人造人間との戦いが終わってから数時間後。夕暮れ時の空を、浮かない顔をした悟飯が飛んでいた。
目的地は、ナッツのいるカプセルコーポレーションだ。ブルマへの連絡で彼女が負傷した事や、人造人間達がひとまず撃退された事を確認した少年は、居てもたってもいられず、チチに送り出されて、彼女の元へと向かっていた。
「まさか、尻尾まで切られたなんて……大丈夫かな」
自分が彼女の隣で戦えるほどに強ければ。そんな思いを抱きながら、空からカプセルコーポレーションに降り立った悟飯は、気を辿って、真っ直ぐに少女の居場所を目指す。
意識せず、かなりの早足になっていた少年は、すぐにその部屋に到着し、そのままドアを開いて中に入る。
「ナッツ、大丈夫?」
「あ! 悟飯君!? ちょっと待って!?」
背後でブルマの叫びが聞こえた時には、何もかもが手遅れだった。
メディカルマシーンの中に、一糸纏わぬ姿の少女が浮かんでいた。
「えっ……?」
思わず目を点にする悟飯。呼吸器と幾本もの細いコード以外に、目を閉じる少女の姿を隠すものは何もなく。
ボリュームのある長い黒髪が、薄緑の液体の中を舞っていた。か細い鎖骨、上下するなだらかな胸、華奢な肩、腰回りからふっくらとした太腿、しなやかな爪先に至るまで、未だ発達途中の彼女のすらりとした体つきの全てが、余すことなく曝け出されていた。仮に後ろから見れば、尻尾の生えていた跡までもはっきりと見えるだろう。
とても綺麗だと、一瞬見とれてしまってから、少年は今の状況に気付き、思わず声を上げる。
「え、ええええええっ!?」
急いでいたとはいえ、とんでもない事をしてしまった。とにかく早く部屋を出なければと、振り向いた先には、唖然とした顔をした、彼女の父親が立っていた。
娘の身体や長い髪を拭くためか、抱えていた山ほどのタオルが、ばさばさと床に落ちる。びきびきと額に青筋を浮かべて震えるベジータの姿を見て、悟飯は死を覚悟した。
「べ、ベジータさん、これは……」
「死ねええええええ!!!!!」
凄まじい爆発音と地響きが、辺り一帯を揺るがした。西の都の住民達は驚いたが、発生源がカプセルコーポレーションだとわかると、いつもの新発明か何かかと、納得して特に気にせずいつもの日々を送るのだった。
数分後、悟飯はボコボコにされて正座しており、なおも彼を殴ろうとするベジータを、まあまあとブルマがたしなめていた。
「もういいじゃない。悟飯君もわざとじゃないんだし、この通り反省してるし」
「しかしだな……」
そこで騒ぎを聞きつけたトランクスも、とても良い笑顔で会話に入る。
「父さん、別に全く問題ありません! だってお二人は将来夫婦に」
「死」
「はいはい。ねえベジータ、可愛い娘を一生独身で過ごさせる気なの? 孫の顔とか見たくないの? きっと可愛いわよ」
その瞬間、彼の脳裏に浮かんだのは、母親そっくりに美しく成長した娘が、幸せそうに男女二人の子供を抱き締めている姿だった。
(ほら、あなた達、ベジータお爺様よ)
(お爺様ー! 重力室で訓練してください!)
(その後は遊園地に行きたいです!)
ぱたぱたと尻尾を振りながら駆け寄ってくる孫達の頭を撫でていた所で、すっかり緩んだ顔をしていた彼は、はっと現実に戻る。
「……それはそれとしてだな! まあ、だが、あくまでも事故だからな……今後は気を付けて」
ベジータが少年を許そうとしたその瞬間、メディカルマシーンから、治療終了を告げる電子音が鳴り響いた。
「あっ……」
突然の事に、その場の皆が硬直する中、すぐに治療液が排出され、慣れた手つきで呼吸器とコードを外した少女が、満面の笑みで飛び出してくる。
「悟飯! お見舞いに来てくれたのね! 嬉しいわ!」
「ちょ、ちょっと!?」
勢いのまま、正座していた少年に飛びつくナッツ。慣れない姿勢に足を震わせていた彼は、そのまま後ろに倒されてしまう。天井を見上げる視界の中で、夜のように黒い瞳が、至近距離でいたずらっぽく輝いている。
まるで入浴直後のように、一糸纏わぬ少女の髪から滴る治療液が、ぽたぽたと悟飯の顔を濡らしていく。真っ赤になってとにかくナッツにどいてもらおうとした瞬間、彼女の父親が金色のオーラに包まれ、床にびしびしとヒビが入っていく。本日二度目の命の危機を覚えた少年が、恐る恐る口を開く。
「あの、ベジータさん、これは……」
「死ねええええええーーーーーーーっ!!!!!!」
先程以上の凄まじい爆発音と地響きが、辺り一帯を揺るがした。西の都の住民達は驚いたが、発生源がカプセルコーポレーションだとわかると、いつもの新発明か何かかと、納得して特に気にせずいつもの日々を送るのだった。
そして翌日、ナッツが目を覚ましたのは、正午を大きく回った頃だった。
昨日はあれからブルマに叱られた後、疲れていたので軽い食事だけ済ませて、すぐに寝てしまったのだ。昨日の事を思い出し、少女は反省する。
(せっかくお見舞いに来てくれた悟飯の服を濡らしちゃうなんて、怒られて当然だわ。次はちゃんと、身体を拭いてからにしないと)
フリーザ軍では全裸で入るメディカルマシーンを日常的に利用しており、また戦場では戦闘服が破損する事も珍しくはなかったせいで、羞恥心を理解できていないナッツは、いつものようにお風呂に向かう。
そして温かいシャワーを浴びながら、身体を洗うスポンジを取ろうとしたところで、腰から生えていたはずの尻尾が無い事に、改めてがっかりしてしまう。
(やっぱりあれは、悪い夢じゃなかったのね……)
尻尾の跡を手でさすりながら、少女は項垂れる。突然現れ、尻尾を切ったあの緑色の影。怒りもあるが、戦闘中に尻尾を切られるような隙を晒してしまった、自分の迂闊さが情けなかった。
そういえば、あれも人造人間だったのだろうか。それにしては、戦闘力を感じた気がする。何か叫んでいたけれど、昨日はそれどころじゃなかったから、後で誰かに聞いてみないと。
「あれはね、ドクターゲロの作った、セルっていう生物兵器らしいわ」
「むぐむぐ」
入浴を終えたナッツは、ブルマに温めてもらった昼食を食べながら、セルについての話を聞いていた。
父様やカカロット、私や悟飯、フリーザやコルド大王まで含めた大勢の戦士の細胞から作られたその怪物は、接触したピッコロが聞き出したところによると、トランクスと同じく未来からやってきて、17号と18号を吸収して、完全体になろうとしているらしい。
(そんな事のために、私の尻尾を切ったっていうの……!)
エビフライの尻尾を噛み砕きながら、少女は唸る。あんな奴ら、言えばいくらでも譲ってやったのに。あ、でもフリーザの細胞も混じってるなら駄目だわ。殺さないと。
「セルは今、気配を隠して地球のあちこちの街を襲ってるの」
「……感じるわ。この気配の事ね」
遠くに感じるそれは、数十人のそれが入り交じった不気味な気配。その周りで、地球人の気配が次々に消えていく。百人ほどが殺されたと思しき辺りで、ナッツは異変に気付く。
「何これ。戦闘力が少し増えてるの?」
「ええ、人間を吸収してどんどん力をつけて、向かってもすぐ逃げられるらしいわ」
「……それってまずくないかしら?」
たった百人程度吸収しただけでこれだけパワーアップできるのなら、地球の人口を考えると、早く止めないと、とんでもない事になってしまう。昔の私なら、「じゃあセルより先に地球人を全滅させて、後で生き返らせればいいじゃない!」くらいの事は言ったと思うけど、親切な地球の人達を相手に、そんな事をしたくはなかった。
昨日戦った、人造人間達を思い出す。傷ついてはいるだろうけど、今ならまだ、3人いればセルを返り討ちにできるはずだ。けど、いずれ上回られて吸収されてしまって、完全体になったとしたら。
セルより先に人造人間を見つけて倒そうにも、今の私に尻尾はないし、あの強さからすると、父様とトランクスに、カカロットの心臓病が治ったとしても、まだ厳しいのではないだろうか。
「せめてもっと、訓練する時間があれば……」
「あるみたいよ」
微笑みながらのブルマの言葉に、少女は思わず目を丸くする。
「えっ!? けど1日2日じゃあ……」
そこでナッツは気付く。ブルマが先程から、いくつものカプセルのケースをチェックしては、大きな段ボール箱の中に入れている事に。10箱以上あるけれど、あの中身が全部カプセルだとしたら、どれほどの物資が詰まっているのだろう。
「ナッツ、起きてたか。身体の調子はどうだ?」
「あっ、父様! もう大丈夫です!」
食堂に入ってきた父親を見て、少女はぱあっと、嬉しそうな顔になる。
「そうか。食べ終えたら出かける支度をしろ」
「はい、父様。どこへ行くんです?」
娘の頭を撫でながら、父親は言った。
「カカロットから誘われたんだが、1日で1年分の訓練ができる場所があるらしい」
食事を終えて新しい戦闘服に着替えた後、ナッツ達は空の上の宮殿を訪れていた。
「あ! 悟飯にカカロット!」
嬉しそうに、少年の傍に駆け寄るナッツ。昨日の事もあり、悟飯は顔を赤くしていたが、彼女はその理由が判らず、不思議そうに問いかける。
「もしかして風邪でも引いちゃったの? ごめんなさい、私が昨日、あなたの服を濡らしちゃったから……」
「ち、違うよ!? 全然元気だから!」
そんな少女と悟飯の姿を、いつの間にかやってきたトランクスが、感激した様子で撮影している。彼はクリリンと共に、セルや人造人間についての手掛かりを探して、ドクターゲロの研究所に行っていたのだ。
(貴重な姉さんと悟飯さんの子供時代……お二人が仲良くしてる写真があんまり無かったのは、父さんが撮らなかったからなんだろうなあ)
悟飯を追い掛け回していた父親の姿を思い出して、内心苦笑するトランクスに、小型飛行機で一緒に来ていたブルマが話し掛ける。
「トランクス、そんな所は父親そっくりね……何か見つかった?」
「あ、若い母さん! ほとんどの資料は持ち去られてたんですけど、残ってた物を持って来ました」
「ありがと……ねえ、未来の私って、そんなに老けてるの? ほんの十数年後でしょう?」
「えっと……写真見ます?」
「……いいわ! 怖いからやめておく!」
未来から来た息子の気まずそうな表情を見て、彼の持つ板状の機器から目を逸らすブルマ。その日から彼女は食事や運動、アンチエイジングに熱心になり、場合によってはドラゴンボールを使ってでも若い姿を保とうと決意するのだったが、それはまた別の話だった。
「カカロット、その1日で1年分の訓練ができる場所って、建物の中にあるの?」
「ああ、精神と時の部屋って言うんだ。中に居られるのは2年まで。結構キツい環境で、昔のオラは1ヶ月がやっとだったけど、今のおめえらなら大丈夫だと思う」
「水と食料と、トイレとお風呂はあるって話よね。食べ物は変な粉だけって話だったから、保存の利くおいしい食料をいっぱい持ってきたわ。もちろん全員分あるわよ」
「ありがとう、ブルマ!」
喜ぶ娘の頭を撫でながら、彼女はさらに続ける。
「あとこっちのカプセルは着替えと、ティッシュとか歯ブラシとかの日用品ね。ベッドとかエアコンとか冷蔵庫とか洗濯機とか、家具一式の入ったカプセルハウスも入れておいたし、本やビデオも図書館1つ分くらいあるわ」
「おいブルマ、遊びに行くんじゃないぞ」
「じゃあ食事と寝る以外はずーっと修行する気? 数日ならともかく、2年間も続けられないわよそんな生活。サイヤ人だって人間なんだから、適度に休憩しておきなさい。……特にナッツは子供なんだから、あんまり無理させちゃ駄目よ?」
「わ、わかった……」
詰め寄るブルマに、思わずたじたじとなる父親の姿を、トランクスが嬉しそうに撮影していた。そしてナッツも、これからの2年間の訓練生活を想像して、胸を躍らせていた。
(父様だけでなく、トランクスとも一緒に訓練できるなんて楽しみだわ! それに2年もあれば、尻尾だってきっとまた生えてくるし!)
前は2ヶ月くらいで生えたのだから、今回もきっとそのくらいだろう。もしかしたら父様の尻尾も生えるかもしれない。そうなれば人造人間だろうとセルだろうと、全く相手にならないはずだ。
(それに尻尾があれば、父様も満月の夜の訓練に参加できるようになるわ。せっかく月がある星に住んでるのに、大猿になるのが私一人だから、いつもちょっと寂しかったし)
楽しい未来を想像しながら、少女は今は無い尻尾をぱたぱたと振っていた。そこで悟空が、すまなさそうに口を開く。
「で、言い忘れてたんだけど……一度に入れるのは2人だけなんだ」
「ええっ!」
「な、何だと!?」
狼狽するナッツと父親。二人は同時に、トランクスの方を見る。この未来から来た家族と別々に訓練するなど、彼らにとっては、考えられない事だった。
「あ、そこはボクが調整しておいたので大丈夫ですよ。3人までは入れるようにしておきました」
「おおっ! サンキュー、デンデ!」
「じゃあ、私と父様とトランクスが一緒に入って、悟飯はカカロットと一緒ね!」
ほっと胸を撫でおろした一同は、部屋に入る順番を決定する。
「オレ達が先に入るぞ。いいな、カカロット」
「ああ。オラ達はその間地球を見ておく」
「こっちはトランクスが持ってきた資料を調べてみるわ。もしかしたらセルや人造人間の弱点が判るかもしれないし……あとナッツ、2年間会えないけど、元気にするのよ」
「えっ!?」
大人達の会話を聞いていた少女は、その事実に気付いて愕然とする。確かにそうだ。1日で1年が経過するという事は、つまり。
(ここで別々になったら、2年間も悟飯に会えないっていうの!?)
そんな事、とても考えられなかった。確かに宇宙に賞金首を殺しに行く時とか、1~2週間くらい離れている事はあったけど、地球にいる時は、遊んだり勉強したり模擬戦したりと、3日も空けず会っていたのに。
だからと言って、同じくらい大好きな父様やトランクスと離れるわけにはいかない。決心した少女は、彼の元へと歩み寄る。
「ねえ悟飯、私、いっぱい訓練して、今よりもっと強くなって帰ってくるわ」
「う、うん……」
これ以上強くなられたら、自分の立場が……と悟飯は内心思ってしまうが、すぐに弱気な考えを打ち消した。自分も後で入るのだし、そこで修行して、ナッツを守れるくらい、強くなればいいのだ。
そんな彼の表情を、少女は心強く、そしていとおしく感じた。強くなろうとする意志が、戦闘民族の少女には好ましくて。そんな彼と一緒にいられない事が、ますますつらくなって。彼から顔が見えないよう、少しだけ自分より背の低いその身体を、ぎゅっと抱き締めて、声が震えないよう気をつけて告げる。
「だから悟飯。私の事、忘れないでね」
「……っ!」
ナッツの温もりに少年はどきどきしてしまうも、彼女の身体が小さく震えている事に気付いて、その震えを止めるように、自分もその身体に両腕を回して告げる。
「大丈夫だよ、ナッツ。絶対に忘れないから。君の帰りを待ってるから」
「悟飯……」
年頃の男女ならば、口づけでもしているような距離で、まだ10歳の少年少女は、お互いを優しく見つめていた。
「……おい、外ではたった2日だと思うんだが」
「黙ってなさいピッコロ! 今良い所なんだから!」
彼らの姿を、ブルマは手にしたビデオカメラで、トランクスは板状の機器で熱心に撮影し、娘の別れの邪魔をするわけにはいかず、父親はぎりぎりと歯を食いしばっていたのだった。
最近暗めでシリアスな話が続いたのでしばらくは明るくいきます! 精神と時の部屋には次回神コロ様関係の話をやってから入る予定です!
あと毎回感想や評価やお気に入りをありがとうございます! 続きを書く励みになっております! 特に評価は作者が大変喜びますので、まだの方はもしよろしければお願いします!
・メディカルマシーン
原作だとベジータと悟空とバーダックしか利用してないのはバランスが悪いと思って描写しただけで猥雑は一切ないです!
あとこの話とは全く関係ないんですが、さばさばした感じのセリパ姐さんが男連中に混じって特に恥ずかしがらずに使って出てきた所で周囲から下卑た視線や野次を飛ばされるんですけど一喝するなりボコって黙らせたところでトーマからタオルを受け取って髪を拭くとかとても良いと思います!(術式の開示)
・西の都の住民達
繰り返しネタ大好きです! 原作でも全長50メートルくらいあるポルンガ見ても新発明かで済ませてた人達なので、多少の事は問題無いかと思いました! 実際ブリーフ博士がしょっちゅう何かしらの発明とかしてるでしょうし、もし被害とか出てもきっちり補償してるからこそあの反応なのでしょう。
・エビフライの尻尾
ナッツは食べる派、悟飯は原作読んでも描写されて無かったので食べない派という事で補完しました。二人で食事する時はナッツが悟飯の皿から回収してバリバリ食べます。
・「じゃあセルより先に地球人を全滅させて、後で生き返らせればいいじゃない!」
サイヤ人編を書いた直後くらいに考えてたプロットだと実際言っていたのですが、その後劇場版ブロリーとかで思ったよりサイヤ人が理性的だったと判明しましたし、その後の物語での彼女の気持ちの変化も慮って変更しました。けど台詞自体は他のキャラには絶対言えない感じでとても良いと思ったので残しました!
・トランクスが持ってる板状の機器
ぶっちゃけスマホなんですが、セル編が描かれた時代が1992年ですので名前出してません。(こだわり)iPhoneが日本で出たのが2008年だそうですので、十数年後の絶望の未来の時代にはギリギリあるかなあと。
・ベッドとかエアコンとかカプセルハウスとか
娘に甘いブルマのおかげで休憩中の環境は原作よりかなり快適になりますが、重力とか空気の薄さとかはそのままなので、特に修行にマイナスの影響はないです。
・精神と時の部屋
原作だと2人制限があったんですが、この話では3人入れないと主人公が涙目なのでデンデを早く地球に連れて来て改造してもらいました。ブウ編でピッコロと悟天とトランクスと魔人ブウが4人で普通に入ってたので、原作でもデンデが神様になってから7年間の間に改造したんだと思います。