ナッツ達が精神と時の部屋で訓練を開始してから、およそ1年近くが経過したある日の事。
普段着の上からエプロンを着け、カプセルハウスの中でてきぱきと家事に勤しんでいた少女が、ふと呟いた。
「トランクス、あの子、大丈夫かしら……」
掃除を終え、干し終わった洗濯物を畳みながら、少女は窓の外を心配そうに眺める。
父親と弟の訓練風景。家族にしか判らない程の、ほんのわずかな違和感だが、最近どうにもトランクスが父親を意識しすぎているというか、どこか遠慮しているような気がするのだった。
「……まぁ、あの子も年頃なんだし、きっと色々あるんだわ。後で聞いてみましょうか」
自分の方が年下である事は棚に上げつつ、洗濯物を片付けたナッツは、二人が戻って来る前にと、食事の準備に取り掛かる。
ブルマの用意した食料は、まだ数年分は残されており、量も味も申し分なく、少女は栄養バランスも考えながら、上機嫌で今日の献立を決めていく。
こうしてナッツが家事をしているのには、理由があった。
もちろん彼女も、きちんと毎日訓練に参加しているのだが。まだ幼く、体力面で父親や弟に劣る彼女にとって、重力室よりも過酷なこの環境での、長時間の訓練は難しく。無理に二人に合わせようとした結果、最初の1週間ほどで、体調を崩しかけてしまったのだ。
ナッツは隠そうとしたのだが、娘を溺愛する父親が、それに気付かないはずもなく。ブルマの言いつけもあって、彼は休憩時間を多めに取らせた上で、訓練自体も早めに切り上げさせていた。
その方が無理をするよりも効率が良いと、少女も納得はしていたのだけど。それはそれとして、二人が訓練をしているというのに、自分だけ快適な場所で休んでいるというのは、何だか申し訳なくて。
そこでナッツは、せめて二人の役に立つべく、食事の準備や掃除洗濯などを空き時間で行っていた。以前からチチに料理の手解きを受け、ブルマのお手伝いもしていた少女の家事スキルはこの1年近くでますます高まり、自覚がないまま、今やちょっとした主婦顔負けの域に達していた。
そして当然、向上したのは家事の腕前だけではなく。
「そろそろゴミも出しましょうか」
ナッツは両手にそれぞれゴミ袋を持って外へと向かう。もちろん、精神と時の部屋の中にゴミ収集車など来ない。
少女は離れた場所にゴミ袋を置いて戻ると、目を閉じて小さく息を吸った。
「はあっ!」
ナッツが目を開け叫ぶと同時、全身が眩い金色のオーラに包まれる。前へと突き出した小さな両手の間に莫大なエネルギーが収束し、撃ち放たれた巨大な赤いエネルギーの奔流が、二つの罪の無いゴミ袋を飲み込んで、真っ白な世界の彼方へと突き抜けていった。
「よし、ゴミ出しも終わったわ」
邪魔なゴミが跡形も無くなったのを確認して、少女はえへんと、薄い胸を張る。今のナッツの戦闘力は、およそ30億。元の数値が2億4000万だから、この1年近くで10倍以上伸びた計算になる。
(もう人造人間よりずっと強いし、父様やトランクスはもっと強くなったんだから、たとえセルが完全体になってたって怖くないわ)
今の時点で部屋を出ても勝てるのではと思わないでもなかったが、家族で一度話し合いを行った結果、中途半端な状態で外に出て負ける事が最悪で、今出ても外では1日しか違わないのだから、あと1年とことんまで鍛えれば、セルがいくら強くなっても関係ないだろうという、実にサイヤ人らしい結論に至ったのだ。
(それにあと1年経てば、私や父様の尻尾だって生えてくるかもしれないし……)
食事の準備をしながら、少女はそっと、腰の辺りに手を触れる。訓練して強くなった上で大猿にまでなれれば、もはや向かう所敵無しと言えるだろう。父親は6年以上生えていないのだが、彼女は諦めていなかった。
そして夕食後、トランクスの部屋にて。
「ねえトランクス、何か隠してるんじゃないの?」
「なっ!?」
いきなりの姉の言葉に、驚いてしまうトランクス。一瞬誤魔化そうとも思ったが、何かあると確信している彼女の真っ直ぐな瞳を見て観念する。
「やはり姉さんの目は誤魔化せませんか……」
「ええ。父様も何か感づいてたわよきっと。どうしても言いたくないのならいいけど、もし何か悩んでるのなら、相談してくれると嬉しいわ」
「わかりました。その、突拍子もない話なんですが」
決心して口を開く。
「オレは父さんの力を超えてしまったかもしれません……」
「ええー……?」
思わず普段出さないような声を出してしまうナッツだったが、それを聞いた弟が床に崩れ落ちたのを見て、慌てて助け起こしながら叫ぶ。
「ごめんなさい、違うのよトランクス!」
「もう駄目だあ、おしまいだあ……」
絶望している弟の肩を抱きながら、彼女は優しい声で語り掛ける。
「あのね、父様はサイヤ人の頂点なのよ。私達とは経験も、くぐり抜けて来た修羅場の数も大違いだわ。まだ子供のあなたがそんな父様を超えちゃうなんて、ちょっと信じられなかっただけなの」
なおも項垂れる弟の頭を優しく撫でながら少女は続ける。
「けどもし本当にそうなら、とても凄い事だわ。私は嬉しいし、父様だってきっと喜んでくれるはずよ」
「そうでしょうか……ちょっと自信が無くなってきました」
「うーん、じゃあ、こっそり私に見せてくれないかしら?」
そして翌日、ちょっと二人で訓練してきますと言って、ナッツ達は父親から離れた場所へやってきた。
「父さん大丈夫でしょうか。捨てられた子犬みたいな目をしてましたけど……」
「す、すぐ戻れば大丈夫よ! じゃあトランクス、あなたの力を見せて頂戴」
「はい。……はあああっ!」
気合の声と共に、彼の全身の筋肉が、一瞬で倍以上に膨れ上がる。眩い黄金のオーラに包まれ、戦闘力200億を優に超えるだろうそのパワーに少女は感嘆する。
「す、凄いわトランクス!」
「ど、どうです姉さん。オレの新しい変身は」
「最高よ! これならセルも人造人間も敵じゃないわ! さっそく父様に見せに行きましょう!」
そうして満面の笑顔で現れた娘とムキムキになった息子から話を聞いて、父親は何とも言えない微妙な顔つきになった。
「トランクス、その、確かに凄まじいパワーなんだが……その変身は止めておけ」
「ど、どうしてですか父さん!?」
「それはだな……口で言うより、実際戦った方が判りやすいか。トランクス、今からオレに一発当ててみろ」
「と、父さん!? 危険ですよ!」
「そうです父様! もし当たったらいくら父様でも……!」
顔色を変える二人の様子に、彼は苦笑する。
「当てられればな。心配するな。メディカルマシーンもあるし、今のオレなら一撃では死なん」
「け、けど……」
「当てられたら、人造人間どもを倒した後、ナッツやブルマと一緒に遊園地に連れてってやる」
「ゆ、遊園地!?」
その単語に、衝撃を受けるトランクス。人造人間が世界を破壊したのは彼がまだ赤ん坊の頃で、遊園地など彼にとっては、本や映画の中にしか存在しない、フィクションのようなものだったのだ。そんな場所に、父さんや若い母さんや小さい姉さんと行けるだなんて。
「やります!! 絶対に当ててみせます!!」
「ちょっとトランクス!?」
俄然やる気を見せて全力で父親へ殴り掛かる弟に、思わず悲鳴のような声を上げるナッツ。発達した全身の筋肉から繰り出される猛攻の数々は、おそらく彼女なら避けられず、当たれば即死すらあり得る威力を秘めているのだが。同じく超サイヤ人に変身した父親は、その全てを冷静に見切って回避していた。
それでも攻撃が当たりそうになるたびに、きゃーきゃー叫びながら観戦していた少女は、弟の膨れ上がった筋肉とその動きを見て、ふと気付く。
(あれ、これってもしかして、私が大猿に変身した時と同じ……?)
そして5分ほどが経過し、全力で攻撃を続けていたトランクスが、息を切らせて動きを止める。
「そ、そんな……オレは強くなったはずなのに、どうして……」
「わかったわ、トランクス。父様の言いたかった事が」
消耗し、滝のように汗を流す弟に、常備してあるタオルとスポーツドリンクを渡してあげながら、ナッツは説明する。
「あなたは筋肉が大きくなり過ぎた分、スピードが落ちてしまってるのよ。私も大猿になった時、似たような事になってるから判るわ。相手が格下ならともかく、同じくらいの戦闘力の相手だと、攻撃を当てるのが大変なの」
「け、けど姉さんの攻撃は、あの16号とかいう奴にも当たってましたけど、あれは……」
その言葉に、少女は小さな拳を前に向ける。
「このパンチが、あなたの身体より大きくなると考えてみて。確かにスピードは落ちるけど、サイズやリーチが全然違うの。それを利用して、相手が避けられないように工夫して訓練してるのよ」
「ナッツの言うとおりだ。加えて言うなら、体力の消耗も大きすぎる。パワーは凄まじいが、実戦で使うのは難しいだろうな」
言いながら、同じ変身をしてみせる父親を見て、トランクスはがっくりと肩を落とす。
「そんな……オレは勘違いをしていたんですね……」
「ト、トランクス、元気出して……」
気落ちする弟をどう慰めればいいのか、おろおろする姉の前で、父親は彼の手を取り、自分の胸へばしりと当てる。
「そんな顔をするな。お前は十分強い。遊園地は連れて行ってやる。赤ん坊のお前も一緒にな」
「父さん……!」
まだ変身を解いていないトランクスが、感涙しながら父親に縋りつく。腕も脚も倍以上に膨れ上がった親子二人のそんな姿は絵的に大変暑苦しく、ブルマが見たらさっさと戻りなさいと呆れた声で言いそうな具合だったのだが、戦闘民族の少女の目には、大変美しい光景に見えていて。
とても強そうでかつ仲睦まじい二人の姿をきらきらした目で見つめていた少女は、ふと気付く。確かにあの姿で攻撃を当てるのは、難しいかもしれないけれど。
「父様、トランクス、こういうのはどうかしら?」
それからさらに、時は流れて。
ナッツ達が精神と時の部屋に入ってから、外では2日が経過しようとしていた。
「そろそろ2日だけど……ナッツ、まだ出てこないのかな……」
閉じたドアを眺めながら、寂しそうに悟飯は呟いた。この2日の間に、何十万人もの地球人がセルに吸収されてしまった。ピッコロが人造人間達を見つけて倒そうとしたのが、力をつけたセルに乱入され、ついに17号が吸収されてしまったのだ。
第二形態となったセルの力は圧倒的だったが、天津飯が捨て身で足止めした結果、何とか18号達は逃げる事に成功した。気を持たない彼らがすぐにセルに見つかる事はないだろうが、それでもセルは血眼で彼らを追跡しており、予断を許さぬ状況だった。
扉の前でずっと待っていた少年が、諦めて踵を返したその時、ドアが勢いよく開き。
「悟飯ーーーーー!!!!」
「ナッツ!?」
振り向いた悟飯が、その姿を見て驚愕に目を見開くと同時、飛びついたナッツが勢いのまま彼の身体を強く抱きしめる。
「悟飯だわ! 本当に久しぶり! ……って、あれ?」
「!!!???」
頭の上に疑問符を浮かべた長い黒髪の少女が、頭一つ以上低い位置にある、少年の顔を見下ろした。訓練で破損したのか、ボロボロの戦闘服を身に纏ったナッツの姿は、最後の1年間で、見違える程に成長を遂げていた。
知らない人間が彼女の年を聞かれたら、14歳くらいと答えるだろう。元より整っていた顔つきは、目鼻立ちがはっきりした事でさらにその魅力を増しており、可愛らしさと美しさの中間のような、開花途中の蕾のような、輝かんばかりの有様で。
年齢の割に小さかった身長は20センチ以上も伸びており、鍛えられた身体は野生の猫のように引き締まっていたが、同時に柔らかさをも帯び始めており、戦闘服の破損した部分から覗くアンダースーツの胸元には、小ぶりながらもはっきりした膨らみが浮かんでいた。
「あ……あ……?」
現在進行形で、顔に当たる温かく柔らかい感触に、耳まで真っ赤になった悟飯の脳がバグり始める。
そして戸惑っているのは少女もまた同様で、文字どおり密着した至近距離から、夜のように黒い瞳で少年の姿を二度見して、同時にぺたぺたと、抱き締めた彼の身体を確認する。
「ご、悟飯? こんなに小さかったかしら?」
「君が大きくなったんだよ!?」
神様の宮殿に、ちょっと傷ついた少年の絶叫が響き渡った。
少し遅れてしまいましたがお待たせしました! この展開ずっと書きたかったので嬉しいです……! 同じ純粋サイヤ人でも悟空と比べて成長期が早いのですが、個人差とあと栄養バランスの取れた美味しい食事を3食お腹一杯食べ続けて、良い環境で育った分が出ているって事でご納得ください!
それと評価や感想、お気に入りなどありがとうございます! 続きを書く励みになっておりますので、よろしければまだの方は是非お願いします!