人の形を失う病   作:塩崎廻音

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第三話 拒絶

 ある日曜日の日。

『前島さんとお友達になれたの!』

 そう主張する花蓮におめでとうと返したところ、家からたたき出された。どうやら、約束のケーキを買って来いという事らしい。さらに、ついでだから図書館で借りた本を代わりに返してきてほしいとも頼まれた。全く、兄遣いの荒いやつだ。

 とはいえ、特にやるべきこともやりたいこともない日曜日。念願叶って妹に新しい友達が出来たというのなら、そのお祝いをするくらいはいいだろう。そう思って、僕は素直に街に繰り出していた。決して、玄関から覗く花蓮の眼光の圧力に屈したわけではない。

 さて。

 折角だし、街へ来たついでだから色々用事を済ませてしまおうと思い、しておきたいことを頭の中で列挙していく。確か、読んでいる漫画の新刊が出ていたはずだから、本屋には行きたい。あと、新作のゲームはなかなか面白そうだった。後でゲーム屋に確認しに行ってみようか。

 そんな風に計画を立てつつ、まずは図書館に向かう。どこに行って何を買うにしても、まずはこの本の返却が先決だ。忘れたら花蓮に怒られるし、返却すれば荷物も減る。

 そう思って、図書館への道を進む。幸いにして、図書館は最終目的地である駅前よりはだいぶ手前に位置しているので、先によっても時間のロスはほとんどない。

 そんな風に思って図書館へと向かうと、道の前方に見覚えのある影を見つけた。

 耳まで隠れる黒いつば広帽子をかぶっているので始めは顔がよく見えなかったが、あの小柄で猫背な、そしていかにも魔女帽が似合いそうな容貌は間違いない。

 菊川莉緒。

 探査魔法を得意とする特別対策チームの同僚だ。

 彼女とは正直あまり親しくない。というか、そもそも対策チームの面々で明確に親しいと呼べるのは日向さんくらいだけど。ただ、菊川さんはどうにも人付き合いを避けようとしている節があるので、僕だけじゃなくて他のメンバーとも親しくしている様子はなかった。

 だから、菊川さんがどんな人なのか、僕には全く分からない。親しくもないし、彼女からも交流を拒絶されているわけで、ここは気付かなかったふりをしようかと思っていたのだが…

――でも、やっぱりそういうのって寂しいと思うんですよ。

 脳裏に浮かんだのは、日向さんの姿。チームの皆との絆を深めようと働きかける彼女に触発されて、という程ではなかったけど。ただ、偶々遭遇した同僚にちょっと声をかけるくらいはしてみようかと、そう思ったのだ。多分、この道にいるという事は目的地も一緒だろうし。

 信号待ちで立ち止まっている菊川さんにゆっくりと近づいていく。近寄ってみて、改めて気付く。普段余り近寄らないから気付かなかったけど、随分小柄な人だ。知り合い出なかったら、そもそも同年代だと気付かないかもしれない。小学生だと言われても違和感がないくらいだ。

 そんな小柄な菊川さんの背後に近づき、一言声をかける。

「こんにちは、菊川さん」

 すると、彼女はビクリと肩を震わせ、恐る恐るといった感じでゆっくりと振り返ってくる。どうやら、怖がらせてしまったらしい。とはいえ、あれ以外にどうやりようがあったというのか。

 振り向いた菊川さんは相変わらず無表情で何を考えているか良く分からない。ただ、どう見てもこれは僕との遭遇を歓迎している雰囲気ではない。

「…ボクに何の用?」

 案の定。

 ともすれば聞き逃してしまいそうな小さな声で、しかしその口調は明らかに苛立ちを含んだ風に。

 和やかに会話が弾むことを想像していたわけではないが、流石にここまでの反応は予想外だ。嫌われているのだろうか?だけど、そもそも今まで交流の無い菊川さんに嫌われているというのも考えづらい。

「えっと……見かけたからちょっと挨拶をしておこうかと。一応、知り合いだし」

「……」

 僕の返しはさして変わった内容でもなかったはず。ただ、菊川さんの表情に特に変化はないし、やはり僕の言葉に何を思ったのかが良く分からない。

 とりあえず、怒らせた感じではないのかな?と思っていたのだが、しばし間をおいて彼女はやはり素っ気なくこう返した。

「話すことなんてない。帰って」

「ああ、いや……あの、僕も図書館には用事が…この通り」

 余りの拒絶っぷりに面食らってしまうが、そもそもは図書館に用事があってここに来たわけで。ここで彼女の言葉通りすごすごと引き下がっても仕方ない。同じ方向には行く必要があるんですよ!と花蓮が借りた本を見せると、不服そうに目を細めた彼女は、しかし何も反論せずにそっぽを向く。とりあえず、図書館に行くことだけは許されたみたいだが、話しかけるなオーラが凄い。いやまさか、これほどとは。

 前々から菊川さんが他人との交流を避けていることは知っていたが、ここまでのものとは思っていなかった。これだけの拒絶をされると、流石にもう話しかけようという気も起きない……と思っていたのだが。

――この顔、どこかで…

 不機嫌に押し黙っているはずの彼女の表情が、どこかで見たような既視感をもたらす。口出しするものでも無いのに、どうしても放っておけないような…

 ただ、結局その既視感が何なのかは分からず。

 図書館にたどり着くや否や、菊川さんは僕に声もかけずに中に入っていってしまう。僕は返却ポストに本を入れるだけなので、図書館の中に入る用事はない。それに、今の彼女についていっても要らぬトラブルの種になるだけだろう。

「…上手くいかないもんだね」

 日向さんも、いつもこんな感じで拒絶されているのだろうか?そうであれば、それでも絶対に仲良くなるんだと意気込む彼女は本当に凄いと思う。花蓮と言い日向さんと言い、身近な女性にちっとも敵う気がしない。

 でもまあ、とりあえず。

 今日のところは声をかけただけ一歩前進、という事にしておこう。ローマは一日にして成らず。流石に最初から仲良くできるものでもないし。

 それよりも、家で待つ妹のためにきっちりケーキを選んで帰ろう。これに気を取られて忘れました、なんて言ったら何と言われるか分かったものではない。感情が伝わる分、花蓮の言葉は的確に弱いところを穿ってくる。余り余計なところで怒られたくはない。

 そんなわけで、ポストに本を放り込んだ僕は、身をひるがえして駅の方へと歩みを進めていった。

 

***

 

 菊川莉緒にとって、他人程信じられないものは無い。

 彼女が魔法病に感染したのは六年前。彼女がまだ小学生のころ。公園で友人たちと遊んでいたところを教団のテロに襲われた莉緒は、他の友人たちが物言わぬ肉塊と化していく中、多少身体機能の変化はあったもののそれほど浸食が進まずに生き残ることができた。

 莉緒が魔法病に罹りつつも生き延びたことを、最初は両親も喜んだ。だが、莉緒が自身の魔法能力を十全に発揮するようになってから、周囲の目はガラリと変わった。

 それは、化け物を見る目。

 魔法病の罹患によって目覚めた魔法という技術、そして、一度罹れば治す方法のない死病である魔法病という性質。それらの事実は、彼女の両親にとって愛しい娘を理解の及ばない怪物に変えるのに十分なものだった。直接的な暴力こそ振るわれないものの、むしろ手を触れるのも恐ろしいといった風の両親は、莉緒が学校以外の時間に自分の部屋を出ることを禁止し、彼女の存在を家から消し去ろうとした。

 さらに、彼女の通う小学校でも周囲の彼女を見る目は変わった。

 万が一の感染を恐れて莉緒を避ける者、魔法という道の技術を使う化け物を恐れて排斥しようとする者、そして、自らも恐れを抱いていたことからそれを静観する教師たち。かつては親友だと思った者たちでさえ、彼女にしかづこうともしなかった。

 魔法病というたった一つのきっかけで、彼女を取り巻く世界は全て壊れてしまった。そして、彼女は自分の居場所をすべて失った。

 たかが魔法一つで、人は裏切る。

 だから、莉緒にとって、他人は信用に値しないのだ。

 

***

 

 公民館の小会議室。そこに僕たちは『部活』の名目で集まっていた。

 特殊対策チームは民間の協力者を中心とした組織であるので、うかつに警察の設備を使用することができない。公安の仕事は特に機密性が高いためなおさらだ。

 また、僕たちとしても堂々と警察の建物に入っていくのを見られれば、特殊対策チームの協力者であることはバレバレ。認識阻害の魔法はあるが、あれも大人数に見られているところでどこまでの効果を期待できるものかは分からない。また、対策チームの活動に充てる時間をどう周りに言い訳するかも問題だ。

 そんなわけで、僕たち対策チームの活動は魔法病の感染者同士で交流を計るための部活動で、リーダーたちは魔法病関連の研究機関から来た外部顧問、という事になっている。基本的には警視庁と学校の間で取り決められた事らしいので設定の詳細は分からないが、そもそも魔法病の患者は周囲に避けられているのが普通なので余り詮索もされない。僕は魔法病罹患者としてはそれなりに友人が多い方だが、デリケートな問題である魔法病に深く首を突っ込む者はまずいないので、特に疑われもしていない。

「――でだ。今日の本題なんだが」

 今週の報告が終わった後、勅使ヶ原リーダーが改まった口調でそう切り出す。対策チームは基本的に部活動の名目で週一で集まって定例会議を行っているが、通常は一週間の報告だけで終わって解散することが多い。あるいは、ときどき警察の魔法技術対策のための活動という事で、対魔法兵器の実験をする時もあるが。わざわざ集まっておいて無駄なようにも思えるが、そもそもそう頻繁に魔法犯罪が起きるわけもないのだ。

 ただ、今日は珍しく何かの問題が見つかったようだ。それも恐らくは、『教団』がらみの。

 日本現代魔法教団、通称『教団』。

 魔法病がこの世に現れ始めた十年前から活動する宗教団体で、『魔法病は神が新しい世界で生きるに値する人間を選別するためにもたらした試練である』という狂った題目を掲げるテロ組織。その教義から世界に魔法病を広めることを至上の使命と考え、人が多い場所で魔法病のウイルスを散布することで魔法病の感染者を激増させている危険集団だ。

 警察も当然このテロ組織を野放しにするつもりはない。だが、魔法という技術は魔法病罹患者特有の感覚がなければ認識出来ない部分が多く、しかも魔法病はその性質上組織と相性が悪い。なぜなら、魔法病は治療法がなく、罹患者の大半は発病時点で、そうでなくても数年以内にほぼ確実に死に至るからだ。初期は警察内で数人の志願者が自ら魔法病にかかることで対応能力を得ようとしたらしいが、そのいずれもが感染時点で即座に死亡。以来、人道的観点からも実利の上からも警察内に魔法能力者を作ることは禁止されている。

 だが、そうなると当然教団への対応は後手に回る。教団のテロ活動の情報を得たとしても、現場で魔法能力者に認識阻害魔法を使われるだけで手も足も出ないのでは打つ手がない。特殊対策チームが設立されたのは、そういう経緯があってのことだった。

 対策チームの活動の目的は、公安警察が接触している教団側の協力者、平たく言うと内通者から得た情報を元に事件を未然に防ぐことにある。特に、教団の主要活動である魔法病拡散テロは何としても阻止しなくてはならない。幸いにして、大がかりなテロ行為は滅多に行われないため、未だ人材不足の対策チームでも対処が追い付いている。ただし、年を追うごとに規模を拡大していると言われる教団の活動を今後も抑えきれるかはだいぶ怪しい。このため、教団が大規模計画を実行する前段階の活動を阻止することで、教団の動きを抑止していくことが重要なのである。

「ここの隣、伊高町の廃ビルに夜な夜な不良少年の集団が集まっているらしいと、近隣住民から通報があった」

「…?確かに近所の人は不安でしょうが、それと僕たち活動に何の関りが?」

 リーダーの言葉に、思わず疑問を投げかけてしまう。話の腰を折ったことを責めるような視線が緋野から飛んでくる。待て、これはしょうがないだろう?

 僕の疑問に対し、リーダーは「分かってる」といった感じの表情で、こう続けた。

「確かに、それだけだと我々が出張るような案件じゃないように見える。ただ、最近教団の協力者から妙な噂話を聞いていてね」

「噂、ですか?」

「ああ。噂程度ではあるが、教団の中でこういう話が流れているらしい。曰く、教団の研究者が『魔法使い』を劇的に増やすための試験的措置として、下部組織の構成員をまとめて魔法病に感染させる試みを実施しているのだと」

「…まさか?」

「確証とまではいかないけどね。その不良少年たちが『フーリーズ』などと名乗って教団の傘下に収まっているらしいことは調べがついている」

「…魔法病患者の、集団?」

 菊川さんが珍しく会話に乗ってくる。案件の説明が行われる際も、菊川さんが口をはさむことは少ない。何か質問された場合でも、回答は最小限の言葉のみ。余程、今回の案件が気になったのだろうか?

「可能性はある。そのことを上にも通達してあるから、魔法への対策としてまずは我々で突入することになると思う。恐らくは今週中で、二、三日以内。そのつもりで備えておいてくれ」

 リーダーの言葉に頷く。魔法病罹患者の集団。罹患したばかりで魔法の使用に熟達していないだろうから見かけの数ほどの脅威では無いだろうが…それでも数が多ければかなり厄介だ。こちらは高い適応率のおかげで魔法病の浸食が極めて遅いとはいえ、無制限に魔法を使えるわけでもない。集団で魔法を使われれば強引に押し切られる可能性もある。

 そんなことを考えていた時、ふと隣の菊川さんの様子が目に入る。いつもは物静かで何を考えているのか良く分からない彼女が明確に苛立ちを露わにしている。

「……くせに…」

 何かを呟いているようだが、元々彼女は声が小さいので、すぐ隣にいても呟きまでは聞こえない。何を言ったのか聞き返してみたとしても、この前の街中のようにすげなく拒絶されるのがオチだろう。そもそも、余り他人の事情に干渉するのも良くないかもしれない。

「菊川さん!ちょっと辛そうですけど、どうされました?」

 なんて考えていたら、日向さんが菊川さんに話しかけていた。見た感じ割と話しかけるのがためらわれるオーラだったと思うのだが……相変わらず凄い娘だ。

「なんでもない。放っておいて」

 一方で菊川さんの方も本当にすげない。同姓で同年代の日向さんが気遣って声をかけてもこれというのは、なかなかに堂に入った拒絶ぶり。日向さんも困った顔で苦笑いしている。

「えっと、うん。何か私にできることがあったら言ってね?」

「ない」

「……あはは」

 追撃のごとき拒絶の言葉。確かにこれは、笑うしかない。

「…まあとにかく、詳細は追って伝える。まずは心の準備だけしておいてくれ」

 助け舟を出すように、リーダーがそう言って会議を締める。それと同時に、菊川さんは席を立って会議室から出て行ってしまった。別れの挨拶もない電光石火の早業。止める気にもならずに見送ってしまった。

「何と言うか、お疲れさん」

「はいぃ…」

 我妻さんが残された日向さんに労わりの声をかけるが、日向さんの方はがっくりと肩を落としてうなだれてしまった。そんな光景を歯牙にもかけず、緋野もいつの間にやら会議室を退出していた。本当に、協調性のない集団である。

「…日向さん、大丈夫?」

「うぅ…『愛』ですぅ……」

「平気そうだね」

 一応僕も日向さんの心配をしてみたが、いつもの言葉が返ってきたので案外余裕がありそうである。緋野さんもあんなんだし、雑な対応には慣れているのかもしれない。

「とりあえず、今日のところは帰ろっか」

「ふぁい…」

 気落ちした様子の日向さんを促し、会議室を出る。

 ぽつぽつと愚痴をこぼす日向さんに適当に受け答えしながら、頭の中では別の考え事をしていた。気になっていたのは先ほどの菊川さんの反応。彼女にしては珍しいくらいに苛立ちを露わにしていたが、リーダーの話していた内容からは彼女が苛立つような要素は見つからない。多分、彼女に特有の事情があったのだろうが…

 やはり彼女の事を何も知らないというのが響いて、推測の糸口すらつかめない。

――このことが、今回の案件で問題にならないといいけど…

 探査魔法を得意とする、チームの目である菊川さんの不調はチーム全体に大きな影響を及ぼす。菊川さんの苛立ちの原因が彼女の行動に思わぬ影響を与える可能性はあったが、それを推測する材料はなかった。それに、作戦の実行はおそらく数日以内。今から彼女と仲良くなってこの件について聞き出すのも不可能だろう。

 今の僕には、それが問題にならないことを祈ることしかできなかった。

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