ありがとうございます!
『休憩入った』
『了解』
グラウンドの端で待っていた俺のスマホに、有岡から連絡が入る。
「あ、はじめちゃん。桐谷くんが離れたよ」
同時に、隣でこっそり様子をうかがっていためぐりからも声がかかる。
その言葉通り、桐谷がサッカー部の集団からふらりと離れたところだった。
『こっちでも桐谷を発見した。これから後をつける』
『んじゃ、後はよろしく頼んだ』
「はじめちゃん、有岡先輩はなんて?」
「頼んだ、だとさ」
「任されました♪」
彼女はおどけた様子で敬礼してみせる。
こうして、桐谷追跡大作戦は始まった。
夕方の微妙な時間帯のせいだろうか。
特に他の誰かに見られると言うこともなく、
「どこまで行くんだろうね」
「この先は行き止まりのはずだが……っと、危ない」
桐谷がこちらを振り返るような仕草を見せた。
慌てて視界から隠れるように、物陰に身を潜める。
だが、それも一瞬。彼は曲がり角の先に消えていった。
慌ててその後ろを追いかける。
しかし、そこにあったのは四方を高い金網に囲まれた場所だった。
最近は使われていないのだろうか。
伸びきった草がその一角を覆っている。
「消えた……?」
「でも、さっきこっちに来てたよね」
めぐりの言う通り、先ほど桐谷はこの角を曲がっていたはずだ。
今は影も形もないが。
「壁を越えたのかな?」
「いや、それにしては手際が良すぎないか?」
ここまで来るのにそこまで時間は経っていなかった。
乗り越える人物の姿はおろか、向こうに着地する音すら聞こえないのは少し違和感がある。
「あれ、何だろう」
と、隣で周りを見回していためぐりが何かを見つけたらしい。
確かに、茂みの中に何かが落ちている様子だった。
とりあえず近づいてみる。
それは、赤く小さな首輪だった。
小動物用だろうか。
「なんでこんなものがここにあるんだろうね」
「さぁ……誰かが捨てたと考えるのが普通だが……ん?」
ちょっと待て。『なんでこんなものがここに?』
「何でわざわざこんなところにキーホルダーが落ちているんだ?」
「はじめちゃん、それさっき私が言ったよ?」
「いや、そうじゃなくてだな」
こんな、人があんまり寄ってこないところに。
捨てたと考えるのが妥当だが、かといって不自然すぎる。
いったいどうして──。
俺が思考の海に沈みかけた時だった。
「あっ!」
めぐりが声を上げる。
「どうした、めぐり」
「はじめちゃん、これ!」
そう言って彼女が指さしたのは、人ひとり入れる程度の小さな空間。
伸びた草や古びたトタンで巧妙に隠されていたが、よくよく見てみればはっきりと校舎裏らしい影が覗いていた。
「こんなところに抜け道があったんだな」
「行ってみようよ、はじめちゃん」
「……お前、何だか楽しくなってないか」
「うん!」
いや、うんじゃないが。
ただ、まぁ、ここから抜けていった可能性は高いだろう。
背を縮め、その穴を通っていく。
「よっこいせっと」
外に出ると、そこは校舎と壁に挟まれた狭い裏道だった。
用務員が作業をする時に利用しているのか、古ぼけたロッカーの周りにはバケツや熊手が立てかけられている。
人がひとりしか入れないほどに狭いのは、それぞれの教室からベランダが突き出しているからだろう。
「よいしょっと。んしょ、結構狭いね、この穴」
めぐりも穴から這い出てきて、スカートをぱたぱたと叩く。
微妙に扇情的なその光景から目を背け、裏道へと視線を向ける。
少なくとも、見える範囲に桐谷がいないことは決定的だ。
細い裏道を進む。
一応整備はされているようだが、人は一切いない。
「はじめちゃん、こんな場所知ってた?」
「いや、はじめてだ。めぐりは……その様子だと知らなかったみたいだな」
「うん。普通こんな場所まで来ないしね」
もしかしたら雪ノ下でも知らなかったかもしれない場所だ。
知らないのなら、何かに使えるかもしれないな……。
建物の中から何かが動く気配を感じたのは、その時だった。
「──っ! めぐり、こっちだ」
「え、何、はじめちゃ……」
思わず後ろのめぐりを連れ、間一髪ベランダの下に潜りこむ。
「どうした?」
「いえ……」
どうやら頭上にいるのは、二人の男子生徒らしい。
「…………」
「…………」
息を潜める。
どうやら隠れるところは見られなかったらしい。
めぐりの方は、突然の事に驚いている様子だったが、すぐに順応したのか、ニコニコと笑みを浮かべていた。
いや、この場合はニヤニヤという方が正しいかもしれない。
「誰かいたような気がしたんですが、気のせいだったみたいだ。話を中断してすまなかった」
「最近ここら辺に猫が出ているらしいし、それじゃないか?」
「かもしれないな」
「さっさと閉めてくれ。下手に開けっ放しにして、それこそ猫にでも入られたら面倒だ」
「分かった」
ぴしゃり。
カーテンが閉まる音まで聞こえてきたところで、大きく胸をなで下ろす。
そさくさとその場を離れたところで、そっと息を吐いた。
「びっくりしたぁ」
「すまない、めぐり」
「やっぱりはじめちゃんもスパイごっこ、思い出してたんでしょ」
「……」
つい、と目をそらす。
途中から楽しくなったのは否定できない。
だが、そのまま口にするのも癪に障る。
「いいから行くぞ」
「うん」
笑みを崩すことなく、めぐりは後ろをついてくる。
──にゃぁ。
鳴き声が向こうから聞こえてきたのは、そんな時だった。