ナッツ達がセルと戦った、その翌日の昼下がり。カプセルコーポレーションの中庭にて。
「ブルマに言われて着てみたけど、こういうのやっぱり慣れないわ……」
見た目は14歳程度の、可愛らしい服を着た少女が、少し歩きにくそうな様子で、重力室の方に向かっていた。16号の研究で、徹夜明けのハイテンションなブルマに連れられて、朝から新しい服を買いに行っていたのだ。
ナッツは数時間前、行きつけの高級服飾店で、ブルマと交わしたやり取りを思い出す。
「ブルマ、私スカートはあんまり好きじゃないの」
「けど凄い可愛いわよ! 悟飯君も、きっとこういうの好きだと思うんだけどなー」
「……じゃあ着てみる」
そんな風に、店員さん達をほっこりさせたやり取りの結果、ナッツの服はとても可愛らしく上品なコーデに仕上がっていた。
やや癖はあるものの、艶やかな長い黒髪と、夜のように黒い瞳。それに発達途中な少女自身の、将来の美貌の片鱗を覗かせるような容貌と、王族の血か、どこか浮世離れした雰囲気も相まって、今のナッツは一般人から見れば完全に、良家のお嬢様そのものに見えていた。
もっとも、彼女の悪の気を感じ取れるようなレベルの人間ならば、連想するのは優美さと同時に血の臭いを漂わせた、剣呑な猫科の肉食獣だろうけど。
「悟飯が出てくるのは明日だし、今日はこのまま、父様達と合流して訓練しないと」
ナッツの服を買いに行くと聞いて、当然彼女の父親と未来から来た方の弟も、とても一緒に行きたそうにしていたのだが。つい昨日の夜、テレビ局に乗り込んだセルが、10日後に武道大会、セルゲームを開催すると宣言したのだ。
負けたばかりの手前、血の涙を流しながら訓練を優先した2人は、今も重力室の中で謂れなきセルへの殺意を滾らせているのだが、それはまた別の話だ。
「選手全員が負ければ、地球の人間全てを殺すとか言ってたけど……素人ね。そんな事わざわざ知らせたら、逃げ隠れされて大変でしょうに」
憎まれ口を叩きながらも、ナッツの表情は暗い。ブルマと一緒に歩いた西の都は、どこに行ってもセルの話題で持ち切りだった。幸いお店はまだ開いていたけど、やはり皆怖がっている様子だった。見つかりにくいだろう田舎に、避難を始めている人もいるらしい。
けど怯えた顔を見るのが楽しみと言ってたから、星を攻める時の私と同じで、きっと誰一人逃がす気は無いのだろう。
自分達が助かるだけなら、やりたくはないが、宇宙船で他の星に逃げるという手はあるのだ。逃げる時に気配を消せば気付かれないだろうし、宇宙は広い。他の銀河の辺境の星まで逃げてしまえば、とても探せはしないだろう。
ただ、地球が無くなるのは嫌だった。かつて無数の星を滅ぼした悪名高いサイヤ人は、宇宙の大抵の星では、町を歩いているだけで攻撃されたり、軍隊を呼ばれる事も珍しくないのだ。
そうした奴らに反撃して、星ごと滅ぼすのはとても楽しいけれど、尻尾を見せて歩いていても誰も気にせず、どこへ行っても親切にしてくれる地球での暮らしは、とても心地良くて、安心できるものだったのだ。
そんな事を考えていると、少女は心細くなってしまう。昨日のセルは、あれでもまだ本気を出していなかった。精神と時の部屋では、悟飯とカカロットと、あとピッコロが訓練中だけれども。父様達と3人掛かりでも負けてしまったセルに、本当に勝てるだろうか。
「私か父様が、大猿になれれば良いんだけど……」
尻尾の生え跡に手をやって、ナッツは小さくため息をつく。この2年間生えなかった尻尾が、あと9日で生えるなんて、期待しない方がいいだろう。何とかして、セルに勝つ方法を考えないと。
「? あれは……」
話し声を耳にして、少女がそちらに目をやると、重力室に行く途中にある研究室の前で、目の下に隈を作ったブリーフ博士と16号が話していた。
「外装や関節は何とか直せたけど、動力部分の修理は無理だね。君を作った人は天才だ。何年か研究させてもらえば、どうにか理解できるかもしれないが、それでは間に合わないんだろう?」
「感謝する。セルと戦うくらいしか、礼はできないが……」
「それで十分だよ。良い物を見せてもらったしね。ベジータ君やナッツちゃんや、トランクス君達を手伝ってあげてくれ」
そしてブリーフ博士は、眠たげに目をこすりながら研究室へと戻っていく。何となく物陰に隠れながら、彼らの会話を聞いていたナッツは、どこかへ飛び去ろうとしている16号に声を掛ける。
「もう修理が終わったのね。どこへ行くつもりなの?」
ナッツの声を聞いて、16号はびくりと身を震わせる。脳裏に浮かぶのは、邪悪に笑う大猿の姿。彼にとってこの少女は、自分達を殺そうとした冷酷かつ油断ならない相手で、これから行こうとしている場所の事を考えると、絶対に会いたくない相手だった。
「……セルとの戦いまで、地球の自然や動物達を見て回るつもりだ」
(うーん……?)
どこかぎこちない彼の言葉から、ナッツは嘘の臭いを感じ取る。少女が察したというより、16号自身、あまり嘘や誤魔化しには慣れていないという感じだった。
(何を隠しているのかしら……? 私達に敵対するつもりはないみたいだけど)
敵意や悪意の類は感じないけれど、何となく、自分に当てはめて考えてみる。強敵との戦いを9日後に控えて、怪我を直してもらった後にどうするか。そこまで考えて、少女は直感する。
「わかったわ! 家に帰るんでしょう! あなたを作った、ドクターゲロのいる所に!」
「!? ち、違う!」
16号は慌てて否定するが、その態度自体が既に自白も同然だった。
「ねえ、私も連れて行って。セルの情報が知りたいの! ドクターゲロが作ったのなら、弱点とかも知ってるんじゃないの?」
「……オレが聞いてきて、それから伝えるのでは駄目か?」
「駄目よ。あなたが戻って来る保証が無いわ」
「そんな事は……」
「あなたを作った人に行くなと言われたら、そっちを選ぶんじゃないの?」
言われた16号は、言葉に詰まってしまう。確かにそのとおりだ。この残酷なサイヤ人が、どうしてそんなに人の情に詳しいのかは不明だが。
「いいじゃない。セルを倒したいのは私達も同じよ。負けたら地球が大変な事になるんだから、何とかしたいのよ」
少女は必死に訴えているが、とても信じられなかった。とはいえ、今の自分が彼女を振り切って逃げだす事は難しいだろう。16号は人工知能をフル稼働させ、博士の元へナッツを連れて行った時の事をシミュレートしてみる。
燃え盛る研究所をバックに、邪悪な笑みを浮かべたナッツが、ぐったりとしたドクターゲロの首根っこを掴み、高々と掲げていた。その足元には破壊された19号の首が転がっており、16号も抵抗空しく停止寸前の有様だ。
「ふふふ、まんまと騙されたわね。あんな危険な人造人間を作った奴を、生かしておくわけないじゃない」
「博士ーーーっ!!!」
最悪の結果を予想してしまい、きょとんとした顔のナッツの前で、16号はぶんぶんと頭を振った。
(絶対にこいつを行かせてはいけない! かくなる上は、ここで自爆してでも……!)
16号が決意を固め、少女に組み付き、諸共に自爆するその3秒前、唐突に、甘えるような猫の鳴き声がした。
彼らが目をやると、ナッツの足元に、茶色の猫が身を擦りよせていた。少女はぱあっと嬉しそうな顔で、足元の猫を抱き上げて呼びかける。
「久しぶり! 私の事がわかるのね!」
カプセルコーポレーションで放し飼いにされていて、ナッツがたまに餌をあげている猫だった。同じく2年ぶりに会った店員さんからは、ナッツちゃんのお姉さんですかと言われて、ちょっと寂しかったけど。動物だから、匂いで見分けてくれたのだろう。
少女の腕の中で、丸まった猫が呼吸するたびに、毛皮の膨らみがわずかに上下する。温かなその感触を楽しみながら、優しい手つきで猫を撫でるナッツを見て、16号は衝撃を受けていた。動物を慈しむ目の前の少女が、自分達を殺そうとしていた、凶悪な化け物と同一人物だとは、とても信じられなかったのだ。
「……お前は、この星の自然や動物達のことを、どう思う?」
試すように、16号は問いかける。ナッツは穏やかな顔で猫を撫でながら、少し考えて答えた。
「そうね、地球は環境が良くて過ごしやすくて、食べ物もおいしい良い星だと思うわ。動物は、この子みたいに懐いてくるなら可愛がってあげるし、襲ってくるのは返り討ちにして食べてるわ。どちらでもないのは……その時の気分や状況によるわね。おいしそうなら食べるかも」
「そ、そうか……」
食べるという選択肢が多いと感じてしまうのは、自分が飲食不要の人造人間だからだろうか。とはいえ、16号は今までのやり取りから、少女の人となりを分析する。
その有り様は、おそらくとても単純で。敵と見なした相手には冷酷に、身内や慕ってくるものには優しく接するのだろう。多少振れ幅が大きく見えるが、地球を良い星で、懐いた動物は可愛がると言っているのだから、おそらくセルよりはましなはずだ。
ならばこのサイヤ人の少女に、こちらから敵対するのは得策ではない。彼女の事を信じて、できる限り誠実に接するべきだろう。16号はナッツの目を真っ直ぐに見つめて言った。
「わかった。ただ一つだけ、約束して欲しい」
「? 何を?」
「博士に危害を加えないで欲しい。オレを作ってくれた、大切な人だ」
その言葉に、わずかに感じ入った様子のナッツが頷く。
「わかったわ。そっちから攻撃してこない限り、私も手を出さない」
「よし、では案内する」
「うん。じゃあ、また後でね」
言って少女が下ろした猫が、不服そうな声を上げて、前足で彼女の靴をぺしぺしと叩く。その様子を見て、ナッツははっとした顔で叫ぶ。
「ちょっと待って! この子に餌をあげてからね!」
わたわたと猫を抱えて駆けていく少女の後を、16号は苦笑しながら着いていった。後で自分もあの猫を、触らせてもらおうと思いながら。
それからおよそ30分後、西の都の郊外の古い研究所にて。遅い昼食として1個80ゼニーのカップ麺を啜っていたドクターゲロは、外の扉が開く気配を感じた。
元は政府の施設だったこの建物は、経費削減で払い下げられていたのを、いざという時の隠れ家として、彼が安く購入したものだ。無論名義は別人で、登記簿などから足がつく恐れはない。
入口の扉はパスワード式で、番号を知っている人間以外は入れない。だから買い出しに行った19号が戻ってきたのだろうと、彼は気にせず、仏頂面で食事を続けていたのだが、現れた16号の姿を見て、ドクターゲロは顔を綻ばせる。
「16号、無事だったか……ん? 誰だその子は? 迷子か?」
「久しぶりね、ドクターゲロ」
えへんと腕組みして、まるで旧知のように堂々と言い放つ少女が誰かを思い出せず、彼は言葉を詰まらせる。言われてみれば、確かにどこかで会ったような気がするのだが。
(私が物忘れだと? バカな……? ま、まさか、ボケてしまったというのか……!?)
かつてない危機感に、内心焦る老科学者。ちなみにナッツは感知されないよう戦闘力を消しており、パワーレーダーにも反応はない。数日前に会った時とは別人のように成長した外見と、まるで地球人のような服装とも相まって、結果的に完璧な偽装になってしまっていた。
返事もせず冷や汗を流す彼の姿に、ナッツがやっぱり自己紹介しないと駄目かしらと思っていた、その時だった。
「博士。ただいま戻りました」
買い出しから戻ってきた19号が、少女の姿を見た瞬間、両手に持ったスーパーの袋を取り落とす。
かつてナッツと悟飯の関係に衝撃を受けた彼は、一目で彼女の正体を見抜いただけでなく、成長したその姿から、パートナーである少年の成長と、それによって甘酸っぱく変化していく二人の関係性を一瞬で演算する。そして彼らが大人となり、最後は幸せなキスをして終了するまでのイベント全てが、まるで稲妻のように人工知能に焼き付けられるのを感じた。彼は宇宙を見た。
突然頭部を爆発させて倒れた19号を、ドクターゲロが助け起こしながら叫ぶ。
「19号ーーーー!? くそっ、貴様ベジータの娘か! よくも19号を!」
「知らないわよ!? 何もしてないのに壊れたんじゃないの!」
そしてひとしきりぎゃーぎゃー騒ぎつつも、19号の応急処置が終わった所で、気を取り直したナッツが言った。
「……とにかく! 聞きたい事があって来たのよ」
「孫悟空の仲間に話す事などないわ。帰れ帰れ」
「ちょっと! あなたのロボットを修理してあげたのに、その言い方は何よ!」
「な、何だと!?」
ドクターゲロは驚愕の表情で16号に近付き、その全身をまじまじと観察する。材質もほぼ同じで、ぱっと見ただけでは全く判らないレベルだったが、言われてみれば確かに、損傷を修理された跡が伺えた。
「16号……修理されたというのか、私以外の奴に……」
わなわなと震えながら面倒くさい事を呟くドクターゲロに、少女が事情を説明する。
「壊れかけてた16号に頼まれて、ブルマのお父様が直したのよ。けど理解できないくらい凄い構造で、完全に直すのは無理って言ってたわ」
彼女の言葉に、ぴくりと反応するドクターゲロ。
「……ブリーフ博士が、そんな事を?」
「? ええ。作った人は天才だって言ってたわ」
こくこくと頷く16号を見ながら、彼はしばし逡巡し、やがて口を開いた。
「……まあ、16号が世話になったのなら、話くらいは聞いてやる。そこに座るがいい」
そう言って、彼はテーブルを片付け始める。その表情は相変わらずの仏頂面だったが、付き合いの長い19号は、あ、これは凄く喜んでるなと、内心察していたのだった。
というわけで、次かその次までは結構前から書きたかったドクターゲロの話なのです。
少し遅れるかもしれませんが、気長にお待ちくださいませ。
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