人の形を失う病   作:塩崎廻音

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第四話 崩壊

 夜、伊高町外れの廃ビルの裏手に、僕たちは集まっていた。目的は、この廃ビルに日夜集まっていると噂される不良集団の無力化。あの会議の後の調査で、『フーリーズ』と名乗る集団が教団の配下で魔法病拡大のための実験部隊となっているのはほぼ確定とされていた。『とにかく、魔法犯罪への対処は速さが命だからね』とは、勅使ヶ原リーダーの言葉。魔法病はただの一般人を瞬く間に強力な力を持った能力者に変える。少し前まではただの不良集団だったとしても、時間が経って魔法病罹患者が増えれば大きな脅威となる。だから、教団の関与がほぼ確定した時点で僕たち対策チームが対処することが決定した。

『こちら勅使ヶ原。突入は五分後。M2準備はいいか?どうぞ』

「こちらM2問題ない。どうぞ」

 無線機から聞こえた勅使ヶ原リーダーの確認に簡潔に返答を返す。

 今回の作戦では、不良集団の逃走を阻止するため、チームの魔法能力者を二手に分けて正面と裏から突入することになった。正面からは緋野さん、裏手からは僕と日向さん。緋野さんは全体的に万能なので一人でも問題ないが、僕は魔法行使経験の浅さから探査魔法や認識阻害魔法と戦闘用の魔法を同時に扱えないし、日向さんはそもそも戦闘用魔法が苦手。そんなわけで、緋野さんで一つ、僕と日向さんでもう一つのチームと相成った。

 ちなみに、我妻さんたち公安側の人が突入チームに入っていないのは魔法能力者同士の戦いになった場合に危険だからだ。魔法は魔法能力者でなければ知覚すらできないものも多い。尤も、そうでもかければ特殊対策チーム自体設立されなかっただろうが。だから、彼らの主な役目は無力化した後の不良たちの回収だ。

 突入を目前にし、改めて廃ビルをじっと眺める。単なる視覚からは寂れた廃ビルの不気味なシルエットくらいしか見えてこないが、魔法能力を乗せた視界からは廃ビルの中に幾人かの魔法能力者がいることが見える。

「M2より、各員へ。魔法能力者の数は、多分、三。どうぞ」

『了解した。各自、複数の魔法能力者を想定して行動されたし。どうぞ』

 菊川さんも探査魔法でビルの中を確認したらしく、魔法能力者が三人いることを伝える。事前情報では『フーリーズ』はおよそ二十人の集団。そのなかの三人が魔法病にかかっているというのは、多いと見るべきか少ないと見るべきか。流石に、最近魔法病に罹患したような『アマチュア』相手に後れを取るような僕たちではないが、それでも数の上で同等の魔法能力者がいるというのは緊張する状況だ。

 そこまで考えて、チラリと横目に菊川さんの様子を伺う。この前の会議では以外な苛立ちの感情を見せた彼女であったが、今日は一応落ち着いているように見える。ただ、もともと彼女は心の内が読めない人であるので、そうは見えないだけで実ははらわたが煮えくり返っていたとしても不思議ではない。

――大丈夫、だよな?

 少し、不安になる。対策チームに入っている人間は多かれ少なかれ魔法病の悪用に憎しみや怒りを抱いているものだが、とはいえそれが表に出ることはあまりない。日常的に魔法犯罪に対処する以上、一々怒りを露わにしていては身が持たないからだ。菊川さんも、普段は魔法犯罪者に対して何か感情を見せることは無かった。

 だが、今回は違う。何が気に入らなかったのかは分からないが、菊川さんはフーリーズに対して明らかな苛立ちを見せていた。今は落ち着いているように見えるが、作戦中にその怒りで我を忘れるような事があれば面倒なことになるかもしれない。

 とはいえ、この作戦で菊川さんを外すことはできない。一応は敵地であるこの廃ビルでは、彼女の探査魔法が生命線になるからだ。僕が緋野くらい魔法に熟達していたら話は別だったのだが…

『こちら勅使ヶ原。突入は一分後。十秒前からカウントダウンを始める。どうぞ』

「こちらM2。了解した。どうぞ」

 そこまで考えたところで、リーダーからの通信。いずれにしろ、作戦の実施は目前。いまさらとやかく言っている暇はない。菊川さんの精神状態が不安であるなら、それをフォローするのがチームメイトの役割である。

『突入十秒前』

 そしていよいよ、廃ビルへの突入が目前へと迫る。僕は、深く息を吐いて、目の前のビルへと意識を集中する。

『五、四、三、二、一』

『ゴー!』

 そして、無線越しのリーダーの合図とともに、僕たちは廃ビルへと突入した。

 

――おかしい…?

 廃ビルへの突入から十数分が経過。攻撃魔法を織り交ぜた強行突破により廃ビルに陣取るフーリーズの組員たちを鎮圧していった僕たちであったが、徐々にぬぐい切れない違和感を感じるようになっていた。

 フーリーズの抵抗が、想定していたよりもだいぶ弱弱しい。

 そもそも、突入前に魔法能力者の数は三人だろうと菊川さんの探査で判明していた。少なくとも、複数の魔法能力者がいることは間違いないだろう。それにもかかわらず、突入からだいぶ時間が経った今でもフーリーズ側の魔法能力者に遭遇していない。一度確認してみたが、緋野の方も魔法能力者とは接敵していないらしい。

 妙な手ごたえのなさ。遭遇するフーリーズの面々にしても、魔法という技術への対処法を理解していないのか、ろくに抵抗する間もなく制圧することができた。

――まるで、このビルを防衛する気がないみたいな?

 頭にそんな考えまで浮かぶ。だが、いわば籠城戦の状態である今状況で、ビルの防衛をここまで疎かにする意味はあるのだろうか?

「菊川さん、相手の抵抗が弱すぎるのが気になる。何か罠とかは?」

「……多分、ない。魔法能力者は、上の部屋でひと塊」

 菊川さんの探査魔法に頼ってみても、有意な情報は得られない。罠でもなく、魔法能力者は密集。戦力の温存というのなら、最初から全員で固まっていれば良いような気がするが…

「いや、なんにせよ、考えていても仕方ないか…」

 思考を打ち切って、月明かりに照らされた廃ビルの廊下を進む。

 何かフーリーズに意図があるとしても、考えて分かるようなものではなさそうだ。緋野の方は倉庫に立てこもった大人数の組員たちを拘束して回っているせいで到着までは時間がかかる。相手の魔法能力者は三人だが、魔法病に罹患した直後は単純な魔法をいくつか使える程度であるし、僕一人でも問題ない。

「…早いうちに、相手の頭を抑えておこう。菊川さん、魔法能力者が集まっている部屋は?」

「すぐ上の階。真ん中の広間に三人」

「分かった。行こう」

 菊川さんから相手の位置を確認し、言われた部屋へと向かう。元はオフィス用の雑居ビルだったこのビルには、各階の真ん中に大きい事務所向けの広い部屋が用意されている。フーリーズのリーダーは、他の魔法能力者とともにその広間に陣取っているみたいだった。

 該当の部屋にたどり着き、ゆっくりとその入り口のドアを開ける。

 その部屋の中には、廃ビルとは思えないほどのプラコンやダンボールの山。フーリーズは教団の実験部隊だと聞いている。その実験のための資材だろうか?

「…視界が悪いな。相手は?」

「向かって前方左。あのコンテナの山の裏手」

「ありがとう。奇襲もあるかもしれないから、動きがあったら教えて」

「分かった」

 部屋はプラコンとダンボールのせいで視界だけでなく窓も遮られ、視界が悪い。単純な視覚に頼っていては何も見えないため、再び菊川さんの探査魔法に頼る。この状況、相手が視界の悪いこの部屋での行動に慣れていると面倒なことになりそうだ。そう危惧していたのだが、以外にも部屋を進んでいっても相手の抵抗は一切ない。先ほどまでと同じ、妙な手ごたえのなさ。

――なんだ?やっぱり何か、罠があるのか?

 再び頭の中に疑問が浮かぶ。だが、何か罠が仕掛けてあるのであれば菊川さんが気付かないはずがない。釈然としない思いを抱えつつも、僕たちはフーリーズのリーダーの元へと向かっていった。

 

「――よう、よく来たな」

 広間の奥、窓の手前に乱雑に重ねられた何かの機材の上に座り、その男は荒っぽい口調でそう呼び掛けてきた。その両脇には、体格の良い大柄な男と、赤っぽいメッシュに髪を染めた目つきの悪い女。多分、こいつらがフーリーズの魔法能力者。そして、真ん中の男がリーダーだ。

「警視庁の特殊対策チームと言えば、分かるな?抵抗は無駄だ、投降しろ。魔法病に罹ったばかりのお前たちでは、僕たちに勝てない」

「ひゅぅ、か~っくいい!まあまあ、俺たちも今さらじたばたしねえよ。それより、『お仲間』同士なかよく話でもしようじゃねえか」

「…仲間?」

 男の軽口に、菊川さんが反応する。フーリーズのリーダーを前に視線を切ることはできないが、斜め後ろの彼女から苛立ちの感情を感じた。

「そうそ。教団の研究者サマのおかげで俺たちは魔法使いになった。旧人類とは比べ物にならない力を持つ、社会から解き放たれた存在に」

「…魔法病にかかったくらいで進化でもしたつもりか?お前たちは解き放たれたんじゃない、落伍しただけだ」

 得意気に語る男に反論するが、男は堪えた様子もない。教団関係者は魔法病罹患者を『新人類』としてある種の神聖視をしている。魔法病は、病気ではなく進化の一つの形であるというのだ。そのため、教団関係者は魔法病の罹患を恐れないし、魔法病を広めることに罪悪感を感じない。それどころか、さもそれが崇高な使命であるかのように捉えることすらある。

「いやいや、あんたたちだってその証明だろ?警察じゃ魔法使いをどうにもできないから、社会の仕組みから外れたあんたたちに対処を丸投げ。でもあんたたちが本気で反抗したら、警察じゃ止められないんだろ?」

「……」

 男の言葉に、一瞬上手く反論が出来ない。実際、男のいう事はあながち的外れでもない。魔法能力は個人の才能に大きく依存し、一般の人間からは対処のしようがない。魔法という技術を既存の社会組織の枠組みで扱うのは無理がある、というのは誰しもが感じている不安だ。特殊対策チームにしても、協力者の善意で成り立ってはいるものの、法的な強制力もなければ武力による強制も制限もできない。男がいう『その気になれば』、というのはまぎれもない事実であった。

 尤も…

「…突出した個人がいたところで、一人だけでは生きることすらままならないのは、魔法病があってもなくても同じ。だから社会という構造ができたんだし、それはこれからも変わらないはずだ」

「ふぅん……あんた、難しく考える人だね」

「お前らが考えなしなだけだろ?」

「そうか?折角こうして魔法使いになれたんだ!自由に生きるのが筋ってもんだろ!」

 男の言葉に、これ以上の問答の無意味さを悟る。

 魔法病は社会に影響を与えたが、それが社会というものを否定する事にならないのは明白。教団だって、独自の理屈で人間の進化を目論んではいるが、社会の転覆を意図しているわけではない。男の言葉は、この男だけに通じる戯言だ。

 何か複雑な意図でもあって動いているのかと思えば、単に社会への反抗心をこじらせただけの小物。有意義な情報は得られそうにないし、とっとと鎮圧してしまおうか。そう思って構えを取ろうとした瞬間。

 男の言葉に、菊川さんの怒りが噴出した。

「『魔法使いになれた』?!魔法病とは無縁の、恵まれた人生だったくせに!自分から捨てるなんて!!」

 その言葉と同時に、菊川さんが攻撃魔法を放つ。だが、攻撃魔法が得意でない菊川さんが放つ魔法は、単純な物理的作用で破壊をもたらす魔法のみ。それは、この室内で使うには危険な魔法。

「!っと、菊川さん?!」

 咄嗟に、放とうとしていた攻撃魔法を中断する。菊川さんも流石に廃ビルにダメージを与えるようなヘマはしていないが、ここに僕の攻撃魔法を重ねることはできない。仕方なく一旦防御魔法を発動して、相手の出方を伺う。と、つぎの瞬間。

「おお、怖い怖い。おまえら、予定通りだ!」

 男が何かの指示を出し、背後の窓から飛び降りる。そして――

『爆破』

 フーリーズのリーダーの隣に控えていた男女。その二人が、周囲に向かって同時に強力な爆発の魔法を解き放った。

「――ちょ、嘘だろ?!」

 菊川さんの放った攻撃魔法に加えて、二つの爆発魔法。咄嗟に強化した防御壁を通してもビリビリと感じる、強大な破壊の衝撃。広間の中はまとめて消し飛び、いや、それだけでなく…

「くそ……ビルが…!」

 爆発の衝撃と、恐らくはそうなるように始めからいくつかの柱を壊していたのかもしれないが。

 廃ビルが、倒壊していく。足元が崩れ去る感覚と、天井から落下してくる鉄骨やコンクリート。

 だが、これくらいなら魔法で回避しながらビルの外へ飛び出せば何とかなる。それに、先に飛び出したフーリーズのリーダーも追わなくてはならない。そう思って、前方の窓の方へ視線を向けたのだが…

「衝撃波!」

「火炎!」

「っ、くそ、捨て駒か!」

 もう二人の魔法能力者の男女が、攻撃魔法を放ちながらこちらに突撃してくる。自身の防御を顧みない、捨て身の攻撃。恐らくは、始めからあのリーダーの男はこうするつもりで用意していたのだ。特殊対策チームに目をつけられた場合は、自身の配下を捨て駒に、廃ビルごと特殊対策チームの面々を葬り去る。仮に倒壊を切り抜けたとしても、逃げ出したリーダーの男を追う余力までは残らない。

「ぶっ飛べ!」

 小規模な衝撃波の魔法を使い、突撃してきた男女を吹き飛ばす。魔法能力者とはいえ、目覚めたてのひよっこでは咄嗟の防御は間に合わない。今の一撃であの二人は戦闘不能のはずだ。

 だが、対応が間に合ったのはそこまで。

 彼らを退ける数秒の間に、崩落はすでに致命的なところまで進む。数メートル先にあったはずの窓への道はふさがり、既に僕にできることは防御を固めて耐え凌ぐだけ。だが、上階から降りそそぐ瓦礫と十数メートルの落下に対処するためには、かなりの出力で魔法を使う必要がある。だが、問題は――

――僕はともかく、菊川さんは…

 魔法病の浸食に対する耐性が極めて高い僕と違って、菊川さんの耐性は平均的な魔法病患者を多少上回る程度。探査魔法の発動による浸食の進行が少ないため対策チームでも活動できているが、この状況を凌ぐ出力の魔法を使えば浸食が致命的なレベルに到達する可能性もある。

 だから――

「きゃっ!」

「ごめん、文句は後で!」

 周囲の状況に青い顔をしていた菊川さんを引き寄せ、その小さい体を包み込むように抱きしめる。そして、最大出力の防御魔法を周囲に展開し、瓦礫からの守りを固める。

 そして、決定的な崩落が始まる。

 背筋を駆け上る浮遊感と防壁越しに聞こえる倒壊の轟音に寒気が走る。頭上に降りそそぐ鉄とコンクリート塊が防壁を叩くが、必死に防壁に力を注いで、何とかその瓦礫の瀑布を耐え凌ぐ。

 そして、崩れ行く廃ビルと共に、僕たちは遥か下の地面へと吸い込まれていった。

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