あるサイヤ人の少女の物語   作:黒木氏

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34.彼女がドクターゲロを訪ねる話(後編)

 西の都の郊外に準備された、ドクターゲロの新研究所にて。

 

 未来から来たセルという未知の事象に大興奮していた老科学者は、ひとしきり騒いでようやく落ち着き、落とした帽子を被り直しながら言った。

 

「では、知っている事を全て話してもらおうか」

「うーん……」 

 

(未来の事、話しちゃっていいのかしら……けどあんまり大した事でもないし、話さないとセルの事とか教えてくれそうにないわね)

 

 そんな事を考えていたナッツは、19号が彼女の前にオレンジジュースのグラスを置いたのを見て、ぱあっと顔を明るくする。19号が近くの自販機まで走って買ってきたのだ。

 

「ありがとう! じゃあ最初から説明するわね」

 

 ドクターゲロの前には16号によってお茶の入った湯飲みが置かれ、お茶菓子も受け取ってご満悦のナッツが話を始める。

 

「3年前の事なんだけど、未来からトランクス、私の弟がやってきて」

「ふむふむ」

「カカロットが心臓病で死んじゃうって言われたの」

 

 思わず飲んでいたお茶を噴き出すドクターゲロ。

 

「待て!? それはいかん!? 勝手に死ぬなど許さんぞ!」

 

 血相を変えた老科学者は立ち上がり、本棚へと走って医学書や心臓病の資料を漁りだすが。

 

「え、えっとね、今の医学では治せないんだけど」

 

 少女の言葉を聞いて、ドクターゲロはばたりとその場に倒れ伏す。

 

「博士ー!?」

 

 16号が助け起こすが、すっかり衰弱した様子の彼は、息も絶え絶えに言葉を絞り出す。

 

「じゅ、16号よ、私の骨は妻と同じ墓に……」

「勝手に死なないでよ!? 未来で作られた薬をもらったから、もう大丈夫よ!」

「……それを先に言わんか」

 

 見る間に復活し、そそくさと席に戻るドクターゲロを見て、16号達とナッツはほっと胸を撫でおろす。

 

「で、そのトランクスとやらは、他に何を言っていた」

「未来は人造人間のせいで地獄みたいになってるって」

 

 再びお茶を噴き出すドクターゲロ。

 

「待て!? その未来で私は何をしている!?」

「その、言いにくいんだけど……自分で作った人造人間に殺されちゃったみたい」

「緊急停止コントローラーもあっただろうに。孫悟空が死んで、ヤケにでもなったのか私は……」

 

 思い当たる事があったのか、がっくりと落ち込むドクターゲロを16号と19号が慰め、少女が話を続ける。

 

「未来でセルが目覚めたんだけど、その時には17号と18号はもう倒されてたらしいの」

「なるほど、それで完全体になるために過去に来たというわけか」

「そうなのよ。何か弱点とか無いの?」

 

 それを聞いたドクターゲロは、テレビを見ながら呟いた。

 

「あのセルを放っておけば、このまま孫悟空を倒してくれるのでは……?」

「あっ」

 

 そういえばこの人敵だったわと、思わず絶句するナッツ。

 

 完全体となったセルには、父様やトランクスでも敵わなかったし、今訓練しているカカロットと悟飯でも勝てるとは限らない。

 

 もし弱点があるのなら、脅してでも聞き出さねばならない状況だったし、戦闘力が300億を超えた今の自分なら、この場の全員を叩きのめすのに5秒も要らないのだけど。

 

 美味しいおやつをご馳走になってしまった手前、その相手に危害を加えるのは失礼だったし、やりたくもなかった。

 

(ど、どうしたらいいの……?)

 

 おろおろ困っている少女を見ながら、ドクターゲロはセルについて考える。

 

 機械による制御のない、完全に生物ベースの人造人間の製造にあたって、仮に暴走しても大丈夫なよう、最初の形態はあえて弱く設計した。

 

 同時に完全体に対する強い執着心を植え付け、それをエサにしっかり教育して忠誠心を学ばせた後、17号達に組み込んだのと同じ生体パーツを与えて完全体にする予定だったのだが。

 

 テレビの中では、セルがこの数日の間に、世界各地の街を襲った時の映像が映し出されていた。

 

 あのセルは明らかに暴走している。既に数十万人を殺しており、放っておけば何をするか、自分にも予測がつかなかった。

 

 今更自分が何を言っても、自力で完全体となったセルは耳を貸さないだろう。そんなセルが勝手に孫悟空を倒したとして、果たして自分の復讐が成ったと言えるのか。

 

 そうして目の前で頭を抱えて唸っている少女を見て、ドクターゲロは、大きなため息をついて言った。

 

「……完全体のセルに弱点などない」

 

 彼の言葉に、え、やっぱり無いの? という顔をしつつも身を乗り出すナッツ。

 

「本当に? 緊急停止コントローラーとかあるんじゃないの?」

「機械が入っておらんわ。いや、待てよ? 弱点か……」

「ほら、あるんじゃない!」

「勘違いするな。完全体のセルには、という話だ。完全体でなければ、今のお前でもどうにでもなろう」

 

 それを聞いて、少女はきょとんとした顔で質問する。

 

「……どういう事? セルを元の姿に戻せるって言うの?」

「うむ。セルに吸収された17号と18号は、死んでいるわけではない。細かい理屈は省くが、完全体の状態を保つために、生きている必要があるのだ。奴らを分離できれば、理論上は元に戻るだろうな」

 

 彼らは今も、セルの内部に収納されているのだ。カプセルの理論を応用して、質量や体積を誤魔化した上で。

 

「どうすればいいの?」

「……知らん。腹でも掻っ捌けば取り出せるとは思うが」

「それじゃあ倒すのと同じじゃないの、もう。結局正面から挑むしかないってわけね」

 

 がっくりと肩を落とすナッツ。元々、そこまで期待していたわけではないけれど。

 

「あとは、既存の人造人間を強化すればあるいは……? だが命令を聞かんのではな……」

 

 ドクターゲロは考える。封印してある13号を作ったのは10年前であり、その頃と比べれば永久エネルギー炉の改良も格段に進んでいる。

 

 ゆえに戦闘力150億を超える合体13号を最新技術で制御を全く考えず強化すれば、完全体のセルだろうと上回るパワーを持たせることは可能なのだが、セルよりも危険な存在が解き放たれるだけなので意味が無い。

 

「博士。それならオレを強化してください」

 

 進み出た16号の言葉に、老科学者は躊躇うようなそぶりを見せる。  

 

「……お前の人工知能は確かに安定してはいるが、それでも完全体のセルとは元のパワーが違いすぎる。多少強化したところで届かんぞ」

「それでも構いません。セルを放っておけば、地球の自然も動物達も、あなたも決して無事ではすまない。お願いします。オレもセルと戦いたい」

 

 息子を模した人造人間にそう頼まれて、ドクターゲロは絞り出すような声で言った。

 

「……わかった。だが絶対に死ぬのではないぞ。必ず戻ってこい」

「……」

 

 作り主の言葉に、16号は口を噤んでしまう。自分とセルとの間の実力差は承知している。それでもいざとなれば、捨て身の攻撃で一瞬の隙を作って見せるという覚悟だったのだが。

 

「大丈夫よ。セルとは私も一緒に戦うんだから。そう簡単に死なせはしないわ」

 

 ここに悟飯がいれば 間違いなく見惚れてしまうだろう、とびっきりの笑顔を見せるナッツ。敵わぬまでも戦うという16号の決意は、戦闘民族の少女にとって、とても好ましいものだったのだ。

 

「……よろしく頼む」

 

 複雑な表情で応えたドクターゲロは、ナッツの笑顔に人工知能を直撃され、頭から煙を吹きながら熱心にスケッチしていた19号にジト目を向ける。

 

「そういえば、お前も人工知能は安定していたな?」

 

 視線を向けられた19号は、スケッチブックを小脇に挟み、角度90度のお辞儀を決めつつ言った。

 

「20号、どうか私をヤムチャと戦わせてください」

「だから一番弱い奴と戦ってどうする!? お前は助手をしておれ!」

 

 

 

 そして数分後、16号の大柄な身体を手術台に横たえ、強化改造の準備を済ませた老科学者は、ナッツに言った。

 

「ここからは企業秘密だ。さっさと帰れ」

「うん。またね」

 

 そう言って笑顔で手を振って帰っていく少女を見てふんと鼻をならし、16号の強化に取り掛かったドクターゲロだったが。

 

 

「うおおおおおおおおっ!?」

 

 

 老科学者の絶叫に、帰ろうとしていたナッツが慌てて戻って来る。

 

「ど、どうしたの!?」

「な、ない……!」

 

 手術台に寝かせた16号の開いた腹部を指さしながら、彼はわなわなと震えて言った。

 

「16号の自爆装置が無くなっておるぞ!? 至近距離なら完全体のセルにも通じるかもしれん爆弾が!」

「あるじゃないセルに通じるやつ!?」

 

 ドクターゲロに突っ込みを入れながら、ナッツはふと思い出す。 

 

(16号と戦った時、大猿になって踏みつけた覚えがあるんだけど……あの時踏み潰してたら、そんなとんでもない威力の爆発を間近で食らってたっていうの!?)

 

「そんな危ないのどこへやったのよ!」

「知らん! 私以外が取り外せば即座に爆発するよう設定してあった! それを破れる科学者など……」

 

 そこまで彼が口にしたところで、2人は同時に、ある科学者の存在を思い出す。震える声で、少女は呟いた。

 

「も、もしかしてブルマのお父様が、修理する時見つけて外したんじゃ……」

「返してもらってこい!? 下手に触ると西の都が消し飛ぶぞ!?」

「何でそんなの積んでたのよ!?」

 

 慌てた2人がこっそりカプセルコーポレーションに忍び込み、ブリーフ博士を説得して自爆装置を回収するのだったが、それはまた別の話だった。




筆が乗ったので投稿します。
次の話は気長にお待ち下さいませ!


・医学書を漁りだすドクターゲロ
劇場版でドクターヘドが博士号と医師の資格を両方持ってる事が判明したので入れた描写です。人間ベースで17号と18号を改造したり自分まで改造してるあたり、間違いなく医学知識は持ってますよね。

あと悟空が心臓病で死んだと知った未来のドクターゲロがどう反応したかと思うとちょっと胸が痛みます……。治せるなら治すの手伝うくらいはしたんじゃないかなって。自分の手で殺すために。


・機械による制御のない、完全に生物ベースの人造人間
原作でそう呼ばれてなかっただけで、たぶんゲロ視点だとセルも人造人間だと思います。


・腹でも掻っ捌けば取り出せるとは思うが
原作ブルマ、17号達のデータ見てセルと細胞レベルで融合するのも可能って推測してましたけど、悟飯に腹パンされて分離してたのでそこまで一体化という感じではないんでしょう。イメージとしては魔人ブウに吸収された人たちみたいになってるんじゃないかと思います。引き千切ればオッケーみたいな。


・13号を作ったのは10年前
前にも書きましたが、エイジ750年のマッスルタワーに人造人間8号がいて、エイジ767のこの時点で20号まで完成しているのでおおよそ1年半で1体という計算です。


・制御さえ全く考えなければ、完全体のセルだろうと上回るパワーを持たせることは可能なのだが
ただ強いだけの人造人間なら旧式の13号達の時点で完成されていたという。こうした基礎研究もあったからこそヘドの作品が無茶苦茶な強さになったんだと思います。


・「な、ない……!」
イメージは原作1巻の悟空とブルマのあれでお願いします!


・16号の自爆装置
原作では特に触れられてないのでブリーフ博士が上手く処理できたんでしょうけど、それを知らないドクターゲロが安心できるはずもなく。あと威力はどうせ不発だったのでいくら盛っても良い。16号がやたら自信満々でしたし……。

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