あるサイヤ人の少女の物語   作:黒木氏

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20.彼女の影で、人造人間達が目覚める話(後編)

 17号達がベジータ達を迎撃に出たその頃、研究所の地下では、ドクターゲロと19号が慌ただしく荷物をまとめていた。

 

 元レッドリボン軍という事で、今でも官憲に追われる立場の老科学者は、万が一の事態に備えて、研究機材の大半はいつでもカプセルに詰めて持ち運べるよう準備をしていたため、その荷造りはスムーズだが、いくつかは例外もあった。

 

「博士、封印してある13号達はどうします?」

「当然持っていくぞ。放置して万が一何かのはずみで目覚めでもしたら、地球が滅ぼされてしまいかねん。厳重に管理しておかねば」

 

 悪の科学者ではあるが、別に地球を滅ぼしたいわけではないので、良識的な台詞を吐くドクターゲロ。

 

「了解しました。では、セルはどうします?」

「ううむ……」

 

 壁際に設置された大きなポッドの中、培養液の中に浮かぶ、緑色の小さな生物を見ながら老科学者は唸る。

 

 この生物、セルもまた、孫悟空を殺すための研究成果のひとつ。孫悟空を始めとして、ベジータやその娘、ピッコロ、地球に来たフリーザ親子など、強者達の細胞を集めて究極の生物を作ろうというアプローチだ。

 

 人造人間の研究が失敗続きだったドクターゲロが、気分転換のために始めた新しいプロジェクトだが、成長まであと20年は掛かる予定であり、その後も完成させるためには、17号と18号にも使われている、ある種の生体パーツを組み込む必要がある。

 

 当然ながら今はまだ、培養液の中から出せる状態では無い。そして13号達と違い、カプセルに生き物は収納できないため、簡単に持ち運ぶというわけにはいかないのだが。

 

「……こいつを作るのは大変だったし、もしかしたら将来、こいつが孫悟空を倒してくれるかもしれんからな。連れて行くぞ。お前はその間に、他の荷物をカプセルに詰めていろ」

「わかりました、博士」

 

 言って20号が荷物の整理を続ける中、ドクターゲロは工具を手にし、その辺に転がっていた金属板や強化ガラス、電子部品などを拾い上げる。そしてその両手が凄まじい速度で動き出し、目から放つレーザーで瞬時に溶接が行われる。

 

 およそ10秒後、完成した温度調整機能付きの小さな水槽を前に、彼は満足げに頷いていた。人類最高クラスの科学者としてのスキルと、新たに手に入れた人造人間の身体能力との併せ技であった。

 

(新たな拠点に移るまでの、当面の間はこれで良かろう。やはりこの身体は強靭で便利で良いな)

 

 生身の頃の自分なら、3分は掛かっていただろう。ドクターゲロはセルを完成した水槽に移しながら、てきぱきと荷造りをしている19号を見る。自分自身の改造手術を任せられるほどの、信頼できる助手が完成したのは大きかった。

 

 ……いや、自分を絶対に裏切らない、信頼できる人造人間という意味では、既に成功例はあったのだが。あいつはとんでもない失敗作だった。

 

 苦々しい記憶に、彼が思わず頭を振った、その時だった。

 

「……博士」

「!?」

 

 背後からの声に、機械化された心臓が跳ね上がる。忘れもしない、懐かしいその声は。

 

「……どうした、16号?」

「伝えたい事が、あって来た」

 

 

 

 

 16号は目の前の老人、自らの作り主をじっと見つめていた。まるでその姿を、目に焼き付けようとするかのように。

 

 彼の思考回路に、かつて封印される前の情景が蘇る。彼が初めて稼働した日、最初に見たこの老人が、とても嬉しそうな顔をしていたのを覚えている。

 

(おはようございます、ドクターゲロ様)

(うむ……お前の人工知能の調整は上手くいったようだな。素晴らしいぞ)

 

 しわくちゃの顔に浮かんだその笑みを見て、作られたばかりの16号は、何故だか心が温かくなるのを感じていた。彼から与えられたはずの、プログラムには無い感情だった。

 

 それから数日の間、16号は老科学者と共に過ごし、標的となる孫悟空についての情報や、16号自身の身体の仕組みや性能など、様々な事を教えられた。

 

 大抵の事は既に人工知能に刷り込まれていたのだが、16号の目には、まるで目の前の老人が、少しでも長く自分と接していたいように映っていた。そしてそれは、彼の方も同様だった。 

 

 永久エネルギー炉を搭載している16号には、補給の必要は一切ないのだが、老科学者はそれでも、彼と同じテーブルでエネルギー補充をするよう求めた。高級オイルは摂取できるようにしてあるからと。

 

 実用性に何一つ寄与しない、彼ほどの天才科学者とは思えない不合理な設計だと16号は思ったが、共に食事をしながら、にこやかに自分に話し掛けてくる彼の姿を見ていると、確かにこうした事にも、意味があると思えたのだった。

 

 

 そうしてついに、その日がやってきた。エイジ761年、ラディッツ襲来の数ヶ月前のある日、16号は孫悟空を殺すべく、研究所の外へ出た。

 

 周囲は岩山に囲まれ、寒々しく、人が住むには向かない荒れた環境だったが、太陽に照らされたその景色を、彼は美しいと思った。

 

 そんな事を考えていた16号に、見送りに来たドクターゲロが声を掛ける。

 

「16号よ。お前のパワーは圧倒的だ。たとえ孫悟空が1万人いようと、まず間違いなくお前が勝つだろう。安心して、ただ油断せず行ってこい」

「わかりました、博士」

 

 本音を言えば、孫悟空を、否、生き物を殺す事には、気が進まなかった。世界は美しく、そして彼に優しかった。自分の手でそれを壊す事は、罪深いことのように思えた。

 

 だが、それが博士の望みであり、自分の存在意義であるという事は、作られた時から理解していたから、必ず成し遂げるつもりでいた。

 

「だがその……もし万が一のことがあったとしても、お前に搭載してある自爆装置は使わんでいい。お前を作るには、ずいぶん苦労したからな。必ず無事に戻ってくるのだ」

 

 16号からわずかに目を逸らしながら、ドクターゲロは呟いた。孫悟空を確実に殺すため、彼の身体に組み込んだ超高性能の爆弾は、爆発すれば余波だけで地球の1/10を消し飛ばす程度の威力を持ち、爆心地にいれば計算上は合体13号だろうと破壊できる危険物だ。

 

 設計段階ではともかく、稼働した16号と共に時間を過ごした今では、16号が孫悟空と共に自爆して粉々になるなど、到底受け入れられる事ではなかった。

 

 そもそも孫悟空をただ殺すだけならば、留守の間に家に爆弾を仕掛けるなり、食事に毒を仕込むなり、方法はいくらでもある。にも拘わらず彼が人造人間の開発にこだわったのは、孫悟空が得意とする直接戦闘で圧倒して、屈辱を味わわせながら葬るのが目的だからだ。

 

 一方、そんなドクターゲロの言葉から、自分に対する思いやりを感じ取って、16号は口元に小さく笑みを浮かべた。

 

 命を奪うのは、今日を最初で最後にしようと思った。そして明日からは、復讐を終えた博士を見守りながら、彼の寿命が尽きるまで、共に過ごすつもりでいた。

 

 だが、ただ一つだけ、16号には心に引っかかる事があった。それは自分を作ったドクターゲロが、あまりにも自分に対して親しく接しているということで。まるで自分を、誰かと重ねているかのような。

 

 それも当然悪い気分ではなかったけれど、老科学者の事情も、偶然見つけた写真で知っていたけれど。

 

「……博士」

「どうした、16号?」

 

 それでもつい、口に出してしまった。

 

 

「博士。オレはあなたの死んだ息子では無い」

 

 

 次の瞬間、老科学者の心臓が悲鳴を上げ、がくがくと全身が震えだした。16号はとっさに支えようとしたが、彼の表情を見て、思わず足を止めてしまう。

 

 そこに浮かんでいたのは、驚愕と苦悩と罪悪感と羞恥心と、その他さまざまな言語化できない感情が織り交じった、あまりにも複雑な表情だった。ただ一つ確かなのは、彼が苦しんでいるという事で。

 

「博士!」

 

 取り返しのつかない事を言ってしまったと気づいた16号が、何かを口にしようとするも、次の瞬間、ドクターゲロは涙を流しながら叫ぶ。

 

「この、忌々しい失敗作がっ!!」

 

 次の瞬間、16号の意識は闇に沈んだ。作られたその心に、どうしようもない後悔を抱えながら。

 

 

 

 

 老科学者は、過去の経験から持ち歩いていた緊急停止コントローラーを、震える手で握り締めていた。俯いた顔から、次々に涙が零れ落ちる。

 

 16号は、10年以上前に病死した彼の息子と、瓜二つに作られた存在だった。孫悟空への刺客である人造人間を、そのような姿に作ったのは、ただただ寂しかったからだとしか言いようがない。

 

 冷たく硬直し、まるで死体のような16号の身体を、苦労してポッドへと運びながら、ドクターゲロの心は強い後悔に苛まれていた。おそらく私室に飾っていた家族写真を、何かの拍子に見られてしまったのだろう。

 

 馬鹿な事をしたと思った。瓜二つの容姿と声で、まるで息子が生き返ったかのようだと、内心浮かれていた自分を殺したいと思った。

 

「言われるまでもなく、わかっておったわ……」

 

 しかしそれでも、なお度し難いことに、ポッドの中に横たわる16号の姿を見ていると、心が安らぐのを感じている自分がいたのだ。

 

 それからも、研究の日々の合間に、時折16号の姿を眺めながら、それでも決して、再起動はするまいと思っていた。また向き合ったとして、何と言ったらいいか、天才科学者の明晰な頭脳をもってしても、わからなかったのだ。

 

 

 

 

「伝えたい事が、あって来た」

 

 そして現在、16号と向かい合うドクターゲロは、彼が何を言うつもりなのか、やはり全く想像できず、未知の恐怖を感じていた。

 

 目の前の16号に、今更何を言えばいいのかわからず、ただ小さく震える老人を、16号は少し悲しそうな目で見つめた後、深々と頭を下げた。

 

「じゅ、16号……?」

 

 困惑する作り主に対し、16号は言った。

 

 

「申し訳ありませんでした、博士。オレの不用意な発言で、あなたを傷つけてしまった」

「……!?」

 

 

 あなたの死んだ息子ではないと、その言葉を思い出して、たじろぐドクターゲロの様子に、16号の精緻な人工知能は、自らも痛みを覚えてしまう。

 

 傷つけるつもりなど、決してなかったのだ。ただ、この人が見ているのは、優しい言葉をかけてくれている対象は、自分ではないのではと、ただそれだけが不安だったのだ。   

 

 

「だが、無から作りだされたオレにとって、間違いなくあなたは生みの親だ。それだけは伝えておきたかった」

 

 

 それだけを伝えて、16号は踵を返す。自分もあなたの息子だとは、決して言えなかった。彼にとっての息子は、後にも先にもただ一人だから。

 

 博士の反応は、怖くて見れなかった。そのまま外へと向かおうとしたところで、こちらを警戒している19号の姿に気付く。

 

 何かあれば即座に割って入れるよう身構えている兄弟を見て、16号は小さく笑って言った。

 

「19号。博士の事を頼んだ。ベジータ達は17号と18号がいれば大丈夫だとは思うが、念のため、隙を見てここから離れて欲しい」

「わ、わかった」

 

 そして16号の姿を呆然とそれを見送っていた老人は、彼の言葉の意図を悟り、やがて血を吐くような声で叫ぶ。

 

「あの、どうしようもない、失敗作が……っ!!」

 

 拳を震わせて俯く20号の瞳から、冷却水の雫が流れ落ちた。

 

 

 

 

 一方その頃、心臓病の悟空を送り届けたナッツと悟飯は、薬を飲んで穏やかに眠る彼の姿に安堵していた。

 

「カカロット、落ち着いたみたいね。良かった……」

「うん、本当に……」

 

 彼らがいるのは、パオズ山から離れた上空、カプセルコーポレーションが所有する大型輸送機の中だ。悟空の家は人造人間に狙われる可能性があるため、ブルマが手配していたのだ。

 

 意識のない悟空の気はとても小さく、ナッツと悟飯も気を隠している限り、誰にも見つかる事はないだろう。

 

「本当に、ブルマさんのおかげで助かっただよ。連絡してくれたおかげで、悟空さの薬も探しておけたし。避難場所まで準備してもらって」

 

 苦しむ夫を前に、一時は取り乱していたチチも、今はすっかり落ち着いた様子で、甲斐甲斐しく彼の看病を続けている。そんな夫婦の姿に、自らの両親を思い出して、ナッツは思わず、頬が緩んでしまうのを感じていた。

 

「ナッツちゃんも、悟飯ちゃんと一緒に来てくれてありがとな。もし薬を飲むのが遅かったら、大変だったかもしれねえだよ」

「い、いえ、そんな……あ、ウイルス性の病気らしいですから、私達も薬は飲んでおいた方が良いと思います」

 

 照れながらナッツが呟き、そして皆が薬を飲んだその時、ナッツは遠くの方で、父親の戦闘力が大きく跳ね上がるのを感じた。悟飯も同時に、同じ方向に目を向ける。

 

「父様が戦闘を始めたわ。きっと人造人間を見つけたのね」

「うん、相手の気が感じられないからね」

「本当に厄介だわ。戦ってるのに戦闘力が感じられないなんて」

 

 激しい戦闘が行われているのはともかく、その趨勢がわからず、じれったそうな顔になるナッツ。少し不安だったが、相手の人造人間は、あの老人と太っちょの2人組だ。

 

(あの2人程度だったら、父様が負ける事はないわ。大猿化してない私でも、そこそこやれそうな感じだったし)

 

 だがそれから間もなく、彼の戦闘力がどんどん低下していく事を、少女は感じ取ってしまう。

 

「と、父様、どうなってるの? 相手もきっと弱ってるのよね、これ……」

「う、うん……」

 

 震えるナッツの手を取りながら、頷く悟飯だったが、次の瞬間、さらに大きく低下した父親の戦闘力に、少女が悲鳴を上げる。

 

「い、いやあっ!? 父様!!」

「ナッツ!?」

 

 制止する間もなく、一瞬で超サイヤ人と化し、輸送機の窓を突き破って飛び出していくナッツ。悟飯もすぐに後を追おうとするが、割れた窓から轟音と共に空気と室内の小物類が機外に飛ばされていく中、意識の無い父親と、彼を守ろうと覆い被さる母親の姿に目が行ってしまう。

 

 ベジータさんが倒されたという事は、人造人間は他にもいる可能性が高い。この上空で万が一襲われたら、空を飛べる人間がいない限り、誰も逃げる事すらできないだろう。

 

 それに、それほど強い相手に、超サイヤ人にもなれない今の自分が付いていったとして、彼女の足手纏いになるだけではないのか?

 

「……っ!!」

 

 機内に警報が鳴り響き、搭乗員達が泡を食って応急修理に駆けつける中、少年は両親を守りながら、己の拳を、血が出る程強く握りしめていた。

 

 彼の頭髪が、小さくざわざわと上向いていた。




 ちょっと色々ありまして、かなり遅れてしまいましたが更新です!
 全く投稿してない間も評価とお気に入りを下さった方々、本当にありがとうございます。てっきり皆評価もブクマも解除して忘れ去ってると思ってました……。(評価10が2つ混じってるのに震えながら)
 次がいつになるかはちょっと断言できないのですが、話は最後まで考えてますのでなるべく早く書けたらいいなと思ってます。気長にお待ちくださいませ。

 あと前にも書きましたが、原作でドクターゲロがあの穏やかな16号の事を「この世界そのものを滅ぼしかねん」とまで言って必死に18号を止めようとしてたのは、たぶん連載当時から息子に似せて作ったって設定はあったんだろうなあ良いなあって思って書いたのがこの話です。かなり突っ込んだ話ですので好みは分かれると思いますが自分はこういうの大好きです。

  
>高級オイルは摂取できるようにしてあるからと

原作で16号が食事不可能とは言われて無いのでできても別に不自然ではないです(捏造)
食卓を共にするのは色々大事だと思いました。



>エイジ761年、ラディッツ襲来の数ヶ月前のある日

この後17号と18号と19号の開発に自分の改造までやったはずなので、普通に考えるとこのくらいの時期になるんです……。



>爆心地にいれば計算上は合体13号だろうと破壊できる危険物

ブリーフ博士がビビる程の代物+原作で不発だったのでどれだけ威力盛っても大丈夫だと思いました。



>10年以上前に病死した彼の息子

設定上は戦死との事なので、ここはわざと変えてます。戦死だったらドラゴンボールを使おうとしないのは不自然だと思いまして。
地球のドラゴンボール管理ガバガバだし、ドクターゲロがドラゴンレーダー作れないとも思えないし、19号に持たせれば1週間くらいで揃うでしょうし。

なお、この話では1回試して自然死は駄目って神龍に言われた経緯があるのですが、その辺の話は結構後でやる予定です。
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