あるサイヤ人の少女の物語   作:黒木氏

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18.彼女の影で、人造人間達が目覚める話(前編)

 ドクターゲロの研究所は、大きな岩山をくり抜いた中に存在する。彼が隠れ住む拠点であり、数々の人造人間を製造してきたその施設は、上部にある洞窟のような入り口を含め、外観からは全くの自然物にしか見えない。

 

 建てられている場所は、ユンザビット高地までとはいかずとも、地球のかなり北方の、周囲にほとんど人も住まない荒野。少々町から遠く、食料品の買い出しにも難儀するのがネックだが、若い頃から職人肌で人付き合いがあまり得意ではない彼にとっては、こうした環境が好ましかった。

 

 かなり昔、学会などに出ていた頃には、必須項目だったので、プロフィールに大まかな所在を書いていたりもしたのだが、正確な場所を知る者は誰もおらず、所属していたレッドリボン軍が壊滅した後も、ドクターゲロは官憲からの追及を免れて、秘密裏に研究に没頭する事ができていた。

 

 洞窟の奥にある、頑丈な合金製の扉を、20号は慣れた手付きで開錠する。ここの身を切るような寒さに、かつてはずいぶん悩まされたものだったが、自らを改造し、人造人間となった今ではそれほど気にならない。

 

 19号と共に研究所に入ったドクターゲロは、緊急停止用のスイッチを手に取った後、17号のカプセルに近づいたところで、ふと足を止める。

 

「……どうせ目覚めさせねばならないのなら、16号からの方が安全か。あいつの事だ。目の前で私が襲われれば、見捨てる事はないだろうしな……」

 

 ぽつりと呟いた彼は、フロアの奥の、16号を収めたカプセルへと向かっていく。床に設置され、丸い強化ガラスの窓から、中に眠る16号の顔だけが見えるそれは、何も知らない人間が見れば、棺桶を連想したかもしれない。

 

 彼の行動を見た19号は、慌てて声を掛ける。

 

「だ、大丈夫ですか、20号? 確か16号は失敗作なのでは?」

 

 19号は思い出していた。作られたばかりの頃、他の人造人間達に興味を持って、その姿を確認していた時の事を。

 

 カプセル越しに17号と18号を見ていた時は、気にせず研究に没頭していたドクターゲロが、16号のカプセルに近づいた瞬間、聞いた事の無いような大声で、19号を怒鳴りつけたのだ。

 

(そ、そいつには近寄ってはならん!! 16号は試作型で失敗作なんだ! この世界そのものを滅ぼしかねん!)

(す、すみません博士! ……で、ですが、それほど危険なら、13号達のように、地下に封印しておくべきでは?)

(……そのうち、作り直すつもりなのだ)

 

 だがその後、奇妙な事に、当のドクターゲロ自身が16号のカプセルに近づく様子を、19号は目撃している。

 

 永久エネルギー炉を搭載していない19号は、燃料代の節約のために、昼間は研究の手伝いをして、夜は休眠するという生活をしていたのだが、ふと夜中に彼が歩く音を感知して目を覚まし、その光景を目の当たりにした。

 

 手にした小さな明かりに照らされ、眠る16号を見下ろす老科学者の顔は、慈しむような、憎むような、懐かしむような、何かを後悔しているかのような、とても機械には理解できない程に複雑なもので。

 

 16号と彼の間に、何かがあったのは明らかだったが、生まれて1年も経っていない自分が、彼の事情に踏み入るべきではないと、19号はあえて介入する事はなく、再び休眠する。そんな事が、何度もあった。

 

 

「……非常事態なのだ。やむを得んだろう」

 

 そして今、そう応えた20号の顔が、あの時と同じ表情をしているように、19号には思えた。

 

 ドクターゲロの操作によって、中の空気が勢いよく抜ける音と共に、カプセルの蓋が開く。ややあって、横たわっていた16号が目を開き、ゆっくりと身を起こす。

 

 身長は2メートル近く。オレンジ色の髪に、頑丈そうな黄緑色のジャケットに身を包んだ、大柄な男性の姿をしている。完全な機械であるはずだが、つるりと丸く真っ白な顔の19号とは違い、まるで人間と区別がつかない。

 

 見るからに強そうで危険と言われた16号に対し、19号は軽い恐怖を感じてしまうが、それでも20号を庇うかのように、いざとなれば一戦交える覚悟で前に出る。

 

 だがカプセルから出た彼は、戸惑ったような様子で、ドクターゲロを見つめて言った。

 

「博士、なぜ今更オレを……」

「…………」

 

 問われた彼は、答えない。決して無視しているわけではない。難しい顔で、何か言おうとしているのか、口をわずかに開いては、また閉じる事を繰り返している。地球屈指の天才科学者である彼が、言うべき言葉を見つけ出せずにいた。

 

 10秒近い沈黙が続いた後、突然16号が、何かに気付いた様子で、表情を引き締めて言った。

 

「この場所に、強大な戦闘力の持ち主が何人も迫っている。これは、孫悟空達なのか?」

「えっ!?」

 

 19号も、慌てて自らのパワーレーダーを確認する。ベジータ達の追跡は完全に振り切ったはずだが、確かに彼らの反応が、近づいてきているのが感じられた。

 

「……そのようだ。孫悟空はいないがな」

 

 ドクターゲロは、舌打ちしながら言った。19号との実戦テストに先回りされた事といい、何らかの形で、自分達の情報が漏れている。特に自分の所在まで知る者は、レッドリボン軍以外では、ごく一部の科学者しかいない。ベジータとその娘が滞在している、カプセルコーポレーションの娘の仕業だろうか。正確な位置までは誰にも教えていないから、まだしばらく時間は稼げるだろうが。

 

 一方、ドクターゲロの言葉に、16号は顔を伏せる。彼は作られたその時から、自然や動物が好きな、心穏やかな性格をしていた。孫悟空を殺すという、己の使命については理解していたのだが、それ以外の者と戦うのは、どうにも気が進まなかったのだ。

 

 その反応を見て、20号は吐き捨てるように言った。 

 

「貴様に孫悟空以外を殺せとは言わん。これから17号と18号を起動させる。戦いは奴らに任せるつもりだが、逆らって私に危害を加えるようなら止めろ。また17号達がベジータ達に壊されそうになったら助けろ。失敗作の貴様にも、そのくらいはできるだろう」

 

 16号は与えられた命令を吟味する。博士の口調は乱暴なものだったが、命令自体は積極的に相手を害する類のものではなく、彼の性格に対する配慮が見られた。16号は小さく微笑みながら返答する。

 

「……それなら、了解した」

「ふん……」

 

 そしてドクターゲロは、黒髪の少年の姿をした17号が眠るカプセルに近づき、起動させる。カプセルが開き始めるや否や、彼は即座に16号と19号の後ろに隠れ、小さく顔を出しながら、油断なく慣れた手付きで緊急停止スイッチに手を掛け、カプセルから出る17号の動きを観察する。

 

 そんな完全防備の態勢を見た17号は、ほんの一瞬苦々しい顔をしてから、20号に頭を下げる。

 

「おはようございます、ドクターゲロ様」

 

 その第一声を聞いた彼は、驚きに目を見開き、声を震わせる。

 

「ほ、ほう、私に挨拶を……」

「もちろんです。私の生みの親ですから」

 

 当然17号は、自分を騙して改造したドクターゲロへの敬意など欠片も感じていない。ただ彼が持つ緊急停止スイッチと、眼前に立つ未知の人造人間達を警戒して、本心を隠しているのだ。

 

(ビクビクしている太っちょはともかく、あの大男は強そうだ。それにあのじじいも人造人間になっているようだし、ここで逆らうのは、得策じゃないな。最低でも、油断してあのスイッチを手放すまでは従順なフリをするか……)

 

 17号の内心はそんな感じだったのだが、今までずっと自ら生み出した人造人間に反逆されてきた老科学者の感動はひとしおで。

 

「やったぞおおおおおおおお!!!!!」

 

 嬉しさのあまり、両腕を高く振り上げてガッツポーズする20号。見守っていた16号と19号が拍手をし始める。

 

「で、では、18号も!」

 

 17号が呆れた顔をしているのにも気付かず、いそいそと18号のカプセルを開く20号。17号とそっくりの顔をした金髪の少女は、目覚めるや否や4人の人造人間が自分を見ている状況に一瞬ぎょっとするも、すぐに目の前の老人が持つ緊急停止スイッチと、自分に目配せしている17号に気付き、小さく頷いて頭を下げる。

 

「おはようございます、ドクターゲロ様。あなたも人造人間になられたのですね」

「勝ったぞおおおお!!!!」

 

 嬉しさのあまり、両腕を高く振り上げてガッツポーズする20号。見守っていた16号と19号、そして嫌々ながら17号も拍手をし始める。

 

「は?」

 

 思わず素の声を上げてしまう18号だったが、17号からのアイコンタクトを受け、慌てて笑顔で拍手に加わった。

 

「うむ。どうやら調整が上手くいったようだな……」

 

 20号は満足げに頷いているが、当然18号も、彼に関する敬意など欠片も抱いていない。

 

(隙を見てあのコントローラーを奪ってブッ殺してやりたいけど……太っちょはともかく、あのデカい奴が邪魔だね……)

 

 そんな彼らの叛意に、ドクターゲロは一切気付かず、すっかり信用して命令を下す。

 

「いいかお前達、孫悟空の仲間達がこの研究所に迫っている。この16号と共に撃退するのだ」

「かしこまりました」

 

((とりあえず今は従っておいて、隙を伺うしかないか……))

 

 従順に頭を下げる2人を見た彼の脳裏に、先ほど会ったベジータの娘の姿が浮かぶ。パワーレーダーの位置反応を見るに、今は孫悟空と共に離れた場所にいるようだが、ここに駆けつけて大猿に変身されようものなら、16号はともかく、17号達はひとたまりもないだろう。

 

「……それと万が一敵わぬようなら、構わないから撤退しろ。私も19号と共に、いったんここを離れるつもりだからな」

 

(……どういう風の吹き回しだ?)

(……ふうん?)

 

 死ぬまで戦って、逃げる時間を稼げとは言われなかった事に、17号と18号は、ほんの少しだけ、彼に対する評価を上向かせる。

 

「了解しました、ドクターゲロ様」

「うむ。よろしく頼んだぞ」

 

 頷き、研究所を引き払う準備に取り掛かった20号に、16号が声を掛ける。

 

「博士、彼らの調整は成功している。その緊急停止スイッチは、もう必要ないだろう」

「……それもそうだな。荷物になるし、置いて行くか」

 

 言って彼は手にしていたスイッチを机に置いて、19号と共に研究所の地下へと向かう。そして残されたスイッチを見て、17号と18号が目の色を変える。

 

((チャンスだ! 後はこの16号を出し抜けば……!))

 

 16号の背後で身構え、襲い掛かろうとした2人だったが、彼の次の行動を見て、驚愕の表情で動きを止める。彼は緊急停止スイッチを手に取ると、まるで紙でも丸めるかのように、あっさりと握り潰したのだ。

 

「なっ……!?」

 

 呆然とする2人に、手の中の残骸をぱらぱらとゴミ箱の中へと落としてから、16号は彼らの顔を真っ直ぐ見つめて言った。

 

「お前達に、頼みがある」




 とりあえず書けている分を投稿など。
 書いてるとついつい長くなりがちなんですが、書く方も読む方も大体1話あたり4000~5000字くらいが最適なんじゃないかと最近気付きました。

 次の話は、16号とドクターゲロのあれこれです。
 遅くなるかもしれませんが、気長にお待ち下さいませ。
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