やはり俺の『本物』はまちがっている。   作:冬野ロクジ

1 / 23
プロローグ 奉仕部の訪問者

 

 

 夕方の職員室は、穏やかにオレンジ色が射しこんでいた。

 そんな中、自分のデスクに座っている女性がひとり。

 目に映る光景に懐かしさを感じながらも、俺は声をかける。

 

 

「お久しぶりです、平塚先生」

 平塚静先生は、黒い髪をかき上げながらこちらを見る。

 その瞳が大きく見開かれた。

 

 

「おぉ、市原か。いきなりだったからびっくりしたぞ」

「近くを通りかかったので、少し寄ってみようかと思いまして」

 俺がそう言うと、平塚先生は頬をほころばせ、こちらに向き直る。

 

 

「そうかそうか。大学生活はどうだ? 上手くいっているか?」

「変わらずやってますよ」

「変わらず、か。まぁ、元気にやっているなら何よりだ。どうだ、またラーメンでも食いに行くか?」

「遠慮しておきます。あいつにどやされそうなので」

 

 

 多分、とかではなく絶対にどやされる。

 自分は気にしてませんよとか言う顔をしておいて、そのくせ構わなかったら報復に来る猫のような少女なのだ。

 そこもまた可愛いと思ってしまうのだから、俺も彼女に変えられてしまったらしい。

 

 

「……そうか。お前たちもまだ続いてるのか」

「えぇ、まぁ。って、どうしました?」

「いや、卒業生でさえこんな調子だというのに、最近の私ときたら……」

 やばい。

 地雷か。

 話が長くなる前にさっさと退散してしまおう。

 

 

「久しぶりに学校の中を見て回りたいんですが、大丈夫ですか?」

「っと、引き留めてすまない。もう授業も終わっている頃だしな。ついでに生徒会の方にも顔を出してやるといい。それと……いや、これは私の口からは言わないでおこう」

 ニヤニヤと何か含んだような笑みを向けてくる。

 この人がこういう仕草をする時、ろくなことを考えていたためしがない。

 

 

「そうあからさまに言われると気になるんですけど」

「まぁまぁ、すぐに分かるさ。ほら、教師は忙しいんだ。さっさと出てった」

 要領を得ない返事のまま、追い出された。

 

 

 

 

 

 

 あかね色の廊下をひとり歩く。

「懐かしいな、ここも……」

 思わずそんな言葉が口から零れる。

 あの時と変わっていない景色は、あの時と変わらずに俺を出迎えてくれる。

 

 

 けれど、この場所はこんなに静かだっただろうか。

 

 

 ……あぁ、そうか。今の俺はひとりだったな。

 どうせならあいつも誘ってくればよかった。

 と考えていたその時。

 『それ』は俺の目の前に現われた。

「『奉仕部』……?」

 教室の扉の上にある白いボードに書かれた文字には、見知った名前が綴られている。

 いや、でも、まさか。

 脳裏によぎる、かつての輝かしい日々。

 

 

 興味とともに、その扉を開く。

「あ、これおいしい!」

「そうね。紅茶に合うわ」

「……平塚先生も案外センスあるんだな」

 そこにいたのは、三人の少年少女だった。

 が、すぐにこちらを三対の目が捉える。

 

 

「お客さん、かな?」

 まず最初に反応したのは、明るさが印象的な少女だった。

 

 

「……」

 次にこちらを見たのは、妙に目が濁った少年。

 こちらを警戒しているのだろうか、その瞳は鋭く細められている。

 そんな彼に、俺は妙な親近感を感じていた。

 多分、『こちら側』の人間なのだろう。

 高校に入学したあの日以来か、こんな感覚になるのは。

 

 

 そして、もう一人は長い髪を携えた、鋭い氷のような美少女──

「雪乃?」

 と思ったら、知っている子だった。

「肇義兄(にい)さん? どうして貴方がこの学校にいるのかしら」

「ちょっと近くに寄ったから、気まぐれにな」

「……本当に?」

 絶対零度もかくやのジト目が向けられる。

 原因はすぐに思いついた。

 

 

「あいつは一緒に来ていないから安心しろ」

「そう…………貴方がそう言うならそうなのでしょうね」

 彼女たちの問題だ。

 あまり俺が口出しする気もないし、言ったら言ったで意固地になるのがこの二人だ。

 触らぬ美少女に祟りなし。

 それが面倒くさいタチならなおさらだろう。

 

 

「ゆきのん、その人と知り合いなの?」

 もう一人の少女が不思議そうに問いかけてくる。

 あぁ、そう言えば自己紹介してなかったな。

「市原肇です。普通の大学生やってます。よろしく」

 軽く頭を下げる。

 雪乃の方から訝しむような視線を感じるが、気にしない。

 

 

「由比ヶ浜結衣です。よろしくお願いします」

「……比企谷八幡っす」

 比企谷?

 どこかで聞いたことあるような……。

 

 

「それにしても、ゆきのんってお兄ちゃんいたんだ。でも、あんまり似てないね」

「姉だけかと思ってたが」

「この人は義理の兄よ。血がつながっているわけじゃないわ」

「義理?」

「まさか……」

 

 

 二人がこちらを振り返る。

 比企谷君の方は面識があるのだろう。

 得体の知れないものを見るような目だった。

 いったいあいつは──雪ノ下陽乃は、この少年に何をしたのだろうか。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。