示され、少女は何故か、安心してしまう。

 

(何だ、気絶とかしてたのね、きっと。やっぱり、どうせ殺すなら自分の手でやらないと)

 

 

 次の瞬間、緩んでいたナッツの表情が一変する。

 反応の位置は自分の直近。見える範囲にいない。なら。

 

「後ろっ!?」

「いやあっ!!!」

 

 気合いと共に、背後から渾身の蹴りが、振り向こうとしたナッツの尻尾、その付け根に

叩き込まれた。

 

 

 

「きゃああああああああ!!!!!!!」

 

 経験した事のない程の痛みにナッツは絶叫し、飛ぶこともできず地上に墜落する。

 地面に倒れて身体を震わせ、止まない激痛に呻き声をあげる。

 

「何よ、これ……力が、入らない……」

 目の端に涙が浮かぶ。両手で蹴られた箇所を押さえても、痛みは全く治まらない。

 

 弱点である尻尾を鍛える訓練は受けていたが、それは握られる程度の痛みに耐えるためのものであり、下手をすれば千切れるほどの容赦ない攻撃を受けた経験はなかった。

 

 

 

(何で、あのナッパには、全然効いてなかったのに……)

 

 痛みに苦しむ少女を前に、悟飯は激しい罪悪感に襲われていた。

 気を消して背後から弱点を狙う。その作戦は完全に成功したが、達成感どころではなかった。

 

 尻尾を持ってはいたものの、握ってくる敵などいなかった少年に、この状況は予想できなかったのだ。反射的に介抱したいという衝動に駆られるも、ナッツが地球を狙うサイヤ人の一員であることを思い出す。動けるようになれば、彼女は必ずまた戦いを挑んでくるだろう。

 

 その時に勝てる保証はない。

 どうすることもできず、少年は立ち尽くしてしまう。

 

 

「う……悟飯……」

 

 その時、悟飯の耳に声が届く。振り返ると、ナッツの攻撃で大きく負傷しながらも、それでも

意識を取り戻し、ふらつく両の足で立つクリリンがいた。

 

「クリリンさん、無事だったんですね!」

「ははっ、ぶ、無事かどうかは、ちょっと怪しいけどな……」

 

 強かに蹴られた頭を押さえ、クリリンは痛そうに顔をしかめる。

 そして倒れたナッツを見て、その顔に喜びが浮かぶ。

 

「悟飯! そいつを倒したのか! やるじゃないか!」

「は、はい、何とか……」

 

 サイヤ人を倒したというのに、煮え切らない悟飯の態度に違和感を覚えつつも、

クリリンは、ナッツの様子を油断なく観察する。

 

 

「ぐっ……痛っ……ぁ!」

 終わる兆しのない激痛に、ナッツはか細い声を漏らす。

 

(悟飯、尻尾を狙ったのか。あの様子だと、ずいぶん思いっきりやったんだな……)

 

 当分は動けないだろう。だが大きな外傷はない。

 悟空が尻尾を握られた時はどうだったか。いや、個人差もある。参考にするのは危険だろう。

 

 少女を確実に拘束できる手段があるのなら、ベジータへの人質にするという手も無くはなかったが、現状そんな手段は無く、逃げられる可能性を考えると、リスクが大きすぎた。

 

 クリリンは決断する。

 

「その子、可哀想だけど……今のうちに止めを刺しておくべきだよな」

「……クリリンさん、その」

 

 悟飯は躊躇うが、反論はできない。理屈では当然そうするべきだと、わかっていたからだ。

 

 

「……オレがやるから、悟飯は後ろを向いててくれ」

「……はい」

 

 

 クリリンが高く掲げた掌の上に、気の刃を作り出す。

 

 動けぬ身でその光景を見て、少女は思う。ああ、とうとう自分も負けてしまったかと。

 

(まあ、尻尾を狙ってくれたのは腹が立つけど、油断した私が悪いわね。仕方ないわ)

 

 負けた自分が弱かったのだと、そう考えて目を閉じた少女の脳裏に、まず父親の顔が浮かんだ。

 続いて死んだ母親の顔と、憎たらしく笑うフリーザの顔。

 

 

 

 途端に感情が溢れ、ナッツはかっと目を見開き、クリリンに向けて叫ぶ。

 

「嫌よ! 死にたくない! 私が死んだら、父様が一人きりになってしまう!

 フリーザだって殺してない! 母様の仇も討ってない! それに……!」

 

 最後に思い出したのは、少年との戦いだった。人生で最も充実した一戦。

 

 

 もっともっと、あんな戦いがしてみたかった! そう言いかけたナッツの声に、

クリリンの怒号が重なった。

 

「こいつ! 今さら何を! ピッコロ達を殺しておいて!」

「そんな事、どうだっていうのよ!」

 

 少女は絶叫する。彼女に罪の意識は無い。弱い奴が当たり前に死んだだけのこと。

 だが自分には死ねない理由がある。

 

 こんな所で、絶対に殺されてやるわけにはいくものか。

 

 動けぬままのナッツの気迫に、思わずクリリンの足が止まる。

 

 尻尾の痛みに耐えながら、少女は考える。

 このまま時間稼ぎでも何でもして、動けるようになり次第、すぐに逃げるべきか。

 

 それともいっそ集中を妨げるこの痛みが消えたら、パワーボールを使ってしまうべきか。変身中に尻尾を狙われる事だけが不安だが、仰向けになって背中に隠せば、そう簡単には手を出せないだろう。

 

 

 必死に生き延びるための算段を練っていた少女が、ある事に気付き、硬直する。

 

 悟飯がこちらを見ていた。その目には、明らかな非難の色があった。怯えの声が漏れる。

 

 

 心臓に氷を差し込まれたような寒気が、彼女の思考を止めていた。

 

 自分はさっき何と言った? あの緑色の奴を殺したことを気にしていないと、よりにもよって、

悟飯の前で言ってしまった。

 

 

 たとえ今まで殺してきた人間の縁者全員に非難されようと、ナッツの心は動かなかっただろう。

 だが彼女が認めた少年からの弾劾の眼差しが、少女の心に、深々と突き刺さっていた。

 

 少年の目が少女に理解を強いる。

 今の自分は、彼にとって、彼女の母親を殺したフリーザと何ら変わりはない。

 

 彼には復讐する権利があり、自分の順番が来たのだと理解して。

 ナッツはがくりとうなだれ、抵抗を諦めた。

 

 

 その少女の様子に、クリリンが哀れに思う心を押し殺しながら、気の刃を向ける。

 

「最後に何か……ベジータにでも、言い残すことはあるか」

 

 ナッツは冷笑する。

 

「馬鹿ね。父様に何て言って伝える気? 殺したお前の娘から伝言があるとか? 伝えた奴は

 間違いなく、怒り狂った父様に惨たらしく殺されるわよ」

 

「そ、そうか……」

 

(ごめんなさい、父様。本当に、ごめんなさい)

 

 最後に彼女の心を占めるのは、父親への想いだった。

 

 

 

 悟飯は思う。本当に、これでいいのだろうか。

 

 ピッコロさんが死んだから、ドラゴンボールも無くなって、もう誰も生き返らない。取り返しのつかないことが起きてしまった。

 

 

 彼女は反省も後悔もしないだろう。唯一、悟飯に向けては罪の意識を見せたが、それは彼に対してだけで、結局のところ、彼女の本音は、そんな事どうだっていい、と言い切ったあの言葉なのだと、少年は理解していた。

 

 放っておけば間違いなく、また誰かを殺すだろう。ここで殺すべきだ。

 抵抗を見せない彼女も、それを受け入れているように見える。

 

 

 正しいことが行われようとしているはずなのに、少年の心は、どうしても晴れなかった。

 かといって、何か行動を起こすほどの考えがあるでもなく。

 

 悟飯にできることは、ただ目の前で死を受け入れようとしている少女を見守ることだけだった。

 

 

 

 クリリンの構える気の刃が、喉元へと近づいていく。

 ナッツはもはや抵抗せず、眼前に迫る自分の死を無感情にただ眺めていた。

 

 最後に、自分を負かした相手が気になって、悟飯の方に目を向けた。

 後ろを向けと言われたにも関わらず、少年は浮かない顔で、ナッツの方を見ていた。

 

(何なの、あの情けない顔。気に入らないわ)

 

 憎い仇が死ぬんだから、もっと嬉しそうな顔をすればいいのに。

 

(本当に馬鹿みたい。サイヤ人の癖に、なんて弱虫な奴)

 

 それでも、最後にそんな顔をさせるのは嫌だった。

 だから自分なんて気にしないでいいと、少年に向けて、少しだけ微笑んでやった。

 

 

 その顔を見て、理由はわからないが、彼女が死ぬのは嫌だと思った。

 

 ナッツをここで助けたとして、彼女が他の人を殺したら、その責任は誰が取るというのか。

 思いつかないが、それでも、絶対に嫌だった。思わず言葉が口をつく。

 

 

 

「勝った方が、好きにしていいんだよね。だったら、ボクは君を殺さない」

 

 

「お、おい悟飯……」

 

 驚くクリリンに対しては、何も言わず頭を下げることしかできなかった。

 

 

 

「……」

 

 クリリンは頭を下げる悟飯と、呆然とこちらを見るナッツを何度も見比べて。

 

(すまない。ピッコロ、天津飯、チャオズ、ヤムチャ)

 

 そしてため息とともに、手にしていた気の刃を消した。

 

 

 

「待ちなさい 私を馬鹿にしているの?」

 

 ナッツは自分の命が助かったことに安堵していたが、一度負けた以上、相手の情けで生き延びる事は恥だというサイヤ人の戦士としてのプライドが、心と反対の言葉を紡がせていた。

 

 

 

「悟飯。今が私を殺せる最後のチャンスよ。もうこんな奇跡は、二度と起きないと

 断言してあげる」

 

 死にたくないとは、今も思っている。

 だが自分の力で逃れるのならともかく、こんなのは、ずるをしているようで嫌だった。

 

「命を助けられても、私は改心なんてしないわ。身体が動くようになったら、またあなたを狙うし、それで私が勝ったら、カカロットにも、他の地球人達にも容赦はしない。だから、ここで殺しなさいよ」

 

 

「嫌だよ。君の言う事なんて、聞いてやるもんか」

 

 誰が責任を取るのか、悟飯はナッツに向けて、はっきりと宣言した。

 

「君が悪い事をするのなら、ボクが何度でもやっつけてやるから」

「……馬鹿な奴」

 

 

 

 悟飯とクリリンは飛び去っていく。

 取り残されたナッツは、横たわったままぽつりと呟いた。

 

「……甘すぎるわね、あいつ。敵の私を見逃すだなんて、本当に信じられない」

 

 何か言ってやろうと思ったが、相手は既に遠くにいる。

 

 

「あんな奴、父様に殺されちゃえばいいんだわ」

 

 自分でも理由がわからないまま、少女は飛んでいく悟飯の姿を目で追っていた。

 小さくなって見えなくなるまで、ずっと見ていた。




前話までちょっと筆が暴走しがちだったので、ややビターな感じに。
このくらいの方がむしろ良いんじゃないかあと。


改行関係でちょい悩んでます。今回は実験的に一部改行してません。

全部手動で折り返した方が半端な余りが出ず綺麗なんですが、手間かかるし
そこまで気にしなくていいんじゃないかなあと思いまして。
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