大猿と化したナッツと16号は、苛烈な戦いを繰り広げていた。
自ら作った月の光を背に受けながら、大猿が振り下ろした巨大な拳が、一瞬前まで16号の立っていた石柱を粉々に打ち砕く。
跳躍して回避した16号に向けて、すぐさま反対側の腕が迫る。彼自身よりも大きな掌から辛くも逃れた16号に、ナッツはすかさず身を沈め、痛烈な回し蹴りを叩き込んだ。とっさにガードするも、衝撃で吹き飛ばされた彼の後ろに、瞬時に高速移動で追いついた大猿が出現し、獰猛な笑みと共に、彼の頭上から肘を叩き付ける。
蜘蛛の巣状のひびを作りながら地上に激突した16号はすぐさま地面を転がり、巨大なブーツによる踏みつけと、直後同じ足で放たれた前蹴りから逃れる。防戦一方の戦いに、岩陰に隠れながら様子を伺っていた17号が呻く。
「あの図体であんなに身軽なんて、反則だろ……!」
一般的に大猿は、そのサイズの分鈍重と言われているが、戦闘力が10倍になり、身体を動かす筋肉も発達する分、変身前より遥かに動きは早い。もちろん戦闘力24億の戦士としてはスピードに劣るのは否めないが、王族でありエリート戦士であるナッツは、地球の月が満ちる度に、大猿の状態で訓練を行い、自分の身体の扱いに習熟する事で、その欠点を補っていた。
とはいえ、圧倒的な体格差は、決して有利に働く事ばかりではなく。
蹴りを逃れた16号はそのまま反対側の足に飛び乗り、大猿の巨体を垂直に駆け上がっていく。
『!?』
ナッツは尻尾への危険を感じ、彼を振り払わんと腕を振るうも、16号は更にその腕に飛び移り、大猿の肩へと疾走しながら右の拳を構え、その顔面に向けて射出した。
『ガアッ!?』
予想外のタイミングで激しく鼻面を強打され、苦悶の叫びを上げるナッツ。16号は跳ね返ってきた拳をキャッチし、さらにもう片方の拳も脇へと挟む。大猿の頭部へ向けられた両腕の断面から、激しい光が溢れ出す。
「ヘルズ……!!」
16号が技を撃ち放とうとしたその刹那。
『舐めるなああ!!!!』
叫びと共に、ナッツの口から放たれた極大の赤いエネルギー波が、彼の全身を直撃した。
「うわあああっ!」
「ぶ、無事なのか、16号は?」
ナッツの攻撃による衝撃と爆風に、破壊された人間大の岩がいくつも吹き飛ばされていく中、身を伏せて必死に逃れる17号と18号。
そして土煙が収まった時、彼らが見たものは、立ち上がりつつも頭部の一部を破損させ、ばちばちと火花を上げる16号の姿だった。
ダメージを受けた彼の元へ、地響きと共に、悪魔のような笑みを浮かべながらナッツは歩み寄る。
『まだ動けるの? 呆れたわ。地球製の機械にしては、ずいぶん頑丈じゃない』
「オレを作った博士は、地球一の天才科学者だ」
その言葉に、少しカチンときたナッツは反論する。
『機械のくせに、頭は良くないみたいね。地球で一番の科学者は、カプセルコーポレーションのブルマかブリーフ博士のどちらかに決まってるじゃない』
真っ向否定された16号の方も、らしくなく反論する。
『その2人に、オレのような人造人間を作れるとでも?』
『……お前をバラバラにして、持って帰ればきっと作れるわ!』
激高した大猿が16号へと飛び掛かり、再び戦いが始まった。
一方その頃、クリリンに仙豆を与えられたトランクスは、目を覚ました直後、人造人間と戦いを繰り広げる存在を見て驚愕する。
数階建ての建物ほどもある、毛皮に覆われた巨大な怪物。彼を驚かせたのは、それが持つ想像した事もないような凄まじく大きな気だけではなく、その気が紛れも無く彼の姉のものである事と、3年前に見た、子供の頃の姉と同じ、黒を基調とした戦闘服を身に纏っていたことだった。
「あ、あれは……あ、あの化け物が、姉さんなのか……?」
驚愕の中、彼は未来で聞いた姉の言葉を思い出す。昔の姉には尻尾があって、地球に来たフリーザに切られてしまったが、それさえなければ、人造人間なんかに負けはしなかったと、車椅子の上で、悔しそうに言っていた事を。
「恐ろしいか? トランクス」
背後からの声に、彼は反射的に答える。
「え? いえ。だってあれは、姉さんですから。確かに少し驚きましたけど」
多少姿は変わっているが、それが何だというのか。大好きな姉さんが、元気で生きているのだから。凄まじい力で人造人間と戦う姉の姿に、少年は目を輝かせる。
「あんなに強かったなんて、さすが姉さんです……!」
「そうか。お前には尻尾は無かったが、それでもサイヤ人だからな」
サイヤ人の場合、たとえ幼子でも、大猿に対する恐怖心が薄く、初めて見る時こそ怖がっても、すぐに慣れてしまう。無意識の内に、自分も同じ存在だと、理解しているからだと言われている。
そこで初めて、トランクスは声の主の存在に目を向ける。
「……と、とうさ……いえ! ベジータさん!?」
慌てるトランクスに、父親は優しい声で語りかける。
「もう隠す必要はないだろう、トランクス」
「トランクス? あいつそんな名前だったのか」
「というか、何でベジータが知ってるんだ?」
「……わからん」
不思議そうな顔になるヤムチャと天津飯。3年前に、悟空との会話を聞いて知ってはいたが、ベジータが気付く理由に思い至らないピッコロ。
「と、父さん……? どうして……まさか、悟空さんから?」
「いいや。だが、自分の息子の気配を間違えたりはしない」
事実ベジータは、かなり前から彼の正体に気付いていた。未来から来た少年について、何故だか気になって、彼なりの考えを巡らせていたのだ。
未来から来たサイヤ人。当然サイヤ人の親はいるはずだが、仮に生き残りのサイヤ人が他にいるとしても、フリーザ軍にも見つからないほどの極少数だ。まして地球で暮らす自分やカカロットに関わっているとなれば、その候補は自ずと限られてくる。
予感が確信に変わったのは、生まれてきた自分の息子を見て、その戦闘力を感じた時だった。その日からずっと、彼に対して言いたい事があったのだ。
呆然とするトランクスの肩に、父親は腕を回して抱き締める。
「未来のオレは、お前とナッツと、ブルマを残して死んだそうだな。傍にいてやれなくて、本当に済まなかった。トランクス」
「と、父さん……父さん!」
優しい言葉と温もりに、涙が溢れて止まらなかった。それは父親を失っていた彼の、18年分の涙だった。
息子の悲しみを感じ取って、父親もまた涙を流していた。
同じ頃、ナッツは金色の毛皮に覆われた巨大な拳を振りかぶり、凄まじい速度で16号に叩き付けていた。
避けられないと判断した16号も、同じく拳で迎撃する。インパクトの瞬間、周囲に凄まじい衝撃波が走り、砲撃のような轟音と共に大地が捲れ上がっていく。
確かな手応えを感じつつも、押し切れない事に苛立った大猿が、牙を剥いて唸る。
『さっきから生意気なガラクタ人形ね! 大猿になった私に、パワーで勝てると思ってるの!』
咆哮と共に、彼女の右腕の筋肉が大きく膨れ上がる。全身の力を込めて拳を振り抜かんとするナッツに対抗するかのように、16号は永久エネルギー炉を限界以上に駆動させながら叫ぶ。
「うおおおおおっ!!!」
直後、衝突する力が逃げ場を失って爆発し、二人の身体が大きく弾き飛ばされる。
ナッツはとっさに大地を踏みしめ、地面に靴跡を残しながら、勢いで飛ばされる身体を強引に止めて荒く息をつく。
(冗談じゃないわ! 戦闘力は不明だけど、少なくともパワーで私に対抗できるレベルって、1体でフリーザ軍を壊滅させてお釣りが来るじゃない!)
しかもロボットという事は、材料さえあれば、同じ物が何体も作れるという事だ。数百体の16号がわらわらと現れる様を想像して、少女は内心身震いする。
(そんな事になったら、破壊神ビルスが地球を壊しに来るわよ……!)
実際のところ、仮にそうなったとしても界王神レベルで軽く鎮圧できる案件で、宇宙にはその界王神すら超える輩もちらほら存在し、破壊神ビルスはそれら全てを遥かに超えてなお強大なのだが、両親やナッパから話を聞いただけで、実際彼を目にした事のない少女に、それを想像しろというのは酷な話だった。
そして16号の方も、同じく焦りを感じていた。大猿とぶつけ合った右腕は、無理な力を込めた反動か、ばちばちと青白いスパークが漏れ、出力も3割ほど低下している。同じ事があれば、もう対抗はできないだろう。
16号の戦闘力はおよそ20億。計算では5分と6分の戦力差で、18号とベジータのように、相手のスタミナ切れを誘えば、勝てる見込みは十分あったが、おそらくそれは期待できない。
こちらを憎々しげに睨みつける、大猿化したベジータの娘。持久力も上がっているのか、疲れによってパワーが低下している様子はない。生き物である以上、限界は必ず来るだろうが、その前にこちらが破壊されてしまう。
どうにかして尻尾を切るか、短期決戦で倒しきるしかない。あるいは。自らを作ってくれた老科学者の顔を思い浮かべ、16号は覚悟を決めた。
少し短いですが、また間隔空けたら書けなくなる気がするのでリハビリがてら投稿します!
前回更新した直後に何かブクマが6くらい減って「少しやり過ぎたかな……けどきちんと読んでくれて嬉しい……」って思ってたらまたブクマ少しずつ増えて結果10くらいプラスになって「これで良いって言ってくれるんですか! やったー!」っていう感じで私は元気です。毎回感想や評価、誤字報告などありがとうございます! 続きを書く励みになっております!