あるサイヤ人の少女の物語   作:黒木氏

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30.彼女達が、セルと人造人間を追う話

 ナッツ達は逃げたセルを探し回るも、既にその痕跡すら見つからず。

 

 眼下の島々を見下ろしながら、苛立ちを募らせたベジータが大声で叫ぶ。

 

 

「どこだーっ! どこにいやがる! セルーーー!!!!」

 

 

「おい2度目だぞ誰だあれ」

「で、でかい声……」

 

 真下の島の住民達が、その大音声にざわつき始める。

 

「人造人間も見つからないわ。どちらかでも見つけられたらいいのに……」

 

 数十個はある島々を、いちいち下りて探していては逃げられてしまうだろう。焦った顔の少女の呟きに、何かを思いついた弟が叫ぶ。

 

「姉さん! 島を一つ一つ破壊しましょう! 人造人間も倒せて一石二鳥です!」

「それよトランクス!」

「死ねえええ!!!」

 

 即座にベジータが撃ち下ろしたエネルギー弾が、大爆発と共に島の一つを消滅させる。無論、事前に気配を探って、そこに地球人がいない事は確認済みの島だ。

 

 ナッツもトランクスも、共にエネルギー弾を撃ち込んで、無人島を順に破壊していく。眼下の島から上がる悲鳴に、少女はちょっと悪いかなと思いつつ、楽しくなってくるのを抑えられない。

 

(こうしてると、父様や母様と一緒に星を攻めてた頃を思い出すわ……)

 

 恐怖に怯え、逃げまどっていた異星人達の事を思い浮かべ、上機嫌で破壊を続けるナッツ。

 

 なお、一連の破壊行為による人的被害はなく、物的な損害は後日カプセルコーポレーションからの寄付で補填されたものの、後で3人揃ってブルマに怒られる事になるのだが、それはまた別の話だった。

 

 

 

 その頃、島の一つに隠れていたセルは、周囲の島が次々に吹き飛ばされていくのを見て、顔を引きつらせていた。

 

「まさかあいつらが、あれほどのパワーアップを果たすとは……ど、どうする……?」

 

 セルは考える。ベジータの娘の戦闘力がおよそ300億、ベジータとトランクスは400億といったところか。自分は消耗しているが、この状況からでも、1度だけなら逃げられるだろう奥の手がまだ残っている。

 

 この場さえ乗り切れば、再び隠れながら、地球人を吸収する事ができる。自分の戦闘力は、数十万人の地球人で15億以上増加したのだから、地球の人口を考えれば、計算上は今のベジータ達を上回る事は十分に可能だ。

 

 当然、続けていれば見つかるリスクは高くなるが、上手くすれば奴らが向かって来たところを、不意打ちで吸収する事もできるかもしれない。そうすれば、自分に敵うものはいなくなる。

 

「い、いや駄目だ。このままでは、近くにいるはずの18号が破壊されてしまう。あれを吸収して、完全体になれなければ意味が無い……!」

 

 苦しげに頭を振るセル。彼にとって、ドクターゲロのコンピューターで知った完全体になる事は、生きる目的そのものだった。

 

「とにかく、近くにいるはずの18号さえ見つけられれば……っ!?」

 

 その瞬間、笑顔でナッツが撃ち下ろしたエネルギー弾が、セルのいる島を直撃した。

 

 

 

 隣の島が一瞬で消し飛んだのを見て、18号は顔を引きつらせる。セルを倒すためであろうベジータ達の攻撃は、自分達に命中すれば、どう考えても助からない威力だった。

 

「ど、どうする、16号?」

「……少し待ってくれ」

 

 問われた彼は目を閉じて、この状況で自分達が助かる確率を計算し始める。ドクターゲロ謹製、たとえブリーフ博士が見ても完全には理解できないだろうレベルの超高性能人工知能がフル稼働する事約10秒。やがて計算が終わり、彼はゆっくりと目を開いた。

 

「ど、どう?」

 

 期待に満ちた目の18号に、彼は透き通った笑みを浮かべて答える。

 

 

「オレの好きだった自然や動物達を、守ってやってくれ……」

「16号!? 現実逃避してる場合じゃないよ!?」

 

 

 彼の襟首を掴み、がっくんがっくん揺さぶって正気に戻す18号。

 

「……すまない」

「まったく、馬鹿やってる間に見つかったらどうするんだよ」

 

 息をつく16号。幸いナッツ達にも、セルにも見つかってはいなかったのだが。

 

(何やってるんだあいつら……?)

 

 15メートルほど離れた茂みから、気を消したクリリンが、彼らの様子を伺っていた。その手にはブルマから託された、人造人間の緊急停止コントローラーが握られていた。

 

 

 気を探りつつ、島の数を半分程度に減らしたところで、ふとナッツは気付く。

 

「あの、父様。これって、セルがもう死んでても判らないんじゃ……」

「奴の生命力を甘く見るな。とっさに島から逃げるくらいはできるはずだ」

「18号はもう吹き飛んだでしょうか。できれば直接仕留めたかったんですけど」

「……人造人間が死んだかどうかも、後で確認しないとね」

 

 思ったよりも面倒そうな展開に、少女は微妙な顔になってしまう。もういっそ、周囲一帯全部消し飛ばして、後でドラゴンボールで直してもらうという案も思いついたのだけど、悪人のサイヤ人である自分にも親切にしてくれる地球人を手に掛けるのは、どうにも気が進まなかった。

 

 セルか人造人間が見えないかと、残った島をじーっと見ていたナッツは、ふと一瞬、何かが光ったような気がした。よく目を凝らすと、それは毛髪の無い、知り合いの地球人の頭だった。

 

(あれはクリリンだわ。どうしてこんな所に……っ!?)

 

 彼の目線を追った先で、ナッツは探していた18号達を見つけて息を呑む。

 

「……父様、トランクス、人造人間がいました」

 

 そして18号の姿を見つけたトランクスは、血走った目で彼女を睨みつける。

 

「あいつ……っ!」

「あっ、ちょっと!?」

 

 即座に下へと向かった弟の背中を眺めながら、少女は小さく息をつく。今のトランクスの鬼気迫る表情は、もしブルマが見れば青ざめてしまうほどのものだったが、サイヤ人であるナッツからすれば、それほど気になるものでもなかった。憎い仇を殺しに行くのだから、あれくらいの顔はするだろう。むしろ元気があって良いと思う。

 

 ただ、近くに他の敵がいるかもしれないにも関わらず、怒りに任せて無警戒で向かって行ったのは、いただけないと思った。戦闘力は高くても、まだ実戦経験が足りていないのは明らかだ。

 

 私がちゃんと見ていてあげないと。そう思いながら、ナッツは苦笑する。

 

「……もう、あの子ったら」

「っ!?」

 

 そんな娘の表情を見て、父親は言葉を失ってしまう。成長し、やや大人びた彼女の顔は、戦場ではしゃぐ娘を見守っている時の、彼女の母親を思わせるものだった。

 

「父様、私も行ってきます。すぐに片付けて戻ってきますから、セルの事をお願いします」

「……あ、ああ。わかった。そっちに出るかもしれないから、気を付けろよ」

「はい、父様」

 

 少しずつ大人に近づいていく娘の後ろ姿を、半ば呆然と見送った父親は、己の中のもやもやした感情の行き場が判らず、とりあえずセルを殺そうと改めて決意するのだった。

 

 

 

 時間は少し遡る。

 

 クリリンは茂みに隠れながら、緊急停止コントローラーの射程距離である、10メートル以内に近付いていた。

 

 18号はこちらに気付いておらず、16号の方も、損傷が大きいのか、地面に座り込んだまま動けない様子だ。今18号を止めてしまえば、すぐさま破壊できるだろう。

 

 だが頬に当たる、彼女の唇の感触を思い出し、コントローラーを握る手が震えていた。一度会ったきり、時間にすれば20分にも満たないだろう、ほんのわずかな間の交流だったが、それでも彼は、人造人間である18号の事を好ましく思っている事に気付く。ナメック星でナッツと再会した時の悟飯も、こんな気持ちだったのだろうか。 

 

 ただ、自分の気持ちを抜きにしても、負けた相手に止めを刺さず、強くなってまた挑んで来いとまで言った彼らの事が、フリーザや、かつてのベジータ達のような悪人とは、どうしても思えないのだった。

 

 だがクリリンが悩んでいる間に、事態は動き出す。18号達の前に、上空から臨戦態勢のトランクスが降り立ったのだ。

 

「また会ったな、人造人間……!」

 

 ただならぬ彼の様子に、思わず後ずさる18号。

 

「お前は……!?」

「今度こそ殺してやるぞ……!」

 

 向けられるあまりの憎悪と殺意に、18号は恐怖を感じると同時に困惑してしまう。確かに敵対はしたが、ここまで恨まれる理由に、全く心当たりが無かったのだ。

 

「ま、待った。確かに前に痛めつけたのは悪かったかもしれないけど、あれはそもそも、そっちから挑んできた戦いで……」

「違う! そうじゃない……っ!」

「トランクス!」

 

 その様子を見かねたクリリンが飛び出し叫ぶ。彼が隠れている事も上から見て知っていたトランクスは、その手の中のコントローラーを見て目を細める。

 

「それが母さんの作った、緊急停止スイッチですね……」

 

 姉さんが死んでしまった時の、母さんの顔が思い浮かぶ。未来の母さんなら、ドクターゲロの資料が無くても、きっといつか、同じような物を完成させて、人造人間共に復讐を遂げていただろう。18号を破壊するのに、今ならこんな物は必要ないのだけど。

 

「クリリンさん、母さんの作ったそいつで、あいつを止めて下さい。仕留めるのはオレがやりますから」

「や、やめろ……!」

 

 笑顔のトランクスと、怯えた顔の18号。決断を迫られたクリリンの身体ががくがくと震える。

 

「うわあああああっ!」

 

 叫びながら、彼はコントローラーを地面に叩き付け、踏み砕いた。全く予想外の事態に、驚愕するトランクスと18号。

 

「クリリンさん!? いったい何を……?」

 

 問われた彼は、地面に付きそうな程に頭を下げて、必死の声で説得を試みる。

 

「た、頼む! 助けてやってくれ! こいつらは悪い奴じゃないんだ! もし悪い事をしようとしたら、オレが説得する! セルさえ倒せば、放っておいたって危険はないんだろう!?」

「あ、あんた……」

 

 呆然とする18号。そしてトランクスは、ぎりぎりと、血が出る程に唇を噛み締める。

 

 そんな事は、言われるまでもなく判っているのだ。未来で姉さんや悟飯さんを殺した人造人間、人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、罪も無い人々を面白半分に殺し回っていたあいつらと、自分達を倒しながらも殺さず、今も戸惑いの表情を浮かべている目の前の18号は、姿は同じでも、全く別の存在であることに。自分やセルが過去に来た事で、何かが変わってしまったのだろうか。

 

 だが理屈ではないのだ。この時代の姉さんと悟飯さんは幸せそうだった。母さんも父さんも、そして赤ん坊の自分も、これから幸せに生きていくのだろう。けど悟飯さんを殺されて、絶望して死んでいった姉さんや、優しい父さんに会えなかった自分の事を考えると、理不尽とは思っても、湧き上がる怒りが抑えられない。セルの事を考えるなら、すぐさま殺しておくのが正しいのだからなおさらだ。

 

 その時、苦悩するトランクスの前に降りて来た姉が、えへんと小さな胸を張りながら、お姉さんぶって言った。

 

「トランクス、慌てちゃ危ないわよ。セルだって近くにいるかもしれないんだから」

 

 そこでナッツは、人造人間を前に、弟と知り合いが何やら気まずい雰囲気になっているのを感じ取り、経験した事のない事態に、おろおろと戸惑ってしまう。

 

「ト、トランクス、喧嘩しないで……」

「姉さん……」

 

 クリリンは現れた少女に、一縷の望みをかけて頼み込む。

 

「ナッツ、頼む。あいつらを殺さないよう説得してくれ。今のお前達なら、わざわざ殺すほどの敵じゃないだろう?」

 

 言われたナッツは、18号達を見て考える。父様やトランクスを酷い目に遭わせた事は許せないけど、それはもう2年も前の事で、2人とも怪我は残ってないし、自分達も圧倒的に強くなった今、確かにわざわざ、手を下す必要までは感じなかった。

 

 トランクスは優しい子だから、自分が言えば、止めてくれるだろうけど。悩む弟の表情を見て、3年前に泣いていた彼の姿を思い出して、ナッツは首を振って答える。

 

「……駄目よクリリン。私には止められないわ」

「そんな……!」

「トランクスが、自分で決めるべき事よ」

「オ、オレは……」

 

 

 次の瞬間、全員にとって予想外の事が起こった。

 

 海面がぼこぼこと泡立ったかと思うと、海中からずぶ濡れのセルが島に這い上がってきたのだ。

 

 苦しげに咳き込んで、海水を吐き出しながらセルは呟く。

 

「おのれ……危うく死ぬところだった……っ!?」

 

 顔を上げた彼と、驚愕する18号の目が合った。

 

「見つけたぞ18号!!」

「あ、あ……!?」

 

 歓喜の叫びを上げて走り出すセルの姿に、トランクス達は衝撃を受ける。

 

「セル!?」

「父様! セルがいました!」

 

 警告の声と共に、すぐさま身構えるナッツ。話がややこしくなっているが、とりあえずこいつを殺すのが最優先だ。

 

「今度は逃がさないわ!」

 

 弱っているのか、セルの動きは先程よりも鈍い。それに後ろには人造人間がいるから、さっきの技を食らう心配もない。一息に殺すべく、距離を詰めた少女を前に、セルはにやりと笑い、両手を顔の前にかざして叫ぶ。

 

 

「太陽拳!!」 

 

 

 爆発的な光量に目を灼かれ、少女は目を押さえて絶叫する。

 

「きゃあああああっ!?」

「くっ!?」

 

 その場の全員が、同じように視力を奪われる中、トランクスはそれでも、18号のいる方向へと手をかざし、エネルギー波を放とうとする。細かい狙いが付けられなくとも、とにかく大威力で消し飛ばせば殺せるはずだ。

 

「させるかっ!」

「ぐうっ!?」

 

 だがその攻撃を放つ前に、セルに突き飛ばされてしまうトランクス。狙いの逸れたエネルギー波が、空しく上空へと消えていく。

 

 そしてようやく視力が戻ったナッツ達が見たものは、大きく開いた尾の先端で、抵抗する18号を飲み込むセルの姿だった。

 

「こ、このっ!」

 

 今のうちに殺すべく、ナッツはすかさず殴り掛かるが。

 

「はああああっ!」

「なっ!?」

 

 瞬時にセルが展開した、全身を覆う強固なバリアーに拳を弾かれてしまう。今までのセルの戦闘力からは考えられない程の強固なものだった。

 

 そして光に包まれたセルが見る間にその姿を変えていく。大柄だった全身がやや縮んだその形態は、外見だけなら以前より弱そうに見えなくもなかったが。

 

「し、しまった……!」

 

 呻くトランクス。感じられる気の大きさは、それまでとはまるで段違いだった。

 

「ち、ちくしょう! よくも18号を!」

 

 怒りのままに飛び掛かるクリリンだったが、セルは攻撃をあっさり回避し、逆に彼の後頭部へ痛烈な蹴りを叩き込む。一撃で吹き飛ばされ、意識を失って倒れ伏すクリリン。

 

「う、嘘でしょ……?」

 

 一連の動きを見ていた少女は戦慄する。今の一瞬で、完全体のセルが自分ではまるで勝てない相手であることを、彼女は察してしまっていた。

 

 

「さて、誰が次のウォーミングアップの相手になってくれるのかな?」

 

 

 余裕たっぷりに言い放つ完全体のセルを前に、ナッツもトランクスも、壊れかけの16号も動けなかったのだが。

 

「調子に乗るなよ、セル」

「ほう、ベジータか」

 

 駆けつけたベジータがセルの前に立ち、堂々と向かい合っていた。震えながらナッツは叫ぶ。

 

「と、父様! 危険です!」

「心配するな。さっきから退屈していたところだ。それにオレ一人で挑むわけじゃない」

 

 そして父親は、不敵な笑みを浮かべて言った。

 

「やるぞトランクス。こいつを倒したら、約束どおり遊園地に連れて行ってやる」

「は、はい! 父さん!」

 

 その言葉に意を決して、父親の隣に並び、セルと対峙するトランクス。

 

(父様……! トランクス……!)

 

 そんな2人の姿が、少女にはとても頼もしく思えたのだった。




明けましておめでとうございます! 昨年はたくさんの評価とお気に入りと感想と、誤字報告もありがとうございます! 特に評価や感想は書く側にとってはとても嬉しくて、続きを書く励みになりますので、どうかよろしければお願いします!


・16号の人工知能
8号の時点で命令に逆らってますし、19号もベジータにビビッて逃げるというほぼ人間レベルの行動をやってましたので、普通に現実逃避くらいはできるだろうと思いました。

・太陽拳
便利過ぎてセルに2回も使われた技。予備動作もありますし、そういう技があると判ってれば二度は通じないんでしょうけど……気功砲といい、天津飯技性能高いですね!
(魔人ブウにも通用した排球拳を眺めながら)

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